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東京高等裁判所 昭和63年(く)89号 決定

主文

原決定を取り消す。

東京地方裁判所が昭和五九年六月五日被請求人に対する恐喝被告事件についてした刑の執行猶予の言渡しを取り消す。

理由

本件即時抗告の趣意は、浦和地方検察庁検察官検事芦澤恒雄が差し出した即時抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原決定が、被請求人において保護観察中に住居移転届出及び善行保持の各遵守事項に違反した事実を認めながら、右違反が刑法二六条の二第二号にいう「其情状重キトキ」に該当しないとして、本件刑の執行猶予の言渡し取消請求を棄却したのは、被請求人が保護観察上置かれていた状況及び被請求人の遵守事項違反行為に対する判断を誤り、ひいては遵守事項違反における情状の法的価値判断を誤って、右条項の解釈、適用を誤ったものであるから、原決定は取消しを免れない、というのである。

そこで検討するに、関係資料によると、被請求人は、昭和五九年六月五日東京地方裁判所で、恐喝罪により懲役一年六月、四年間保護観察付執行猶予の判決の言渡しを受け、同月二〇日に右判決が確定して、当初の帰住地を管轄する浦和保護観察所の保護観察下に入り、同年八月六日ころ、それまで居住していた埼玉県加須市内のパチンコ店の寮から東京都豊島区上池袋のA子方に転居したため、同年一〇月三日ころからその地域を管轄する東京保護観察所の保護観察下に入ったこと、ところが、被請求人は、(一)あらかじめ保護観察所の長に届け出ることなく、(1)同年一一月ころ右A子方から埼玉県蕨市内のパチンコ店の寮に転居し、(2)次いで、昭和六〇年一月ころ同県川口市内に住居を移して、同市内で転居を重ねたうえ、(3)昭和六一年二月ころ蕨市内のB子方に転居した(当初は同市塚越所在の甲野ハイツ一〇五号室に入居し、その後肩書地の乙山ハイツ六〇七号室に転居した。)こと、さらに、被請求人は、(二)ルビー株式会社の経営するファッションヘルス「α&β」の店長として、右会社の代表取締役C及び右B子と共謀のうえ、昭和六三年三月四日ころから同月二四日までの間、前後二五一回にわたり、同店ヘルス嬢四名が多数の遊客を相手方として売春をするに当たり、その情を知りながら、同店の個室を貸与し、もって売春を行う場所を提供することを業とし、これにより同年四月一四日に浦和地方裁判所に公訴を提起され、現に同裁判所で、公判審理中であることなどの各事実が明らかである。

そして、被請求人の右(一)の無届転居の所為が執行猶予者保護観察法五条二号(住居移転等届け出)に、右(二)の売春の場所提供の所為が同条一号(善行保持)にそれぞれ定められた遵守事項に違反していることはいうまでもなく、この点は原決定も認めているところである。

そこで、次に、右の各違反が刑法二六条の二第二号にいう「其情状重キトキ」に該当するか否かについて検討することとする。

(住居移転届出義務違反の点について)

およそ保護観察における処遇の中心は、保護観察に付された本人と処遇者である担当保護司及び保護観察官との面接にあるのであって、処遇者は、この面接を通じて本人の生活の実態や問題点を適時的確に把握することが可能となり、それに基づいて必要な補導援護を行い、具体的な指示を与えることにより、はじめて再犯を防止し、本人の自立更生を期することができるものであるから、本人が転居に際してあらかじめ、保護観察所の長にその旨を届け出てその所在を明らかにしておくことは、処遇者と本人との面接の当然の前提であり、保護観察を実施するうえで必要不可欠な、きわめて重要な手続であって、これを単なる形式的要件とみることのできないことは、まさに所論の指摘するとおりである。

しかるに、関係資料によると、被請求人は、事前あるいは少なくとも事後の届出を不可能とするような特段の事情がいささかもなく、届出をしようと思えば容易に届け出られたのに、前記(一)のとおり、保護観察に付されてわずか五か月後の昭和五九年一一月ころ無届で転居して以来、さらに無届の転居を繰り返しながら、保護観察所に対しては何らの連絡もとらず、昭和六三年三月二八日に浦和地方検察庁検察官から浦和保護観察所長に対し保護観察者再犯通知がなされたことにより、はじめてその所在が判明するまでの間、三年以上もの長期間にわたって、行方をくらまし、事実上保護観察から離脱していたことが認められるのである。

