大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)1402号 判決

本籍

東京都品川区大井二丁目四一二三番地

住居

川崎市有馬二五二八番地

トルコ浴場業

川田和生

大正八年一〇月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四五年五月一日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し原審弁護人新井旦幸から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人一松弘作成の控訴趣意書(第二、一を除く)及び同人外二名作成の同補充書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

原審記録及び証拠精査し、当審における証拠調の結果に徹し、按ずるに

所論は事実誤認、量刑不当の主張に帰するが、原審認定事実は原判決挙示の証拠により認め得るところであり、他にこれを覆すに足りる証左はない。所謂にいう、いわゆる割当納税の慣行は、それ自体納税貯蓄組合法に違反するのみならず、それがあるからといつて、組合を通して納税する各組合員個人の正当な納税意思を阻害すべき理由はなく、ことに、昭和三四年既に日本国に帰化した被告人の昭和四〇年、四一年当時の本件犯行につき、脱税の犯意阻却或いは適正納税の期待可能性を欠く等の事由とは到底考えられない。しかして、本件犯行の態様、被告人の前歴(原審は、本件がその余罪に当るべき、被告人に対する昭和四二年一二月九日の確定判決(東京家庭裁判所、同四一年八月一五日言渡、児童福祉法違反、懲役六月三年間執行猶予、罰金二万円)の認定を欠いているが、判決に影響しない。)等にみると、原審量刑は相当であつて、論旨はすべて理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

検事 古谷菊次 公判出席

(裁判長判事 堀義次 判事 高橋幹男 判事 林修)

昭和四五年(う)第一四〇二号

控訴趣意書

被告人 川田和生

右の者に対する所得税法違反被告事件について控訴の趣意は左のとおりである。

第一、原判決には事実誤認の疑いがあり破毀さるべきである。

即ち原判決は被告人は「所得税を免れるため、売上賃料収入等を除外し、これを簿外の預金として設定する等の方法で所得を秘匿し」と認定している。然し被告人にほ脱の犯意があつたか否か、又、「詐偽その他不正の行為」「偽りその他不正の行為」があつたか否か、極めて疑わしい。

被告人方の決算手続は伝票帳簿類はよく保存され、収支の記帳は詳細であることは原審も認めるとおりである。而して被告人は昭和二三年以来韓国人としてその居住地区である品川区韓国人納税貯蓄組合に加入し同組合において所轄税務署と折衝して決定した納税額を組合員に割当て、同組合において申告納税を代行して今日に至つたものである。このことは被告人に対する昭和四三年、二月二七日附検察官の供述調書被告人の原審第九回公判調書中の被告人の供述である。

答「私のほうでは昭和二十三年から納税組合にはいつていましたんで、自分の手から税務署に申告する必要はない、そのためにいちいち経費とかいろんなものを面倒くさい帳簿をつける必要もない。

そしていろいろ夜夜中に出る金はいちいち事務員が帰つた後もらうわけにもいかないし、自分のところにポケツトマネーがあるし、金庫にもあるし、いちいち人に見せる必要もないし、申告するのに帳簿も必要でないし納税組合も帳簿はつけてはいかんということで、売上げを上昇するために、みんなを激励するためにどんどん使つたわけです。」

問「そういつたことから、ちやんとした帳面つけをしなかつたために納税組合を通して納めればずつとおさまつていたわけですね。」

答「そうです。」

問「そういつたことから、このような本件になつたということですね。」

答「そうです。」との供述記載

原審第八回公判調書中証人洪性万並に第三回公判調書中証人関口重雄の各供述記載によつて明らかであり、又被告人が売上、賃料収入等る簿外の預金にしたことについて被告人は前記第九回公判廷において

