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東京高等裁判所 昭和52年(行コ)68号 判決

神奈川県藤沢市大平台一丁目三番二号

控訴人

石神勇太郎

右訴訟代理人弁護士

増本敏子

長谷川宰

庄司捷彦

同県同市朝日町一番地

被控訴人

藤沢税務署長

細金英男

右指定代理人

藤村啓

磯部喜久男

須貝秀敏

和田清

荒牧清治

右当事者間の更正処分等取消請求控訴事件について左のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四八年三月八日付で控訴人の昭和四四年分所得税についてなした更正処分のうち総所得金額八、四九八、五四八円、税額二、〇二四、八〇〇円を超える部分、同じく昭和四五年分所得税についてなした更正処分のうち総所得金額八、〇四二、〇二五円、税額一、四二七、九〇〇円を超える部分、同じく昭和四六年分所得税についてなした更正処分のうち総所得金額九、九三九、四八三円、税額二、〇五一、〇〇〇円を超える部分及びこれらの各年分所得税についてなした過少申告加算税賦課決定の全部を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び立証の関係は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴代理人は、「(一)控訴人は措置法第二六条による所得及び税額の計算によって本件各年度分の確定申告をなす意思であったところ、表示行為としては通常の所得及び税額計算による確定申告をなしたのであり、これが錯誤によるものである以上、民法の法律行為の原則に従ってその申告は無効と解すべく、税法上の救済規定の有無に関係なく、その意思表示の瑕疵は補正さるべきであって、被控訴人が右補正を許さなかったのは違法である。また、控訴人の如き個人開業の保険医は、措置法第二六条の税制特例があればこそ、低額な社会保険診療報酬のもとで、保険医としての義務と責任を果し得るのであるから、白色申告の医師の税務申告は右特例に基づく申告であるとの事実上の推定があるものというべく、従って、控訴人が確定申告書に特例適用条文を記入しなかったことは、客観的に明白かつ重大な錯誤によるものというべきところ、これについては法定の是正方法が全くないのであるから、斯かる場合、法定の是正方法以外の方法による是正を許さなければ、本件原処分において控訴人が一〇〇〇万円以上の本税額の更正決定を受けたことからも明らかなように、納税義務者の利益を著しく害することになるのであってみれば、医師課税の特例制度の趣旨に照らし、控訴人申出の補正を許すべきが当然である。(二)控訴人に対して調査を行った藤沢税務署所得税第四部門は、当時税制の民主化、中小業者の営業と生活を守ること等を活動方針とする民主商工会を反税団体として敵視し、専らその会員の税務調査を行って、多くの会員を退会させることを任務としていたのであり、昭和四七年度には、藤沢市の民主商工会員二九名を集中的に調査し、そのうち一二名を退会のやむなき追い込んだのである。その中で控訴人と訴外土屋産婦人科医院は数少い医師の会員であったため、それ迄当然のこととみなされて来た特例条項の適用について、再三にわたる補正の申出にも耳をかさず、みせしめ的に更正決定をしたのであって、更正権の濫用たること明らかである。(三)所得税法第一五六条の規定によれば、納税者の実所得の把握が困難な場合には推計による課税処分ができること、そして推計課税は当該納税者とは無関係な第三者の状況や資料をもって推計してはならないものとしている。ところが、原処分は、如何なる所に居住する如何なる診療科目、規模、患者の層と数を有するのかも全く不明な(匿名なのでその存在すら判らず、納税者においてその真偽も点検できない)AからGまでの七名の同業者の経費率なるものを使って、推計課税したのであって、これは所得税法第一五六条に違反するものである。」と述べ、

被控訴代理人は、「(一)控訴人の右(一)の主張は争う。措置法第二六条の規定には、一切救済規定がなく、また控訴人のいう補正の申立なる確定申告の是正方法は法律の認めるものではないのであって、既にこの点で控訴人の本訴請求は失当なものというべきである。また納税者が右特例の利益を受けようというのであれば、確定申告書にその旨を単に表記すれば足りるところ、本件の場合右の記載がなかったのは、控訴人の委任した民主商工会の事務局員の不注意に原因するというものであって、仮に錯誤があるとしても、重大な過失に基づくものであって、錯誤の主張自体許されないものである。更に被控訴人は措置法第二六条の適用は認めなかったものの、本件各係争年分について、合理的な推計方法に基づき相当な経費を認めているのであるから、法律上全く規定のない是正方法を講じてまでも救済しなければならないような不公平、不利益を控訴人に強いるものでないことも明らかである。(二)控訴人の前記(二)の主張は争う。(三)控訴人の前記(三)主張の所得税法第一五六条に関する解釈は争う。控訴人主張の解釈によれば、控訴人の場合のように納税申告、税務調査等において自己の所得に関する適正な資料を一切明らかにしない納税者に対しては適正公平な課税方法は不可能となるのであるから、所得税法第一五六条は推計方法を例示的に規定したものと解するのが相当であり、推計方法が合理的である限り、他の推計方法も当然許されるものと解すべく、被控訴人の採用したいわゆるABC方式による同業者率を用いた推計方法も合理的なものとして適法な推計方法である。」と述べた。

