大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)32号 判決

原告

和泉薬品工業株式会社

代理人弁護士

根本松男

原告

株式会社中島佐一薬房

原告両名代理人弁護士

福岡彰郎

外二名

同弁理士

中島信一

被告

大幸薬品株式会社

代理人弁護士

小坂志磨夫

松本重敏

同弁理士

土井整

外三名

主文

特許庁が、昭和三五年四月二八日、同庁昭和三〇年審判第一七〇号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈前略〉

そこで、以下、原告らが本件審決の違法事由として主張する事実、すなわち、「正露丸」の語が、本件商標の登録日である昭和二九年一〇月三〇日当時、本件医薬品の普通名称を表示する語であつたかどうかを判断する。

二〈書証〉によれば、原告らの請求原因三の(一)の事実(旧陸軍による本件医薬品の創製およびこれに「征露丸」と命名した経緯(編注))ならびに、日露戦争後、帰還将兵からの言い伝えなどにより、このような「征露丸」の創製および命名に関する経緯が広く国民の間に知られるようになつた事実を認めることができる。

〈編注〉

(「征露丸」名称の起源)

明治三七、八年の日露戦争以前、当時の陸軍軍医学校において、戦場で発生する腸性の伝染疾患、とくに腸チブス、赤痢等の予防薬として、クレオソート製薬剤の創製の研究が行なわれ、同戦争の勃発に伴い、軍の方針により、これを丸薬として出征中の全将兵に右疾患予防のため連日服用させることとし、明治三七年三月中ごろから陸軍衛生材料廠で製剤して配布されたのが、この種丸薬製造の始まりである。そして、軍当局は、この丸薬が特殊な薬臭のため服用され難いことを考慮して、服用を奨励するため、これに戦争名にちなみ「征露丸」と命名したのが、その名称の起源である。

被告は、明治三五年に中島佐一が、「忠勇征露丸」の方名で売薬営業の免許を受け、クレオソート丸薬に「征露丸」の名をつけて発売したと主張するけれども、被告の援用する〈書証〉によれば、明治四二年一一月に名義人の転居により書換え下付されたものであることが明らかであるから、(その成立について判断するまでもなく)必ずしも前記の認定を覆えして被告主張の事実を立証するに足るものではなく、他にこれを認めるに足る証拠はない(かりに、このような事実が存在したとしても、それは、前記「征露丸」の創製、命名および日露戦争における軍陣薬としての使用に関する国民の認識が生じたこと自体には、かかわりのないことである。)。

三〈書証〉ならびに弁論の全趣旨によれば、

(「征露丸」名称の普及、中島佐一の営業および浪速製薬との抗争)

(一)  日露戦争の終了後、前記のように陸軍が創製し命名したのとおなじ本件医薬品を製造し、「征露丸」の名称で、これを廃兵の手により全国津々浦々に行商販売させた業者があり、中島佐一も、明治三九年ごろ大阪市内に本部を設け、右のような方法で征露丸の製造販売を開始したが、佐賀県の鳥栖製剤合資会社が、「征露丸」の文字からなり丸薬を指定商品として明治三八年六月登録出願、同年九月登録の登録第二四、二〇八号商標権を有していたので、中島はその一部を譲り受けて共有者となつた。明治末期から大正年代にかけて、同種薬剤に征露丸の名称をつけて販売する者が三〇名あり、本件医薬品を指す名称として「征露丸」の名は日本国内に周知されるようになつたが、中島が右共有商標権にもとづいて他人の征露丸名称の使用を禁圧しようとしたことが端緒となり、大正一三年、同業者である日本製薬株式会社ほか二名から、「征露丸」は本件医薬品の慣用商標または普通名称であること等を理由として、右商標の登録無効の審判が請求され、大正一五年六月二八日大審院において原告主張の内容の判決がされ、同商標権は失効した。右無効審判請求のころ、中島と鳥栖製剤合資会社は、指定商品丸薬につき「正露」「征露」「せいろ」(SEIRO)」の文字からなる各商標の登録を出願し登録を得たところ、昭和三年浪速製薬株式会社がその有する登録第二五、八六五号商標(「セイロ」の文字からなり、煎剤、錠薬、練薬等を指定商品として明治三九年四月二四日黒宮たまを権利者として登録されたもの)に類似することを理由として、右各商標の登録無効の審判を請求し、昭和四年五月これを無効とする審決が確定した。また、前記大審院判決があつたころ、中島の「征露丸」名称の使用に対し、浪速製薬株式会社から右商標権の侵害等の告訴がされたので、中島は、昭和初年ころ以降は「忠勇征露丸」の名称を使用することになつたが、これについても浪速製薬株式会社との間に、昭和一二年以降右商標権の権利範囲確認審判あるいは右商標権にもとづく差止め等の訴訟が提起され、結局、昭和一八年五月一四日裁判上の和解により、中島の「征露丸」標章についての先使用権が認められた。

