大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)260号 判決

控訴人 横浜地方検察庁検事 田中良人

被告人 樋渡悌三郎

弁護人 山内忠吉

検察官 入戸野行雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、横浜地方検察庁検察官検事田中良人作成名義の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する答弁は、弁護人山内忠吉作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点について。

原判決が、被告人の本件暴行、傷害の所為を過剰緊急避難行為であると認定して、刑の免除を言い渡していることは、所論のとおりであつて、所論は、右は、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である旨主張するにより、先ず、事実関係について、本件の記録並びに原裁判所で取り調べた証拠を調査し、且つ当審における事実取調の結果をもそう合して検討するに、原判決の認定した判示事実中、(一)組合員大神(おおが)某が行進してくる非組合員の隊列の面前に立ちはだかつたのが非組合員を説得しようとしたものであるとの点、(二)右大神と非組合員赤地某とがなぐりあいを始めたいきさつの点、(三)被告人が角棒を振りまわして本件暴行を働いた時期の点、(四)被告人の所為がピケラインに対する現在の危難を避けんとしてその程度をこえてなしたものであるとの点を除いたその余の部分は、すべて原判決援用の証拠によつてこれを肯認することができるのであるが、しかし右(一)及び(二)の点については、証人大神弘好は、原審及び当審の各公廷において、いずれも原判示に符合する趣旨の供述しているけれども証人赤池英夫、同吉木国雄、同大塚孝一郎の原審及び当審における各供述、並びに当審証人北原伊四郎、同保科清、同小幡五郎、同渡辺祐治の各供述等をそう合し、これと対照して考えるときは、右大神証人のこの点に関する各証言は、いずれもたやすくこれを信用することができないところであつて、他にこれを確認するに足る証拠は存在しないばかりでなくかえつて右各証拠をそう合考察するときは、組合員大神某が非組合員らの前に立ちはだかつたのは、果して非組合員を説得するためであつたか、又は実力をもつて非組合員らの入場を阻止しようとするためであつたかが不明であつたことが窺われるのであり、又、右(三)の点については、証人吉木国雄、同大塚孝一郎、同赤池英夫の原審及び当審における各供述、証人佐藤正一の原審公廷における供述、証人北原伊四郎、同保科清、同菊一勇次郎、同渡辺祐治の当公廷における各供述、並びに押収にかかる角棒一本(東京高等裁判所昭和二九年押第八六号の一)の存在等をそう合考かくするときは、被告人は、原判示のように非組合員らが、にわかに隊列をくずし、「突込め」と喚声をあげてピケラインめがけて殺到してきたのを見て初めてこれに憤激した結果、本件の暴行に出たものではなくて、前示組合員大神某が非組合員らの隊列目がけて馳せつけるや、ほとんどこれに続く位に、原判示角棒を携えて非組合員等に接近して行き、右大神と非組合員赤池英夫とのなぐりあいがきつかけとなつて混乱状態に陥つた際には、既に自らもその混乱の中にあつて、右角棒を振りまわし、本件の暴行に及んだものであることが認められるのであつて、原判決援用の証拠によつては、未だ右各認定を左右するに足らないのであるから、原判決には、前示(一)(二)(三)の三点については、事実の誤認があるものといわなければならない。

