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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1140号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 金川正男 外一名

被控訴人(附帯控訴人) 糸井優 外一名

主文

控訴人らの控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

「控訴人らは、各自、被控訴人糸井優に対し金一二〇万円及びうち金一〇〇万円に対する昭和四七年三月一一日から、被控訴人糸井とよに対し金六〇万円及びうち金五〇万円に対する右同日から、各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、附帯控訴費用を除き、第一、二審を通じて四分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。

この判決は、金員の支払を命じた部分につき、仮に執行することができる。」

被控訴人らの附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人ら代理人は、控訴につき「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴につき控訴棄却の判決を、附帯控訴につき「原判決中被控訴人ら敗訴部分を取り消す。控訴人らは、各自、被控訴人糸井優に対し、一三七万二、二三四円及びこれに対する昭和四四年八月二〇日から、被控訴人糸井とよに対し二一八万六、一一七円及びうち一八八万六、一一七円に対する右同日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  被控訴人ら代理人は、附帯控訴の理由として次のとおり述べた。

(一)  葬儀費 被控訴人糸井とよは亡新五衛門の葬儀費を支出したが、一家の主人の死亡に伴う葬儀費用は少なくとも三〇万円を要するから、原審が認容した二〇万円のほかに更に一〇万円の支払を求める。

(二)  逸失利益 亡新五衛門は本件事故当時五六歳であり、きわめて健康で大工職の業務に従事していたものであるから、本件事故に遭わなければなお少なくとも一八年余の生存が可能であり、そのうち稼働可能年数も一二年間は存すると考えられる。そして、全建総連・茨城県建築連合会の「大工職の県建築連合会協定工賃」を基礎にして亡新五衛門の平均月額賃金及び年間総収入を算出し、なお、同人の生活費を月総収入の三〇パーセントとみて年間の純収入を算出すると別表1のとおりとなり、更にホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると別表2のとおり合計五七二万六、四六三円となる。

そこで、被控訴人らは、右金額と原審が認容した三六六万八、一一二円との差額二〇五万八、三五一円を更に支払うよう求めるが、相続分に応じた具体的金額は被控訴人糸井優について一三七万二、二三四円、被控訴人糸井とよについて六八万六、一一七円となる。

(三)  慰謝料 本件事故は、控訴人金川正男の一方的過失により惹起されたもので、その後七年余を経過するもなお控訴人らは誠意をみせず、その間幾度か調停がなされたが、成立した調停条項の解釈に疑いがあるとして支払の要求に応ずることなく現在に至つている。

亡新五衛門の家族はその妻である被控訴人糸井とよとその子であり事故当時未成年であつた被控訴人糸井優の二人であり、一家の生計は専ら亡新五衛門の大工職としての収入に支えられていたもので、本件事故により一家の支柱を失つた被控訴人らは精神的苦痛を蒙つた。

したがつて、被控訴人らの精神的苦痛を慰謝するには、被控訴人糸井優について一五〇万円、被控訴人糸井とよについて三五〇万円の慰謝料をもつて相当とするところ、原審は被控訴人糸井とよについてはその慰謝料として二五〇万円を認容したにすぎないので、当審においてその差額一〇〇万円を支払うよう求める。

(四)  弁護士費用 被控訴人糸井とよは、被控訴人ら代理人に対し報酬等として請求認容額の一割に当る金額を支払う旨約束しているので、当審における総請求額の一割に当る八〇万円と原審が認容した五〇万円との差額三〇万円を更に支払うよう求める。

(五)  以上のとおりであつて、控訴人らに対し各自、原審が認容した金額のほかに、被控訴人糸井優は一三七万二、二三四円及びこれに対する本件事故当日である昭和四四年八月二〇日から、被控訴人糸井とよは二〇八万六、一一七円及び弁護士費用の差額三〇万円を控除した一七八万六、一一七円に対する右同日から、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

2  控訴人ら代理人は、附帯控訴の理由に対する答弁及び被控訴人らの原審における主張に対する抗弁として次のとおり述べた。

(一)  被控訴人らの損害額に関する主張はいずれも争う。

(二)  仮に被控訴人ら主張の動機が意思表示の内容として表示されているとすれば、被控訴人らは、本件調停において、本件事故に基づく損害賠償としては政府保償金三〇〇万円と控訴人らからの賠償額一五〇万円の合計四五〇万円の支払を受けさえすれば満足するという意思を表示したことになるから、被控訴人らは控訴人らに対し、右金額を超える損害賠償請求についてはその支払を免除する旨の意思表示をしたことになるというべきである。

