大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1957号 判決

控訴人 日本食品株式会社

右代表者代表取締役 福原秀夫

右訴訟代理人弁護士 植草宏一

同 吉宗誠一

被控訴人 若林良雄

右訴訟代理人弁護士 高山征治郎

同 池永朝昭

同 亀井美智子

同 中島章智

同 山本治雄

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人が控訴人に賃貸している原判決別紙物件目録記載の土地建物の賃料が、昭和五七年一〇月一日から同五八年一月一七日まで一か月三〇万円、同年一月一八日以降一か月三五万円であることを確定する。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張は原判決事実摘示と同一であり、証拠関係は書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  被控訴人が、昭和三六年九月二八日控訴人に対し、本件土地建物を期間同年一〇月一日から満一五年、賃料月額五万円(毎月末日払)の約で賃貸したこと、被控訴人が控訴人に対し、同五七年九月三日到達の書面で右賃料を同年一〇月一日以降月額三〇万円に、また同五八年一月一七日到達の書面でこれを同年一月一日以降月額四〇万円にそれぞれ増額する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

そして、右賃料は契約締結後本件増額請求に至るまで一度も改訂されることがなかったことは弁論の全趣旨によって明らかであるところ、賃貸借契約時からすでに二〇年余りを経過し、この間本件土地価格の高騰が顕著であり、近隣の賃料も相当高額なものとなっていることは公知の事実である(なお、右の事情は、原審における鑑定人小谷芳正の鑑定の結果(以下「小谷鑑定」という。)からも窺われる。)から、右のような経済的事情の変動に照らせば、本件土地建物の従前の賃料額を維持させることは公平の見地上不相応であるというべきである。

二  そこで、すすんで本件増額請求の時点における本件土地建物の適正賃料額について検討する。

右争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  控訴人が被控訴人から賃借した本件土地建物のうちには、被控訴人が誓願寺から賃借した土地(面積二六七・七六平方メートル)上に建てていた建物(原判決別紙物件目録二の(四)記載の建物、以下「借地上の建物」ともいう。)も含まれていた。

2  本件土地は、面積三六八一・八四平方メートル(公簿上)の宅地であるが、北側で幅員約五・五メートルの舗装された区道に、東側で幅員約三・六メートルの舗装された区道に接面する不整形の画地で、地勢は平坦、道路面と等高であって、現在作業所、工場、事務所等の敷地として使われている。

なお、周辺地域には中小規模の工場、作業所、倉庫、共同住宅、一般住宅等が混在し、工業地域、準防火地域の指定がある。

3  本件建物のうち、

(一)  同目録二の(一)記載の建物は、木造瓦葺二階建作業場床面積二七一・〇七平方メートル(現況)で、現在物置、休憩所等として使われている。

(二)  同目録二の(二)記載の建物は、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建工場床面積二七七・六八平方メートルで、現在食肉処理場等として使用されているが、建築後三〇年を超える老巧家屋である。

(三)  同目録二の(四)記載の建物は、木造瓦葺二階建物置床面積一階一三二・二三平方メートル、二階一三二・二三平方メートルで、現在倉庫として使用されている。

(四)  なお、同目録二の(三)記載の建物は、現在使用されておらず、ほぼ朽廃の状況にある。

4  被控訴人が誓願寺から賃借している土地の地代は、昭和四一年当時は坪当り月額二五円(その面積を八一坪として計算し、年額二万四三〇〇円、以下計算方法は同じ)であったが、同五四年七月から坪当り月額三〇〇円(年額二九万一六〇〇円)、同五七年七月から坪当り月額三三〇円(年額三二万〇七六〇円)、同五八年七月から坪当り月額三六三円(年額三五万二八三六円)にそれぞれ増額されている。

5  本件土地建物に対する公租公課は、昭和五七年度分が固定資産税一三四万三〇六〇円、都市計画税四三万八四一〇円であり、同五八年度分が固定資産税一四七万五三〇〇円、都市計画税四八万一八一〇円である。

