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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)935号 判決

控訴人 被告 株式会社佐々木電線製造所 外一名

訴訟代理人 須之内品吉 外一名

被控訴人 原告 宮崎恵美子

訴訟代理人 鈴木重毅

主文

原判決主文第一項を次のとおり変更する。

控訴人両名は被控訴人に対し各自金十万円及びこれに対する昭和二十七年七月二十五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審ともこれを三分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の連帯負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、「原判決中控訴人等敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方各訴訟代理人の事実上の陳述は、控訴人等訴訟代理人において、「被控訴人の顔面の傷害は、現在では相当接近してもほとんどその跡を認めることができない程度にまで治癒した。被控訴人の親権者宮崎秀治の過失として、同人が本件事故発生当時不用意な身仕度で、常用の近眼鏡を外し、一方の手には入浴用具を持ち、他方の手では幼児を抱き、左右を見通すことの困難な状態で車道を横断したことを附加する。民法第七百二十二条第二項にいわゆる被害者の過失とは、常に必ずしも損害賠償請求権者の過失だけを指すものではなく、被害者が責任無能力者である場合には、その法定の監督義務者である親権者の過失もまた被害者側の過失として同項の適用を受けるものと解すべきであるから(昭和十二年十一月三十日大審院判決参照)、本件においても、被控訴人の親権者宮崎秀治の過失は、損害賠償の額を定めるにつきこれを参酌すべきものである。示談に関する控訴人等の抗弁を次のように改める。昭和二十七年二月三日頃控訴人平井昭三は、警察官の勧めにより、控訴会社の桜井武男に被控訴人との示談交渉を委任し、同人は被控訴人の親権者等と示談の交渉をしたところ、宮崎秀治も、右控訴人の薄給等を了として、同人の調達した示談金一万円を受領し、なお治療費は控訴人平井昭三の負担とするほかその余の請求をしない旨の和解をした。右のように被控訴人と控訴人等との関係は和解によつて解決済であり、その後被控訴人は、他より唆かされ、右和解は警察官に説明するための仮装のもので真実右金額を以て和解をしたものではないと主張しているが、これは事実に反するものである。」と附加したほかは、いずれも原判決の事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

証拠として、被控訴人訴訟代理人は、甲第一号証から第六号証まで、第七号証の一、二、第八号証の一から十四まで(そのうち八には(イ)(ロ)がある。)第九、第十号証を提出し、原審証人関輝作、西村庄平、内田十一の各証言、原審における被控訴人法定代理人宮崎秀治尋問の結果(第一、二回)及び検証の結果を援用し、乙第六号証の一、二は不知、第七号証の一から三までが控訴人等主張のような写真であることは認める。その余の乙号各証は成立を認めると述べ、控訴人等訴訟代理人は乙第一号証から第四号証まで、第五、第六号証の各一、二、第七号証の一から三までを提出し、原審証人西村庄平、白井松四郎、原審及び当審証人桜井武男、当審証人関輝作の各証言、原審における控訴人平井昭三本人、原審及び当審における被控訴人法定代理人宮崎秀治(原審は第一、二回)各尋問の結果及び当審における検証の結果を援用し、乙第七号証の一から三までは昭和三十二年二月十一日の当審口頭弁論の際裁判所の許可を得て被控訴人を撮影した写真であると述べ、甲第二号証は不知と答え、その余の甲号各証の成立を認めた。

理由

被控訴人が昭和二十七年二月一日午後、父宮崎秀治に抱かれて共に東京都港区芝車町一番地先京浜国道を横断中、控訴人株式会社佐々木電線製造所の雇人控訴人平井昭三の運転する自動車に接触して負傷したことは当事者間に争なく、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第二号証によれば、右負傷は、前額、鼻堤、左鼻翼の各裂傷、下顎歯齦粘膜の広範囲に互る剥離その他であつて、数個所縫合を要したことが認められる。

