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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)2016号 判決

控訴人 千住北魚株式会社

被控訴人 米津藤一

主文

原判決主文第二項を取り消す。

被控訴人の請求はいずれも棄却する。

被控訴人は控訴人に対して金五万円及びこれに対する昭和三十一年六月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人の金銭賠償の請求を棄却する。」との判決を求めた。

被控訴代理人の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴代理人は左記のように述べた。

被控訴代理人は当審で訴を変更し、原審において被控訴人が主張した請求はこれを撤回し、新たに左記の請求をなすものである。

第一次請求原因として次のとおり主張する。

控訴会社は昭和二十六年六月一日訴外東京魚市場生販株式会社(以下単に生販会社という)の営業全部の譲渡を受け、その資産負債一切を引き継ぐとともに、生販会社の社員杉山清九郎、同長谷川甚次を使者として被控訴人に対し、生販会社の被控訴人に対する本件二口の貸金合計金百三十万円の債務を引き受ける旨の意思表示をさせ、以て右債務について重畳的引受をしたので、控訴会社は被控訴人に対して右貸金債務を支払う義務がある。

二、(第二次請求原因)

仮りに、被控訴人主張の債務引受の事実が認められないとして、生販会社の営業譲受人である控訴会社は、昭和二十六年五月付で御挨拶と題する書面(甲第三号証)多数を各方面に配つたが、右書面には、控訴会社は生販会社、東京北魚市場株式会社及び食安水産物株式会社の三会社の業務を継承したことを記載して、その旨を広告をしているのであつて、右広告は商法第二八条にいわゆる債務引受の広告と解せられる。かりにそうでないとしても、控訴会社は右書面の発送によつて各個に債務引受の意思表示をしたものであつて、このような場合においては、その発送先に対してはもとより右意思表示のあつたことを知つた債権者一般に対しても、その債務を弁済する責を負うものというべきである。そもそも商法第二八条は営業譲受人が譲渡人の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を広告したときは、その事実がなくても広告を信頼した債権者に対しその債務を弁済させようとする趣旨のもので、外観を信頼した第三者を保護しようとするいわゆる外観理論又は禁反言の原則を宣明したにすぎない。一般にある外観を作出したものは、この外観を信頼した第三者に対しその責に任すべきであるとすることは、外観理論、禁反言則その他これに連る表示行為の公信力の問題として肯認されるところであり、上記書面には旧会社に代つて新会社として控訴会社が旧会社の債権債務一切を承継した事実を第三者に信頼せしめるに足る記載がある。被控訴人は控訴会社が右書面を発送した頃控訴会社の業務を担当していた杉山清九郎等からこれらの書面を示され且つ債務引受の事実を聞かされてしばらくの猶予を懇請されたのであるから、前記原則に照して控訴会社は被控訴人に対し本件債務を弁済する責任がある。

三、控訴人はその商号を筑地北魚株式会社といつていたが、昭和三十年十一月十八日右商号を千住北魚株式会社と変更した。

四、控訴会社主張の仮執行の宣言に基く強制執行に関する事実はすべて認める。

被控訴代理人は答弁及び主張として左のとおり述べた。

一、被控訴人の主張事実のうち、被控訴人が訴外東京魚市場生販株式会社に対し金員を貸与したことは不知、控訴人の商号変更の点は認めるが、その他の点はすべて否認する。

二、被控訴人の上記一及び二の主張は、時機に後れて提出されたものであり、且つ訴訟の完結を遅延させるものであるばかりでなく、請求の基礎を変更するものであるから却下せらるべきである。

三、被控訴人の本訴請求は、生販会社から控訴会社への営業譲渡があつたことを前提としているものであるが、右のような営業譲渡の事実はないのであるから被控訴人の主張は立論の基礎を失つているものである。殊に被控訴人の上記一の主張は全く虚偽の主張で杉山清九郎、長谷川甚次が控訴会社の使者として被控訴人に対して債務引受の意思表示をしたことはなく、また右両名は控訴会社の社員であつたこともない。被控訴人は昭和二十六年十月二十六日右杉山に対し生販会社の帳簿に本訴請求にかかる自己の債権が記入されているか否かの調査を依頼してその回答(甲第二号証の一、二)を得ているのである。従つて被控訴人主張のように同年六月一日控訴会社が債務の引受をしているとするならば、その後において生販会社について右のような調査をする必要はありえない。

四、被控訴人は「控訴会社は営業譲渡人の営業によつて生じた債務を引き受ける旨を広告した」と主張するけれども、右書面は控訴会社が産地の各漁業者宛に個々に発送した通知状であつて、広告ではなく、しかも、右書面には営業譲受けの記載はなにもされていない。

五、被控訴人は仮執行の宣言の附された原判決の執行力ある正本に基ずいて、昭和三十一年六月四日控訴会社の営業所において、有体動産につき強制執行をなしたが、その際控訴会社はその所有の現金五万円の差押を受け、被控訴人は翌日執行吏からその給付を受けたので、控訴会社は被控訴人に対し本訴において右金五万円及びこれに対する右給付を受けた昭和三十一年六月五日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

証拠関係について、被控訴代理人は、甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三ないし第六号証を提出し、当審証人杉山清九郎、長谷川甚次、根本仁助、八尾新太郎、林五郎、坂口要次郎の各証言、及び当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、乙第五、第六号証、第七号証の一、第八号証、第九号証の一、二、第十号証、第十三号証の成立は不知、その他の乙各号証は成立を認めると述べ、控訴代理人は、乙第一ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証、第九号証の一、二、第十号証、第十一号証の一、二、第十二、第十三号証、第十四号証の一、二、第十五、第十六号証、第十七号証の一、二、第十八号証を提出し、当審証人寺田省一、武子三郎の各証言及び当審における控訴会社代表者一瀬儀助の尋問の結果を援用し、甲第一号証は同一原本の存在並びにその成立を認め、同第六号証は不知、その他の甲各号証はいずれも成立を認めて同第四号証を利益に援用すると述べた。

