大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)634号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井坂光明提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書にそれぞれ記戴されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、被告人は本件犯行当時精神薄弱のため、善悪の判断能力及びこれに従って行動を制御する能力が著しく劣り、心神耗弱の状態にあったものであるから、被告人に完全な責任能力を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決は、本件犯行当時被告人に完全な責任能力があったことを認定しているところ、関係証拠によれば、右認定は首肯でき、原判決の「弁護人の主張に対する判断」中の説示も相当として是認できる。

すなわち、関係証拠によれば、

1  被告人は、昭和五九年一月横浜少年鑑別所において、新田中B式第一形式知能検査で知能指数五五以下、WAIS知能検査で、言語性知能指数五八、動作性知能指数六三、全検査知能指数六〇の判定を受けており、軽愚域の精神薄弱者であることが明らかであるが、その程度にとどまり、他に精神的な欠陥はないこと、

2  本件犯行は、自己使用のための覚せい剤の譲り受けであり、その当時、被告人の精神状態に影響を及ぼすような格別の事情があったとはうかがわれないこと、

3  被告人は、少年当時家出、万引き、売春等の非行により、繰り返し家庭裁判所に係属し、再度にわたり少年院に送致されて矯正教育を受けていたうえ、その際既に、被告人がシンナーを吸入したり、覚せい剤を使用したりしていることが問題視され、そのような薬物事犯の非行傾向についても、被告人の自覚が求められ保護的措置がとられていたこと、

4  被告人は、本件の僅か十数日前にすぎない昭和六二年一二月一五日、東京地方裁判所で、覚せい剤の使用及び所持の罪について、懲役一年二月保護観察付き執行猶予三年間に処する旨の判決を言い渡されていたこと、

5  被告人は、原審公判において、覚せい剤事犯が処罰されることについては、分かっていたと述べたり、分かっていなかったと述べたりして、供述を乱しているものの、覚せい剤が怖いものであることについては、これを十分知っており、覚せい剤を乱用すると幻覚が現れるようになると明確に供述していること、などが認められ、これらの諸事情に照らせば、所論の指摘を考慮に容れても、被告人が本件犯行に際し、その是非善悪を弁別しあるいはこれに従って行動する能力が劣っていたとはいえ、未だ著しく減退していたとはいえず、心神耗弱の状態にはなかったと認定することができる。

したがって、原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

なお、原判決は、前記4のとおり被告人が昭和六二年一二月一五日有罪判決の言渡しを受け、この判決が本件犯行(同月二九日ころ犯したもの)後の昭和六三年一月五日に確定した事実を認定しながら、「本件については右の罪とは同時審判の可能性が全くなかったのであるから、同時審判が可能であった数罪を併合罪とするという刑法四五条後段の趣旨からして、本件には同法四五条後段の適用はないものと解する」として、同法五〇条を適用していない。しかし、同法四五条後段は、確定裁判を経た罪とその確定前に犯した罪を併合罪とする旨を定めているのみであって、右の二つの罪を同時に審判することができた可能性の程度については、これを要件としていないと解されるので、本件の罪と確定判決を経た前記4の罪とは同法四五条後段の併合罪であって、同法五〇条により未だ裁判を経ていない本件の罪について処断すべきであり、その限りにおいて、原判決には法令の解釈適用の誤りがあるが、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえず、原判決を破棄するまでには至らない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官横田安弘 裁判官井上廣道)

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