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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)25号 判決

原告 東洋紡績株式会社

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和五一年審判第二〇一一号事件について、昭和五七年一一月一九日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「仮より混繊糸の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき昭和四六年一二月六日特許出願をしたところ、昭和五〇年一二月一三日拒絶査定を受けたので、同五一年三月一日審判を請求した。特許庁はこれを同年審判第二〇一一号事件として審理し、昭和五六年三月三一日出願公告をしたが、帝人株式会社ほか四社から特許異議の申立があり、昭和五七年一一月九日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同五八年一月一九日原告に送達された。

二  本願発明の要旨

染色後に色差六以上を呈し得る、二種類以上の、染色性の異なる熱可塑性繊維糸条、もしくは、色差六以上の異色に染色されている二種類以上の熱可塑性繊維糸条を引きそろえてからこれに仮より加工を施すか、もしくは、この引きそろえ以前に、これら二種類以上の熱可塑性繊維糸条に別々に仮より加工を施してから後に引きそろえ、ついでオーバーフイード状態で、しかも混繊時の張力を〇・〇一~〇・〇四g/dの範囲内にして、空気混繊法によつて、二〇~七〇%の混繊度に混繊することを特徴とする仮より混繊糸の製造方法。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項のとおりである。

2  これに対し、米国特許第三四六〇三三六号明細書(一九六九年八月一二日発行、以下「引用例」といい、これに記載された発明を「引用発明」という。)には、従来の数本の異色の糸を合糸し、仮より加工等の加撚により杢調又は霜降り調の審美的効果を有する糸を製造する方法を改良するために、色差が少くとも六ガードナーユニツトである二種類の合成フイラメントを合糸し、ついで捲縮加工(押込捲縮加工等)した後、空気混繊法によつて混繊する混繊糸の製造方法が記載されており色差が六ガードナーユニツト以上の二種類のフイラメントとして、濃色に染色されたフイラメントは、例えば黒、茶、青、緑のフイラメント、淡色に染色されたフイラメントは、例えば黄、オレンジ、白のフイラメントが例示されており、空気混繊器を八五P・S・I・g(約六kg/cm2)の空気圧で、二三〇dと七〇dの二種類のナイロン糸を七・〇g(〇・〇二三g/d)の張力で混繊することも記載されている。

3  そこで、本願発明と引用発明とを対比すると、本願発明の色差六以上異なる糸条として記載された青色と黄色のフイラメントは、引用例に記載されたものと一致するものがあるので、引用例には、色差六以上の異色に染色された二種類の熱可塑性糸条が記載されているとみることができる。また、捲縮加工法の一方法として仮より加工法があることは周知の事実である。

それゆえ、両者は、色差六以上の異色に染色されている二種類の熱可塑性繊維糸条を引きそろえてから捲縮加工を施し、ついで混繊時の張力を〇・〇一~〇・〇四g/dの範囲内にして、空気混繊法によつて混繊することからなる混繊糸の製造方法である点で一致しており、下記の三点で両者に差異がある。

〈1〉 本願発明は、熱可塑性繊維糸条を仮より加工するのに対して、引用例に記載されたものは、熱可塑性繊維糸条を捲縮加工(押込捲縮加工等)している点。

〈2〉 本願発明は、熱可塑性繊維糸条をオーバーフイード状態で混繊するのに対して、引用例には、熱可塑性繊維糸条をオーバーフイード状態で混繊するかどうか具体的に記載されていない点。

〈3〉 本願発明は、二〇~七〇%の混繊度で混繊するのに対して、引用例には混繊度について記載されていない点。

4  そこで、前記相違点について検討する。

(一) 相違点〈1〉について

(1) 引用例には、従来技術として異色の糸を合糸し、仮より法等の加撚により(審決書に「仮より加工についで加撚により」とあるのはこの趣旨。)本願発明と同様な効果を有する仮より混繊糸の製造方法が記載されており、また、捲縮加工法の一方法として仮より加工法があることも周知である。

(2) 従つて、引用例に記載された捲縮加工法の中で仮より加工法を選択するのは当業者ならば必要に応じて適宜採択しうることである。

(二) 相違点〈2〉について

引用例には、本願発明の混繊時の張力である〇・〇一~〇・〇四g/dの範囲内にある〇・〇二三g/dの張力で混繊することが記載されており、このような低張力で混繊するということはオーバーフイード状態で混繊すると解されるから、この点において、両者に実質的に差異がない。

