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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1261号 判決

昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人 土谷四郎訴訟承継人 土谷セツ

〈ほか五名〉

昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人 土谷セツ

昭和四二年(ネ)第一、二六一号事件控訴人 安井英蔵

右控訴人七名訴訟代理人弁護士 野島武吉

野島良男

山口治夫

昭和四一年(ネ)第二、八三九号、昭和四二年(ネ)第一、二六一号両事件被控訴人 綱島正二

右訴訟代理人弁護士 松永繁雄

永松義幹

主文

(1)事件原判決中昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人ら関係部分及び(2)事件原判決を取り消す。

被控訴人の昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人ら及び昭和四二年(ネ)第一、二六一号事件控訴人に対する本件請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人七名(以下、控訴人らという)代理人は、主文第一ないし三項と同旨の判決を求め、被控訴人代理人は、「本件控訴をいずれも棄却する(但し、当審における請求の趣旨の訂正により、(一)(1)事件原判決主文冒頭及び第一、二項は、「昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件被控訴人に対し、1 昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人土谷四郎訴訟承継人土谷セツ、同安井桂子、同中澤昭子、同土谷佐武郎、同木舟美津子、同土谷智恵子は、東京都大田区仲六郷一丁目一三番地の三、四にまたがる宅地二三七・五五平方メートル(七一・八六坪)―別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ワ、イの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分―をその地上に存する別紙目録(六)記載の建物を収去して明け渡し、かつ昭和三八年一〇月八日から右明け渡しずみに去るまで一か月一、〇五一円の割合による金員を支払え。2 昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件控訴人土谷セツは、1項の土地上にある別紙目録(一)記載の建物を収去しその敷地一〇七・九〇平方メートル(三二・六四坪)―別紙図面イ、ロ、オ、ワ、イの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分―を明け渡し、かつ1項の土地上にある別紙目録(二)記載の建物を収去し、その敷地二六・八四平方メートル(八・一二坪)―別紙面図ホ、ヘ、ト、カ、ホの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分―を明け渡せ。」と改められ、(二)(2)事件原判決主文第一項は、「昭和四二年(ネ)第一、二六一号事件控訴人安井英蔵は、同事件被控訴人に対し(一)1項の土地上にある別紙目録(五)記載の建物を収去し、その敷地五八・四七平方メートル(一七・六九坪)―別紙図面ロ、ハ、ル、オ、ロの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分―を明け渡せ。」と改められている。)。昭和四一年(ネ)第二、八三九号事件の控訴費用は同事件の控訴人らの負担とし、昭和四二年(ネ)第一、二六一号事件の控訴費用は、同事件の控訴人の各負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用及び認否は、次に附加し、改め、補うほか、(1)及び(2)事件各原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、(1)事件原判決五枚目―記録二四丁―裏一一行目及び(2)事件原判決四枚目―記録四〇丁―裏一行目「提出し、」の後に「乙第三号証は原告の作成したものであると附陳し、」を加え、(2)事件原判決二枚目―記録三八丁―裏二行目の「未尾」とあるのを「末尾」と改める。)。

一  被控訴人代理人は、次のように述べた。

1  被控訴人の父綱島忠右衛門は、その所有の東京都大田区仲六郷一丁目一三番地の三、四に跨る宅地一二三坪三合六勺を昭和二〇年九月頃土谷四郎に対し普通建物所有の目的で期間の定めなく賃貸したが、昭和三〇年五月二九日死亡したので、相続により被控訴人は、右賃貸借における賃貸人の地位を承継した。なおその後右賃貸土地のうち被控訴人が転借人の中村孝太郎(以下、「中村」という)及び飯塚一郎(以下、「飯塚」という)に各転借による占有部分をそれぞれ直接賃貸することとした結果土谷四郎に対する賃貸部分は残余の七一坪八合六勺(控訴の趣旨括弧内(一)1項記載の土地)となったものである。

2  後記二2の控訴人ら主張事実を認める。

3  控訴人安井英蔵を除くその余の控訴人六名は、別紙目録(六)の建物を所有して、控訴の趣旨括弧内(一)1項記載の土地を占有し、控訴人土谷セツは別紙目録(一)、(二)記載の建物を所有してそれぞれその敷地部分である控訴の趣旨括弧内(一)2項記載の各土地を占有し、控訴人安井英蔵は別紙目録(五)記載の建物を所有してその敷地部分である控訴の趣旨括弧内(二)記載の土地を占有している。