問「しかし、トルコの売上げの一部を裏預金にしていたという事実はあつたわけでしよう。」

答「あります。」

問「それはどういうわけですか。」

答「それは関西の福山が三十四年に女を………。」

問「福山何という人ですか。」

答「福山勝治、自分が来る前に関西の女を二十何人呼んでおいて彼が来た時に、五反田のトルコが一軒が四階建てのビルでやつていたわけです。隣りに大きな建物が空家になつて遊んでいるわけです。これを社長として遊ばしておくのかとこんな場所を遊ばせたら勿体ないじやないか、あんたのほうの会社の税金のほうはどういうふうになつているかと、税金は納税組合で割当てがきたら払えばいいんだと帳簿つける必要もないし経理もいらないと、あんたのやつていることはどんぶり計算だと、川田商会の収入もトルコの売上もみんなごつちやになつて同じ小切手を切つてみたりトルコの大口を川田商会で切つてみたり、自分がここへ来た以上は自分の腕をかつてくれと、それには隣りの延べ七十坪の建物を遊ばしちやつまらんから金があるんだから改造して自分が前の社長の時にビルを作つた時には原価償却二年半でしろというきつい命令でやつたんだと、これも私が作つて腕あげたいから、あんた自分の金を出せということで千七百万出したんです。上下の造作、それでこれを川田商会の金融業の利益と家賃は別個にしてくれと自分は千七百万で造作したのを風呂を六つふやしてバーを作つたんだから千七百万を何年で返すかはつきりするためには今までの売上げが九つしかなかつた売上げから六つふやした売上げがいくらふえたか従来通り九つの風呂の売上げだけは表へ、事務所にあげて自分が新しく造成したのは別個にすると、そして別個にした金を別に積み立てて自分は何か月で千七百万を償却したか、償却後はあげる利益に対して給料のほかにいくらくれということで、私にいろいろコーナしてくれたからそれもなるほどと言つてそれをやつたわけです。」

問「それが裏預金ができた動機ですね。」

答「そうです。」

というのであつて、簿外預金は福山勝治の事業拡張による真実の収支を把握し同人の業績を明らかならしめるために採られた措置であつて、決してほ脱の意図に出でたほ脱手段ではないのである。加之、被告人に対しその所属する品川区韓国人納税貯蓄組合の組合員として昭和二三年以来の納税方法、同組合の納税指導等(前記、被告人の原審公判廷における供述及び原審証人洪性万の供述記載)から真実の申告納税を期待することはできないのであつて被告人には、超法規的責任阻却事由があつたといわねばならない。従つて被告人はほ脱の犯意を欠き無罪というべきであつて之を有罪と認定した原判決は真実誤認の違法があり破棄を免れない。

第二、原判決には審理不尽による理由不備乃至事実誤認の違法があり破棄を免れない。

一、原判決は昭和四〇年分の所得税額算定について同判決書別紙二の(46)の雑費として金九〇六、〇五二円のみを計上しているが、同判決書別紙四ノ二の葛西せる死亡に伴う支出雑費合計金四二、五九二円を雑費として認容しながら前記雑費に加算されていない。

右は明らかに理由不備の違法ありといわねばならない。

二、原審は二宮寮は被告人個人の別荘であつてこの施設のために支出した従業員の給料、厚生費、広告宣伝費、旅費交通費、公租公課及び保険料の各経費は家事関連費に属すると認定するも、右二宮寮は神奈川県中郡二宮町二宮字向原に所在し公簿上五六坪の土地及びその土地上の前家屋三一坪一合四勺はいずれも株式会社川田商会の所有名義になつていて(記録一一二丁)川田個人の所有ではなく、従来会社の寮として社員において使用していたことは被告人の原審第八回公判廷における供述、原審証人谷口浩、河合ふさ子、田畑宣子、工藤フサエ及び早出千枝子の各証言によつて明らかであつて、特に反対事実の認定に足る立証のない限り、名義上の所有者を以て実質上の所有者と認むるのが相当であり(大正一二年七月二四日大判参照)之に要した前記諸費用は必要経費として所得額から控除さるべきものといわねばならない。

原審は右寮に大勢の人が来て飲食出費した形跡は記帳上見当らないというも、それ等のものは被告人方の出入り商人の寄附によつて賄つていたので記載されなかつたのである。

右点を認容しなかつた原判決は事実誤認の違法があるといわねばならない。

三、原審は被告人の昭和三六年ごろ九〇〇万円を利息二分の約定にて借受けた山井すみ子に対する支払利息について必要経費として認容しない。

然しこの点被告人の原審公判廷における供述及び証人山井すみ子の証言によれば、被告人が学費等の各目にて支払つたことは明らかであるから各年分についてそれぞれ二、一六〇、〇〇〇円(9,000,000×0.02×12=2,160,000)は必要経費として認容すべぎである。この点原判決には事実誤認の違法があるといわねばならない。