(三) 相違点〈3〉について

(1) 引用発明も本願発明と同様に識別可能な色差の異色繊維の二種以上が混じり合わされたとき、通常の視覚条件下において、各異色繊維が識別し得る杢糸調又は霜降り調の視覚効果を有する糸を製造するものであり、杢糸又は霜降り糸は適度に異染効果を有することは、本願明細書に記載されているところから明らかである。即ち、混繊度が過度に高くなれば異染効果は低下し混繊度が低い程異染効果は大であるが混繊糸にならないのである。

(2) そうしてみると、結局混繊度が二〇~七〇%になるように混繊すれば適度の異染効果を有する糸、即ち杢糸又は霜降り糸ができるということができる。それゆえ、引用例には、混繊度を二〇~七〇%で混繊することについて具体的に記載されていなくとも、上記事実を勘案すれば、実質的に本願発明と同様に二〇~七〇%の混繊度に混繊することが示唆されているということができる。

従つて相違点〈3〉も、両者に実質的差異がない。

5  以上の通りであるから、本願発明は、引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3、4の(一)の(1)、4の(二)及び4の(三)の(1)は認めるが、4の(一)の(2)、4の(三)の(2)及び5を争う。

審決は、本願発明と引用発明との相違点〈1〉について、必要に応じ適宜採択しうることであるとの誤つた判断をし(取消事由(1))、また両発明の相違点〈3〉について実質的差異がないとの誤つた判断をし(取消事由(2))、その結果本願発明は引用発明から容易に発明することができたものであるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取消されるべきである。

1  取消事由(1)(相違点〈1〉に対する判断の誤り)

審決は、本願発明と引用発明との相違点〈1〉、即ち、本願発明が熱可塑性繊維糸条を仮より加工するのに対し、引用発明ではこれを捲縮加工(押込捲縮加工等)する点について、捲縮加工法の一方法として仮より加工法が周知であることを根拠として仮より加工法は必要に応じて適宜選択しうることであるとする。しかし、この判断は以下主張のとおり誤つている。

(一) 仮より加工法が周知であるとしても、このことから直ちに仮より加工法を混繊糸の製造に適宜選択できるものではない。

(1) 引用発明は捲縮加工に続いて空気混繊するものであるが、引用例にはその捲縮加工法の具体例として押込捲縮法及びその類似方法が記載されているのみであり、仮より加工法を使用することについては、これが周知の方法であるのに拘らず、何らの記載もされていないのである。即ち、引用例の九欄三〇~一〇欄四行には引用発明の捲縮加工が、米国特許第三〇三七二六〇号及び米国特許第三〇三一七三四号に記載された押込捲縮法、米国特許第三〇〇五二五一号に記載された噴流処理法、米国特許第二七五一六六一号に記載されたギヤー式捲縮法、米国特許第二八六二七二九号、米国特許第二九三三七七一号に記載された押込み箱捲縮機、米国特許第三四〇九九五六号に記載された蒸気噴流加工装置及び米国特許第三四〇六四三六号に記載された押込捲縮法などによつて行なうことができる旨記載されている。そして、引用例には捲縮加工法として押込捲縮法、ギヤー捲縮法、擦過捲縮法、熱シヨツク捲縮法及び化学方法と噴流捲縮法との組合せ方法などの各種の方法が示されているにも拘らず、仮より加工法については何の記載もされていないのである。

このことは、引用例に記載された捲縮加工法(押込捲縮法等)が、本願発明の仮より加工法とは非類似の技術であることを示していることに外ならない。

(2) 即ち、引用例に記載された捲縮加工法における前記押込捲縮法、ギヤー捲縮法等は、熱可塑性繊維糸条に旋回性を与えない加工法であるのに対し、本願発明で採用する仮より加工法は、熱可塑性繊維糸条を走行させながら仮撚スピンドルでねじることにより、仮撚スピンドルの上流域で付与した強撚を下流域で解撚し、その際に上流域に設けられているヒータで上記の強撚を熱固定し、その解撚に伴つて捲縮を生じさせるものである。従つて両者は、捲縮の発現機構を異にし、これによつて得られる捲縮の形状や物性は当然に異るものである。

