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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)2669号 判決

控訴人 内堀与三郎承継人 内堀トキ

同 同 内堀惟之

同 同 内堀国夫

同 同 内堀栄

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 松永謙三

同 竹田平

被控訴人 馬上タヱ

右訴訟代理人弁護士 菊地三四郎

同 佐藤貞夫

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴の変更による控訴人らの本件土地所有権確認の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人ら代理人は「1.原判決を取消す。2.別紙目録記載の土地は控訴人らの所有であることを確認する。(右2は当審において訴を変更したものである。)3.被控訴人は別紙目録記載の土地につき昭和三六年四月一一日宇都宮地方法務局受付第五八三五号を以て被控訴人のためになされた所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。4.被控訴人の反訴請求を棄却する。(控訴の趣旨に右4.の記載を欠くが誤記による遺脱と認め、補充する)5.訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、控訴代理人は本訴請求原因及び反訴請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)、(イ)宇都宮市西原町二六四四番二宅地六〇坪及び(ロ)同所二六四三番一宅地四七坪はもと控訴人ら先代内堀与三郎の所有であったところ、同人は昭和三六年三月二〇日被控訴人に対し右(イ)の土地のうち二一坪七合五勺及び右(ロ)の土地のうち三八坪二合八勺(後記分筆により前者は別紙目録(一)の土地となり、後者は同(二)の土地となった)合計六〇坪三勺を(1)代金一八〇万円、(2)内金五〇万円は契約と同時に支払う、(3)残代金は土地所有権移転登記と同時に支払う、(4)右の土地は訴外荒井金平が建物所有の目的で賃借中であり、地上に建物を所有しこれを占有しているから被控訴人の責任と必要費用負担において荒井金平から取戻しその引渡しをなすべき約定で売渡した。

(二)、そして与三郎は右契約と同時に被控訴人から前記内金五〇万円を受領した。ついで与三郎は同年六月初め頃被控訴人に対し右残代金の支払を求めたところ、被控訴人は右(4)の約定を争い、本件土地は売主たる内堀与三郎の責任において賃借人荒井金平から取戻したうえ、これを被控訴人に引渡すべき約定であったと主張し、本件土地を地上の荒井金平所有の建物を収去の上引渡すまで残代金一三〇万円の支払いを拒絶し、昭和三六年四月六日宇都宮地方裁判所から別紙目録(一)(二)の土地につき被控訴人のため売買契約による所有権移転請求権保全の仮登記仮処分命令を得て、これに基づき前記(イ)(ロ)の土地のうち目録(一)(二)の土地を分筆し同月一一日宇都宮地方法務局受付第五八三五号を以て所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(三)、しかし内堀与三郎と被控訴人の本件売買契約における土地の地上建物収去及び明渡しは前記(一)(4)の約定のとおり被控訴人の責任においてなすべきものと信じて与三郎は本件契約を締結し、被控訴人は同人をしてその意思表示をさせたのであるから、右は被控訴人の詐欺に基づく。よって控訴人ら先代与三郎は昭和四〇年七月二七日の原審口頭弁論においてこれを取消す旨の意思表示をした。

(四)、前記(一)(4)の約定は本件売買契約の重要な事項であって、若しその責任が被控訴人にあるのではなく、与三郎にあるとしたならば同人は本件売買契約をすることはなかったことが明らかであるから、右売買は要素に錯誤があるものであって契約は無効である。与三郎は昭和三六年六月七日被控訴人に対し内容証明郵便を以て右契約が無効である旨通知し、さきに受領した代金の内金五〇万円を返還するため弁済供託した。

(五)、右の主張が何れも理由がないとしても、本件売買の目的の土地は荒井金平が賃借し、地上に建物を所有して占有するところであるから同人の承諾のない以上与三郎ないし控訴人らにおいてこれを収去、明渡させることは法律上不能であるから、本件売買契約は法律上不能の事項を目的とするものであって無効である。

(六)、内堀与三郎は昭和四五年四月一五日死亡し、控訴人ら四名が相続人として同人の権利義務を承継した。

(七)、よって控訴人らは別紙目録記載の土地が控訴人らの所有であることの確認及び右土地につき被控訴人のためになされた前示所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記を求める。

(八)、後記被控訴人の代金減額請求に関する主張事実は否認し、本件土地の借地権価額が更地価額の四割五分であるとの事実は争い、被控訴人が本件土地の売買代金の内金として金四九万円を供託したことは認めると附陳した。

