大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 昭和62年(ツ)10号 判決

上告人(控訴人・被告) 小泉三郎

訴訟代理人 吉田元

被上告人(被控訴人・原告) 鈴木順子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人吉田元の上告理由第一点及び第二点について

借家法の適用のある賃貸借契約の賃借人が破産宣告を受けた場合において、賃貸人が民法六二一条に基づき解約申入をする場合には、借家法一条ノ二は適用されないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年(オ)第二一〇号・同四五年五月一九日判決、裁判集(民事)九九号一六一頁参照)。所論引用の判例は、借地法の適用のある土地の賃貸借契約に関するものであるところ、建物賃貸借と土地賃貸借との間には、通常、賃借人の投下資本の額及び賃借権の財産的価値の点で相当程度の差があり、かつ、賃貸借の存続期間及び賃借権の譲渡可能性に関する法律上の規制にも顕著な相違があるのであるから、右判例は、事案を異にし、本件に適切でないというべきである。そして、以上の理は、賃貸借の期間の定めがある場合とない場合とで異るものではなく、期間の定めがない建物賃貸借についても、賃借人が破産宣告を受けたときは、民法六二一条により、借家法一条ノ二の適用が排除されると解するのが相当である。以上と同趣旨の法律の解釈に基づき、原審の確定した事実関係について民法六二一条を適用し、解約申入の効果が生じたとした原審の判断には、所論法令の解釈適用の誤り及び判断遺脱の違法はなく、判例違背もない。論旨は、いずれも採用することができない。

二  同第三点について

本件の解約申入の効果が生ずるためには、上告人が破産の宣告を受け、解約申入後原判決説示の期間が経過すれば足りるのであるから、破産制度の運用の実情あるいは上告人及び被上告人の双方に関する所論の事情等について審理しなかつたとしても、原判決に審理不尽の違法があるということはできない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山長 裁判官 加藤英継 裁判官 笹村將文)

上告代理人吉田元の上告理由

第一点原判決は法令の解釈を誤り判例に反する違法がある。

一 原判決は建物の賃借人たる上告人が破産宣告を受けたことにより民法六二一条に基き何らの制約なく直ちに被上告人の解約の申入を認め、この場合借家法第一条ノ二は適用されないと解するのが相当であるとされる。

二 しかし民法の賃貸借の解約に関する規定(民法六一七条乃至同六二二条)は当初借地法、借家法の規定を全く予想しないものであつた。従つて右民法規定の適用に当つてはその対象が動産賃貸借であるときはそのまま適用されることについては異論はないが、不動産については特別法があり、借地法四条一項但書、六条二項、借家法一条ノ二の各正当事由に関する要件の制約をうけ、このことは民法六二一条の適用についても同様であるというのが通説である(鈴木禄彌注釈民法二五三頁、星野英一法律学全集借地、借家法一六〇頁、中田淳一法律学全集破産法一〇三頁、尚とくに借家について柳川真佐夫判例タイムズ一五〇号一一七頁)。

最高裁判決も詳細理由を判示してこれを認め、更に一歩を進めて民法六二一条による解約申入にはその申入時から民法六一七条所定の期間満了に至るまで正当事由が存することを要するとし、又その判示から推して破産宣告自体は正当事由にも該らないとしている(最高48、10、30判決民集二七-九-一二八九)。

三 原判決の誤り

(一) 原判決は民法六二一条に基く解約申入をするについては借家法一条ノ二は適用されないとして最高45、5、19判決を引用される。

しかし右最高判決は一見して明かなとおり民法六二一条の適用を認めた原審の判断を理由も付さず正当というのみで先例的価値は極めて乏しい。

又右最高45年判決は前記借地に関する最高48年判決により変更されたものと考えられる。それは右48年判決の理由中の判断はすべて例外なく借家について妥当するものであり一般にもそのように理解されている(森保彦金融商事判例破産法九〇など)。