(三)  仮に本件調停が無効であつて、控訴人らに本件事故に基づく損害賠償義務があるとしても、亡新五衛門にも事故の発生につき次に述べるような過失があるから、損害額の算定に当りこれを斟酌するよう過失相殺の主張をする。即ち、本件事故は、亡新五衛門が事故現場付近を自動二輪車を運転して進行中、前方に足踏み自転車が同方向に進行しているのを発見し、右側に進路を変更してこれを追越そうとした際に生じたものであるが、自動車運転者としては、進路を変更しようとした場合に変更後の進路と同一の進路を後方から進行してくる車両等の速度又は方向を急に変更させることとなるおそれがあるときは、進路を変更してはならない注意義務があるのに、右後方の安全確認を怠り、右側進路を後方から被告車が進行してくるのに気づかないで漫然と進路を右側に変更して被告車前方に進出した過失があり、しかも、亡新五衛門は自動二輪車の運転に際してヘルメツトを着用していなかつたために転倒により頭部を損傷して死亡という重大な結果を生ぜしめるに至つたのであるから、損害額の算定に当りこれを斟酌すべきものである。

3  被控訴人ら代理人は、控訴人らの抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

控訴人らの抗弁事実をいずれも争う。とくに、本件事故は、亡新五衛門がその前方を同方向に進行中の足踏み自転車を追越すために右自転車の右側方に進むべく進路を変えたところ、亡新五衛門のすぐ後方から追随進行してきた控訴人金川正男が時速約五〇キロメートルで警笛を吹鳴することもなく亡新五衛門の右側方を更に追越す二重追越しを行つたために生じたもので、控訴人金川正男の過失が本件事故の原因のすべてであつて、亡新五衛門に過失はない。

4(証拠関係省略)

5  原判決二枚目-記録二二丁-裏一行目の「八番地」の後の「先」を削り、同裏一一行目の「同人」を「亡新五衛門」と改め、同裏一二行目の「番」の後の「地」を削り、原判決三枚目-記録二三丁-裏二行目の「后」を「後」と、同裏四行目及び五行目の「千」を「、〇〇〇」とそれぞれ改め、原判決四枚目-記録二四丁-裏五行目の「代表して」を削り、原判決五枚目-記録二五丁-表二行目及び四行目の「万」の後に「〇、」をそれぞれ加え、同表九行目の「自」を削り、原判決六枚目-記録二六丁-裏九行目の「正男」を「茂男」と、原判決七枚目-記録二七丁-表一〇行目の「同額」から同表一二行目の「する」までを「右以外の金員については被控訴人らは一切の請求をしない」と、同裏六行目の「のに」を「段階で」と、同裏七行目の「られること」を「られると信じこれ」と、同裏七・八行目の「ことは、」を「とすれば、」と、それぞれ改める。

理由

一  被告車と被害車とが被控訴人ら主張の日時、場所で接触し、これによつて被害車を運転していた亡新五衛門が死亡したこと及び被控訴人糸井優は亡新五衛門の子、被控訴人糸井とよは亡新五衛門の妻であつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第一〇号証、原本の存在、成立に争いがない甲第一一ないし一五号証、当審証人片根竹松の証言、原審及び当審における控訴人金川正男本人尋問の結果によれば、本件事故は、被告車の運転者である控訴人金川正男が、その左前方を同方向に進行中の被害車を追抜くに当り、同車の動静に対する注意を怠つた過失によつて生じたことが認められるから、同控訴人は不法行為者として民法七〇九条により、又、控訴人金川茂男が被告車の所有者であることは当事者間に争いがないから、事故当時同控訴人が被告車に対する運行支配を失つていたことを認めるべき特段の事由について、主張、立証のない本件では同控訴人は運行供用者として自賠法三条により、それぞれ、被控訴人らに対し本件事故に基づく人的損害を賠償すべき義務がある。

二1  ところで、本件事故による損害賠償については、昭和四五年二月四日、水戸簡易裁判所において、「控訴人らは被控訴人らに対し連帯して一五〇万円を同年二月末日限り支払う。被控訴人らは、本件事故につき右の金員以外一切の請求をしない。」旨の条項による調停(以下本件調停という。)が成立したことは当事者間に争いがない。

2  これに対し、被控訴人らは、本件調停は要素の錯誤により無効であると主張し、本訴請求は右主張を前提にして改めて本件事故に基づく損害の賠償を求めるものであるから、まず本件調停が無効であるかどうかについて検討する。