4  後記二5の控訴人らの課税台帳上の名義訂正の主張事実は認める。

5  後記二6の控訴人らの自白の撤回には同意しない。

6  控訴の趣旨括弧内(一)1項の土地の地代相当額は一か月一、〇五一円である。

7  土谷四郎は、東京都大田区仲六郷一丁目一三番の三、四に跨る宅地一二三坪三合六勺の一部二四坪五合を中村に、他の一部二七坪を飯塚に、いずれも建物所有の目的で転貸しこれを使用させた。従来主張にかかる被控訴人が土谷四郎との間の賃貸借契約解除は、土谷四郎の土谷セツ、安井英蔵に対する転貸のみではなく中村、飯塚に対する右転貸をもその理由とするものである。

8  後記二10の控訴人ら主張事実は否認する。もっとも、被控訴人は中村、飯塚との間で昭和三八年五月二日和解契約を締結し、右両名がそれぞれ使用する範囲の土地につき昭和三六年六月二五日に遡って直接賃貸借を結んだことはあるけれども、このように賃貸人、転借人間に和解契約が締結されたことによって、契約違反者である賃借人(転貸人)土谷四郎に対する契約解除が有効であることはいささかも影響を及ぼさない。なお、被控訴人が土谷四郎の控訴人土谷セツ及び同安井英蔵に対する転貸を承諾しないのは、本件土地を自己使用する必要があるからである。

9  後記二47911の各控訴人ら主張事実は争う。

土谷四郎は、転貸に際して転借人から多額の権利金を徴し、中村と飯塚に地主であると僣称してそのように誤信させ、現状変更禁止の仮処分執行後、被控訴人の警告にもかかわらず違反行為を停止しない等重ね重ね賃貸人との間の信頼関係を破壊する行為があったから、民法六一二条二項による解除は有効である。

二  控訴人ら代理人は、次のように述べた。

1  前記一1の被控訴人主張事実を認める。

2  土谷四郎は、昭和四〇年九月二六日死亡し、その妻控訴人土谷セツ、同長女安井桂子、同二女中澤昭子、同長男土谷佐武郎、同三女木舟美津子、同四女土谷智恵子が相続人としてその権利義務を承継した。

3  前記一3の被控訴人主張事実のうち控訴人安井英蔵を除くその余の控訴人らが別紙目録(六)記載の建物を所有し、被控訴人主張の土地を占有していることを認める。別紙目録(一)、(二)、(五)記載の各建物の所有関係は否認する。右は、いずれも土谷四郎の所有であり、従って現在は(六)の建物同様控訴人安井英蔵を除くその余の控訴人らの所有である。控訴人安井英蔵は別紙目録(五)記載の建物に居住することによって、その敷地部分である被控訴人主張の土地を占有しているに過ぎない。

4  仮に別紙目録(一)、(二)記載の各建物が当初から控訴人土谷セツの所有であったと認められるとしても、右建物は夫婦が共同生活を営む必要上使用しているものであるところ、このような建物の敷地を賃借することは、民法七六一条にいう「日常の家事に関する法律行為」に含まれ、夫婦の一方の賃借により、他方も賃借権を取得するとも見られるのであるから、控訴人土谷セツは本来自己の賃借権に基づいて右土地を占有しているのであり、賃借地を第三者に使用させたことには該当しない。そうでないとしても、控訴人土谷セツは土谷家の主婦として地代の支払いも滞りなく行い、賃貸人である被控訴人側でも前記各建物が土谷四郎名義であろうと土谷セツ名義であろうと構わなかったのであるから、土谷セツに転貸したと認められたとしても、それをもって解除権を発生させる程度の背信行為ありとはいえない。

5  別紙目録(五)記載の建物については課税台帳上当初は控訴人安井英蔵の所有とされていたが、昭和三八年二月二日土谷四郎所有名義に訂正されている。

6  控訴人らは、当審においても当初控訴人安井英蔵が土谷四郎から後に別紙目録(五)記載の建物の敷地となった土地を転借したとの被控訴人主張事実を認めたが、それは真実に反し、かつ錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、被控訴人主張事実を否認する。

7  仮に、別紙目録(五)記載の建物が控訴人安井英蔵の所有建物であり、その敷地が同人に転貸されたものであると認められるとしても、被控訴人が右転貸を事由として賃貸借契約を解除することは、次の理由によってできない。