しかして成立に争のない甲第八号証の七、十二、十三、原審における検証の結果、原審における控訴人平井昭三本人尋問の結果並びに原審及び当審における被控訴人法定代理人宮崎秀治尋問の結果(原審は第一回)を総合すれば、控訴人平井昭三は、昭和二十七年二月一日午後五時三、四十分頃控訴会社所有の自家用小型四輪貨物自動車を運転して東京都港区浜松町の控訴会社営業所を発し、東京都品川区大崎本町の控訴会社工場に向うべく、同日午後五時五十分頃時速約二十五キロメートルの速度を以て前記事故発生の現場附近に差しかかつたのであるが、同所は車道の幅員二十二メートルの南北に通ずる広い幹線道路であつて、自動車の交通量が多く、その頃は附近に横断歩道もなかつたので、道路を横断する歩行者は、片側走行車輛の途切れるのを待つて先ず車道の中央まで進み、次に反対側走行車輛の途切れるのを待つて車道の残りを横断する方法をとるのが普通であり、しかも当時は曇天で時刻も遅く街灯も少なかつたため附近は夜間と選ぶところのない暗さであつたから、かような場所で自動車を運転する者は、前照灯の光度を十分にし、常に前方を注視し、横断歩行者に対しては適切な警告を与える等事故発生を未然に防止する措置を講ずべき注意義務があるところ、控訴人平井昭三はこの注意義務を怠り、その運転する自動車の蓄電池の電圧低下のため本来は前方五十メートルを照らすべき前照灯が僅か前方五、六メートルまでを照らすに過ぎない光度であつたのにかかわらず、蓄電池の交換等相当な処置をもとらないで漫然これを運転し、前を行く進駐軍自動車の約二、三十メートル後方を単に前方だけを注視して進み、前方の側方に注意することを怠つたため、その時あたかも被控訴人(当時満二年四月)を抱いて右車道を西より東に横断していた宮崎秀治の姿に全く気付かず、従つてこれを警戒待避させる等の措置をとることもなく、それまでどおりの速力で進行を続けた結果、遂に自動車運転台の右側を宮崎秀治に抱かれていた被控訴人の顔面に激突させて、前記のような傷害を負わせたものであつて右は控訴人平井昭三の過失によることが明らかであり、同人はこれによつて被控訴人の被つた損害を賠償する責に任じなければならない。控訴人等は右事故は専ら車道を不用意に横断しようとした被控訴人の父宮崎秀治の過失によるものでると抗争するが、宮崎秀治にも右事故の発生について過失のあつたことは後に判示するとおりであるけれども、これがため以上説示した控訴人平井昭三の過失を否定することはできない。

次に控訴人株式会社佐々木電線製造所が電線の製造販売を業とする会社であつて、控訴人平井昭三を自動車運転手として雇入れ使用していることは当事者間に争がなく、前記甲第八号証の十二、十三によれば、本件事故は控訴人平井昭三が前示港区浜松町の控訴会社営業所から品川区大崎本町の控訴会社工場に控訴会社の業務用銅線及び木製ドラムを運搬する途中に生じたものであることを認めることができる。右認定に反する原審証人白井松四郎の証言及び原審における控訴人平井昭三本人尋問の結果は採用しがたい。しからば本件傷害は控訴会社の事業の執行につき被控訴人に加えたものというべきである。控訴会社は控訴人平井昭三の選任及びその事業の監督につき過失がないと抗弁するけれども、これを認めるに足りる証拠がなく、また控訴会社は、たとえ控訴会社において控訴人平井昭三の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたとしても本件事故の発生を防止することはできなかつたと抗弁するが、かような事実もまたこれを認むべき証拠がないから、右各抗弁はいずれも採用できない。したがつて控訴会社は使用者として被用者たる控訴人平井昭三が被控訴人に加えた損害を賠償する義務がある。

