大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)206号 決定

抗告人 岡田喜惣治

相手方 田中元治

主文

原決定を取消す。

別紙物件目録〈省略〉(一)記載の土地につき、抗告人のため、昭和四〇年二月一七日付売買を原因とする所有権移転の仮登記を命ずる。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

東京法務局所属公証人茂見義勝作成の昭和四〇年第四四二号売買契約公正証書謄本及び東京法務局登記官鈴木重二作成の登記簿謄本によると、別紙物件目録(一)記載の土地は、相手方の所有であり、抗告人は、相手方から、昭和四〇年二月一七日右(一)の土地及び同目録(二)記載の建物を代金一六七〇万円で買受け、その支払方法につき、同年三月末日かぎり内金二五〇万円、同年四月末日かぎり内金八二〇万円を支払い、残金六〇〇万円は同年一一月から毎月二〇日かぎり一ケ月金二〇万円宛分割して支払うことと定め、所有権は、代金完済のとき抗告人に移転し速かにその登記を完了することと約したことが疎明されるので右(一)の土地につき、昭和四〇年二月一七日付売買を原因とする所有権移転の仮登記仮処分を求める抗告人の本件申請は、理由がある。

原審は、仮登記仮処分が仮登記権利者の一方的行為によつて仮登記義務者に諸種の不利益を与えるべき虞のあることを理由に、仮登記仮処分の要件として、不動産登記法第二条所定の事由のみならず、仮登記義務者に対し仮登記を受認すべきことを要求しうる関係にある事実をも疎明しなければならないと解し、後者の事実の疎明がないとの理由で本件申請を却下したが、同法第三三条第一項によれば、仮登記原因の疎明がある場合には仮登記仮処分命令を発すべきものとされ、仮登記原因とは同法第二条所定の事由を意味するものと解するほかはなく、他に仮登記義務者に対し仮登記を受認すべきことを要求しうる関係にある事実の疎明をも要求するのは、仮処分債務者の不利益救済の実効があるとはいえ、解釈論としては、いささか行過の感を免れず、従つて、以上の見解に基き本件申請を却下した原決定は、不当と認められる。

よつて、原決定を取消し、本件申請を認容すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 仁分百合人 石田実 小山俊彦)

別紙

抗告の趣旨

原決定を取消す。

別紙物件目録(一)記載の不動産につき、抗告人のため東京法務局に対して昭和四〇年二月一七日付売買を原因とする所有権移転の仮登記を命ずる。

抗告の理由

原決定は、不動産登記法第三三条(以下法三三条という)の解釈を誤つたものであり、取消されるべきである。

一 原決定は、その結論として、法三三条にいわゆる「仮登記仮処分を申請するには、仮登記権利者は、法二条所定の事由のみならず、仮登記義務者に対して仮登記を受忍すべきことを要求し得る関係にある事実をも主張し、かつ、これを疎明しなければならないと解すべきである」とし、「仮登記を受忍すべきことを要求し得る関係にある」とは「単に仮登記義務者が自発的に協力しさえすれば仮登記がなされ得る関係が存するだけでは足らず、仮登記義務者が物権変動の本登記手続をなすべき義務を有するのにこれを果さないとか、仮登記権利者に対して仮登記手続をすることを明示又は黙示に約諾している等、仮登記権利者の一方的行為による仮登記を受けてもやむを得ない法律上の地位にあること」と説明した上、本件においては未だ代金支払未完了であるから、相手方(被抗告人)に直ちに所有権移転の本登記手続をなす義務はなく、また相手方が代金完済前に所有権移転の仮登記ないしは所有権移転請求権保全の仮登記をなすことを約諾した事実を認めるに足りる疎明資料がなく、したがつて本件申請は、相手方が仮登記を受忍すべき関係にあることについての主張および疎明を欠くから、その要件を満たさないとして本件申請を却下した。