成立に争いがない甲第一、三号証、原審証人桜井雄信、同黒羽善四郎の各証言並びに原審における被控訴人糸井とよ及び控訴人ら各本人尋問の結果を総合すると、本件調停が成立するまでの経緯として次の事実を認めることができる。即ち、被控訴人らは、本件事故後、控訴人らに対する損害賠償について検討した結果、逸失利益五〇〇万円と慰謝料一〇〇万円の合計六〇〇万円の支払を請求することにしたが、ただ被告車が無保険車であつたため自賠責保険による支払を受けることはできないが自賠法七二条一項に基づく政府による損害填補金(以下政府保償金という。)の給付を受けうる見通しがあつたことから、右六〇〇万円のうちの三〇〇万円は当時死亡の場合の最高額三〇〇万円の政府保償金をもつてこれにあてるべく、控訴人らに対してはこれを控除した残額三〇〇万円のみの支払を求めることとして、調停申立書の「支払を求める金額」欄に「金二〇〇万円(糸井優分)、金一〇〇万円(糸井とよ分)計金三〇〇万円(損害額六〇〇万円より自賠法の給付予定額三〇〇万円を差引いた金額)」と明記したうえ本件の調停申立をした。そして右金員の支払をめぐつて話合いを重ねた後、調停委員会が、当事者双方に対し、政府保償金三〇〇万円を別にして、控訴人らが申立額のうち一五〇万円を支払うことで調停を成立させるよう勧告したところ、被控訴人らは後日間違いなく政府保償金三〇〇万円の給付が受けられるとの考えのもとに右勧告を受諾し、控訴人らも政府保償金以外にその上積みとして一五〇万円を支払うことで一切が解決されるならばやむをえないとして右勧告を受けいれ、ここに本件事故に基づく総損害額を四五〇万円とすることとして、その支払方法につき前記調停条項による調停が成立するに至つた。このように、本件調停に際しては、調停委員会も当事者双方も政府保償金三〇〇万円の給付が間違いなく受けられるものと考え、このことを前提にして調停が成立するに至つたが、とくにこれに関する条項を調停条項に盛り込むことなく、前記のような調停条項とするにとどまつた。ところが、調停成立後、被控訴人らにおいて政府保償金の請求手続をしたとろ、最高額三〇〇万円から調停で取りきめられた一五〇万円を控除されたため、結局、残額の一五〇万円しか給付を受けることができなかつた。そこで、被控訴人らは、控訴人らを相手取り、右控除された一五〇万円について改めて支払を求める調停を申立てたが、控訴人らの同意が得られず、この第二の調停は不調に終つた。

以上のとおり認めることができ、前掲控訴人ら本人尋問の結果中、右認定に反する部分は採用できず、ほかに右認定に反する証拠はない。

3  右認定の事実によれば、被控訴人らが前記のような調停条項による調停を成立させたのは、政府保償金三〇〇万円の給付が間違いなく受けられるものと信じたからであつて、もし政府保償金として一五〇万円の給付しか受けられないとすれば、少なくとも一五〇万円という金額では調停を成立させなかつたことが明らかであつて、この点において被控訴人らに錯誤があつたものというべく、この錯誤は本件調停における意思表示の要素に関するもので、しかも、それが意思表示の動機に関する錯誤にすぎないとはいえ、表示されていることが認められるから、本件調停にはこれを無効ならしめる瑕疵があるということができる。しかしながら、このような瑕疵があるために本件調停の全部が無効となり何らの合意も存在しなかつたのと同じものとみるべきか否かは更に検討を要する問題である。けだし、意思表示をする者を、特別の事情がない限り、これによつて一定の目的を達成しようと意図するものであるから、意思表示の要素に錯誤があるからといつてつねにその全部が無効に帰し何らの意思表示もなかつたのと同じ状態になると速断するのは適当でなく、具体的な事案につき錯誤の内容、性質等を勘案して、意思表示の一部分のみの効力を認めてこれを強制したのでは、当該意思表示によつて意図された目的の達成が不可能となり、当事者の公平にも反するという場合にはじめて意思表示の全部が無効となるにすぎないと解するのが相当だからである。このような観点に立つて本件をみると、前述したところから明らかなように、被控訴人らの錯誤は政府保償金として実際には一五〇万円しか給付が受けられないのに三〇〇万円の給付が受けられるものと考えていたところにあるのみであつて、調停そのものを成立させる意思及び政府保償金を含めて全部で四五〇万円の支払を受けさえすればその余の請求を一切しないことにした意思には何らの錯誤もなく、いいかえれば、被控訴人らは、右のような錯誤がなかつたとしても、政府保償金を含めて全部で四五〇万円の支払を受けることで調停を成立させ本件事故に基づく紛争を解決する意思であつたことに疑問の余地はないのである。そうとすれば、本件調停のうち錯誤によつて無効となるのは、本来であれば総損害額四五〇万円から政府保償金一五〇万円を控除した残額の三〇〇万円について支払の約定をすべきところを一五〇万円について支払の約定をしただけでそれ以外の金員の請求をしないことにした部分のみであつて調停の全部ではないと解すべく、これを本件の調停条項に即していえば、一項において一五〇万円の支払を受けることにした条項に錯誤はなく有効であり、二項において右以外の金員については一切の請求をしないことにした条項が政府保償金の不足額一五〇万円を限度として無効となるにすぎないと解するのが相当である。

