大判例

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松山地方裁判所 昭和33年(わ)220号 判決

主文

被告人黒田茂人を懲役十年に、被告人加藤利行を懲役七年に各処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各六十日をそれぞれ右各本刑に算入する。

押収の米軍々用拳銃一挺(証第一号)、弾頭一個(証第六号)、実包一個(証第九号)、薬莢六個(証第十号1乃至6)、弾頭片五個(証第十三号1乃至5)、弾頭一個(証第十四号)、小型拳銃一挺(証第二号1)、実包六個(証第二号2)、薬莢一個(証第十一号)、弾頭一個(証第十二号)はいずれもこれを被告人両名より没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人黒田茂人は昭和二十九年三月頃松山市内の松下組初代組長松下篤真の子分となり、爾来いわゆるやくざの渡世を送るうち傷害、暴行等前科三犯を重ねたもの、被告人加藤利行は昭和二十二年頃から愛媛県新居浜市内においてやくざの渡世を送るうち窃盗、住居侵入、暴行、器物毀棄、覚せい剤取締法違反、傷害等前科九犯を重ねたものであるが、

第一、被告人両名は、昭和三十三年六月十日松山市内の愛媛県民館において松下組二代目組長橋本康弘が北村組組長北村義夫を拳銃で射殺する事件が発生したので、松下篤真が北村組側から報復されることを懸念して、被告人黒田は子分として、被告人加藤は客分として同市北京町二丁目五十七番地松下篤真方に住込み、同人の身辺の警戒に当つていたところ、同年九月十日同市北京町二丁目青木理髪店前路上において、松下篤真が北村義夫の兄弟分である西本組々長西本信行の実弟西本義行に猟銃で狙撃されて重傷を受けるに及び、義行の右犯行は、兄信行の元の親分である黒田新太郎及び信行の兄弟分である郷田昇等の使嗾によるものであると即断、盲信し、被告人黒田は黒田及び郷田を、被告人加藤は黒田を殺害して報復しようと決意し、同月二十三日夜前記松下方において、互に意中を打明けて黒田を殺害することを謀議し、常時拳銃を所持してその機会を窺つていたところ、たまたま同年十月三日午後八時三十分頃被告人両名が散歩の途中同市南京町二丁目二十八番地バー「村はづれ」(経営者郷田多都子)前路上にさしかかつた際、同所で黒田新太郎(当五十七年)、郷田昇(当三十三年)及び徳丸喜美夫の三名が立話中を発見したので、被告人黒田は、好機到れりと自己の腹巻の中に所持していた実包七発装填の米軍々用拳銃一挺(証第一号)を取出し、黒田の面前に立ち、その胸部をねらつて発射したが不発に終つた。被告人黒田はその隙に南に逃げる黒田等三名を追跡したが、被告人加藤も自己の腹巻の中に所持していた実包七発装填の小型拳銃一挺(証第二号証1)を取出して被告人黒田に追従し、同市唐人町三丁目路上にさしかるや、被告人黒田において、黒田及び郷田を殺害する目的で、唐人町を東に逃げようとする黒田等三名に対し、その背後から連続二発発射し、一発を郷田の足部に命中させた。郷田及徳丸は唐人町を東に逃走し、黒田はさらに南に北夷子町方面に逃走したので被告人両名は共に黒田を追跡し、同人が同市北夷子町八十四番地ニツカバー「蘭」(経営者小川順子)前路上にさしかかるや、被告人黒田において、黒田の背後から一発発射してその右大腿部に命中させ、同人が同所に俯伏せに転倒するや、その背部をめがけてさらに連続三発発射し、次いで被告人加藤において、前記小型拳銃で一発発射し、同人の両胸部に三発命中させ、折柄同所附近を通行中の河原田玩三郎(当三十八年)に対し、被告人黒田の発射した一弾を誤つてその右大腿部に命中させたが、郷田昇に対し加療一ヵ月半を要する右内踝部貫通銃創、黒田新太郎に対し加療約二ヵ月半を要する両胸部右大腿部銃創、河原田玩三郎に対し加療約一ヵ月を要する右大腿部盲貫銃創をそれぞれ与えたにとどまり、いずれも殺害するに至らず、

第二、被告人黒田は法定の除外事由なくして、前記日時場所において、前記米軍々用拳銃一挺を所持し、

第三、被告人加藤は法定の除外事由なくして、前記日時場所において、前記小型拳銃一挺を所持していたものである。

(証拠の標目) ≪省略≫

(累犯前科)

