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東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)24号 判決

原告 ナームロヅエ・フエンノートシヤツプ・デ・バターフセ・ペトロ・ウイリアム・マートシヤツピ

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のための上告提起の期間として二ケ月を附加する。

事実

原告訴訟代理人は、特許庁が同庁昭和二十七年抗告審判第八六八号事件につき昭和二十九年十月十六日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求の原因として、

一、原告は和蘭国の法律に基き設立された同国の国籍を有する法人であるが、昭和二十五年六月二十一日に連合国人工業所有権戦後措置令第九条による優先権を主張して、その発明「殺菌殺虫性微粒子物質の濃厚懸濁液の製造方法」につき特許庁に特許出願をしたところ、特許庁は昭和二十七年四月三十日に拒絶査定をし、原告は同年九月四日に抗告審判の請求をし、同事件は同庁昭和二十七年抗告審判第八六八号事件として審理された上、昭和二十九年十月十六日に右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、同審決書謄本は同月二十九日に原告に送達された(尚審決に対する出訴期間は職権を以て昭和三十年五月二十八日まで延長された。)。本願発明の要旨は

「(一) 一〇―七五重量%、特に二〇―七〇重量%、最もよいのは二五ー五五重量%の一種又は数種の固体物質で少くもその物質の一は生物殺滅作用を有する

(二) 一〇―五〇重量%、特に一五―三〇重量%の液体で、実質上水と混和せず、二〇度Cで三〇〇〇センチポイズ以下特に一〇〇〇センチポイズ以下、最もよいのは二五〇以下、更に一五〇センチポイズ以下の粘度を有し、二〇度C以上特に一〇C以上、最もよいのは〇度C以上で凝固せず、而も該液は五〇度C以下で沸騰する組成分を何等含有しない

(三) 〇・二五乃至二五重量%、特に一乃至一五重量%、最もよいのは三乃至一〇重量%の一種又は数種の乳化剤

(四) 一〇乃至四〇重量%、特に一五乃至二〇重量%の水

尚総ての之等成分の割合の計は一〇〇%であつて、その成分は性質が互に矛盾せず、且組成物の安定性を害するようなものでなく、固体物質は懸垂状態で存在し、この物は最高三〇%以下、特に一〇%以下、殊によいのはその五%以下で二五度Cの温度で水と混和しない液体及び又は組成物の水液相中に溶解し、しかも最後に大きさ即ち全部の粒子の最大直線寸法は一〇〇μ以下で特に懸垂固体物質の少くも九〇重量%は二五μ以下の大きさを有する粒子の形で存在する。

以上の成分より成る流動性貯蔵組成物」

に存し、その目的はこれを稀釈して植物、動物又はこれより造つた材料に施し有害な生物により犯されることを防止しようとするにある。

然るに審決はその理由として「生物殺滅剤、溶媒、乳化剤、水等から成る生物殺滅剤は………特許第一七三六四九号明細書に記載されている。そこで本願と引用例とを対比してみると両者は生物殺滅剤、溶媒、乳化剤、水等からなる生物殺滅剤である点で一致していて、ただ前者に於ては各種組成分の望ましい量を限定し、且つ溶液の粘度、懸濁液の粒子の大さ等を限定しているのに対し、後者に於てはこれらに付て記載される所がなく、この点に於て両者は相違する所がある。しかしこれ等殺菌、殺虫液の製造に際してその組成分の量の割合を本願発明のように適当に定めることは当業者ならば当然なし得る程度のことに過ぎない。又同様にその液の粘度、懸濁液の粒子の大さ等もその使用目的に応じて最も有効となるように決定することも当然の操作と云わなければならない。従つて本願発明は上記引用刊行物に容易に実施し得べき程度に於て記載されたものと認められ、特許法第四条第二号に該当し同法第一条の特許要件を具備しない。」としている。

二、然しながら本願発明における前記の極めて特殊な成分の割合は前記の組成物において絶対に決定的のものであつて、この割合以外のものはいずれも貯蔵安定性が劣るか又は全く安定性がない。然るにこのような特殊の成分を有する組成物に関しては引用特許明細書中に何等の記載もなされてなく、又右明細書中には本願発明を支持すべき何物をも発見することができない。この本願発明における組成物の主要特徴は当業者が発明思想を要せずして簡単に見出すことを得ないことは以下の(イ)乃至(ハ)の各事実に徴し明らかである。

(イ)  本願発明では濃縮物は生物殺滅剤の七五重量%を含むものを造ることができて、しかもこのように高濃度であるに拘らず、高度に安定であるが、引用特許に示された実施例では最高一五%であつて、この低濃縮物ですら安定ではない。

(ロ)  本願発明の濃縮物中には最低一〇%の水の存在を必要としており、このようにしなければ濃縮物は数ケ月の貯蔵期間経過後はもはや容易に乳化し得ないことが明らかであるが、このような事実は引用特許中には示されておらず、その実施例でも水を使用直前に加えている。

