大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

東京高等裁判所 昭和62年(ネ)978号 判決

控訴人 磯村栄一

右訴訟代理人弁護士 足立邦夫

被控訴人 合同資源産業持株会

右代表者理事長 山田金吾

右訴訟代理人弁護士 大川宏

大川育子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

一  請求原因事実(被控訴人は、訴外会社の従業員を主たる会員として、その会員の財産形成の一助を目的とし、昭和五七年六月に結成された右会社の株式の持株会であり、法人格なき社団であること、控訴人は、同年八月に被控訴人の会員となり、昭和六〇年一二月二四日被控訴人到達の内容証明郵便で被控訴人を退会する旨の通知をしたこと、被控訴人においては、会員からの拠出金等をもつて訴外会社の株式を購入し、これを被控訴人の理事長に信託しておくこととされ、会員は右信託株式につき拠出額に応じた持分を有するものであるところ、控訴人は右退会時に右持分相当分として訴外会社の株式一八万二七三〇株を所有していたので、退会と同時に被控訴人に対しその返還を求めたこと)及び抗弁事実(本件規約の付則五条では、退会時の持株会の持分の精算について、「当分の間、規約一九条にかかわらず、退会者に属する持分の全株数の株式を理事会一任価格で換算し、付則六条の金銭と合せて現金で返還する。」と定められていること、そこで、被控訴人は、右付則五条に基づき理事会で従来どおり一株二〇〇円で換算することに決定し、その旨を控訴人に通知したのち、昭和六一年一月三〇日、株式価格三六五四万六〇一二円を含めた精算金四二五八万〇二九五円を控訴人の口座に振り込んで支払つたこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  再抗弁について

1  付則五条が訴外会社の株式上場までの措置として設けられた規定であること及び訴外会社が昭和五八年八月に株式の上場を延期したことは、当事者間に争いがない。また、弁論の全趣旨によると、控訴人が退会したころには被控訴人の持株会としての事務処理ないし運営は円滑に行われていたものと認められる。

控訴人は、付則五条は、右上場延期の時点で事情変更により失効した旨、また、同条は被控訴人の事務処理が円滑に行われるに至つた時点で暫定措置としての意味を失い失効した旨主張する。

しかし、≪証拠≫によれば、付則を含む本件規約及び運営細則上右の主張に沿う明文の規定は何ら存しないことが認められる。前記のとおり、付則五条は訴外会社の株式上場までの措置を定めたものであつて、右上場が延期され、あるいは持株会としての事務処理が円滑化すれば、上場とはかかわりなく、その時点で当然に効力を失うという趣旨のもとに定められたものとは解し得ず他に右控訴人主張のように解すべき合理的根拠も見当らない。右の主張は、失当である。

2  控訴人は、控訴人が被控訴人を退会したのは被控訴人設立時より三年半近くを経過した時であり、付則五条の定める「当分の間」の範疇に入らない旨主張する。

確かに、一般的には、「当分の間」という文言は「しばらくの間」、「さしあたり」等を意味し、それほど長期間を表わすものとしては使用されないことが多いといえるが、前記のように、付則五条は訴外会社の株式が上場されるまでの措置を定めるために設けられたものであること並びに≪証拠≫によれば、被控訴人の設立当初、理事等関係者の間においては、二、三年を経れば訴外会社の株式が上場されることになるのではないかとの認識が持たれてはいたものの、それは極めて漫然としたものに過ぎず、具体的な見通しや根拠があつたわけではなく、理事会等の正式の場で右の点が検討されるようなことは全くなかつたことが認められることを考えると、付則五条の「当分の間」の文言は、おおまかに「訴外会社の株式が上場されるまでの間」という程度の意味のものとして用いられているというべきであり、これを二年あるいは三年といつた具体的な年限を区切つたものと解さなければならない理由は見い出せない。したがつて、被控訴人の設立から三年半近くを経たというだけで直ちに右「当分の間」が経過したとし、付則五条の適用がなくなるということはできない。右の主張は失当である。

