大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2200号 判決

控訴人 被告人 山崎平内

弁護人 杉本晋

検察官 田辺緑朗

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人杉本晋提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

所論により原判決挙示の証拠並びに本件記録を調査すると、被告人は千葉地方法務局佐倉支局長として同支局の事務を掌理し、且つ所属職員を指揮監督する職務に従事していたものであるが、鳩谷隆が判示所有権移転登記申請をするに当り被告人がその指揮監督下にある同支局不動産登記係椎名巧等に命じ登記申請書並びに、これに添付すべき本山代表役員の承諾書登記義務者の権利に関する登記済証に代るべきいわゆる保証書の書式を作成させ、自ら保証人名下に押印して保証書を作成してやる等右登記申請が滞りなく受理されるよう便宜を図つてやつたことの謝礼として判示日時場所において判示金員を受けとつたことが認められるのであつて、被告人が右のようにその監督下にある職員を指揮し登記申請が滞りなく受理されるよう書類作成の準備行為をさせたことは、被告人が不動産登記法第十一条の二により登記所における事務を取扱う者として指定されておらず従つて同条にいわゆる登記所における事務(いわゆる登記事務)を取り扱う権限を有していなかつたとしても被告人の前記支局長として職員を指揮監督すべき職務に関する行為であると認めることができる。そして原判決が引用する起訴状記載の公訴事実として「被告人名義の保証書を作成したり等して特別の便宜の取扱をした」とあるのは、叙上のような被告人が、登記申請者の便宜を図り、その監督下にある職員を指揮して登記が滞りなく受理されるよう申請書類作成の準備行為をさせた行為をも含めた趣旨と解せられるのであるから(原審公判廷における検察官の釈明(記録二七九丁)参照)原判決には結局所論のような違法はなく論旨は理由がない。(原判決が法令の適用として収賄の点につき「刑法第百九十七条」と表示しているのは粗漏を免れないが判示事実と照応すれば同条第一項前段を適用した趣旨と解すべきである。)

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

弁護人杉本晋の控訴趣意

被告人が原判決に於て処罰刑を言渡されたる犯罪(公訴事実)は、業務上横領と収賄とに付いてでありますが、被告人が控訴を申立てたる理由は後者即ち収賄の公訴事実を有罪と認定せられたるを不服とするものであります。右は無罪たるべきものと思料するものであります。

一、公訴事実は其冒頭に於て『被告人は千葉地方法務局佐倉支局長として同支局の登記に関する事項等の業務の一切を統轄掌理し、且所属職員を指揮監督する職務に従事しておつたものである。』とある点は別段争うものではない。被告人は昭和二十四年五月より昭和三十年六月三十日まで千葉地方法務局佐倉支局長として在職しておつたものであり、支局長が右の様な権限あることは法務局及び地方法務局組織規程上明定してあるところであるから、之を否定する意思は毛頭ありません。

二、公訴事実は更に『被告人は昭和三十年六月十二日午前八時頃佐倉市並木町三十二番地の自宅に於て鳩谷隆から同人が昭和三十年四月二十三日及び同年五月四日の二回に亘り山林一町一畝歩の売買による所有権移転登記申請をするに当り、被告人名義の保証書を作成したり等して特別の便宜の取扱いをなした謝礼の趣旨で供与せられるものであることの情を諒知しながら現金五千円を受けその職務に関し賄賂を収受した。』とあり、鳩谷隆が公訴事実外佐倉市飯野長谷川正道より公訴事実記載の山林を買受けたること、右鳩谷が被告人と顔馴染であるため同人が右長谷川と同道して売買による所有権移転登記手続を相談に来たこと、被告人が登記係長伊藤利雄及び同補助係椎名巧を紹介し係長並びに補助係より夫々指示を受けて登記手続が経由されたこと、その際不動産の権利証がなかつたために被告人が公訴事実外兼坂順一と共に保証書を作成して遣つたこと、被告人が鳩谷隆から金五千円を受領したこと等は事実があつたことであつて被告人に於て之を争うところではないが、(1) 被告人が鳩谷隆と顔馴染であつたため鳩谷が長谷川を同道して売買による登記手続上の相談に来た際登記係長及び同補助係を紹介したることは、被告人が支局長であつても支局長でなくても被告人が鳩谷隆を知つて居る登記係長及び補助係をも知つてる関係にある以上は人義上当然のことであつて別段公務員として便宜を図つたとか何んとかと云う程の事項ではない筈である。鳩谷と雖も其の位の事で殊更金円を提供した訳でもなかつたろうと思われるのである。(2)  右登記手続に付いては右長谷川より提出せられたる書類中右長谷川の不正行為により作成せられたる書類が添附せられてあつたため問題となつたが、その不正事実であることに付いては長谷川以外には誰も知るものがなかつたことであつて、其の不正があつたにも拘らず登記手続上特に便宜を図つて通過をしたと云う様な関係がある訳でもない。(3)  被告人は右登記手続につき保証書を作成して遣つたけれども、右保証書は不動産登記法第四十四条に明定されておる如く其の登記所に於て登記を受けたる成年二人以上が登記義務者の人違いでないことを保証したる書面であつて、普通私人が作成する全く私文書であり、被告人が一私人の資格に於て作成したもので別段公務員の資格に於て職務に関し作成したものではない。従つて本件公訴事実が職務に関し収賄するに至つたことを例示してある保証書作成の行為は、右の如く職務に関するものではないから例示としての意味をなさい。(4)  次いで本件公訴事実に於ては、それ以外に被告人が職務に関し便宜を図つた具体的適切な例示がない。被告人の如何なる行為を収賄の基本的素因としておるのであるか不明である。然らば被告人が受領したる金五千円を指して不正なる賄賂であると断定することは出来ない筈である。

