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東京高等裁判所 昭和29年(う)2140号 判決

控訴人 被告人及び原審弁護人

被告人 山口文三 外五名

弁護人 伊藤清 外三名

検察官 田辺緑朗

主文

原判決(但し、被告人山口文三について無罪を言い渡した部分を除く。)を破棄する。

被告人山口文三を懲役四月に処する。

原審における未決勾留日数中十四日を右本刑に算入する。

但し、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

右被告人より金四万五百円を追徴する。

被告人若山浩を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一千円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置する。原審における訴訟費用中証人高橋肇に支給した分は被告人山口文三の負担とし、証人安部正夫、同山本正男に支給した分は、被告人若山浩の負担とする。被告人山口文三、同遠藤満、同若山浩、同矢野恒彦、同松本清及び同松本昭郎に関する各入札妨害(刑法第九十六条ノ三第二項に該当する行為)の点は、いずれも無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人山口文三の弁護人伊藤清作成名義の控訴趣意書、右被告人名義の上申書、被告人松本昭郎弁護人山田半蔵作成名義の控訴趣意書、被告人遠藤満弁護人岡田実五郎作成名義の控訴趣意書(但し第三点を除く)被告人若山浩、同矢野恒彦、同松本清弁護人大高三千助作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるので、ここにこれを引用し、以下これらに対し判断を加えることとする。

伊藤弁護人の論旨第一、二点、山田弁護人の論旨第一点、岡田弁護人の論旨第一点、大高弁護人の論旨について、

原判示第一の入札妨害の事実について、被告人等が原判決が詳細に判示しているような経過によつて海上保安庁において昭和二十五年十一月十八日内火艇十隻建造のための指名入札が行われた際、これに関連して被告人等の間においていわゆる談合がなされ、墨田川造船、横浜ヨツト、東造船、南国造船からそれぞれ百万円宛醵出(西日本重工業は醵出しない)してこれを見舞金として右建造の請負を辞退することとなつた四国ドツクにおくることを約定し、其の後右入札、請負、見舞金の贈与が右約定のとおり実行され、その談合を斡旋した被告人山口文三においてそのうちから金二十万円の贈与を受けたことは本件証拠上明らかであつて、本件における唯一の争点は、右談合が公正なる価格を害する目的でなされその所為が刑法第九十六条ノ三第二項に該当する犯罪を構成するかどうかの点である。

そもそも、刑法第九十六条ノ三第二項において談合を犯罪としているのは、公正なる価格を害する目的又は不正の利益を得る目的をもつてする談合のみであつて、あらゆる談合を犯罪としているのではないのであるから、談合が行われ入札の事前又は事後において若干の談合金の授受があつても積極的に公正な価格を害する目的や不正の利益を得る目的がない場合は勿論、入札施行の結果が人礼者の利害に照し自由な競争によつて到達したと同一の結果に帰着するような場合には、通常公正な価格を害する目的又は不正な利益を得る目的が存するものと認め得ないから、この罪の成立を肯定することのできないことは勿論である(昭和二十七年八月十八日東京高等裁判所第四刑事部判決・特報第三十四号一四八頁)。されば、談合金が授受されたという事実によつて本条項所定の犯罪の成立を推認し、少くとも授受された談合金の額だけは当該自由競争における入札において到達するであらう落札価格を害すると速断することが誤つていることはまず第一に指摘しておかねばならない事柄である。

