大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2281号 判決

控訴人 中市弘

右訴訟代理人弁護士 青木達典

同 有竹光俊

被控訴人 中島信幸

右訴訟代理人弁護士 菊地政

同 増沢照久

主文

原判決中第一項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金九五万円及びこれに対する昭和四三年一〇月七日から支払ずみまで、年五分の金員を支払うべし。

被控訴人のその余の請求及び当審における予備的請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し原判決八枚目表九行目から裏一行目まで、同五行目「被告は」から同七行目まで及び同九枚目表六行目から八行目までを削除する)。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、仮りに株式会社甲鳥書林新社が登記簿上登記されている会社であるとしても、右会社の登記簿上の本店所在地は京都市左京区浄土寺馬場町一六番地であり、一方右各手形の振出人である株式会社甲鳥書林新社の肩書地は東京都千代田区飯田町一の一八となっていて、距離的に離れすぎているので、右両会社は同一性がない。仮に同一性があるとしても、商法第一二条の規定によって、本店の移転または支店の設置は登記しない限り善意の第三者である被控訴人にはこれを対抗できないから、控訴人は被控訴人に対する関係においては、会社が実在しない場合と同様の責任を負わなければならない。

二、予備的請求原因として

仮に控訴人に手形法第八条の類推適用による責任がないとしても、被控訴人は原判決事実摘示らん請求原因第一項記載の各手形の振出人である株式会社甲鳥書林新社の肩書地東京都千代田区飯田町一の一八に本店があるものと信じ、右会社に対して右各手形金請求訴訟を提起すべく、所轄東京法務局日本橋出張所において右会社の登記簿抄本の交付を申請したところ、右会社は見あたらないとのことで抄本の交付を受けることができなかったため、被控訴人は右会社に対する訴訟を提起できず、その結果被控訴人は右各手形債権合計金一五〇万円は、昭和四三年一〇月三〇日までに全部時効によって消滅し、同額の損害をこうむったが、右は控訴人が右各手形の振出に際し右会社の肩書地を故意にいつわり記載したからにほかならない。すなわち控訴人が右のように虚偽の記載をしたのは、控訴人は手形債権は短期間内に時効消滅するので、その権利保全や権利行使は限られた短期間内にすべきこと及び手形金の請求訴訟を提起するには会社の登記簿抄本を要するものであることを知っているから、手形上の権利者に権利行使をする機会を失わしめて手形上の権利を時効により消滅せしめ、その義務を免れる目的によるものである。よって被控訴人は控訴人に対し右不法行為による損害賠償金一五〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和四三年一〇月七日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

控訴代理人は次のように述べた。

一、手形振出人である株式会社甲鳥書林新社は登記簿上登記されている実在の会社であって、その本店所在地は京都市左京区浄土寺馬場町一六番地であり、営業所が東京都千代田区飯田町一の一八にあったものである。手形の振出地は本店所在地に限られるものでないので、右会社はその振出にかかる被控訴人主張の三通の手形の振出地を右営業所々在地としたまでである。控訴人は右会社の代表取締役として手形を振出したのであるから、控訴人個人が支払の責任を負うべきものではない。

二、株式会社PPRの手形は以前から融通手形として株式会社甲鳥書林振出の手形と交換して来たのであって、被控訴人主張の株式会社PPR振出の三通の手形も株式会社甲鳥書林の同額の手形三通と交換して受取ったものであり、また控訴人は株式会社PPRとの取引として右手形を交換して来たものであるから、その資金関係が実質的にだれが負担しているものであるかは、控訴人の関知するところではない。従って控訴人には被控訴人の主張するような不法行為責任はない。

三、被控訴人の予備的請求原因事実は争う。

証拠≪省略≫

理由

一、原判決事実摘示らん請求原因第一項につき

控訴人が昭和四〇年八月三一日株式会社甲鳥書林新社代表取締役として、被控訴人に対し被控訴人主張のとおりの約束手形三通を振出したことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は右各手形の振出人たる株式会社甲鳥書林新社は、登記簿上登記されていない虚無の会社であると主張するので、まずこの点につき判断する。≪証拠省略≫によると、株式会社甲鳥書林新社は目的を文芸図書及び学術専門書の出版その他におき、控訴人及び中市梅子が代表取締役(但し共同代表の定めなし)となって、京都市左京区浄土寺馬場町一六番地に本店を有する会社として昭和三二年二月一一日設立の登記がなされ、同三六年ころからは東京都千代田区飯田町一の一八に営業所を設け、ここにおいてもその営業を営んでいることが認められ、右認定を左右する証拠はないので、右各手形が振出された当時株式会社甲鳥書林新社が実在したことは明らかである。従って右と異なる被控訴人の主張は採用できない。

