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東京高等裁判所 昭和56年(行コ)72号 判決

控訴人

山本理平

外一四名

右一五名訴訟代理人弁護士

斉藤驍

宮川勝之

久保田康史

斉藤浩二

吉峯啓晴

山進

秋山幹男

水島正明

高原誠

被控訴人

環境庁長官

堀内俊夫

右指定代理人

金子泰輔

外六名

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和五三年七月一一日付けで二酸化窒素に係る環境基準についての告示(環境庁告示第三八号)はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のとおり補正し、控訴人らの当審における主張を付加するほか、原判決事実摘示第二(別紙「二酸化窒素に係る環境基準について」を含む。)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一六丁表一行目の「もつとも」を「なお」と、同四行目の「硫黄酸化物のみが指定されている」から同一六丁裏三・四行目の「予定していたのである。」までを「硫黄酸化物のみが指定されていたが、その後昭和五六年六月二日に公布、施行された大気汚染防止法施行令の一部を改正する政令により、窒素酸化物も指定ばい煙と定められた。」とそれぞれ改める。

2  同二五丁裏四行目及び同二六丁表三行目の「健康被告」をそれぞれ「健康被害」と改める。

(控訴人らの当審における主張)

本件告示は、抗告訴訟の対象となる行政処分性(以下、単に「処分性」という。)を有する。このことは、本件告示の当時、環境基準が有し、又は有するに至つていた規範的な性格それ自体に加え、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定(以下「本件改定」という。)が国民の健康等に及ぼす影響との両面から明らかであるというべきである。そして、本件告示の処分性を判断するに当たつては、二酸化窒素等による大気汚染が現在なお深刻な状況の中で、環境基準がいかなる歴史的経過で生まれ、いかなる役割を果たしてきたかという事実から出発しなければならないのである。

以上につき、控訴人らは、控訴人らの従前の主張を補足し、ふえんして、次のとおり主張する。

1  環境基準の規範的性格

(一)  環境基準をめぐる公害対策基本法制定の経緯

引用に係る原判決事実摘示(以下「引用事実摘示」という。)第二の四1(五)記載のとおり、公害対策基本法(以下「基本法」という。)は、公害審議会の中間報告(昭和四一年八月)と答申(同年一〇月七日)に基づき、政府部内における一四省庁間の調整協議を経て政府提案として国会に提出され、成立した法律である。公害審議会の右答申の骨子は、右事実摘示記載のとおりであつて、答申が示した環境基準の法的意義は明確である。すなわち、環境基準は、公害行政の法的基礎であるとともに、個別規制法その他を媒介として実現される法的目標なのである。

右答申後、昭和四一年一一月二二日、政府部内の各省庁によつて構成された公害対策推進連絡会議に提出された厚生省の「基本法試案要綱」は、環境基準はもとより、全体にわたり右答申を法案に具現するものであつた。以来、右連絡会議は、その「試案要綱」を発表した昭和四二年二月二二日までの約三か月間、厚生省試案に基づく検討を行つたが、そこにおいて主として議論が集中したのは、環境基準の法的性格ではなく、公害被害者に対する無過失責任の取扱い及び公害対策と経済との調和の問題であつた。これに対し、環境基準については格別の議論はなく、ただ、環境基準が即規制基準となるわけではないこと(これは前記答申の趣旨である。)を明確にするために、厚生省試案の「維持されるべき環境上の条件に関する基準」等の文言が「維持されることが望ましい環境上の条件に関する基準」等の文言に表現が変えられたにすぎない。もちろん、この表現の変更により、環境基準の法的性格が変更されたという主張は、全くなかつたのである。

国会上程後は、環境基準について、前記答申の趣旨を問題にするような議論はほとんどなく、環境基準が、いわば公害行政の法的原点として導入されたことを評価する意見が圧倒的であつた。

以上のような基本法制定の経緯に照らしていえることは、被控訴人の主張とは全く反対に、環境基準は公害行政の法的基礎であり、法的目標であるということである。

(二)  環境基準と総量規制との関係(環境基準の実定法上の規範化)

環境基準が個別規制法等を媒介として汚染の規制と関連するものであることは、基本法制定の当初から明らかであつたが、昭和四九年五月大気汚染防止法の改正による総量規制の導入により、この関連は極めて明確なものとなつた。すなわち、総量規制の導入により環境基準は総量規制と直接連動するものとなつたのであり、両者の関係については、引用事実摘示第二の四1(二)及び七2で主張したとおりである。

