大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)46号 判決

原告

(スイス国)

シユルップ・エ・コンパニー・ソシエテ・アノニム

代理人

入山実

水谷昭

同弁理士

本間良之

石山博

右復代理人

丁野清春

被告特許庁長官

井上武久

指定代理人

渡辺清秀

外一名

主文

特許庁が、昭和四一年九月三〇日、同庁昭和三九年審判第四六九六号事件についてした審決は、取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

(争いのない事実)

一〈略〉

(本件審決の違法性の有無について)

二本件審決は、その指摘する周知技術から当業者が本願発明を容易に想到しうるものと誤認した点において、違法といわなければならない。すなわち、前記当事者間に争いのない事実、〈書証〉、証人Hの証言および原告代表者Rの供述、本願発明の実施品であることについて争いのない検甲第一号証ならびに弁論の全趣旨によれば、つぎの事実が認められる。すなわち、

携帯用時計の側の材料としては、従来、その耐蝕性、装飾的効果および加工容易性等の条件を考慮して、金、銀、プラチナおよびクローム等でメッキした黄銅(真鍮)等が用いられて来たが、これらは、いずれも硬度が低く、擦過されることによつて容易に傷がつき、光沢を失うという欠点があつたところ、近来、硬度の高いステンレススチールが、右諸条件を具え、かつ、右の欠点をも解消すべきものとして使用されるようになつたが、しかし、ステンレススチールも、その硬度は十分とはいえず、携帯中に傷が生ずることが少なくないことが明らかとなつたので、このような傷の生じない(すなわちスクラッチ・プルーフの)時計側を製造することは、時計側製造に関する当業者間において、解決されなければならない課題として周知のものであつたこと、一方、タングステン炭化物等の金属炭化物は、原告主張のいわゆる粉末冶金法で製造されることにより、高い常温硬さ、高い高温硬さ、高温における安定性耐摩耗性、高い弾性係数、高い抗圧力および耐蝕性等を有するものとして、早くから知られ、もつぱら、切削工具、耐摩耐蝕工具、鉱山工具および耐摩耐熱等の性質を要する部品に使用されて来たが、本件特許出願の前には、金属炭化物を時計側として使用した事例のなかつたことはもちろん、これを何らかの装飾的用途に使用した事例もまつたくなかつたこと、そして、金属炭化物の従来の用途が前記のとおりで、時計側のような装飾的効果を要するものに使われた事例がなかつたことに加え、前記粉末冶金法によつて時計側のような高い精度を要する複雑な形状を有するものを製造することは困難であり、また、同方法による成型物をさらに加工して精度の高い製品に仕上げることも、その硬度および脆弱性のため困難であると予想されていたこと等により、前記当業者の間では、前記のような課題があつたにもかかわらず、金属炭化物を携帯用時計の側の材料とすることは、まつたく考えられていなかつたことと、本願発明は、時計側製造業界における前記課題の解決のため、前記のように加工上の困難があると予想されていた金属炭化物をあえてとり上げ、時計側の目に見える部分のうち少なくともいくつかを、いわゆる粉末冶金法によつて成型加工した硬度の高い金属炭化物によつて構成することとしたものであるが、これにより、前記予想に反し、公知の粉末冶金法による金属炭化物の成型品を使用して、必要な精度を有する携帯用時計の側を得ることが可能である(実施方法として、時計側のうちのとくに精度を要する部分を旋削可能なステンレススチールで製造し、これと粉末冶金法によつて成型した金属炭化物を接着する等の手段をとることにより、さらに、より複雑な形状の時計側についても、その精度を保つことが可能である。)ことが判明し、従来の金属製時計側に見られない一種独特の深味のある色調を有し、ダイヤモンド(まれにカーボランダム)以外のものによつて傷つけられることがないため長期にわたつてその光沢が消えることがないという、従来品に比し著しい作用効果を有する時計側を得ることができたものであること、

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(被告は、〈書証〉について、これらは、原告と特定の関係のあるメーカー等による回答と思われ、その内容も本願発明の特許性を証明するものではない旨主張するが、右各証拠および前記甲第七号証ならびに原告代表者本人の供述をあわせ考えれば、原告と各回答者との間には、その回答の証明力に疑いを入れるに足るような特別の関係はないものとみるのが相当であり、また、回答の内容についても、原告の注文書に指示された条件がとくに苛酷であつたために、回答者が困難または不可能と考えたとみることはできず、回答全体を通じ、金属炭化物による時計側の製造を示唆されてもなお、各回答者が、それを困難ないしは不可能と考えていた事実を認めるに十分であるから、被告の右主張は失当である。)

そして、右認定の事実によれば、本件特許出願の当時においては、いわゆるスクラッチプルーフの時計側に関する業界の課題ならびに金属炭化物の存在およびその製品の製造法は周知であつたにもかかわらず、携帯用時計の側の材料として金属炭化物を用いることは、当業者が容易に想到しうる程度のものであつたとみることはできないから、本件審決は、この点において、事実の認定を誤つたものといわなければならない。

なお、被告は、タングステン炭化物が相当の硬度を有しており、その研磨面が美麗な金属光沢を具えていることは周知であるから、本願発明の耐久性、外観等の作用効果は、材料であるタングステン炭化物等自体の属性によるもので、当然予測される程度のものである旨主張するが、硬度および外観の点が周知であつても、そのため金属炭化物を時計側の材料として使用することが容易に想到されうるものとはいいえないこと、前説示のとおりであるから、被告の右主張は採用できない。

(むすび)

三以上のとおりであるから、その主張の点に違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その理由があるものといわなければならない。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅正雄 楠賢二 武居二郎)

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