ところで右法条にいう公正なる価格を害する目的とは如何なる意味であるか、ここに公正なる価格の意味については夙に大審院においてその解釈を示し、最高裁判所も亦これに従つたように、これは入札なる観念を離れて客観的に測定せらるべき公正価格の意味ではなく、当該入札において公正にして自由な競争入札の方法によつて形成されたであらう落札価格の謂に外ならないものと解するのが相当であるが、(昭和十九年四月二十八日大審院判決・判例集第二十三巻刑事九七頁、昭和二十八年十二月十日最高裁判所判決・判例集第七巻第十二号二四一八頁参照)更にその公正なる自由競争によつて形成されたであらう落札価格というのは単なる無制限に放任された自由競争によつて形成される落札価格ではなく入札者自身の採算を無視したいわゆる出血的入札価格を含まない各入札者の個人的経済事情を基盤として工事実費にその入札者の企業の適正な利潤を加味して算定された価格による入札によつて形成されるであらう落札価格を意味するものと解するのが最も妥当であると思料するものである(昭和二十八年七月二十日東京高等裁判所判決・特報第三九号三七頁、昭和二十九年十月三十日大阪高等裁判所判決・特報第一巻追録七五九頁参照)。蓋し、競争入札制度の趣旨とするところは、自由主義経済乃至契約の自由の基礎の上に多数の入札希望者を自由に競争させて入札施行者に最も経済的に有利な条件をもつて応ずることのできる健全な個人的経済事情を有する者を発見してその者と所要の契約を締結しようとすることにあるものと考えられるのであるが、その趣旨を、以上と異なり単に入札施行者側に最も計算上有利な条件を提供するものの発見のみにありとせば、そこに生ずるものは自由主義の弊害の面が強く、競争入札の結果は必然的に企業者間のはげしい手段を選ばない競争を招き経済情勢その他の情況の如何によつては企業の経済上の採算を無視したいわゆるダンピング価格による入札が行われ、企業自体の存立を危くし、これに依存している者の生活に重大な脅威となる如き事態をも発生し(現に本件談合の動機となつた昭和二十五年七月に行われた入札において採算を無視した出血的競争入札が行われた結果一業者はこれに起因し業績不振に陥り遂にその企業経営を閉鎖せざるの止むなきに至つたことは本件記録上窺われるところである。)。これとともにこの事態に必然的に随伴して落札工事の不完全な施行となり、入札施行者に思わざる損失を及ぼし、延いては国家や国民に経済的な損害を及ぼすに至ることも少くないのであつて、全く競争入札制度の目的に照らし逆効果を来すことも考えられるところである。それ故に、無制限な放任された自由競争の結果生ずるであらうことを予想される以上のような弊害を阻止するために入札を希望する企業者が協議して専ら企業竝びにこれに関係する者の存続発展と受注工事の完全な施行を期するために前に述べたような意味における公正なる価格の範囲内で入札の申出方を談合するような場合においてこの談合行為は、右競争入札制度の趣旨に何等背馳するものとは認められないのであつて、この種談合をも敢えてこれを犯罪として処罰の対象とすることを必要とする実質的な理由は毫も発見できないのであるから、前記法条の解釈に当つてもこのような談合は当然にこれを除外して考えるのを妥当とするからである。原判決はこの法条における公正なる価格を害するということを入札希望者の自由な意思決定が保障された競争によつて形成されるべき落札価格を入札施行者に不利益に変更することであると解し、僅少の留保(専ら社会奉仕の目的で名目的価格で入札するとき、専ら市場独占の目的からする場合)を存してはいるものの、各入札希望者が自由な意思決定に基いてなんらかの経済的事情により自己の算定した原価以下の価格で入札する。すなわち、弁護人等のいわゆる採算を無視した入札をすることによつて形成される価格であつても、自由競争によつて形成される以上前記法条にいう公正なる価格というに妨げないからこれを害する目的の存する以上同法条に該当する談合であると解しているのである。しかしながら、かく解するとすれば前に述べたとおり、談合ということは常に自由競争に対し何らかの人為的な変更を加えようとするものであるから、入札価格の点について談合があれば大多数の場合自由競争によつて形成される価格を入札施行者に不利益に変更する。すなわち、これを害する虞を生ずることになり、談合にして隠れられる以上公正なる価格を害する目的をもつてすると推認される結果となり、ここに刑法が談合のうち特に一定の場合を限つて処罰の対象とした律意は失われる結果を招くことにもなりかねないのであるが故に、この見解は不正確であり少しく広きに過ぎるものであつて前記のように更にこれを限定して解釈するのが相当と考えられるのである。

果して然らば、前記法条にいわゆる「公正ナル価格ヲ害スル目的」をもつて談合するとは、当該入札において公正なる自由競争により最も有利な条件を有する者が工事実費に適正な企業利潤を加算した額で落札すべかりし価格を越えて入札施行者に対し不利益な価格を形成させる目的で談合をすることを意味するものと解するのを相当とするのである。

飜つて、本件につきこれを見るに、訴訟記録を精査し関係証拠を検討するに当りまず第一に考慮しなければならないことは、本件における入札方法竝びに工事発注の仕方、入札施行者である海上保安庁の意向及び予定価格の形成についてである。すなわち関係証拠によれば、海上保安庁は、本件内火艇十隻の競争入札施行に当つては当時わが国においてその施設、能力、経験その他からゆる点につき優れた最良メーカーである六社を指名して入札に参加させたのであるが、その入札及び発注等の方法は、同庁において従来採つていた方法に従い、落札者決定の方法としては通常の入札における方法と変りなく同庁の予定価格以下の入札者のうち最低価格の申出をした者を落札者とするが、落札者に十隻全部の建造を請け負わさせるのではなく、そのうち二隻のみについて契約を締結し、残余は、表面上納入期限に全部の建造が不能であることを理由として建造請負方を辞退する形式を採り、次いで各随意契約の形式により二隻を一組として次順位者すなわち、二番札、三番札、四番札を入れた入札参加者と順次随意に右競落価格をもつて建造請負契約を締結する(この場合右の者においてその価格で請負方を承諾しなかつたときは、契約を締結しない自由を有することは勿論であるが、後に述べるように当時の実情としてはこのようなことは起り得ない情勢であつた。)方法によつたことが明らかであるが故に、入札参加者としては一番札すなわち、落札価格が如何に決定されるかは最も重大な関心事であつて、これがその企業経営の業績を左右する程の影響力を持つていたのである。次に関係証拠によれば、海上保安庁において予定価格決定については、当該事務担当者において綿密な調査をなし業界その他関係技術方面の意見を参酌して適正な原価計算のもとに決定されたのであるが、本件当時においては先行物価の値上りが予想されていたけれども、予定価格の算定にはこの点を考慮に加えないで、すべて時価のみによつて算定したものであり、且つこれには工事を請負うべき企業の適正な利潤を全く加算しておらず、海上保安庁としてはこの工事を請負う企業に対して自己の企業経営の合理化をはかり努力することにより利潤をあげることを期待していたものであつて、以上のような事情もあり且つ従前の競争入札でいわゆるダンピングが行われた実例もあつたので本件入札に際しての説明会の席上競争入札制度の趣旨にかんがみ特に念を押して採算を無視した出血的な競争をしないで適正な価格による入札をするように希望し、このようなことをした業者は辞退して貰うとまで注意を与えた事実も存し、又当時の一般業者間においては海上保安庁の仕事は全く利潤がなく、造船についてはその必要とする部品は大部分海上保安庁で指定したメーカーの製品を使用することを要請されている関係もあつて請負をすれば常に若干の赤字を生ずるとまでいわれていた事実を窺い知ることができる。