二  立証として新たに、控訴代理人は当審証人石神文子の証言を援用した。

理由

当裁判所も控訴人の請求は、前記事実欄の控訴人の(一)ないし(三)の主張を併せ考えても、理由がないと認めるのであって、その理由は、左のとおり付加、訂正するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決書二八丁裏三行目の「口答」を「口頭」と訂正し、二九丁表六行目の「とどまり、」の次に「原審証人井上晃一の供述によれば、医師の所得税申告においては措置法第二六条の適用を選択するものとのみは限らないことが認められ、かつ、本件各確定申告書(控用或いは提出用)である甲第八ないし一〇号証(なお、控訴人が右確定申告書のほかに収支明細書等の資料を提出したものとは認められない)の記載自体も、その所得金額及び税額の算出について措置法第二六条の記載を遺脱したにすぎないことを推測させるようなものは存しないことを併せ考えると、控訴人主張の錯誤は客観的に明白なものであるとは認め難く、」を挿入し、三九丁裏一〇行目の「昭和四二年分」以下三〇丁表六行目の「解し難く」迄を、「控訴人が昭和四二年分と同四三年分との二ケ年分について措置法第二六条第一項を適用して所得金額を算出したとしても、被控訴人が、その確定申告書に右法条適用の旨の記載がないにも拘らず、同法条の適用を承認したものと認めるに足る証拠はないのであって、本件各係争年分に至って被控訴人の控訴人に対する同法条の適用についての態度が急変したものとは認め難く、」と、三一丁裏四行目の「被告の主張(五)」を「原判決事実摘示の被告の主張(一)及び(五)」と各訂正する。

二  控訴人は、控訴人が措置法第二六条第一項の適用を選択する旨確定申告書に記載しなかったのは表示の錯誤であって、これが補正の申出を被控訴人が許さなかったのは違法である旨、当審においても縷述する。控訴人がその適用を受けようとする措置法第二六条第一項については、確定申告書にその旨の記載がなければ同条項を適用しない旨同条第二項が定めているのであって、右記載をなさなかった場合について救済を認める規定はないが、錯誤の主張が全く許されないものであるとは解されない。しかし本件の場合、控訴人のなした補正の申出というようなものは確定申告の是正方法として法律の認めるものではない。また、成立に争いのない甲第八ないし一〇号証、原審における証人松井孝吉、被控訴人、当審における証人石神文子の各供述と弁論の全趣旨とによれば、控訴人は、本件各係争年分の白色申告に当り、その属する民主商工会に確定申告書の作成をまかせて、提出したものであること、確定申告書用紙には「特例適用条文」の欄が印刷されているのに、本件各確定申告書作成に当った民主商工会事務局員は同欄に何らの記載もしなかったことが認められ、右事実によれば、控訴人主張のように表示の錯誤があったとしても、これについて重大な過失があったものと認めるのが相当であるから、控訴人はその錯誤による無効を主張し得ないものと解すべきである。のみならず、この論点について訂正の上引用の原判決理由二の(二)説示のように、控訴人主張の錯誤が客観的に明白なものとは認め難く、かつ錯誤の主張を許容すべき「特段な事情」があるものとも認められないのである。従って、いずれにせよ、控訴人の前記主張は、採用することができない。

更正権の濫用に関し控訴人が当審で付加主張する点については、控訴人が民主商工会の会員であるが故に前記補正の申出が認められなかったとする如き前掲証人石神文子の供述は遽かにそのまま採用し難く、他に控訴人の主張を認むべき証拠はない。

次に、所得税法第一五六条違反をいう控訴人の主張についてみるに、同法条の推計による更正の場合、推計資料に関する同条の規定は例示的なものと解するのが相当であり、本件の場合、被控訴人が原価及び一般経費についていわゆる同業者比率を用いて推計したこと自体は何ら違法とすべき理由はなく、かつ、引用の原判決認定のように、その同業者が被控訴人の管内に在る者で収入、規模等において控訴人に類似する内科開業医である以上、右同業者比率を用いた推計は合理的なものであり、この場合、被控訴人が右同業者の氏名、住所を明示することは必ずしも必要でないというべきである。従って原処分に控訴人主張の所得税法第一五六条違反は認められない。

以上の次第であるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 宮崎啓一 裁判官内藤正久は差支のため署名押印することができない。裁判長裁判官 田中永司)

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