大判例

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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)2299号 判決

控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

菅原信夫

國生肇

被控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

児玉康夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し原判決添付別紙物件目録記載二の建物(本件二の建物)につき東京法務局新宿出張所昭和五九年一一月二九日受付第四三六六七号をもつてなされた控訴人より被控訴人への所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

控訴棄却。

二  当事者の主張

当事者双方の事実上の陳述は、次につけ加えるほか、原判決事実摘示(ただし、原判決書二枚目表五行目及び同一〇行目中「本件二の土地」を「本件二の建物」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人

(一)  本件財産分与契約は、本件土地建物の財産分与により控訴人に不動産譲渡所得税が課税されないことを前提とし、これを契約の要素として締結されたものであり、控訴人は、契約の締結にあたりこれを合意の動機として表示し、被控訴人もこのことを了知していた。控訴人は、本件財産分与により二億円を超える課税がなされることを知つていたならば、本件財産分与契約をすることはなかつた。したがつて、本件財産分与契約は要素の錯誤があり無効である。

(二)  被控訴人は、控訴人が自己に課税されることはないと信じているのを知りながら、控訴人に課税があることを知り、又は課税がありうることを認識しつつこれを容認し、沈黙による欺罔行為によつて控訴人との間に本件財産分与契約を成立させたものである。よつて、控訴人は被控訴人に対し、昭和六二年一一月一六日の当審における本件口頭弁論期日においてこれを取り消す旨の意思表示をした。

(三)  控訴人は、本件財産分与契約により身の回りの動産類を除き、財産がゼロになる限度までその全財産を被控訴人に分与したものであり、被控訴人も右の趣旨で合意したものである。したがつて、財産分与と同時にこれを原因として成立する国税・地方税債務は、被控訴人において負担することとし、本件財産分与契約は右支払いを停止条件として成立したものというべきである。したがつて、被控訴人からいまだ右租税債務金の支払いがない以上、停止条件は成就しておらず、本件財産分与契約の目的である本件土地建物の所有権は被控訴人に移転していない。

(四)  被控訴人の後記2、(二)の主張は争う。

2  被控訴人

(一)  控訴人の主張1、(一)ないし(三)は争う。

(二)  仮に本件財産分与契約における控訴人の意思表示に要素の錯誤があつたとしても、控訴人の銀行員という職業、その経験並びに契約後控訴人が勤務先の上司より直ちに譲渡所得課税のあることを指摘されたこと等を総合すれば、控訴人は右意思表示をするについて重大な過失があつたというべきである。

三  証拠〈省略〉

理由

一本件土地建物が控訴人の所有であつたこと、控訴人・被控訴人間の協議離婚届出が昭和五九年一一月二四日なされたこと及び本件土地建物につき東京法務局新宿出張所昭和五九年一一月二九日受付第四三六六七号をもつて同月二四日財産分与を原因とする控訴人より被控訴人への所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。

二まず、控訴人は、控訴人には離婚の真意がなかつたから控訴人・被控訴人間の離婚は無効であり、本件土地建物の財産分与を記載した離婚協議書(甲第一号証)も控訴人の真意に基づくものではなく、仮にそうでないとしても離婚が成立する以前の合意であるから無効である旨主張するので、この点について検討する。

〈証拠〉によれば、控訴人と被控訴人は昭和三七年六月一五日婚姻し、両者の間に二男一女を儲けたこと、被控訴人は、昭和五八年一一月、控訴人に女性関係があつたことや控訴人が生活費を渡してくれないことなどから離婚を決意し、翌昭和五九年一一月一四日被控訴人代理人弁護士児玉康夫を介して控訴人に対し離婚の申入れをしたこと、控訴人は、思案の末自分が銀行に勤務し、親しくなつた女性がその部下の女子職員であつて、職場関係のトラブルから生ずる問題が自己の銀行員としての身分を失うことに懸念を抱き、被控訴人との婚姻を解消し、右女子職員と婚姻して裸一貫から出直すことを決意して、その離婚に応ずることとし、同月一九日、被控訴人に対し離婚の条件を尋ね、被控訴人が「自宅に残つて子供を育てたい。」と答えたので、右の離婚の決意に沿う趣旨で「全部お前にやる」旨述べたこと、控訴人と被控訴人は、同月二一日、被控訴人側で用意した「控訴人は被控訴人に対し本件土地建物を財産分与する。」などと記載した離婚協議書(甲第一号証)及び離婚届に署名捺印し、控訴人は被控訴人に対し、同日登記手続に必要な印鑑、委任状を、翌二二日印鑑登録カードを交付してその手続を委任したこと、被控訴人は、同月二四日離婚届出をし、同月二九日右登記書類を用いて本件土地建物につき同月二四日財産分与を原因とする所有権移転登記手続を了したこと(この事実は、前記のとおり当事者間に争いがない。)、控訴人は、離婚後本件土地建物から退去し、昭和六一年一二月二二日訴外乙川秋子と再婚し、昭和六二年八月一五日同女との間に一男を儲けたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人は離婚意思に基づいて離婚届に署名捺印したものと認められ、控訴人に離婚の真意がなく控訴人・被控訴人間の協議離婚が無効であることを認めるに足る証拠はない。