更に当時の経済界の情勢殊に本件内火艇建造に関係あるわが国木造船工業界の情況と本件六社の経営情況についても、証拠上明らかな如く、当時は朝鮮動乱が勃発し諸物価が稍々上昇しはじめる萠を生じたときではあるが、未だ後日の朝鮮動乱ブームを現出するに至らない時期であり、わが国敗戦後のインフレ時代を切り抜け緊縮時代に入つて漸くその効果を生じはじめた時代であり、戦争中軍需に応じて群生した中小木造船工業もその経営困難をきわめ整理期に入り新しい造船の仕事もなく悲惨な情況にあつて、本件六社もわが国屈指の業者ではあつたが、殆んど手持の仕事もなく優秀な技術能力のある職工、物的な設備を如何にして温存するかについて苦慮していた時代であり、休業すれば当時の労働法規の関係上労働者に対しては相当多額の休業手当を支払うことが要請され、いわゆる間接費は依然支出してゆかねばならないという条件にあるとともに、一方金融面においては信用を喪失することとなり融資を受けることが益々困難となり経営は著しく苦しくなるが、たとえ、赤字を出しても注文に応じて仕事をしておれば、間接費の軽減ができ受注代金の支払も受け得られ金融の面においても融通がつき、殊に海上保安庁の仕事をしているということは金融面における信用増大の一原因であり、優秀な職工の技術も温存ができ、他日活況を呈する日まで食いつないで行くこともでき、そのわが国有数の企業であるという面目も保持することができるという関係にあつて業者は等しく本件においても、多少の赤字は覚悟の上で何とかして注文を受けたい気持であり、殊に海上保安庁は新しく発足した官庁であるので将来大きく発展して多量の注文が発せられる場合もあることを期待して、この際少しでも多くの請負の実績を作り他日に備えたいというような考も有していたものであることを窺い知ることができる。そして予定価格は、以上のように定められたものであり、当時その価格では多少の赤字を生ずることを予想されたのであるが、現実に前記朝鮮動乱ブームによつて諸物価の上昇に伴い、本件内火艇建造についても各社それぞれ数百万円にのぼる赤字を生じ本件において談合金を出さなかつた唯一の者である西日本重工業の如きは正式に本件入札の際の契約条項に従い当局にその赤字補償の上申をしている事実の存することも記録上明らかなところである。

次に本件談合をなすに至つた動機については、原判決が認定判示しているように、前記昭和二十五年七月の入札に当つて関係業者で入札価格の協定をしようとしたが、これに成功しなかつたために完全な無制限の自申競争となり、東造船が採算を無視して遮二無二低廉ないわゆるダンピング価格で入札し、その価格が落札価格と決定し前記のような方法によつて六社とも一隻乃至二隻の内火艇の建造を受けこれにより相当の赤字損失を蒙るであらうことが予想されていたので、本件入札に際しては各社とも再びこのような事を繰り返しては会社存続の基礎を危殆に陥れるのであるが、さればといつて、この受注を拒否することは前記のような情勢の下においてはなお困ることでもあるので、その対策に苦慮していた折から、被告人松本が同山口と偶然出逢つたことに端を発し、この入札について出血受注の防止のために六社間に協定を結ぶことを企図し、被告人山口において六社間を仲介斡旋の労をとり、ここに原判決において詳細に述べているような経緯により遂に本件談合が成立するに至つたものであつて、談合参加者延いては各企業者において不当の利益を獲得しようという意図は存しなかつたことが窺われる(このことは証拠上窺える辞退した四国ドツクに対する見舞金四百万円のうち半額は本件入札決定直後において同社が更に本件と同様の内火艇一隻を請負うに至つたために各提供した四社に戻されその余は被告人山口に謝礼として交付した二十万円その他の費用を控除した残額百三十万円は右四国ドツクにおいてその儘保管し本件捜査過程において押収されていることによつても不正の利益獲得がその目的でなかつたことの推測できる一証左である。)とともに、この談合により受注辞退の止むなきに至る四国ドツクに対しては同社の辞退により生ずるであらう損失を業界相互に負担し保障する意味において見舞金を各社より(但し西日本重工業株式会社は醸出しない)金百万円宛醸出贈与することに決したことを窺い知ることができる(この談合においては次回入札の際には辞退した四国ドツクに優先権を与えておりこの約定に従つて本件入札直後海上保安庁の発注により内火艇一隻を同社が請負い見舞金のうち一隻に該当する部分は返還したこと前述のとおりであり従つてこの見舞金の性質が右に述べた業者相互保障の意味を持つことが裏書できると思料する。)。