被控訴人らとしては、予定していた政府保償金三〇〇万円の中から控除された一五〇万円の支払さえ受けることができれば調停の目的を達成するのに何らの支障もないし、本件調停の一部分を無効ならしめるだけでその余の部分の効力を認めて法律関係を確定させることは、控訴人らの法律的地位の安定をはかり、両者の公平に資するゆえんであるというべきである。

4  右のとおり、本件調停はその一部分が無効であると認められるが、この点につき、控訴人らは、被控訴人らには重大な過失があるのでみずからは錯誤による無効を主張することが許されないと抗争するので検討する。

自賠法七三条二項は、政府保償金の支払に関して、被害者が同法三条の規定による損害賠償の責に任ずる者から損害の賠償を受けたときは、政府はその限度において損害の填補をしないと定める。したがつて、被控訴人らが本件調停に基づいて先きに控訴人らから損害の賠償を受けた場合には、それが政府保償金の金額に影響して給付額の減少を来すことになるところ、前述のとおり、被控訴人らは、被告車が無保険車であるため政府保償金の給付を受けるほかないとの考えのもとに、最初からその最高額に相当する金額を損害額から控除した残額のみの支払を求める趣旨を明示して調停の申立をしたのであるから、ある程度は政府保償金に関する規定の内容も知つていたものと認めえないではない。しかし、前掲被控訴人糸井とよ本人尋問の結果によれば、本件調停当時、被控訴人糸井とよは主婦であり、又被控訴人糸井優は未成年であつてともに政府保償金に関して十分な知識があつたわけではなく、調停申立の際の損害額の算定も親戚の者の手助けを借りて行つたものであることが認められるから、これらの事情に鑑みれば、いまだ被控訴人らに重大な過失があつたとまではいうことができず、したがつて、控訴人らの右主張は採用できない。

5  このようにみてくると、本件事故に基づく損害賠償として支払義務が肯定されるのは、総額で四五〇万円ということになるが、右金額は、本件事故の態様及び亡新五衛門の過失、当時の給料等を斟酌してみても、不当に低い金額ではなかつたことが認められる。即ち、本件事故が控訴人金川正男の前方不注意によつて生じたものであることは前述のとおりであるが、前掲甲第一一、一三ないし一五号証、前掲証人片根竹松の証言及び前掲控訴人金川正男本人尋問の結果によれば、亡新五衛門にもその前方を同方向に進行中の足踏み自転車を追越すために後方の安全を確認しないで道路中央寄りの控訴人金川正男の進路に出てきた不注意があり(前掲甲第一二号証及び当審における控訴人金川正男本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できない。なお、本件事故が被控訴人ら主張のように控訴人金川正男の二重追越しによつて生じたことを認めうべき証拠はない。)、しかも、亡新五衛門は当時ヘルメツトを着用していなかつたために頭部を強打して死亡という重大な結果を生じたことが認められるし、又、成立に争いのない甲第四号証、原審証人佐久山久行の証言及びこれによつて成立が認められる甲第七号証によれば、本件事故当時、亡新五衛門は年令五六歳の大工であつてその日給が二、四〇〇円、一か月二五日位の稼働状況であつたことが認められるから、これらの事情を勘案すると、本件事故に基づく損害賠償として支払義務を肯定されるのが総額で四五〇万円にとどまるとしたこともとくに不当であるということはできず(前掲被控訴人糸井とよ本人尋問の結果中には、調停申立に際して総損害額を六〇〇万円と算定したのは亡新五衛門の収入、年令を考えて適当であると考えたためであると述べた部分があるが、過失相殺をすれば右と大差ないことになろう。)、その意味で、本件調停には一部無効があるにすぎないとした前記判断は、実質的にみても合理性があるものというべきである。ちなみに本件事故当時の自賠責保険の保険金額(最高額)は三〇〇万円であつた。