(「正露丸」「何々正露丸」の出現)

(二)  右のような中島佐一をめぐる征露丸の名称に関する係争の存在は、主として中島の営業が活溌であつたことによるもので中島以外にもその名称を使用する者は、大阪、奈良、滋賀、富山を中心として全国的に多数存在した。前記大審院判決以後、昭和一〇年代にかけて、「征露丸」の名称を廃して「戦友丸」のごとく他の名称に改めた業者もあつたが、その場合も旧名征露丸である旨を付記するものが多く、また「征」の字を、これと発音を同じくし外観も類似する「正」の字にかえて「正露丸」とするものもあり、さらに、多数の同業者間で自他の商品を識別するために、「何々正露丸」のごとく業者名その他の固有の標識を付記する例が多くなり、やがて昭和一八年第二次大戦による企業の合同が実施せられるに及んで、群小の本件医薬品業者は、原料の不足とあいまつて、比較的少数の企業体に統合されて存続することになつた。

(第二次大戦後の「正露丸」等の業者の乱立)

(三)  第二次大戦中の軍隊においても、本件医薬品は戦陣薬として用いられ、「せいろがん」と呼ばれて将兵の間になじみ深いものであつたが、戦後の昭和二二年ごろから、統制の解除に伴い、戦前同様に大阪、奈良、滋賀、富山、香川、岡山、愛知、三重、東京の各都道府県に、「正露丸」「征露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」またはこれらの文字に業者名その他の標識を付記した「何々正露丸」の名称を用いた本件医薬品の製造販売業者(たとえば、大阪―帝国製薬株式会社の「正露丸」、高田製薬株式会社の「タカダ正露丸」、奈良―共立薬品工業株式会社の「正露丸」高市製薬有限会社の「まつやセイロ丸」、滋賀―日新製薬株式会社の「日新正露丸」、松本隆盛堂薬房の「松本正露丸」、富山―第一薬品株式会社の「第一正露丸」、長寿堂の長寿正露丸」、株式会社大学堂の「本方正露丸」、興和薬品工業株式会社の「興和正露丸」、香川―香川製薬株式会社の「強力せいろ丸」、岡山―岡山県製薬株式会社の「セイロ丸」、愛知―合資会社亀井商店の「亀井正露丸」、三重―相互製薬株式会社の「相互正露丸」、森製薬株式会社の「キング正露丸」、三協製薬社の「三協正露丸」、東京―健天堂製薬所の「正露丸」、中島春製薬所の「ロート正露丸」、三晄薬業株式会社の「三晄正露丸」など)が続出し、その数は五〇を下らず、これらの業者の中には全国的に行商ないし配置販売を行なうものもあり、昭和二四年から昭和二九年ごろを頂点として「せいろがん」と呼ばれる本件医薬品は、家庭薬として全国に侵透した。そして、需要者が「せいろがん」と呼んでこれを購入しようとする場合、売薬業者は、いくつかの業者の製造販売にかかる本件医薬品のうち、任意のものを客に売り渡すのを通常とし、特定の業者の商品を売買しようとするときは、とくに「何々せいろがん」と呼び、または包装外箱の着色などの特徴を示さなければ、その特定が不可能の状態であつた。そのころ、所管の厚生省薬務局は、業者からの「征露丸」の製造許可申請に対し、その方名を「正露丸」に改めるよう行政指導をしたので、「征」の字を用いる業者はしだいに減少し、一般の需要者も、日露戦争いらい用いられた「征露丸」の名が、第二次大戦後の平和回復とともに、「征」の字の使用が望ましくないために「正」の字に置き換えられ、または仮名書きとされたものであることや、表示する文字は変わつても本件医薬品の実体に変りはないことをよく認識していたのであつて、その意味で「正露丸」「せいろ丸」「セイロ丸」の語は、「征露丸」と同一物を指す語として一般に認識されるにいたつた。

