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東京高等裁判所 昭和61年(う)756号 判決

本籍

横浜市旭区二俣川二丁目一六番地

住居

大阪市旭区中宮四丁目一番九号

会社員

海老原洪植

昭和二六年二月二四日生

本籍

大阪市都島区都島本通二丁目一番地

住居

同市旭区赤川二丁目一四番二七号

企業情報紙販売業

森岡洋詞こと森岡洋

昭和一六年一二月二〇日生

右の者らに対する各相続税法違反被告事件について、昭和六一年二月一九日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し被告人海老原洪植から、同年三月二七日同裁判所が言い渡した判決に対し被告人森岡洋から、それぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官杉原弘泰出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人田中茂、同豊島時夫、同池田和司連名の控訴趣意書及び同弁護人田中茂名義の控訴趣意書補正書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、被告人両名をいずれも懲役一〇月の実刑に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、被告人両名に対しては刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件は、分離前の原審相被告人青山吉彦が、同人の実父藤吉郎の死亡によりその財産を他の相続人と共同相続したことに伴い、分離前の原審相被告人清水文平を通じて右青山の相続税の脱税工作の依頼を受けた被告人両名が、大阪の脱税請負グループである分離前の原審相被告人岸廣文、同松崎繁昭を紹介し、被告人両名、青山、清水、岸、松崎が共謀のうえ、相続税法一三条の規定を悪用し架空債務を計上して青山の相続税を免れようと企て、虚偽の領収証や借用証書をねつ造し、情を知らない税理士をして虚偽過少の申告をさせて青山の相続税九一五四万円をほ脱したという事案であって、ほ脱税額が高額で、ほ脱率も約四八パーセントとかなり高率であり、犯行態様も計画的かつ巧妙で、それ自体悪質な事案というべきである。

被告人両名は、青山の実母の叔父にあたる前記清水文平を介して青山の脱税の相談を受け、多額の報酬を得たいという動機から、青山を岸らの脱税請負グループに結びつけるべく、青山に対し岸らに脱税工作を依頼するよう勧める一方、青山を岸の経営している株式会社広洋の事務室へ案内して岸らに引き合わせるなどして本件の共謀を成立させるべくあれこれ行動し、その結果共犯者間に共謀を成立させているのであって、被告人両名の存在と行動がなければ、岸らの脱税請負グループが本件に関与することはなく、したがって本件のような犯行もあり得なかったことを考えると、被告人両名の本件における役割を軽視することはできない。

さらに、本件において注目すべきことは、青山が脱税によって得る利益の総額は、本件外の相続税の更正請求分及び土地譲渡にかかる所得税の脱税分を加えても、約二億四五九〇万円であるのに対し、被告人両名や岸、松崎、清水、上田らの共犯者の取得した報酬の合計額は約二億一六〇〇万円以上に上っているのであり、青山の負担した飲食費や交通費等の経費を考慮すると、本件犯行によって青山の利得するところはほとんどなかったことが窺えるのに対し、他の共犯者らはそれぞれ多額の報酬を得ているのであり、被告人森岡は岸についで多額の四〇〇〇万円を、被告人海老原は約一五〇〇万円を受領しているのである。このことは量刑上、とくに共犯者青山との刑の権衡を考えるうえで看過できないところである。

このほか、被告人森岡には、昭和四一年八月、いわゆる出資法違反罪で懲役七月及び罰金二〇万円、懲役刑につき二年間執行猶予に、昭和五七年三月、傷害罪で罰金五万円に処せられた処罰歴があり、被告人海老原には、昭和五四年九月、道路交通法違反罪(無免許運転)で懲役四月、三年間執行猶予に、昭和五八年九月、神奈川県青少年保護育成条例違反罪で罰金五万円に処せられた処罰歴があることを考慮すると、被告人両名の刑責は軽視することができない。

そうすると、本件脱税方法の具体的発案者は岸らの脱税請負グループで被告人らではないこと、被告人両名は本件で得た報酬に関し、共犯者の岸の資金によるものではあるが、青山にその利得を返還しており、岸との間にも分割して返済する旨の約定が成立していること、被告人海老原の取得した報酬額は共犯者に比し少額であること、被告人森岡の健康状態及び被告人両名が反省の態度を示していることなど被告人らに有利な諸事情を十分に考慮しても、被告人両名に対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、被告人両名を各懲役一〇月に処した原判決の量例が重過ぎて不当であるとはいえず、また共犯者青山に対する量刑と権衡を失するともいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司)

○控訴趣意書

被告人 森岡洋詞こと 森岡洋

被告人 海老原洪植

右の者に対する相続税法違反被告事件について、左記のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和六一年七月一八日

右被告人両名弁護人

弁護士 田中茂

弁護士 豊島時夫

弁護士 池田和司

東京高等裁判所第一刑事部 御中

原判決は被告人両名をそれぞれ懲役一〇月(但し被告人海老原洪植につき、未決勾留日数一〇日を右刑に算入)の実刑に処したが、原判決の刑の量定は甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと言わなければならない。

従って、原判決は刑事訴訟法三八一条の事由があり、破棄されるべきである。

以下その理由を述べる。

第一、被告人両名には原審でも明らかなとおり、税法違反の前科前歴がない。

このような初犯の脱税犯に対して実刑に処するのは、以下詳述する実情下にある我国においては、刑罰適用上著しく正義に反するものと言わなければならない。

一、はじめに

近時いわゆる脱税犯に対する自由刑につき実刑を課する事例が東京地方裁判所を中心に数多く見られるようになり、最近は同裁判所においてその量刑が一段と厳しさを増しているようである。本件もまさにその一事例であるが、実刑を課すことの当否については、我国における税制の経緯と納税する側の国民全般の法意識を含めた納税意識、脱税状況等、及び課税し訴追する側の国税当局、検察庁の税務行政、租税検察の現状等に加え、諸外国との比較等について、その実態を究明した上で慎重に検討する必要があると思料するので、実刑を課した判決がその理由として述べているところの是非についての考察も併わせ、以下右の諸点について検討する。

二、実刑判決の、実刑を相当としている理由の大要

実刑判決が実刑を相当とする理由の大要は、おおむね次のとおりであるが、アメリカ法的思考が濃厚であることと、申告納税制度を誤解し、税務行政ないし租税検察の実情を考慮に入れていないことなどが窺われる。

