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松山地方裁判所西条支部 昭和44年(ワ)207号 判決

主文

被告らは各自、原告矢畑禎次に対し金四〇万二四三三円、その余の原告らに対しそれぞれ金一一万四九八〇円、および右各金員に対する昭和四四年一一月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余は原告らのそれぞれ連帯負担とする。

この判決の第一項は、原告矢畑禎次において金一〇万円、その余の原告らにおいて金三万円の担保をたてるときは、その担保をたてた原告において仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは各自、原告矢畑禎次に対し金七五万四七〇一円、その余の原告らに対しそれぞれ金二一万五六一九円および右各金員に対する昭和四四年一一月七日から各支払い済みにいたるまで年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一 被告村越光義は昭和四三年五月一日午後七時一〇分ごろ今治市今治村甲六〇五番地先の交差点において、第二種原動機付自転車に乗り走行中、折柄自転車に乗り通行中の訴外矢畑マンヨの自転車の左前輪に、自車を衝突させ、マンヨを路上に転倒させ、同人に対し、皮下肝臓破裂、右胸部打撲傷、右肩甲骨打撲傷の傷害を与えた。

二 右事故は、被告光義の運転技術未熟、徐行義務不履行、前方左右の安全不確認等の過失に起因するものである。また、被告村越敏男は加害車両の所有者であり、少なくともそれを同居の未成年の子である被告光義に買つてやつたものであるから、自己のために運行の用に供していたものとして自賠法三条の責任を免れない。

三 本件事故により訴外マンヨは次のような損害を被つた。

(一)  慰藉料 一一七万九九二〇円

本件受傷のため、マンヨは昭和四三年五月一日から翌四四年四月二四日まで入院して治療につとめなければならなかつた。

(二)  逸失利益 五五万二五四円

マンヨは事故当時、今治の真木染織株式会社に勤務して、月二万八六七〇円、ほかに賞与年六万三二〇〇円を得、また、夜間は飲食店でアルバイトをして一日四〇〇円の収入を得ていたところ、本件事故により昭和四三年五月一日から翌四四年四月二四日まで働くことができず、得べき筈の収入を得ることができなかつた。

(三)  付添看護料 一一万七〇〇〇円

原告藤本由美子(マンヨの四女)が昭和四三年五月三日から、同年八月二七日まで、原告矢畑禎次(マンヨの夫)が同年五月一日から同月七日まで付添つた。

(四)  諸雑費 一〇万七七〇〇円

昭和四三年五月一日から翌四四年四月二四日まで一日三〇〇円の割合。

(五)  自転車破損の損害金 一〇〇円

(六)  衣服破損の損害金 五〇〇円

(七)  眼鏡破損の損害金 八〇〇〇円

(八)  付添人等の往復タクシー代 一万八六〇〇円

(九)  原告藤本由美子の付添のための大阪からの帰郷費(汽車賃) 一七〇〇円

(一〇)  右帰宅電話料 三三〇円

(一一)  弁護士報酬 二四万円

四 以上の合計は二二六万四一〇四円であるが、被害者である矢畑マンヨは、負傷入院中の昭和四四年五月一日他の原因で死亡し、原告矢畑禎次はその夫として、その余の原告らはいずれもその子として、亡マンヨの権利を相続した。

五 よつて、原告らはそれぞれその相続分に対応する金額とそれに対する訴状送達の翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める」

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、請求の原因に対する答弁ならびに抗弁として次のとおり述べた。

「一 請求原因第一項の事実の内矢畑マンヨが負傷した事実は認める。

同第二項前段の事実は争う。同項後段の被告敏男が加害車を所有する運行供用者であるとの主張は否認する。本件原付自転車の所有者は被告光義である。

同第三項の事実は争う。

同第四項の事実の内、昭和四四年五月一日矢畑マンヨが他の原因で死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

二 本件事故は、被告車が左方から直進してくるのに、マンヨが漫然進行したために生じたものであるから、マンヨの左方進入車優先無視かつ直進車優先無視の過失は重大である。被告両名は過失相殺を主張する」〔証拠関係略〕

理由

一  原告ら主張の事故が発生したことは被告らも明らかに争わないのでこれを自白したものと認める。右事故により訴外矢畑マンヨが原告主張の傷害を被つたことは当事者間に争いがない。

