大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)210号 判決

控訴人 武智政衛 外二名

被控訴人 国

訴訟代理人 長野潔 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、

控訴人白井五郎は昭和二十六年五月十四日静岡地方裁判所において、関税法違反被告事件の被告人として、本件喜久丸(通称山一丸)及びその属具の没収を言い渡され、同判決は確定した。そして、右喜久丸及びその属具は「犯人の占有するもの」として昭和二五年法律第一一七号改正関税法第八三条第一項に該当するものとして没収されたものである。しかるに、右関税法の条項は憲法第二九条第一項に違反するので右条項に基ずく没収は無効であり、従つて右没収の有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。以下これを詳述する。

没収については、刑法第一九条第二項において、「没収は其物犯人以外の者に属せざるときに限る」との原則を定めているのであつて、関税法の右条項はこの原則に対し特別法による例外の関係に立つものである。本件没収物件は元来原審相被告笹生勇の所有に属し、控訴人白井はこれを同人から賃借して使用占有していたものである。憲法第二九条第一項は「財産権は、これを侵してはならない。」と規定している。しかるに前記関税法第八三条第一項は、憲法の右条項に違反して、個人の所有に属する財産が、たまたま刑事被告人の占有に属している事実をとらえて、これを没収することを規定しているものであつて没収による被害者すなわち財産権を侵されるものは、没収物件の所有権者である。このような物件がたまたま刑事被告人の占有に属するからといつて、正当な所有権を無視して国家に没収されなければならないとする理由があるであろうか。現行刑法では没収は刑の一種で、主刑に対する附加刑とされている。

(一)先ず、没収の本質を刑罰とする立場から考えてみよう。国家刑罰権は、いうまでもなく、刑事責任を負うものに対して科せられるのが、現代法治国家の大原則であり、国家刑罰権は行為者の刑事責任と表裏するとするのが刑法における基本的な法律関係である。しかるに、いかなる意味においても、刑事責任のない第三者の財産所有権が他人の犯罪行為を理由に、国家刑罰権の作用として没取されることは不法といわなければならない。現代の刑罰は人に科せられるのであつて、物に科せられるものではない。

(二)次に、没収の本質を一種の行政的保安処分とみる立場から検討してみよう。刑法第一九条第一項第一号の「犯罪行為を組成したる物」及び同第二号の「犯罪行為に供し又は供せんとしたる物」は、その物から生ずる社会的危険を防止しようとするものであり、同第三号の「犯罪行為より生じ若くは之に因り得たる物」又は犯罪行為の「報酬として得たる物」及び同第四号の「前号に記載したる物の対価として得たる物」は、いずれも犯人をして犯罪による不当の利得を保持させないことを目的とする保安処分の意義を持つものである。

ところで本件没収物件は、船舶及びその属具であつて、その存在自体保安処分の対象となるべきものでなく、いわんや公序良俗に違反し、又は公共の福祉にもとる物件でもない。このような第三者の所有物件が国家によつて没収されなければならない理由は少しもない。

以上(一)及び(二)のいずれの観点からしても、前記関税法第八三条第一項は、憲法第二九条第一項の個人財産権不可侵の規定に違反するものであつて、右条項に基ずく没収の有効なことを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。

と述べ、被控訴代理人において、

(一)昭和二五年法律第一一七号による改正関税法第八三条第一項は目的物が犯人以外の第三者の所有に属するものでも没収できるとするいわゆる無差別没収の規定である。一般に没収は附加刑として刑法第九条、第一九条等に規定され、刑事手続の一環として判決において言い渡されるものであり、また犯人に経済的苦痛を与える点において財産刑の一種である。いわゆる無差別没収においても、所有者と犯人との間に損害賠償等の問題があり、犯人は間接に経済的苦痛を受ける。その意味において、犯人に対する刑罰として充分に成り立つ性質のものである。たゞ無差別没収の結果としては、国は所有権を原始的に取得し、反射的に第三者が所有権を失うことになる。ここに問題があることは否定しえない。従つて、立法論から考え、講学上の問題として考察すると、かなり議論があるであろうが、さりとてこれを憲法違反と結論すべきものではない。