1 悪質な事犯に執行猶予を付することは犯罪と刑罰に関する一般社会の正義観念が損なわれ、法の尊厳性を危うくさせる。

2 申告納税制度は納税者の良心と良識を尊重して採用されているものである。

3 申告納税制度は納税者の自主性を重んじる制度で租税秩序の基礎である。

脱税犯はその根幹を破壊するものである。

4 申告納税制度は、他の納税者の犠牲において不当に利得することを許さず、脱税者は社会一般から強い非難を受ける一方、納税者は主権者として、その使途を監視することができるもので、これが民主主義社会では、「脱税は最悪の犯罪」といわれる所以であり、民主主義のもとにおける申告納税制度の構造である。

三、実刑を課することの当否についての検討

1 我国における税制の経緯

(一) 自由刑は戦後に導入されたものである。

戦前の我国においては所得税、法人税等のいわゆる直接税についてはいわゆる賦課課税制度であって、納税者は一応その所得金額等について申告はするけれども、その申告によって納税義務は発生せず、税務当局の賦課処分によって納税義務が発生、確定する仕組みとなっており、その脱税の罰則は罰金刑のみで懲役刑はなかった。

脱税は国の徴税権を犯すものであるけれども、詐欺罪とは異なるとの理論構成は確定的なものであった。

ところが戦後アメリカ占領当局の要請とインフレ対策上昭和二二年の改正で、賦課課税制度から申告納税制度に切替えると同時に罰則にも自由刑が導入された。

(二) 申告納税制度は国の利益のために導入されたものである。

ここで申告納税制度に切替えた第一の原因がインフレ対策と国の財政収入の早期確保にあったということを忘れてはならない。賦課課税制度のもとでは、税務当局が賦課処分をすることによって初めて納税義務者の納税義務が確定するから、それによって強制徴収も可能になるのであって、それまで納税義務者が申告をしていても納税義務が確定していないから強制徴収が出来なかった。

これでは戦後まもないころ日一日と貨幣価値が低下していたインフレの昂進に対応できない。半年遅れの百円よりも今日の五〇円が実質的に価値がある時代であった。また租税を徴収することによって流通貨幣を吸い上げインフレの昂進に少しでも足止めをかける必要があった。

そのためには税制上どのように対応するのが適切であるかという観点から生まれたのが、申告納税制度である。

申告納税制度とすれば、納税者が申告をした時点で納税義務がその範囲で一応にしろ確定する。確定すれば強制徴収ができる。過少な申告であれば、税務当局が更正処分を行うことによって不足分を徴収すればよい。

これが所得税等を申告納税制度に切替えた第一の理由なのである。予定納税制度の導入も、右と同じ理由によるものであった。

このことは租税法研究会編集の租税法総論第五章賦課課税と申告納税、特にその一四八頁に当時の税務行政の責任者達によって詳細説明されている。また佐藤進、宮島洋共著の戦後税制史(増補版)二頁ないし五頁にも記述されている。

実刑判決は、申告納税制度は納税者の良心と良識を尊重して採用されたものであるとか、納税者の自主性を重んずる制度であるとか言うが、それは国家の希望であり、建前論である。

納税者の自主性を重んずる制度は青色申告制度であって、申告納税制度ではない。

申告納税制度となったことによって、国の更正、決定権が制約されるというのであれば、判決の言うとおりであろうが、申告納税制度に変ったからといって、国が正当と判断する所得金額を自由に決定する権限には何等の変化もないのである。

(三) 所得税制の歪み

我国の税制中、現行所得税制の歪みは甚だしく、公正な税制とは到底云い難い状況下にある。

所得税はその租税力、公平の観念からも、総合課税を原則とするものであるのにかかわらず、利子、配当所得については、源泉分離課税を選択することにより、それによる所得がいくら高額であっても、一率三五パーセントの税率による課税しかされず、株式売買等のいわゆるキャピタル・ゲインについては原則非課税とされているのであって、このことは勤労所得(給与所得のみならず事業所得等も含む)者のみに対し重課し、不労所得、資産所得者を不当に優遇するものであるのみでなく、その税率たるや営々として働いて所得を得た者に対しては、八千万円を越えた段階で早くも最高七五パーセント(同五九年以降は七〇パーセント)という世界最高の税率による課税が行なわれ、地方総合計一八パーセントを加えると、正に殺人的とも言える過酷極まる税制となっているのである。

右の八千万円超に対する最高税率七五パーセントは同四五年以来据置かれていたもの(同三七年以降四四年までは六千万円超七五パーセント)であってその間の物価上昇等を考慮すると、立法関係者は自己らにその実際上の適用がないことを前提に、高額所得者にはこのとおり高率の所得税を課税しているから、一般の給与所得者その他の所得者の税金は辛抱しなさいという口実に利用していたとしか言いようがない。

このような勤労所得に対する重課は、シャープ勧告が戒めていたところであって、シャープ勧告により当時の最高税率を八五パーセントから五五パーセントに減少したことに逆行するものである。

この最高税率が、高きに失し不当であることを指摘された国は、財政上苦境にありながら同五九年に至って始めて七〇パーセントに下げ、更に現在は六〇パーセントくらいにすることに関係者の合意を見つつあるのである。

2 国民全般の法意識を含めた納税意識、脱税状況等

(一) アメリカとの対比

実刑判決は前述したとおり、アメリカ法的意識が極めて濃厚である。

周知のとおり、アメリカはメイフラワー号に乗ってやってきた建国の始祖たちが、船中で契約書を作成し、法への忠誠を誓約して始まった国家であって、法万能主義であり、国民の権利、義務意識は強く、権利を主張することも義務の履行を求めることも強烈な国家であるのに対し、アメリカ以外の国家特に我国は完全な法治国家ではあるものの、その国民は文化として、ひとびとは事を荒だてず、理想的には事無かれで行きたいと願っている(司馬遼太郎、アメリカ素描三二四頁ないし三二七頁)。アメリカは特に国家も国民も、その国家成立の経緯上、納税については厳しい感覚をもっている。納税だけではない、その他の法律についても厳しく例えばカルテル防止、取引上の契約の履行或いは取引モラルの遵守、損害賠償金額(通常の損害額のみならず懲罰的金額が加えられ、その金額は天文学的である)等のみならず、政治家に関する各種規制についても極めて厳格である。田中角栄が起訴されても最高点で当選するような我国とは思考が基本的に異なるのである。

我国において脱税が一般的に行なわれ、国民一般の脱税に対する罪の意識が薄いことなどは、日本経済新聞に連載され、同新聞社から発行された「ザ・税務署」その他の著書、報道によって明らかなとおりで、アメリカとは比較にならないほど隔絶しているのである。

もっとも、そのアメリカでは、いかにもアメリカらしく各種の節税工作が花盛りであることは前掲「ザ・税務署」一八一頁以下にも紹介されている。節税と脱税は法的には非合法と対照的ではあるが、その実質はお人好しの善良な納税者よりも税金を減少させるということにおいて同一であって、節税は刑務所の塀の外で自由の地であり、脱税はその塀の内で拘束の地ではあるけれども、地理的には、数十センチしか離れていないのである。