三、然らば被告人が受領した金五千円は如何なる性質の金円であるか、鳩谷隆は長谷川正道より二回に山林を買受けており、被告人は二回共兼坂順一とともに保証書を作成しているが、其の保証書の作成名義人は其の保証手数料を貰らことが一般慣例として行われておるもので、尚右登記手続に付いては右長谷川より提出せられたる書類中右長谷川の不正行為により作成せられたる不正の書類が添附せられてあつたため問題になつた際、被告人が鳩谷より登記の効力如何及び夫れに付いては如何なる善後処置を講じたら良いかと云う様な点につき相談せられ千葉地方法務局登記課に調べに行つたために車馬賃や食費その他を費した。右保証手数料(兼坂分とも)や右費用補償金等はこれを計算するときは金四千八百二十円が計上せられる鳩谷よりはそれに充てる趣旨を以て金五千円が持参せられたものであつた。右は決して公務員としての資格に於て授受せられたものではない。被告人が顔馴染であつた関係上一私人としての親切なる好意上に対するものであるから、私的関係に於ける保証料や補償金として正当に認容されるものである。尚右善後処置に付いて鳩谷より相談せられた件に付いて、もう少し詳述するならば、本件登記に付いては山崎氏が鳩谷と顔馴染であると云うことで相談を受けたのであつたから、被告人が右長谷川の不正行為発覚により鳩谷より相談依頼を受けた際被告人としてもこれを傍観しておる訳には行かなかつた立場にあつたために千葉地方法務局へ四回も出掛けた。宗教法人法第二十三条によれば前記の様な不動産処分の場合は一カ月前に公告せねばならないと云うことに相成つておるが、本件に於ては其の公告が為されなかつた。左様な手続上の欠缺、夫れから右不動産は長谷川正道が住職として奉職している寺院所有のものであつたが、其の売買に付いては本山の代表役員の承認を必要とし、右承認がないにも拘らず其の承認書を右住職長谷川正道が偽造したものであつた。尚売買に付いては檀家総代も知らなかつたものであるが、左様な不都合の点ある場合に於ける売買の効果如何と云う様な点についても相談され調査する必要があつたのである。けれども鳩谷よりの依頼によるもので、被告人が公務員としての旅費日当を請求する項目とはならないのであるから、鳩谷より補償金を受けることは元より正当であろうと被告人は思料しておつたのであつた。