更に関係証拠によつて、本件談合において決定した各社の入札価格は、前回の昭和二十五年七月入札のときの予定価格、落札価格(これは前述するとおり採算を無視したダンピング価格である。)等を検討し、これに当時の物価の値上り傾向を勘案して赤字を出すことを極力少くする趣旨において原判示のように決めたのであるが、その結果は、ダブル内火艇については前述のように適正な評価がなされていると考えられる予定価格二隻五千三百六万円を僅かに下廻る五千三百四万円で墨田川造船が落札しこの価格で横浜ヨツト及び東造船もそれぞれ随意契約を締結し、シングル内火艇についてはその予定価格は二隻五千三百五十八万円であつだが、原判示のとおり談合による一番札南国造船の入札価格二隻五千四百九十六万円以下予定価格超過のため再入札をなし、これ又一番札南国造船二隻五千三百八十万円等々であつたがなお前記予定価格超過のため遂に入札不調となり、結局再入札における一番札南国造船、二番札西日本重工業がそれぞれ二隻宛右予定価格と向価格で随意契約を締結して右内火艇建造を請負うことになつたことが窺えるのである。従つてダブル内火艇の入札価格については予定価格以下であるので兎も角として、シングル内火艇については予定価格を上廻る価格で入札が行われているので、この価格については或はいわゆる公正な価格を害する意図があつたのではないかとも推察されないこともないのであるが、前に述べたとおり右予定価格自体に業者の利潤は加味されておらずこの価格をもつてしては建造完了時において相当の赤字を生ずることが予想されていたものであり、現実に朝鮮動乱ブームが生じたことに関係があるにしてもこの内火艇建造について前に述べたように各社とも数百万円にのぼる赤字を出しておることを考え合せると、これらの価格が談合により適正な価格を不当に高価に、或は不当な利益を取得するためにつり上げられたものとか、或は、海上保安庁に不当な損害を加えるような価格ではなかつたことが推測されるのである。

以上に指摘したような海上保安庁側の本件内火艇発注に関する諸事情、入礼者である六社側の諸事情ことに談合の動機内容等に関する事情当時の客観的な社会情勢、殊に業界の経済的な情勢を参酌して本件予定価格及び各社の入札価格竝びに従つて又契約締結の価格決定に至る事情を中心に考察するときは、本件談合は、専ら本件入札に参加した六社が注文を受けた際に発生することの予想される赤字をできるだけ防止し最少限度にくいとめるため前回入札の際行われたような採算無視のダンピング価格による入札をしないことを唯一の目的としてなしたものであつて、冒頭において説明したような意味におけるいわゆる公正な価格を害する目的(ここに目的というのは意欲の程度に至らない認識の程度をもつて十分であると解する。)乃至は不正な利益を得る目的をもつてなしたものとは到底認めることができないものである。尤も前述したとおり被告人山口文三において前記見舞金のうちから金二十万円を受領しておるので少くとも同人の関係において本件談合が不正の利益を得、延いては公正の価格を害する目的があつたのではないかと疑われる虞もあるから、この点につき一言触れておくこととする。なるほど、右被告人は、本件談合当時は既にその職を辞していたにもせよ、その直前までは本件入札施行者である海上保安庁の本件入札に関係のある課に勤務していたものであるから、このような者が仲介斡旋の労を採り如何なる名義であらうともこの仕事に関連して二十万円の金員を領得するような事は、その入札及びこれに関連する行為の公正を疑われ好ましくない事であるには相異ないのである。しかし、右被告人に仲介斡旋により特に不正の利得をしようとする意図が存したという事実は、記録上全く発見できないものであるが故に、これが道義上その他別個の観点からみて非難に値する行為であるとするは兎も角、本件談合行為と直ちに結び付け談合自体に前記意図が存したものと推認する一つの根拠とすることは相当でないと思料されるのである。要するに記録上認められる本件談合は、なるほど、結果において自由に放任すれば競争入札により形成されるであらう落札価格を害したかも知れないが、被告人等において前記経済的な採算を無視しない公正なる自由競争により形成さるべき落札価格を害する目的で談合を遂げたとか、又は結果においてこのような公正な価格を害したものである事実を肯認するに足りる的確な証拠は遂に発見できないのである。然るに、原判決は刑法第九十三条ノ三第二項の解釈を誤つたことに基因してか或はその事実認定を誤つたためか被告人等の本件談合の所為を右法条に該当する所為であると認定判示しているのであるが、これは上述するところにより正当でないものであり、この過誤は判決に影響を及ぼすことの明らかなものであるから到底破棄を免れない。それ故各論旨は、いずれもこの点において理由がある。

よつて弁護人等のその余の各論旨及び被告人山口文三の量刑不当の論旨についての判断を省略して刑事訴訟法第三百九十七条に従い原判決(但し、被告人山口文三に対する無罪部分を除く。)を破棄し、同法第四百条但書を適用して当裁判所自ら判決をする。当裁判所の認定した被告人山口文三及び同若山浩に対する罪となるべき事実及び証拠の標目は、原判決の判示第二事実及び第三事実とこれに対応する証拠の標目の記載のとおりであるので、ここにこれを引用する。

