大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)2116号 判決

控訴人 株式会社平安閣

右代表者代表取締役 中島信行

右訴訟代理人弁護士 福井忠孝

飛田秀成

被控訴人 田村ウタ

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 白井孝一

伊藤博史

阿部浩基

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二当事者の主張

一  被控訴人らの請求原因

1  被控訴人藁科は昭和四六年二月、同田村は昭和四九年一一月、それぞれ控訴人に雇用された。

2  控訴人は、昭和五八年五月二一日以後の被控訴人らと控訴人間の雇用契約の存続を争い、被控訴人らの申請で、同年八月一六日に地位保全、賃金仮払仮処分が発せられた後、昭和五九年六月二一日から被控訴人らの就労再開を認めたが、被控訴人らを喪服の手入れや包装等被控訴人らが従前従事していた仕事に就かせず、鉄製の門の開閉、草取り、ガラス拭きや床磨きなどの雑用にのみ、見せしめ的に従事させた。そのため被控訴人らは、後述のとおり、体を痛めて同年七月初旬から欠勤を余儀なくされ、その後被控訴人藁科は昭和五九年八月から、同田村は昭和六〇年八月から就労可能となったが、控訴人は被控訴人らの再三にわたる就労再開の申入れを拒否している。

3  被控訴人らの賃金は、時間給で、毎月二〇日締切り、これを当月二五日に支払うこととされており、昭和五七年における一か月の平均賃金は、被控訴人田村については八万二九三〇円、同藁科については八万一七四〇円(ただし、病気欠勤の多かった同年八月、九月を除いて算定)である。

4  控訴人は、前述のとおり、被控訴人らのような中年女性には体力的に負担の大きい門の開閉等の雑用にのみ、被控訴人らを敢えて従事させ、それにより、被控訴人田村についてはその右腕を痛めさせ、昭和六〇年八月までの通院加療を要するに至らしめ、被控訴人藁科についてはその背中を痛めさせて、三週間の通院加療を余儀なくさせた。控訴人の右不法行為による被控訴人らの精神的苦痛を慰謝するには、被控訴人ら各自につき一〇〇万円をもって相当とする。

5  よって、控訴人に対し、被控訴人らは雇用契約関係の存在確認を求めるとともに、被控訴人ら各自に対し、昭和六〇年一一月末までの賃金(被控訴人田村については同年八月からの分三三万一七二〇円、同藁科については昭和五九年八月からの分一三〇万七八四〇円)及び慰謝料一〇〇万円並びにこれらに対する賃金支払日の後であり不法行為の日の後である昭和六一年一月一七日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払と、昭和六〇年一二月から毎月二五日に、被控訴人田村については一か月八万二九三〇円、同藁科については一か月八万一七四〇円の賃金支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、控訴人が昭和五八年五月二一日以後の被控訴人らとの間の雇用契約の存続を争っていること、被控訴人ら主張の日に主張の仮処分命令が発せられたこと、控訴人が昭和五九年六月二一日から被控訴人らの就労再開を認めたこと、被控訴人田村に草取り、門の開閉を、被控訴人藁科にガラス拭き、床磨き、門の開閉をそれぞれさせたことは認め、その余は否認する。控訴人は、被控訴人らに対し、従前の仕事につける旨を約束したことはなく、また、被控訴人らが従前就労していた業務が減少し、あるいは外部に出され皆無の状態にあったため、右仕事を与えたものである。控訴人と被控訴人らとの間に昭和五九年六月一三日に締結された新労働契約においても従事する業務につき衣装並びに雑務(被控訴人田村)、包装並びに雑務(被控訴人藁科)となっており、従前被控訴人らが従事していた仕事に就かせなくとも、右労働契約に違反するものではない。被控訴人田村は同年七月五日から、同藁科は同月六日からいずれも無断欠勤を続けている。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実中、控訴人が被控訴人らに対し、門の開閉等の雑用に従事させたことは認めるが、その余は否認する。