環境庁窒素酸化物総量規制検討委員会の座長をつとめた三重大学医学部教授吉田克己氏がその論文(「環境基準―その役割と将来への課題」―ジュリスト総合特集・昭和五四年)中で明確に指摘するように、「総量規制の実施は、当然、地域における排出許容総量の算定およびその個別排出者の割当てが行なわれ、それはこの環境基準値と直接的に連関するものであるから、この二つは以前よりもはるかに強く結びつけられる内容に変つてくるということがある。実際にも、改正された大気汚染防止法においては、その第五条の三において、『大気環境基準に照らし総理府令に定めるところにより算定される総量』と表現されており、これを受けて各政令、府令が定められ、またその具体的手続を解説した『総量規制マニュアル』(総量規制方式検討会)においても、大気環境基準値よりの具体的な算出法が記述されている」のである。

(三)  環境基準と排出基準等との関係

また、環境基準は、個別の排出基準等の規制の法的根拠であるとともに、その限界を画するものである。この点については、引用事実摘示第二の四1(一)及び七1で詳細に主張したとおりである。

(四)  以上によつて明らかなように、環境基準は公害行政の法的基礎であるとともに、個別規制法その他を媒介として実現される法的目標であつて、被控訴人が主張するような単なる行政上の努力目標にすぎないものではない。

仮に、被控訴人が主張するように、環境基準が直ちに法的強制によつて実現されるものでないとしても、いつたん環境基準が設定されれば、政府による法的規制がこの基準を超えることがないことは明らかである。すなわち、環境基準は、政府による法的規制の最大限度である。これは、国民の側からみれば、それ以上の規制を法律上期待できないということ、いいかえればそこまでの汚染は法律上許容され、国民はこれを受忍しなければならないということになるのであつて、環境基準は法律上の許容限度であり、かつ、受忍限度である。したがつて、二酸化窒素に係る環境基準を改定した本件告示は、国民の権利又はその法的地位に直接法的効果を及ぼすものであり、その処分性は明らかである。

2  本件改定が国民の健康等に及ぼす影響

(一)  本件改定が国民の健康に及ぼす影響と本件告示の処分性

(1) 二酸化窒素の有害性

① 二酸化窒素による健康被害については、これまで幾多の動物・人体実験がなされ、その毒性が検証されている。二酸化窒素の毒性作用の典型は呼吸器に及ぼすものであり、二酸化窒素暴露により呼吸機能、生化学的作用、呼吸器組織の形態等についての異常変化が起きるが、そのほか、白血球・赤血球・ヘモグロビン数異常等の血液変化、暗順応異常等の感覚機能変化、抗体産生濃(血清中和抗体、免疫グロブリン等)等の免疫能力低下、細菌感染に対する抵抗性の減弱、成長・生存率・体重・妊娠・体力に対する異常等の例が判明している。

以上のほか、米国の調査によつて、二酸化窒素は急性呼吸器疾患罹患率と明白な相関関係がみられることが判明している。

② しかも、これらの健康影響は、高濃度、短期暴露にのみみられるものではない。たとえば、右の二酸化窒素によつてもたらされる障害は、二酸化窒素によつて肺の細胞膜中の脂質が過酸化されることによりもたらされるものである(トーマスら、一九六八年)。嵯峨井ら(一九八一年)は、ラットを用い、0.04ppm、0.4ppm及び4.0ppmの各濃度の二酸化窒素を連続九か月、一八か月及び二七か月の長期慢性暴露を行い、過酸化脂質が生成される度合いを示す呼気中のエタンガス量と二酸化窒素濃度との関係を各時期において測定した。その結果、エタン生成(ひいては過酸化脂質の生成)は、九か月と一八か月目では、0.04ppm暴露群、0.4ppm暴露群及び四ppm暴露群のすべてにおいて統計上有意に増加し、かつ、その生成量は濃度の上昇につれて増加すること、二七か月暴露群では0.04ppmと0.4ppm群が対象群(二酸化窒素に暴露されていない群)の約二倍へと有意な増加を示していたが、4.0ppm群では低下し、対象群との間に有意差はみられなくなること、0.04ppm群と0.4ppm群については、九か月、一八か月と二酸化窒素の暴露期間を延長すればするほど過酸化脂質生成は増加していることが判明したのである。嵯峨井らは、この実験結果について、生体にとつて発癌と密接な関連を有する過酸化脂質の生成は、二酸化窒素濃度の増加に伴つて増加し、かつ、暴露期間の延長につれて蓄積的に増加し、ある限界を超えると肺障害が質的に変化することによつて減少するものであると考察している。