四、原審は旅費交通費(原判決別紙第一(42)第二(42)及び森谷美智子、葛西せる、高橋ヨシ子(同別紙三(35)同四(35))、岩本時子(同四(35))の各裏給与等についてその全額を必要経費乃至給料として認容しない。

然しそれ等の費用は被告人が現実に支払つたものであることは被告人の原審公判廷における供述、原審証人小森良子同菊地豊治同森谷美智子こと赤坂好子同高橋ヨシ子の各証言によつて明らかであり、旅費として支出される限り、旅費の明細が明らかでなく且一括支払の方法によつているという理由のみで、必要経費から除外すべきではなく、又裏給与についても同女らの役割、経歴からみて相当な額といわねばならない。従つて右旅費交通費として従業員に支払つた簿外の深夜タクシー代一〇八万円(トルコ千一夜、五反田トルコについては開業期間各一日一、五〇〇円蒲田駅前トルコについては開業期間一日八〇〇円の割合による計算)は必要経費として認容すべきであり、又裏給与として昭和三九年分トルコ千一夜森谷美智子の一二〇〇、〇〇〇円、五反田トルコ葛西せるの一、〇〇〇、〇〇〇円、トルコ千一夜高橋ヨシ子の九〇〇、〇〇〇円、昭和四〇年分トルコ千一夜高橋ヨシ子の八八〇、〇〇〇円、五反田トルコ葛西せるの一〇〇、〇〇〇円同岩本時子の一、〇〇〇、〇〇〇円はいづれも認容さるべきであり之を認容しなかつた原判決には事実誤認の違法があるといわねばならない。

第三、仮りに有罪とするも原審の量刑は不当であつて、破毀の上罰金刑のみで処断さるべきである。

即ち

(一) 被告人は韓国人としてその所属する韓国人納税貯蓄組合による納税指導に従つたまでであつて悪性が認められないこと。

(二) 被告人は現在株式会社川田商会の代表取締役であり、今若し懲役刑、刑の執行猶予の裁判を受けるにおいてはその地位を失い会社の運営に多大なる支障を来たすこと(刑法施行法第三六条第三七条旧刑法第三一条第八号第三三条参照)

(三) 被告人は深く反省悔悟し韓国人納税組合を脱退すると同時に昭和三九年分昭和四〇年分の各所得税、関連地方税については既に合計金六三、七三四、四六〇円を納税済であること。

(四) 被告人は社会福祉事業都市区劃整理事業赤十字社に協力し各種の寄附をし、建設大臣、都知事からの感謝状、表彰状並に金色有功章を贈られ多大の貢献をしていること、尚本人は紺授褒賞会員である。

(五) 昭和四一年八月一五日東京家庭裁判所にて言渡された児童福祉法違反の事実はトルコ千一夜において昭和三九年五月から昭和四〇年七月までの間児童三名を夫々九日間乃至四ケ月間に亘つてミストルコとして雇入れたというのであつて、内二名については所謂経営者妻名義の転科罰を受けたものであり本件と同時期の事犯であり判決後改悛の情なく本犯行に出でたものでなくその罪質を異にするものであること。

(六) 被告人の家族関係として妻の外子四名を擁し、長男は日本大学にて優秀な成績をあげ、長女は大学卒業し今秋結婚する状況に在ること。

等諸般の情状を綜合考慮するとき原判決の量刑は重く、何卒破毀の上罰金刑に処せられんことを上申します。

昭和四五年八月二八日

右弁護人 一松弘

東京高等裁判所第一刑事部 御中

昭和四五年(う)第一四〇二号

控訴趣意補充書

被告人 川田和生

右の者にかかる所得税法違反被告事件につき、控訴趣意を左記のとおり補充する。

昭和四六年三月八日

右弁護人 一松弘

同 後藤昌次郎

同 大野正男

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一、控訴趣意第一点は、事実誤認を主張し、犯意を争いまた「被告人に対しての所属する品川区韓国人納税貯蓄組合の組合員として昭和二三年以来の納税方法、同組合の納税指導者等から真実の申告納税を期待することはできないのであつて、被告人には超法規的責任阻却事由があつたといわねばならない」と述べているがこの論点を更に分析敷行して述べる。