よつて、進んで、右のような事実関係を前提として、被告人の本件所為が、果して、原判示のように過剰緊急避難行為に該当するかどうかの点につき審究するに、我が国の憲法は、勤労者の団結権を保障しているので、労働者は労働組合を結成し、又は結成された労働組合に加入する権利を有することは明らかであるがこれと同時に、他にもいろいろの自由と権利とを右憲法によつて保障されている関係上、自己の意思に基ずいて労働組合を結成しないことも、既に結成された労働組合に加入しないことも自由であると解すべきことは、所論のとおりであり、又、労働組合は、その所属構成員に対してのみ、労働力のコントロールを加え得るものであつて、構成員以外にまでこれを強制しえないことは、労働法上の基本理論であるから、労働組合が組合員の労働力を統制してストライキを継続することが、当然の権利行使であると同時に、非組合員が右ストライキに同調しないで就業することも、また当然の権利行使であり、右の争議権と就業権とは、対等の立場に立ち、互に並立する関係にあるものと解すべきことも、また所論のとおりであるところ、これを本件についてみるに、証人吉木国雄、同大塚孝一郎の原審及び当審における各供述、並びに当審証人北原伊四郎、同保科清、同菊一勇次郎、同小幡五郎、同渡辺祐治らの各供述をそう合するときは、本件の場合における非組合員らは、いずれも自己の自由意思によつて原判示労働組合に加入せず、原判示ストライキにも参加しなかつたものである上に、原判示のような方法によつてまで就労しようとしたのは、ストライキに同調して就労しないでおれば、その間賃金による収入が中絶するばかりでなく、職場を馘首されるおそれがあつたため、自己及び家族の生活上の必要から、やむなくその挙に出たものであつて、故意に組合のストライキを妨害しようとする意図のもとに行つたものではなかつたことが認められるのであるから、右非組合員らが就労しようとしたことは、正当な権利の行使であつたものというべきであり、従つてかかる権利の行使に対しては、ストライキ参加者において、これを積極的に妨害することは許されないものといわなければならない。

しかして、ビケツトは、労働組合の争議権に基ずく争議手段の一種であつて、組合の構成員以外の非組合員に対する関係においては、本来その就業を拒否する根拠がないものであり、特に、いわゆる「スト破り」の雇入れ等のように、ストライキの効果を減殺することを目的としたものではなくて、真に生活のために就労しようとする非組合員に対しては、平和的で穏和な説得行為であるならば格別、右限度をこえてその就労を拒否することは許されないものと解すべきところ、本件においては、非組合員らが、原判示のような集団の力によつて強いて就労しようとしたのは、前述のとおり、いわゆる「スト破り」の雇入れ等のように組合のストライキの効果を減殺することを目的としたものではなくて、真に生活上の必要から、やむなく採つた行動であつたことが認めえられるばかりでなく、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人らは、非組合員といえども、組合のストライキには同調すべきことが当然の原則であるとの信念の持主であることが認められる上に、原審証人大塚孝一郎、同大神弘好の各供述、及び当審証人北原伊四郎、同保科清、同小幡五郎、同菊一勇次郎の各供述をそう合考かくするときは、本件非組合員らは、組合が原判示ストライキに突入した当初は、これに同調するの態度に出たけれども、日を重ねるに従い、且つ争議解決の見とおしが困難となつてきたため、生活上の必要を痛感するに至り、本件発生の前日、相謀つて代表を送り、組合幹部に交渉させて入場方を懇請したけれども、組合側にこれを拒絶されたものである。並びに組合側においても、本件発生の前日において既に非組合員らが入場しようとしているとの情報を入手して、これに備え、非組合員といえども一切入場させない態勢を固めていたものであること等が窺われ、右非組合員らとしては、かかる事情の下においては、もはや、集団の力によつてでも入場するより外に方法がないものとして、原判示のような集団入場を決意するに至つたものと認められるのであつて、このような方法によつて入場したのも、ひつきよう他に執るべき方法がなかつたため、やむをえざるに出た権利行使の手段であつたと考えられるのである。従つて、右非組合員等が、原判示日時に集団入場しようとして原判示場所に進行して行つた当時においては、既に両者決裂の後であつて、組合員によつて「平和的説得」の行われる余地のないような状態にまで立ち至つていたことが察せられるのであり、このような状況下におかれた非組合員らが、右現場において、前示大神と赤池とのなぐりあいをきつかけとして混乱状態に陥つた際、その間隙に乗じて一せい入場しようとしたからといつて、いまだもつて、原判示のように刑法第三十七条第一項所定の現在の危難があつたものということはできないものというべく、従つて、被告人の本件所為は、結局、正当な権利の行使として就労しようとした非組合員に対し、実力をもつてこれを阻止しようとしてなした暴力行為であり、何ら違法性を阻却すべき理由を発見することができないものといわなければならない。してみれば、被告人の本件所為を目して、ピケラインに対する現在の危難を避けるためやむをえざるに出でた行為であつて、その程度をこえたものであると認定した原判決には、この点について事実の誤認があるものというべく、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において到底破棄を免れない。

論旨は理由がある。

よつて、爾余の論旨に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十二条に則り、原判決を破棄した上、同法第四百条但書を適用して、更に次のとおり自ら判決する。