(二) 原判決は借地の場合と借家の場合とは解釈を異にするのが相当であるとされるが、この判断は誤つている。

第一に借地と借家を原審のいうとおり別異に扱う理論的根拠は見出せない。

第二に原審のいう借地権と借家権の財産権としての強弱や法による保護の程度の差は一方は借地、他方が借家という対象に応じたそれぞれの社会的作用に着目してそれぞれにとつて必要にして十分な保護の仕方をしているだけで本質的な差異はない。とくに正当事由に関する制約、建物、造作の買取請求権は共に賃借人のために片面的に強行規定と定められている(借地法一一条、借家法六条)。

(三) 右に関して原判決は「借家権の財産権としての価値は借地権のそれには及ぶべくもない」とか、借地の場合は解約申入により契約が終了するときに被る不利益は「借家の場合の比ではない」などと指摘されるが、果して現実に即したものであろうか。原判決は「土地、従つて借地権は高価なもの」というドクマに陥つていないだろうか。

借家権でも高額に評価され厚く保護されることはいくらでもあり(造作、暖簾代名下での譲渡、売買、敷地の公的収用、私的買収時の立退料)、又借地権と雖も場所により又地上建物の老朽化などの状況により評価の著しく劣る事例は多い。

又とくに財産権としての借地権、借家権の価値は多分に主観的な要素を含み、又社会状勢によつて変遷があり、その法的価値判断は単に金銭的評価のみで保護態様が異るという性質のものではないと思う。

(四) なお原審判決は借地権が高い財産的価値を有するとしてそれが「更地価額の六割ないし七割を占めることも稀ではない」とされるが、昨今の市街地域における公的収用、私的買収において支払われる借家人に対する補償金額は占有面積比に応じ借地権価額の半額を下らないものが示されており、こ々では借家権は借地権と同等の権利として認められているのである。

(五) さらに又原判決は借地の場合は借地法九条ノ二により借地権の譲渡の手続が定められているので法は借家権以上に借地権を保護しようとしているとされるが、この点も必要に応じてなされた新設の立法措置を捉え一方が他方の上位にあるとなすことは誤つていると思う(借地権の譲渡性を強化したということはいえても、そのために借家権の保護を低からしめたとはいえないだろう)。

(六) 以上の次第で賃借人は破産の場合借地の場合は正当事由を要し借家の場合は不要と別異に解するのが相当だとする原判決は論理に飛躍があつて承服できない。

第二点原判決は法律の適用を誤り、又は判断遺脱の違法がある。

一 原審判決は本件賃貸借契約が期間の定なきものと認めながらその解約について民法六二一条を適用してその解約の申入を認めている。

二 民法の賃貸借契約の解約に関する規定構造、民法六二一条の立法趣旨については原審で主張したとおりであるが重ねて指摘すると民法の立前からいうと賃貸人、賃借人は自由な対等の人格としてその解約申入について原則として当事者の自治に委ね、何ら制約を加えていないのである。

即ち期間の定のない場合には民法六一七条に基き当事者は自由に解約の申入が出来る。従つてこの場合には民法六二一条の適用の余地はない。

民法六二一条の規定は特約によつて契約の期間の定あるときにその期間内に関するものでそれは賃借人破産のときは右期間内と雖も賃貸人に解約の申入ができるとしているのである。

右民法六二一条の立法趣旨は、一般に賃貸人にとつては賃料債権の確保を、賃借人側にとつては賃料負担を回避させ同時に破産財団の減少の不利益を避けるため、双方の利益の調整を計つた当然の規定と理解されており、従つて同条の主眼は寧ろ契約期間内の解約に関するものであることから、解約により生じた損害について互に賠償を求め得ない点にあるともされているのである。

三 原判決の誤り

原審判決が本件賃貸借契約が期間の定なきものと認めながら民法六二一条に基く解約申入を認めるのは法律の適用を誤つているといえる。

原判決は或いは期間の定ある場合でも賃借人が破産宣告をうけたときは解約の申入が可能であるから期間の定なきときは当然に右事由によつて解約の申入れができる筈だとされるのであろうか。しかしこれは前記民法規定の構造を無視するものであろう。本来民法六一七条により解約申入ができるところを民法六二一条に藉りること自体矛盾しているからである。かかる迂遠な解釈の根底には借地法、借家法による正当事由の制限規定が前提にあるからであろうと思う。

