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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)515号 判決

控訴人 原告 国 代表者 法務大臣 井野碩也

訴訟代理人 河津圭一 外三名

被控訴人 被告 中央労働委員会 代表者 中山伊知郎

訴訟代理人 大和哲夫 外三名

主文

原判決を取り消す。

本件訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が中労委昭和二十九年不再第四三号不当労働行為再審査申立事件について、昭和三十年六月二十九日附でなした命令を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、基本契約及び附属協定第六九号の締結及び実施に関する事実

(イ)、本件解雇の対象とされた訴外大倉輝夫及び塩崎広は、控訴人が当時占領国であつたアメリカ合衆国の要求によつてその所要の労務を満たすために雇用した上差し向けた進駐軍労務者、又は駐留軍労務者であるが、これら労務者は、日本国で雇入れはするが、アメリカ合衆国軍の欲するところに従つてその労務を提供するものであるから、その雇入解雇、労務管理等については実質的な雇主であるアメリカ合衆国軍の都合が決定的に重きをなすものである。

(ロ)、右の事情からして、右労務者の雇用提供等の関係を律するために、昭和二十六年六月二十三日日本国とアメリカ合衆国との間に「日本人及びその他の日本国在住者の役務に対する基本契約」が締結せられ、同年七月一日から発効したので、調達庁長官は、以後これに則つて雇入提供解雇労務管理等をすることとし、その頃関係下部機関である各都道府県知事に対しこれが指示を発した。右基本契約第七条は解雇の一場合について、「……契約担当官において、契約者が提供したある人物を引続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認める場合には、即時その職を免じスケジュールAの規定によりその雇用を終止する。この契約に従つて契約者が提供した人物の雇用を終止するために契約担当官が行う決定は最終的なものとする。……」と定めている。すなわち、これによれば米側契約担当官が日本国の提供した労務者のある者を引続き雇用することがアメリカ合衆国政府の利益に反すると認め、スケジュールAの規定によりその雇用を終止すべきものとしたときは、日本国政府は自己の意見がどうであろうと、右決定を最終的なものとして解雇の手続をとらなければならないこととなるが、このことは右のような雇用関係の特質及び実際に労務の提供を受けるものが軍隊であるという特別の事情によるものである。

(ハ)、なお、右の適用については、これによる労務者の不利益を慮り、右認定権の厳正を期するため、この規定の趣旨を敷衍し、認定権行使の手続を明確にするために、昭和二十九年二月二日日本国とアメリカ合衆国との間に附属協定第六九号が締結せられ、即日発効したので、調達庁長官はその後はこれによつて右解雇の事務を処理することとし、その頃各都道府県知事にその旨を通知した。右基本契約及び附属協定は、昭和三十二年十月一日締結され即日発効新基本労務契約にとつて代られるまでその効力を有した。

二、保安解雇の労務者に対する効力について

雇用主は本来自由に被用者を解雇することができるのであつて、解雇について正当の事由のあることを要しないのであるが、このことは本件雇用契約についても何等異るところはない。すなわち、右基本契約第七条の規定に基く解雇は、この基本の上に立ち、ただ一定の場合の解雇の要否の認定を米側契約担当官に委ねたことを明らかにするものである。日本国は日米安保条約第三条に基く行政協定第一二条第四項に基いてアメリカ合衆国に対し役務の提供義務を負い、これが提供の目的にかなつた誠実な履行をしなければならないのである。しかし、提供労務者の現実の使用者は軍隊であり、軍はその性質上高度の機密保持の必要を有する等の事情があるため、ある労務者の雇用の継続が合衆国政府の利益に反する場合には、その解雇はやむを得ないばかりか、該当の有無の認定についてはおのずから米側の認定を重んじなければならない。それとともに、上記の事情からして、最終決定権を米側に委ねるのを相当とするがために、日本国はこの場合自己の有する解雇権行使の前提をなす解雇要否の最終的認定を米側に委ね、米側の決定に従つて解雇権を行使することとして、右基本契約及び附属協定第六九号を締結し、これを駐留軍労務者の雇用関係に適用することとしたものである。