二、被告人の犯意の有無、真実の申告納税に対する期待可能性の有無については、被告人の属していた韓国人納税貯蓄組合における納税の申告、納付その他に関する納税事務の代行の有無、態容、韓国人納税貯蓄組合設立の経緯、税務署当局との関係について周到にして確実な事実の認定がなされなければならない。けだし在日朝鮮人ないし朝鮮民族(国籍の如何を問わず)の特殊な地位や生活の現実の具体的把握なくして、一般日本人の場合と同様と速断することは、過少申告の認識の有無ないし、違法性の認識との関連において重大な事実誤認を招来する危険があるからである。

検察官は答弁書において「所轄税務署と納税貯蓄組合との間で折衝があり、被告人がその結果に基づいて申告納税をしたものであつても、右の場合と全く同様であつて、正にこれこそわが国納税制度のウイーク・ポイントを利用した不正行為による脱税であつて、被告人の責任を阻却するいわれはなく、もちろん『超法規的責任阻却事由』に該当するものではない」と反論しているが、在日朝鮮民族ないしその組織加盟者、本件でいえば韓国人納税貯蓄組合組合員の場合を一般日本人の場合と同様とするのは、現実と問題の所在に対する認識を欠くものである。

三、韓国人納税貯蓄組合が、納税貯蓄組合としては特殊な存在として特殊な役割を果していることはその規約自体から明らかである。

一般に、納税貯蓄組合は、「組合員の納税資金の貯蓄のあつ旋その他当該貯蓄に関する事務を行うことを目的とし」ているもので、且つ「政令で定める手続によりその規約を税務署長及び地方公共団体の長に届け出たものをいう」ことになつている(納税貯蓄組合法第二条第一項)。そして、その政令であるところの納税貯蓄組合法施行令第一条第一項は、「納税貯蓄組合法(以下「法」という)第二条第一項の規定による納税貯蓄組合の規約の届出は、組合の代表者その他これに準ずる者が、当該規約の謄本を当該組合の主たる事務所の所在地を管轄する税務署長、都道府県知事及び市町村長(特別区及び全部組合の長を含む)に提出するものとする」と定め、法第一一条は「納税貯蓄組合の規約の届出を受けた税務署長及び地方公共団体の長は、この法律の適正な実施を確保するため必要があるときは、当該組合又はその組合員に対して、質問し、若しくは第一〇条第一項の規定による補助金の交付に関して当該組合の帳簿書類を検査し、又は所属の職員をしてこれらの質問又は検査をさせることができる」として、当該納税貯蓄組合の規約とその運用を法の適正な実施に資する方途を講じているのである。「適正」という概念は「厳正」という概念に比して、実状に適応した行政の正当な運用を意味しているものであつて実状を無視した杓子定規の適用を意味しているものではない。

ところで、東京国税局が指導している納税貯蓄組合規約の標準案は第一条として「この組合は、組合員が租税を容易且つ確実に納付できるようにするために、納税貯蓄組合法に基づいて、○○地域に住所又は居所を有するもの(又は○○に勤務するもの)をもつて組織され、納税資金の貯蓄のあつ旋その他必要な事務を行うことを目的とする」と定めている。これは法第一条第二項に則つたものであつてそれ以上のものでもそれ以下のものでもない、正に標準案なのである(新たに証拠として取調を請求する東京国税局「納税貯蓄組合のしおり」一五頁参照)。ところが、当審で新たに証拠調された「品川区韓国人納税貯蓄組合規約」は、組合の目的として第三条に「本組合は組合員に対する納税思想の高揚、納税資金の貯蓄奨励、組合員の相互扶助と親睦をはかることを目的とする」と定め、この目的を達成するための事業として第四条の冒頭第一号に「各種納税の申告、納付その他に関する納税事務の代行」と定められている。このような規定は一般の納税貯蓄組合には見られないものであり、もしこのような事業を規約に掲げるならば税理士法との関係から、届出と同時にその規約の変更を求められるであろう。ところが韓国人納税貯蓄組合の場合、この規約がそのまま受け容れられ二〇年間にわたつてその運用が公認されてきたのである。