イ  土谷四郎は昭和二八年三月長女の控訴人安井桂子が控訴人安井英蔵と事実上の婚姻をした際本件借地の一部に右両名の居住のための建物を建築したのであるが、その頃忠右衛門に二、〇〇〇円を支払い、右建物の敷地転貸につき忠右衛門の承諾を得た。また、被控訴人側は、昭和二九年一一月右建物の所有名義が控訴人安井英蔵になっていることを確知しながら以後昭和三六年七月分までの地代を土谷四郎から異議なく受領し、その間数回にわたり地代の値上げをしてきたから、黙示のうちに転貸を承諾したものである。

ロ  控訴人安井英蔵が賃借人土谷四郎から転借した部分は賃借地一二三・三六坪のうちの約一〇坪であって四郎の全借地の一割にも満たず、当時空地となって、利用されていなかった部分であり、同部分に建築された前記建物は簡易なバラック建でこの建築により地主に損害を加えるようなことはないから、同部分の転貸は未だ賃貸借における信頼関係を破壊するほどの背信行為ではなく、そうでないとしても、イのように転貸を知りつつ異議なく昭和三六年七月分までの地代を受領したことによって背信行為を理由とする解除権は信義則上消滅している。

8  前記一6の被控訴人主張事実を認める。

9  前記一7の土谷四郎が賃借土地の一部を飯塚および中村にそれぞれ転貸して使用させたことは認める。しかし同人は昭和二四年九月飯塚に対する転貸当時被控訴人の先代綱島忠右衛門に清酒二升及び菓子折を届けてその承諾を得たのであって、飯塚は、昭和二九年四月右地上建物の保存登記をする際、右忠右衛門から借地証明をもらっている。また、土谷四郎は、昭和二五年五月中村に対する転貸の際にも忠右衛門に清酒二升を届けてその承諾を受け、中村は昭和二六年五月右地上の建物保存登記をする際忠右衛門から借地証明をもらっている。さらに、被控訴人は、忠右衛門の代理人として昭和二九年一一月には借地上に飯塚、中村所有の各建物が存在することを認識し、両名を借地人として立会わせて地境を確定し、両名から昭和三六年六月分までの地代を異議を述べずに受領している。そして同年同月二五日最終的に右両名に対する転貸を認め、直接の賃貸借に改めた。以上の事実によれば、忠右衛門は、転貸につき明示または黙示の承諾を与えたものというべきである。

10  仮に、土谷四郎の飯塚、中村に対する土地の転貸につき忠右衛門の承諾があったことが認められないとしても、右土谷の行為は賃貸借契約における信頼関係を破壊するものではない。なぜなら、飯塚、中村は、昭和二九年以来前記のように被控訴人側から土地の賃借人として遇せられて昭和三六年六月に至り、この間に両名とも土谷から地主が他にいることは聞かされており、その後右両名は、前述のとおり直接被控訴人と賃貸借契約を締結するに至ったが、それは本訴提起前であって当時すでに転貸問題は不問に付されていたからである。いずれにしても、被控訴人は、民法六一二条二項により転貸を事由とする解除権を有しない。

11  また被控訴人は、控訴人側に対し本件訴訟になるまでは飯塚、中村のことを全く問題とせずに推移し、飯塚、中村とは昭和三八年一月には、名義書換料の名目で坪当り三、〇〇〇円の金員の支払を受けて示談が成立しているのに、本件訴訟になって土谷四郎の飯塚(当初は飯塚一郎の子飯塚武久)、中村に対する転貸を解除原因の一つとして主張し、飯塚武久及び中村両名をも被告に加えて両名所有の建物の収去及びその敷地の明渡を請求した。もっとも右両名に対する訴は原審第一回口頭弁論日前に取り下げられてはいるが、このように解決ずみの問題を持ち出して解除権を行使するのは信義則違反、権利濫用であるから、本件解除の意思表示は無効である。