被告人は、横浜市所在第二港湾司令部駐留軍要員労働組合の組合員であつて、同組合が、昭和二十八年七月二十二日からストライキに突入し、非組合員の就業を阻止すべく職場の各入口のピケツトライン責任者として、他の組合員らと共に、同所に泊りこんで、右ピケツトラインの維持に当つていたところ、右ストライキに参加しない非組合員らが、職場内に入ることを組合側に交渉したけれども容れられなかつたところより、集団入場しようとして、同月二十六日午前六時ごろ、約六十名の非組合員らが、四列縦隊を組んで、神奈川県庁前方面より新港橋入口に向つて進行して来たので、当時、同入口附近にたむろしていてこれを知つた被告人外十余名の組合員らは、右非組合員らの入場を阻止しようとして、そのうち大神弘好外数名の者が右非組合員らの隊列に向つて馳せつけるや、間もなく右大神と非組合員赤池英夫とがなぐりあいを始め、これがきつかけとなつて、入場しようとする非組合員らと、極力これを阻止しようとする組合員らとが、互に入り乱れて混乱状態に陥つたが、その際、被告人は所携の長さ約三尺の角棒(東京高等裁判所昭和二九年押第八六号の一)を振りまわして、非組合員大塚孝一郎の大腿部を殴打し、更に非組合員吉木国雄の腕を殴打する等の暴行を加え、よつて右吉木に対し、全治約一週間を要する右前腕部打撲傷を負わせてこれを傷害したものである。

〈証拠説明省略〉

法律に照らすと、被告人の右判示所為中、大塚孝一郎に対するものは、刑法第二百八条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、吉木国雄に対するものは、刑法第二百四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は、刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条に則り重い傷害罪につき定めた刑に、同法第四十七条但書の制限内において併合罪の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役二月に処し、なお、諸般の情状により、同法第二十五条第一項を適用して、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審の訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い、全部これを被告人に負担させることとする。

なお、被告人及び弁護人は、いずれも、被告人の本件所為は、正当防衛行為であると主張するけれども、そのしからざることは、前示認定のとおりであるから、右各主張はこれを採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

検事の控訴趣意

第一点原判決には明白なる事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。即ち原判決は本件被告人の暴行、傷害の所為を過剰緊急避難行為であると認定して刑の免除を言渡したのであるがその前提たる緊急避難行為を認める可き資料がないのに拘らず敢えてかかる認定をなしたものである。

1 本件は被告人の所属する第二港湾司令部駐留軍要員労働組合が昭和二十八年七月二十二日より無期限ストライキに突入し非組合員の就業を阻止すべく職場の各入口のピケラインを張り被告人は新港橋入口のピケライン責任者としてその任に当つて居たところ同月二十六日午前六時吉木国雄等約六十名の非組合員が集団で右新港橋より入場しようとした為紛争を生じその際被告人が大塚孝一郎、吉木国雄の両名に対し所携の長さ約三尺の角棒を振廻して殴打し吉木国雄に全治一週間の傷害を与えたという事案である。原判決は右非組合員等が約六十名の集団で入場せんとし且つその方法が説得の余裕もおかせず強行したと言う事を捉えて「ピケラインに対する現在の危難」があつたと認定した上被告人の所為を過剰緊急避難行為であると判断したのである。