法律に照すに、被告人山口文三の原判示第二の各所為は、いずれも刑法第百五十七条第一項前段に該当するところ、以上は併合罪であるので同法第四十五条前段第四十七条第十条により犯情の重い原判示第二の(三)の収賄の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役四月に処し、刑法第二十一条に従い原審における未決勾留日数中十四日を右本刑に算入するが、情状により同法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。なお右被告人が収受した賄賂は、いずれもこれを没収することができないので同法第百九十七条ノ四によりその価額合計四万五百円を右被告人から追徴する。被告人若山浩の原判示第三の所為は、刑法第百九十八条第百九十七条第一項前段罰金等臨時措置法第三条第二条に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその金額範囲内で右被告人を罰金三万円に処し右罰金を完納することのできないときは刑法第十八条を適用して金千円を一日に換算した期間右被告人を労役場に留置する。なお主次第八項掲記の訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用してそれぞれ同所記載のとおり右両被告人に負担させることとする。

なお被告人六名に対する昭和二十六年四月十八日付起訴状記載の「被告人等は昭和二十五年十一月十八日実施せられた海上保安庁発注二十三米内火艇十隻この内訳外板一枚張四隻外板二枚張六隻建造工事の競争入札にあたり公正なる競争によつて決定すべき落札価格を釣り上げる目的を以て、被告人山口が後記六社間の斡旋役となりその余の被告人は各所属会社を代表し、同月十五日から十七日までの三日間に亘り、いずれも東京都中央区日本橋矢の倉町十四番地西日本重工業株式会社内において右入札における指名業者である右六社の中株式会社四国船渠工業所を除く五社が一社二隻宛の割で該工事の落札者となる如く各入札価格を協定し四国船渠工業所に対しては同社及び西日本重工業株式会社を除く各社が合計四百万円の見舞金を出捐することを約し、以て談合し、(以上刑法第九十六条ノ三第二項に該当する本位的訴因)同月十八日同都千代田区霞ケ関二丁目一番地海上保安庁総務部補給課で開催された入札会においても右約定に基いて各社入札し約定どおり外板一枚張については南国特殊造船株式会社及び西日本重工業株式会社が海上保安庁の予定価格と一致する二隻五千三百五十八万円で、外板二枚張については株式会社墨田川造船所、株式会社横浜ヨツト製作所及び東造船株式会社が予定価格を僅かに下廻る二隻五千三百四万円で落札し、以て該入札の公正を害したものである(以上は刑法第九十六条ノ三第一項の偽計を用いて入札の公正を害すべき行為をしたとする予備的訴因)」という公訴事実について、本位的訴因は結局犯罪たるの証明十分でないものであり、予備的訴因についても同法第九十六条ノ三第一項と同第二項との対照上第一項の偽計には談合の場合を含まないものと解するのが相当であり、しかも前に説明したとおり本件において証拠上談合が行われたことは認め得るけれども、この談合が右法条第一項の犯罪を構成するものと認定するに足りないものであり、その他同法条第一項の犯罪の成立を肯認するに足りる的確な証拠は存しないから、結局これまた犯罪の証明十分でないものと認むるの外ないものである。それ故にこの点については刑事訴訟法第三百三十六条により被告人六名に対し無罪の言渡をすることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

伊藤清弁護人の控訴趣意

第一点原判決には刑法第九六条ノ三第二項についての解釈の誤りがあり、判決に影響を及ぼす法令適用の誤りとなつて居る。

(一) 刑法第九六条ノ三第二項に謂う「公正ナル価格」とは「公正ナル自由競争ニヨリテ形成セラルベキ落札価格」であるに拘らず、原審は単なる自由競争による落札価格と解して居る。即ち、原判決は「第六争点および弁護人の主張に付いて」と云う項にて刑法第九六条ノ三第二項の解釈に付いて、昭和十七年(れ)第一五九七号入札妨害被告事件に対する、同十九年四月二八日大審院第三刑事部判決を援用し、「各入札希望者が自由な意思決定に基いて何等かの経済的事情により、自己の算定した原価以上の価格で入札する、即ち、弁護人の所謂採算を無視した入札をすることによつて、形成される価格であつても自由競争によつて形成される以上、同上にいう公正なる価格であることに変りは無い。」と判断して居るが、其の立論の過程として、公正なる価格とは、「入札希望者が争つて申出た、『自己ノ堪へ得ヘキ範囲ニシテ、且ツ、入札施行者ノ満足ヲ買ヒ得ヘキ価格』によつて、形成される価格が、競争入札に於て『尚フトコロ』の『適正価格』であり、刑法に云う『公正ナル価格』である」と述べ更に「主観的個別的な経済的事情や見透し等から自由意思により、出血受注も亦自己の希望するところとして、入札する者があれば、之等の者の入札価格も亦特殊の経済事情から、割り出して自己の堪え得る価格であることに相違なく………右のような価格によつて形成される価格も亦夫れが、自由競争によつて形成される以上刑法に謂う公正なる価格であることは当然である。」として居るのである。之れを要するに、原判決は自由競争さえ行われて居れば、たとえ、ダンピングが行われるような自由競争であろうと、其れによる落札価格は入礼者の堪え得る価格であつて、公正なる価格であると言つて居るのである。然し、原審引用の大審院判決が、「自己の堪え得る価格」という言葉を用ひたのは、斯かる意味でないことは同判決に於て、公正なる価格とは「公正なる自由競争に依りて、形成せらるべき落札価格の謂に外ならざるなり。」と云つて居る点及び、昭和二八年(あ)第一一七一号同年一二月十日最高裁第一小法廷決定の理由にて「『公正ナル価格』とは入札なる観念を離れて客観的に測定せらるべき、公正価格の意ではなく、当該入札に於て、公正な自由競争によつて、形成せられたであろう落札価格の謂に外ならない」と云つて居ることよりしても「公正」によつて、担保された自由競争にして始めて夫れによる落札価格が、自己の堪え得る価格として公正価格と認めて居るのである。而して、以上の大審院判決あるいは最高裁決定の基礎となつた具体的事案は何れも出血受注の事案ではなく、その根底に出血受注を必要としないだけの正常なる経済事情が存する場合なのである。ダンピングをしなければならない入札は、資本主義経済機構の下に於ては、公正なる自由競争としての入札ではなく、従つて斯かる変体的入札によつて得られた落札価格は、公正なる価格とは言い得ないのである。

