大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 昭和60年(ネ)1037号 判決

控訴人 穀田博

右訴訟代理人弁護士 田中俊充

同 久江孝二

被控訴人 日本ハードン工業株式会社

右代表者代表取締役 福田耕三

右訴訟代理人弁護士 藤村睦美

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の主位的請求を棄却する。

被控訴人の予備的請求に基づき、被控訴人が別紙目録1ないし4の特許権につき職務発明による通常実施権を有することを確認する。

訴訟費用は、第一、二審を通じこれを五分し、その三を被控訴人のその余を控訴人の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の主位的、予備的請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり訂正、附加、削除するほかは原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

一  原判決三枚目表一行目冒頭から裏八行目末尾までを次のとおりに訂正する。

「1 被控訴人は、別紙目録記載1ないし4の各特許権につき、同目録記載の各出願日にその各特許出願をし、それらが各設定登録を受けるまで、その特許を受ける権利の権利者であった(以下、右各特許権を「本件各特許権」と、右各特許を受ける権利を「本件各特許を受ける権利」といい、個別的にいうときには、「本件1の特許権」、「本件1の特許を受ける権利」のようにいう。)。

2 本件各特許を受ける権利は、それぞれ別紙目録記載の各設定登録日に特許権の設定登録を受け、本件各特許権となった。

3 控訴人は、被控訴人が本件各特許権を有することを争っている。」

二  原判決三枚目裏九行目冒頭から「かかる」までを「4 仮に控訴人が本件各特許権を有する」と訂正し、四枚目表三行目「その間に」の後に「本件各特許権に係る」を加え、同四行目「従って」から同五行目「ときにはその」までを「従って本件各」と、同七行目冒頭の「7」を「5」と、同行目「右発明」を「本件各特許権」と各訂正し、同九行目冒頭から同枚目裏六行目末尾までを次のとおりに訂正する。

「6 よって、被控訴人は、原審における請求の趣旨を訂正し、主位的請求として、本件各特許権は被控訴人がこれを有することを確認するとの判決、予備的請求として、主文第三項同旨の判決を求める。」

三  原判決四枚目裏八行目「本件各権利」を「被控訴人が本件各特許権につき被控訴人主張の日にその各特許出願をしたこと及び本件各特許を受ける権利」と、同一〇行目冒頭から五枚目表五行目末尾までを「同2、3は認める。同4は否認する。同5は認める。」と各訂正する。

四  原判決九枚目裏三行目「本件各権利に関する」を「本件各特許権に係る」と、同八行目「権利」を「特許を受ける権利」と、一〇枚目裏八行目から九行目にかけての「(一)ないし(三)」を「(一)、(二)」と、同一〇行目「本件各権利」を「本件各特許を受ける権利」と各訂正し、同一一行目「被告は」から一一枚目表一行目「譲渡し、」までを削り、同五行目「はない)。」の後に、「すなわち、控訴人は、昭和五三年六月五日、被控訴人代表者として本件各特許を受ける権利を被控訴人から控訴人に譲渡する旨の譲渡証書を作成し、その頃山崎行造弁理士に特許庁長官に対する特許出願人名義変更届の手続を委任し、同弁理士は、本件1ないし3の特許を受ける権利につき同年同月八日に、本件4の特許を受ける権利につき書類不備の補正を経て昭和五五年五月二七日に、特許庁長官に対し右名義変更届を提出した。」を加え、この後に行を改めて次の記載を加える。