以上のように、二酸化窒素は、発癌との関連性を示唆する過酸化脂質を増大させるのであるが、嵯峨井らの右実験結果によれば、二酸化窒素0.04ppmという本件改定による環境基準値の最低濃度においても、二酸化窒素は生体の細胞組織中の脂質の過酸化を不可避的に生じさせていることとなる。このことは、旧基準を緩和した本件告示による環境基準によつては、住民の健康被害を阻止し得ないことを如実に示すものということができる。

③ また、このような低濃度、長期暴露による健康影響は環境大気の調査によつても判明している。

このことは、そもそも本件改定の根拠となつた中央公害対策審議会(以下「中公審」という。)答申及び中公審専門委員会報告がもつとも重視している四大疫学調査(千葉県調査、岡山県調査、環境庁六地区調査、大阪・兵庫調査)によつて明らかなのである。右疫学調査の結果によれば、本件告示によつて改定された環境基準一時間値の一日平均値0.04〜0.06ppm(年平均値0.02〜0.03ppm)では、それが達成されたとしても、二酸化窒素によつて誘発される持続性せき・たんの発症を抑えることは出来ず、国民は不可避的に健康被害を被ることとなる。しかも、注意すべきことは、右の結論は右疫学調査が対象とした抵抗性の高い年齢層の男女について導き出されるにすぎないことである。換言すれば、二酸化窒素によつて、より被害を被りやすい老人、幼年者、病者のごとき抵抗力の弱い者、感受性の高い者の存在を考慮していないのである。この点をも考えあわせれば、本件告示による環境基準の緩和が国民の健康被害の拡大に直結するものであることは明らかである。

④ 二酸化窒素は、それ自体が発癌性を有するというだけでなく、癌細胞の転移を促進させる作用、その他の発癌性物質の発癌性を高める助発癌作用を有し、更に強力な発癌物質を生成させることも重大である。また、二酸化窒素の発癌性に対する影響は、他の有害物質との共存下においては、今日明白であり、疑問の余地がない。

⑤ 二酸化窒素は、それ自体として健康被害をもたらす毒性を有するものであるが、他方で強い毒性をもつ物質である光化学オキシダントの生成について強い関連性を有する。光化学オキシダントは、非メタン炭化水素と窒素酸化物が共存している大気中で、太陽光線に含まれる二九〇〜三五〇nmの長い波長の紫外線エネルギーが二酸化窒素と酸素を励起させて始まる一連の光化学反応によつて生じるものである。

東京都公害研究所は、一九七七年春から一二月にかけて、東京都有楽町に所在する同研究所屋上の環境大気を採取し、紫外線を照射して、光化学オキシダントと窒素酸化物、非メタン炭化水素等との関連を調査するチエンバー実験を行つた。その結果、オゾン(光化学オキシダントの九〇パーセント以上はオゾンである。)の最大濃度は窒素酸化物及び非メタン炭化水素の初期濃度に依存しており、右各物質の初期濃度と比例関係があること、オゾンの最大濃度、窒素酸化物及び非メタン炭化水素の各初期濃度との関係を等濃度曲線をとつて調査すると、窒素酸化物の初期濃度約0.02ppm、非メタン炭化水素の初期濃度約0.04ppmCの大気に紫外線を照射した場合、0.1ppm以上のオゾンが生成していること、光化学オキシダントの生成を抑制するためには、窒素酸化物と非メタン炭化水素の比率をコントロールするよりも、両者の絶対量を下げることが効果的であること、オキシダントを環境基準値である一時間値0.06ppm以下にするためには、非メタン炭化水素、窒素酸化物の濃度レベルをそれぞれ0.4ppmC、0.02ppm以下にする必要があることが判明した。

以上のように、二酸化窒素は光化学オキシダントを生成する重大原因物質であり、しかも、本件改定前の環境基準程度の濃度が光化学オキシダント被害の発生に起因することとなつている。光化学オキシダントの被害は重大であり、助発癌性をはじめとする様々な被害を及ぼすことを考慮すると、本件告示による環境基準程度では光化学スモッグの被害の発生を防止できないのは明らかである。

(2) 本件告示の処分性

① 以上のように、二酸化窒素は、それ自体有害な物質であり、呼吸系の疾病の有力な原因物質であるとともに、光化学オキシダント等他の有害物質生成の原因物質ともなつており、今日の大気汚染の最大の原因物質として住民の健康に影響を与えるものである。しかも、二酸化窒素は単に有害というのではなく、旧環境基準を分岐点として慢性気管支炎等の明白な疾病をひきおこすのである。すなわち、このことは、本件改定による環境基準はそれが一〇〇パーセント達成された場合にも、今日までに判明した医学的知見によれば、二酸化窒素の毒性が住民の健康を侵害することをおよそ防止できないことを物語つているのである。

