大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1047号 判決

控訴人 三和食品工業株式会社

右代表者代表取締役 松尾徹

右訴訟代理人弁護士 柴田憲一

〈ほか一名〉

被控訴人 湯河原中央農業協同組合

右代表者理事 内藤正則

右訴訟代理人弁護士 鎌田哲成

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人三和食品工業株式会社代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。なお、控訴人松尾篤は、適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、控訴状も準備書面も提出しなかった。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴人三和食品工業代理人において「被控訴人、控訴人三和食品工業及び本件借受金の連帯保証人である後藤豊治は、昭和五九年九月ころ、本件抵当権の被担保債権を増額させないために被控訴人が速かに抵当権実行の申立てをすること、同控訴人は競落に至るまで本件賃借権に基づき本件建物の占有を継続し第三者による占有を防ぐことの合意をした。そこで同控訴人は資金を投じて本件建物で観光土産品の製造を継続してきたのであるが、被控訴人が右約旨に反し長期間にわたって競売手続の進行を停止し控訴人らに対し本件賃貸借の解除を請求するのは信義則上許されず、権利の濫用に当たる。」と述べ、被控訴代理人において「同控訴人の主張事実を否認する。」と述べ、当審における証拠関係につき当審記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用したほかは、原判決事実摘示(判決書中五丁裏四行目「妨いでやる」を「防いでやる」に改める。)のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因第一項(金銭消費貸借)の事実中、被控訴人がその主張の金員をその主張の利息・損害金の約定で控訴人松尾篤に貸し付けたことは当事者間に争いがなく、その余の点は《証拠省略》によってこれを認めることができる(この認定に反する証拠はない。)。

二  請求原因第二項(抵当権設定契約)の事実は、当事者間に争いがない。

三  請求原因第三項(期限の利益喪失)の事実は、《証拠省略》によって認められ、これに反する証拠はない。

四  請求原因第四項(債務現在額)の事実は、前記一の判示事実、《証拠省略》を総合してこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

五  請求原因第五項(賃貸借契約)及び第六項(競売開始決定)の事実は、当事者間に争いがない。

六  そこで、本件賃借権の存在が抵当権者である被控訴人に損害を及ぼすものであるかどうかにつき検討するに、まず、被控訴人の控訴人篤に対する昭和六〇年四月末現在の貸金元本は四五〇〇万円、利息は四五三万九四六七円、損害金は六五四万六五七五円であり(前記四の判示事実参照)、以上合計五六〇八万六〇四二円が被控訴人の控訴人篤に対する債権額ということになる。これに対し、《証拠省略》によれば、本件土地建物に対する被控訴人の抵当権は第一順位のものであること、本件競売申立後の昭和六〇年三月二九日現在の本件土地建物の評価は、本件賃借権の負担のない価額が右債権額を上回る六三九五万円、該負担のある価額が右債権額を下回る四七七五万円であることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。したがって、被控訴人は、本件賃借権がなければ債権全額を回収し得たにもかかわらず、これがあるため十分な回収を期待することが難しくなっているものということができる。

ところで、《証拠省略》によれば、本件建物は、控訴人篤の経営する株式会社東海において饅頭製造の工場、事務所等として使用していたもので、他に賃貸して収益を挙げるようなたぐいの建物ではなかったこと、右東海は昭和五九年五月ころ経営に行き詰まり、手形の支払はもちろんのこと従業員への給料支払にも窮していたこと、当時本件建物には本件抵当権のほか数件の抵当権・根抵当権(いずれも登記済みのもの。被担保債権額は合計数千万円)が設定されていたこと、そこで控訴人篤は弟の松尾徹に対しその経営する控訴人三和食品工業において本件建物内での饅頭製造を引き継いでもらいたいと懇請したこと、弟の徹は右のような事情から本件建物が早晩競売になることを予期しつつ安ければ買い受けてもよいと考え、控訴人篤の右懇請に応じ、控訴人三和食品工業の名において本件建物の賃貸借契約を締結するとともに、従業員への給料支払その他緊急を要する資金として五〇〇万円を投入し、これを本件賃貸借における敷金としたものであること、そしてその数か月後に本件抵当権に基づく競売の申立てがなされたこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件賃貸借は抵当権の実行による売却を阻害するために控訴人らが相通じてした詐害的賃貸借とまではいえないけれども、右賃貸借が存在することによって本件物件の価額が抵当権の被担保債権額以下に低減し、抵当権者たる被控訴人に損害を及ぼすものというべきである。短期賃借権の保護の制度があるからといって、かかる損害を被控訴人が甘受すべきいわれはない。

七  しかるところ、控訴人三和食品工業は、競売手続における評価額は競売不動産の最低売却価額を決定する資料にすぎず、実際の売却は最低売却価額を相当上回るのは公知の事実であるから、評価額が抵当権の被担保債権額より低いということのみで損害があるとすることはできないと主張する。しかしながら、あらゆる場合において常に最低売却価額を相当に上回る買受けの申出があるとは限らないし、本件においてもかような買受けの申出があるはずであるという証拠がない以上、短期賃貸借の存在が抵当権者に損害を与えるか否かについては、抵当権の被担保債権額と賃貸借が存在する場合の物件価額との比較において判断せざるを得ないものというべきである。したがって、実際の売却が最低売却価額を相当上回る価額でされていることを引合いに出して、前記六で認定判断した被控訴人の損害を否定する控訴人三和食品工業の右主張は、採用の限りでない。

八  また同控訴人は被控訴人の本件債権の利息及び損害金が増大したのは被控訴人の債権管理の杜撰と故意による競売手続の遅延にあると主張する。しかし、被控訴人が控訴人篤に貸し付けたのは昭和五八年六月七日であることは前示のとおりであり、《証拠省略》によると控訴人篤は借受け後約定分割金を一度も支払っていないが被控訴人は幾度となく支払を催告していることが認められ、昭和五九年七月六日には前示のとおり期限の利益を喪失させる意思表示を内容証明郵便でしているから、被控訴人の債権管理が特に杜撰であったということはできないし、本件競売手続の追行については被控訴人の責めに帰すべき事由による遅延を認めるべき証拠も存しない。同控訴人の右主張も失当である。

九  更に控訴人三和食品工業は、本件建物に対する第三者の占有を防ぐため被控訴人との間で同控訴人が競落に至るまで本件土地、建物の占有を継続するとの合意が成立したと主張する。しかし《証拠省略》によると、同控訴人代表者が昭和五九年九月ころ被控訴人組合職員鈴木和徳と本件建物に暴力団が入るより同控訴人が使用している方がましだという程度の会話をしたにすぎないことが認められるにとどまり、同控訴人の主張するような内容の合意が成立したことを認める証拠はない。したがって同控訴人の右主張事実を前提とする信義則違反ないし権利濫用の主張は採用できない。

一〇  よって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条及び第九三条第一項本文に従い、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 安國種彦 伊藤剛)

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