三  控訴人の抗弁

1  控訴人と被控訴人らとの間には、その雇用契約の終了を巡って紛争があったところ、控訴人と被控訴人らは、昭和五九年六月一三日、期間を同月二一日から昭和六〇年五月二〇日までとする、労働契約を締結する旨の和解をした。

2  そして、右労働契約の終了の日である昭和六〇年五月二〇日は既に経過した。

四  抗弁に対する被控訴人らの認否

抗弁1の事実は認める。右期間を昭和六〇年五月二〇日までとしたのは、従前の被控訴人らと控訴人間の労働契約に従ったからにすぎず、従前同様一年毎に更新していくことを当然の前提としていたものである。

第三証拠関係《省略》

理由

一  被控訴人藁科が昭和四六年二月に、同田村が昭和四九年一一月に控訴人にそれぞれ雇用されたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず控訴人の抗弁について検討する。

1  抗弁1の事実は当事者間に争いがなく、昭和六〇年五月二〇日が経過したことは当裁判所に顕著である。

2  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人藁科は、前示のとおり昭和四六年二月に控訴人にパートとして雇用され厨房の仕事に就いたものであるが、その際雇用契約書が作成されたことも、特別雇用期間についての説明や、取り決めがされたこともなかったこと、そして、昭和五三年ころまでは、一か月の出勤日数も一定せず、繁忙期には一日一三時間も働くこともあったが、給与は時間給で夜遅くまで稼働しても残業手当などが支給されたことはなかったこと、しかし、昭和五四年ころからほぼ毎日出勤するようになり、毎月の出勤日数もほぼ同じような状態になってきたこと

(二)  被控訴人田村は、前示のとおり昭和四九年一一月に控訴人にパートとして雇用され、平安閣互助会の会員からの入金状態を各会員毎にカードにチェックして整理する仕事に就き、昭和五五年九月二〇日ころからは喪服の手入れの仕事を担当するようになったこと、しかし、同被控訴人も、雇用されるに際し期限を定められたことも、雇用契約書を取り交わしたこともなく、勤務時間も定められていず、都合のよい時刻に出勤し、また、退勤することができることとされていた(もっとも、実際には、午前九時から午後五時ころまで勤務していた。)ものの、その仕事の内容は正社員と同様であったこと

(三)  控訴人は、昭和五五年ころから、パートの従業員の雇用期間を一年と明記した労働契約書を取り交わすようになったが、その際右期間が経過すれば当然に雇用契約が終了するものである等特別の説明はなされず、したがって、被控訴人らとしては従前と同様右期間の定めがあっても特段のことがない限り将来も引き続き働けるものと考えていたこと、被控訴人藁科に関しては、昭和五五年五月二一日付けで、雇用期間右同日から昭和五六年五月二〇日まで、従事する業務焼津平安閣厨房係、始業及び終業の時刻九時から一七時まで、退職に関する事項就業規則による、控訴人の定める「臨時従業員及び嘱託」就業規則に従って誠実に勤務する等の条項のある労働契約書が、ついで、昭和五六年一〇月二七日付けで、雇用期間昭和五六年五月二一日から昭和五七年五月二〇日まで、従事する業務本部包装係、他は前年と同様の条項の労働契約書が、更に昭和五七年五月一二日付けで、雇用期間昭和五七年五月二一日から昭和五八年五月二〇日まで、他は前々年と同様の条項の労働契約書が取り交わされたこと、また、被控訴人田村に関しても、昭和五六年一〇月二七日付けで、雇用期間昭和五六年五月二一日から昭和五七年五月二〇日まで、従事する業務本部衣裳係、他の条項は被控訴人藁科と同一の労働契約書が、ついで昭和五七年五月一二日付けで、雇用期間昭和五七年五月二一日から昭和五八年五月二〇日まで、特約事項今回の更新をもって最終とし、再度の更新はしない、その他は前年同様の条項の労働契約書が取り交わされたこと、一方、控訴人は、昭和五六年一〇月一〇日、社員就業規則を、昭和五七年五月二一日、パートタイマー就業規則をそれぞれ制定したものの、それに規定されているパートタイマーと社員との勤務時間、休暇等の勤務に関する定めは、社員の勤務時間が午前八時三〇分から午後五時までとされて、パートタイマーである被控訴人らのそれより三〇分長い以外は残業手当及び賞与の支給等においても実質的な相異がないこと(もっとも、社員については契約期間の定めがないのに対し、パートタイマーについては契約期間が一か年以内とされ、必要のあるときは契約を更新することができるとされ、退職に関しても、パートタイマーについては契約期間が満了したときと、社員については定めのない事項が定められているという差異は存する。)、