(二) 同条ノ公正ナル価格を害する目的とは同時に不正なる利益を得る目的を具有して居るにも拘らず、原審は斯かる考慮を払うことなく一義的に解釈した誤りがある。同条項は昭和十五年招集の第七六議会に於て刑法中一部改正法律案として上提され議論続出、迂余曲折の末、成つたものであつて、その立法経過の概要については政府案としては「第九六ノ三偽計若シクハ威力ヲ用ヒ又ハ談合ニ依リ公ノ競売又ハ入札ノ公正ヲ害スベキ行為ヲ為シタル者ハ二年以下ノ懲役又ハ五千円以下ノ罰金ニ処ス」と云うことで談合を全べて有責違法として罰せんとしたのであるが、衆議院にて違法性なき談合もあることを理由に「偽計若シクハ威力ヲ用ヒ公ノ競売又ハ入札ノ公正ヲ害スベキ行為ヲ為シタル者ハ二年以下ノ懲役又ハ五千円以下ノ罰金ニ処ス、公正ナル価格ヲ害スル目的ヲ以テ談合シタル者亦同シ」と修正し、此の修正案は貴族院の同意を得られず、両院協議会が開かれて其の第二項を更に「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ談合ツタル者亦同シ」と修正し、意見の一致を見たのである。而して、「又ハ不正ノ利益ヲ得」と云う文字が挿入された理由は両院協議会に於ける議長が、「『公正ナル価格ヲ害スル』だけでは明確でないので、更に補充の意味で左様な文字を入れた修正案が両院協議会で全会一致成案として認められた」(刑法中改正法律案両院協議会速記録)と云つて居るところに徴して明白である。従つて本来「又ハ」とせずに「及ビ」と云う接続詞を使用すべきだつたのである。故に公正なる価格を害する目的とは、そこに同時に不正の利益を得る目的が伏在し、その場合に始めて違法性ある談合となるのである。即ち、正当なる利益を得る為の談合は不法性、可罰性がないのである。にも拘わらず原審は「公正ナル価格ヲ害シ」と云う斯かる意味を理解せずして、出血受注-それは正当な利益を得て居ないことは明らか-を防止する為、あるいはその出血の増大を防止する為の談合は同条に云う公正なる価格を害する日的の談合であると単なる形式的、一義的文理解釈をしたのであつて、誤りと謂わねばならない。(なお此の点に付きては、本弁護人が第一審裁判所に提出せる弁論要旨第一の五に詳述せる雲形定規的条文論を御参照相成り度く存じます。)