「9 被控訴人は、本件各特許を受ける権利につき、控訴人を債務者とする特許出願人名義変更禁止仮処分を申請し(横浜地方裁判所昭和五五年(ヨ)第七一三号及び同第一〇五〇号事件)、本件1ないし3の特許を受ける権利については同年六月六日に、本件4の特許を受ける権利については同年九月一四日に、それぞれ『債務者は、別紙目録記載の特許を受ける権利について、譲渡、出願名義の変更その他の処分をしてはならない。』との仮処分決定を得た。当時、本件1及び3の特許を受ける権利の審査手続においては、いずれも特許庁から拒絶理由通知がされており、早急にこれに対処しなければならない状態にあったので、控訴人は右仮処分決定に対する異議申立事件において、右仮処分決定の「その他の処分」に審査手続の一環としてなされる拒絶理由通知に対する意見書の提出、拒絶査定に対する不服申立等の手続をすることが含まれるかどうか、含まれるとすれば、右手続ができない結果特許出願は拒絶され、控訴人は多大の損害を被る旨主張した。被控訴人は、これらのことは「その他の処分」に含まれると強硬に主張し、裁判所もこれに同調した。控訴人は、右の手続をしないことにより出願が拒絶されてしまうことに忍びなく、被控訴人や裁判所の見解に反して本件各特許を受ける権利につき右の手続をし権利化に努力した結果、本件各特許を受ける権利はいずれも拒絶されることなく、特許されるに至ったのである。

従って、被控訴人が、一方において本件各特許を受ける権利の失効に向けて行動していたにもかかわらず、他方において控訴人の努力によって保全できた本件各特許権につき、これが自己に帰属している旨主張することは、信義則違反、権利濫用ないし禁反言として許されない。

10 仮に、被控訴人の主張のとおり、本件各特許権に係る発明が職務発明に該当するとしても、前記7のとおり控訴人は、昭和五三年五月三〇日、被控訴人との間の特許に関するすべての関係を解除し、同年七月一九日、両者間において右関係解消を確認し合っており、右解消された関係の中には通常実施権も含まれているので、被控訴人の予備的請求は理由がない。」

五  原判決一一枚目表一〇行目「本件各権利の」を「本件各特許権につきその特許出願をした」と、同一一行目から同枚目裏一行目にかけての「本件各権利に関する」を「本件各特許権に係る」と各訂正し、同一二枚目表一一行目「否認する。」の後に行を改めて次の記載を加える。

「8 同9につき、被控訴人の申請により各仮処分決定がされたことは認める。控訴人主張事実は信義則違反、権利濫用ないし禁反言に該当しない。

9 同10は否認する。」

六  原判決一三枚目表五行目、同裏八行目、一四枚目表四行目及び同一〇行目の各「本件各権利」をいずれも「本件各特許を受ける権利」と、一三枚目表九行目、同一〇行目、同裏七行目及び一四枚目裏七行目の各「権利」をいずれも「特許を受ける権利」と、同二行目「本件各権利」を「本件各特許権」と各訂正する。

七  原判決末尾添付別紙(一)、(二)を削る。

第三証拠《省略》

理由

第一主位的請求について

一  請求原因事実1のうち、被控訴人が本件各特許権につき別紙目録記載の各出願日にその各特許出願をしたこと及び本件各特許を受ける権利が控訴人名義に変更されるまでは被控訴人に帰属したこと、同2、3は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁及び再抗弁について判断する。

1  抗弁事実1ないし6についての判断は、原判決一五枚目表九行目冒頭から一七枚目表二行目末尾までと同じであるから、これを引用する。ただし、次のとおり、附加、訂正する。

(一) 一五枚目表九行目「成立に争いのない」の後に「甲第二三号証の一」を加え、同裏三行目末尾の「その」を「セメント及び建設資材の」と、一六枚目裏一行目「昭和四八年」から同三行目「合意した。」までを「昭和四七年九月、ニューハードンは被控訴人との間で、口頭により、ニューハードンが有する契約(二)における地位を被控訴人に移転する旨合意し、昭和四八年四月二七日、黄、控訴人、ニューハードン及び被控訴人の四者間で右合意を確認した上、右合意を含む契約(三)を締結した。」と各訂正する。

(二) 一六枚目裏七行目「半年以上」から一七枚目表一行目「認められる。」までを「六か月以後に、控訴人は本件各特許権に係る発明を完成して本件各特許を受ける権利を取得し、これらの権利を前示契約(二)、昭和四七年九月の地位移転契約及び契約(三)の定めるところに従い被控訴人に譲渡し、被控訴人は、前示当事者間に争いのない請求原因事実1の各出願日に、被控訴人を各特許出願人、控訴人を各第一発明者とし、右各発明を補助した者二名又は三名の氏名をこれらの者に名誉を与える趣旨で願書の「前記以外の発明者」の欄に掲記して、各特許出願をしたことが認められ、後記当事者間に争いのない被控訴人とスチレンペーパーとの間に共同研究開発契約が締結された事実は右認定を妨げない。」と訂正する。