ところで、小谷鑑定は、前記基礎事実を把握したうえで、まず、本件土地について賃貸借事例比較法を採用して継続地代を求め、次に本件建物のうち本件土地上の建物(同目録二の(一)、(二)記載の各建物)についていわゆる積算法(建物価格に期待利回りを乗ずる方法)によって積算賃料を求め、さらに誓願寺からの借地上の建物(同目録二の(四)記載の建物)については控訴人が右借地につき転借権を有する場合とこれを有しない場合とに分けてそれぞれの賃料を算出し、これらを合算した金額をもって本件土地建物の適正賃料としている。

小谷鑑定が本件賃料の主要な部分を占める本件土地の継続地代を求めるにあたり、従前の賃料が地代のみの合意であったか否か詳らかでないので、従前の賃料を基準とし得ないとの理由から、積算法、スライド法に依らず、賃貸借事例比較法を採用するとの基本方針を樹て、結果的にもこれに比重をおいて支払賃料額を決定したことは理解できる。そして、一般に右の評価方式は、市場性を反映させるという点で優れているから、事例の集積が的確になされた場合、きわめて有効かつ適切なものである。しかるところ、右鑑定に際し集積された事例は、いずれも本件土地の近隣地域で、かつ類似地域に所在する土地に関する賃貸借ではあるが、その契約内容が果たして本件の場合と同一性ないし類似性を有するものであるかどうかの点について十分吟味を経たものとは同鑑定自体から明らかではないから、右方式を基本に据えて適正賃料を決定することは相当ではなく、もし従前賃料の内容を検討し、これを基礎に他の評価方法に依拠して適正賃料を算定できるならば、それは本件事案に即したものとして、より合理的なものといえよう。

以下項を改めて従前賃料の内容について検討する。

三  《証拠省略》によれば、

1  控訴人が本件土地建物を賃借した昭和三六年一〇月当時、本件土地上にはすでに同目録二の(一)ないし(三)の建物が存在していたが、控訴人及びその代表取締役の福原秀夫は賃借後右土地上に次々と建物を建て、これらの建物及び借地上の建物等を使用して牛馬豚等の屠場営業にあたってきたこと、

2  本件建物のうち、同目録二の(三)の建物は現在朽廃同然の状態であり、その余の建物も現況から推して相当以前に建てられた建物であるし、また借地上の建物は戦前に建てられたものであって、これらの建物は建築後右賃借の頃までにはかなりの年月を経過したものであること、

3  被控訴人は昭和四四年になって控訴人に対し、本件土地上に存する控訴人所有の建物の収去と右土地明渡し並びに本件建物からの退去を求める訴えを提起したが、その際右義務履行に至るまで本件土地及び借地上の建物だけの賃料相当の損害金の支払を請求していること、

4  被控訴人が誓願寺から賃借した土地には同目録二の(四)記載の建物以外には他の建物は存在せず、右土地は専ら右建物の敷地として使用されていること、

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実からすれば、本件土地建物賃借の際、契約当事者間には本件土地上の建物について本件土地とは別個にその使用の対価を授受するという意識は稀薄で、その使用の対価は本件土地使用の対価に吸収されていたものであり、したがって従前賃料(五万円)は、本件土地についての地代と被控訴人が誓願寺に対して支払うべき地代とを合算したものとして決められていたものと認めるのが相当である。

それゆえ、本件土地建物の適正賃料も、従前の賃料を右内容のものと理解し、これを基礎に算定すべきものと考える。

四  そこで、右の従前賃料を基礎として、小谷鑑定にあらわれた基礎的数値を使用し、他の評価方式を採用して、支払賃料額を求める。

1  積算法採用の場合

(一)  本件土地の更地価格(昭和五八年一月の時点)は、六億四六一六万三〇〇〇円と評価されるところ、右土地周辺における借地権の割合は大概七〇パーセントとされているから、その底地価格は次のとおり一億九三八四万九〇〇〇円である。