② ところで、本件告示による環境基準の緩和は、これを生活環境を破壊され、健康被害を受ける住民ないし国民の側からみれば、各種規制法や行政庁の規制措置が介在する事業者とは異なり、直接的な効果をもたらすこととなり、住民らは本件告示を争う以外には、自己の健康を確保できない筋合にある。

そもそも現代国家におけるいわゆる給付行政の展開によつて、行政が実質的に私人間の法律関係に介入する機会が増えた結果、行政行為の中には、実質的に複数の当事者の利害を想定し、一当事者の関係で利益を与えると同時に、他の当事者に不利益を課すという二面性をもつた行政行為(いわゆる複効的行政行為ないし相対的行政処分)が存在するようになつたことは周知のとおりである。そして、この複効的行政行為によつて不利益を受ける当事者について、その権利救済の途をどう確保していくべきかは、近時行政行為論の中でも解決をせまられるようになつた新しい問題であり、近年我国においても学説・判例は順次これを積極に解する傾向にあることが指摘されている。本件環境基準の改定の問題についても、事業者と非事業者たる地域住民が受ける利益状況(これによつて受ける影響の直接性の程度)に重大な違いがあることは、十分に認識され、本件告示の処分性を判断する前提とされなければならない。

③ 環境基準値を三倍にも緩和した本件告示が、地域住民たる国民に対し前述のような不利益を与えることについて、これを法が正面から予定するところとして積極的に是認する者は、おそらく少ないであろう。それは裏を返せば、その不利益の程度が度を超えていれば、かかる行政行為が許されないこともあり得ると考えるべきなのである。

そして、これを規制を緩和されて利益を得る事業者ではなく、その規制緩和によつて健康被害を受ける地域住民の側からみれば、右規制等を通して保護されていた健康上の利益が本件改定によつて奪われるという事態を意味する。これは、国民の基本的人権たる健康被害を受けない権利を侵害すると同時に、基本法上の「政府の施策を享受する権利」及び各個別規制法が実質的な保護法益として想定した国民の健康上の諸利益(これを法的な利益として承認することが、正に前記複効的行政行為論の考え方の出発点であつた。)を直接侵害するものであつて、本件告示が処分性を有することは明らかである。

(二)  本件改定が総量規制に及ぼす影響と本件告示の処分性

(1) 既に主張したように(引用事実摘示第二の四1(二)及び七2)、大気汚染防止法による総量規制は、環境基準の達成を目的とするものであり、環境基準と直接連動している。すなわち、環境基準と直接連動して三号総量及び四号総量が決定され、四号総量が決定されれば、それと直接連動する形で個別排出者に対する総量規制基準が定まるという仕組みになつている。したがつて、本件告示による環境基準の緩和は、三号総量、四号総量及び総量規制基準の各数値を当然に緩和する結果をもたらすのである。

被控訴人は、「四号総量は、一号総量に占める二号総量の割合、工場又は事業場の規模、工場又は事業場における使用原料又は燃料の見通し、特定工場等以外の指定ばい煙の発生状況の推移等を総合勘案して政令で定めるものとされている」ので、「四号総量は環境基準から一義的に導き出されるものではない」旨を主張するが、誤りであつて、総量規制の数値の策定作業における諸判断要素は、所与の条件であり、一定であるから、環境基準の改定は、直接的に三号総量及び四号総量の数値の改定につながつているのである。

(2) 本件告示による環境基準緩和の結果、全国の八〇数パーセントの地域が環境基準不適合地域だつたのに、一転して約九五パーセントの地域が環境基準適合地域となつた。そのため、窒素酸化物の総量規制の導入が確実であつた極めて広範囲の地域で総量規制の導入が不可能となつた。また、環境基準が大幅に緩和された結果、総量規制が導入されても、緩和された新環境基準と連動して三号総量及び四号総量並びに総量規制基準が決定されるため、旧環境基準下での総量規制よりもはるかに甘い規制しか行うことができなくなつた。

すなわち、本件告示による環境基準の緩和は、窒素酸化物による深刻な大気汚染を放置することとなり、国民の清浄な大気の下で生活するという基本的人権を侵害することになつたのである。(控訴人らの居住地域との関係での個別、具体的な主張は、引用事実摘示第二の四1(六)記載のとおりである。なお、控訴人須之内玲子及び同末永幸雄の現在の居住地域は、転居により、それぞれ東京都北区及び江戸川区となつた。)