裁判は我国民一般の有する社会通念に基づいてなさるべきものである。

裁判官自身の道徳感情、法意識を一般的行為の公準に高めるべきではない。

したがって、我国においては、今直ちにアメリカ法的感覚で裁判をすることは基本的に国情に合致しないのである。(具体的事情に基づく相違は後述する)

(二) 脱税と節税

脱税とともに各種節税が行なわれていることは前記「ザ・税務署」にも掲載されている(例えば同書六六頁、ないし七六頁)。

ここでは相続税について触れるが、我国の最高税率は五億円超で七五パーセントである。英国の現行税制では最高六〇パーセントのようである。(「ザ・税務署」一九六頁)。アメリカについては古い資料(各国の租税制度全訂版四七年発行)しかないが、それによると三〇〇万ドル超で五六パーセントである。一ドル一七〇円で計算すると、五億一千万円である(新たな資料が入手できれば追加する)。

我国の税率は先進他国に比してもやはり高いようである。

そのために外国同様(「ザ・税務署」一九三頁以下)脱税のほかに節税が流行している。

昔の話になるが、阪急電鉄グループ創業者の小林一三氏が死亡したときの相続税は零だったというのが、関西税界での語り草となっている。関東でも同じような事例が多いと思われる。

節税によって税が軽減できる程度は所得税や法人税よりも相続税の方が大きい。

資産家が自分の死亡したときの相続税をいかに軽減するかについて努力している例は極めて多い。しかし、そのような対策をとることを知らない人(知っていてもその対策をことさらしない人も稀にはいる)もいて、このような人は死亡時に多額の相続税が課税され、相続人を嘆かせ、慌てて税金対策ひいて脱税に走らせることになる。

脱税の方法は極めて複雑多岐にわたり「ザ・税務署」に紹介されている事例はほんの僅かなものに過ぎない。

相続税の節税方法は最近の公判物にも公然と掲載されているので、ご参考にして戴きたい。もっとも公判物に掲載されているのは、既に多数人に知られてきた方法であって掲載されない方法が真の節税方法であって、専門家のノウ、ハウとなって、財産家の相続税対策に利用されているのである。事前の節税工作をとっていた人ととらなかった人の間の実質的税負担は極めて不公平となる。

やむを得ないことではあるけれども、こういう事情を知っている弁護人には事前に節税対策をとっていなかった人の相続人が、あわてて脱税工作に走る心理を理解できなくはない。

馬鹿だと言えばそれまでであるが、何か割り切れないものが残るのは、ひとり弁護人のみではないと思う。

こういうもろもろの諸事情を考えると、事前の節税工作をとっていなかった人の相続人が脱税工作に走ったり、これに加担した人に対する非難の程度は所得税や法人税に比して軽くて然るべきであろう。特に最近は地価の値上がりなどで、相続税の課税価格の上昇は著しい。数億円くらいの相続税の節税、脱税の存在は数え切れないくらいあるであろう。

3 国の税務行政、租税検察、世論の現状

国税の税務調査を担当する職員も租税検察を担当する検察庁の職員も極めて不足している。

税務調査を担当するのは、まず普通の調査が各税務署及び国税局の調査部(調査課)によって行なわれ、税務署所管のうち大口納税者あるいは相当規模の脱税があるのではないかと疑われる納税者については国税局の資料調査課によって特別の調査(強制調査ではないが、事実上それに近い調査が数人の担当者によって行なわれることが多い)が行なわれ、相当規模の脱税の嫌疑濃厚な納税者について調査官による強制調査が行なわれるというのが一般的仕組み(右区別は一応のもので、実際上は入りくんでいる)であるが、税務職員は一般的に不足しているから、一般の納税者については、二、三年に一度の調査が行なわれているに過ぎず、査察の対象となる業者は、極めて少数(昭和六〇年はこれまでの最高であるが、それでも全国で二五五件を査察し、告発は二〇一件に過ぎない)である。

また検察庁も、職員の絶対数が少ない上、租税についての専門的かつ実務的知識を持つ職員がほとんどいないから、検察庁単独で脱税犯の検挙をすることはまず出来ないので、検察庁が脱税事件を検挙処理する際は、査察官との共同捜査となるのがほとんどである。

こういう事情のほかにいかなる事情があるかについては必要がないので論じないが、いずれにしても、多額の脱税が判明して納税者に修正申告をさせても査察の対象とせず、したがって検察官に対して告発もされず、検察官も起訴しない事例も相当あるようである。

周知のとおり税務当局には守秘義務があるという理由で、右のような多額の脱税事犯でありながら起訴もされないままになっている事案は外部に洩れ難い。

しかし、例えば厳重な守秘義務の壁から洩れて新聞に報道された事例だけでも、関東地方では読売新聞昭和五九年八月二七日朝刊(関西版、以下同じ)に掲載された「タイトー」の約五〇億円の所得及び留保金約六〇億円の法人税の不正過少申告(なお同社は五四年にも約九億円の申告洩れがあった旨報道されている)日本経済新聞同六〇年一〇月一日朝刊に掲載された「コモドール・ジャパン」の約二五億円の法人税の不正過少申告があり、関西地方では朝日新聞同五八年五月二日夕刊に掲載された是川銀蔵氏の約二八億円の所得税の不正過少申告、サンケイ新聞同五九年二月五日朝刊に掲載されたサラ企業者の約一六億円の所得税の不正過少申告がある。

そのほか東京地裁で同六〇年三月二二日判決のあったいわゆる誠備事件の加藤にかかる所得税法違反事件では、判決において政、財、官界の顧客グループに脱税容疑のあることをほのめかしている。(判例時報一一六一号)(週間新潮六〇・四・四号一四六頁、読売新聞六〇・三・二三参照)

こういうことは、例えば殺人事件であり得るであろうか。我国においては絶対あり得ないことである。ある者が殺人を犯したということが分かれば、身分の高下その他いかなる事情があっても殺人事犯として取扱い、犯人は容疑者として取調べを受け、然るべき処分がされるのである。

もし、これを放置するようなことがあれば、もとより世論も沸き返るであろう。

しかし、脱税版についてはそうでないことが前記の事例でお分り戴けたと思われる。奇妙なことに、右のような多額の脱税事犯を報じた新聞も、これを告発、起訴しないことについて疑問を呈さなければ非難もしていないのである。