控訴人等は、右事故発生後被控訴人の父宮崎秀治は、控訴人平井昭三より金一万円を受領するとともに治療費以外の賠償請求をしない旨控訴人等との間に和解をしたと抗争するところ、成立に争のない甲第一号証、乙第一号証(示談書)には、本件については両者間において円満に和解した旨の記載があるけれども、前示甲第八号証の十三、成立に争のない甲第八号証の十、原審証人内田十一、原審及び当審証人関輝作、桜井武男の各証言並びに原審及び当審における被控訴人法定代理人宮崎秀治尋問の結果(原審は第一回)を総合すれば、当時控訴人平井昭三は、右事件の取調に当つた警察官から被害者との示談を勧められたので、控訴会社の職員桜井武男に被控訴人との示談交渉を依頼し、桜井武男は同年四日被控訴人方に赴き、控訴人平井昭三の調達した金一万円を被控訴人の父宮崎秀治に交付し、予め作成した前記示談書の文面を示した上、警察署に提出するため右書面を作成するが、本件に関する損失の補償は右一万円を以て打切るのではなく、治療費等はなお控訴人側において負担する旨説明して、右書面に宮崎秀治の押印を受けたものであつて、右示談書授受後は被控訴人において一切の請求ができないという趣旨の和解をしたわけではなかつたこと、その際桜井武男は事後治療費だけを支払えば足りると考えていたが、宮崎秀治は、これに反し、治療費の請求ができるほかその余の請求も右一万円を以て打切られるのではなくなお将来の折衝に譲られているものと了解していたこと、その際治療費以外の損害賠償額については双方の間に全く論議折衝が行われないで金一万円が支払われたこと、結局治療費以外の損害について右一万円の支払をしたほかに控訴人等がなお賠償義務を負うか否かについては双方の間に意思の合致がなかつたのにかかわらず、双方とも、当時はこの点に意思の不一致があることに気付かずに前記示談書に各自押印してこれを取り交わし、特に右賠償義務の点についての意思表示もなさず、右示談書中の円満に和解した旨の文言を更に明確に書改めることもしなかつたことが認められる。したがつて右示談書の交換によつて控訴人等主張どおりの内容の和解が成立したものと認めることはできない。前示甲第八号証の十及び原審における被控訴人法定代理人宮崎秀治尋問の結果(第一回)によれば、宮崎秀治は右示談書交換後知人の助言により警察署に右示談書の撤回を申出たことが認められるけれども、前掲各証拠によれば、右は前記のような示談書の文言では将来控訴人等に対する請求ができなくなる虞があり、それでは被控訴人側の了解している桜井武男との前記話合の趣旨に反することになると考えて、これを防ぐため右のような手段に出たものであり、控訴人等主張のような和解が一旦成立したのを後になつて撤回する趣旨のものではなかつたと解せられるから、右は前掲説示と牴触するものではない。当審証人桜井武男の証言中宮崎秀治から治療費以外の示談金は一万円だけでよいといわれた旨の供述部分は採用し難く、その他控訴人等主張どおりの和解が成立したことを認めるに足る証拠はないから、控訴人等の右抗弁はこれを採用しない。

次に損害の数額については、本件控訴は、原判決において認容せられた精神上の苦痛に対する慰藉料の請求二十万円の限度に止まり、原判決において全部棄却せられた財産上の損害賠償の請求については、被控訴人から附帯控訴の申立がないので、以下右慰藉料額金二十万円の請求の当否についてだけの判断を示すこととする。

被控訴人が本件負傷によつて肉体上及び精神上の苦痛を受けたことは当然であつて、右負傷の部位程度は冒頭に認定したとおりであり、前示甲第八号証の七、十、十二、十三、乙第四号証、成立に争のない甲第八号証の三から六まで、甲第八号証の八、九、十一、原審証人桜井武男、西村庄平の各証言、原審における控訴人平井昭三本人尋問の結果、原審及び当審における被控訴人法定代理人宮崎秀治尋問の結果(原審は第一、二回)並びに当審における検証の結果を総合すれば、(一)被控訴人は本件負傷後直ちに通り掛りの自動車で古川橋病院に運ばれ治療を受け、入院を要せず約二週間の加療で一応負傷は治癒したが、前額部、鼻梁左側及び左鼻翼に瘢痕を残していること、(二)右瘢痕は現在数間を距てては一見気付かない程度にまで回復し、特に著しい醜状を残したとはいえないこと、(三)本件事故発生の際控訴人平井昭三は被控訴人の負傷を知り直に加療のため同人を自ら病院へ送ることを申出で、その後も自ら見舞品を携えて被控訴人をその自宅に見舞い、また自ら金策した前示金一万円を見舞金として被控訴人に贈る等、ひたすら陳謝の意を表していたこと、(四)被控訴人はその負傷を治療するため費用金三千二百三十円を要したこと、(五)被控訴人の父は有限会社田倉製作所に指物工として雇われ、被控訴人はその長女であること、控訴人平井昭三は当時控訴会社に倉庫係運転手として雇われ、月収約九千円を有し、独身で毎月三、四千円程度を郷里の父母に送金していたこと、(六)本件事故発生の現場は、前認定のように当時車輛の交通が激しく、しかも横断歩道もないため容易に横断し難い場所であつたにもかかわらず、被控訴人の父宮崎秀治は、和装下駄ばきといつた動作に不便な姿で、軽度の近視があるのに常用の眼鏡をも用いず、入浴道具を片手にして幼児である被控訴人を抱き、当時前照燈の強い進駐軍自動車が通過した直後の車道を入浴場所に行くため漫然横断しようとしたもので、その状況はその際程近い場所で車道を横断しようとしていた他の歩行者が望見しても危いなと感じた位であり、控訴人平井昭三の自動車は前示のように光度充分とはいえないにせよ前照燈を点じていて速力もさまで高速度とはいえなかつたのであるから、宮崎秀治においてもし当時相当の注意を用いておれば、右自動車を発見して危害を未然に防止することも可能であつたはずであるのにかかわらず、この注意を怠つたため全然右自動車を発見することができないで本件事故の発生を見たもので、右事故の発生については宮崎秀治にも過失のあつたこと等の各事実が認められる。なお右宮崎秀治の過失は、後記のように過失相殺の法理を適用する事由とはならないとしても、被控訴人の負傷はその親権者にして監護義務者である宮崎秀治が、被控訴人を入浴に伴うため監護義務を行つている際犯した過失が一因を成すのであるから、かような監護の過失は被害者たる被控訴人が右負傷によつて被むる現在まで及び将来の精神上の苦痛に影響のないものとはいえないので、慰藉料額の算定についてはこの点もまた参酌すべきである。よつて以上の諸点と被控訴人の年齢、控訴会社が電線の製造販売を業とし東京都港区浜松町に支店を有し目下盛業中であるという当事者間に争のない事実、その他諸般の事情とを総合して考慮すれば、本件傷害により被控訴人が事故発生当時及びその後現在に至るまで並びに将来にわたつて被むり又は被むるべき肉体上精神上の苦痛は、さきに控訴人平井昭三から贈られた見舞金一万円のほかに更に金十万円の支払を受けることによつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