2  右事実によると、昭和五三年五月三〇日には控訴人が被控訴人の経営の主体性を喪失することが明らかとなったというべきであるから、契約(二)(三)に基づき、契約(二)における前示抗弁1・(三)・(3)・(イ)記載の約定に定める約定解除権が発生し、控訴人は、被控訴人に対し、右約定解除権を行使できる地位にあったことが認められる。

3  そこで、右約定解除権に基づく解除の意思表示の有無及び再抗弁の適否を合わせて検討する。

(一) 被控訴人とスチレンペーパーとの関係、中部工業の被控訴人への経営参加及び控訴人が被控訴人の代表取締役を退任するまでの経緯に関する事実についての判断は、原判決一七枚目裏二行目冒頭から一八枚目表四行目末尾まで、同六行目冒頭から二一枚目表八行目末尾までと同じであるから、これを引用する。ただし、次のとおり、附加、訂正する。

一七枚目裏三行目「甲第六号証」を「甲第六、第七号証」と、同八行目「本件各権利」を「本件各特許を受ける権利」と各訂正する。《証拠訂正・付加省略》、一八枚目裏四行目「右同会社」から同五行目「紹介で、」までを「福田は、当時旭硝子株式会社本社GRC事業部次長の野中晃から、グラスファイバー・レインフォースド・セメント(GRC)に関する技術を有する者として被控訴人の代表取締役である控訴人を紹介され、その頃中部工業を独自の技術を持つ会社に育てたいとの希望を有していた福田は、」と訂正し、同七行目「という)」の後に「に被控訴人の業務内容の調査を命じた。小原ら」を加え、一九枚目表四行目「本件各権利」を「本件各特許を受ける権利」と、二〇枚目裏五行目「前記のとおり」から同七行目「結し、その」までを「控訴人は、昭和五〇年九月頃から、控訴人の有する熱硬セメントに関する技術を利用して新製品を開発したいとの意向を有していた大阪セメントと実施契約締結の交渉を継続していたが、前叙のとおり、昭和五一年一二月九日被控訴人と大阪セメントとの間で、本件3及び4の特許を受ける権利につきその実施契約が締結され、被控訴人は大阪セメントから契約金二九〇〇万円とその後昭和五三年六月までに一二か月分のランニングロイヤルティー合計六〇〇万円の支払を受けた。そして、大阪セメントからの」と各訂正し、二一枚目表四行目「改まらなかったので」の後に「福田、小原らは、同年六月二一日に開催することとした株主総会において、控訴人の持つ株式数では控訴人が取締役に選任されることがないようにするため、取締役の選任については累積投票によることとしていた従来の定款を累積投票によらないこととする旨変更する議案を用意し、この旨を控訴人に示して、」を加える。

(二) 右事実と前示二1の事実を前提として考えると、《証拠省略》により、同年五月三〇日控訴人が被控訴人に対し前記約定解除権に基づく解除の意思表示をしたと認めるのが相当である。けだし、控訴人は昭和四四年に急結急硬セメントの製造方法を発明してその特許権を取得し、同年九月八日セメント及び建設資材の製造、販売を目的とする被控訴人会社を設立し、自らその代表取締役に就任して以来、被控訴人会社を基盤として被控訴人の業務範囲に属する熱硬セメント等に関する製造技術の開発に従事し、この製造技術開発の一環として本件各特許権に係る発明をしたものであるところ、控訴人は自己の発明に係る特許権、特許を受ける権利の保持に意を用い、これらの権利が萬が一にも自己がその実権を把握できない第三者の手に移ることを危惧し、このような事態に対処するため、契約(二)に示す約定解除権をニューハードン及びニューハードンの契約(一)(二)上の地位を承継した被控訴人に対して留保し、この行使によってこれらの権利が自己に復帰するよう保全措置をあらかじめ構じていたことが前示事実から明らかであるのに、すでに被控訴人の発行済株式数の四分の三が中部工業に取得されている上、被控訴人の代表取締役の地位を失うことが確実となり取締役に選任される途も閉ざされ、もって控訴人が被控訴人の経営の主体性を喪失することが明らかとなった昭和五三年五月三〇日の段階で、控訴人が前記約定解除権の行使をせず、本件各特許を受ける権利を被控訴人に帰属させたまま代表取締役の辞任を承諾するということは極めて不自然であるからである。《証拠判断省略》 なお、被控訴人は、同年七月一九日に福田と控訴人との間で本件各特許を受ける権利が被控訴人に帰属することを確認し合った旨主張するが、本件全証拠によっても右事実を認定することはできない。