同五九年二月二四日日本経済新聞の「ザ・税務署」には、重戦車と機動隊と題し、査察を重戦車にたとえ、資料調査科を機動隊にたとえて、徴税の両輪とするのはよいが、「冒頭の社長(査察を受け社長のこと)は、二億七千万円の法人税を脱税したとして起訴され、いま公判を持つ身。一方二七億円の申告洩れを指摘されたK氏(是川銀蔵のこと)は、罪に問われたわけではないが、修正申告を余儀なくされ膨大な所得税を支払った」旨記載するのみで、右K氏を告発、起訴しないことを非難する点は少しもない。脱税を厳重に処分せよとの主張も新聞などに時々掲載されるが、「ザ・税務署」にも記載されているように国民一般の間にひろく脱税が行なわれている現状では、迫力がない。

これが我国の実情なのである。アメリカでこのようなことが発覚すればこのようなことで済む筈はない。日本とアメリカの脱税に対する意識の相違する典型的徴表である。

4 諸外国特にアメリカとの対比

(一) 申告納税制度について

我国が所得税等について申告納税制度をとった真の理由については前述したとおりである。

実刑判決や国税当局は申告納税制度が民主主義の基本であるとか、租税法秩序の基礎であるなどと申告納税制度をあたかも民主主義の権化のように言う向きがあるが、民主主義とは直接の関係はないのである。

現に申告納税制度を採用しているのは、我国のほかに、アメリカ、カナダの二か国があるだけである。

イギリスにしろ、フランス、西ドイツにしろ、いまだに賦課課税制度を保っているのであるが、これらの国家が民主主義国家でないとは誰も言わないであろう。

申告納税制度が租税法秩序において絶対的なものではないことも、このことからお分り戴けると思う。

我国において申告納税制度をとったそもそもの理由は、納税者のためでなく、もっぱら国の利益のための制度であることを忘れてはならない。

ただ、申告納税制度がうまく運用される要件の一つとして、記帳制度の確立、調査能力の充実などとともに国民の協力があげられているのである。

脱税が横行すると、国家財政に困難を生ずることは、賦課課税制度にも申告納税制度にも共通の問題であって、申告納税制度に特有の問題ではない。

(二) 納税申告に関する意識について

申告書を提出する際、我国においては、納税者の著名、押印のみが要求されている。

しかし、アメリカのみならず、賦課課税制度のイギリス等においても申告書には「私の知る限りにおいて、また私の信ずる限りにおいて、これらが真実、公正かつ完全であることを宣誓します」旨記載されたところへ納税者がサインをするように義務づけられている。アメリカでは更に「詐欺罪になるとの条件の下に私は添付明細書及び報告書を含むこの申告書を調べた結果」である旨も記載されている由である。(福田幸弘、税制改革の視点二八四、二八五頁、三二七頁)。(なお右三二七頁によると、詐欺罪が適用されることによって、初めて重罪として禁固刑を受ける由である。)

我国の所得税等に申告納税制度が導入されたのは、一面において、多分にその制度をとっていたアメリカの勧告によるものであるから、本来であれば、申告書にもアメリカや少なくともイギリス程度の文言を付して納税者に著名させることも検討されたであろう。

しかし我国においては、いまだ税は「お上」に否応なしにとられるものという観念が強く、申告納税制度採用当時は、右のような宣誓文書はナンセンスだと思われたから、そのような宣誓制度はとられなかったのであろう。申告納税制度が発足して既に四〇年近くの日時を経過してもなお宣誓をさせることができないのは、納税に対する歴史の深さや国民性の根本的相違から来る国民の税に対する認識がいまだ欧米と格段の相違がある一方、納税者が、納税法の立法及び税金の使途について関心の程度が薄く、法理念上は国民が主権者であり、その代表者である国会議員が国会で法案の審議、予算決算の審議をすることとなっているが、租税法案の審議は通常形式的で、その審議内容も一般国民には容易に知ることができず、税金の使途も有力者の地盤である特定の地域に対する集中支出や選挙地盤培養のための特定の職域者(農、林産業において特に顕著)のための補助金等に浪費されても、一般国民はこれを是正する有効な手段を持たないという実情によるものであろう。欧米諸国において脱税者に対する社会的非難が高い一方で、タックス・ペイヤーの眼が厳しく、その使途などを監視することができ、またそれが民主主義であり脱税者を非難することができるとされているのと対照的なのである。

(三) 税率について

所得税について、我国の最高税率は八千万円を越えると同五八年分まで七五パーセント、同五九年分以降七〇パーセントとなっている。(地方税は一八パーセントである)

アメリカは、五〇パーセントであり、更にこれを三五パーセント程度に引き下げようとしている。

イギリスは六〇パーセントで地方税はない。

法人税については我国で先般大蔵省と経団連の間で、実効税率と実質負担率をめぐる論争があったが、法人税についても我国の実質負担率は他国に比して高いようである。

欧米の税法なら守るのが当然であり、また誠実に納税しても、所得相応の生活が保持できる。日本はどうか。特に所得税法では誠実に守れば、いくら汗水流して働いても、高額所得者は裸同然となる。法律は国民が守ることが出来るものでなければならない。租税法律主義は、租税公正主義をも含む。それが民主主義なのである。多額納税者で知られる松下幸之助氏は

「日本の所得税は昔なら一揆ものだ」と喝破したことが新聞に報道された。

現在中流層の給与所得者の税率が高すぎるという声が多い。

これに、同調する報道が多いのは、その階層の人が社会の根幹となっているからであろう。

しかしそれらの人達の最高税率は現在の所得税で四五パーセントから五五パーセントである。(年間所得一二〇〇万円から三〇〇〇万円未満まで)。年間所得八千万円を越える人達は五八年まで七五パーセント、五九年からでも七〇パーセントである。

これに地方税を加えると殺人的酷税である。

人間誰しも欲がある。通常人にとって守れないような法律を作っておきながら、それに違反したら懲役の実刑に処するというのでは、昔の悪代官そのものである。

なお、自由刑については、欧米諸国は禁固刑ではないかと思われる。後日調査の上、はっきりすればこの点を補充する。

四、結論

以上のとおり、欧米諸国、特にアメリカとは、国民性、法意識、法則を異にする一方、納税者としての権利行使も十分出来ない我国においては、アメリカ的思考による罰則の適用は適切でない。

また、特に所得税については勤労所得に対して不当に高率の課税をすることは、憲法の保証する租税法律主義に包含される公平主義に反する疑いが極めて濃厚である上、他に多数の多額の脱税者の伏在が確実視され、かつ多額の脱税が発覚しても訴追されない者がいる現状においては、訴追をされた者に対して実刑を課するということは、一方は納税するだけで訴追もされず平穏な日を送り、一方は牢獄に投ぜられるという極めて不公平な裁判ということにならざるを得ないと考える。