(二)没収が刑罰であるか、保安処分であるかは、講学上論争はあるけれども、いわゆる無差別没収の場合には、強度の保安処分的性格が与えられていることは疑がない。控訴人主張のように、本件船舶及び属具が物自体として何等保安処分を要するものでないことは、所論のとおりであろう。これらの物が、社会的に危険な性質を有するものでないことはもち論であるが、当該物件が過去において犯罪に使用せられ、犯罪の原因を与えたという事実又は物が過去の犯罪と法所定の特別の関係にあつたという事実により、現在のわれわれの法的思惟に照し、かかる物の存在を社会的に有害なものと認め、犯罪の発生を防止し、惹いて再犯の虞れを防ぐため、その他当該法規の意図する行政上の取締目的を達成するために、そのものが犯罪の用に使用せられその他犯罪と特定の関係におかれたならば、その物の所有権を一律に剥奪するという威嚇を与えるために、いわゆる無差別没収を科するのである。これにより物の所有者をして当該物件の保管、用益の方法について注意警戒せしめ、犯人がこれを犯罪の用に供するが如き事態の発生しないよう、物の所有者に対し間接的に犯罪防止の義務を課し、犯罪発生の防止等を意図したものというべきで、没収は刑事保安処分としての一面をもつものである。かような性格を没収に附与することは、刑罰権の行過ぎではなく、憲法違反と目さるべきものは何もない。いわゆる無差別没収により犯罪に直接関係のない第三者の権利を害するという結果を生ずるには相違ないが、刑事上の処分の反射作用としての不利益の結果であつて、これを以て憲法第二九条に違反するものとはいえない。

(三)関税法は国家財政の基礎をなす徴税のために、関税の逋脱を防止することを主とし、前示のような保安処分の必要を認め、特に第八三条第一項にいわゆる無差別没収の規定をおくもので、わが国のみに特殊な制度ではなく、この程度の自由権の制限は国家目的から観て当然であると思料する。なおいわゆる無差別没収に関する規定は、関税法第八三条第一項のほか、酒税法第五四条、漁業法第一四〇条、船舶法第二三条、水産資源保護法第三八条、銃砲刀剣類等所持取締令第三条等にもあつて、それぞれ徴税、警察その他の行政目的から、保安処分としての性格をもつ没収を認めているものである。

(四)いわゆる無差別没収が憲法に適合することを正面から認めた最高裁判所の判例は見当らないが、昭和三十二年二月二十一日第一小法廷の判例はその合憲を前提と認めているものと推定することができる。

と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、原判決摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は、本件に顕われたすべての証拠を仔細に検討した結果、被控訴人の本訴請求を理由ありと認めるものであつて、その理由は、左記の二点を附加するほか、原判決がその理由中に説明しているところと同一であるから、これを引用する。

一、訴外佐久間竹松が原判決添付目録記載の喜久丸及びその属具(以下本件物件という)を原審相被告笹生勇から買い受けその引渡を受けた当時、暴行強迫等の行われたことや、またその占有の方法が隠秘的であつたことを認めるに足る何等の証拠も存しないので、右佐久間は平穏且つ公然に本件物件の占有を始めたものといわなければならない。

二、控訴人白井五郎、訴外堀良光、八木秀二、堀正光、青木襄文、太田貞蔵、森田春平、杉本健一、池謙、森田関治郎、川村清一の合計十一名を被告人とする関税法違反事件について、静岡地方裁判所が昭和二十六年五月十四日その全員を有罪とし、且つ本件物件は犯罪の用に供した船舶で犯人の占有するものであるとの理由で、昭和二五年法律第一一七号による改正関税法第八三条第一項を適用して川村清一以外の前記被告人十名に対する関係でこれを没収する旨の判決の言渡をしたことは当事者間に争いのないところである。ところで、控訴人等は、右関税法第八三条第一項の条項は憲法第二九条第一項に違反するので、右条項に基く本件物件の没収は無効であるから、右没収の有効であることを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない旨主張するので判断する。