この点について、例えば甲第五号証(川崎健太郎著「加工糸概論」昭和四二年一一月二五日、日本繊維機械学会発行、二~三頁)には、合成繊維フイラメントかさ高加工糸の分類が掲載されており、かさ高加工糸すなわち捲縮加工糸は、伸縮性かさ高加工糸、非伸縮性かさ高加工糸及び潜在捲縮伸縮性かさ高加工糸の三種に大別され、更に伸縮性かさ高加工糸は旋回性と非旋回性に分けられ、本願発明の仮より加工糸は旋回性伸縮性かさ高加工糸に分類されるのに対し、引用例に記載の噴流処理法、ギヤー捲縮法、押込み捲縮法等で得られる捲縮加工糸は、いずれも非旋回性の伸縮性かさ高加工糸又は非伸縮性かさ高加工糸に分類され、本願発明の仮より加工糸と引用例に記載の噴流処理法、押込捲縮法、ギヤー捲縮法等とは明確に区別すべきものとして記載されている。また例えば、甲第七号証の三(桜田一郎、祖父江寛、久志宗茂編集「合成繊維」昭和三九年一〇月一〇日、朝倉書店発行の五四六頁)には表一一・一としてテクスチヤードヤーンの一覧表が記載されており、テクスチヤードヤーンがストレツチヤーンとノン・ストレツチヤーンに大別され、更にストレツチヤーンが仮より加工糸のようなトルクヤーンとスタツフイング糸(押込捲縮糸)等のノン・トルクヤーンとに分類されること、並びにトルクヤーンの仮より加工糸はストレツチ性(伸縮性)が大きいのに対して押込捲縮糸等のノン・トルクヤーンは伸縮性が小さいことが明示されている。そして、糸の状態では、乙第一号証に記載のように、押込捲縮糸の方が仮より加工糸よりもかさ高性が大きいとしても、伸縮伸長率や捲縮伸長率(甲第六号証の一、九頁)、捲縮堅ろう度(同一〇頁)は仮より加工糸の方が押込捲縮糸よりも大きいので、織物に加工した場合には、後述のとおり、強い伸縮力の作用するような織物にあつては仮より加工糸の方が押込捲縮糸よりも捲縮の消失割合が少なくなり、かさ高性に優れたものが得られる。即ち、前掲甲第七号証の四の五七二~五七四頁の表一一・九には仮より糸(仮より加工糸)の比容積(かさ高性)二三・二に対してスタツフイング糸(押込捲縮糸)の比容積四〇・六と、押込捲縮糸の方がかさ高性の大きいことが示される一方、同号証第五八二頁の表一一・一二には、ウーリーナイロン糸(仮より加工糸)の仕事量〇・二四に対してバンロン糸(押込捲縮糸)の仕事量〇・〇九九と極めて小さいこと、すなわち押込捲縮糸は、仮より加工糸に比べて極めて小さい仕事量でその捲縮が消失される旨が記載され、更に同号証の五八四頁二~五行には、「ウーリーナイロン、ウーリーパイレン糸のクリンプ堅牢度はきわめて良好であり、伸長荷重の増加に応じて弾性度は漸減するにすぎない。一方、バンロン、エツジクリンプ糸における荷重の増加による弾性度の低下は相当著しい。」と記載されている。これらの記載は、糸に対して強い伸長力の作用する織物にあつては、クリンプ堅牢度の低い押込捲縮糸は弾性度(伸長力が加わつたときのクリンプの回復の程度)を失うのに対し、仮より加工糸は弾性度を余り失わず、そのため強い伸縮力の作用する織物においては仮より加工糸の方がクリンプの消失割合が小さく、かさ高性に優れていることを示唆している。

(3) 以上のとおり、引用例に記載された捲縮加工法(押込捲縮加工等)が本願発明の仮より加工法とは、旋回性を与えるか否かの点で異なるばかりでなく、これによつて得られる混繊糸やこれを用いた織物の諸物性が著しく相違する非類似の技術であるから、引用例に記載の捲縮加工法に代えて仮より加工法を選択することは容易であるとはいえない。

(二) 本願発明は、仮より加工法を採用することにより引用発明では奏し得ない顕著な効果を奏するものであるのに審決はこれを看過している。

即ち、本願発明は、伸縮性に優れた仮より加工法を採用するものであるから、これによつて得られた仮より混繊糸で編織した場合には、ノン・トルクヤーンを使用する引用発明に比べて伸縮性及びかさ高性に優れた編織物が得られる。

次に、このようなかさ高性に優れた編織物が得られることにより、編織物の表面の凹凸が増大し、これが表面の陰影効果に影響を与えて審美的視覚的効果が増大する。

また、本願発明の仮より加工糸はトルクを有しているので、本願明細書五欄一三~一六行における「異方向トルクを有する二種類の仮より混繊糸を、さらに混繊することにより、繊維間のからみ合い、ねじり合いの力を作用させ、混繊度をさらに向上させることが可能である。」との記載から理解できるように、引用例のノン・トルクヤーンに比べて混繊が容易になり、そのため伸縮性に優れていることと相俟つて、加工中の糸切れを減少し、混繊度のコントロールを容易にできる等、工程中におけるいろいろの障害を除くことができる。