2 そこで先ず一般論としてストライキ中に於ける非組合員の就労の問題について考案すれば本件の集団入場せんとした吉木国雄等が孰れも非組合員である事は原判決が肯認しているところであるがおよそ労働者が組合を結成する等団結する事は労働者に与えられた自由権であつてその限りに於て労働者が組合を結成する事も又加入する事も加入しない事も労働者が自己の意思に基いて自由に処分し得る権利である。本件非組合員等は孰れも自己独自の見解を持ち自由なる意志決定によつて組合に加入していないものと認められる(記録十七丁乃至十八丁証人吉木国雄の供述、記録三十三丁乃至三十四丁証人大塚孝一郎の供述、記録八十九丁証人赤池英夫の供述参照)而して組合はその所属する構成員に対してのみ労働力のコントロールを加え得ると言う事は自明の基本理論であつて構成員以外に対して迄も其の労働力のコントロールを強制し得ない事は言う迄もない。即ち本来組合が組合員の労働力を統制してストライキを継続する事が当然の権利行使であると同時に非組合員が就業する事も之亦当然極まる権利行使であると言わねばならない。換言すれば両者の争議権と就労権とは夫々独自の基盤に立つ固有の権利であり全く対等の立場に立ち且つ併立するものであつて一方の行使が他方の侵害となると言うが如き見解を容れる余地は全くないのである。且つ又本来ストライキは労務提供義務の不履行即ち不作為を本質とするものであり従つてその結果業務の正当な運営の阻害される事は当然であるが、使用者に於てもストライキの際その業務を中止しなければならない義務を負う訳ではなくストライキ参加者の力をかりず業務の運営を図る事が出来る事も勿論である。本件の場合非組合員等は自己の自由意思によつて組合に加入せず且つストライキに参加せずストに同調する事により馘首される事をおそれ生活上の必要から就労せんとしたものである(記録二十九丁証人大塚孝一郎の供述参照)から全く正当な権利行使であつたのである。故にこのような権利行使に対しストライキ参加者に於て之を積極的に防害する事は許されない。原判決は組合員等は就業せんとする非組合員に対して説得する権利-「説得権」-を有し非組合員は説得を受ける義務があると判断しているのであるが、本件統制力が及ばないものに対して「説得する権利」を有すると考える事は誠に不可解である。

3 そこで進んで本件の具体的事情について考察すると先ず被告人等は非組合員と雖も組合のストライキに同調する事が当然の原則であるとの信念の持主である(記録百十一丁被告人の検察官に対する供述記録百五丁被告人の司法警察員に対する供述参照)而して一方非組合員等は組合がストライキに突入した後組合の幹部と交渉を持ち入場方を申入れたが組合側によつた拒否されたと言う事情のある事を考慮に入れねばならない(記録二十九丁証人大塚孝一郎の供述参照、なおこの点は原判決も冒頭でその事情を肯認している)。のみならず組合側では非組合員の入場する情報を入手してそれに備えていた事情が察せられる(記録六十四丁、六十五丁、証人大神弘好の供述-前の晩(二十五日にスト破りが夜十一時頃集るとの情報が有りましたので緊張していたのですが夜十二時になつても参りませんので云々の供述、(記録百十三丁、被告人の検察官に対する供述-前々からピケを破つて入るらしいと言う情報は入つていましたが云々の供述参照)から組合側としては非組合員と雖も一切入場を許さないとの態度を持していたものと認め得るのである。非組合員に対するピケツテイングとしては本来その就労を拒否する根拠はないのであるから平和的で且つ穏和な説得であるならば格別その限界を超えて組合のコントロールを構成員以外にまで押し進めんとする事は如何なる動機原因があるとしても合法視する事は出来ない、而して労働争議自体はすでに多数の威力の誇示が要素であり且つ如何に平和的とは言え多数人によるピケッテイグが大なり小なり無形の威嚇的効果を有し少数者の自由意思を抑圧するに足りるものである事は社会通念上容易に肯認出来るのである。従つて本件非組合員等が事前交渉で入場を拒否されこの上は団体の力によつて入場するの外はないとして集団入場せんとした事は外に執るべき方法のない権利行使の手段であつたと考える可きであつてそれを捉えて恰も不当不法な対抗手段であるかの如き判断をなす事は事案の真相を没却した認定であると言わざるを得ないのである。即ちそこには説得するとか説得しないとかの問題はすでに両者決裂しているのでも早や論議の対象とはなり得ず一方は入場を拒否する他方は入場すると言う二つの力が衝突したと見るべき事案なのである。そして両者の権利は先に触れた如く対等で且つ併立するのであるから非組合員側の就業は正当な権利行使であり組合側に於て説得に応じないからと言つてそれを積極的手段によつて阻止する事は許されないのである。従つてかかる状況下に於て非組合員等がその場に於ては説得する余裕も与えず入場せんとしたからと言つてそれが「ピケラインに対する現在の危難」を生ぜしめたとは考え得ないのである。而して又かかる状況の下に非組合員が集団の力で入場しようとした事は説得に応ぜず固有の権利に基いて就労せんとする意思表示を明示するものと考えるべきであるから組合員が強いて之を阻止せんとするならばすでにその点に於て正当性の限界を逸脱する事となるのである。従つて之を阻止せんとする事が己むことを得ざるに出たる行為であるとする見解の成立つ余地もないのである。(記録六十丁証人中島博佳-組合員-の供述-説得を重ねてもどうしても入ると言うのは仕方がないから入れる様にしようと思つて居た旨の供述、記録六十六丁証人大神弘好の供述-どうしても入ると言う人がある場合は通してやる心算であつた旨の供述参照)