(正露丸」等の普通名称化)

(四)  本件医薬品は、クレオソートを主剤とする丸薬であるため、「クレオソート丸」と呼ばれることもあり、また、商品名として「クレオソート丸」「クレユウ丸」「平和記念丸」「仙露丸」「戦友丸」なども用いられたが、需要者はこれを「せいろがん」と認識しそのように呼ぶことが多く、したがつて、業者の側でも、「平和記念丸」や「仙露丸」あるいは前記「戦友丸」の例のように、その旧名または通称が征露丸であることを包装外箱に註記するものや、「仙露丸」「クレユウ丸」の例のように、その名では実体がわからず売れないため、結局「何々正露丸」の名に改め、あるいは「何々正露丸」の名をつけた同一医薬品を別に発売するという状態であつて、このような状態は、すなわち、「征露丸」「正露丸」または「せいろ丸」の語が、本件医薬品自体を指称する語として不特定多数の業者により使用され、一般需要者にもそのような語として認識されていることを示すものにほかならない(被告主張のように、本件医薬品の普通名称として「クレオソート丸」または「クレオソート丸薬」の語が用いられることがあるとしても、そのために、「征露丸」「正露丸」等の語が本件医薬品の普通名称でないということにはならない。)。

(商標管理の不徹底)

(五)  右のような状況に対して、前記登録第二三五、六七一号商標「セイロ」の商標権者であつた大阪製薬株式会社は、昭和二七年末ごろ、商標権を侵害すると思われる者に対し内容証明郵便で侵害の中止を求める通告をし、そのころ他人が出願した「スミヨシセイロ」の商標について登録異議の申立てをして登録の拒絶を得、「三和正露丸」使用者三和製薬株式会社を告訴し、昭和二八年には「軍歌正露グンカセイロ」「ゼンコクセイロ」「金鵄征路丸」の登録商標について無効審判を請求してこれを無効ならしめ、昭和二九年「強セイロ丸」の使用者粟村薬品工業株式会社に対し、訴えにより使用の差止めを請求して勝訴するなど、いわゆる商標管理を行なつて「セイロ」を類似する名称の使用を排除しようとしたが、その対象は主として大阪附近の業者に限られ、その方法も、前記のような全国にわたる需要者一般の長年にわたり植えつけられた認識を改めるにいたるほど徹底したものではなかつた。被告主張のような強力な商標管理や莫大な費用による宣伝広告は、本件商標の登録以後のことに属する。

以上の事実を認めるに十分であり、この認定を左右するに足る証拠はない。

(結論)

四右認定の事実関係によれば、本件商標を構成する「正露丸」の語は、「征露丸」の語から転化したものといつてさしつかえなく(この両者が標章として同一かどうかは、ここで問う必要がない。)「征露丸」「正露丸」「セイロ丸」「セイロガン」は、すべて同一の事物を指称する語として一般に認識されており、これらは、「征露丸」の命名および本件医薬品の創製の前記特殊事情にもとづき、もともと商品の出所表示力に乏しい語として誕生し、しかも、その後多年にわたり、不特定かつきわめて多数の業者により全国的に本件医薬品の名称として使用された結果(本件医薬品自体が、薬臭、薬味の強い印象的な家庭薬として民間に周知されたこととあいまつて)、これらの語は、おそくとも本件商標の登録当時、なんら出所表示力のない、本件医薬品自体の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたものというべきであり、したがつて、ごく普通の書体で「正露丸」の文字に「セイロガン」の文字を振り仮名のように付記したにすぎない本件商標は、その指定商品中の本件医薬品に関しては、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であり、それ以外の商品に関しては、その商品が本件医薬品であるかのように誤認を生ずる虞れのある標章であるといわなければならない(ある語が普通名称であるかどうかは、世人の認識に関する事実の問題であるから、不特定多数の業者によるその語の使用が、何びとかの商標権に牴触するか否かということとは直接の関係がないことは、いうまでもない。)。

五よつて、その主張の点に判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消しを求める原告らの請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山克彦 武居二郎 楠賢二)

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