大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1237号 判決

控訴人(原審被告) 安井松美

右訴訟代理人弁護士 田中豊吉

被控訴人(原審原告) 田辺惠一

右訴訟代理人弁護士 石川欣弥

同 河野通彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

請求の減縮により原判決主文第一、二項は次のとおり変更された。

「控訴人は被控訴人に対し別紙目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和四七年一月一日以降右土地明渡ずみに至るまで一か年につき金三万〇六〇〇円の割合による金員を支払え。」

事実

第一、申立

(控訴人)

原判決中控訴人勝訴部分を除きこれを取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人) 主文同旨。

なお、被控訴人は訴を変更し収去を求める建物を別紙物件目録(二)記載の建物とし、明渡しを求める土地を同目録(一)記載の土地とし、損害金の支払い請求を「昭和三七年一月一日以降右土地明渡しに至るまで一か年につき金三万〇六〇〇円の割合による金員の支払い」に減縮した。

控訴人は右変更減縮に同意した。

《証拠関係省略》

理由

一、被控訴人の先代が昭和二一年頃その所有の本件土地を控訴人の先代に建物所有の目的で、期間の定めなく、賃貸したことは当事者間に争いがなく、この建物が非堅固のものであることは弁論の全趣旨から明らかである。

そして、控訴人先代が本件土地上に本件建物を建築所有したこと、被控訴人及び控訴人がそれぞれ先代から右土地または建物の所有権とともに賃貸借契約当事者の地位を承継取得したことは、当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》によれば、次のような事実が認められる。

1  本件建物は、土間状の倉庫部分と、床面が板張状の別紙図面(1)部分((1)建物という)と、同図面(2)部分((2)建物という)とから成る。倉庫部分と(1)建物とは棟高約四メートル、屋根は現在波形亜鉛メッキ鋼板葺(原審検証時には倉庫部分には屋根と認められるものは全然存在しなかった)、下見も同鋼板張(但し東側は一部欠)で同一棟である。右棟の南壁は、棟高約二メートル、屋根は同鋼板葺で下見も同鋼板張の(2)建物の北壁と接着している。

2  (1)建物の東側壁面には二枚の引違い硝子戸を持つ腰高窓が設けられていて、その天井、内壁はベニヤ板張である。(1)建物の東南隅にある柱は、露出していて黒ずんだ色を帯びその角もいくらか丸くなっていて、底部は土に覆われ、土の下約八センチの深さで右底部の一部が基礎石の上面と接している。そして右柱は、約二メートルの高さで六センチ外側に(従って垂直に対して約一・七度)傾いている。(1)建物は幅約五五センチの空間を通って、(2)建物と往来できる。

3  (2)建物の下見は、前同鋼板張(但し東側の南寄りと、南側においては板張)で、玄関部分だけ(高さ約一・七メートル、間口約七〇センチ)下見板がなく、扉もない(柱に蝶番が残置されている)。右玄関は奥行約四五センチの土間状となっていて、そこにはコンクリート片、木屑、ジュースの空瓶等が散乱し、足の踏場もない状況である。また南側下見板は、その東寄りにおいて幅約六〇センチにわたって欠けており、ここから(2)建物内部を覗き見ることができる。

(2)建物の東側面中央付近の柱(前記玄関の北側)の底部も土に埋もれていて、約一〇センチの深さのところに、茶褐色の煉瓦かもしくは割栗石状の煉瓦片と思われるものが存在するのみである。玄関を入ってすぐ左手に七〇センチの間隔で、東側壁面に平行して約五センチの角材柱が各一本立っていて、右(北側)の柱から左側の柱にかけ高さ九〇センチの箇所に、(2)建物東壁に平行に、一本のぬき材が取りつけられていて一見して、玄関の左側は押入跡のように(但し棚板は存在しない)、また玄関を入った右側にはパイプが残っていて流し台の跡のように見受けられるが、右押入跡及び流し台跡と思われる部分には、床板が張られておらず、地面が露出している。(2)建物は、そのうち右部分と、前記玄関の奥行四五センチを除く他の部分は、地上からの高さ約二〇センチに床板が張ってある。内壁面は西側はペンキ塗のベニヤ板張であるが、東側及び南側は下見板が露出している。屋根裏は、野地板に接してベニヤ板が張ってあるが、そのベニヤ板の表面二、三箇所が短冊様に剥がれて垂れ下がっている。(2)建物のほゞ中央辺に床面より約一・七メートル上の低い位置に梁があり、その上に長さ約三〇センチの束柱が棟木を支えている。この梁と束柱の双方の側面にわたり縦約三〇センチ、横約五センチ、厚さ約一センチの一枚の添板が釘で打ちつけられて当ててある。