脱税で一度処罰されながら、再度同じような脱税を犯すというような悪質事犯でない限り、我国の諸般の現状を踏まえれば、自由刑につき実刑を選択することは新たな不公平を招来するものである。メイフラワー号のアメリカ建国の始祖達が誓ったものも正義、公平な法に対する服従である。

我国の実刑判決が言うのも、一般社会の正義観念が損なわれてはならないというのである。

初犯の脱税犯を実刑に処するのは、右実情下にある我国では刑罰適用上正義に反すると思料する。

なお、右弁論には前掲「税制改革の視点」の論述を各所に援用したので、右援用部分を一括記載する。同書五、六、一〇、一二、一四ないし一六、七二、九二、九三、一〇〇ないし一〇三、一二六、一三五、一四一、二〇〇ないし二〇二、二一〇、二一一、二三三、二四〇、二五一ないし二五三、二六三ないし二六五、二六九、二七六、二七七、二八一、二八二、二八四ないし二八六、二八九、三二四、三二五、三二七、三四七、三六四、三七九ないし三八一頁。

第二、原判決が(量刑の事情)中で示した、被告人両名の本件における役割に関する判断は、事実誤認に基づくものであって、甚しく不当である。

一、被告人森岡洋(以下単に姓をもって表示する)が本件脱税実行上担った役割は、本件脱税工作の依頼者たる青山・清水と岸・松崎との仲介をしたにすぎず、その関与の程度はいわばパイプ役としてのそれに尽きると言うことができる。

また海老原が本件脱税実行上担った役割も、青山・清水の依頼により同人らと森岡との仲介をしたにすぎず、その関与程度は森岡同様パイプ役としてのそれに尽きるのである。

二、しかるに、原判決は森岡について、

(1) 「海老原から青山の相続税の件を関知するや」

(2) 「青山と岸ら脱税請負グループを結びつけるべく、清水及び海老原と事前に打ち合わせたうえ」

(3) 「清水・海老原が青山に対し、岸らに脱税工作を依頼するよう勧める一方、森岡は岸らに青山の脱税の件を持ち込み」

(4) 「青山らを(株)広洋の事務所に案内して岸らに引き合わせる」など

(5) 「本件共謀を成立させるべくあれこれと行動し」

(6) 「その結果判示の共謀に至った」もので

(7) 「森岡の存在及び行動がなければ、本件共謀の成立はなかったであろうこと」

(8) 「従って本件は実行困難であった」とし

(9) 「本件における役割を軽視することはできない」旨判断している。そして更に、

(10) 「その後の更正請求や所得税の確定申告に関する一連の脱税工作においても、松崎らの実行グループと依頼者である青山らの節目の会合に常に同席するなどの関係が窺われること」

(11) 「加えて岸についで多い約金四〇〇〇万円もの高額な報酬を得ていること」からみて

(12) 「仲介者の中でも本件における地位の重要性を物語る」旨判断している。

また、原判決は海老原について

(13) 「清水を通じて青山に多額の相続問題が生じている旨を聞きつけるや」

(14) 「青山と岸ら脱税請負グループを結びつけるべく」

(15) 「青山に対し、岸らに脱税を依頼するよう勧める一方、大阪側の窓口となっていた森岡と連絡をとった上」

(16) 「青山と(株)広洋事務室へ案内して岸らに引き会わせるなどした」ばかりでなく

(17) 「申告後、岸らの指示に基づき青山において言った虚偽の借用証書の作成に立ち会ったりなどしている」もので

(18) 「海老原の行動がなければ本件は実行困難であった」とし

(19) 「本件における役割を軽視することはできない」旨判断している。

(20) そして更に「その後の更正請求や所得税の確定申告に関する一連の脱税工作においても連絡的な役割を演じていることが窺われること」

(21) 加えて「本件などにより約金一五〇〇万円もの高額な報酬を得ていること」及び異種である前科等を併せ考慮すると

(22) 「被告人の刑事責任は重い」旨判断している。

しかし、原判決が被告人らの本件における役割について摘示する事実(森岡につき(1)乃至(5)、(10)(11)、海老原につき(13)乃至(17)、(20)(21))と判断(森岡につき(6)乃至(9)、(12)、海老原につき(18)(19)、(22))との間には、事実誤認を含む論理の飛躍があり、原判決の右判断は甚しく不当である。

三、以下右摘示事実につき順次述べる。

1、(1)乃至(3)、(13)乃至(15)について

(1) 森岡は、海老原から青山の相続税の件を単に関知したのではなく、海老原を通じ、青山が脱税工作を企図していること及びその脱税目的を幇助してくれる者を紹介してほしいとの依頼を伝え聞いたのである。

即ち青山は、清水との談合の結果既に確定的な脱税意思を有していたのであり、森岡、海老原は青山に対して脱税意思を生じさせる行為はしていない。

(2) 原判決は、青山に対する判決の(量刑の事情)中で「本件の一連の犯行のきっかけとなった判示第一の犯行の経過においては、青山に積極的に脱税をもちかけたのは清水及び海老原で、それを岸らの脱税請負グループと結びつけたのは森岡であり、脱税方法を発案し、領収書をねつ造し、更に、借用証書のねつ造を命じたのは、岸及び松崎であり、右犯行が他の共犯者主導で行なわれ」「青山は、本件各犯行において清水ら共犯者の指示どおりに行動するなど実行面においては他の共犯者に比較して従属的立場にあったと認められるうえ」「他の共犯者の報酬、手数料稼ぎに利用されたとの面も存する」旨判断しており、これが原判決及び各共犯者に対する第一審判決における量刑の基本認識になっているものといえる。

しかし、原判決の本件に対する右基本認識は、一部調査における一部供述を誇大に評価して各供述調査の評価を誤り、青山並びにその母親である菊地キヨ(以下菊地という)及び菊地の叔父である清水の経歴・行動そして菊地及び清水の青山に対する影響力に関する全体的な考察に欠け、ひいては事実の誤認に至ったものと言うことができる。

(3) まず、青山及び菊地の青山藤吉郎(以下藤吉郎という)の生前における経歴・行動について述べる。

菊地は藤吉郎と飲み屋で知り合い、昭和三六年一二月に結婚したが、当時武藤家に嫁いでおり、その離婚問題などもあったことから親戚の者らは結婚に反対していた。その後菊地が他の男性と付き合って問題を起こしたことから、藤吉郎は昭和四六年に離婚したが、青山及び青山章子(以下章子という)が年少でかわいそうと考えたためか昭和四七年に菊地と再度結婚した。

しかし、昭和四八年にはまた菊地と離婚し、藤吉郎は、青山及び章子の三人で町田市中町の家で生活していた(青山浩の検察官に対する供述調査四丁以下-引用する供述調査の表示は以下単に供述者名を記し、同一供述者の調査が数通ある場合は供述月日を付記し、引用部分は丁数を記す)。