三、被控訴代理人は本訴請求原因に対する答弁及び反訴請求原因として次のとおり述べた。

(一)、前記二の本訴請求原因(一)の事実中(イ)(ロ)の土地、従って目録(一)(二)の土地がもと内堀与三郎の所有であったこと、昭和三六年三月二〇日与三郎から被控訴人に対し目録(一)(二)の土地を控訴人ら主張の(1)(2)の約定で売渡す契約をしたことは認め、(4)の約定は否認し、本件土地は賃借人荒井金平が地上に建物を所有しているので、建物敷地は除き空地の部分は右内金五〇万円の授受と同時に売主において賃借人から取戻しの上被控訴人に引渡し、建物敷地は売主の責任において建物収去の上被控訴人に引渡すこと、残代金は右土地全部の明渡しと、所有権移転登記手続と引換に昭和三七年三月二〇日限り支払うこと、売主において右建物を収去し被控訴人に対し本件土地を明渡すことを怠るときは、被控訴人は売主に対し代金減額請求権又は契約解除権を取得し、その何れか一を選択行使できる約定であった。本訴請求原因(二)の事実中、被控訴人が与三郎に対し代金の内金五〇万円を支払ったこと、被控訴人が仮登記仮処分命令を得たこと、この裁判に基づいて本件土地につき控訴人ら主張の仮登記をしたことは認める。同(三)の控訴人ら主張の詐欺の事実は否認する。同(四)の控訴人らの錯誤の主張事実は否認する。本件売買は与三郎からの申入れにより、被控訴人は与三郎及びその家族である控訴人らと交渉の上、同人らも充分検討してこれを売渡したのであるから控訴人ら主張の錯誤があるわけがない。同(五)の控訴人らの主張は争う。同(六)の事実は認める。

(二)被控訴人は与三郎から目録(一)(二)の土地を被控訴人主張の前示約定で買受ける契約を締結したところ、売主において土地賃借人荒井金平からその明渡しを受けこれを被控訴人に引渡す義務があるのにも拘わらず不履行のため、被控訴人は前記約定に基づき代金減額請求権又は契約解除権を選択的に取得したので、前者を選択し、本件反訴提起によりこれを行使した。そして本件売買代金は金一八〇万円であるが、右は更地値段であって、本件土地が荒井金平のため借地権が設定せられたまゝで売渡される場合はその価額は更地の価額の四割五分と評価されるからこれを控除すれば、本件代金は九九万円となる。被控訴人は代金の内金五〇万円を既に支払済であるからこれを差引くときは残額が金四九万円となる。売主は本件契約を争いこれを受領しないことが明らかであるから、被控訴人は昭和三九年五月七日これを弁済供託した。

被控訴人は本件土地につき仮登記仮処分命令により本件所有権移転請求権保全仮登記を経由しているので、反訴として、その本登記手続を訴求する。

四、証拠〈省略〉

理由

一、別紙目録記載の土地は、もと控訴人ら先代亡内堀与三郎の所有に属したこと、同人は、被控訴人に対し昭和三六年三年二〇日に右土地を代金一八〇万円の定めで売り渡すべき旨を約して、同日被控訴人から内金として金五〇万円を受け取ったこと、ところが右土地はこれより先与三郎において訴外荒井金平に賃貸中で、同人が建物を同地上に所有してこれを占有していたこと、ならびに内堀与三郎が本件訴訟の当審係属中である昭和四五年四月一五日に死亡し、控訴人らがその相続人であることは当事者間に争いがない。

二、本件訴訟の本訴・反訴を通じ、前項判示の売買契約について、控訴人らは、その成立の過程ないし内容に瑕疵があるとして、その効力を争う。よってまずこの点について判断する。

(1)詐欺による意思表示の取消及び錯誤による契約の無効の主張について。弁論の全趣旨によれば、本件契約の締結に際して、当事者双方とも、荒井金平が内堀与三郎から係争土地を建物所有の目的で賃借中であることを知っており、かつ被控訴人としては、本件契約成立後何らかの方法により同人をして地上建物を収去させ、もって究極的には右土地をいわゆる更地として入手したい意向であり、与三郎も被控訴人の右意向を知っていたことが窺われる。ところで、控訴人らの主張によれば「与三郎は、被控訴人の責任において荒井の建物を収去させることが契約の内容であると信じて売り渡したものである。しかるに後になってそれが与三郎の責任であることが判明したのであって、同人が本件土地を売渡す契約をしたのは詐欺に基づく。詐欺はなかったとしても、若し契約の際そのようなことが契約の内容となっていることを知っていたならば、与三郎は、本件売買契約をするはずがなかったものであり、与三郎のした売渡しの意思表示は、その重要な部分に錯誤があった」という。しかし原審証人内堀惟之及び当審における控訴人内堀惟之の各供述中の、与三郎としては、荒井の建物を収去させることが、係争土地を買受けた被控訴人において、契約成立後に自己の負担でなす趣旨に理解していたのであり同人は契約書中にもそのように記載しあるものと信じて署名捺印したに過ぎない旨の供述部分は、にわかにこれを信用することができない。また原審における内堀与三郎本人尋問の結果も、控訴人らの右主張を支持するに十分でない。かえって、〈証拠〉によれば、与三郎が売主として署名捺印した土地売買契約書(甲第六号証・乙第一号証)の二項ないし五項として、売主は第三者が使用中の土地の地上物件を収去させて買主に明渡すべき旨、また残代金の支払は、売主が土地の明渡しを完了して、所有権移転登記手続をすると同時になさるべきこと、その時期は、昭和三七年三月二〇日を期限とする旨明記されていること、与三郎は、当時七〇才を超えていたが、全く文字を解しえないではなかったこと、のみならずこの文書の作成に当っては、被控訴人を代理する櫛橋喜一において文書の内容を与三郎に説明していることが認められる。右認定の事実と、前判示のような本件契約締結の経過とに徴すれば、土地賃借権という負担のある本件土地の売買契約に際し、みぎ負担を除去することを売主である与三郎の義務とすることについて契約当事者間に明白な合意があり、この点に関し与三郎に誤解がなかったものと認定することが相当である。そして被控訴人または、これを代理した櫛橋喜一につき与三郎を欺罔する言動の存したことを認めるに足る資料もない。してみれば、被控訴人が与三郎を欺罔した旨の主張は失当である。

