大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1230号 判決

控訴人

相武興業株式会社

右代表者

郭判先

右訴訟代理人

平原昭亮

ほか一名

被控訴人

趙炯福

右訴訟代理人

横溝徹

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が新井春夫こと朴煕烈を代理人として昭和四五年八月一六日被控訴人から原判決添付物件目録記載の不動産(以下、本件物件という。)を代金三三七〇万円で買い受け、同日朴が手附金という名目で金三七〇万円を被控訴人に交付したこと(以下右売買契約を本件売買契約、この手附金を本件手附金という。)、控訴人が昭和四六年一月二二日付内容証明郵便をもつて被控訴人に対し、被控訴人が控訴人主張の日時及び履行場所において本件売買代金から本件手附金を控除した残金を受領するのと引換えに本件物件につき控訴人に対し所有権移転登記等の登記手続をなすべき旨の催告をし、同書面が翌二三日被控訴人に到達したが、被控訴人が右催告に応じなかつたこと、被控訴人が本件物件を訴外石渡和男、石渡友子らに譲渡し、同訴外人らに対し昭和四五年一二月一一日付でその所有権移転登記を経由したこと、控訴人が同年二月六日付内容証明郵便をもつて被控訴人に対し控訴人主張のような本件売買契約の解除の意思表示をし、同書面が同月八日被控訴人に到達したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人は、抗弁として、本件売買契約においては買主側の債務不履行により売買契約が解除されたときは本件手附金を没収することができる旨が約定されていたところ、買主である控訴人が本件売買残代金(本件売買代金から本件手附金を控除した残金)の支払を怠つたため、売主である被控訴人は、本件売買契約を解除するとともに本件手附金を没収したものであるから、この金員を返還する義務がない旨を主張するので、以下この主張につき判断する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認定することができる。

1  本件物件は被控訴人所有のものであり、本件物件中原判決添付物件目録(二)記載の店舗において被控訴人がパチンコ店を経営していたところ、被控訴人において転業(不動産業等)を考え、昭和四五年三月ころからその転業の資金獲得のため本件物件の買手を物色していた。控訴人は、これと同じころ被控訴人の右店舗のすじ向いで同業のパチンコ店を開業したものであり、新井春夫こと朴熙烈(控訴人の代表者の夫朴熙坤の弟)がこの店舗の経営をまかされ、その経営に当つていたが、同人において被控訴人が本件物件を売却する意思のあることを聞知した。そこで、控訴会社を事実上主宰していた朴熙坤は、店舗拡張の一環として被控訴人から本件物件を買い受け、取得しようと考えて、その売買の折衝、契約の締結等のいつさいを朴熙烈に一任し、これに基づいて同人が控訴人の代理人として被控訴人との本件売買契約の締結の衝にあたり、前記のように昭和四五年八月一六日控訴人と被控訴人間において売買代金を金三三七〇万円と定め、本件売買契約が締結され、手附金という名目で金三七〇万円が朴熙烈から被控訴人に支払われた。

2  本件売買契約の締結当時被控訴人と朴熙烈とは前記のように向い合わせで同種の営業を営み、かつ互いに親しく交際していたため、両者は本件売買契約につき敢えて売買契約書を作成することを避けて、口頭の契約で済ませることとし、本件手附金についても「手附金」という言葉を使つて前記の金員が授受されただけで、その交付の趣旨を明示することをしなかつたものの、手附金が授受された際に、すでに、暗黙裡に、買主に義務不履行があつたときは、売主においてこれを没収できる旨(すなわち違約手附の性質をもつものであることが)合意されていたものと認めることができる。のみならず、本件売買契約の履行期は、後述ように、控訴人の懇請により再三にわたり延期されたのであるが、右延期の交渉も、期限の徒過により本件手附金が没収さるべきことを当然の前提として行なわれていたものと認められるので、その過程においても、本件手附金が違約手附の性格をもつものであることは、当事者間に十分了解されていたものと認めることができる。控訴人は、本件手附は解約手附であると主張するが、手附の趣旨が違約金(損害賠償の予定若しくは違約罰)であることと解約手附であることとは相い容れないものではなく、両方の趣旨で授受されることも普通あり得ることであるから、本件手附が一面において解約手附の趣旨で授受されたとしても、このことのために、本件手附が違約手附の性格をも兼有するものであることが否定されることとなるものではない。