菊地は青山が小学校の頃に藤吉郎と離婚し、菊地時男と再婚したのである(青山一〇・三-四丁)。

菊地は必ずしも身もちがよい方ではなく、藤吉郎と知りあった頃飲食店に努めており、夫も子供もいたのである。菊地は前夫と別れ藤吉郎と結婚した後離婚したようだった(清水一〇・四-二七丁)。

また、清水は日本チッソ(株)を昭和二〇年に辞め、八王子市で食堂を経営していたが、窃盗教唆の罪を犯し、居づらくなって昭和二四年頃町田市へ転居してきた。右罪により懲役一年の実刑判決を受け、甲府刑務所に服役した。出所後昭和二七年頃横浜へ出てきて飲食店の経営をしたが、昭和三五年頃ホテル経営や飲食店経営を目的とする清水文商事(株)を設立し、代表者となった。

その後、ホテル経営を目的とする清水観光(有)・山水観光(有)・飲食店経営を目的とする(有)清平を設立し代表者となり、その妻子は各社の取締役をしており、経理は全て妻が担当している。会社関係の財産は合計四〇億円で、月に約一〇〇万円の収入がある。その他不動産・ゴルフ会員券・預貯金などの資産がある(清水一〇・四以下-七丁以下)。

また、七〇〇〇万円余の現金を出資して横浜実業(株)という手形割引等の金融会社の設立に参加し、取締役となっていた(清水一〇・四-一三丁以下)。

清水は菊地の母の一番下の弟だが、横浜実業という手形割引の会社をやっていたとき、高利を条件に親戚から多額の資金をかき集めた挙句この会社を潰してしまい、数千万円の損をさせられた者もいた。

こんなことから清水は親戚中から総スカンを食った状態になっていたが、清水は一代で何十億という資産を築いた人であり、大変な遣り手であると菊地は思っており、青山に以前話したこともあった。しかし、清水は何かと問題の多い人物だったから、青山家と清水との付き合いはなく、藤吉郎の生前青山が清水と会ったのは冠婚葬祭で何回かある程度のはずである(菊地一〇・一一-八丁以下)。

(4) 以上のような経歴を持つ菊地及び清水は藤吉郎の死亡に際し、青山を含め一体的関係を形成し、青山を誘導する一方青山自身も自らの計算において、同人らをその目的達成のために利用したのであって、同人らのいわゆる「人形」ではないのである。

その経過は次のとおりである。

青山は昭和五四年三月に玉川学園高等部を卒業後玉川大学工学部情報通信工学科に進学してコンピューターのソフト関係の勉強をしたが単位が取れず二年で中退し、中央大学法学部政治学科の通信教育を受ける一方当時町田市長選挙に出馬する準備をしていた飯野の事務所で雑用の手伝いをするようになった。

その後石川代議士の事務所に出入りして印刷物の手配などの雑用をするようになり昭和五七年三月頃までそれを続けた。昭和五七年一二月に藤吉郎が設立した不動産管理を目的とする(有)藤吉商事の代表者となったのである(青山一〇・一六-二丁以下)。

そして、藤吉郎の死後である昭和五八年一二月には(株)藤栄を設立し、菊地が代表取締役になって、「ホテルサンマリノ」を買収しビジネスホテルを経営している(青山一〇・一六-四丁)。

青山及び菊地は、昭和五七年六月藤吉郎が入院し、検査の結果癌であることが判った訳だが、同人が入院するとすぐに足しげく通って来るようになった。先妻の子らとしては菊地は既に藤吉郎と離婚し、他の男と結婚している女なのに藤吉郎が入院するや否や病院に出入りするようになったので菊地は遺産目当てで来ていると感じられたので腹立たしく思っていた。青山や菊地がしつこく先妻の子が看病するのを遠ざけ自分達でやるからいいと言うので引揚げた日には青山や菊地は弁護士などを病院に連れてきて、藤吉郎に遺言書を書かせようとしていた。このことは昭和五七年九月頃看護婦や医者から「きのうは弁護士さんが来て何かやっていたようですよ」などと言われて知っていた(青山浩-七丁以下)。

今から考えると、青山は藤吉郎の遺産を狙ってどうやって自分の取り分を増やすかとか相続でかかる税金を減らすかということを当時からいろいろと考えていたのだと思う。

昭和五七年の七月か八月ころのことだったと重いますが、病院で青山浩は青山と菊地から「借金があると税金が安くなる。だからそちらの兄弟もみんな助かるのよ」と藤吉郎のいる病室で言われたのを覚えている(青山浩九丁以下)。

青山が相続した土地に関し、相続税の申告書を作るにあたって、その土地上の建物の工事代金を藤吉郎の生前の債務として申告してよいかどうか問題となった。

青山としては飯田税理士から生前の債務にするには問題があるだろうと言われた。工事代金についても藤吉郎の債務として認めてもらった方が相続税が安くなることから、このことも清水に相談した(青山一〇・三-七丁以下、一〇・一六-二丁)。

以上のとおり青山は、その経歴からしても通常一般の学生生活を送っていたわけではなく、税制申告も被相続人の生前債務の存在によって相続税額が減少させられることぐらい悉知していたのである。

そして、青山はその依頼税理士の判断にも率直に従わず、清水に相談しているのであって、本件脱税の萌芽は既に青山自身のなかにあったと言わなければならない。

そして、青山は右のような個々の相続財産につき税額減少の余地がなくなった後の税額計算で、相続税額が二億円を上廻ることを依頼税理士から知らさせるや、税理士の意見に従わず脱税を企図し、その方法の相談を清水にしたのである。

青山にとって清水との相談事は脱税をするか否かではなく、脱税目的達成のための手段・方法の相談だったのである(青山一〇・一五-二丁、菊地一〇・一一-一四丁以下)。

清水は三井銀行の件が解決する前頃姉の高橋トシ(菊地の母)が自宅に遊びに来たことがあり、その時同人から「藤吉郎が今年の二月に死に、先妻の子と菊地の子が相続のことでもめているらしいから、あんた力になってやったら」と言われている(清水一〇・四-二六丁)。

清水は姉に言われるまで藤吉郎が死んだことも全く知らず、青山に就いても小学生の頃顔を見ただけで以後一度も会ったことがなかったが、どういうことなのかと重い早速菊地に電話をかけたところ、菊地は「そうなの、青山が五〇パーセント相続したけれど相続税がかかって大変なの」とのことであった(清水一〇・四-二九丁)。