第二点原判決には、判示第一の事実に付き、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

(一) 会社代表者としての被告人等が為した談合は、公正なる価格を害することを目的としたものではない。原判決認定には経験則違反の誤認がある。原判決は、「本件談合ノ目的及ビ其ノ成立ノ経過」の項の結論として「被告人等は、本件入札に於ける六社の競争を排除し、自由競争に放任した場合に比較して落札価格をいくらかでも釣り上げ、自由競争によつて形成せらるべき落札価格を入札施行者である海上保安庁に対し、不利益に変更する目的で、落札者および落札価格を協定し、以て公の入札である本件入札に関し、公正なる価格を害する目的で談合を遂げたものである。」と断定して居るが、右断定には経験則違反の誤認があると謂わざるを得ない。即ち、右結論の前提を為す判示部分に於て、僅かに「自由競争により形成せらるべき落札価格を落札者にいくらかなりとも有利と云うことは取りも直さず、入札施行者に不利に変更することができると考え、此の事を目的として協議するに至つた。」と述べて居る以外直接公正なる価格を害する目的と云うことを認定した点は、全然ないのである。而して、右各判示部分は、落札価格をいくらかでも釣り上げると云うことは海上保安庁に対し、不利益に変更する目的であるとし、夫れは公正なる価格を害する目的であると認定して居るが、夫れは人間の目的意思活動の本質を理解せざる形式的謬論と謂うの外はない。能力に限界のある人間は、楯の一面のみを意識し、其の裏面を何等意識すること無く行動することは、日常茶飯事のことであり、其の故にこそ、神にあらざる人としての所以があるのである。然るに原判決は、人を全智全能なる神に擬し、意識しないことを、従つて目的となり得よう筈もないことを目的としたと推断するに至つては、生きた現実を無視した経験則違反の認定と謂わねばならない。原判決のとつた形式的論法は、結果論として始めて可能なのであり、それを目的論に適用せんとするに於ては目的と結果の本末を顛倒した錯覚に陥つて居るのである。即ち、事実は結果的に海上保安庁に不利益となり得ると云う迄である。而して、原審に顕われた証拠全部に徴しても、直接公正なる価格を害する目的だつたと窺知されるものは何一つ存しないのである。被告人山口以外の他の被告人等の目的は原判決も「本件談合の目的及び其の成立の経過」に於て、「赤字を減少防止したいと希望し、他方ではたとえ赤字になつても仕事を取つた方が工員を遊ばせないで済み、間接費を軽減することが出来、給料の支払や金融の面で受けられる利便、海上保安庁との将来の取引等を考量すると、結局会社の利益になるから、本件入札に於ても是非落札者になり度いと熱望して居た。此のような事情から、右の被告人等は、何れも仕事は取り度いが、取り度いあまりに競争すれば、会社の赤字を増大する結果になることを惧れ、六社間の自由競争を排除して、協定を成立させさえすれば、黒字にならないまでも少くとも赤字の増大だけは防止できると信じて居たのである」と述べて居るが、夫れが全部であり、他意は無い。即ち、落札価格をいくらかでも釣り上げんと云うことは海上保安庁に不利益に変更する目的と云うのではなく、会社として出来るだけ赤字を防止し、適正なる利益を得ると云う目的だつたのである。遠藤満の司法警察員作成の第一回供述調書は「各業者間で今後とも適正な価格で入札出来るなら、ダンピングしないで、談合して業界の繁栄を図り度い」とあり、滝沢騏一が司法警察員作成の第一回供述調書に「営業担当者としては談合になつて適正な価格で入札出来るならば、談合しても已むなしと考え」とあるように、業者等は公正なる価格を害する目的などは毛頭存しなかつたのである。而して、被告人等の落札協定価格は公正なる自由競争が行われて居れば達する適正価格で不当の利益を図つた価格ではない。即ち、ダブル六隻の入札については海上保安庁の予定価格二隻五千三百六万円を下廻る二隻五千三百四万円で落札し、落札者以外は、その価格により随意契約を結び、シングル四隻に付いては、一番札二隻五千三百八十万円で予定価格二隻五千三百五十八万円を僅かに上廻り、第一回は入札不調となり、第二回目に予定価格で随意契約を結んだのであるが、北川忠治の検察官調書に依るに、入札価格協定に付いて、ダブル・シングル共各社で推察せる保安庁の予定格価を無記名投票し、其の平均格価を予定価格と看て、入札価格の協定をしたのであつて、落札協定価格は業者等の当時の客観的原価の標準を示したものとも言い得るのである。蓋し、海上保安庁の予定価格なるものは証人田中夐の証言、同人の供述調書に付いて見るに其の資料は関係技術家の意見を聞き、工賃は最低賃金を寄せ、夫れを平均したるものを資とし業者利潤を計上して居ないのであるのに夫れと落札協定価格が略一致したのであるから、従つてダンピングをすれば格別さもない限り、公正なる自由競争に於ては、之れより下る落札価格は適正価格として、定まらない筈である。遠藤満の司法警察員作成の第一回供述調書に依れば、「昭和二五年十二月中旬起工しまして、目下建造中でありますが其の後の朝鮮動乱の特需に依り、非鉄金属其の他の値上りによりまして竣工の際には百五十万円(一隻当り)の欠損が考えられるのであります。」と云う状態で、若しも、ダンピングが行われて居たとしたら、其の損害は莫大なものとなつたのである。以て落札協定価格が如何に適正で、不正の利益を得るものでなかつたかと云うことを証して余りあるのである。従つて、業者に不正の利益を得る目的の無かつたことも自から明らかである。

