大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)642号 判決

控訴人(被告)

朝日火災海上保険株式会社

被控訴人(原告)

小倉明子

ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の陳述は、左記のほかは原判決摘示「第三争いのない事実、第四争点」と同一であるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

1  親の運転する自動車に同乗中、その過失により死亡した子について、子の死亡による逸失利益の賠償および慰藉料の請求は親に対してできないのと同様、本件事故の被害者小倉由美子、同明子の両親小倉正吾、同安子が運行供用者であつて、かつ右両親の支配下にあつた運転者内藤三男の過失に基く事故である以上、両親に事故の責任を問えないから、車の所有者として黒沢儀一郎にも運行供用者の責任はない。従つて、被保険者が権利の行使を受け、義務の履行もあり得ない場合であり、保険会社のみ責任を負わされるいわれはない。

2  右運転者内藤三男の過失は、右運行供用者小倉正吾、同安子の過失と評価できるから、右正吾、安子の保護下にあつた右明子、被控訴人小倉明子についても、被害者側の過失として斟酌されるべきである。

(被控訴人らの主張)

1  控訴人の右1の主張は、加害者、被害者がともに同一家族共同生活体に属する場合の事例であつて、本件とは趣きを異にする。

また、黒沢儀一郎の運行供用者責任は、右小倉正吾、同安子について運行供用者責任が肯定されるからといつて、否定されるべきではない。被害者保護の見地から自賠責保険によつて当然填補されるべきである。

2  控訴人の右2の主張についていえば、当時六歳の由美子、同四歳の控訴人明子については過失を問題にすべきではない。

三  (立証)〔略〕

理由

一  当裁判所が判断するところは、次に附加訂正するほかは、原判決の理由の記載と同一であるから、これを引用する。

二  (訂正)原判決八丁表七行目「甲二号証の三、四、乙一号証の三」を「成立に争いのない丙第二号証の三、四ならびに乙第一号証の三」と訂正。

同八丁裏一行目「甲第三号証の一」を「丙第三号証の一」と訂正。

同九丁表七行目「甲第三号証の一、二、一三ないし二〇」を「前示丙第三号証の一ならびに成立に争いのない丙第三号証の二、一三ないし二〇」と訂正。

同九丁表八行目、三を次のとおり訂正する。

被控訴人加藤け、同小倉キシイがその孫小倉由美子の請求権を、その父母との三名同時死亡により生存する直系尊属として各二分の一ずつ相続したことは、前示争いのない死亡者および身分関係から明らかである。

三  (附加)

1  控訴人の当審における主張1についていえば、本件は被害者およびその相続人が被害者の親に対して逸失利益および慰藉料を損害賠償として求めるものではなく、運行供用者黒沢儀一郎に対してそれを求めるものであることが明らかである。そうして、黒沢が前認定のとおり運行供用者と認められる以上、自賠法において免責が認められず、かつ他に免責されるべき特段の事情の認められない限り、控訴人においてもその責を免れることはできないものと解すべきであるから、この点の控訴人の主張は採用できない。

2  次に控訴人の当審における主張2についていえば、本件被害者についてはなんら過失を認めるべき証拠がなく、かつ内藤三男の運転上の過失をもつて、被害者の両親の過失ひいては被害者の過失と評価すべきものとする控訴人の主張は、黒沢の運行供用者責任を問う本件においては、適切でなく採用できない。

四  よつて、被控訴人らの本訴請求の一部を認容した原判決は相当であるから、民訴法三八四条、九五条、八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄 田中良二 川上泉)

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