もっとも、被請求人が、保護観察に付された直後の昭和五九年六月一六日加須市内のパチンコ店に住込み店員として就職して、同店寮に住居を定め、同月二三日浦和保護観察所にその住居届出書を提出し、同年七月八日及び同月二七日に担当保護司宅を訪問して指導を受けていること、また、同年八月六日右パチンコ店を辞めて東京都豊島区の前記A子方に転居し、同女との同居を始めて、同月一〇日にその旨を担当保護司に電話連絡し、同年一〇月二日担当保護司宅を訪問して指導を受けていることはいずれも原決定の認定説示しているとおりである。しかしながら、保護観察付執行猶予に処せられた者は、その猶予の全期間を通じて保護観察に服すべき義務があり、被請求人は、前記のとおり四年間の保護観察付執行猶予に処せられたのであるから、その全期間を通じて遵守事項を守り、保護観察を受ける義務があるのであって、最初だけ保護観察を受ければ足りるというものでないことは多言を要しないところであり、この点も所論の指摘するとおりである。のみならず、被請求人は、右のように担当保護司宅を訪問するなどした際、保護司から、安易に離職したり、所在不明となるようなことのないようになどと懇篤な指導、注意を受けていながら、これに従わず、三年以上もの長期間にわたって所在をくらまし、その間保護観察所への連絡を全くせず、本件の保護観察期間のほとんどを事実上保護観察から離脱していたものであるから、保護観察に付されて当初のころは転居の届出をしたり、担当保護司と面接したことがあったからといって、その後の本件住居移転届出義務違反についても、これが保護観察を軽んじ、あるいは嫌悪する態度に出たものではないとか、やむを得ず違反を犯したものにすぎないなどとしてその情状を軽視することはできない。

また、原決定は、被請求人が、無届で転居してから後も、パチンコ店やキャバレーでかなりの期間就労していたことから、「被請求人が勤労意欲を失い無為徒食の生活に陥っていたわけではなく、自立更生の意欲が残っていたこと」を「汲み取ることができる」としている。しかしながら、保護観察に付された者は、たとえ保護観察所と連絡をとらなくても、また、担当保護司あるいは保護観察官の補導援護を受けなくでも、就労してさえいればこと足りるというものではないことは多言を要しないところであるのみならず、被請求人が、最初に無届で転居して以来、転居・転職を頻々と繰り返した挙げ句、ついに前記の売春防止法違反の犯行に加担するに至った経過、特に、その各転居先がパチンコ店の寮や知人宅等であって、そこでの居住が必ずしも安定したものではなく、かつ、その各転職もパチンコ店の店員から職業としては極めて不安定なピンクキャバレー、ファッションヘルスの店員に変わっていった経過、ないしそれらの風俗営業の実態にかんがみると、被請求人は、無届で転居した後、決して望ましい形で自立更生の道を歩んでいたわけではなく、むしろ、転居の都度逐一その旨を保護観察所の長に届け出て、刻々に適切な補導援護を受ける必要性が大であったのであり、しかもその必要性が次第に増大していったことが明らかであるから、この点からしても、被請求人の住居移転届出義務違反はその情状を軽視することが許されないものといわなければならない。

さらに、原決定は、被請求人の当初のころの転居届出等の履践及び就労の事実を前提として、「被請求人が転居を通知しなかった理由について、水商売に就いていることが後ろめたく連絡できなかったと説明する点も、内気で口下手なため他人との意思疎通能力が十分でないと窺われる被請求人の気持ちとして理解できないものではない」と認定説示している。しかしながら、原決定の右認定判断は、その前提とする被請求人の当初のころの転居届出等の履践及び就労の事実に対する評価の点において既に首肯し難いものがあることは前説示のとおりであるうえに、被請求人は、キャバレーの店員として就職するようになってからはじめて転居の通知をしなくなったというわけではなく、以前はパチンコ店に就職した事実を保護観察所に通知したこともあったのに、昭和五九年一一月に前記A子方から転居して蕨市内のパチンコ店に住込み店員として就職したときから、転居の通知をしなくなったものであり、その後被請求人が就労していたピンクキャバレーあるいはファッシンヘルスの営業の実態に加えて、被請求人が、原審第一回口頭弁論期日において、原決定の指摘しているような供述のほか、一方では、「そのとき、丁度水商売に移るときで、裁判のとき、今後は昼間真面目に働くと言っておりましたので、何となく、夜働くことになると悪く取られるという気持ちがあったのです。裁判のときの約束と違いますので」とか、「夜の商売が受け入れられないというか、そういう職業に就くと執行猶予が取消されたり、罰則がつくと思ったからです。」とも供述し、さらに、保護観察官の質問聴取に対し「保護観察を受けていなくても所在を不明にしていても、仕事さえしていればよいのではないか、そういうことなので、どこに転居しようと、それをいちいち届出しなくてもよいのではないかという気持ちがありました。」と供述していることを併せ考えると、被請求人は、むしろ保護観察を軽視するばかりでなく、これを嫌悪し、保護観察の拘束から逃れて、自分の好きな職業につき、気儘な生活を営もうとの意図から、敢えて住居移転の届出をしないで、事実上保護観察から離脱していたものというほかはなく、本件は、単なる不注意によって届出がおくれたとか、一時これを怠ったという軽微な事案ではないことはもとより、原決定のいうように、被請求人が内気で口下手なため他人との意思疎通能力が十分でないことから、心ならずも住居移転届出義務違反に及んでしまったという体のものでないことは明らかであるといわなければならない。

