大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)132号 判決

原告

理化学研究所

代理人弁護士

中松潤之助

中村稔

同弁理士

伊藤堅太郎

井上一男

被告

株式会社三葉製作所

代理人弁護士

宍道進

同弁理士

長谷部福次

主文

特許庁が、昭和四〇年一〇月一八日、同庁昭和三六年審判第一四五号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

(争いのない事実)

一〈略〉

(審決取消事由の有無)

二本件審決が、本件特許は、明細書に、その指摘する五点につき実施に必要な事項を記載せず、その実施を不能または困難ならしめたものに該当し、あるいは、発明として未完成であるとしたことは、つぎのとおり判断を誤つたものといわざるをえない。

(一)  発明の実施に必要な事項を記載しないという点について

(1)  本件審決は、まず、本件明細書にはその装置の実施態様を示す図面がない点を指摘するが、図面は当該発明の説明に便ならしめるにすぎないものと解されるから、当該発明が明細書の記載から明らかな場合には、必ずしもその添附を要するものではない。

(2)  本件審決は、つぎに、明細書中に試運転装置の具体的構成の記載がない点を指摘するが、本件特許の場合「10-3秒程度の瞬時時間内に急峻な大電流波を通ずる」ようにする装置そのものが、明細書中の記載および出願当時の公知技術から容易に実施しうるものである限り、該装置の具体的構成全般にわたり必ずしも明確に記載することを要するものではない。

(3)  本件審決は、また、本件特許における最大電流値について明細書に記載がない点を指摘するが、この点についても、明細書中の記載および出願当時の公知技術を参酌して本件特許にかかる点熔接機の製作が容易にできるものであるかぎり、その記載を必ずしも必要とするものではない。

(4)  本件審決の指摘する軽合金使用の態様について、本件特許公報によれば、明細書中に軽合金使用の意義、目的および熔接強度に関する実験結果の記載のあることが認められ、この点について、本件特許の実施を困難ならしめるような記載上の不備があることを認めるに足る資料はない。

(5)  実施例、回路結線図等の提出について、単に無効審判手続において原告が被告の要請に応じなかつたからといつて、そのために明細書における発明の実施に必要な事項の記載が不備となるわけではないこと原告のいうとおりであるから、この点について審決の指摘するところも、本件特許の実施を不能または困難にしたことの根拠となるものではない。

(6)  そこで、本件特許発明の実施、すなわち前記当事者間に争いのない本件特許発明の要旨を具備する静電蓄勢式アルミニウム点熔接機の製作が、本件特許明細書の記載事項により―本件出願当時の公知技術を参酌して―容易にできるものであるかどうかを検討すると、〈書証〉証人Mの供述、鑑定人Sの鑑定の結果および鑑定証人Sの供述を総合すれば、

静電蓄勢式点熔接機においては、主熔接回路の定数とくにその誘導係数が熔接電流の電流値波形とに影響し、また、この電流値と波形とは、熔接変圧器ならびに一次側に接続される蓄電器の選択におおいに依存するのであつて、この種の熔接機を製作するためには、主熔接回路が与えられたうえで、これに適する変圧器、蓄電器など熔接装置各部の定数が決定されなければならないこと。

そして、本件特許明細書においては、設計上必要な事項としては、一ミリ厚程度のアルミニウム板の熔接に使用した電解蓄電器のデータは示されているが、熔接変圧器の設計については触れるところがなく、また、二次回路については、単に電極附近から鉄のごとき磁性材料を遠ざけるという従来公知のことを述べているにすぎないこと。これだけのデータでは、10-3秒程度で一ミリ厚アルミニウム板の熔接を可能とする最大電流を通じうる静電蓄勢式熔接機の設計製作を行なうことは困難であること。

しかしながら、一ミリ厚アルミニウム板の点熔接に必要な最大電流の値いについては、本件特許出願当時の公知の資料、たとえば一九四六年一月発行(昭和二七年七月大阪大学附属図書館受入)の「ザ・ウエルデイング・ジャーナル」を参照すれば、それを予測することが可能であり、また熔接回路の誘導係数や変圧器の定数についても、公知の資料たとえば昭和一九年八月発行の「軽合金抵抗熔接装置解説」および同年五月発行の「航空機の抵抗熔接」なる文献に記載された数値および本件特許発明細書に示された電解蓄電器のデータならびに10-3秒なる時間の値いから、これを推算することが可能であつて、熔接機製造業者が一応これらのデータにもとづいて熔接装置の設計製作を行ない、試験結果の積み上げにより必要に応じて設計データを修正すれば、10-3秒で最大電流になるような実用的な点熔接機を製作することは不可能ではなく、そこに多少の困難があるとしても、それはこの種機械の設計製作にさいし通常予測される程度のものにすぎないこと。

を認めることができる。

そして、これらの事実によれば、本件特許出願当時において、通常の技術知識を有する熔接機製造業者が本件特許明細書の記載にもとづいて本件特許発明の実施をすることは、当時の公知技術をもあわせ参酌するかぎり、必ずしも困難ではなく、明細書記載の技術思想を具体化するための自明な技術手段に関する設計的努力を用いれば足るものというべきであり、帰するところ、本件特許は、本件審決のいうような、明細書に発明の実施に必要な事項を記載せずその実施を不能または困難ならしめたものということはできない。

(二)  発明として未完成であるという点について本件審決は、本件特許明細書は、10-3秒程度で最大電流に達せしめるうる可能性を説明したにすぎず、発明として未完成である、としているが、ある技術思想の創作が発明として完成したといいうるためには、発明の目的(解決課題)とこの目的を達成するための具体的技術手段を具備することを要し、また、それをもつて足るものと解すべきところ、本件特許発明が静電蓄勢式アルミニウム点熔接機を得るための具体的構成として、10-3秒程度の瞬時間内に急峻な大電流を有効に通じうるという技術手段を講ずるものであることは、前記当事者間に争いのない本件特許発明の要旨にてらし明らかであり、かつ、前掲甲第二号証によれば、本件明細書中には、試運転において容量五、〇〇〇、電圧五〇〇V程度の電解蓄電器を用い10-3秒程度で最大電流に達せしめ、厚さ一ミリ程度のアルミニウム板を完全に熔接できた旨の記載があることが認められ、この記載にもとづき、公知の技術を参酌して、右のような技術手段を実現し、もつて本件特許の実施をすることが困難ではないこと前記のとおりであつてみれば、本件審決が、これを単なる可能性を示すにすぎないと断じたことは、理由のないことといわざるをえない。

(むすび)

三以上のとおり、本件特許に審決指摘の無効事由があるということはできないから、本件審決は違法であつて、その取消しを求める原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 杉山克彦 武居二郎)

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