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東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)34号 判決

原告 吉田長太郎

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三一年抗告審判第二三一二号事件について昭和三五年四月二八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、昭和三〇年二月二二日「精紡機におけるトツプローラー軸受装置」について、特許庁に対し、実用新案登録の出願をしたところ、昭和三一年九月二五日拒絶査定がされたので、この査定に対し、同年一〇月二六日抗告審判の請求をし、昭和三一年抗告審判第二三一二号事件として審理された結果、昭和三五年四月二八日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がされ、その審決の謄本は、同年五月一六日原告に送達された。

二  原告の出願にかかる実用新案(以下本願実用新案という。)の考案の要旨は、「主体(1)の左右に設けた軸受溝(2)(2)の前方側壁およびその中間における主体(1)の上部を連通して一定幅の切溝(3)を穿ち、該切溝内にポリスチロールその他の硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片(4)を圧入密嵌して軸受溝(2)(2)の前壁上部を該平板状支片で形成して成る精紡機におけるトツプローラー軸受装置の構造」にある。

三(一)  本件審決理由の要旨は、本願実用新案を右と同一に認定したうえ、「精紡機のキヤツプバーフインガーにおいて軸受溝の上部のローラー軸に接する部分に切欠を設け、これに耐摩金属製のメタル板を挿入し取換自在にしたのは、本願実用新案出願前公知(実公昭30―一二二九参照。以下引用例という。)である。本願実用新案は、この公知のキヤツプバーフインガーにおいて、耐摩金属製メタル板の代りに、硬質耐摩性合成樹脂の駒片を挿入したものに相当するが、この硬質耐摩性合成樹脂は耐摩性物質として本願実用新案出願前普通に知られ一般機械の軸受部分にもすでに広く使用されているものであるから、このような構造とすることは、前記公知のものから当業者が必要に応じ容易になしうる程度のことであつて、考案を構成するものとは認め難い。したがつて、本願実用新案は、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号。以下同じ。)第一条の登録要件を具備しないものとする。」というのである。

(二)  そして、引用例の考案の要旨は、「主体(1)の軸受溝(2)においてトツプローラーaの軸心bを受ける側に切欠(3)を設け、この切欠内に上下両縁に凹所(5)(5′)を有する耐摩金属製メタル板(4)を挿入し、上部を押え金(6)で圧着した精紡機のキヤツプバーフインガーの構造」にある。

四  けれども、本件審決は、本願実用新案が引用例と対比しつぎの(一)ないし(三)の差異があり、新規な考案を構成しているのに登録要件を具備しないとした違法があり、取り消されるべきである。すなわち、

1(一)  引用例の耐摩片(4)は、耐摩金属製メタルからなるのに対し、これに相応する本願実用新案の耐摩片(4)は、硬質耐摩性合成樹脂からなる差異がある。硬質耐摩性合成樹脂は、耐摩金属メタルに比し、数倍の耐摩性があり、かつ金属メタルの有しない弾性を特にそなえている。

(二)  引用例においては、耐摩金属性メタル板(4)は、H状に形成されていて、これを切欠(3)に挿入しその下部凹所(5′)が切欠(3)の下底に達した位置でこれを固定するには、その上部凹所(5)に一端を差し込んだ押え金(6)をビスネジ(7)によつて頭部に固定する。これに対し、本願実用新案においては、硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片(4)は、単なる矩形の平板であり、その弾性を利用して、中間における主体の切溝(3)に圧入密嵌して固定してあるから、引用例の耐摩金属製メタル板(4)にくらべ、その構造が簡単であり、また、着脱が簡便で、これを製造することも容易である。

(三)  引用例の切欠(3)は、H状金属製メタル板(4)の下端凹部(5′)が緊密に嵌入できるように切欠(3)の底部に凸起部を構成しているのに対し、本願実用新案の耐摩支片(4)は、単なる矩形の平板であるから凸起部を必要としない。したがつて、引用例の切欠(3)の加工は、比較的困難で手数と時間を要するが、これに相応する本願実用新案の切溝(4)には、このような加工を要せず、きわめて簡易である。