同じく当審で新たに証拠調された「在日韓国人納税貯蓄組合東京連合会規約」第三条によれば、会の目的として、「本会は組合相互の連絡協議を計り、韓国人納税貯蓄組合員の納税思想の高揚、貯蓄の奨励、各韓国人納税貯蓄組合の育成指導、強化充実を計るをもつて目的とする」と定め、この目的を達成するための事業の中に次のことを定めている。

(2) 実務者の育成

(3) 税法その他の説明会、懇談会の開摧

(4) 税務官庁との連絡協議及諸行事の賛助参加

これらの規定もまた一般の納税貯蓄組合の規約にはない韓国人納税貯蓄組合に特殊なものであり、在日朝鮮民族の特殊な歴史と地位から、とくにこの規約とその運用が税務当局によつて公認されてきたものである。

右(2)と(3)は、下部組織たる各地区韓国人納税貯蓄組合が、例えば「品川区韓国人納税貯蓄組合規約」第四条第一号の「各種納税の申告、納付その他に関する納税事務の代行」を行うために必要な事業であり、右(4)は各地区韓国人納税貯蓄組合が、右第一号の事業を行う前段階として、各組合が組合員全体に対する申告納税額の大枠を税務官庁と「団体交渉」をして協議決定してきた慣行の根拠となつてきたものである。

このような規約がとくに韓国人納税貯蓄組合の規約として公認されてきたについては、相当な歴史的、社会的理由がある。

四、原審証人浩性満は次のように証言している。

「私共の納税貯蓄組合と申しますのは、一応納税貯蓄組合法ですか、これに基いて設立されたわけですけれども、私共の組合は納税貯蓄という面と合わせまして、いわゆる納税に対する私共組合員に対する指導、それからその他の所得税の申告などを一括してやつておりました。(中略)、品川税務署の方からいろいろ依頼がありまして、当時は終戦後日本のまだ税制というものが確立されておらないし、特にまた私共第三国人に対していろ隘路がありまして、税務署の方から正式に要請がありまして、そして徴税徴収ならびに課税に対するひとつの指導をやつてくれということでありまして、私共組合が組合員に対しての課税については、これを一括申請するというような形をとつてずつとまいつたわけです。その間におけるいわゆる課税の額の問題などにつきましては、税務署の方から私共組合が、たとえば百人といたしまして、それに対する所得税額を割当というような形になりまして、それで年間に三千万円なら三千万円というように決めてきまして、これはあくまでも交渉ですけれども政治折渉いたしまして三千万というふうに決めましてそれに対するいわゆる所得税を割出しまして、それで私共が組合員に対して割当をしたというようなふうにやつておりました。」

「結局、税務署のほうも、これは公然とした問題だろうと思いますが、各税務署の署長が我々第三国人に対しては適宜に処理をするというような話を私きいております。それで実は一般の日本の方と違つたそういうやり方をしているということについては、これは私共が実際の問題として税金を日本のみなさんと同じような額で納めるというようなことになりますと、私共のいわゆる生活権というようなものが成立たないということは、結局、税金を納めれば一方通行であると、還元してこない、日本の予算において示されておる財政投融資その他の公共福祉建設関係その他の莫大な予算を組みまして、税金でこれをまかなつているわけですが、これが私共には全然反射しない、受益性がないということが一番問題で、そこで税務署の方としても、それを事実がそうでありますので、それを認めざるをえないということであると思います。それで常にそういう折衝いたしましてやつております。現在もなおそうです。これはそういう問題が解決されない以上は、おそらくこの問題もそう簡単には解決されないのじやないかと、私はそう思います。」

ここには一端が述べられているだけで全貌を明らかにするには当審における新たな立証をまたなければならないが、韓国人納税貯蓄組合における所得税の申告と納税の実態とその由来のあらましが述べられている。

要するに、韓国人納税貯蓄組合が生れ、右に述べられているような所得税の申告と納税の方法がとられるようになつたのは、日本の税務当局の徴税の便宜と在日朝鮮人の納税意識がこの方式に辛うじて一致点を見出したからである。