(3) これを要するに、本件告示は、総量規制指定地域を限縮し、三号総量及び四号総量の数値を緩和し、総量規制基準値を緩和したものである。したがつて、本件告示は国民の生命とその権利義務に直接影響を与えるものであり、この点だけからいつても、本件告示の処分性は肯認されてしかるべきものである。

(三)  本件改定が公害健康被害補償法上の救済措置に及ぼす影響と本件告示の処分性

(1) また、環境基準は、公害健康被害補償法(以下「補償法」という。)が定める地域指定要件と連動しているから、本件告示による環境基準の緩和は、公害健康被害者から補償法による補償給付を受ける権利を奪うものである。環境基準と補償法の地域指定要件が連動していることは、引用事実摘示第二の四1(四)で主張したとおりである。すなわち、環境基準は、国の公害対策の一環をなす補償法による補償給付を受けるための要件となつている「著しい大気の汚染」の判断基準になるべきであるし、事実そうなつているのである。右事実摘示中で主張したとおり、昭和四九年一一月二五日の中公審答申も、環境基準と地域指定要件の連動を明白に認めている。

この点に関し、被控訴人は、右答申は大気の汚染の程度は二酸化硫黄のみを指標とすることとしているから、本件告示による二酸化窒素の環境基準の緩和は地域指定要件とは無関係である旨を主張する。しかし、右答申は、大気の汚染の程度は、硫黄酸化物のみならず、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の三種の汚染物質を指標として判定する旨明言しているのであつて、被控訴人の主張は、右答申の趣旨を全く誤解したものである。右答申が汚染物質のうち二酸化硫黄のみについて年平均値による四区分を行つているのは、右答申当時の測定技術上の制約によるものなのであつて、それ以上の意味は全くない。二酸化窒素に関する測定技術が発達した本件告示時点において、被控訴人が右答申中に二酸化窒素の汚染の程度が数値化されていないことを理由に、二酸化窒素の汚染の程度が「著しい大気の汚染」と無関係だと主張するのは、著しい曲解である。

(2) 環境基準適合地域が「著しい大気の汚染」が生じている地域と判断されることはあり得ないであろう。すなわち、右の地域では、地域指定はあり得ず、被害者が認定を受け、救済を受けることもあり得ないのである。環境基準と補償法の地域指定要件は厳然として連動しているのであつて、本件告示による環境基準の緩和は、直接に補償法の地域指定要件の欠如をもたらし、公害健康被害者に対する補償法による救済の機会の剥奪につながることは明白である。(なお、控訴人らについての個別、具体的な主張は、引用事実摘示第二の四1(六)記載のとおりである。)

したがつて、本件告示による環境基準の緩和は、直接に国民の補償法による補償給付を受ける権利を侵害するものであつて、この点からも本件告示の処分性は明らかである。

(控訴人らの主張に対する被控訴人の答弁)

すべて争う。控訴人らの法的見解に対する被控訴人の主張は、引用事実摘示中に記載のとおりである。

三 証拠関係〈省略〉

理由

一当裁判所も、当審において提出された資料を含む本件全資料を検討した結果、本件告示は、行政事件訴訟法三条二項に規定する「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」ということはできないので、本件訴えはこれを却下すべきものと判断する。

そのゆえは、基本法第九条に則り環境基準を定める環境庁の告示(本件告示を含む。以下単に「環境基準の告示」という。)は、現行法制上、政府が公害対策を推進していくうえでの政策上の達成目標ないし指針を一般的抽象的に定立する行為であつて、直接に、国民の権利義務、法的地位、法的利益につき創設、変更、消滅等の法的効果(以下単に「法的効果」という。)を及ぼすものではなく、また、そのような法的効力(以下単に「法的効力」という。)を有するものでもないからであつて、その理由の詳細は、次のとおり補正し、当裁判所の判断を付加するほか、原判決の理由説示(原判決六四丁表二行目から同一〇三丁表六行目の「却下することとし、」まで)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七八丁表二行目の「規制基準と」を「規制基準を」と改め、同八〇丁表三行目の「そこで」からその裏九行目の「検討してみる。」までの全部を削除する。

2  同八〇丁裏一〇行目冒頭の「総量規制とは」とある部分を「(2) 窒素酸化物は、昭和五六年六月二日に公布、施行された大気汚染防止法の一部を改正する政令により指定ばい煙と定められたが、総量規制とは」と改める。