従つていわゆる保安解雇は、右基本契約及び附属協定第六九号に定める手続に従つてのみなされなければならないが、その反面右手続に従つてなされる限り解雇は有効である。換言すれば、アメリカ合衆国側において右認定権を行使していわゆる保安基準に該当する事由があると認めた場合、日本国側は所定の手続を経て労務者を解雇するのであつて、この場合雇用主である国はこれに従つて解雇権を行使する義務があり労務者もこれを容認しなければならない関係に立つのであつて、米側がいやしくも右認定権によりさような認定をした以上、日本国も労務者もこれに拘束され、保安基準該当の事実有無についてはこれを争うことができないものといわなければならない。

三、保安解雇と不当労働行為の成否

(イ)、一般に解雇が差別待遇として不当労働行為とせられるためには、労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと、若しくは労働組合の正当な行為(以下組合活動等という)をしたことの故を以てその解雇がなされたのでなければならない。従つて組合活動等以外に解雇を決定づける理由のあることが明らかであれば、当該解雇は不当労働行為の評価を免れるのであつて、このような場合単に一般に不当労働行為の原因となる組合活動等が明らかにされただけでは、その解雇がこれを理由とする解雇すなわち不当労働行為とされるに足りない。

(ロ)、被控訴人は本件解雇は保安解雇に藉口してなされた不当労働行為であるとし大倉輝夫及び塩崎広の組合活動等の事実を主張している。しかし、本件解雇は保安解雇の手続を践んで行われたものである以上、単に右のことの故に本件解雇の決定的理由が同人等の組合活動に基く差別待遇であるということはできない。なぜかなれば、保安上の理由はその性質上決定的な解雇理由といわなければならないし、基本契約及び附属協定第六九号によると、米軍が保安基準についての認定をした場合、右認定は拘束力あるものとされ、日本側はもち論労務者もこれに対して保安基準該当の認定を争い得ないことよ記のとおりであるからである。従つて被控訴人があくまでも本件解雇が保安解雇に藉口してなされたものであると主張するのであるならば、被控訴人は米軍が所定の手続を践んでいないか、又は右認定が単なる権限の濫用にほかならないことを明らかにしなければならない。被控訴人は本件解雇が保安解雇の手続に則つてなされたことについては、これを争つていないばかりでなく、米軍の保安基準該当の認定が権限の濫用であつて大倉、塩崎の組合活動が本件解雇の決定的理由であることも積極的に明らかにしないのであるから、本件解雇が保安上の理由に藉口したもので不当労働行為であるとの評価を受ける理由はない。

(ハ)、被控訴人は、かりに保安上の理由がある場合でも、なお大倉、塩崎の組合活動を原因とする解雇すなわち不当労働行為の成立を妨げないとするかも知れないが、既にして保安上の理由があり、且つ保安解雇の手続がとられている以上、右を雇用不継続の決定的な理由でないとして解雇を否定し、労働者の米軍基地復帰を強制することは保安解雇の何であるかを理解しないもので著しく条理に反する。

四、予備的解雇と救済命令の適否

(イ)、大倉輝夫及び塩崎広の勤務先である駐留軍神戸補給廠は、昭和三十二年六月末日限り閉鎖され、同人等が復帰すべき原職は存在しなくなり、且つ同人等と同じ職種にあつて右施設に勤務していた駐留軍労務者は人員整理によつて同年十月末日までには全員が解雇され一名も在籍しなくなつた。そこで控訴人は右両名に対しそれぞれ昭和三十三年一月二十八日附書面を以て同年二月二十八日限り予備的解雇をする旨の意思表示をなし、右意思表示は同年一月二十九日それぞれ同人等に到達した。

従つて、仮りに本件の保安上の理由による解雇が無効であるとしても、現在控訴人と右両名との間に雇用関係は存在しなくなつた。

(ロ)、ところで、抗告訴訟において行政処分の違法性判断の基準時を何時と解すべきかについては、一律に決することはできない。抗告訴訟の目的は行政処分庁の過去の責任追及にあるのではなくて、取消権の現在の存否を確認するにあるところ、行政処分には本来特に既往の一定時点の事実を基準としてこれに即した規律をすることを目的とし、その趣旨でその後の事情は格別考慮されないもの、例えば、農地買収処分や課税処分等と、現在の状態を一定の理想に適合するように規律することを目的とし、処分の確定までその処分内容が現状に適合していることを要請されるものとがあつて、後者の場合は、行政処分の適否は口頭弁論終結時の法令及び事実を基準として判断されなければならない。従つて仮りに、処分時において瑕疵のない処分であつても口頭弁論終結時の事実によれば法律の理想に適合せず瑕疵の認められるに至ることがあり、このような場合は当該処分は維持せらるべきものではない。