3  控訴人は、会員が退会する場合その所有株式を「理事会一任価格」で被控訴人が買い取る旨の付則五条の定めは、従業員持株制度のもとにおいて、従業員がその地位を離れる場合に取得株式を持株会に対して取得価格で譲渡しなければならないとする約定と実際には同じであつて、株式投資の利益を利益配当のみに限定し、売却益の取得を否定するものであり、株式投資の本質に反し不合理であり、公序良俗違反として無効である旨主張する。

≪証拠≫によれば、被控訴人は、会員である訴外会社の従業員らの財産形成に寄与するという会員側の利益と、従業員が訴外会社の株式を取得することにより愛社精神を高揚させ、会社との一体感を強めて会社の発展に寄与するという訴外会社側の利益とをその目的として設立されたものであること、右の設立を決定した昭和五七年六月二五日開催の訴外会社の取締役会では、被控訴人に対し第三者割当ての方法により一二〇万株の新株(一株の額面五〇円)を発行することとし、一株当たりの発行価格を二〇〇円とすることが了承されたこと、被控訴人の発足に先立ち、訴外会社は従業員らに対する入会勧誘のパンフレットを作成し、希望者に配布したが、それには、付則を含む本件規約や運営細則の全文が掲載されたうえ、株式は非上場なので市場価格がなく、当分の間は、理事会が決定した価格一株二〇〇円で購入することになること及び、退会の際には、当分の間すべて現金で返還されるが、その引取り価格も理事会決定価格一株二〇〇円であることなどが質問回答方式で分かり易く説明されていること、会員の株式の購入は、会員の毎月の給料からの拠出金及び配当金等をもつてなされるが、株式購入等の手続一切は被控訴人が代行し、その事務代行手数料は、訴外会社が、右手数料相当額を奨励金として被控訴人に対して拠出する方法により会員のために負担していること、会員に対する利益配当の割合は、これまで年間二割程度の実績であること、訴外会社の取締役であつた控訴人は、昭和五七年六月二五日開催の前記取締役会に出席し、被控訴人設立の案件につき、付則を含む本件規約や運営細則等すべての内容を了解のうえこれに賛成して直ちに入会し、同年八月二五日に一株二〇〇円の計算で一七万一九八〇株の株式を引き受けたのを初めとして、同額で多数の株式を取得し、また、昭和五八年八月二六日の上場延期が決定された取締役会でも、上場延期に対して何ら異議を唱えないばかりか、今後の上場の時期等についての質問もせず、上場について格別の関心を示していなかつたが、昭和五九年頃、自己の持株のうち七〇万株を他に売却したことが訴外会社に知られたため、これを契機として訴外会社は、安定株主の確保等を目的として、株式の譲渡制限を内容とする定款変更を、昭和六〇年一一月の取締役会に諮つたうえ同年一二月二六日の株主総会で賛成九四・五パーセント、反対五・六パーセントの圧倒的賛成のもとに可決したこと、被控訴人が設立されてから現在(訴外会社の株式はまだ上場されていない。)までの間に控訴人を含め五十数名の会員が退職等により退会しているが、控訴人を除く全員が付則五条の理事会一任価格として一律に定められた一株二〇〇円で換算した価格での現金返還を異議なく受けていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人が訴外会社の持株会として運営している本件の従業員持株制度は、会員にとつて、訴外会社の株式をその時価にかかわりなく一律に一株二〇〇円の価格で簡便に取得することができ、年二割程度の利益配当を受けるほか、増資の際には新株の無償割当にあずかる可能性があり、更に将来株式が上場された場合には時価による株式の処分によつて譲渡益の取得を期待することもできるものであつて、それなりに会員の財産形成に寄与するものであることは疑いがない。もつとも、付則五条の定めによると、会員は、退会時にはその所有株式を取得時の価格と同額の理事会一任価格一株二〇〇円で被控訴人に引き取られることになつているため、株式の自由な売却及びそれによる売却益の取得を否定されることになる。しかし、前認定のような目的をもつて設立された被控訴人が、その目的を達成するために、会員相互間で定めた規約によつて、退会者の所有株式の譲渡先を被控訴人と限定することは、法令上禁止されているところではないし、また、被控訴人による引取価格が時価によらず定額に固定される点も、その取得時の価格自体が右と同額に定められ時価にはよつていないこと並びに非上場株式について退会の都度個別的に引取価格を定めることが実際上むずかしいことなどを考慮すれば、直ちに会員の投下資本の回収を著しく制限する不合理なものとまで断ずることはできない。本件において、控訴人が一株当たり二〇〇円の価格で株式を取得してから退会するまで約三年四か月の期間が経過しているが、右取得価格が当時の適正な時価を反映したものであつたこと及びその取得後に右株式の時価が無視し得ないほどに高騰したことを確認するに足りる的確な証拠はなく、このような場合にもなお、引取りについてのみ時価による売却益の取得を保障しなければならない合理的理由は見い出しがたい。本件の従業員持株制度のもとにおける会員の株式の所有は、前示のような持株会設立の目的及び株式取得の手続等に鑑みると、すべての点において一般の株式投資と同列に論ずることはできず、その投下資本の回収についてある程度の制約を受けることも性質上やむを得ないものというべきである。以上のほか、先に認定した本件の諸般の事情を総合すると、前記付則五条の規定は、これを控訴人に適用する限りにおいて、控訴人主張のように株式投資の本質に反するもの、不合理なものとはいえず、これを公序良俗に違反すると認めることはできない。