4  (1)、(2)の各建物内部には、原審検証時には、古木箱、空瓶、古トタンその他の古い物品が雑然と集積していたし、(2)建物の出入口は、腐触した古トタン板でおおわれていて内部に入れず、(1)建物の引ちがい窓や、(2)建物の破れた壁の間から、中を覗くことができるだけであった。当審検証時は(1)、(2)建物とも腐触したトタン板は新しい物ととりかえ、内部は、可成の労力を費やして片付けられたと見え、整頓されており、(2)建物内部には電気饅頭蒸器一三台位が収納されていた。

5  本件建物は、終戦直後の昭和二十二、三年頃に建築されたバラック建築で、右1ないし3のとおりの粗末で小さく内部の暗い建物であり、建築以来すでに約三〇年を経ている。

6  (1)及び(2)建物には、建築後暫らく、控訴人先代の従業員が一人で居住していたが、昭和三三年頃からは控訴人の妹夫婦が同四十二、三年頃他に引越すまで住んでいた。その後現在まで約一〇年間居住用には使用されず、少なくとも原審検証時までは古い不要の品を雑然と積み上げておくごみため同然であったため、近所の子供が遊びに入り、消防署や近所の人から危いからと注意されるようになっていた。

7  建物全体としても年月の経過による自然の老朽化に加えて長期間無住の状態にあったため、一層老朽化の度を早め、今や完全に朽廃の域に達しており、仮に修理するとすれば新築に近い程の大改造を要し、その費用として同種建物を建築するに等しい過大の金額を要し、却ってこれを取り毀して新築する方が経済的に有利であり、これを修理してこれに居住しようとする者はおらないように思われ、木造トタン葺の本件建物の骨格部分といえる柱、桁、梁、棟木等は、戦後三〇年を経た現在腐触している部分もあり(柱のうち地中に埋もれ或は接している部分は明らかに腐触している。)、今日そのまま柱等として使用できるものは存在しないし、板等もそのまま板として使用することは困難であって、新築するとすれば、全部取り換える必要がある。

以上の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。そうだとすると、結局本件建物は、前記甲第一号証の一ないし四を撮影した昭和四七年一一月二五日には、すでに建物としての社会的、経済的効用を失うに至っていたものと謂わざるを得ないから、期限の定めのない本件土地賃貸借契約は、その始期である昭和二一年から三〇年の借地権存続期間満了前である昭和四七年一一月二五日には建物朽廃による借地権消滅により、終了したものということができる。

三、《証拠省略》によれば、本件土地賃料の約定額は、昭和四三年一月一日以降一箇年当り三万〇六〇〇円と定められたこと、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和四七年一二月二七日に被控訴人に対し、昭和四七年一月一日から同年末までの本件土地の右同額の賃料を提供したが、すでに同年一一月二五日に賃貸借は終了していると考えていた被控訴人がその受領を拒否したので、これを同四八年一月二五日供託したことが認められる。

そして前記の説示によれば、被控訴人の右受領拒絶は正当であったものということができるから、右供託によって弁済の効果は発生していない。

四、以上の理由により、被控訴人が控訴人に対して、本件土地賃貸借終了を原因として本件建物収去、本件土地明渡し、及び昭和四七年一月一日から同年一一月二五日までは賃料として、同年一一月二六日から本件土地明渡済までは賃料相当の使用損害金として一箇年三万〇六〇〇円の割合による金員の支払いを求める本訴請求は、正当と認められる。

そうすると、被控訴人の請求を変更された範囲内において認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がなく棄却を免れないから、民事訴訟法三八四条一項、九五条、八九条を適用し、なお被控訴人は当審において訴を変更したが右変更は請求の減縮に当るのでこれにより原判決は主文第三項のとおり変更せられたので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 園田治 木村輝武)

〈以下省略〉

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