二 しかしながら法三三条は、同三二条の仮処分命令は「仮登記原因ノ疎明アリタル場合ニ於テ之ヲ発ス」とのみ規定しており、ここにいう仮登記原因とは、まさに、原決定もその前段においていう如く法二条の規定と対比してみれば、同条所定の仮登記事由の存在、すなわち(イ)仮登記権利者が本登記をなし得る実体上の権利関係をすでに取得しているにもかかわらず、本登記の申請に必要な手続上の条件が具備していないとき、(ロ)未だ物権を取得しないが、物権変動を目的とする請求権を有する場合に、その請求権を保全しようとするとき、(ハ)右の請求権が始期付または停止条件付であり、その他将来において確定するものであるとき、および(ニ)物権の変動そのものが始期付または停止条件付その他将来において確定すべきものであるときのいずれかに該当する事実をいうことは明文上明らかである。したがつて、この点の疎明があるときは(仮登記義務者が仮登記の申請を承諾しない事実の存在の主張、疎明も必要であることは勿論である)裁判所は仮登記を命ずる仮処分を発しなければならない趣旨であると解すべきである。このような、法二条にいう仮登記原因の事由に、更に加えて、原決定のいうように仮登記義務者に対して仮登記を受忍すべきことを要求し得る関係にある事実をも主張し、かつ、これを疎明しなければならないと解する法文上の根拠は全くない。

三 原決定は、仮登記により登記名義人は自己の権利の処分に事実上大きな制約を受け、しかも仮登記がいつたんなされると、仮登記権利者の協力なき限りこれを抹消するためには訴提起の方法によるしかないから、仮登記がいわれなきものである場合には、登記名義人としてはきわめて大きな不利益を受けるというけれども、これは仮登記の濫用を懸念するあまり、かえつて仮登記乃至は仮登記仮処分制度本来の意義目的更には仮登記権利者の保護を看過したものであるといつても過言ではない。

そもそも仮登記それ自体が本登記をなすに一定の要件を具備しないがために本登記がなし得ず、その遅延によつて生ずべき不利益を救済するため、一定の要件のもとに(法二条)本登記をすることのできない者に対し簡易なる手続によつて仮登記を許し、順位保全の効力を与えてこれを保護せんとすると同時に、不動産の権利変動を公示し、取引の安全を図らんとする不動産登記法の精神からして、右の如き権利関係をも可及的に明らかにして第三者の取引に対する警告的意義をも併せ有せしめんとするものである以上、仮登記により登記名義人が法律上又は事実上或る程度の制約を受けることはむしろ当然のことといわなければならない。したがつて仮登記仮処分も、法二条の仮登記原因がある場合、仮登記義務者の承諾が得られない場合に仮登記権利者にともかく、一応その権利を簡易に保全せしめようとするのがその立法趣旨である以上、仮登記権利者の一方的行為により、しかも無担保で簡易迅速になされ得るところにむしろその存在理由があるのである。

これを原決定のいうように極めて厳格な立場をとるならば、事実上仮登記仮処分は、原決定もいうように売買の場合においては売買代金全額を支払済であるか、又は予じめ仮登記をなす旨の約定がなされていなければ、許されないことになり法が仮登記仮処分を特に立法した意義目的が殆んど没却されることになるであろう。

四 仮登記自体について、実体法たる民法上には何等の規定もなく、単に不動産登記法に僅か数条の規定があるのみであるから、その解釈上、運用上多くの問題があり、かつ、仮登記仮処分も濫用される危険も存することも又事実であるが、しかし又他方において、仮登記制度が不動産取引上重要な役割を果し、仮登記仮処分が正当な仮登記権利者の保護に貢献していることも事実である。原決定が仮登記乃至は仮登記仮処分の制度上の不備又濫用を憂うるのであれば、それは立法により解決されるべき問題であり、これを現行法の法解釈によつて達しようとするのは、あまりにもその結論を急ぐに急であるとのそしりを免れない。

以上要するに原決定は法三三条の解釈適用を誤つたもので取消されるべきものと思料する。

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