三  証拠≪省略≫

理由

一  被控訴人の父綱島忠右衛門(以下、忠右衛門という)は、昭和二〇年九月ころその所有の東京都大田区仲六郷一丁目一三番地の三、四に跨る宅地一二三坪三合六勺を土谷四郎に対し普通建物所有の目的で期間の定めなく賃貸したが、昭和三〇年五月二九日死亡し、相続人たる被控訴人が右土地の賃貸人たる地位を承継したこと、その後被控訴人が右賃貸土地のうちの一部宛を土谷四郎から転借した中村孝太郎(以下、「中村」という)及び飯塚一郎(以下「飯塚」という)にそれぞれ直接賃貸することとした結果土谷四郎への賃貸部分は二三七・五五平方メートル(七一・八六坪)―別紙面面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、ル、オ、ワ、イの各点を順次結んだ直線によって囲まれた部分―となったこと、土谷四郎は、昭和四〇年九月二六日死亡し、同人の妻控訴人土谷セツ、同(長女)安井桂子、同(二女)中澤昭子、同(長男)土谷佐武郎、同(三女)木舟美津子、同(四女)土谷智恵子が相続人として四郎の有した賃借人としての権利義務を承継したことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、控訴人安井英蔵を除く控訴人六名は、別紙目録(六)記載の建物を所有して前記二三七・五五平方メートル(七一・八六坪)の土地を占有していることも当事者間に争いがない。そこで別紙目録(一)、(二)記載の建物の所有者が誰であるかについて、按ずるのに、≪証拠省略≫をあわせれば、別紙目録(一)、(二)記載の建物は、土谷四郎が自己の費用で建築したものではあるが、同人は高血圧症のため寝込むことが屡々あったので、当初からその妻である控訴人土谷セツの所有とする意思であり、同控訴人もこれを了承していたことが認められる。なお、≪証拠省略≫によれば、別紙目録(一)記載の建物は建築当初約一〇坪であったものを昭和三四、五年頃控訴人土谷佐武郎が父土谷四郎に協力して増築したことが認められるが、右供述によれば、控訴人佐武郎も増築後四郎の年令等を考慮し、別紙目録(一)記載の建物の所有名義を母である控訴人セツ名義にして登記手続をしたことが窺われ、いずれにせよ別紙目録(一)、(二)記載の建物の所有者はいずれも当初から控訴人土谷セツであると認めるのが相当である。

次に、別紙目録(五)記載の建物の所有権者について按ずるのに、≪証拠省略≫によれば、右建物は、課税台帳上昭和二九年一月新築とされ、その所有名義は当初は控訴人安井英蔵とされていたことが認められるところ、それが昭和三八年二月二日土谷四郎に改められたことは当事者間に争いがない。ところで≪証拠省略≫によれば、土谷四郎の長女である控訴人安井桂子(当時は土谷桂子)は、昭和二七年春ころ控訴人安井英蔵と結婚する話がまとまり、控訴人英蔵は、結婚後の住居にあてるため、かねて当時勤務していた東京計器製造所に社宅入居の手続を採っていたが、入居予定の社宅の居住者が予定どおり明け渡そうとせず、他方英蔵は、昭和二八年一月には既に三五才で、適当な住家がないからといって結婚を延ばすわけにも行かない事情にあったところから、四郎は、同年一月英蔵のため別紙目録(五)記載の建物の建築を始め、同年三月これを完成させ、英蔵は、同年四月一〇日桂子と事実上婚姻して、右建物に入居したこと、そして、右建物の課税台帳上の所有名義人は調査に来た係員に対する控訴人桂子の申告により控訴人英蔵とされるに至り、同控訴人および土谷四郎はそのことを知りつつもあえて異議を申出ることもなく、控訴人英蔵が右建物につき課せられた税を数年間支払っていたこと、また、前認定の別紙目録(五)記載の建物につき課税台帳上の所有名義を控訴人安井英蔵から土谷四郎に改めたのは≪証拠省略≫によれば、英蔵及び四郎両名の承認と願い出によって行われたものであるが、右は当事者間に争いのない被控訴人が土谷四郎に対し、昭和三八年一月二四日到達した書面をもって、四郎が前記七一・八六坪の宅地の一部を控訴人安井英蔵に無断転貸したという理由で賃貸借契約解除の意思表示をした直後であることが認められる。以上の事実関係のもとにおいては、別紙目録(五)記載の建物は、英蔵の所有であると認めるのが相当である。原審における控訴人安井桂子(一部)、当審における控訴人安井英蔵(一部)、同土谷佐武郎の各供述をもっても右認定を覆えすことはできず、他にこれを動かすだけの証拠はない。

ところで、被控訴人が、土谷四郎に対し昭和三六年七月中旬頃四郎が賃借土地の各一部を控訴人土谷セツ、同安井英蔵、訴外飯塚、同中村に無断で転貸したことを理由として、口頭で、賃貸借契約解除の意思表示をしたとのことは、≪証拠省略≫中右にそう部分は何れも当裁判所の心証を惹かず、ほかにこれを認めるだけの証拠はない。しかし、被控訴人が土谷四郎に対し、昭和三八年一月二四日到達の書面で、無断転貸を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、前記のとおりである。

進んで、土谷四郎に被控訴人のいわゆる無断転貸の事実があるか否か、あるとしても、それが被控訴人と四郎との間の本件賃貸借関係の信頼関係を全部または当該転貸部分につき破壊するほどの背信行為であるか否かを検討する。