(四)  ところが、控訴人は、被控訴人田村に対し昭和五八年四月一六日、被控訴人藁科に対し同月一八日、いずれも同年五月二〇日をもってパートの契約期間が満了するので契約更新はしない旨の通告をしたこと、そこで、被控訴人らは、静岡地方裁判所に地位保全の仮処分を申請し、同裁判所は、昭和五八年八月一六日、控訴人が被控訴人らとの間の雇用契約の更新を拒絶するには、単に期間が満了したという理由だけでは足りず、雇用契約を終了させることもやむを得ないと認められる特段の事情が存することを必要とするところ、右特段の事情の存在について疎明がないとして、被控訴人らが雇用契約上の地位を有することを仮に定め、控訴人に賃金の仮払を命ずる仮処分を発したこと(右仮処分が発令されたことは当事者間に争いがない。)、控訴人は、被控訴人らに対し、昭和五八年八月二六日付け内容証明郵便で、右仮処分決定に従い賃金、労働時間等をほぼ従来通りの労働契約を締結するので出社するよう通知し、これに応じた被控訴人らと、双方の代理人弁護士が立ち会いのうえ、昭和五九年六月一三日に、雇用期間昭和五九年六月二一日から昭和六〇年五月二〇日まで、従業する業務被控訴人田村につき衣装並びに雑務、被控訴人藁科につき包装並びに雑務、退職に関する事項パートタイマー就業規則の定めによる、その他は従前の労働契約の条項と同様とする労働契約書を取り交わし、前示控訴人が抗弁1で主張する和解が成立したこと、なお、右仮処分は、控訴人の申立てに基づき、昭和五九年一一月二〇日、右和解成立による事情変更を理由として取り消す旨の判決が言い渡された。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定の事実によると、本件雇用契約を期間の定めのない契約ないしはその定めのない契約に転化したものと解することはできないものの、実質においては、期間の定めは一応のものであって、いずれかから格別の意思表示がない限り当然更新さるべきものとの前提のもとに、雇用契約が存続、維持されてきたものというべきであるから、期間満了によって本件雇用契約を終了させるためには、雇止めの意思表示及び剰員を生ずる等従来の取扱いを変更して雇用契約を終了させてもやむを得ないと認められる特段の事情の存することを要するものと解するのを相当とするところ、控訴人は、期間満了を主張するのみであって、被控訴人らに対し雇止め(契約更新拒絶)の意思表示をしたことないしは右特段の事情の存することにつき何ら主張立証しない(右意思表示、特段の事情の存在を認めるに足りる的確な証拠もない。)から、控訴人の抗弁は理由がなく、被控訴人らと控訴人間の雇用契約は控訴人主張の期間満了により終了することなく、なお存続しているものというべきである。

三  控訴人が昭和五九年六月二一日から被控訴人らの就労再開を認め、被控訴人田村に草取り、門の開閉を、被控訴人藁科にガラス拭き、床磨き、門の開閉をそれぞれさせたことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実と《証拠省略》によると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人らと控訴人間に昭和五九年六月一三日に取り交わされた労働契約書によると、被控訴人らの従事すべき業務は、被控訴人田村につき衣装並びに雑務、被控訴人藁科につき包装並びに雑務とされており、その文言上従来従事してきた衣装、包装と全く関連性のない雑務を含むものとは解することが困難であるところ、前示控訴人から被控訴人らに対する和解の申し入れの書面にも、従来の仕事は現在縮小もしくは皆無に近いので他の仕事もやっていただくことになる旨の記載があったにすぎず従来の仕事とは全く異なった仕事であることを窺わせるような文言はなく、前示和解契約締結に際しても特段控訴人側からその被控訴人らの職務の内容について説明がなかったこと、被控訴人らに開閉させた門は、従来日中は開けっ放しにされていたものであり、これに控訴人の従業員を配置し、車の出入等に当たり、その都度開閉する必要性は全くなかったこと、また、床磨き、ガラス拭き等は、その部署の従業員が必要に応じこれをしていたものであって、被控訴人ら以外にはこれに専ら従事させられた者はなく、殊更被控訴人らにのみ右のような雑務をさせねばならない合理的な理由は全く存せず、専ら被控訴人らに対する見せしめのために右のような雑務をさせたものとしか解しようがないこと、なお、被控訴人らの抗議に対しても、控訴人側では取り合わず、前記就労再開後被控訴人らに対し衣装、包装の仕事を命じたことはなかったこと、