(二) 原判決は「第六争点及び弁護人の主張に付いて」の項に於て、「被告人等の本件談合行為は何れも『現在の危難を避くる為め已むことを得ざるに出でたる』行為とは認めがたく、又、何人を本件被告人等の地位においたとしても被告人等の本件談合行為以外の行為をすることが期待できなかつたとは認められないし、非難可能性のない行為とは認定できない」と判断して居るが、当時造船界の事情は遠藤満の検察官作成の第二回供述調書によれば「在京四十数社の造船業者が半減した程の不況にあたつて、仕事が取れなければ会社は立ちゆかず、さりとて、ダンピングすれば赤字を出す許りと云うような情勢下」で、証人田中夐の証言に依ると、昭和二十四年度の巡視船が予定価格の六割にて入札したので、年度末引渡の頃は皆大赤字となり、広島、名古屋は請負金と同じ四千万円、下関は入札を辞退し、夫れに代つた北海道函館も大損害となつた実情にあつた。即ち、当時造船業者は生死の関頭に立つて居たのである。それ故に、松本清の、司法警察員作成の第一回供述調書にある如く、「経済界の落伍者とならない様に辛らうじて操業持続が経営者の最大の関心事」だつたのであり、前述遠藤の調書の「赤字を出してでも仕事を取る方に各社が赴くだらうことは明らかでありましたので、談合が出来れば之れに越したことは無いと思つて居たのであります。」と云うことは業者の誰れしも考えたことなのである。然も、昭和二五年七月の入札にて、ダンピングの結果各社尨大な赤字を出して居ることは原判決認定の通りであつて、斯かる事情であれば、十一月の入札にて談合して、何とかダンピングを避け度いと云う事は必然の運命と謂はねばならない。蓋し、ダンピングをされた場合その落札者のみならず、他の者が被害を蒙ることは海上保安庁の入札の慣例として判決認定にある如く、最低価格入札者が落札者となることは普通入札と同じであるが、全部納入出来ないことを理由に、二番札・三番札を入れた業者が、落札者と同価格で随意契約を締結するのであり、然も、証人田中夐の証言の如く二番札・三番札の者が入札心理に依り引受けるのが常だつたのである。若山浩の検察官作成の第一回供述調書に「今後は何とかして赤字を防ぎ度い、夫れには出来る丈御互いに話し合つて行つた方がいいと云う考えは持つて居りました。」とか、松本昭郎の検察官作成の第一回供述調書に「昨年六月の第一回契約のとき競争入札により価格が引下げられ、相当の赤字を出してしまいましたので、今度は談合でもしなければ又、価格を引下げられて原価を割つてしまうのではないか」とか、松本清の検察官作成の第一回供述調書に「(説明会が終つての帰りに)前を歩く一団の人々は『今度は御互いうまいことをやつたらどうでせう』と云うようなことを話して居りました」とあるように、何とか業者は活路を見出さんと苦慮して居たのである。然も説明会に於ては海上保安庁としては、ダンピングを禁ずると云つて居るのであるが、ダンピングをせざるを得ない状況下に於いて、ダンピングをしない為めには如何にすれば、仕事を入手出来るか。夫れは談合以外にはない筈である。とりわけ、一人が、ダンピング入札をすれば、他の者も之れに引き摺り込まれることになつて居つた本件入札制度に於ては特に然りである。想うにあの際、官庁が特に、ダンピングをする勿れと厳命した真意は、業者間で適当に話合つて官庁の予定価格相当の適正なる価格を申出すようにと云う親心の表現と解し得らるるのである。蓋し、国家の本質は公益代表である。私利追求を表看板とする営利会社とは性質を異にするものである。故に国家は業者が、ダンピングをして共倒れとなり、ひいて、日本の造船技術の退化と、造船設備の崩壊を来し、永い眼で見れば、国家経済上の損害となる情勢を憂いたればこそ、特に、ダンピング入札を厳禁したのである。若し、国家も亦営利会社と同じく、目前の私利追求を第一義とするならば、苟くも、入礼者が安い値で入札請負うならば、之れを観迎すべきである。夫れがダンピングであろうとなかろうと入札者の個人的自由の判断で、主観的に堪え得る値段、少くとも、其の時請負はないよりも何等かの関係で有利なりと思料する値段で入札することを歓迎する筈である。現に原審判決は「結局被告人等は、本件入札に於ける六社の競争を排除し、自由競争に放任した場令に比較して落札価格をいくらかでも釣り上げ、自由競争によつて形成せらるべき落札価格を入札施行者である海上保安庁に対し不利益に変更する目的で落札者および落札価格を協定し、もつて公の入札である本件入札に関し、公正なる価格を害する目的で談合をとげた。」と判示して、国家は一文でも安く入札されればそれだけ得であると云う思想を露骨に現わして居る。然し、斯くの如きは国家を最高の道徳と観する国家理念を去ること遠きのみならず、苟くも国家に営利会社とは本質的に異なるものであるから仮令営利会社を相手に請負契約をするに当つても、盲目的に目前の利益を追求して、業者を圧倒搾取して、国家経済将来の禍根を残すようなことをしてはならないと云う、国家的恒心国家的衿恃を忘れて居る見解である。幸に、保安庁は、それ程国家の立場を低劣なる営利団体と同列に卑下せず、此の請負契約をダンピング無しの適正なる予定価格に落ち付かしめんとする親心を以て、特に、ダンピングを厳禁したのであろう。今日の業者も亦国家に対しては対当なる営利の相手方と見ず、一段高きものとして尊敬して居るので、国家より、ダンピングを厳禁されると、それを守ろうと思うのが常であるから、被告人等もあの際必然的に談合の道を辿るより外はなかつたのである。要するに、国家と営利会社の関係及び当時の実情から見れば、被告人等の本件談合行為は国民として普通に行うところで、何等非難すべからざる行為であると信ずる。即ち、原審判決は此の点に於て、重大なる誤りがあるのであつて、破毀を免れないと信ずる。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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