本願実用新案の着想の主眼は、(イ)特殊合成樹脂の弾性に着目し、構造をきわめて簡素化し、(ロ)特殊合成樹脂の強度の耐摩性に着目し、従前の金属製メタルに比し、耐久力を高め、(ハ)特殊合成樹脂の摩擦係数が小さい点に着目し、トツプローラーの回転の円滑をはかつたことにあり、その出願前にはなかつたトツプローラー軸受装置を新規に考案したものであつて、実用に供し、きわめてすぐれた作用効果をあらわしている。

2  なお、本件審決は、本願実用新案が旧実用新案法第三条各号に該当する事由がないのに考案を構成しないという理由で原告の抗告審判の請求を排斥したものであり、これは、新実用新案法第二条第一項、第三条第二項の規定を適用したものであり、旧法にかかる本件を新法の基準によつて出願登録を拒絶した違法をおかしているものである。そして、実用新案は、型の構成にかかるものであるから、この点において差異があれば別異の考案として登録されるべきであり、被告主張のように、合成樹脂の成型品の平板が座金、スペーサー、ガスキツト等に使用されること、壜の詰栓に用いうること、軸受けに使用することが、書籍またはカタログ等に記載されており、当業者がこれを抽象的概念的に認識しうる状態にあつたとしても、これがある特定の物品にある特定の構造として具体的に考案されたものである場合は、実用新案として登録されるべきである。本願実用新案は、引用例と同一の構造においてただ金属製メタル板を合成樹脂支片に置きかえただけのものではなく、前述のとおり、その構造を簡素化することにより、その製造工程を容易にし、したがつて、工賃が安く価格が低廉となり、また、その取扱いが容易便利である等の効果を有し、旧実用新案法第三条各号該当の事実がないのであるから、実用ある新規な型の工業的考案として登録されるべきである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告と負担とする。」との判決を求める。

二  原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実は、すべて認める。

同第四項の点については、そのうち、本願実用新案と引用例との間に原告主張のとおり(一)、(二)、(三)の差異があることは争わないが、その余の点は争う。

(イ)本願実用新案における合成樹脂、たとえばポリアミド合成樹脂の成型品の平板は、高硬度および弾性等の特徴を利用して機械部品、たとえば座金、スペーサー、ガスキツト(填隙料)等に使用されることが本願実用新案出願前周知の事実であり(乙第一号証の一ないし四)、しかも、合成樹脂の弾性を利用して、ゴム、コルク等のように狭い間隙にその合成樹脂片を圧入して固定し、必要に応じてこれを引き抜いて取り外し、そのものを交換できるようなもの、すなわち、取換え自在にしたものは、たとえば壜の詰栓等で普通に知られていることがらである(乙第二号証)。また、(ロ)合成樹脂が耐摩性が強く、しかも、これを機械の摩耗しやすい部分に使用してその耐久力を高めることおよび(ハ)合成樹脂の摩擦係数が小さいことを利用して、これを軸受けに使用することは、いずれも本願実用新案出願前周知である(乙第三号証の一ないし三)。

したがつて、原告が本願実用新案において主眼としたという請求原因第四項1の(イ)ないし(ハ)の合成樹脂の特性および合成樹脂を軸受けに使用することが右のとおりいずれも本願実用新案出願前周知の事実に属し技術者の常識であり、しかも、審決の引用例が本願実用新案出願前公知である以上、本願実用新案は、本件審決の理由と同一の理由で公知の事実から当業者が必要に応じ容易になしうる程度のものであり、旧実用新案法にいう考案を構成しない。

原告の本訴請求は、失当である。

第四証拠〈省略〉

理由

一  請求原因第一ないし第三項の事実は、すべて当事者間に争がない。

二(一)  本願実用新案の考案の要旨は、請求原因第二項に記載されたとおりであるところ、その作用効果は、「トツプローラーの軸受部はその運転中には軸受溝(2)(2)の前壁上部のみに接触し該部を局部的に摩滅するものであるから、本考案にあつては該部をポリスチロール等の硬質耐摩性合成樹脂よりなる平板状支片で形成すべく……構成したものである。……普通の耐摩メタルより耐摩性に富む合成樹脂製平板状支片(4)は弾性を有することとこれを左右軸受溝の前方側壁およびその中間における主体に穿設された凹溝内に嵌入することによつて押え金を用いないですこぶる簡単容易かつ確実に前記切溝に密嵌定着し、また、その取換えも自在にできるので、きわめて便利である。なお、平板状支片(4)の後面は軸受溝(2)(2)の前壁と同一面にあらしめたことによつて該軸受溝は各所とも同一幅であつてローラー軸が上下した場合にも支障を生じないものである。」といえることが、検甲第一号証、同第二号証の一、二および成立に争のない甲第一、二号証によつて認められる。