(ハ)、本件救済命令は控訴人に対して大倉、塩崎両名の原職復帰と賃金相当額の支給を命じている。それは、不当労働行為にかかる現在の要救済状態を前提とし、また将来に対するその継続を前提としてこれに即応するように控訴人に継続的且つ回帰的作為義務を課しているのであるから、本件救済命令の適否は処分時の法令及び事実を基準として、成立時における処分の適否を判断するだけでは足りず、口頭弁論終結時の法令及び事実に基いてもこれを判断するのでなければ、これを決することはできない。けだし、成立時に適法な救済命令であつても、その後口頭弁論終結時までに法令の改廃又は事情の変更があつてその処分の全部又は一部を是認する根拠が失われた場合には、右救済命令はその時以降違法となり、そのまま存続せしめらるべきではなく、取消又は変更を免れないと解すべきだからである。

(ニ)、本件救済命令は、仮りに処分時においては瑕疵のない適法なものであつたとしても、上記のとおり控訴人が大倉、塩崎の両名に対し予備的解雇をなした今日ではもはやその存続事由が消滅したものであり、少くとも予備的解雇以降の給付に関する部分については違法であるから取消を免れない。

五、訴の利益について

被控訴人は本件訴訟においては控訴人は本件救済命令を取り消す必要ないし利益が存しない旨主張する。被控訴人の右主張は、控訴人が本件救済命令によつて現在何等権利を侵害されていないことを前提としているのである。すなわち、本件救済命令はその後予備的解雇があつて緊急命令が取り消された関係上、現にその履行を強制されないのが現状であり、従つて控訴人としては、右救済命令の形式的存在にもかかわらず、これを無視することができるのであるから、今更これを取り消す必要はないというのである。しかし、右立論は、他方この訴訟の結果本件救済命令が確定判決によつてそのまま支持されたときは、その違反に対しては刑罰を以て強制される建前になつている(労働組合法第二八条)ことを無視するものである。また本件救済命令はいやしくも形式的に存在しており、しかも未確定なのであるから、それが実質的にはこれに添う効力を有しないというのであれば、控訴人は本件抗告訴訟でその旨を司法権によつて確定して貰うにつき、すなわち本件救済命令を取り消して貰うについて法律上の利益ないし必要を有するものといわなければならない。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、控訴人主張の上記一の事実のうち、控訴人主張の時期に労務基本契約及び附属協定第六九号が締結されたこと並びに右基本契約第七条に控訴人主張のような規定の存すること、上記二の事実のうち、日本国が駐留軍労務者に対する解雇要否の最終的認定を米側に委ね、米側の決定に従つて解雇権を行使することになつていること、保安解雇について附属協定第六九号にその手続が定められていること、上記四の(イ)の事実は、いずれもこれを認める。

二、控訴人は保安解雇は基本契約及び附属協定第六九号に基いてなされる限り有効であり、日本国も労務者も米側の認定に拘束せられ保安基準該当の有無についてはこれを争うことができないと主張する。しかし、大倉、塩崎両名が解雇されたのは昭和二十八年十一月十日であつて、前記附属協定第六九号が締結されたのは右解雇後のことであり、従つて右協定に定める手続が右両名の解雇について履践されたことはない。

(イ)、被控訴人は本件解雇は不当労働行為であると認定しその救済を命じたもので、本件解雇の有効かどうかを判断したものではない。不当労働行為制度のもとでは、不当労働行為の諸類型は、法律行為としてのそれでなく、事実行為としての性質においてこれを捉え、それが不公正な労働慣行と認められるときは、労働委員会において救済命令を発するのである。救済命令は行為の法律効果を左右するものでなく、また原状回復は解雇が無効であるから原職に復帰させよというのでもなければ、解雇が無効だから再雇用せよというのでもない。従つて本件解雇が有効であるとの控訴人の主張は本件救済命令取消訴訟では意味をなさない。