このように、本願発明と引用発明との効果上の差異に照らしても、引用例の技術に代えて仮より加工法を選択することが容易であるとすることはできない。

2  取消事由(2)(相違点〈3〉に対する判断の誤り)

審決は、本願発明と引用発明との相違点〈3〉、即ち、本願発明は二〇~七〇%の混繊度で混繊するのに対し、引用例には混繊度について記載されていないとの点につき、引用例には本願発明の右混繊度が示唆されているとして、相違点〈3〉も実質的差異がないとした。しかしこの判断は以下主張のとおり誤つている。

(一) 本願発明は、二〇~七〇%の混繊度で混繊することを構成要件とするものであるが、これは、明細書の発明の詳細な説明の項の記載からも明らかなとおりこの範囲が通常の視覚条件下において、最も優れた異染効果を呈するものであることが実証されたからである。

(二) また、本願発明は、右のとおり二〇~七〇%の混繊度で混繊するものであるが、引用例には混繊度に関する記載は全くなく、交絡度として、〇・〇一~一〇〇コ/mに交絡することが記載されているに過ぎない。

ここに混繊度とは混繊糸の横断面における二種類の繊維の混じり合いの度合を示す尺度である。これに対し、交絡度とは、多数本のフイラメントからなるマルチフイラメント糸中におけるフイラメント相互のからみ合いの度合を示す尺度であり、フイラメント相互のからみ合いによつて生じる節が単位長さの糸に何個存在するかというその個数が表わされるものであり、糸の断面における混じり合いの程度を直接表わすものではない。両者は、全く無関係とはいえないが、ある条件下で空気混繊をした場合に相関関係が生じるに過ぎないのである。例えば、二種類のフイラメントがよく混じり合つて混繊度が極めて高くなつている場合であつても、上記のフイラメントが互いに平行に揃つている場合には交絡度が低くなり、また、二種類のマルチフイラメント糸をより合せた場合のように二種のフイラメントが二グループに分離し、混じり合いが全くされていない場合には、混繊度が極めて低くなるのに対し、交絡度は著しく高くなるのである。

このように、混繊度と交絡度とは必ずしも相関関係を有するものではなく、従つて、引用例に記載された杢糸又は霜降り糸が本願発明の混繊度二〇~七〇%の混繊糸と同様になるとは限らない。甲第一〇号証(実験報告書(第二))のグラフに示されるように、引用例の交絡度の上限値一〇〇コ/mが混繊度一五%に相当し、そのために引用例の交絡度〇・〇一~一〇〇コ/mの範囲と本願発明の混繊度二〇~七〇%の範囲は重なることなく分離する場合が存在しうるのである。

以上のとおり、混繊度と引用例に記載の交絡度とは相関関係がなく、従つて引用例に交絡度について前記のような記載があるからといつて本願発明の混繊度二〇~七〇%が示唆されているとすることはできない。

第三請求の原因に対する認否及び主張

一  請求の原因一ないし三は認めるが、四の主張は争う。

二  原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決には違法の点はない。

1  取消事由(1)について

(一) 本願発明の目的は、混繊の均一性を保持しながら、異染効果を失わないで審美的視覚効果のすぐれた混繊糸を提供することにある。一方引用発明の目的は、より低いコストで比較的簡単な手順で有用な複合糸を製造するためのものであり、対照的な色彩及び染色性を有する異色効果即ち異染効果を奏する均質な混繊糸を提供することにあり、両発明の目的は軌を一にしている。

また、引用例には、前記目的を達成するために、異色の二種類の合成フイラメントを合糸し、ついで捲縮加工した後、空気混繊法によつて混繊する混繊糸の製造方法が記載されており、捲縮加工法の実施例として噴流処理法、ベルト又はギア捲縮法、押込捲縮法、蒸気噴流加工法等の技術が記載されている。そして、押込捲縮法、噴流処理法等は、仮より加工法と同じくフイラメントに捲縮を付与し、かさ高性と伸縮性を付与するかさ高捲縮加工法という範ちゆうにあり、フイラメントにかさ高性と伸縮性との両特性を付与する点において、引用例に記載された捲縮加工法は、本願発明の仮より加工法と共通しているのである。

ところで、本願発明は、種々の方法を含む捲縮加工法の中で、特に仮より加工法を選択することにより、従来の欠点を解決しようとしたものではない。即ち、捲縮加工法として仮より加工法を特に選択した点についての効果は、その明細書中に記載されていない。そして、捲縮加工法の一方法として仮より加工法があること、仮より加工法によつて得られたフイラメント糸が旋回性を有することは本願出願前周知であつた。