一九一〇年(明治四三年)八月二九日、日本が韓国を併合してから、一九四五年(昭和二〇年)八月一五日太平洋戦争の敗北に至るまで「大日本帝国」が朝鮮民族に加えた圧制は、かつて池田首相が国会の答弁で「日本と朝鮮との過去三六年にわたる不幸な歴史といつても、どんなことがあつたか寡聞にして存じておりません。」とぼかさざるをえなかつたほど無残なものであつた。

在日朝鮮人の不幸な迫害の歴史は、当然のことながら、朝鮮人の間に強い連帯の意識と組織を作り出すことになつた。それは殆んど運命共同体とも生活共同体ともいうべきものである。殊に日本の官憲に対しては、在日朝鮮人は連帯して事に処するという必要性と慣行が生じ、又わが国からみても、それを否定することは困難であり、条理にも反した。かくして、徴税当局においても、むしろ、徴税の便宜という観点から、在日朝鮮人に対しては一般の納税貯蓄組合と性格を異にする納税貯蓄組合の成立を認め、むしろこれと交渉話合をすることによつて、徴税を容易ならしめてきたのである。それは検察官のいうような徴税のウイーク・ポイントではなく、一面においては在日朝鮮人の特殊な歴史的社会的地位に対応する徹税の合理的方法だつたのである。

又他面在日朝鮮人は、納税しても日本国家から営業厚生、教育等について見返りの援助が期待されないために、これらの問題について国家或いは地方自治体に代る自治団体を組織し、その費用を自ら負担しなければならなかつた。韓国人納税貯蓄組合はそのような機能をもつ組織であり、組合員として納税貯蓄組合に納付する金員は、税金たると自治団体のための資金であるとを問わず包括的に公課として意識されてきたのである。

五、以上のような経緯の下に韓国人納税貯蓄組合が生れ、その指導の下に組合員たる韓国人の所得税の申告と納税がなされてきたのである。すなわち前叙のように、韓国人の所得税の申告は、所轄税務所と組合との交渉話合により、総枠及び内訳が決定され、組合員はただ組合の指示に基く納税をすればよいとの慣習及びこれに基づく規範意識が生れかつ二〇数年にわたつて維持されてきたのである。もとよりこのような慣行を容認する法規は所得税法には存在しない。しかし、徴税行政というのは、行政上の便宜を無視して成立するものではない。前記のように、韓国人に限つて特殊な性格をもつ納税貯蓄組合が生れ、税務所によつてもその「特殊性」が長期にわたつて公認されてきている以上、一般の組合員が、その申告及び納税を組合に委ね、その指示に従つて申告及び納税をしてきたのは、むしろ当然であり、客観的にはその申告が過少であつたとしても、それに対する税法上の処分を行うことは格別、直ちに刑事上の可罰的違法の認識ありとして懲役刑を含む重い刑罰を科することは、果して刑事司法の正義の観念に合致するであろうか。

わが税務署当局は、今日に至るまで一度も韓国人貯蓄納税組合の規約を違法ないし不当として是正を求めることもなく、又徴税の便宜の上とはいえ、これと組合員各個の納税について集団的交渉ないし話合を行つてきた。更に納税貯蓄組合法施行一〇周年を迎えて韓国人納税貯蓄組合は、昭和三六年一〇月一八日東京国税局長泉美之松から組合が「設立以来多年にわたり組合員一致協力して納税貯蓄組合の発展に多大の貢献をした」ことに対して感謝状すら授与されているのである(新たに取調を請求する感謝状参照)。

このような状況の下においては、組合員たる被告人が右組合の指導に基づき申告、納税するのは、むしろ自然の成行というべく、被告人が右申告納税したことが客観的に過少であつたとしても、これに刑事上の制裁を加えるに足りる違法の認識ありとするのは速断のそしりを免れない。いやしくも徴税の公的貢務を負う徴税機関が、このような方法による韓国人納税貯蓄組合の存在と機能を長期にわたり容認してきた以上、その方法に従つて申告納税してきた被告人に刑罰を科することは、国家全体の機能からみてクリーン・ハンドの原則に反するといわざるをえない。

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