3  本件売買契約の履行期限については、当初売買契約が締結された際同年八月末若しくは九月初めの大安吉日の日と定められ(遅くとも九月初めの大安吉日の日とする趣旨と解される。)、その日に本件手附金を差し引いた売買残代金の支払と引換えに本件物件についての所有権移転登記及び本件物件についてなされた抵当権等の抹消登記を経由する旨が合意されていた。

4  ところが、控訴人側において本件売買契約の締結のころに予定していた資金の調達の思惑がはずれたため前掲約定の支払期日に残代金の支払の用意ができず、この支払期日に被控訴人に対し支払の延期を懇請したので、被控訴人はやむなくこれを承諾して、その支払期日を同年一〇月二〇日と約定した。(甲第一号証の本件手附金の領収証は、同号証中「残金は昭和四五年一〇月二〇日に支払うこと」という記載があることに〈証拠〉をあわせ考えれば、本件売買契約締結後の昭和四五年九月中ころないし同年一〇月上旬ころ控訴人の要請により被控訴人が作成したうえ差し入れたものであり、その際に残代金の支払日が同年一〇月二〇日である旨を確認させる趣旨で右掲記の支払の文言を附記したものと認められる。)

5  しかし、控訴人はその後においても右残金の資金の調達ができず、約定の同年一〇月二〇日の支払期日が到来しても被控訴人に対しその支払をすることができず、朴熙烈において支払の延期を懇請した。被控訴人としては、控訴人に対し一旦本件物件の売却を承諾したことでもあり、かつ朴熙烈とは前述のように親しい仲であつた関係上一概にこれを拒絶することができず、やむなく支払期日を同年一一月二〇日に延期することを承認しこれを最終支払期日とすることとした。

6  被控訴人が本件物件の売却処分をしようとしたのは前記のように転業資金の調達にあつたが、被控訴人はこの計画のもとに本件売買契約の締結のころ本件売買代金の入手をあてにして、他に不動産を買い受けており、その売買代金の決済を迫られていた。のみならず、被控訴人は本件物件の売却を決意していたため同年一〇月末ころには本件物件中前記店舗における被控訴人の営業は事実上廃業の状態となり、被控訴人としては控訴人側の一方的な資金調達難による支払の延期の繰返しにより困窮の度あいが増大してきた。ところが、前記最終期日になつても、控訴人側は、なお、残代金の用意ができずさらに延期を懇請するのみであつたが、被控訴人は、なお、「ぎりぎり五日だけ待つからその間に残代金の用意ができないときは本件売買契約は断念してもらいたい」旨を申し渡した。しかし控訴人側は遂にこの支払期日にも残金の支払をすることができず、なおも、猶予を懇請してやまなかつたが、被控訴人はこれをことわり、遅くとも、同年一二月中には朴熙烈に対し本件売買契約を解除する旨及び本件手附金を没収する旨の意思表示をした。

7  以上のとおり、被控訴人は再三にわたり控訴人側の懇請を容れ、もつぱら、控訴人側の都合により残代金の支払期日を延期したうえ、最後になお、五日の猶予期間をおいたのであるが(最後に五日間だけ待つとの趣旨は、それまでは契約を解除しないとの趣旨、すなわち契約解除の前提としての催告期間の趣旨であることは、後に述べる。)、かような経過の間、被控訴人においては、控訴人側から残代金の支払があり次第何時でも、本件物件につき抵当権設定登記等を抹消して、控訴人に対し所有権移転登記をする準備がととのつていたものと認められる。

以上のとおり認めることができる。

(二)  ところで、本件においては、被控訴人の登記義務と控訴人の残代金債務とは同時履行の関係にあることは前述のとおりであるが、双務契約において、双方当事者の債務が同時履行の関係にあるときは、原則として、一方の債務は他方の債務につき履行の提供がない限り、履行遅滞に陥いることはなく、ただ、一方の当事者がその債務の履行をする意思がないことを明確にしている場合等のように、相手方当事者の債務につき履行の提供がないことに藉口して履行遅滞の責を免れ得るものとすることが公平の原則若しくは信義則に反すると認められるような特段の事情がある場合に限つて、一方の当事者の債務は相手方当事者の債務につき履行の提供がない場合でも、履行期の徒過と同時に履行遅滞に陥いるものと解するのが相当である。