そうすると、熱可塑性繊維糸に仮より加工を施して旋回性と伸縮性を有する混繊糸を製造すれば、本願発明のように異染効果を失わないで審美的視覚効果のすぐれた混繊糸がえられることは、引用発明から十分予測しうるところである。

従つて、引用例に捲縮加工法として押込捲縮法等の各種加工法が記載されており、仮より加工法も周知である以上、引用例に記載されている捲縮加工法において、仮より加工法を選択して用いることは、当業者ならば容易になしうることである。

(二) 原告は、引用例に記載の捲縮加工法(押込捲縮法等)と本願発明の仮より加工法とはこれによつて得られる混繊糸やこれを用いた織物の諸物性が著しく異なる非類似の技術であるから、引用例の技術に代えて仮より加工法を混繊糸の製造に適宜選択できるものではない旨主張する。

なるほど、引用例には捲縮加工法の例として仮より加工法については記載されていない。しかしながら、前述したように、引用例に記載された押込捲縮法、噴流処理法等は、仮より加工法と同じくフイラメントにかさ高性と伸縮性を付与するかさ高捲縮加工法という範ちゆうにあり、フイラメントにかさ高性と伸縮性の両特性を付与する点において、引用例に記載された捲縮加工方法も本願発明の仮より加工法と共通のものであることは明らかである。

甲第五ないし第七号証にはそれぞれ原告が指摘するとおりの記載があるが、本願発明の仮より加工法によつて得られた混繊糸と引用例に記載された捲縮加工法によつて得られた混繊糸とが旋回性の有無、捲縮伸張率などの諸物性に差異があるからといつて、両発明の目的及び効果に格別の差異が生ずるものではない。このことは、乙第一号証(甲第五号証と同一の書物、六頁一〇~一三行)にノン・トルクヤーン(例えば押込捲縮糸)はトルクヤーンよりもかさ高性がすぐれているとの記載があることからも明らかである。

しかも、仮より加工糸が押込捲縮糸に比較してストレツチ性(伸縮性)、捲縮伸張率及びクリンプ堅ろう度が大きい等の性質は甲第五号証、第七号証からも明らかなとおり公知の性質であり、甲第六号証の記載もこのような公知の性質から当然に予測できることである。

(三) 原告は、更に、引用例の記載から仮より加工法を選択することが困難な理由として、本願発明の効果について主張する。

しかし、既に述べたとおり、仮より混繊糸が押込混繊糸に比べて伸縮性にすぐれていることは、仮より加工糸が押込捲縮糸に比べて伸縮性が大きいという公知の性質から予測しうることである。従つて、仮より混繊糸で編織した編織物が、押込捲縮糸を使用する編織物より伸縮性の大きいものがえられることも十分予測しうることである。しかも、前記乙第一号証によれば前述のとおり仮より捲縮糸の方が押込捲縮糸に比べて必ずしもかさ高性に優れているとはいえないので、仮より混繊糸で編織した編織物が、押込捲縮糸で編織した編織物よりかさ高性に優れているとは一義的にいうことはできない。

また、本願明細書の原告主張の記載(第五欄一三~一六行)によれば、混繊糸が右方向トルクと左方向トルクとの仮より混繊糸からなるという条件と、混繊糸を更に混繊するという条件の下で、繊維間でからみ合う作用が向上するものであるが、本願発明はこのような条件を構成要件とするものではないから、右作用の向上は本願発明に特有の効果ではない。また、原告の主張する加工中の糸切れを減少し、混せん度のコントロールを容易にできる等の点は、明細書に記載がない。

以上のように、本願発明の仮より加工法を採用することによる仮より混繊糸及び仮より混繊糸で編織した編織物の物性値は、甲第七号証に記載の仮より加工糸と押込捲縮糸の物性値から十分予測しうるものであり、また、引用例には、対照的な色彩及び染色性を有する異染効果を奏する均質な混繊糸を提供するものであることが記載されているので、本願発明の仮より加工法に基づく効果は、公知の効果を述べたものであり、引用発明に比べて格別顕著なものではない。