3  同八一丁裏八行目の「算出される」を「算定される」と、同八四丁裏八・九行目の「義務づけられるものであつて」を「義務づけられるものであるが」とそれぞれ改め、同九・一〇行目の「国民に総量規制の実施を求める権利を認める法律上の根拠は存在しないのであるから」とある部分を削除し、同八五丁表一行目「困難」を「できない」と改める。

4  同八七丁裏八行目の「判断と」を「判断を」と、同九一丁表五行目の「乙第一号」を「乙第一号証」と、同一〇三丁表六行目の「本件訴を却下することとし、」を「本件訴えはこれを却下すべきである。」とそれぞれ改める。

二なお、控訴人らの当審における主張にかんがみて、次のとおり当裁判所の判断を付加する。

1  まず、控訴人らは、基本法制定の経緯並びに大気汚染防止法が定める排出基準及び総量規制基準の決定方法に照らせば、本件告示の当時、環境基準(基本法九条一項にいう「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」。以下同じ。)は規範的性格を有し、又は有するに至つていたものというべきであるから、本件告示は抗告訴訟の対象となる行政処分性を有する旨を主張する。すなわち、本件告示は、環境基準が有する規範的性格からみて、控訴人らに対し「法的効果」を及ぼすものであるから、その処分性を肯定すべきであるというのである。

しかしながら、環境基準は、政府が公害防止行政を推進していくうえでの政策上の達成目標ないしは指針を意味するものと解すべきであつて、これを定める環境基準の告示が直ちに国民の権利義務、法的地位ないし法的利益に「法的効果」を及ぼすものということができないことは、叙上説示(引用に係る原判決の理由説示――以下「引用説示」という。――二1)のとおりである。

この点について、更に付言すれば、次のとおりである。

(一)  控訴人らは、基本法制定の経緯、特に基本法制定の基礎となつた公害審議会の答申の趣旨に照らせば、環境基準は単なる行政上の努力目標を意味するものではない旨を主張する。しかしながら、叙上認定説示のとおり(引用説示二5)、右答申は、「環境基準は、行政の目標となるべき基準であつて規制基準ではない」旨を明言しているのであつて、控訴人らの右主張を採用することはできない。

また、控訴人らは、基本法の法案作成の過程で政府部内の関係省庁によつて組織された公害対策推進連絡会議における検討の結果、厚生省試案の「維持されるべき環境上の条件に関する基準」の文言が「維持されることが望ましい環境上の条件に関する基準」の文言に表現が変えられたが、右表現の変更により、控訴人らが主張するような環境基準の法的性格が変更されたものでない旨を主張する。しかしながら、成立に争いのない甲第六七号証によれば、右連絡会議において右のように表現が改められたのは、「環境基準が公害対策において個別的な規制力をもつ直接的な基準となるものではなく、行政施策を実施するにあたつての到達目標であることを明らかにする趣旨」であつたと認められるのであつて、右表現の変更は、むしろ叙上認定説示のような公害審議会の答申の趣旨にそうものというべきである。

控訴人らは、基本法制定の経緯からみて、環境基準が公害行政の法的基礎であり、法的目標であることは明らかであると主張するのであるが、右主張の趣旨が、環境基準は「法的効力」を有する規制基準であり、そのことは基本法制定の経緯に示されているというのであれば、本件全資料に照らしてもそのような事実を認めることはできず、叙上認定説示のような基本法制定の経緯に照らせば、環境基準は「法的効力」を有する規制基準ではなく、政府の政策上の達成目標と考えられていたものというべきである。

(二)  控訴人らは、大気汚染防止法が定める排出基準及び総量規制基準の決定方法に照らせば、環境基準は個別の汚染の規制と直接に関連し、特に大気汚染防止法上、総量規制制度が導入されてからは、環境基準と総量規制は直接連動するものとなつた旨を主張する。右主張は、要するに、環境基準をその機能の面からとらえ、環境基準は個別規制法を介して汚染の規制基準として機能している(控訴人らのいわゆる環境基準の実定法上の規範化)から、環境基準は「法的効力」を有することをいうものであると解される。