被告人加藤利行は昭和二十七年十一月十七日新居浜簡易裁判所において窃盗罪で懲役一年に処せられ、当時その執行をうけ終つたもので、このことは検察事務官作成の同被告人の前科調書により明らかである。

(法令の適用)

被告人黒田茂人の判示第一黒田新太郎、河原田玩三郎に対する各殺人未遂の点はいずれも刑法第二百三条、第百九十九条、第六十条に、郷田昇に対する殺人未遂の点は同法第二百三条、第百九十九条に、判示第二の銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は同法第三条第一項、第三十一条第一号に各該当するところ、判示第一の各罪は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段、第十条により犯情の最も重いと認められる黒田新太郎に対する殺人未遂罪の刑に従い、その所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第二の罪の所定刑中懲役刑を選択し、右は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条により重い判示第一の黒田新太郎に対する殺人未遂罪の刑に同法第四十七条但し書の制限に従い法定の加重をなした刑期範囲内で、同被告人を懲役十年に処し、被告人加藤利行の判示第一の黒田新太郎、河原田玩三郎に対する各殺人未遂の点はいずれも被告人黒田茂人に対し適用した該法条を援用し、判示第三の銃砲刀剣類等所持取締法違反の点は同法第三条第一項、第三十一条第一号に該当するところ、判示第一の各罪は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段、第十条により犯情の重いと認められる黒田新太郎に対する殺人未遂罪の刑に従い、その所定刑中有期懲役刑を選択し、判示第三の罪の所定刑中懲役刑を選択し、同被告人には前示前科があるので刑法第五十六条第一項、第五十七条を適用し、判示第一の黒田新太郎に対する殺人未遂罪の刑については同法第十四条の制限に従い、それぞれ累犯の加重をなし、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文、第十条により重い判示第一の黒田新太郎に対する殺人未遂罪の刑に同法第十四条の制限に従い、法定の加重をなした刑期範囲内で同被告人を懲役七年に処し、刑法第二十一条に則り、被告人両名に対し、未決勾留日数中各六十日をそれぞれ右各本刑に算入し、主文掲記の各押収物件は、いずれも判示第一の殺人未遂罪の行為に供し、若しくは供せんとした物であつて、被告人両名以外の者に属しないので、刑法第十九条第一項第二号第二項により、いずれもこれを被告人両名より没収することとする。

(刑の量定の事情)

昭和三十三年六月十日松山市内の県民館で催されたジヤズドラム合戦中に、松下組二代目組長橋本康弘が私怨をもつて北村組組長北村義夫をピストルで射殺するや、右北村組側に属する西本義行は、右橋本の犯行は松下組初代組長松下篤真の使嗾によるものとして、同年九月十日松山市内の繁華街で松下を猟銃で狙撃して重傷を与えた。このため松山市民の平和と安全をおびやかされ、暴力追放の声も高くなつた。しかるに被告人等は、これらの声を無視するが如く、敢て判示犯行に及んだのである。暴力を憎み、平和で民主的な生活を営むことは、すべての国民の念願とするところである。暴力は、その理由のいかんを問わず、その性質のいかんを問わず否定すべきである。いわんや、社会の正義と秩序に背を向けて組織された暴力団の暴力殺傷事件の如き断じて排撃しなければならない、被告人等がいわゆる「極道社会」の特殊な価値観、親分、子分の特殊な仁義、特殊な名誉感に動かされて、本件犯行に及んだとすれば、時代錯誤も甚しいといわなければならない。そのため、被告人等の行為が毫末も正当視されるものではない。本件は、前記猟銃事件の元兇は黒田新太郎、郷田昇であると確たる根拠もなく即断、盲信し、松山市内の繁華街でピストルを乱射して、執拗に生命を奪わんとした兇暴、残忍かつ大胆不敵な計画的犯行である。そのため一般市民を恐怖に陥入れたばかりでなく、一市民を殺害の危険にさらしたのである。被告人等の刑責は極めて重大であるといわなければならない。しかし被告人等の背景をなす暴力団の組織の責任を無視して、ひとり被告人等のみ責任を追求するのは、苛酷にすぎるようにも考えられ、その他、さいわいに未遂に終つて殺害するに至らなかつた点、犯行後間もなく被告人等は自首した点、被害者黒田新太郎、郷田昇が宥恕の意思を表示している点等を考慮し、さらに被告人等の犯行の役割をも考慮して、被告人黒田を懲役十年、被告人加藤を懲役七年に量定処断した次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東甲子一 裁判官 加藤竜雄 阪井昱朗)

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