そして、青山も藤吉郎の死後先妻の子供達と争いが起きていたとき、菊地から「清水に相談したらどうか」と言われ、相談相手になってもらうようになったのである(青山一〇・三-六丁)。そして、当時青山は清水に対し全幅の信頼を寄せており、清水に言われたとおりにしているはずだと菊地は思っているほどであった(菊地一〇・一二-一六丁)。また、青山は清水に相談し、清水が教えてくれるとおりに税務署員や検事さんを騙したのである(青山一〇・一四-一六丁)。

以上のとおり、森岡、海老原が本件相続を知る前に、青山・菊地・清水の親戚間において既に脱税をすること及び清水が横浜実業倒産時に銀行とのトラブルを解決してくれた人に脱税工作を依頼する段取りをとることが、確定していたのである(菊地一〇・一一-一四丁以下)。

従って、森岡・海老原は単に青山につき相続が開始されたことを聞いて、脱税依頼させることの打合わせなどしておらず、青山に対し岸らに脱税工作を依頼するよう勧めたなどということはないのである。

また、脱税工作それ自体の打合わせなども行なう余地がないことは明らかである。

2、(4)(5)及び(16)(17)について

弁護人は森岡・海老原の存在がなければ、本件犯行に岸・松崎が関与することはなかったという意味で、森岡・海老原が本件犯行において仲介・パイプ役を果したことを否認するものではなく、同人らの役割はこれに尽きると主張するものである。

(4)、(16)はまさに右役割を為したことの当然の帰結であり、同人らが為したことはこれに尽きるのである。

(5)の「あれこれ行動し」とは何を指すのか不明であり、右に述べた事実以外本件共謀の成否を左右するに足る要因はないのである。

即ち、前記のとおり、青山・菊地・清水の親戚グループにおいて、脱税意思が確定されていた本件事実にあって、森岡・海老原の存在は、本件犯行に岸・松崎が関与したことは別論として、本件相続について脱税が為されたか否かについては、重大な意義を有すると断ずることは出来ないと思料する。

けだし、相続税の脱税方法としては、資産の減少か債務の増加しかなく、その基準時は相続開始の一時点であり、法人税・所得税のように期間的な操作を余地がないところ、本件にあっては既に依頼税理士により資産内容は確定されており、増加することはあっても減少することは考えられない。とすれば、債務の増加の為には何も(株)広洋がその債権者になる必然性などないのである。

誰れか債権者になる者があればよいのである。

清水は、本件脱税の前にたまたま森岡が銀行との交渉を成就したことから、話の切り出し先として森岡を選んだにすぎないのであって、これを選択しなければならない必然性はないからである。

(17)については、借用証書の作成経過に事実誤認があり、また海老原の清水・青山に対する関係からして、仮に立会ったとしても立会いと本件実行が困難となるか否かとの間に何ら論理的関連性はないのである。

即ち、本件脱税工作について、海老原のなした行為はそれがなければ本件が実行困難であったと言いえるようなものではないのである。

清水は昭和五十七年一月頃清水の経営するホテルニュープリンスの建築工事に際し、軽量コンクリートのAVCの工事屋である海洋工業に発注したが、その経営者が海老原であり、こうしたことから清水は海老原を知るようになり、海老原も度々清水の自宅へ顔を出すようになったのである。昭和五十七年の秋ころ海洋工業は倒産したが、その後昭和五十八年に入り、海老原が規模を小さくしてAVCの仕事を始めるというので清水は海老原に金四〇〇万円ほど出して援助したが、これも倒産したのである(清水一〇・四-一五丁以下)。

そして、このような関係から海老原は清水のことをオーナーと呼んでいる(清水一〇・四-二〇丁)。

青山も、海老原がいつも清水と行動を共にしており、清水の家へ行くと必ずと言っていいほど海老原が清水の家にいたし、清水のことをオーナーと呼んでいたことから海老原は清水に使われている人だと思っていたのである(青山一〇・一三-九丁)。

以上のとおり、海老原は清水の配下として清水の意思に従ってその意思を他に伝達する役割を担っていたにすぎず、本件脱税工作につき独自の判断に基づき行動するようなことはなかったのである。

また、二億円の借用証書の作成についても文面は清水から聞いて作ったものであり広洋からメモをしたのをそのまま借用証書に書いたものではなく、配当率について借用証書を作るときに清水と電話で打ち合わせて細かい指示を受けているのである(青山一〇・一五-一七丁)。また、青山は九月始めの頃清水から指示を受け借用証書の書き方を教えてもらって自宅で書いて持って行ったが、保証人に菊地がなるのはおかしいと清水から言われて没になり、改めて清水の家で借用証書を作り直しているのである(青山一〇・三-一五丁以下、菊地一〇・一二-八丁)。

右供述調査では借用証書作成の過程が詳細に供述されているが、その中に海老原が立会ったとか、何か言ったとか全く現れておらず、そこでは清水が主導して作成したものであることが明らかである。

海老原の存在など当事者の眼中に全くなかったこと、従って海老原の存在は実行の困難性を左右するものでなかったことは極めて明白である。

以上のとおり供述調査を総合すれば、原判決の認定は甚しく不当と言わなければならない。

3、原判決は、前記のとおり岸らを「脱税請負グループ」とし、青山以外の共犯者に本件犯行が主導され、一方青山は実行の面において他の共犯者に比較して従属的立場にあり、食いものにされたとの図式に基づくものであるが、本件脱税を最も熱望したのは青山であり、青山は趣味として音楽を聞いたり、盆栽をいじるくらいという(青山一〇・一六-六丁)一面ひ弱いかに思えるが、その経歴・言動から見て、打算的な面も強く、青山の母菊地は極めて打算的である(青山・公判廷における供述)。

青山・菊地・清水の親戚グループはそれ自体藤吉郎の遺産をめぐる争いの中で極めて打算的であり、

その経歴からして税務に悉知している集団であったと言わなければならない。(青山一〇・一二-八丁)。

右集団の主導性は本件犯行から更正請求に至る経過の中でも顕著に現れている。

本件犯行にあって、藤吉郎の遺産をめぐる青山、菊地の打算及び先妻グループとの確執の中で右集団により方針の決定が為されていったという点を看過することは、本件犯行の全体像を正しくとらえ、或いは適正な刑の量定を行なうものとは言い得ないのである。

さらに修正申告に至る経緯を供述調査から追えば次のとおりである。

青山は、先妻の子との間の調停において調停委員からこの広洋からの借金の内容について質問を受け、嘘の話を本当のように説明するのに困ってしまったのである。

そこで、青山は代理人の室田弁護士に相談したところ、青山が一人で二億円の債務を背負うことはない。相続人全員が平等に背負えばよいと言われ、これらを清水に話して相談したのである。