(二)  一方、本件審決の引用例の考案の要旨は、請求原因第三項の(二)に記載されたとおりであるところ、検甲第三号証および成立に争のない甲第三号証の二によれば、その性質および作用効果は、「本案は、キヤツプバーフインガーの軸受溝部に耐摩金属製メタルを着脱自在に装着した構造にかかり、……従来のものはトツプローラーaの軸心bを直接軸受溝(2)内に挿入したものであるが、本案においては、……溝(2)のローラーaの軸心bを受ける側に溝の軸線に平行にやや深い切欠(3)を切り込み、この切欠(3)に上下両縁に凹所(5)(5′)を設けたオイルレスメタルのごとき耐摩金属製メタル板(4)を挿入し下部凹所(5′)により溝(2)の隔壁を挾み、上部凹所(5)には押え金(6)の一端を差し込み、取着け孔(6′)からビスネジ(7)により頭部に固定したものである。従来のものは軸受溝(2)の軸心bを受ける側面に摩耗を生じ、かつ摩耗の程度も左右一様でないため、トツプローラーの回転に不同を生じ、ドラフトにむらができる原因となる。また、数年後には摩耗部を鎔接して修理するのが通例である。本案は、回転が軽快であるのみならず、摩耗の際は簡単にメタルを取りかえることができる。また、いつたん取りつけたメタルはその装着が確実でゆるむことがない。」ことおよびこれが本願実用新案の出願前である昭和二八年七月八日に出願され、昭和三〇年二月一日に公告されたことが認められる。

三  そこで、本願実用新案と引用例とを対比して考える。

1  両者は、請求原因第四項の1において原告の指摘する(一)ないし(三)の点、すなわち、(一)引用例の耐摩片(4)が耐摩金属製メタルからなるのに対し、これに相応する本願実用新案の耐摩片(4)は、硬質耐摩性合成樹脂からなり、引用例のものに比し、弾性と数倍の耐摩性をそなえていること、(二)引用例の右耐摩片がH状で切欠(3)に挿入され押え金(6)とビスネジ(7)とで主体(1)の頭部に固定されるのに対し、本願実用新案の耐摩片(4)は、平板状矩形でその弾性を利用して主体(1)の切溝(3)に圧入密嵌して固定されるので、引用例に比し、その構造が簡単であり、また、着脱が簡便で、その製造も容易であること、(三)引用例の切欠(3)はH状のメタル板(4)の下縁凹部(5)が切欠(3)の底部に凸状に嵌入しているのに対し、本願実用新案の耐摩片(4)は矩形の平板であるので、そのようにはならないことにおいて、たがいに相違していることは、当事者間に争がない。

2  さらに、引用例におけるH状耐摩金属製メタル板(4)、軸受溝(2)(2)、切欠(3)および押え金(6)の関係構造と本願実用新案における平板状支片(4)、軸受溝(2)(2)、切溝(3)の関係構造とを対比しその差異をみると、

(一)  引用例においては、軸受溝(2)(2)のローラーaの軸心bを受ける側に溝(2)の軸線に平行にやや深い切欠(3)を切り込み、この切欠(3)に上下に凹所(5)(5′)を設けたH状耐摩金属製メタル板(4)を挿入し、その下部凹所(5′)により軸受溝の隔壁を挾むものであるから、切欠(3)は、その前面が軸受溝の前壁と同一面にあるわけであり、H状金属製メタル板(4)は、その凹部(5′)が切欠(3)における軸受溝の隔壁部分にまたがり保持される。したがつて、軸受溝(2)(2)は、各所において同一幅を有せず、メタル板(4)の部分ではその厚さだけ狭められ段をなしている。そして、金属製メタル板(4)は、その下部凹所(5′)の両突出部をじゆうぶんに長くしない限り、主体(1)の軸線方向に対し左右に働く力に対しては、ほとんど右軸受溝の隔壁の厚さ部分によつて保持されるにとどまる。この場合、H状金属製メタル板(4)の上部凹所(5)に差し込まれる押え金(6)とビスネジ(7)とが右の保持力の不足を補う働きをする。