次に被控訴人の仮定的主張につき考察する。株式会社甲鳥書林新社の登記簿上の本店所在地が右に述べたとおりであるにかかわらず、本件各手形の振出人の名称に付した肩書地が東京都千代田区飯田町一の一八であることは被控訴人主張のとおりである。しかし元来振出人の肩書地は振出地の記載のない場合にこれを補充するだけでこれを付記することは手形要件ではなく、会社が振出人の場合その肩書地は登記簿上の本店所在地に限られるものではないから、登記簿上の本店所在地と異なる土地を振出人たる会社の肩書地として記載したとしても、そのため会社の同一性を失うものではない。さらに商法第一二条によると、登記事項は登記及び公告の後でないと善意の第三者に対抗できないことは所論のとおりであるが、株式会社甲鳥書林新社が本件各手形の振出人の肩書地として記載した土地に営業所を設置したことは前記控訴人の供述から明らかであり、この営業所は特に右会社の本店でないことはもとより支店でもないことも同様明らかであって、単なる営業所自体は登記事項ではないから、なんら対抗の問題を生ずることはないし、架空の肩書地を記載したものでもない。従ってそのため右会社の実在が否定され、その存在を主張できなくなるいわれはない。被控訴人のこの点に関する主張も採用しない。

そして控訴人が株式会社甲鳥書林新社の代表取締役として、本件各手形を振出したことは前述のとおりであるから、本件各手形は控訴人が実在する右会社の代表取締役として振出したものというべく、これと異なる主張を前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。

そこで進んで被控訴人の予備的請求につき検討する。

≪証拠省略≫をあわせると、被控訴人は株式会社甲鳥書林新社を相手方として本件各手形金請求訴訟を提起すべく、昭和四三年八月一二日東京法務局日本橋出張所において、右会社の登記簿抄本の交付を申請したけれども、右会社は同所の登記簿にはみあたらないとのことで抄本の交付を受けることができなかったことが認められる。しかし≪証拠省略≫をあわせると、被控訴人は控訴人と数年前から知合いとなり、控訴人が株式会社甲鳥書林の代表者であって、「陸海空」という雑誌や単行本を出版していることを知っていたというのであるから、本件各手形の振出人の肩書地の登記所で株式会社甲鳥書林新社の所在を確認することができなかったのであるならば、直接控訴人にこれをたしかめることもできたはずであり(控訴人が故意にこれを秘匿したことを認めるべきものはない)、また右会社が株式会社甲鳥書林とその名称においてきわめて類似すること、甲鳥書林の「甲鳥」が京都鴨川に縁故をもつ戦前からの名称であるから、京都に学生時代を過した被控訴人としてはなんらか思い当る節があっても不思議でないこと等からして、株式会社甲鳥書林新社が同じく出版業を営む会社であるいは京都につながりあるのではなかろうかという程度のことは当然推測できたはずであって、現に右会社出版の書籍の奥書をみると、発行所らんに京都市左京区浄土寺馬場町一六番地の記載があることから推して、被控訴人としては念のため京都の所轄登記所においてあらためて株式会社甲鳥書林新社の所在を確認するなどの努力をしてしかるべきであったはずである。しかるにかかわらず、被控訴人がそのようなことをした形跡は本件において少しも見出すことはできない。むしろ被控訴人は本件三通の手形を満期に呈示することなく三通の短期消滅時効の満了する直前においてにわかに訴訟上の請求をしようとして果さず、そのうちに時効期間が満了したという消息は弁論の全趣旨から明らかである。そうだとすると右会社の所在を確認できなかった責任はむしろ被控訴人の側にあるものというべく、従って控訴人の故意により、被控訴人が右会社の登記簿抄本の交付を受けることができなかったため、右会社に対し本件各手形金請求訴訟を提起できなかったことを前提とする被控訴人の予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

二、原判決事実摘示らん請求原因第二項につき

控訴人が昭和四〇年八月二日ころ被控訴人から株式会社PPR振出の約束手形三通を受領し、これらを割引いて資金を得たことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫をあわせると、控訴人は被控訴人に対し後日見返り手形を振出すから、融通手形を振出して欲しい旨申入れ、株式会社PPR振出の右約束手形三通を被控訴人から交付を受けたが、その後被控訴人の請求にもかかわらず、約に反してついに見返り手形を振出さなかったこと及び右約束手形の振出人は株式会社PPRとなってはいるが、これは被控訴人が同会社名義を借用したにすぎず、被控訴人の計算において振出し、被控訴人が手形金を支払ったことが認められ、右認定と異なる≪証拠省略≫は措信しない。右事実によれば、控訴人は被控訴人を誤信せしめて、なんら対価を払うことなく右約束手形を取得し、被控訴人に右手形金額相当の損害をこうむらしめたものということができる。

三、されば控訴人は被控訴人に対し損害賠償金九五万円及びこれに対する不法行為の後である昭和四三年一〇月七日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払う義務があるが、その余の義務のないことが明らかである。

四、よって、被控訴人の原判決事実摘示らん請求原因第一、二項の請求を右の限度で認容し、その余を理由のないものとして棄却し、これと異なる原判決を右認容の趣旨に従って変更し、被控訴人の当審における予備的請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 岡本元夫 田畑常彦)

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