これに対して清水は「それじゃあ青山が単独で二億円の債務を負担するのをやめて全員の相続人が平等に負担することにして相続税の申告をやり直してくれ。

税理士にそのことを頼んでやってもらってくれ。税金の方は大阪の方でうまくやってくれる。」と言い、青山は、依頼税理士に頼んで相続税の修正申告書を提出したのである(青山一〇・一〇-二丁以下、一〇・一六-三丁)。

海老原は修正申告に先立って青山から、このまま二億円の債務を自分一人で背負っているのはかえっておかしいと思われるから相続人全員に振りわけて申告し直してもらいますと聞かされたのであり(海老原一〇・一四-一四丁)、修正申告のコピーを大阪に送った後松崎から、折角前に二億円の債務を入れてやっているのに勝手にこんなことをしてもらっては困ると言われているのである。これに対し、海老原は「二億円はいずれまた戻してもらうことになる」と青山らも言っているからあとはそちらでとにかくいい方法を考えてくれるように連絡しているのである(海老原一〇・一四-一七丁)。

以上のとおり、修正申告は青山が調停の場での回答に窮し、清水と談合して独自に決定したことであり、岸・松崎は勿論海老原も全く知らないことであった。そして青山・清水はその後始末を依頼しているのである。

右と同様の関係は内容証明郵便による請求についても言えることであり、いずれも調停での説明のため青山・清水が依頼したことである。

これらはまさに青山・清水が独自の判断で他に相談なく方針を決定し、その実行のため、他を利用しているものと言わざると得ないのである。

4、以上のとおり、森岡・海老原の本件犯行における役割は、何ら共謀の成立に不可欠のものでも、実行の困難さを左右するものでもないのである。

なお、(10)のついてであるが、森岡が立会ったことがあるとしても、供述調書のどこにも森岡が脱税工作について言葉をはさんだことは認められない。

森岡は本件犯行につき、仲介したことから単に同行することになったにすぎず、単に同行しただけでなく、そこで何らかの役割を演じたのでなければ、地位の重要性を物語るなどとは言えないのである。

また、(20)についても、自らの判断ではない他の意思を機械的に連絡することは、一般にはいわゆる使い走りであって、役割の重要性=刑事責任の重さの証左とは到底言えないのである。

第三、原判決が(量刑の事情)の中で示した事案及び判情に関する判断は甚しく不当である。

一、原判決は「本件事案の犯行態様は計画的かつ巧妙である」旨判断しているが、本件犯行はむしろ計画性のない、拙劣なものであったと言わなければならない。

ところで、青山は昭和五八年六月ころ相続税の申告手続を依頼していた税理士から青山と章子の相続税を合せると二億円位になるという話を聞いており、その後同税理士のもとで申告書類は完成されていたのである。

そして、八月二三日青山は関係書類ファイルを持って大阪へ行き岸・松崎と会ったのである。

しかし、岸又は松崎は青山が持参したファイルをパラパラとめくった程度で、あまり興味がなさそうで、その場ですぐに青山に返したとのことである(青山一〇・一五-二丁以下)。

そして、岸・松崎は青山の相続財産及び相続税の価格を知らされておらず、同日青山に対し「どの位の資産を相続したのか」「相続税はどの位か」と尋ねており、そして二〇分位で話は終っているのであって、到底計画的とか巧妙とか言えるものではないことは明らかである(菊地一〇・一五-三丁)。

そして、誰でも常識的に知っている税減額の方法である架空債務の計上をすることになり、領収書が作成され、三日後の八月二六日には相続税の申告が為されているのである。

本件犯行は更正請求及び所得税申告に関する脱税工作とその態様において全く異なり、検察官は森岡・海老原につき起訴せず、論告要旨においてもこれにつき言及していないのであって、厳に峻別して考察されるべきものである。

以下具体的に述べる。

本件架空貸借をみれば、貸付額が二億巻にものぼるにかかわらず、物的担保の設定がなく保証人だけである。

また、貸付けたはずの(株)広洋について債権及び配当金収入の経理処理が為されていることが必要ではないのか。

論告は内容虚偽の領収書を作って税務当局に発覚するのを防いだ旨主張するが、二億円の債務を税務申告において計上するのに契約書・領収書を付けないなどということは常軌を逸することであり領収書の作成は税務申告を為すためのものである。

即ち、領収書なしに二億円の債務の計上などそもそも税務申告を為すにつき考える余地のないことなのである。

そして、本件犯行にあって借用証書ではなく領収書を添付して申告を為したこと自体時間的な制約があったからであり、犯行の計画性のなさ、拙劣さの証左であると言わなければならない。

また本件事案は情を知らない税理士によって申告書が提出されたが、提出期限が切迫していたこと及び申告書類が既に同税理士のもとで完成されていたことから申告書の提出を依頼しただけであり、脱税工作の隠ぺいの手段として税理士を利用したものではないのである。

この点も税理士の関与した事案と全く異なるのであり、更に税務署への特段の行動もなく、平穏である。

二、弁護人は本件犯行を正当化するものではないが、原判決が摘示する事案の内容を検討すれば脱税事犯として他より犯行態様が計画的かつ巧妙と言えるものでなく、あえて実刑に処さなければならないとは到底考えられないのである。

なお、ほ脱率をみても実刑に処せられた過去の脱税事犯に比して、低率なのである。

第四、本件事案に関与した森岡・海老原と青山との刑の権衡等について

一、青山、清水、海老原・森岡・岸・松崎のうち、青山だけが原審において執行猶予の判決を受けている。

しかし、本件犯行の契機となったのは、青山・菊地が清水へ依頼したことであり、青山はその後も「したたかに」脱税意図をもって行動したのである。

海老原・森岡は青山・清水の依頼により本件犯行に加担するに至ったが、その役割は仲介・ジョイント役に尽きるのであって、その刑の量定において青山のそれと権衡を失するものと言わなければならない。

脱税事犯において過去に実刑判決に処せられた事例は法人税・所得税違反事件であって相続税違反については一般資料上現れていない。

原判決は本件犯行に「脱税請負グループ」が関与しているとの判断のもとに、著しく一般予防を企図したものであって、甚しく不当であると言わなければならない。

二、森岡・海老原には、妻子があり、現実に実刑判決が確定し、服役する事態になれば、その妻子の生活は一挙に破綻し、苛酷な状況に陥ることになる。

また、森岡は第一審判決後胆石症の手術を行い、未だ余後不順であって苛酷な服役に耐え得ない健康状態にある。

第五、以上のとおりの情状を総合的に勘案すれば、森岡・海老原に対して今回に限り執行猶予を付すのが相当であって、原判決は破棄されるべきであると確信する次第である。

以上

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