(二)  一方、本願実用新案においては、引用例と異なり、平板状支片(4)の後面が軸受溝(2)(2)の前壁と同一面にあるようにしてあるので、軸受溝は各所とも同一幅であつて、ローラー軸が上下した場合にも支障を生じないものであり、したがつてまた、平板状支片は、軸受溝の隔壁部分にまたがることなく、その高硬度および弾性等の特性を利用し切溝(3)に圧入密嵌され、主体(1)の軸線方向に対し左右に働く力に対しては、主体(1)の幅と同一の幅の切溝(3)の底面によつてじゆうぶんに保持され、固定される。本願実用新案において、引用例のような押え金(6)およびビスネジ(7)の要をみないことはこの構造に関連していると認めることができる。なお、これは、押え金(6)の上面を主体(1)の上面と一致させるために主体(1)を軸受溝の隔壁の上部において押え金(6)と同じ形状に削り切る工作上の煩をも避けさせる。

四  本願実用新案は、引用例に比し、構造および作用効果において、すでに右のとおりじゆうぶんな差異を有し、その差異は本願実用新案が引用例における耐摩金属製メタル板のかわりに耐摩性合成樹脂の支片を用いたというだけにとどまるものでないことは明らかであり、耐摩性合成樹脂の特性を精紡機におけるトツプローラー軸受けとして利用するために、なおその弾性をも利用して、引用例におけるような押え金およびビスネジの力をかりることなしに平板状支片を切溝に圧入密嵌するだけで足りるように構造および材料の取合わせを工夫し、特段の作用効果をあげるにいたつているものということができる。本件においては、特段の作用効果がありながらこのような構造のものを当業者において本願実用新案出願前に実施していたことを認めるに足りる証拠がなく、かえつて、証人新木雅信の証言とこれにより真正な成立の認められる甲第七ないし第九号証によれば、東洋紡績株式会社、富士紡績株式会社、鐘渕紡績株式会社などの業者においても本願実用新案にかかる装置を賞揚していることさえうかがえるので、本願実用新案が当業者において考案力を要せず容易になしうる程度のものとはにわかに断じ難いというのほかはない。

被告は、合成樹脂の成型品の平板がその高硬度および弾性等の特性から座金、スペーサー、ガスキツト等の機械部品等に使用されること、合成樹脂片が狭い間隙に圧入固定され必要に応じ取換え自在とされるものたとえば壜の栓等として用いられること、また、合成樹脂の耐摩性を機械の部分に使用してその耐久力を高めること、合成樹脂の摩擦係数が小さいことを利用してこれを軸受けに使用することが、いずれも、本願実用新案出願前周知の事実に属し、これと公知に属する引用例とによれば、本願実用新案は公知の事実から当業者が必要に応じ容易になしうる程度のものであり、考案を構成しないと主張するけれども、本願実用新案につき考案の因つて生じた各部の構造が公知公用に属するものとしても、これらを綜合応用して新たに工業上実用ある型を案出したものであることは前段の判断に徴し明らかであるので、被告の右主張は、これを採りえないものといわなければならない。

五  右のとおりである以上、本願実用新案は、その余の判断をまつまでもなく、旧実用新案法第一条にいう実用ある新規の型の工業的考案を構成するものと認めるのが相当であり、これを、引用例および耐摩性合成樹脂が耐摩性物質として一般機械の軸受部分に使用されているとの公知事実から、当業者の容易になしうる程度のもので考案を構成するものとは認められず旧実用新案法第一条の登録要件を具備しないものとした本件審決は、審理不尽、理由不備の違法あるものといわなければならないから、その取消を求める原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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