控訴人等は、本件損害の発生については被害者の親権者宮崎秀治にも過失があるから損害賠償の額を定めるについては民法第七百二十二条第二項の規定によりこれをも参酌しなければならないと抗弁するが、右法条は損害賠償の額を定めるにつき被害者の過失を参酌できる旨の規定であり、本訴は被控訴人自身の被つた損害の賠償を求めるものであつて被控訴人の父の被つた損害の賠償を求めるものではないから、被控訴人の父宮崎秀治は本訴損害賠償の請求については被害者に当らない。もつとも損害の発生につき被害者自身には過失がなくてもその他の被害者側に在る者に過失があるため民法の右規定によつてその過失を参酌する場合のあることは控訴人等援用の大審院判例にも示されているけれども、このように被害者以外の者の過失を損害賠償の額を定めるにつき被害者の不利益に参酌するためには被害者が右被害者側の過失者の過失を防止できる地位に在つたのにこれを怠つたとか、右被害者側の過失者と被害者との間に右過失者の行為の結果につき被害者自身があるいは民法第七百十五条の規定により使用者として責任を負うとか、あるいは他の法律の規定等により結果責任を負う等、その者の過失につき法律上の責任を負う地位に在ることが必要であつて(前記判例に示された事案もこのような場合である)本来その過失者の過失につき法律上なんら責任を負わない者が、たまたま自己が被害者の場合には過失相殺の法理により損害賠償の額を減殺されるということは彼此権衡を失し首肯できない。本件においては被控訴人は事故発生当時満二年四月余の幼児で意思能力がなかつたから、もとよりその親権者宮崎秀治の過失を防止できる状況に在つたわけではなく、法定代理人の不法行為(過失)について未成年者が責任を負う法理もなく、本件事故は前記のように宮崎秀治が被控訴人と共に入浴に行く途中の出来事だから宮崎秀治の監護上の過失が競合しているといえるけれども、かような過失につき未成年者が法律上の責任を負うことも考えられないから、結局本件における親権者宮崎秀治の過失は、前記のように被害者の精神上の苦痛の程度を判断するについて参酌したほかには、被控訴人自身の損害賠償請求権の額を定めるについては参酌することができない。よつてこの点に関する控訴人等の抗弁も採用しない。

しからば控訴人等は各自被控訴人に対し前記慰藉料額十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和二十七年七月二十五日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので被控訴人の本件請求は控訴人等に対し右金円の支払を求める限度までは理由があるけれどもその余は失当として棄却を免れず、右の限度を超えて被控訴人の請求を認容した原判決は一部取消を免れない。よつて民事訴訟法第三百八十六条の規定により原判決を変更し、被控訴人の請求を右の限度において認容し、その余の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 坂本謁夫 判事 小沢文雄)

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