4 なお原判決は現在の危難の存在した事を意味付ける如き表現方法で「組合員大神某が非組合員等の前面に立塞つて説得しようとした処隊列の先頭に居た赤池某(非組合員)がいきなり右大神の顔面を殴打したので両者殴り合いとなり互にもつれ合つている間に他の非組合員等は俄に隊列をくずし「突込め!」と喚声をあげてピケライン目がけて殺到して来た」との事実を認定している。右赤池が大神を殴打したとの点については証人赤池英夫は「大神が非組合員の方え走つて来て隊の二列目三列目あたりは比較的年を取つた人達が居たがその人達の所え行つて二、三回殴り自分が傍え行きいい加減に止めろと言つたら自分の方に向つて来たので自分と殴り合いになりそこえ被告人樋渡が棒を持つてやつて来て自分と殴り合いとなつた」旨の供述をなして居り(記録九十二丁乃至九十三丁)原判決の認定とは矛盾した供述をして居るのであるが然しそれはそれとして原判決の言う如く「非組合員が喚声をあげピケライン目がけて殺到して来たので被告人が興奮し暴行を働いた」と見るのはいささか牽強附会の認定である。即ち非組合員側は入場に当つて組合員側と摩擦を生じない方針で臨んでいるのであるし(記録二十丁証人吉木国雄の供述-入場に当つては殴り合いは一切しないこと、多少組合員に殴られても我慢をすること、出来る丈話し合いの上で入場する事としどうしても入場させない時はスクラムを組んでピケラインを突破することになつていた旨の供述、記録九十一丁証人赤池英夫の供述――入場する時喧嘩はしないと言う申し合せであつた旨の供述参照)又証人吉木国雄(記録二十丁乃至二十一丁)同大塚孝一郎(記録三十丁乃至三十三丁)同赤池英夫(記録九十一丁乃至九十三丁)等の証言により明らかな如く真相は全く瞬時の出来事であつて右大神と赤池が殴り合いとなり混乱状態となつたので非組合員側はその混乱に乗じて入場しようとしたまでの事であつてすでにその時に被告人も混乱中にあつて棒を振り廻していた事は前記赤池英夫の供述(記録九十二丁乃至九十三丁)によつて認定し得るし結局原判決の認定する如く「赤池と大神が殴り合いとなり」「もつれ合つている間に他の組合員等は喚声をあげてピケライン目がけて殺到して来て」「被告人はこの殺到して来る組合員に対して暴行を加えた」と言う様に順次段階的な事実は記録に現われた全証拠を以てしても認定出来ないものである。