(三) 次に控訴人が右約定解除権を行使し、これに基づいて本件各特許権が控訴人に帰属すると主張することが信義則上許されないかどうかについて判断する。

右(一)の事実と《証拠省略》によれば、中部工業は、被控訴人の経営に参加するかどうかを決定するため調査を開始して以来参加を決定するまでの間に、本件各特許を受ける権利につき、その発明者は控訴人であって、被控訴人が特許出願したものであること、被控訴人は控訴人がその有する熱硬セメントに関する技術に基づく新製品の開発製造販売を目的として設立した会社であることを十分に知っていたものと認められる。中部工業に判明していた右事実は、特許法三五条一項、三項に照らせば、本件各特許を受ける権利に係る発明がいわゆる職務発明に当たり、控訴人はこの職務発明についての特許を受ける権利を被控訴人に承継させたものであって被控訴人に対し相当の対価の支払いを受ける権利を取得したことを十二分に示唆するから、もし中部工業が特許に関する通常の知識を有する者であったならば、右権利承継に関する合意の内容、右対価の額、支払い方法あるいは右対価が支払済かどうかにつき控訴人に説明を求めてより慎重な調査をなしえたことと認められる。右の事実、特に右対価の額、支払い方法あるいは右対価が支払済かどうかは、当時の被控訴人の前示財産状態からして、中部工業が被控訴人に経営参加の許否を決定するについて重要なことがらの一つと考えられるのに、中部工業が控訴人に対してこの点につき説明を求めたことは、本件証拠上これを認めることができない。そして、原審における被控訴人代表者福田耕三尋問の結果によれば、同人は本件各特許を受ける権利は当然に被控訴人に帰属すると誤信し、控訴人と被控訴人との間の前叙のような法律関係については全く関心を持たなかったことが認められるので、中部工業は特許に関する通常の知識を欠きながら専門家の助言も受けず、調査不十分のまま経営参加を決定したものであると推認できる。そうとすると、中部工業は被控訴人への経営参加及び費用の支出を自らの判断に従って決定したものというべきであり、仮に控訴人が契約(一)ないし(三)の契約書を右調査の際福田ないし小原らに示したことがなかったとしても、その判断の結果生じた不利益を控訴人の行為にのみ仮託することは許されない。

これに加えて、前叙事実によれば、被控訴人は、控訴人から本件各特許を受ける権利を譲受けた対価として、契約(二)(三)の約定上、大阪セメントとの実施契約に基づき取得した契約金二九〇〇万円及びランニングロイヤルティー合計六〇〇万円のうち前者の分として一九〇〇万円、後者の分として三〇〇万円を控訴人に支払うべき義務を負ったことが明らかであるところ、《証拠省略》によれば、前示約定解除権を行使する以前に、控訴人が小原に対し、契約(一)ないし(三)の契約書を示して右金員もしくはこれを減額した一〇〇〇万円を支払うよう求めたのにかかわらず、福田、小原らはこれに一顧だにせず、このことが控訴人に契約解除を決意させる原因の一つとなったことが認められる。この事実によれば、控訴人が約定解除権を行使したことを被控訴人が一方的に責めることは許されないというべきである。また、本件各特許を受ける権利が当時の被控訴人にとって主要な資産であったとしても、約定解除権が行使されればこれを失うに至ることは、契約(二)に定められたニューハードンの契約上の地位を契約(三)により被控訴人が承継したときから予定されていたことであり、このことは中部工業の経営参加または被控訴人の代表取締役に就任した福田の知、不知によって左右されることがらではないから、控訴人の約定解除権の行使により本件各特許を受ける権利を被控訴人が喪失するに至ったとしても、それは契約当事者としての被控訴人が当然甘受すべき結果であって、これを信義則上容認できない不測不当の不利益ということはできない。