(ロ)、基本契約及び附属協定第六九号が、雇用契約における法律上の使用者とされる日本国及び事実上の使用者であるアメリカ合衆国間の契約であることは疑を容れないから、右契約として両使用者を拘束するものである。さらに、右基本契約及び附属協定で労働条件保安基準及びこれに関連する人事措置手続等労働者に直接関係のある事項は、就業規則と同じ意味で労使双方を拘束する効力があるものと考えられる。しかし保安解雇が右協定に従つてなされる限り有効であるといつても、それは、就業規則的拘束力から一応解放され解雇自由の原則に立ち返つたに過ぎないのであるから、他に労働協約その他の契約又は不当労働行為に関する労働法の規定に反する事実があれば、その吟味から免れることはできない。また労働者が拘束を受け争うことができないのは、就業規則的効力のためであるから、その部分に限られ、それに藉口して実は他に解雇原因がある場合には、その点について労務者は不当労働行為であるとしてこれを争うことができるのである。本件においては、大倉、塩崎両名は正当な組合活動を理由に解雇されたもので、保安上の理由は単に口実にすぎない。従つて本件命令には何等違法の点はない。

三、一般に抗告訴訟における行政処分の違法性判断の基準時については、最高裁判所が処分時説に従つていることは周知のとおりであるが、殊に不当労働行為事件は一般の行政事件よりも特に過去の行為に着目するものであるから、命令交付後新に生じた事実を以て処分の違法をいうのは的はずれの感を免れない。本件においては、兵庫県地方労働委員会の救済命令に対する控訴人の再審査申立を棄却した被控訴人委員会の判断に取り消さるべき違法があるかが問題とされているのである。従つて被控訴人が命令を発した当時において控訴人の再審申立を棄却したことの違法適法だけが問題となり仮りに右命令が既に事実上執行すべき基盤を大部分失つているとしても、被控訴人の判断の後になされ、従つて被控訴人の判断には何等関係のない前記両名に対する予備的解雇が被控訴人の判断の適法違法に影響があるとは考えられない。また被控訴人の支持した兵庫県地方労働委員会の救済命令から考えてみても、右命令は控訴人が前記両名に対してなした解雇に対する具体的措置としてなされたものであるから、控訴人がその後右両名に対してなした基地閉鎖に伴う予備的解雇のような新な事情は、控訴人が労働委員会の命令をどの程度履行したら命令違反とならないかという問題や、行政訴訟の係属中に労働委員会の命令の実効を一応担保する緊急命令を存置させる必要があるかどうかという問題には大きな関連があるけれども、命令の適否にはなんの関係がない。

もつとも判例としては裁判時説を採つているものがないではないけれども、このような考え方は少数であるばかりでなく最高裁判所の考え方に反しているし、条理に反する。さらに裁判時説を採るとしても、本件においては行政処分を取り消す必要ないし利益が存在しないとして請求を棄却する方が合理的である。

当事者双方の証拠の提出援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、甲第十ないし第十三号証、第十四、第十五号証の各一、二、第十六ないし第二十二号証を提出し、当審証人前川会三、溝渕国治、奥村延男、菊池水雄の各証言を援用し、被控訴代理人は、当審証人塩崎広、大倉輝夫、上田道衛の各証言を援用し、上記の甲各号証はいずれもその成立を認めると述べた。