(ハ)  又本願発明の組成物の生物殺滅剤は三〇%以下、特に五%より多くない量で、懸濁状で水と混和し得ない液中に溶解されて存在することを必要とし、この点は普通の配合技術の実際とは全く異つている。即ち引用特許においては生物殺滅剤を水と混和しない液にできるだけ完全に溶解するように注意を払つている。

又本願発明ではその組成物中に存在する粒子の大きさは懸濁液で存在するようなものなることを要するところ、このことは引用例中に示されてない。

尚本願組成物の他の特徴は特許請求の範囲附記(一)に示されてある通り、前記流動性貯蔵組成物における懸垂固体物質に対する水に混和しない液体の重量の割合として〇・三五と一・〇との間、特に〇・四と〇・六との間となつているが、このことも一般調剤の実際とは全く異り、引用例から考え得られるものではない。

以上本願発明の特徴を、要約すれば、(一)本願発明の組成物は新規のものであり、(二)これに表示された組成の割合は特定のものであり(三)この割合は従来の方法から案出し得られるものではなく、(四)本願発明の新規組成物は数多の好ましい性質を有しており、(五)この新規組成物は工業的進歩を示しており、(六)この新規組成物は長期間感ぜられていた必要を最初に満したという点にあり、要するに本願発明は審決のいうように引用例から容易に実施し得るものとはし難く、新規な工業的発明であるのに、審決が本件特許出願を排斥したのは不当である。

三、よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。

と述べ、

被告訴訟代理人は答弁として、

原告の請求原因事実中一の事実を認める。

同二の本願発明が審決引用の特許明細書から当業者が発明思想を用いずして容易に実施し得るものではないとの原告の主張はこれを争う。その理由は次の通りである。即ち、

(1)  本件特許請求の範囲によれば、その生物殺滅剤の含量は一〇―七五%となつているから、引用例のものの濃度一五%は当然この範囲内にあり、且引用例のものの安定性についても引用特許明細書中に記載されてあるから、原告の(イ)の主張は失当である。

(2)  引用特許明細書は特に水量を限定していないけれども、その実施例五に於てはこれによつて得た配合物が水に分散する旨記載されてあり、従つて引用例でも水の量を適当に定めることが可能と考えられ、しかもその実施例四の示すように貯蔵性に富む殺滅剤が得られることが記載されてあるから、特に本願発明が引用特許に比して水量の点につき原告主張のような卓絶した効果を奏するものと認めることができない。

(3)  本願発明に於ては生物殺滅剤が三〇%以下で懸濁状で水と混和しない液中に溶解されて存在することは認められるが、本願発明に於ても更にこれに水を配合するのであるから、その場合は引用特許明細書の実施例三及び五に記載された場合と異なるものとは考えられない。

(4)  本願発明では水と混和しない液より多量の生物殺滅剤が組成物中に存在する為、生物殺滅剤より常に多量の支持物を用いる通常の液状調剤におけるより長期間安定ならしめ得るとの原告の主張につき、引用特許に於てもその製品が貯蔵性に富むことがその明細書中に明記されてあり、この点につき両者間に格別顕著な相違はない。尚殺滅剤と水と混和しない液との量的関係は当業者が容易に決定し得る程度の技術手段にすぎないものである。

(5)  引用特許明細書には生物殺滅剤として本願発明で使用するものと同様なものが使用され、かつ該殺滅剤を含有する組成物は、生物殺滅剤、溶剤、乳化剤、水等から成るものであることが明記されてあるから引用特許明細書には本願発明を支持すべき何物をも発見することができないとの原告の主張は当を得ていない。

(6)  引用特許発明に於ても原告の主張するように殺滅剤を溶液とした乳剤となつた場合に限らず、懸濁状で分散している場合もあることが明らかであり、この点につき格別の相違があるとすることができない。

要するに本願発明組成物の各成分の割合は当業者が適宜決定し得る程度のものであつて、同発明と引用例との間に顕著な差異は認められない。従つて審決が本願発明を新規のものでないとしたのは正当である。

と述べ、

原告訴訟代理人は被告の右主張に対し、引用特許は被告の主張する通り実施例の形に制限はないが、その明細書には実施例としてD・D・Tに関する記載があるに過ぎない。明白な組成に限定されないD・D・Tのような殺虫剤に一旦特許が与えられても、その後においてその特殊な公式化に対してはそれが特許要件を満す限り別の特許が与えられるべきである。その一例として殺虫剤アルドリンの調合に関する特許が与えられた後に、その反応条件の改良に対し多くの特許が許されている。と述べた。

(立証省略)