しかしながら、環境基準と排出基準及び総量規制基準との関係は、叙上認定説示のとおり(引用説示二2)であつて、大気汚染防止法が定める右各基準の決定の仕組みに照らして考えれば、環境基準と右各基準の決定が法的連動関係にあるとする控訴人らの主張を採用することはできない。すなわち、右説示のとおり、排出基準及び総量規制基準は、個別の規制対象に即し、各種の複雑かつ流動的な諸要素を総合、勘案して決定されるものであり、環境基準のみから直接的、自動的に決定されるものではない。(なお、総量規制に関していえば、本件告示がされた昭和五三年当時、窒素酸化物は指定ばい煙と定められておらず、窒素酸化物が指定ばい煙とされたのは、昭和五六年六月二日に公布、施行された大気汚染防止法施行令の一部を改正する政令によつてであるから、環境基準と総量規制基準との間に法的連動関係があるとする控訴人らの主張は、少なくとも本件告示の時点については、その前提を欠いているというべきである。)

もつとも、環境基準が政策上の達成目標であり、指針である以上、大気汚染防止法上の排出基準及び総量規制基準の決定が目標値としての環境基準を考慮して行われることは当然であり(総量規制基準を定める前提となるいわゆる三号総量が「大気環境基準に照らし総理府令で定めるところにより算定される」ことは、法文上明らかである。大気汚染防止法五条の三第一項三号)、その意味において、環境基準と右各基準は重要な関連性を有しているということができる。しかし、そうであるからといつて、そのことから、環境基準が「法的効力」を有する規制基準であり、あるいは叙上説示のような環境基準の法的性質が変更されたものということはできない。排出基準及び総量規制基準が「法的効力」を有する基準として強制されるのは、大気汚染防止法それ自体の規定に基づくものであり、そこで、排出基準及び総量規制基準を定めるにつき、環境基準が果たしている役割は、具体的、個別的な排出基準及び総量規制基準を設定する上での目標値ないし指針としての事実上の機能であるというべきである。

(三)  控訴人らは、いつたん環境基準が設定されれば、政府による法的規制がこの基準を超えることはなく、国民はそれ以上の規制を法律上期待することができないから、環境基準は法律上の許容限度であり、かつ、受忍限度である旨を主張する。

しかしながら、環境基準は、叙上のとおり、公害政策上の達成目標ないし指針として定められたものであつて、これによつて汚染についての法律上の許容限度あるいは受忍限度が設定されたものと解することができないことは、基本法その他関連法規に照らして明らかである。したがつて、例えば、公害汚染を理由に、被害者がその損害の賠償責任を追及する場合に、賠償責任を負うべき者は、環境基準は公害についての法律上の許容限度あるいは受忍限度を設定していると主張して環境基準が確保されていたことのみを理由に賠償責任を免れようとしても、それはできないというべきであつて、どの程度の汚染が法律上許容され、又は受忍すべきものとされるかは、個々の場合に即して諸般の事情に基づき、具体的に判断されるべき問題である。

なるほど、環境基準が政府の公害政策上の達成目標である以上、いつたん環境基準が設定(改定を含む。)された場合、政府の当面の公害防止施策がその環境基準を超えてまで実施されることは、事実上容易に期待できないのが現実であろう。しかし、本件告示に係る環境基準の達成期間は原則として七年とされているのであり、また、環境基準については、「常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定がなされなければならない」(基本法九条三項)のが基本法の要請であるから、いつたん設定された環境基準は、もちろん不変不動のものではなく、基本法の目的の実現を企図する政府により、事理に即したより高次の達成目標の設定を期待し得べきものである。

(四)  以上のとおりであつて、環境基準が「法的効力」を有する旨の控訴人らの主張を採用することはできない。

2  次に控訴人らは、本件告示は、本件改定が国民の健康等に及ぼす影響からみて、処分性を有する旨を主張する。

(一)  すなわち、まず控訴人らは、二酸化窒素の有害性をるる主張し、本件告示による環境基準によつては国民の公害による健康被害を防止することはできず、本件改定はそれまで各種の規制を通じて保護されていた国民の健康上の利益を侵害するというべきであるから、本件告示は処分性を有する旨を主張する。

しかしながら、叙上説示のとおり、環境基準は政府が公害防止行政を推進していくうえでの政策上の達成目標ないし指針であるから、環境基準が設定されたことにより、その基準までの環境条件の確保が、国民に対して、法的に保障されたものと解することはできない。すなわち、「政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、環境基準が確保されるように努めなければならない」のであるが(基本法九条四項)、基本法の関係法条及び法意にかんがみると、政府に右のような努力ないし責務が要請されていることから、環境基準の確保・保障を国に対して要求できる国民の権利ないし法的利益が基本法によつて国民各自に設定付与されたものということはできない。

