大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(う)779号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人萩原剛名義の控訴趣意書及び同補充書に、これに対する答弁は、検察官杉原弘泰名義の答弁書に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、相続税法等が規定するほ脱犯の「税を免れた」とは、納期限に期待される税額について納税義務を履行しないことをいうのであり、ほ脱犯の結果は納期限においてのみ発生すると解されるから、法定納期限に正しい確定申告をして正当な相続税額を確定させた以上、その後に内容虚偽の不正の減額更正請求をし、その旨の更正をさせて既確定の租税債務の納付を免れる行為をしても、相続税法六八条一項には該当しないし、たとえ右減額更正請求が実質的に国の課税権を侵害するとしても、それは講学上の受還付犯にあたるにすぎないが、相続税法は、法人税法一五九条一項後段、所得税法二三八条一項後段、物品税法四四条一項二号のように受還付犯を処罰する規定においていないのである。ところで、原判示第二の被告人らの所為は、納税義務者である原審相被告人矢嶋正司が法定申告期限前に所定の相続税申告書を提出して納期限に正当な相続税額を確定させ、その一部を納付し、その余につき延納を認められた後に、内容虚偽の減額更正請求をなしてその旨の更正をさせたというものであつて、右所為は相続税法において処罰の対象とされていないもので、本来受還付犯の範疇に入るべき右所為につき、同法上受還付犯を処罰する規定がおかれていないからといつて、法律上明確に区別されるほ脱犯の規定を適用することは、罪刑法定主義にも反するし、原判決が右所為につき同法六八条一項を適用して被告人を処罰したことは、法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、相続税法等におけるほ脱犯は、国の課税権を保護法益とする犯罪であり、「税を免れる」ことの本質は、租税債権の正当な実現が阻害されること、すなわち租税債務を正当に履行しないことにより国の租税収入を減少させる結果を発生させることにあり、租税債権債務の確定手続は、租税債権の実現すなわち租税債務の履行ないしその強制への前提をなすにすぎない。そして、申告納税方式による租税について、法は納税義務者のする自主申告によつて租税債務を確定させることを原則とし(国税通則法一六条一項一号前段)、納税義務者は、法定申告期限までに納税申告書を提出し(同法一七条)、当該申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に相当する国税を法定納付期限までに国に納付しなければならないとされており(同法三五条一項)、相続税法三三条は申告書提出期限と納付期限とを同一に定めているので、同法六八条一項に規定するほ脱犯のほ脱結果は第一次的には納付期限までに不正の行為により租税債務の正当な履行をしないときに発生することになるから、納付期限前の虚偽過少申告ほ脱犯・不申告ほ脱犯は納付期限の経過とともに成立する。ただ、右の申告による税額の確定も絶対的なものではなく、その後の税務署長の更正等の行政処分がない場合の解除条件付確定にすぎないのであつて、納税義務者の申告にかかる税額の計算が国税に関する法律に従つていなかつたり、当該税額が税務署長の調査したところと異なるときは税務署長が更正(国税通則法二四条)し、納税申告がない場合には税務署長が決定(同法二五条)をして正しい租税債権の実現を図つているし(同法一六条一項一号後段)、他方納税義務者に対しては、法定納付期限後においても徴収権が時効消滅するまでの間は引続き租税債務を正当に確定させ、その履行をすることが求められているのであつて、不正の行為により正しく確定・履行されるべき租税債務を正しく確定させず、その正当な履行をしないで、国の租税債権の正当な実現を阻害した場合にもほ脱犯が成立するといわなければならない。したがつて、申告等により納税額が確定した後であつても、税の納付を免れる目的で内容虚偽の更正請求を行うなどの不正行為を行い、税務当局をして過少の税額更正をなさしめて、正当な租税の履行をしなかつたときは、国の租税債権を侵害し、租税収入の減少を来たしたものとしてほ脱犯が成立することになる。そして、租税法は納税義務者が、偽りその他の不正の行為により「租税を免れる」ことを構成要件とするほ脱犯のほか、「税額の還付を受ける」ことを構成要件とする受還付犯の類型の犯罪を規定しているが(所得税法二三八条一項後段、法人税法一五九条一項後段、物品税法四四条一項二号、酒税法五五条一項二号等)、受還付犯は税の納付により国の租税債権が消滅した後において、法定の事由を主張して国から不正に税の返還を受ける行為を処罰の対象とするものであつて、納付前の租税を免れた原判示第二の所為は、そもそも受還付犯の対象となるものではない。したがつて、原判示第二の所為に対し、相続税法六八条一項に規定するほ脱犯として問疑した原判決は、なんら罪刑法定主義に違反するものではなく、法令適用の誤りも認められない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は要するに、原判決の量刑は被告人に対し刑の執行を猶予しなかつた点において重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件は、被告人が原判示第一においては、実父の財産を共同相続し多額の相続税を納付することとなつた分離前の相被告人関口安弘及び同人から相続税の脱税を請負つた分離前の相被告人廣納俊治と共謀のうえ、架空の連帯債務を計上するなどの方法により内容虚偽の相続税申告書を提出して一億九九六万円の相続税を免れ、原判示第二においては、いつたんは正しく相続税の申告をした分離前の相被告人矢嶋正司、同人から相続税の脱税を請負つた右廣納、分離前の相被告人高村昭二らと共謀のうえ、架空の連帯保証債務を計上するなどの方法により内容虚偽の相続税更正請求書を提出して税務署長に減額更正を行なわせ、一億七七二五万九六〇〇円の相続税を免れた事案であるところ、ほ脱額がいずれも高額で合計二億八七二一万円余りにものぼること、ほ脱率も原判示第一において約六九・九パーセント、同第二において約八三・六パーセントと高率であること、犯行態様が計画的かつ巧妙であること、被告人は全日本同和連盟中央本部の会長を名乗り、かねて右廣納らとともに他人の税申告等に介入して、各地の税務署に出入りし、税務調査に立会するなどして報酬を得ていたもので、本件はその一環として行われたものであり、原判示第一においては右会長であることを示して、相続税の申告行為を行い、原判示第二においては共犯者中川らに命じて右同和団体の幹部であることを示して更正請求書を提出させるとともに、自ら税務調査に立ち会うなど同和団体の勢威を背景に犯行に及んでいること、各犯行の実行に際して被告人が重要な役割を積極的に果したこと、被告人は右廣納から報酬として原判示第一の関係で二〇〇〇万円、同第二の関係で一四〇〇万円を受領する約束のもとに本件各犯行に加わり、現に原判示第二の関係で一四〇〇万円の報酬を得ていること、被告人には詐欺罪等で懲役刑に処せられた前科二犯があることなどを総合すると、被告人の刑責には重いものがあるといわざるを得ない。

そうすると、本件各納税義務者に対し脱税の請負をもちかけ、不正手段を考案したのは共犯者の廣納であり、かつ同人は被告人よりはるかに高額な報酬を得ていること、被告人は自宅を処分して金をつくり、前記矢嶋に対し報酬として得た利得金を全額返還したこと、本件各事実を素直に認め反省悔悟の情を示していること、相当期間身柄を勾留されたこと、他の共犯者や本件に関与した者らに対する処分との権衡、その他被告人のため斟酌すべき事情を考慮に入れても、被告人に対し刑の執行を猶予するのを相当とするまでの情状は認められず、被告人を懲役一年四月に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官海老原震一 裁判官朝岡智幸 裁判官小田健司)

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