2  取消事由(2)について

(一) 引用発明も、本願発明と同様に識別可能な色差の二種類以上の異色繊維が、捲縮加工した後、空気混繊法によつて混繊したとき、通常の視覚下において、各異色繊維が識別しうる杢糸調又は霜降り調の視覚効果を有する糸即ち異染効果を有する糸を製造するものである。そして、混繊度が過度に高くなれば異染効果は低下し、混繊度が低い程異染効果は大であるが混繊糸にならないことは、技術常識であることを前提にして勘案すれば、適度の異染効果を有する糸ができるようにするためには、過度に高い混繊度、即ち約八〇ないし一〇〇%と過度に低い混繊度即ち約〇ないし二〇%を除いた範囲とほぼ対応する混繊度を二〇ないし七〇%にすることは、当業者ならば特に考慮を払うことなく設定しうるところである、しかも、本願発明において混繊度を二〇~七〇%に限定したことの効果については、本願明細書に何らの記載がない。因みに、本願明細書(甲第二号証)六欄一四~七欄一行に記載の混繊度二一~三五%の仮より混繊糸で製織された織物と混繊度一七%の仮より混繊糸で製織した織物との異色性の効果の対比だけでは、混繊度が二〇%を境にして格段の効果上の差異があるということができない。

以上の理由により審決が相違点〈3〉について、実質的差異がないとした判断に誤りはない。

(二) 引用例には交絡度についての記載はあるが、混繊度についての記載がなく、混繊度と交絡度とはそれぞれ原告主張の意味に用いられ、従つて両者の間に直接の相関関係がないことは原告主張のとおりである。

しかしながら、審決は引用例における交絡度の記載から本願発明の混繊度が示唆されていると判断したものではない。引用発明も本願発明と同様異染効果を有する混繊糸を製造するものであるから、引用例に混繊度について具体的に記載がなされていなくとも、引用例に記載された目的、効果から、当業者ならば実質的に本願の発明と同様な混繊度で混繊していることが認識できるものである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一ないし三の事実、引用例に審決認定の記載があること、本願発明と引用発明とが審決が審決理由の要点3で認定した点で一致し、同〈1〉ないし〈3〉の点で相違すること並びに〈2〉の相違点が審決認定のとおり実質的な相違でないことは当事者間に争いがない。

二  そこで、先ず本願発明と引用発明の各目的について検討する。

成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)によると、本願明細書には、本願発明の目的について、「本発明の目的とするところは、混繊の均一性は保持しながらも他面、異染効果を失わないで、審美的視覚効果のすぐれた仮より混繊糸を提供することにある。異染効果とは、識別可能な色差の異色繊維の二種以上が混じられたとき、通常の視覚条件下において、各異色繊維が識別し得る状態にあるときの視覚効果をいう。」(二欄一〇~一六行)との記載があることが認められる。

一方、引用発明の目的は、従来の数本の異色の糸を合糸し、仮より加工と加撚により杢調又は霜降り調の審美的効果を有する糸を製造する方法の改良に係るものであり、本願発明と同様識別可能な色差の異色繊維の二種以上が混じり合わされたとき、通常の視覚条件下において、各異色繊維が識別し得る杢糸調又は霜降り調の視覚効果を有する糸を製造するものであり、杢糸又は霜降り糸は適度の異染効果を有するものであることは当事者間に争いがない。

そうすると、本願発明も引用発明も共に、複数の異色の繊維糸条を用いて適度の異染効果を奏する混繊糸を得ることを発明の目的とする点で、軌を一にするものであるということができる。

そこで進んで原告主張の審決取消事由について順次判断する。

三  取消事由(1)について

(一)  審決認定のとおり、本願発明は熱可塑性繊維糸条を仮より加工するのに対し、引用発明は、これを捲縮加工(押込捲縮加工等)する点で相違すること、引用例には仮より加工が従来技術の説明としては記載されているが、引用発明の説明としては記載されていないことは当事者間に争いがない。

そこで、右の仮より加工、捲縮加工、押込捲縮加工等の関係を検討するに、成立に争いのない甲第五号証によれば、捲縮加工とは合成繊維フイラメントに羊毛、綿など天然繊維の有する細かい捲縮(クリンプ)を与えて、天然繊維の有する優れた伸縮性及びかさ高性を与える方法をいい、これを大別すると糸に旋回性(トルク)を与えるものとこれを与えない非旋回性のものとがあり、前者の例として仮より加工法、後者の例として押込法、擦過法等(これらを「押込捲縮加工等」という。)が存在すること、このことは本願出願前当業者にとつて周知であつたことが認められる。

そうすると、仮より加工と押込捲縮加工等は共に捲縮加工法の一方法として周知であり(前者については当事者間に争いがない。)、両者は同一の技術分野に属することが明らかである。