右に見たところによれば、控訴人が約定解除権を行使し、これに基づいて本件各特許権が控訴人に帰属すると主張することをもって、信義則上許されない行為ということはできず、その他控訴人の行為を被控訴人に対する信義則違反と評価するに足りる事情は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

(四) 以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する前叙の契約解除の意思表示により、被控訴人は本件各特許を受ける権利を控訴人に復帰させる義務を負ったといわなければならない。そして、控訴人が、同年六月五日、被控訴人代表者として本件各特許を受ける権利を被控訴人から控訴人に譲渡する旨の譲渡証を作成し、その頃山崎行造弁理士に特許庁長官に対する特許出願人名義変更届の手続を委任し、本件1ないし3の特許を受ける権利については同年同月八日に、本件4の特許を受ける権利については昭和五五年五月二七日に右手続が完了したことは当事者間に争いがないから、右手続の完了により被控訴人は本件各特許を受ける権利を喪失したものというべきである。

右譲渡証の作成及び特許出願人名義変更の手続は契約解除に基づく原状回復義務の履行として被控訴人の当然なすべきことがらであるから、これをするにつき被控訴人の取締役会の承認を必要としない。

三  以上のとおりであるから、本件各特許権が被控訴人に属することの確認を求める被控訴人の主位的請求は失当というのほかはない。

第二予備的請求について

一  被控訴人がセメント及び建設資材の製造、販売を目的とする会社であり、控訴人が被控訴人の代表取締役として被控訴人の義務範囲に属する熱硬セメント等に関する製造技術の開発に従事し、この製造技術開発の一環として本件各特許権に係る発明をしたことは前示認定のとおりであり、これにつき、それぞれ別紙目録記載の各設定登録日に各特許を受けたものであることは、当事者間に争いがない。

右事実によると、被控訴人は、本件各特許権について、特許法三五条一項に定める職務発明による通常実施権を取得したことが明らかである。

二  そこで、抗弁10について検討する。

控訴人は、昭和五三年五月三〇日、控訴人と被控訴人との間の特許に関するすべての関係を解除し、同年七月一九日、両者間において右関係解消を確認し合っており、右解消された関係の中に通常実施権も含まれている旨主張するが、本件全証拠によってもこれを認めることはできない。すなわち、右職務発明による通常実施権は、後日控訴人が本件各特許権に係る発明につき特許を受けたとき、被控訴人に発生する法定の通常実施権であるところ、これを被控訴人が右昭和五三年五月、七月の時点であらかじめ放棄することを同意した事実は《証拠省略》によってもこれを認めることができず、その他これを認めるに足りる証拠はない。もっとも、《証拠省略》によれば、同年七月一九日、中部工業株式会社愛知支社長兼被控訴人代表取締役福田耕三と控訴人との間で確認書と題する書面が作成され、その第四条に、「上記条項に同意確認したことにより今後中部工業株式会社及び日本ハードン工業株式会社と穀田博の間に存した債権、債務並びに契約上の権利義務一切を本日合意解消した事を確認する。」と記載されていることが認められるが、この合意は、その文言上明らかなとおり、控訴人、被控訴人間の既存の法律関係を解消することを目的としたもので、将来発生することあるべき職務発明による通常実施権をその対象としたものでないことは明白である。

従って、抗弁10は失当である。

第三結論

以上のとおり、被控訴人の主位的請求を認容した原判決(主文第一項)は失当であるからこれを取り消し(原判決主文第二、第三項は当審における訴の取下げにより効力を失った。)、右主位的請求を棄却し、被控訴人の予備的請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 木下順太郎)

〈以下省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com