まず、前叙事実関係のもとにおいては、別紙目録(一)及び(二)記載の各建物の敷地部分である前記一〇七・九〇平方メートル(三二・六四坪)及び前記二六・八四平方メートル(八・一二坪)を土谷四郎が控訴人土谷セツに転貸して使用させていると認めざるをえない。しかし、≪証拠省略≫によれば、控訴人土谷セツは、昭和二年ころから土谷四郎の妻として永年の間共同生活を営んで来たもので、前認定のような関係で賃借地上の建物を同控訴人の所有としたに過ぎず、被控訴人側でも右建物の所有者が土谷四郎ではなくて控訴人土谷セツであることにさして違和感を持たなかったことが窺われる(被控訴人のした書面による賃貸借解除の意思表示である甲第一号証の一にも土谷セツに対する転貸は解除の原因として掲げられていない)のであって賃借地に控訴人土谷セツ所有の建物を建築してその敷地を同控訴人に使用させることが被控訴人と四郎との間の本件賃貸借関係における信頼を裏切る背信行為であるとは到底認められない。

また控訴人らは、当審においても、当初控訴人安井英蔵が土谷四郎から後に別紙目録(五)記載の建物の敷地となった土地を転借したとの被控訴人主張事実を認めた。後に、右は真実に反しかつ錯誤に基づくものであるとしてその自白を撤回し、否認するに至ったが、右自白が真実に反することを認めるだけの証拠はなく、かえって前認定のように別紙目録(五)記載の建物が控訴人英蔵の所有であるとすれば土谷四郎は同控訴人にその敷地を転貸したと推認することができるから、前記自白の撤回は、無効であり、右の事実は、当事者間に争いがないといわなければならない。

そこで、右転貸借につき被控訴人側の承諾があったか否かはしばらくおき、前認定の事実関係、とくに未だ住宅不足の当時土谷四郎が同居していた長女の控訴人桂子とその夫となるべき控訴人英蔵のために建物を建築して新婚夫婦の住居に提供し、控訴人英蔵が右建物の所有者となった結果その敷地部分を転貸してその使用を許したことになったのではあるが、当時土谷四郎は、既に五十二才を超えてしかも必ずしも健康でなく四郎が死亡すれば、控訴人英蔵の妻である控訴人桂子は長女として四郎の賃借権を相続すべき地位にあったとの事実関係を考えるときは控訴人英蔵に対する前示転貸は必ずしも賃貸借契約における信頼関係を破るものではないというべく、これを賃貸借契約解除の事由とすることは許されない。

進んで、土谷四郎が飯塚、中村に本件賃借土地の各一部を転貸したことが解除の理由となるか否かについて判断する。≪証拠省略≫によれば、土谷四郎は、飯塚一郎に対し、前記賃借地一二三坪三合六勺のうちの三〇坪(その後測量の結果正確には二七坪)を普通建物所有の目的で、昭和二四年頃転貸したことが認められ、≪証拠省略≫によれば、土谷四郎は、中村孝太郎に対し、前記賃借地一二三坪三合六勺の他の二六坪(その後測量の結果、二四坪五合)を普通建物所有の目的で、昭和二六年五月三日転貸したことが認められる。しかし、≪証拠省略≫によれば、土谷セツは、夫四郎に代って、昭和二四年頃綱島忠右衛門方に清酒二升と菓子折とを持参して飯塚に対する前記転貸の了承を求め、昭和二六年頃綱島忠右衛門方に酒二升と菓子折とを持参して中村に対する前記転貸の了承を求めたところ、忠右衛門は右の手土産を受取って転貸の承諾を与えたこと、そして現に同人の借地証明を得て、昭和二六年五月二五日には中村のため、昭和二九年四月二〇日には飯塚のための各転借地上所有建物に関する所有権保存登記手続の経由されていることが認められるから、被控訴人は、四郎の飯塚、中村に対する転貸を賃貸借契約解除の理由とすることはできない。

以上の理由によって、被控訴人の土谷四郎に対する賃貸借契約解除の意思表示は無効であり、各控訴人は、四郎の相続人として賃借人としての地位を承継し、または四郎を介する転借人としての地位を有するものであるから、解除が有効であることを前提とする被控訴人の各控訴人に対する本件請求は、爾余の点について判断を加えるまでもなく、いずれも失当といわなければならない。

二  よって、以上と趣旨を異にする原判決は、いずれも不当であるから、民訴法三八六条によりこれを取り消し、各事件控訴人に対する本件請求をいずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 森綱郎)

〈以下省略〉

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