(二)  原告は、前記の押込捲縮加工等と仮より加工法とは、糸に旋回性を与えるか否かの点で異なるばかりでなく、これによつて得られる混繊糸やこれを用いた織物の諸物性が著しく相違する非類似の技術であるから、引用例に記載の押込捲縮加工等に代えて仮より加工法を選択することは容易でない旨主張する。そして、前掲甲第五号証及び成立に争いのない甲第六号証の一、二、第七号証の一ないし五によれば、旋回性のある仮より加工糸と旋回性のない押込捲縮糸等の間には、前者の方が後者に比してストレツチ性(伸縮性)が大きいなど、原告が主張するような物性上の相違が存在し、このことが当業者に周知であることが認められ、これらの加工糸によつて編織された織物にも原告が主張するような物性上の相違のあることが推認できる。

しかし、仮より加工法と押込捲縮加工等が、同一の技術分野に属する周知の技術であることは前叙のとおりであるから、両者が原告主張の意味で非類似の技術であるとしても、それだけでは後者に代えて前者を選択することが当業者にとつて困難であるとはいえない。

そして、引用例(成立に争いのない甲第三号証)を検討しても、引用発明の前認定の目的を達成する上で旋回性を有する仮より加工法を採用することが特に困難であつたことをうかがわせる事情は見当らず、また、本願明細書(前掲甲第二号証)中にも、前認定の本願発明の目的を達成する上で、非旋回性の加工法である押込捲縮加工等の欠点を改良するため、捲縮加工法として存在する各種の加工法の中で特に旋回性を有する仮より加工法を採用したのであつて、その点に困難があつたことをうかがわせる記載は見当らない。ほかに、仮より加工法が同一の技術分野に属する周知の技術であるのにかかわらず、これを選択することが困難であつたことをうかがわせる事情を認めるに足りる証拠はない。そうしてみると、前認定の本願発明の目的を達成するため、引用例に記載された非旋回性の押込捲縮加工等に代えて、同じ捲縮加工法に属する旋回性の仮より加工法を選択することは、当業者であれば適宜採択できることであると認められる。

(三)  次に、原告は、仮より加工法を採用することによつて本願発明の奏する効果の顕著性を主張する。

旋回性のある仮より加工糸が旋回性のない押込捲縮糸に比較して伸縮性に優れていること及びこのことが当業者にとつて周知であることは既に述べたところである。そうすると、このような伸縮性の高い仮より混繊糸を用いて編織した織物が押込捲縮糸のものと比較して伸縮性の高いものであることは容易に推認できる。また、かさ高性についてみるに、成立に争いのない乙第一号証によれば、仮より加工糸の方が押込捲縮糸等旋回性のないものに比して優れているものではないことが認められるから、仮より加工糸によつて編織した織物が押込捲縮糸等のものに比較して常にかさ高性に優れているとはいえないことは明らかである。もつとも、前掲甲第七号証の四(五七四頁、五八二~五八四頁)によれば、原告主張のとおり強い伸縮力の作用する織物の場合にあつては仮より加工糸の方がかさ高性に優れていることが認められるが、本願発明の仮より混繊糸はこのような織物の原料となる場合に限定されるものではないから、右の点は本願発明が常に奏する効果ということはできない。

また、原告は、かさ高性に優れた編物が得られることにより、編織物の表面の凹凸が増大し、これが表面の陰影効果に影響を与え審美的視覚効果が増大すると主張するが、このような効果については本願明細書に記載がないばかりでなく、前述のとおりかさ高性が本願発明が常に奏する効果とはいえないから、前記効果もまた本願発明が常に奏するものということはできない。

更に、原告は、本願明細書の五欄一三~一六行の記載に基づいて、二種類の仮より混繊糸を更に混繊することにより、からみ合い等の力を作用させて混繊度を高めることができる旨主張し、前掲甲第二号証によれば本願明細書には原告主張の記載があることが認められる。しかし、このような効果は、右明細書の記載からも明らかなとおり異方向トルクを有する二種類の仮より混繊糸を前提とし、更にこれをからみ合わせるなどの要件が具備して初めて奏せられる効果であるから、これまた本願発明が常に奏する効果ということはできない。

その他、原告の主張する本願発明のものが引用発明に比して混繊が容易となり、加工中の糸切れを減少し、混繊度のコントロールを容易にできるなどの効果については、本願明細書に記載がなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

ほかに仮より加工法を採用することによつて本願発明が顕著な効果を奏することを認めるに足りる証拠はない。

(四)  以上のとおりであるから、相違点〈1〉に対する審決の判断には誤りがなく、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。