2  被控訴人らは、右仕事を命じられたことにより、その仕事自体からはもちろん他の従業員の手前も非常な屈辱感を味わわされたこと、また、前記職務に従事させられた結果、被控訴人田村においてはその右腕を痛め、昭和六〇年七月ころまで通院加療し、被控訴人藁科においては背中を痛め三週間の通院加療をしたこと、なお、被控訴人らは右障害につき労働者災害補償保険から保険給付を受けたこと

3  被控訴人らは、前記障害のため昭和五九年七月初旬から欠勤を余儀なくされたが(被控訴人らが右のとおり欠勤していることは当事者間に争いがない。)、被控訴人藁科は同年八月から、被控訴人田村は昭和六〇年八月からは就労が可能となり、いずれも所属する組合を通じ書面で、原職に復帰させることを求め、前記和解による雇用契約の期間満了に際しその更新を請求し、更に、昭和六〇年七月二三日付け内容証明郵便で就労申し入れをしているが、控訴人は、昭和五九年八月八日付け書面で欠勤届を同封するから、直ちにこれを提出するよう通知したのみで、被控訴人らの就労再開を認め、衣装、包装の仕事をさせる旨を表明したことはないこと

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右認定事実によれば、被控訴人らは債務の本旨に従った労務の提供をしており、控訴人はその受領遅滞にあるということができるから、被控訴人らにおいて労務の現実の提供をしなくても賃金請求権を失うものではないというべきである。

四  請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

五  したがって、被控訴人らは控訴人に対し、依然雇用契約上の権利を有するものというべきであり、再就労が可能となった以後の未払賃金の請求をする権利がある。そうすると、被控訴人田村は昭和六〇年八月から同年一一月末日までの賃金合計三三万一七二〇円、被控訴人藁科は昭和五九年八月から昭和六〇年一一月末日までの賃金合計一三〇万七八四〇円及び右各金員に対する弁済期後である昭和六一年一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに昭和六〇年一二月から在職中退職に至るまで毎月二五日に、被控訴人田村は一か月八万二九三〇円、被控訴人藁科は一か月八万一七四〇円の賃金の支払を求める請求は理由があるというべきである。

また、以上認定の事実によると、控訴人の被控訴人らに対する前示行為は控訴人において故意に本来予定されていない業務につき被控訴人らに対し就労を命じたものであって、このような就労命令が控訴人の人事管理権に基づくものであるとしてもとうてい正常な人事管理権の行使とはいえず、被控訴人らの予定された業務の範囲を超えて著しく苦痛を与えたものであるから、違法に被控訴人らの権利を侵害した不法行為に該当するものであり、これによって被控訴人らは精神的苦痛を被ったということができ、これが苦痛を被った業務の内容、期間並びにその後被控訴人らに生じた傷害その他本件に現われた全ての事情を斟酌すると、これを慰謝するには被控訴人らそれぞれにつき三〇万円をもって相当とする。したがって、被控訴人らの損害賠償請求は、右各金員及びこれに対する右不法行為の日の後である昭和六一年一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

六  そうすると、被控訴人らの請求を右の限度(ただし、将来の賃金支払については昭和六二年五月まで)で認容した原判決は相当であって、これが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舘忠彦 裁判官 牧山市治 赤塚信雄)

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