そうだとすると右の如き法律の適用ないし解釈は結果として一般法たる民法規定を特別法たる借地法、借家法の規定に優先させることになりはしないか、ないしは又借地法、借家法の規定の潜脱を結果しないかと考えられる。

或いは原審判決は破産についてそれを懲罰的に捉えた過去の法制の残滓に固執したものであろうか。

上告人が原審で指摘したこれらの点について原判決は判断を示しておられないのは法令の適用を誤つたかないしは判断遺脱の違法がある。

なおここで付言するに、上告人は前記民法、借地、借家法の諸規定を矛盾なく解釈するには、法は賃借人が破産の宣告を受けても賃貸人の解約申入には正当事由による制約を一般的に前提としているものと解するべきだと考える。

それは民法六二一条の立法趣旨、主眼が前記の如きものであること、又前記民法規定の構造から破産の宣告を解約申入の絶対的な原因とすれば借地法、借家法でこれに関する規定をすべきであると思うが、かかる規定のないことなどから十分根拠があると思う。

第三点原審判決は審理不尽の違法がある。

一 上告人は本件賃貸借契約について借家法一条ノ二の正当事由の存在を必要とすると解するのであるが、百歩を譲つてその必要がないとしても上告人は従来現代破産手続の運用上の変化から民法六二一条の形式的適用は条理に反し又極めて具体的妥当性を欠く虞があることを指摘しているのである。

即ち善意にして誠実且つ勤勉な経済的弱者を救済するため破産の実際の運用において事案に応じて破産者の経済的自立更生を計るため破産制度上は例外的ともいえる同時廃止、免責制度が常態的に活用されていることは周知のとおりである。

このことは民法六二一条の制定当時はもとより最近まで予想せざる事態であつた。

同法の解釈、適用に当つてもこの破産制度の実際上の運用との調和は避けられないものと信ずる。

民法六二一条の形式的適用によつて賃貸人に容易に明渡を求め得られるとすると破産に藉口して他の目的のために明渡を認める結果となるばかりか、前記破産制度の目的を没却することにもなることは確実である。

二 なお原判決は借家の場合にも民法六二一条に基く解約申入に際し正当事由を要するとする見解も存すると一応の理解を示され、その論拠が破産宣告後の賃料債権が財団債権として保護される点を挙げ、これをあながち否定されないようにみられる。

しかし原判決は何らの証拠も配慮もなく、本件については賃貸人たる被上告人に不利益を強いる結果となる虞がないとはいえないので右論拠にそわない事案だと断じており、極めて唐突の念を禁じ得ない。

上告人には従来賃料の未払はなく被上告人の受領拒絶後は適法な供託手続により提供をし(被上告人はこれの払渡をうけてすべて受領ずみ)、破産手続においても破産宣告と同時に廃止となり、又免責の決定(別紙添付)をうけているのであつて、原判決の憂える被上告人に不利益を強いる虞は皆無の状況である。

右のとおり条理を尽くさずその他上告人の本件建物の利用の内容を顧慮しない原判決は審理不尽の誹を免れないものである。

以上の次第で原判決は法令の解釈適用を誤り、判例にも反し、又判断の遺脱と審理不尽の違法があり、破棄を免れないものである。

別紙

決  定

破産者 小泉三郎

右の者に対する昭和六〇年(フ)第二一七号破産事件(昭和六〇年六月一一日午前一〇時〇〇分破産宣告)につき、破産者から免責の申立があつたので、当裁判所は、破産者を審尋し一件記録を審査したところ、破産法第三六六条の九所定の免責不許可事由に該当する事実が認められないので、つぎのとおり決定する。

主文

破産者小泉三郎を免責する。

(昭和六一年一二月一七日 東京地方裁判所民事第二〇部)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com