以上の諸点にかんがみると、被請求人の住居移転届出義務違反は、情状が重いといわざるを得ず、これが原決定の説示するように単なる形式的違反にとどまるなどとして軽視することは到底許されないものといわなければならない。

(善行保持義務違反の点について)

関係資料によれば、前記ファッションヘルス「α&β」は、専ら、遊客を呼び込み、これを相手方として、かねてより雇入れて待機させているヘルス嬢をして同店の個室で売春をさせ、その対価を同女らと店側が分配することを営業としていたことが認められ、売春の場所の提供とはいうものの、その実質は、管理売春にも匹敵する悪質な事犯であるといわなけれはならない。そして、被請求人は、入店した当初こそ主に客の呼び込みの仕事を担当していたが、昭和六二年四月には店長の地位に就き、それ以来、同店の経営者らと共謀のうえ、長期間にわたって右の売春の場所提供の営業を続け、その一環として、前記の公訴提起にかかる売春防止法違反の所為に及んだものであり、その間、被請求人は、単に客の呼び込みの仕事をしているだけでなく、店長として、ヘルス嬢やその他の従業員らを指揮監督するとともに、代金の徴収・管理などにも積極的に関与し、しかも、客寄せのために入場料金の軽減を具申し、あるいは新たな売春の方法を案出するなどしてこれらの施策を実行に移し、これにより客数を飛躍的に延ばしていたことが認められるのであるから、被請求人は右営業の第一線にあって、犯行の中心的な役割を果たしてきたものというべきであり、原決定が認定説示するように従属的な犯行態様にとどまるなどということは到底できない。

してみると、被請求人の右売春防止法違反は犯情が甚だ芳しくないものというほかはなく、被請求人が頻々と転居・転職を重ねたうえ、ついに右の違法行為にまで及んだこと自体が、本件保護観察付執行猶予の効果のなかったことを端的に示しているものというべきであって、その違反が執行猶予になった恐喝とは罪質を異にし(もっとも、違法な手段方法により生活の資を得ていた点においては、両者共通である。)、そこに示された粗暴性が本件売春防止法違反の罪では陰をひそめているからといって、原決定が説示するように「保護観察付執行猶予の効果がなかったと即断することは適当でない」などという評価ができる筋合いのものではなく、かかる売春防止法違反を犯すまでに至ったところの本件善行保持義務違反は、情状が重いものと断ぜざるを得ない。

なお、原決定は、「被請求人が仕事に対する熱意というものを理解しかけた現段階においては、その自力更生を期待するのが刑政の目的にも沿う」というが、被請求人が仕事に対する熱意を理解しかけたと認定する事情には何らなく、むしろそれは売春の場所提供という違法行為を遂行するための「仕事」に対するものでしかないのであるから、決してその自力により「正業」に就いて更生することを期待できる状況ではなかったといわなければならない。

以上によれば、被請求人の住居移転届出義務違反及び善行保持義務違反を内容とする本件遵守事項違反は、被請求人が反省して更生を誓っていることなど被請求人のために酌むべき一切の事情を十分に考慮しても、その情状が重いものといわざるを得ず、被請求人に対する前記刑の執行猶予の言渡しはこれを取り消すのが相当であると認められる。

してみると、原決定が、被請求人の本件遵守事項違反につき「其情状重キトキ」にあたらないとして、本件刑の執行猶予の言渡し取消請求を棄却したのは、不当であることに帰するから、この点で原決定は取消しを免れない。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取り消して更に裁判することとし、刑法二六条の二第二号により前記刑の執行猶予(保護観察付)の言渡しを取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石丸俊彦 裁判官 小林隆夫 日比幹夫)

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