刑事手続において没収が許されるのは、その物が犯人以外の者に属しない場合に限ることを原則としていることは、刑法第一九条第二項本文の規定に照らして明らかである。しかるに前記関税法第八三条第一項は「第七十四条、第七十五条、若ハ第七十六条ノ犯罪ニ係ル貨物、其ノ犯罪行為ノ用ニ供シタル船舶又ハ第七十六条ノ二ノ犯罪ニ係ル貨物ニシテ犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルモノハ之ヲ没収ス」と規定し、没収すべき物が犯人に属すると否とを問わず一律に没収を課すべきものとしているもので、いわゆる無差別没収を定めているのである。従つて右法条適用の結果、刑事責任のない第三者が他人の犯罪行為のために没収の効果としてその財産を剥奪侵害せられる場合を生ずることは否定しえない。そこで、右無差別没収の規定は憲法で保障する財産権不可侵の原則に違反するものではないかとの問題を生ずるわけであるが、法律が無差別没収を規定する場合においては、何人からその財産権を剥奪し制裁を課するかということを問題としているのではなくて、犯罪に関係ある物件が犯人の所持に係るものであり且つ犯罪の用に供されたという事実さえあれば、直ちに法は没収を課するという態度に出ているのであつて、すなわち法は犯罪の防止その他の行政上の目的達成のため、物が犯罪と右のような特殊な関係にあるという事実に着目して没収を課しているもので、従つてこの場合の没収は保安処分たる性質を有するものと解せられる。かかる無差別没収の場合において、没収の対象たる物件そのものは、いわば無色であつて物件自体社会的危険性を有するものではないけれども、法は当該物件が過去において犯罪に使用され犯罪の原因を与えたという事実又は物が過去の犯罪と法所定の特別の関係にあつたという事実からして、現在のわれわれの法的思惟に照し、かかる物の存在が社会的に有害なものと認め、犯罪の発生を防止しまた再犯の虞れを防ぎ、その他当該法規の意図する行政上の取締の目的を達成するために、その物が犯罪の用に供せられその他犯罪行為と特定の関係におかれたならば、その物の所有権が犯人以外の第三者に属する場合においても一律にその所有権を剥奪するという威嚇を与えているのである。かくして、法は右の方法により、物の所有者をして当該物件の保管用法についてそれが犯罪の用に供せられる等のことのないように注意警戒せしめ、物の所有者に対して間接的に犯罪の発生防止の義務(その義務が直接的のものでなく、間接的のものであるから、その義務違反は犯罪行為と認めることはできない)を課し、犯罪発生の防止を意図したものということができる。かくて物がその用法に従つて社会的効用を発揮することとなるであろうし、物の価格が相当に高価であつて、犯人自らがこれを所有しない場合においても、その占有中であるとの理由でこれを没収することは、犯罪の発生防止に適切有効な措置たることは多言を要しないところである。犯罪の防止、社会防衛のための制度として固有の意味における刑罰以外の刑事的制裁を広く保安処分と称するならば、右のような無差別没収はまさに保安処分に属するものである。前記関税法第八三条第一項は右説示のような趣意のもとに設けられた規定でひつきよう右法条所定の無差別没収は公共の福祉のために認められた制度であると理解される。財産権不可侵の原則は絶対無制限のものでなく、公共の福祉という枠内において是認せられるものであることは、憲法第一二条の規定に照しても明らかであつて、法が公共の福祉のために財産権に対し制限を設けいわゆる無差別没収に関する規定を設けたことは、憲法により許容されたところであると認めなければならない。ところで、財産権に対して公共の福祉のために制約を設けることは許されるとしても、その制約が刑罰として課せられる場合は格別、そうでなければこれを公共の福祉のために用いる場合と同様に正当な補償を必要とするものではないか(憲法第二九条第三項第三一条参照)との疑問を生ずるであろう。しかるに、前記関税法第八三条第一項の無差別没収はその本質は保安処分であるが、所有権者たる第三者に対する補償については何等考慮されていない。しかし、無差別没収の場合における没収が保安処分であつて、刑罰でないというのは、刑法の領域において、刑事責任を負担する犯罪行為者に対し課せられる固有の意味の刑罰ではないということであつて、没収が刑法第九条において明確に刑(附加刑)として規定されているのであるから、形式的には刑罰とされ、刑事上の制裁であることを否定することはできない。従つて、刑法や刑事訴訟法等において刑が問題とされている限り没収を主刑と同様に取扱うべきであろう。たとえば、刑法第六条の刑の変更、同法第八条の刑の時効、刑事訴訟法第四〇二条の不利益変更禁止等の規定の解釈についても没収は主刑と同様に扱われるのである。かような次第で、無差別没収の場合の没収は、本質上保安処分であつて固有の意味の刑罰でないとしても、これを刑事上の処分であると解するに何等の支障もない。前記関税法第八三条第一項の無差別没収は、前説示のとおり法が保安処分目的のために物件の所有者に対し、他人の犯罪行為を理由に課せられる不利益な刑事上の制裁であつて、憲法の是認する国家刑罰権には固有の意味の刑罰だけでなく、右のような刑事上の処分すなわち、保安処分をも含むものであることは、保安処分としての少年に対する保護処分と対照してみても明らかである。従つて、右関税法所定の無差別没収の場合の犯人以外の者に対する没収は、保安目的を達成するため、すなわち公共の福祉のために財産権に対し課せられた必要な制限であり、且つその制限が憲法第三一条にいわゆる刑罰換言すれば刑事上の処分として課せられるものである限り、憲法第二九条第三項にいわゆる正当な補償をしないで、無償でその物に対する財産権を剥奪し国庫にこれを帰属させても、財産権侵害の点では憲法に違反するものではないと解せられる。よつて、右関税法第八三条第一項が憲法第二九条第一項に違反し本件物件の没収が無効であるとする控訴人等の主張は採用できない。

従つて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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