この見地から考えるに被控訴人側においては、延期が承諾された前二回の支払期日当時においても、また最終支払期日と定められた昭和四五年一一月二〇日当時においても、控訴人側から残代金の支払があり次第何時でも登記義務を履行する準備がととのつていたことは前認定のとおりである。しかも、前記(一)の1・2の事実に前掲〈証拠〉をあわせ考えれば、控訴人としても、被控訴人側に登記義務を履行する意思と用意があることを十分知りながら、とくに前記最終支払期日当時においては、前記(一)の6に認定したような事情から被控訴人が残代金の入手を急いでいたことをも知りながら、もつぱら、控訴人側の都合(残代金の用意ができないという理由)により延期を懇請したものである。他面、被控訴人としては、すでに二回にわたり、控訴人の都合により支払の延期を承諾したあげく、最終弁済期に際しても、またまた同じ理由により延期の懇請を受けたのであるから、この期に及んでは、もはや、控訴人側に残代金支払の意思も能力もないと考えることは、まことに、無理からぬことといわねばならない。以上のような事情の下において、被控訴人が最終支払期日において、残代金の支払を受けるのと引き換えに所轄法務局に出頭して登記手続を履行する旨を口に出して言わなかつたからといつて(すなわち登記義務の履行につき言語上の提供がなかつたからといつて)、控訴人が残代金の支払につき遅滞の責めを免れ得るものとすることは、公正の原則に反すると同時に信義則に戻るものといわねばならない。従つて、本件の場合は、前述の特段の事情のある場合に該当し、控訴人は最終弁済期である昭和四五年一一月二〇日を徒過すると同時に残代金の支払につき遅滞に陥いつたものと認めるのが相当である。

そうして、このことを前提として、被控訴人が最後に「五日だけ待つからその間に残代金の用意ができなければ断念してもらいたい」旨を述べたことの法的意義を考えてみるに、被控訴人としては、この期に及んでまたまた残代金の支払期日を五日後に延期することを承諾する趣旨(この場合には、期日の徒過により生じた履行遅滞は一旦解消されるものと解される。)であつたとは解されず、かえつて、この発言の趣旨は、最終支払期日の徒過によりすでに生じている履行遅滞の効果を維持しつつ、五日だけ契約解除の挙に出ることを待つとの趣旨、換言すればこの五日をもつて、契約解除の前提となる催告期間とする趣旨と認めるのが相当である。

しかも、前認定のような事情の下でのこの発言は、五日の期間を定めて履行の催告をすると同時に、この間に履行がないときは、これを条件として契約を解除する旨の意思表示を含むものと解する余地すらないでもないと考えられるのであるが、それはともかく、被控訴人がその後一二月に入つて、契約解除の意思表示をしたことは前認定のとおりであるから、本件売買契約は、適法な催告を経て昭和四五年一二月中に解除されたものと認めざるをえない。

なお、被控訴人が本件物件を石渡和男外一名に譲渡し、昭和四五年一二月一一日付で所有権移転登記を経由していることは当事者間に争いがないところ、被控訴人が同年一二月中に契約解除の意思表示をした時期が、被控訴人が本件物件につき石渡和男らと売買契約を結んだ時よりも前であるか後であるかは、この点についての前掲朴熙烈の証言と被控訴人本人の供述との間に喰い違いがあり、いずれも断定しがたい。しかし、前記所有権移転登記が経由された日時と〈証拠〉とをあわせ考えれば、被控訴人が本件物件につき第三者と売買契約を結んだのは、昭和四五年一二月に入つてからのこと、すなわち被控訴人が控訴人の催告期間の徒過により契約解除権を取得した後のことと認められるので、仮りに、その時期が被控訴人が契約解除の意思表示をした前であつても、このことによつて、適法な催告を経て本件売買契約が解除されたとする前記の判断に動揺を来たすことはありえない。

三してみると、本件売買契約は、控訴人の被控訴人に対する昭和四六年一月二二日付翌二三日到達の書面、若しくは同年二月六日付同月八到達の書面により、控訴人が契約解除の意思表示をする前に、前記の経過により、被控訴人によつて解除され、本件手附金は被控訴人の取得するところとなつていたものと認めざるをえない。

四してみれば、控訴人の本訴請求はその余の争点につき判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(白石健三 間中彦次 川上泉)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com