また、右事実によれば、離婚協議書(甲第一号証)は控訴人・被控訴人双方の意思(真意)に基づいて作成されたものと認められ、右協議書は離婚成立の三日前に作成されたものであるが、右協議書中本件土地建物の財産分与を記載した部分(本件財産分与契約)は離婚の合意と不可分の関係にあり離婚の成立に伴い効力を生ずる趣旨のものと解されるから、右協議書の作成が離婚成立前になされたからといつて、これをもつて本件財産分与契約を無効とするものではないというべきである。

三次に、控訴人は本件財産分与契約について錯誤による無効を主張するので、この点について検討する。

ところで、離婚に伴う財産分与としてなされた不動産の譲渡が譲渡所得税の対象となることは判例上確定した解釈である(最高裁昭和四七年(行ツ)第四号、同五〇年五月二七日第三小法廷判決・民集二九巻五号六四一頁参照)ところ、財産分与者が財産分与により自己に譲渡所得税が課せられることを知らなかつたため離婚に伴う財産分与契約においてかかる課税について特段の配慮をせず、その負担についての条項を設けなかつたからといつて、一般にこのような法律上当然の負担を予期し得なかつたことを理由にその意思表示に要素の錯誤があるものとして財産分与契約を無効とすることは相当でないというべきである。

そこで、本件についてみるに、原審における控訴人・被控訴人各本人尋問の結果並びに同控訴人本人尋問の結果によつて成立を認める甲第二号証によれば、控訴人及び被控訴人は、本件財産分与契約締結の当時ともに本件土地建物の財産分与により控訴人に不動産譲渡所得税が課税されることを知らなかつたこと、控訴人は被控訴人との間で離婚協議書(甲第一号証)を作成した際、財産分与を受ける被控訴人に課税がされることを心配してこれを気遣う発言をしたが、控訴人に課税されることは両者で話題にならなかつたこと、控訴人は、被控訴人と離婚後勤務先の銀行の上司に本件土地建物を財産分与したことを話したところ、同人から財産分与者に譲渡所得税が課せられることを指摘され、初めてこれを知り、その後国税局の税務相談所に行つたり税理士に課税額を試算してもらつたこと、訴外税理士植松道典の計算によれば本件土地建物の不動産譲渡所得税は二億二二二四万余円になること、以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、控訴人が本件土地建物を被控訴人に財産分与した場合に右のような高額の租税債務の負担があることを予め知つていたならば、本件財産分与契約とは異つた内容の財産分与契約をしたこともあり得たであろうと推測されるけれども、右の課税がされるかどうかについては単に控訴人の動機に錯誤があるにすぎないものというべきところ、本件財産分与契約において控訴人に対する譲渡所得税課税の有無は控訴人・被控訴人間において全く話題にもならなかつたことは前認定のとおりであり、控訴人に対する右課税のないことが契約成立の前提とされていたことや控訴人においてこれを合意の動機として表示したことを認めるに足る証拠はない。

以上の次第であり、控訴人の錯誤の主張は理由がない。

四控訴人は、被控訴人の沈黙による詐欺を理由とする取消及び被控訴人の租税債務の負担・支払いを停止条件とする財産分与契約の成立と条件の不成就を主張するけれども、本件全証拠によつてもいずれも右主張事実を認めるに足る証拠はないから、そのほかの点につき判断するまでもなく、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

五したがつて、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であつて、これが取消しを求める本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官舘忠彦 裁判官牧山市治 裁判官小野剛)

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