理由

大倉輝夫及び塩崎広が控訴人に雇用されていた駐留軍労務者であつて、大倉は昭和二十五年三月から尼崎市所在のK、Q、M、D(駐留軍神戸補給廠倉庫部隊)に勤務し、その後昭和二十八年五月から尼崎エリヤナイン、サーベランス部隊に転属し、同所で荷扱夫として勤務し、塩崎は昭和二十五年四月から同補給廠ストツクコントロールデイヴイジヨンでオフイスマネジヤー(事務管理人)として勤務していたが、いずれも昭和二十八年十一月十日軍から保安上の理由により解雇されたこと、右訴外人両名及びその所属する全駐留軍労働組合兵庫地区本部は昭和二十九年七月十五日兵庫県知事を被申立人として右解雇は不当労働行為であるとして、兵庫県地方労働委員会に対し救済命令の申立をしたところ、同委員会は同年十一月二十二日附を以て、「被申立人は昭和二十八年十一月十日申立人塩崎広、同大倉輝夫に対してなした解雇通知を取り消し、原職に復帰せしめ、且つ昭和二十八年十一月十一日から原職復帰に至るまでの間に、右申立人等が受ける筈であつた給与相当額を右申立人等にそれぞれ支給せよ。」との救済命令を発したこと、これに対し兵庫県知事が昭和二十九年十二月二十五日、被控訴人に再審査の申立をなしたところ、被控訴人は昭和三十年六月二十九日附を以て原判決添付の別紙命令書写のような再審査の申立を棄却する旨の命令を発し、その命令書写は同年七月十三日兵庫県知事に送達されたことはいずれも当事者間に争がない。

控訴人は、「大倉輝夫及び塩崎広両名の勤務先である駐留軍神戸補給廠は昭和三十二年六月末日限り閉鎖され、同人等が復帰すべき原職は存在しなくなり、且つ同人等と同じ職種にあつて勤務していた駐留軍労務者は人員整理によつて同年十月末日までに全員が解雇せられたので、控訴人は右両名に対しそれぞれ昭和三十三年一月二十九日到達の書面で予備的解雇の意思表示をした。従つて保安上の理由による本件解雇が無効であるとしても、右予備的解雇により控訴人と右両名との間にはもはや雇用関係は存在しないので、本件救済命令は現在においては違法で取り消さるべきである。」旨主張する。被控訴人は、これに対し、「控訴人が大倉、塩崎の両名に対してなした基地閉鎖に伴う予備的解雇のような新な事情は本件命令の適否にはなんの関係がないもので、仮りに行政処分の適否判定の基準時について裁判時説を採るとしても、控訴人主張の右のような新な事情の発生によつて控訴人は本件救済命令の取消を求める利益がなくなつた。」旨主張するので判断する。

一体行政事件訴訟の判決で裁判所が行政処分を取り消すということは、行政庁が違法な行政処分を自ら取り消す場合と趣旨を異にし、一応有効に成立した処分を裁判所の意思表示により失効させることを意味するものではなく、本来違法な処分について、それが違法であることの判断の表示としての意味を持つに過ぎないのであるから行政処分の違法判断の基準時は処分時であるのを本則とするものといわなければならない。本件においては、大倉輝夫、塩崎広の両名の勤務していた駐留軍神戸補給廠は、昭和三十二年六月末日限り閉鎖され、同人等の復帰すべき原職は存在しなくなり、且つ同人等と同じ職種にあつて右施設に勤務していた駐留軍労務者は人員整理によつて同年十月末日までに全員が解雇され一名も在籍しなくなつたので、控訴人が右両名に対してそれぞれ昭和三十三年一月二十八日附書面で同年二月二十八日限り予備的解雇をする旨の意思表示をなし右意思表示は同年一月二十九日それぞれ同人等に到達し、これによつて保安上の理由による本件解雇の効力いかんにかかわりなく、控訴人と右両名との間にもはや雇用関係が存在しなくなつたことは当事者間に争がない。しかし、右のような事実状態の変更は被控訴人が本件命令を発した後に生じた事由であるから、上記の理由により本件命令の適法かどうかには影響を与えるものでない、といわなければならない。