四  取消事由(2)について

(一)  本願発明は二〇~七〇%の混繊度で混繊するのに対し、引用例には混繊度について記載されていないことは前叙のとおり当事者間に争いがない。そして、引用発明も本願発明も共に、複数の異色繊維糸条を用いて適度の異染効果を奏する混繊糸を得ることを発明の目的とすることは前叙のとおりであるところ、混繊度が過度に高くなれば異染効果は低下し、混繊度が低い程異染効果は大であるが混繊糸にならないことは当事者間に争いがない。

右の事実によれば、混繊糸として適度の異染効果を得るために当業者において混繊度の範囲を限定するためには、混繊度が過度に高い部分(一〇〇%に近い領域)及び過度に低い部分(〇%に近い領域)を除外することが当然といわなければならない。

そこで、本願発明において混繊度を前記のとおり二〇~七〇%に限定したことについて、これに関連する明細書の記載をみるに、前掲甲第二号証によれば、〈1〉「本発明においては、混繊度を二〇%(推奨三〇%)以上、七〇%以下の範囲に制限し、異種類フイラメント間の色差を六以上に選定する。この条件下に得られる仮より混繊糸は所期の異染効果が得られる。」(四欄三五~三九行)との記載、〈2〉実施例1において、混繊度が二一~三五%に相当する混繊糸を使用して織成した場合にブルーとグリーンの異色性杢糸調織物が得られ、混繊度が一七%に相当する混繊糸を使用した場合はむらの多い杢糸調となつた旨の記載、〈3〉実施例3には、混繊度三〇%の仮より混繊糸を使用して実施例1と同様にして製織染色したところ、かさ高性に富み杢調(杢糸調)の優れた織物が得られた旨、実施例4には混せん度二五%の場合について杢調(杢糸調)が同様であつた旨の記載、〈4〉「以上、各実施例から判るように、混せん度を二〇~七〇%の範囲内に設定することが、他の条件とも関連し、通常の視覚条件下において、最も優れている異染効果を呈することの条件であることが実証された。」(一〇欄三二行~三六行)との記載があることがそれぞれ認められるが、右以外には混繊度を二〇~七〇%に限定した場合の効果に関連する記載は見当らない。

(二)  以上の事実によれば、本願発明が混繊度を二〇~七〇%に限定した点のうち、まずその上限を七〇%とした点についての臨界的意義ないし技術的根拠については、明細書の記載からは全く明らかではない。また、右下限を二〇%とした点についてみるに、前記実施例1は混繊度一七%のものと混繊度二一~三〇%という相当の幅を有するものとを対比したものである上、両者の杢糸調に優劣の差が生ずるとする点も審美感という多分に主観的価値判断によるものであり、しかも前記〈1〉における「推奨三〇%」との記載等を併せ考えると、実施例1の記載をもつて、本願発明の混繊度の下限を二〇%と限定した点についての臨界的意義ないし技術的根拠が明らかにされているとするには未だ充分なものとはいえず、右実施例1における混繊度一七%に相当する混繊糸を使用した場合にむらの多い杢糸調となつたとの点は、結局混繊度が過度に低い場合に優れた混繊糸として利用できないとする前記の混繊度に関する一般的性質を実験によつて確認した程度のものと解するほかはない。

以上のとおり、本願発明における混繊度を二〇~七〇%に限定した点は実験等によつて裏付けられた臨界的意義を有するものでなく、しかも右二〇~七〇%の値は、それ自体広範囲なものであることに着目すれば、結局前記混繊度に関する一般的性質に基づき過度に高い部分と過度に低い部分とを除外したもので、当業者が適当であると容易に予測することのできる範囲を劃した程度のものであるという外はなく、他に右範囲を決するについて格別困難があつたことを推認する証拠はない。

そうすると、本願発明において混繊度を二〇~七〇%に限定した点は、当業者が容易になし得ることであると認められる。

(三)  原告は、引用例に混繊度について記載がないことを理由として、引用例には本願発明の混繊度二〇~七〇%が示唆されているとの審決の認定は誤りであると主張する。そして、引用例には、交絡度についての記載はあるが、混繊度についての記載はなく、混繊度と交絡度とは原告主張のとおりの意味に用いられ、両者の間に直接の相関関係のないことは被告も認めるところである。

しかし、本願発明において混繊度を二〇~七〇%に限定することが容易になし得る理由は先に判示したとおりであり、審決も相違点〈3〉の判断に当つて、引用例に記載の交絡度(交絡数)の記載を根拠としたものでないことは前記当事者間に争いのない審決の理由の要点に照らし明らかであるから、原告の右主張は採用できない。

(四)  以上のとおりであつて、審決の相違点〈3〉に対する判断は正当であり、原告の取消事由(2)の主張も採用できない。

五  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決にはこれを取消すべき違法の点はないから、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

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