理由

原告の請求原因事実中一の事実は被告の認めるところである。

成立に争いのない甲第一号証の二によれば、右当事者間に争いのない本願発明の要旨にいう生物殺滅物質は如何なる種類のものでもよく、広く殺虫剤、殺卵剤、殺菌剤、雑草駆除剤等を包含するものであり、又水と混和しない液としては炭化水素油、ハロゲン化脂肪族及び芳香族炭化水素その他のものが挙げられ、かつこれ等の液はあまり高粘度でなく、しかも凝固し難く、又引火し難いものが良く、更に又乳化剤としても特に限定するところはないが、非イオン化乳化剤が良く、これに少量のイオン化乳化剤を加えるのが良いこと等がその明細書中に示されてあることが認められる。

次に成立に争のない乙第一号証によれば、審決が引用した特許第一七三六四九号明細書には、

「一般式

/R1

X─O─R2

\R3

(式中R1は水素又は水酸基を表わし、或はR1とR2とは同一若くは異つた有機残基を表わすものとしこの残基は環式結合をなし得るものであつて、且この場合その内の少なくとも一方は芳香族核を含有すべきものとし、R3は水素又は残基Xとの二重結合を表わすものとし、Xは脂肪族又は芳香脂肪族又は芳香族の残基を表わし、この残基はハロゲン化され、且(或は)不飽和なることを得べく、又ヘテロ原子S及びOにより結合されていても可)

を以て表わされる化合物の溶液又は乳濁液又は懸濁液を使用して成る土壤中の害虫殺滅剤」

を内容とする発明についての記載があり、右一般式によるD・D・Tを始め多数の殺虫剤が挙げてあると共に、実施例としては主として殺虫剤、炭化水素、ハロゲン化炭化水素等の溶媒、乳化剤及び水より成る乳濁液の調製に関するものを挙示し、尚殺虫剤を溶液又は乳濁液とする場合だけでなく、懸濁液とすることもこの発明に包含されることが記載されてあることが認められ、この認定を動かすべき資料は存しない。

そこで本願発明と引用例とを対比して前者が後者からは容易に実施し得ない新規の工業的発明となるか否かにつき審案するに、

本願発明で用いる生物殺滅剤は前記の通り如何なる種類のものでもよいのであり、前記乙第一号証の引用特許明細書に挙示されたD・D・Tその他の殺虫剤は本願発明に於ても用いられることは甲第一号証の二の本願発明の明細書の記載内容により明らかである。又本願発明では前記の通り水と混和しない液体として炭化水素、ハロゲン化炭化水素等が挙げられてあるが、これらの液体は引用特許に於ても又等しく用いられていること前認定の通りであり、更に乳化剤を用いることでも両者が共通していることが認められる。又原告は引用特許発明によるものは殺虫剤を液体に溶解させたものであつて本願発明のようにこれを懸濁状としたものとは異ると言う趣旨の主張をしているけれども、前記の通り引用特許明細書には懸濁液とすることも明記されており、しかも本願発明及び引用特許の前記の各記載内容に照らし右懸濁の意味に別段相違があるものと解すべき何等の根処もないから原告の右主張は相当ではない。従つて引用例の存する以上本願発明はその配合成分の種類並びにこれを懸濁状組成物とする点では格別新規な発明と認めることができない。

而して本願発明ではその組成物の構成成分たる生物殺滅物質、水と混和しない液体、乳化剤及び水の四成分相互の配合割合、水と混和しない液体の粘度、凝固点、初溜点、該液体に溶解する生物殺滅物質の量、懸垂固体物質の粒子の大きさ等について、これを数値的に限定しているが、これ等の数値は広範囲に亘つており、その臨界的意義が明確でない。即ち例えば生物殺滅物質の量が一〇―七五%と言うような広い範囲に及んでおり、この種の懸濁液又は乳濁液の調製に当つては、当然このような量的範囲が考慮されるものと認めるのが相当であり、尚水と混和しない液体、乳化剤及び水の配合割合についても右と同様と言わざるを得ない。又本願発明における水と混和しない液体の粘度、凝固点、初溜点等の性状、該液体への生物殺滅物質の溶解量、懸垂固体粒子の大きさ等も格別特殊なものとは認め難く、要するにこの種の懸濁状組成分の調製に当つて当業者が実験的にも適宜決定し得る程度のものと認めざるを得ない。

又本願発明の明細書にいうような各成分の性質が互に矛盾せず懸濁性組成物の安定性を有するようなものであつてはならないことは当然のことであつて、本願発明独特のこととは認めることができない。

以上検討して来たところに照らし結局本願発明は引用特許明細書に容易に実施し得る程度に記載されており、新規な発明を構成するに足りないものと認める外なく、審決が以上と同趣旨の理由の下に本件特許出願を排斥したのは相当としなければならない。

よつて審決の取消を求める本訴請求を理由のないものとし、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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