646,163,000×0.3≒193,849,000

(二)  一方、昭和三六年当時の支払賃料は、年間六〇万円であったから、これより公租公課(本件土地上の建物を度外視する関係上、土地に対する公租公課四万九七一七円のほか建物に対する公租公課を含む。しかし、建物に対する公租公課二万六七一四円には借地上の建物に対する分も含まれているから、右建物の価格を全体のおよそ三分の一程度とみて、ここから本件土地上の建物に対する公租公課を割り出すと、一万七八〇九円となる。)及び誓願寺に対する地代(昭和三六年当時の地代は不明であるから、便宜同四一年当時の地代年額二万四三〇〇円を採用する。)を控除し純賃料を求めると次のとおり五〇万八一七四円である。

600,000-(49,717+7,809+24,300)=508,174

(三)  ところで、本件土地の昭和三六年当時の底地価格は、三四一一万七〇〇〇円であるから、その利回りの割合は、次のとおり〇・〇一四八である。

508,174÷34,117,000≒0.0148

(四)  そこで、本件土地の底地価格に右利回り率を乗じ、これに必要諸経費として公租公課(前同様、本件土地に対する公租公課一七五万六四四八円のほか本件土地上の建物に対する公租公課を含めるが、《証拠省略》によれば、これらの建物の課税標準価格は九四万八九〇〇円であることが認められるから、その公租公課は一万六一三〇円である。)を加えたものが、本件土地の積算賃料であり、その額は次のとおり四六四万一五四三円となる。

193,849,000×0.0148+(1,756,448+16,130)=4,641,543

(五)  そして、被控訴人が誓願寺に支払うべき昭和五七年分の地代は前記のとおり

三二万〇七六〇円であるから、その合算額は四九六万二三〇三円(月額四一万三五二五円)となる。

2 スライド法(消費者物価指数による)採用の場合

本件土地建物の昭和三六年当時の純賃料は支払賃料六〇万円から本件土地建物の公租公課(土地四万九七一七円、建物二万六七一四円)及び誓願寺に対する地代(1の場合同様年額二万四三〇〇円)を控除した四九万九二六九円であるところ、昭和三六年度の消費者物価指数(全国総合)は二五・五、同五七年度のそれは一〇七・七であるから、その変動率四・二二を右に乗じ、これに必要諸経費として公租公課(土地一三四万三〇六〇円、建物四三万八四一〇円)及び誓願寺に対する地代三二万〇七六〇円を加えると、次のとおり四二〇万九一四五円(月額三五万〇七六二円)となる。

499,269×422+(1,343,060+438,410+320,760)=4,209,145

3 以上のとおり、従前賃料を基礎に積算法、スライド法の各評価方式を採用して本件土地建物の支払賃料を算定した結果、異なる数値が得られたが、控訴人主張の本件賃貸借契約締結の際の諸事情を考慮し、金額の点において低額なスライド法によって得られた賃料額をもって適正賃料と決定する(経済情勢の変動にもかかわらず、長年従前賃料のまま据え置かれてきたことから、現段階においてもなお右の諸事情を強調することは相当ではないが、さりとてこの段階において急激にこれを全く考慮の外に置くことも妥当とはいえない。そこで、右のような形でこれを賃料額に反映させることにした。)。

4 そうすると、本件土地建物の適正賃料は昭和五七年一〇月一日以降は少なくとも月額三五万円ということができるから、本件土地建物の賃料は、前記増額請求の意思表示によって、昭和五七年一〇月一日から同五八年一月一七日まで月額三〇万円、同五八年一月一八日以降月額三五万円にそれぞれ増額の効果が生じたものである。

五  以上の次第で、被控訴人の本訴請求は、本件土地建物の賃料が昭和五七年一〇月一日から同五八年一月一七日まで月額三〇万円、同五八年一月一八日以降月額三五万円であることの確定を求める限りにおいて理由があり、その余の請求は失当として棄却すべきところ、これと結論を異にする限度において原判決は失当で、その限度で本件控訴は理由があるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 藤井正雄 武藤冬士己)

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