しかしながら、行政処分が適法かどうかの問題と行政処分がなされた後の事実状態の変更によつて処分の取消を求める利益が失われるにいたつたかどうかの問題とは全く別個のものであつて、訴の利益のあるかどうかということは、口頭弁論終結の時を基準として判断すべき訴訟要件に当るものといわなければならない。よつて、本件において上記のような事実状態の変更があつたにもかかわらず、処分取消の利益がいぜんとして存続しているかどうかについて考えてみる。被控訴人のなした本件命令は、初審労働委員会がなした被解雇者である大倉、塩崎両名の原職復帰と解雇の翌日から原職復帰に至るまでの給与相当額の支払を命じた救済命令を維持し再審査の申立を棄却したものである(以下被控訴人のなした右命令を単に本件救済命令という)。ところが、右両名の復帰すべき原職は前記のとおりいわゆる基地廃止による閉鎖で既に存在しなくなつたばかりでなく、予備的解雇によつて控訴人と右両名との間にはもはや雇用関係が消滅していることは、当事者間に争がないところである。本件救済命令のうち原職復帰を命じている部分は、現在においては実現不可能なことを内容としているものであり、また給与相当額の支払を命じている部分については、原職復帰の可能なことを前提とするものと解せられるので、原職復帰が客観的に実現不可能となつた現在においては、もはや控訴人として右命令に服しようがないわけで、この点に関する限りでは、命令違反の問題も考えられないのである。従つて、本件救済命令は右事実状態の変更によつてその内容に即した拘束力を失うに至つたもので、控訴人に対し何等の義務や負担を伴うものでないと解されるから、控訴人としてはこのような拘束力を失つた本件救済命令について、その取消を求める利益も必要もないものといわなければならない。ことに、本件救済命令が適法であると本件訴訟で確定したとしても、それはたんにそのことを確定するに止まつて、それ以上前記両名に対する解雇が有効であつたかどうかを確定するものではないから、本件救済命令の取消を求める利益を否定しても、控訴人の利益を害することにはならない。もつとも、控訴人が本件救済命令に従つて、すでに前記両名に対し右のような事実状態の変更を生ずるに至るまでの間に給与相当額を支払つてきたことは、本件弁論の全趣旨によつて明かである。右給付した金額を不当利得として控訴人が返還を求め得るかどうかの問題が考えられるが、これは、前記両名に対する解雇が有効であつたかどうかと、前記両名がその間現実に労働に従事したか、或は控訴人において前記両名に労働に従事させなかつたかどうかということ等によつてきまるので、本件救済命令が取消されるかどうかには関係がないといわなければならない。よつて、この点からしても、救済命令の取消を求める利益があるものと断定することはできない。

なお、控訴人は本件救済命令が確定判決によつて支持されるときは、労働組合法第二八条の適用によりその違反に対して刑罰を以て強制される建前になつているので、これが取消を求める利益がある旨主張するけれども、本件救済命令の発令後大倉塩崎両名の復帰すべき原職がなくなり且つ予備的解雇を右両名が承認しているので、右原職復帰はもはや客観的に実現不可能なことであるから、原職復帰と、その可能なことを前提とする給与相当額の支払を命じた本件救済命令については命令違反の問題を生ずる余地はないし、それ以前においては、控訴人が本件救済命令を履行していたことは弁論の全趣旨によつて認められる。その上、大倉、塩崎両名に対する法律上の使用者は国(控訴人)であるところ、国家は刑罰権の主体であつて客体ではなく、国が国に対して刑罰を科するということは無意義のことに属するところであるから、控訴人が本件救済命令の違反に対し刑罰を科せられる建前になつているので、上記のような事実状態の変更があつても、少くとも本件においては救済命令の取消を求める利益があるとする控訴人の主張は到底採用できない。

また、控訴人は本件救済命令がいやしくも形式的に存在しており未だ確定していないのであるから、それがその後の事実状態の変更により実質的にはこれに添う効力を有しないのであれば、抗告訴訟でその旨を司法権により確定して貰うについて法律上の利益がある旨主張する。しかし、本件救済命令が形式的に存在しても、現在においてはもはやその内容はすでに当事者を拘束する効力を失つているのであるから、本件救済命令の形式的存在は何等控訴人に不利益をもたらすものでないので控訴人の右主張も採用できない。

その他本件に顕われたすべての証拠によつても、上記のような事実状態の変更があるにかかわらず、現在においてなお、控訴人に本件救済命令の取消を求める法律上の利益を認めなければならないような事情は、これを肯認するにたらない。

してみると本件救済命令の取消を求める控訴人の本件訴は、訴訟要件を欠く不適法なものであるから、その実体についての他の争点について判断するまでもなく却下を免れない。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 土肥原光圀)

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