5 更に原判決の判示する「ピケライン目がけて殺到して来た」と言うのはピケ隊員即ち組合員等が道路の中央を非組合員等の就労希望者が自由に通行出来る様に開放してその道路両側に立ち並んでいたのに非組合員が特に道路中央の開放された部分を通らないで態々両側のピケ隊員目がけて殺到したのであるか、又はピケ隊員が道路中央に立ち塞がつたので道路中央を通行中の非組合員の進路を遮断した結果ピケ隊員と衝突するに至つたのであるかは重要な問題である。ピケ隊員の体勢を検討するに当り若し前者であるならばピケ隊員は正しく説得の体勢にあつたと言い得るであろうが後者だとすれば本件ピケッテイングは口で説得を唱え乍ら実は身体を張つて就労希望者の通行即ち就労の自由を阻止するものと謂わざるを得ない。然るに前者と認めるべき証拠は無く却つて前示の如く大神が(両手を拡げて)立ち塞がつたことの外証人伊東和正の供述(記録七十八丁入れない様にする為私はラインから十米許り出て行きピケ破りの人達の前に立つて入るのを止めて呉れと制したのですが……。八十丁判然りしませんが四、五人の者が出て制止致して居りました。)被告人の検察官に対する供述調書中「私はこれは手薄な処をねらつてスト破りに来たと思い憤慨しましたそして全力をつくして阻止しようとしたのです」との供述記載(記録百十二丁)及び巡査山口雄幸撮影に係る写真(記録八十三丁)によれば後者の如く認められる。証人吉木国雄の供述(記録二十丁)証人赤池英夫の供述(記録九十一丁) 入場に際しては他意なく殴り合いはしない旨の申し合せがあつたこと-もその状況証拠となり得よう。然らば本件ピケッテイングは説得の体勢を構成しているのではなく説得の為と言うのは詭弁であるに過ぎず実体は物理的実力行使による非組合員に対する就労阻止にあつたと認めざるを得ない。被告人が暴力行使以外に使い途のない角棒を携えて立ち現れた事、相手は全員素手であるのに被告人が角棒を振り廻したこともその一つの証左である。言い換えるとピケ隊員は平和的説得を行う為にそこに居たと言うのではなく自ら求めて非組合員の隊列の前面に立ち塞がりその行進によつて当然予期された衝突による混乱を招来したものであつて原判決の言う如く「ピケラインに対する現在の危難」等と言う如き正対正関係にはなかつたと言うの外なく緊急避難の成立の余地なきものと申さざるを得ない。従つて原判決の言う如き「説得の余地を作る為にのみする行為」と見るのは事実の誤認である。

6 又原判決はストライキに参加しない非組合員が就業することは正当な行為であるから之等の者に対する組合員のピケッテイングの限界については「あくまでも穏かに条理をつくして説得することのみが許された権利である」と判示している。「あくまでも穏かに条理をつくして説得する」行為とは即ち相手方の理性に訴えてその自主的判断選択つまり自由な判断選択を為し得ることを前提とし、従つて相手方が自由に判断し、就業を選択した場合この選択に従つて行動する自由を阻害することのない事を必要とする筈である。然るに本件を見るに原判決が組合側のピケッテイングの態勢として「まず組合員大神某が行進してくる非組合員の隊列の前面に立ちはだかり……」と判示する通り就業目的で行進する非組合員の隊列(ピケ隊に向つて暴力を振るい又は衝突する為に行進したのでなく、むしろ十四米六十糎の巾員の車道の中で障害物のない中央を選んで行進したのである-(記録三十六丁乃至三十七丁実況見分調書の記載参照)の前面に立ちはだかつたと言うのであるから身体を張つて之等非組合員の行進の自由即ち就労の自由を阻止したことを原判決が承認しているのである。尤も原判決は『「まつてくれ」と説得しようとした』と判示しているが「まつてくれ」と申し向けたこと、そのことは説得の一部又は準備行為であるとしても隊列の前面に「立ちはだかる」と言う物理的実力行使による行動の自由の阻止は説得の一部乃至準備行為として相当な行為であるかどうかを検討する必要がある。凡そ争議行為は労働力の売買について労使が対等且自由な取引交渉を行う駈引の手段として認められているのであつてこの間に身体を以つて立ちはだかるとか又は障碍物を設置して交通を阻止する等の物理的実力行使の介在する余地のないものである。我国では米国に於ける様にピケッテイングが言論の自由として許容されるに止まらず憲法第二十八条に於て勤労者団結権団体交渉その他の団体行動権を保証する旨規定されているのであるが然しこの規定が存在するが故に、物理的実力行使が英、米その他の先進国に於けると異なり労働法上特に正当化される理由はなく又それが説得の一部を構成し又は説得の準備行為として相当な行為であるとは認め得ないものである。原判決は説得の語に眩惑されて本件ピケッテイングの実体を見落したものと言わざるを得ない。結局本件被告人の所為は正当な権利に基いて就労せんとした非組合員に対し之を阻止すべくしてなした何等違法性を阻却しない暴力行為であつて何れの面より考えてもピケラインに対する現在の危難と言う観念の成立する余地はないし況んや組合員にとつて已む事を得ない行為であるとは到底言えないのである。即ち原判決は前提たる緊急避難行為が認められない行為に対し十分なる証拠に基かずして過剰緊急避難行為に該当する行為であるとの事実認定をなした誤りがありこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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