したがつて、控訴人らが主張する「本件告示以前に各種の規制を通じて保護されていた国民の健康上の利益」は、国の公害防止上の施策によつて国民が享受する事実上の利益であり、かつ、特定の国民個人について生ずる利益というより、国民一般について生ずる一般的、抽象的な事実上の利益というべきであつて、しかも環境基準の告示のもつ叙上説示の性質にかんがみると、仮に本件告示によつて控訴人らのいわゆる健康上の利益に事実上の影響があるとしても、それをもつて控訴人らの具体的な権利ないし法的利益が本件告示により侵害されたものということはできない。

(二)  また、控訴人らは、環境基準と大気汚染防止法上の総量規制制度は直接連動しており、本件告示は、必然的に総量規制地域の限縮及び総量規制基準値の緩和をもたらし、その結果、国民の権利に直接影響を及ぼすものというべきであるから、その処分性を肯定すべき旨を主張する。

なるほど、叙上説示のような環境基準と総量規制制度の関係に照らして考えれば、両者の間に控訴人らが主張する法的連動関係はこれを認め得ないが、本件告示による公害政策上の達成目標ないし指針の改定が総量規制制度の運用に事実上の影響を及ぼすことは当然あり得ることである。しかしながら、環境基準の告示の叙上説示の性質、機能にかんがみると、本件告示により控訴人らの具体的な権利ないし法的利益が侵害されたものということができないことは、前記2(一)その他叙上説示のとおりである。

(三)  さらに、控訴人らは、環境基準は補償法が定める地域指定要件と連動しているから、本件告示は、公害健康被害者から補償法による補償給付を受ける権利を奪うものであり、処分性を有する旨を主張する。

しかしながら、環境基準と補償法の地域指定要件との関係については叙上説示のとおり(引用説示二4)であつて、両者の間に法的連動関係がある旨の控訴人らの主張を採用することはできない。すなわち、現在、窒素酸化物は地域指定要件としての大気の汚染の程度を判定する具体的、数値的な指標としては用いられておらず、本件改定が右大気の汚染の程度の判定に直接の影響を及ぼすことにはならないというべきであるが、仮に将来、窒素酸化物がその具体的な指標として用いられることになつたとしても、地域指定要件は補償法それ自体の見地から各種の要素を総合的に考慮して判断されるべきものであつて、環境基準と補償法の地域指定要件との関係は事実上のものにすぎないというべきである。

ところで、控訴人らは、本件告示は公害健康被害者から補償給付を受ける権利を奪うものである旨を主張するが、本件告示が既に補償給付を受けている者の権利ないし法的地位に影響を及ぼすものでないことは叙上説示のとおり(引用説示二4(3))である。もつとも、右主張は、本件告示は公害健康被害者が将来補償給付を受けるべき地位、すなわちいわばその期待権を侵害することをもいうものであるとも解される。しかしながら、補償法による補償給付を請求するためには、都道府県知事による同法四条の認定又はその認定の申請を要するのであり(同法一〇条)、右認定又はその申請前において、補償法上の補償給付を受けるべき権利ないし法的地位なるものを考えることはできない。要するに右主張は、本件告示は控訴人らの補償給付を受ける機会の剥奪につながる旨をいうに帰するのであるが、そのような不確定的、抽象的な可能性をもつて、抗告訴訟(取消訴訟)によつて回復されるべき権利ないし法的利益ということはできない。

3  以上説示のとおりであつて、環境基準が「法的効力」を有する規制基準であり、本件告示は控訴人らの権利ないし法的利益を侵害するから処分性を有する旨の控訴人らの主張は、これを採用することができない。

控訴人らは、本件改定によつて不利益を受ける国民は本件告示を争う以外に自己の健康を確保できない旨をいうのであるが、環境基準は、叙上説示のとおり政府が公害防止行政を推進していくうえでの政策上の達成目標ないし指針であるから、具体的な権利ないし法的利益の争訟をはなれて、ただ、政府の政策上の達成目標ないし指針自体のみにつき、その当否に立ち入り司法判断をすることは、現行法制上できないことといわざるを得ない。もつとも、公害の防止は法及び国民の悲願であり、環境基準が公害防止行政を推進していくうえで果たす重要な役割にかんがみれば、その設定又は改定は、できる限り広く国民の良識、意見を反映すべき手続を経て行われるのが望ましいことはいうまでもなく、基本法が定める環境基準の設定又は改定の手続には、法学上の見地からなお考慮すべき点がないとはいえないが、所詮、これらは立法政策に属する問題である。

三以上の次第であるから、本件各控訴はいずれも理由がないので棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、七三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤静思 裁判官大内俊身 裁判官橋本和夫)

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