二  〔証拠略〕によれば、本件事故は同被告が交差点において減速し、かつ左右の安全を確認して進行すべきであるのに、漫然時速約三五粁で進行したために、折柄交差点を南方から進入して左折した大型貨物自動車の蔭になるような形で進行していたマンヨの発見が遅れたことに起因するものであつて、被告光義の過失は争えないところであるが、マンヨの側にも、左方から交差点に進入してくる被告車に十分注意しなかつた点に不注意があつたことは否定できず、マンヨのこの過失は後記損害額の算定にあたり斟酌することとする。

三  次に、被告村越敏男の自賠法三条に基づく責任について考えてみるに、〔証拠略〕によれば、被告敏男は被告光義の父親であるが、事故の年の二月、当時商業専門学校在学中で一七才の被告光義のために本件加害車(第二種原動機付自転車)を買い与えたものであることが、認められ、右事実によれば、被告敏男は右車両の起した事故について自賠法三条にいう運行供用者としての責任を免れることはできないものと解せられる。

四  そこで、損害額の点について検討するに、〔証拠略〕)を綜合すると、以下のとおり認められる。

マンヨは本件事故により、皮下肝臓破裂および右胸部打撲の重傷を被り、事故当日の昭和四三年五月一日から今治市医師会病院に入院、二回の手術を受けたが、その後右胸部打撲による胸膜炎、輸血に起因する急性肝炎を惹起、全身倦怠、右上腹部の疼痛、右上肢の運動障害、頭痛、頭重、耳鳴、不眠、食欲不振等の症状が出て、結局翌四四年四月末日まで同病院に入院していた。この間、事故当日から約一週間は原告矢畑禎次が付添い、また事故の翌日大阪から原告藤本由美子が帰郷してその翌五月三日から同年八月二七日ごろまで付添つた。マンヨは事故当時、昼は今治の染織会社に勤め、月平均約二万四〇〇〇円の給与と、年間六万三〇〇〇円程度の賞与とを得、夜は飲食店で皿洗いのアルバイトをして月約一万円程度の収入を得ていたが、本件事故によりその収入を得られなくなつた。

五  以上により、本件事故に基づき被告らからマンヨに賠償すべき損害額として相当とみうるのは以下のとおりである。

(一)  逸失利益 三二万九七〇〇円

マンヨの前記収入損の一年分に前記マンヨの過失を考慮して右金額を相当と認める。

(二)  付添人費用 一〇万一〇〇〇円

原告矢畑禎次と同藤本由美子の各付添に対し一日一〇〇〇円の割合で損害として計算し、これに原告由美子の付添のための帰郷費、付添人の病院への往来のためのタクシー代(請求の原因第三項の(八)、(九)で主張している金額)を加算し、さらにマンヨの前示過失を考慮して、右金額を相当と認める。

(三)  入院諸雑費 七万六六〇〇円

入院中一日三〇〇円の割合で計算した金額に、前示マンヨの過失を斟酌して、右金額を相当と認める。

(四)  慰藉料 六〇万円

原告主張の損害項目で以上認定以外のもの(請求原因第三項の(五)、(六)、(七)、(一〇))についてはその損害額を認めしめる的確な証拠がない。(なお、同第三項(二)の弁護士費用については後述)。

六  以上(一)ないし(四)の合計は一一〇万七三〇〇円であるところ、賠償請求権者であるマンヨが昭和四四年五月一日他の原因で死亡したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば原告矢畑禎次はマンヨの夫であり、その余の原告らはマンヨの子であることが明らかであり、また〔証拠略〕によれば、マンヨは生前原告矢畑禎次を通じて本件事故に基づく慰藉料のことについて、被告らと接渉し、これを請求していたことが認められる。してみると、本件損害賠償請求権は慰藉料分も含めて、原告矢畑禎次に三分の一、その余の原告ら七名に各二一分の二の割合で相続されたことになる。そうして、原告らが本訴を提起するために弁護士である本訴代理人を依頼せざるをえなかつたことは〔証拠略〕により明らかであるから、弁護士費用として相当と認められる金一〇万円を前記一一〇万七三〇〇円に加算し、その金額(一二〇万七三〇〇円)を右相続分に応じて分割すると、原告矢畑禎次の取得分は四〇万二四三三円、その余の原告ら七名のそれはそれぞれ一一万四九八〇円となる。

七  よつて、原告らの本訴請求は右各金員とそれに対する事故以後の日である昭和四四年一一月七日から完済まで年五分の割合の遅延損害金を求める限度で正当としてこれを認容し、その余の各請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林泰民)

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