理由

第一、先ず被控訴人の訴の変更の適法かどうかについて判断する。

被控訴人主張の前記一及び二の主張は、いずれも新な請求原因の主張で、訴の変更に該当するものであるから、時機に後れて提出されたものであるとの一事では却下できないばかりではなく、右訴の変更によつて特に本件訴訟の完結を遅延させるものとも認められない。また、被控訴人の旧請求と右の新な各請求とは、いずれも生販会社から控訴会社への営業譲渡という基本的な事実関係によつて、被控訴人は控訴会社に対し引受債務の履行を求めているものであるから、その各請求はいずれも請求の基礎には変更がないと解するを相当とする。よつて、控訴会社の右抗弁は理由がない。

第二、よつて以下本案について順次審究する。

一、第一次請求原因について。

成立に争のない甲第二号証の一ないし三、当審証人杉山清九郎、長谷川甚次の各証言並びに当審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は生販株式会社に対し昭和二十五年一月二十日金五十万円、同年三月十四日金八十万円をいずれも利息並びに期限の定なく貸与したことを認めることができる。

被控訴人は、「控訴会社は昭和二十六年六月一日杉山清九郎、長谷川甚次の両名を使者として被控訴人に対し本件貸金債務につき重畳的債務引受の意思表示をさせた。」旨主張し、当審証人杉山清九郎、長谷川甚次の各証言中には被控訴人の右主張を裏付けるような供述がないわけではないが、右各供述は極めてあいまいでたやすく信用できず、他に右主張事実を認めることのできる証拠はなにも存しないので、右主張は採用できない。

二、第二次請求原因について。

商法第二八条にいわゆる広告とは、一般の人が認識できる方法によつて不特定多数人に対してなす意思表示であると解するのを相当とするところ、成立に争のない甲第三号証の書面を仔細に検討してみると、右書面は「御挨拶」と題して「粛啓新緑の候云々」に始まり、前記三会社が小異を捨て大同に就き新に控訴会社が設立せられて新社名の下に業務を開始することになつたについては迅速適確な仕切金送付支払をモツトーとして荷主各位の期待に副うような努力する旨が記述され、更に旧三会社の従来の売上実績を数字を挙げて示し、控訴会社は今回の整備会社中卒先して業務を開始することを附記した上「以上所信の一端を申述べまして御挨拶に代へる次第であります」と結ばれ、追つて書として「御手許にある北魚、生販、食安の荷札は従来通り御使用願い結構で御座居ます」と附記され、控訴会社の本社支社の所在地と社名等に続いて控訴会社の取締役監査役の氏名を下段に連記し宛名を空欄にして「殿」と不動文字を以て印刷されているのであつて、右甲号証の記載文言やその所式等を勘案し、これに当審証人杉山清九郎、寺田省一、武子三郎、根本仁助の各証言並びに当審における被控訴本人及び控訴会社代表者一瀬儀肋の尋問の結果を綜合して判断すると、控訴会社はその業務を開始するに当つて昭和二十六年五月頃旧三会社と取引のあつた生産地における漁業者すなわち荷主に対して個々に前掲甲第三号証と同一内容形式の書面を送付したものであつて、右書面は取引先に対する単なる挨拶状であり、不特定多数人になされたいわゆ広告でないことが認められる。従つて右甲号証が商法第二八条にいわゆる広告に当ることを前提とする被控訴人の主張は採用に値しない。もつとも右挨拶状の中には「新会社に業務を継承した三社の実績云々」の文言が使用されているけれども、その前後の文脈を参酌して前記認定の事実から推考すると、右の業務継承とは旧三会社が整備されて営業を廃止し、新に控訴会社が設立されて旧三会社と同一の中央卸売市場における水産物等の卸売業務を開始する趣旨であつて、債務引受の趣旨とは解せられないばかりでなく、外には、被控訴人主張のように控訴会社が被控訴人主張のように生販会社の債務を引き受ける旨の表示をなしたと解せられる文言はなにも認められない、よつて、その他の点を判断するまでもなく、この点に関する被控訴人の請求は理由がないといわなければならない。

三、以上説示のとおりで、被控訴人の本訴請求は失当であるからこれを棄却しなければならない。なお、被控訴人の原審で請求していた請求は当審で訴を交換的に変更して、取下げたのであるから、原判決の当否については特に審判しないが、訴訟費用の関係について民事訴訟法第三八六条を準用しこれを取り消すこととし、同法第九五条、第八九条を適用して主文第一、二項及び第四項のとおり判決する。

四、控訴会社は、原判決に附された仮執行の宣言に基いて給付したものの返還を請求するので判断するに、被控訴人が仮執行の宣言が附された原判決の執行力ある正本に基いて昭和三十一年六月四日控訴会社の営業所において有体動産に対する強制執行をなし、その際控訴会社所有の現金五万円の差押をなし、被控訴人は翌日執行吏からその給付を受けたことは当事者間に争がない。してみると本件では実質的には原判決が変更されたと同じであるから、被控訴人は控訴会社に対して給付を受けた右金五万円及び損害賠償としてこれに対する給付を受けた昭和三十一年六月五日(その性質が不法行為であるか、不当利得であるかはしばらく別として、このような場合には控訴人になにも損害を与えないように回復させるを相当とする)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の返還義務のあることが明らかであるから、その支払を求める控訴会社の請求は理由あるものとして認容することとし、主文第三項のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 小河八十次)

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