四、夫れから本件に於ては第一に考慮せねばならぬ基本的問題があると思う。夫れに本件は職務に関してと云うことが基本である。被告人は千葉地方法務局佐倉支局長ではあつたが登記官吏ではなかつたと云う点である。不動産登記法第十一条の二によれば『登記所に於ける事務は法務局若くは地方法務局又は支局若くは出張所に勤務する法務事務官にして法務局又は地方法務局の長の指定したる者が之を取扱う』と規定されてあるが、被告人は右指定を受けておらず、本件登記手続が取扱われた千葉地方法務局佐倉支局に於いては、法務事務官伊藤利雄が右登記官吏として指定せられてあり雇椎名巧がその補助員とせられてあつたのである。而して其の登記官吏の職務は支局長及び他の事務官とは全く独立した権限を有するものであつて、支局長としては佐倉支局の登記に関する事項等の業務一切を統轄掌理し、且所属職員を指揮監督する職務に従事(法務局及び地方法務局組織規程第十三条同第十五条参照)しておつた。被告人と雖も右登記官吏の職務取扱いに容喙し其の権限に関渉することは出来ないのである。従つて本件登記手続も右両人に於いて一切取扱い完了したもので、被告人は右手続には職務上何等関与していないのである。

五、尤も然らば右組織規程の支局長としての支局の登記に関する事項等云々の場合は如何なる事項を指すかと云う点であるが、夫れは伊藤係長や椎名雇に対しても佐倉支局の職員として他の職員と同様に執務時間の遵守とか休暇の承認宿直の手配とか等一般的な指導監督をし又登記官吏がやつた登記手続が済んだ後の登記簿の保存とか登記用紙の手配とか書類の廃棄とか訓令回答等の通達とかの行政事務などを指したものである。本件の如き登記事務其のものは支局長の右等職務権限より特に分離除外されておるものである。被告人が鳩谷隆の依頼により活動した行為は毫も職務に関せずと謂う所以である。

六、本件に於いて前記鳩谷の如き登記手続に関し、相談を受けたり登記官吏伊藤利雄、補助係椎名巧に紹介したり登記手続後の効力問題につき調査方の依頼を受けたり左様なことは支局長として関係することは余り感心したことではない。又仮令関係したとしても金円は授受すべきではない。夫れを敢えてしたることは軽卒不謹慎であつたと云う批難があるかも知れないが支局長としての一般職務上以外に顔馴染であつたり知友の間柄に於いては之を拒否することは出来ないばかりでなく、一般的に親切丁寧をモツトーとしている現民主主義時代に於いては其の位のことは幾らもあることで特に長谷川、鳩谷の本件登記に関してのみであつたと云う訳ではないのである。そして私人的に実際に要した実費や保証料等を受領することは何等職務上不当不法のことでないと思料しておつたものである。

七、以上の事実関係は原審に於いて取調があつた証人鳩谷隆、同長谷川正道、同伊藤利雄、同椎名巧、同引間米市、同住吉君彦等の各証言により明らかである。只かえりみれば被告人の本件に関する行動は当時支局長の職責にあつたものとして多少深入り過ぎた嫌があるかも知れない。公務員の地位にあつたものとして軽卒で用心が足りなかつたと云う批難は免れないかも知れないことは被告人が前項に於いても一応反省しているところである。被告人が鳩谷より受領した金員は仮令正当なものであつたとしても、世間の誤解を招き易いと一応は懸念せられて被告人は其の後右五千円を鳩谷に返還している。尚被告人は原審に於いて本件収賄の外に業務上横領の事実を追究せられたのである。往年には警察の事務や町役場に於ける戸籍の事務を取扱い、其の後法務局に職を奉じて永年の間一般人の指導役を勤めてきた心算である。然も今日法廷に裁かれる立場となつては感概に堪えない。然も明治四十三年千葉県巡査を拝命して以来右職を奉じておる間二人の息二人の女に相当の教育を施し、身を立てしめるに至りたる暁尚妻は中瘋症により半身不随にて四年間その療養につとめ、今日尚生活上の苦労を続けなければならない立場にある。被告人の右境涯を原審に於いて御斟酌せられたのでありましよう。刑執行猶予の有難い御裁判を受けました。その御同情を考えるとき今日尚原審の判決に対し抗争を続けねばならぬことは汗背に堪えない次第である。然し被告人は収賄の点に就いては被告人が従来罪とならずと信じていた判断であり、尚被告人は既述の御奉公により恩給の恩典に浴しておるものであるが、恩給法第九条第二項によると在職中の職務に関する犯罪に因り禁錮以上の刑に処せられたるときは、其の権利消滅することとなつておりますから、被告人に於いて相当不利の立場に陥いらざるを得ない。更に御庁の御手数を煩すに至りました。茲に更に其の点に付き御審理をいただき御明断を仰ぐ次第であります。

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