三  前段で述べたように、本件調停には一部無効があり、したがつて、控訴人らは被控訴人らに対し、政府保償金一五〇万円及び本件調停で定められた一五〇万円のほかに、本件事故に基づく損害賠償として更に一五〇万円を支払うべき義務があるところ、被控訴人糸井優が亡新五衛門の子であり、被控訴人糸井とよがその妻であることは前示のとおりであるから、右の一五〇万円を相続分に応じて配分するとすれば被控訴人糸井優に対してはその三分の二に当る一〇〇万円を、被控訴人糸井とよに対してはその三分の一に当る五〇万円をそれぞれ支払うべき義務があることになる。

四  次に弁護士費用について検討するに、控訴人らが本件事故に基づき賠償すべき損害には、本来の損害額の請求取立に要する弁護士費用相当額も当然に包含されるというべきところ、本件においては、本件調停後にその効力をめぐる紛争が生じたことによつて必要とされるに至った弁護士費用相当額は、本件調停の「本件事故につき一五〇万円以外一切の請求をしない」旨の条項にかかわらず、これには妨げられることなくその支払を求めることができると解される。しかも控訴人らは本件調停によつてすべてが解決ずみであるとの態度をとつてその余の支払義務を否定し、政府保償金から控除された一五〇万円の支払を求める調停を申立てられたのにも応じなかつたために結局被控訴人らによる本訴の提起に至つたものであるからなおさらである。そして、控訴人らが被控訴人らに対し賠償すべき弁護士費用相当額は、審理の経過その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、被控訴人糸井優については前記認容額の二割に当る二〇万円、被控訴人糸井とよについては同じく一〇万円をもつてそれぞれ相当と認める。なお、本訴において弁護士費用の支払を求めているのは被控訴人糸井とよのみであるが、これは本訴提起当時被控訴人糸井優が未成年であつたことによるもので、同被控訴人には弁護士費用が損害として生じていないとか生じたとしても請求しない趣旨をあらわしたというものではないことが明らかであるし、これを認めたからといつて同被控訴人の請求総額を超えることにはならないから、同被控訴人についても弁護士費用相当額の賠償を認めてさしつかえないと解される。

五  更に、被控訴人らは、弁護士費用を除き、本件事故に基づく損害の賠償請求に付帯して、本件事故の発生当日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているので検討する。

まず、本件事故に基づく損害賠償請求権については、一応本件調停による決着がはかられ、その条項の中で、控訴人らは被控訴人らに対して一五〇万円を支払うこと、被控訴人らは右以外の金員については一切の請求をしないことが明定されているので、被控訴人らは本件調停において遅延損害金についても請求しない趣旨を明らかにしたものというべく、このことは、政府保償金から控除された部分について調停に一部無効があつて、控訴人らには右控除分を本件事故に基づく損害として賠償すべき義務があることが肯定されたからといつて別異に解すべき理由はないものと解される。したがつて、たとえ政府保償金から控除された金額についてだけとはいえ、本件調停には関係なく事故の発生当日からの遅延損害金の支払を求める被控訴人らの付帯請求は、失当といわなければならない。しかし、他方、前記調停条項があるため、事由のいかんを問わず、もはや遅延損害金の支払を求めることは許されないと解するのも片手落ちであつて、もし右控除分を含めて本件調停で合計三〇〇万円の支払が約定されたとすれば、とくに遅延損害金に関する定めをしない場合でも、確定の支払期限を徒過したときはその徒過した翌日から、支払期限の定めがないときは支払請求がなされた日の翌日から、それぞれ遅延損害金の支払義務が生ずるのはいうまでもないから、本件で支払を命じた部分については、調停で支払義務が定められたが支払期限に関する定めがなされなかつた場合に準じて、被控訴人らが本件調停の無効を前提にして本件事故に基づく損害の支払を求める意思を明確にした本件訴状の送達によつて遅滞に陥り、控訴人らはその翌日から遅延損害金の支払義務を負うに至つたと解するのが相当である。

したがつて、被控訴人らの付帯請求については、前記三で支払を命じた金員に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年三月一一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある限度で理由があるにすぎないことになる。

六  以上のとおりであつて、被控訴人らの本訴請求は、控訴人らが各自被控訴人糸井優に対し金一二〇万円及び弁護士費用二〇万円を除いたうち金一〇〇万円に対する昭和四七年三月一一日から、被控訴人糸井とよに対し金六〇万円及び弁護士費用一〇万円を除いたうち金五〇万円に対する右同日から、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないから、控訴人らの控訴に基づき原判決を主文のとおり変更し、被控訴人らの附帯控訴を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 園部秀信 太田豊)

別表1〈省略〉

別表2〈省略〉

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