4  また、控訴人は、被控訴人の人事及び議決権行使等の意思決定はすべて訴外会社の意思と指示に基づいて行われ、被控訴人が訴外会社の経営維持の手段となつている状況下では、付則五条は、訴外会社にのみ利益をもたらす反面、会員には大きな不利益をもたらすものであるから、同条は、公序良俗に違反し無効である旨主張する。

しかし、当審における被控訴人代表者本人の供述によれば、訴外会社の役員及び従業員のうち現在では約一二〇名位が被控訴人の会員となつているところ、被控訴人の設立当時から全持株のうち約六割を役員が、その余の約四割を従業員が所有していることが認められるから、実際上、訴外会社の意向が被控訴人の運営に少なからず反映していることは推認できるものの、そのことのみをもつて付則五条が公序良俗に違反し無効であるとは到底いえず、それ以上に、被控訴人の運営が、訴外会社の利益のみをはかるために本来の設立の目的に背いて会員の利益を損うような態様で行われている事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、右主張は採用できない。

5  控訴人は、更に、会員は、近い将来訴外会社の株式が上場され売却益を取得できると期待して入会したのに、訴外会社の判断により一方的に上場が中止され、しかも、付則五条に基づき取得価格二〇〇円で所有株式を買い取られることは、経済的弱者の立場にある会員にとつて極めて不公正な取引であつて無効である旨主張する。

しかし、当審における被控訴人代表者本人の供述によれば、会員が訴外会社の株式の将来の上場について期待感を有していたことは否定できないけれども、上場問題が実際にどのように処理されていくかについて具体的な見通し等を示されていたわけではないことが認められるうえ、前記3で見たとおり、控訴人は、訴外会社の取締役として被控訴人の設立から上場延期の決定のころまで関与し、その後には控訴人自身の行為が契機となつて株式譲渡制限の定款変更とそれに伴う上場の中止が行われることになつたものであつて、上場の中止が控訴人の期待を不当に侵害したものというのは当たらない。また、控訴人に対して付則五条を適用することが著しく不合理といえないことは前示のとおりであり、経済的弱者に対して一方的に不利益を与える不公正なものとは認められないので、右の主張も失当である。

結局、控訴人の再抗弁はいずれも採用することができない。

三  以上によれば、被控訴人に本件株券の返還義務はないものというべきであるから、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却する

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 鈴木敏之 滝澤孝臣)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com