また右認定事実から明らかなように控訴人らの主張する与三郎の意思表示に錯誤が存した旨の主張も理由がない。

(2)本件契約は法律上不能の事項を目的とするから、無効である旨の主張について。この点について控訴人らは、係争土地は賃貸中の土地であるから、賃貸人であった与三郎は、地上物件を収去させる権限はないからと主張する。なるほど与三郎と荒井金平との間の賃貸借について、当時同契約を終了させる原因事実があったことは、これを認めるに足る主張立証はない。そうして当事者間の合意によりこれを終了させることは、一般的に必ずしも容易でないことは、経験則の教えるところである。しかしこの後の方法により賃貸借を終了させることは法律的に可能であり、世上にその例も相当多い。してみれば、本件売買契約の締結に際して、与三郎がこの点の解決につき成算を得るに至っていないにかかわらず、係争土地の負担である賃貸借を終了させて、地上物件を除去したうえで、土地を明渡すべき旨を約したとしても、他に特段の事情の存したことの主張立証のない本件において、右の約旨を含む本件売買契約が無効となるいわれがない。

三、前項に説明したとおり与三郎のした意思表示の取消または無効原因についての控訴人らの主張は、理由がない。してみれば特定物である係争土地の所有権は、他に特段の主張立証のなされていない本件においては、与三郎と被控訴人との間の契約により、被控訴人の所有に移ったものということができる。よって係争土地の所有権が依然として与三郎に属し、控訴人らがこれを相続によって取得したとして、その確認を求める控訴人らの本訴請求は理由がない。また被控訴人が右土地につき控訴人らの主張するような仮登記をしたことも当事者間に争いがないけれども、係争土地の所有権が控訴人らに属する旨の主張の容れられない限り、右仮登記の抹消登記手続を求める本訴請求もまた理由がない。

四、さらに被控訴人の反訴請求について判断する。係争の売買契約において、売主である与三郎は、その負担において昭和三七年三月二〇日までに係争土地上にある荒井金平所有の建物を収去させることを約したものであり、右契約には、控訴人らの主張するような無効事由の存しないことは、さきに説明したとおりである。つぎに〈証拠〉によれば、与三郎において約定期限までにその約定義務を履行することができないときは、被控訴人は、契約を解除するか、代金の減額を請求することができる旨の合意の存したことが認められる。しかるところ、弁論の全趣旨によれば、与三郎は、所定の期間を徒過して右義務を果していないことが窺われ、被控訴人が昭和三九年五月二六日の原審口頭弁論期日に被控訴人に対し代金減額請求の意思表示をしたことは、記録上明らかである。このように与三郎が約定義務を履行しないまま、被控訴人が荒井金平との間の賃貸借関係を承継したうえで、係争土地の所有権取得に甘んじようとするならば、更地としての土地価格を基準として代金額を協定したという前判示の事情であるのに、この当初代金額をそのままに据えおき、所有権移転登記と引換えに、被控訴人をして残代金を支払うべきものとすることは、当事者間の衡平を失することになる。ゆえに、このような場合に備えて、与三郎が被控訴人のために代金減額請求権を与える旨を予め合意したことは、有効であると考えるべきであろう。借地権の付着した場合における係争土地の価格として被控訴人の主張するところは、約定代金額の五割五分として金九九万円であって、原審鑑定人根本五郎の鑑定の結果による評価額である九〇万余円を上廻ることが算数上明らかであるから、金九九万円にまで減額を主張することは、相当である。そうして、被控訴人が右金九九万円から既払いの内金五〇万円を差し引いた金四九万円を昭和三九年五月七日に供託したことは、当事者間に争いがなく、契約の効力いかんの争われている本件の場合においては、この供託を適法と見るのが相当であるから、被控訴人の負担する代金債務は、既に消滅したものと認められる。

以上に説明したところによって、被控訴人が控訴人らに対する反訴請求として、係争土地につき宇都宮法務局昭和三六年四月一一日受付第五八三五号による仮登記の本登記手続の履行の協力を求めるのは正当である。

五、よって、本訴、反訴とも以上と同趣旨に出た原判決は相当であるから、本件控訴を理由ないものとして棄却することとし、当審における控訴人らの所有権確認の新請求も理由がないから棄却することとし、民訴法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中西彦二郎 裁判官 松永信和 長利正己)

〈以下省略〉

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