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松江地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決

原告 米村芳子

被告 松江市

主文

原告の本訴各請求のうち県民税に関する部分、および無効確認請求のうち第一期分に関する部分につき、いずれも訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、当初松江市を被告として「被告は原告に対し、金三六九円およびこれに対する昭和三〇年一〇月二〇日からその支払が終るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、後に被告を松江市長に変更するとともに、請求を追加変更して「被告が原告に対してなした昭和三〇年度市民税県民税の税額一、四七九円の賦課処分は無効であることを確認する。」との判決をも求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、本件請求はすべて行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟である。

二、原告はもと松江市雑賀町一三区に居住していたものであるが、昭和三〇年五月六日同市を転出して米子市内の肩書住居地に移住した。

三、松江市長は、原告が米子市に移住した後、昭和三〇年度市民税並びに県民税として税額一、四七九円の賦課決定をなしてその徴税令書を原告に送付したので、原告はこれに基いて同年六月二十四日右第一期分として金三七二円を被告に納付した。

四、けれども、松江市長のなした右処分は次の理由によつて無効である。

(一)  そもそも市民税県民税はいわゆる住民税であるから、その納税義務は当該市内ないし県下に居住し、その公共団体の保護を受けることによつて生ずるものである。そして、被告が原告に対して賦課した昭和三〇年度の市民税県民税の納期は、同年六月、八月、一〇月、翌三一年一月の四回に別けられているが、これらの時期には原告は既に松江市を転出してその市民でもなくまた島根県民でもなかつた。

(二)  かりに当該年度の初日の属する年の一月一日にその住民であつたものは、その一年分の納税義務があると解するとすれば、それは結果的にみて憲法に保障せられた居住移転の自由を侵すものである。けだし、一月一日にある市内ないし県下に居住した場合、たとえその翌日に当該市ないし県を転出してもなおその市ないし県に対して納税義務を負担するものとすれば、収入の少ないものは納税の負担に束縛せられて自由に居住地を変えることができないからである。

(三)  かりに右主張が容れられないとしても、松江市長は前記税額の課税標準を金五四、〇〇〇円とし、原告に同額の所得があつたことを前提として賦課処分をしているところ、原告は昭和二九年二月国立松江病院の雑役婦を辞し爾後無収入であるから、昭和三〇年には課税の対象となるべき所得がない。

五、このようにして松江市長の原告に対する昭和三〇年度市民税県民税の賦課処分は無効であるから、これによつて原告が納付した前記金三七二円は被告においてこれを原告に返還すべき義務がある。

よつて、原告は被告に対し、右処分の無効であることの確認を求めるとともに、右金員のうち金三六九円とこれに対する原告がその返還請求書を提出しそれが被告に到達した昭和三〇年一〇月一九日の翌日からその支払が終るまで、民法に規定すると同一の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだものである。

(立証省略)

被告指定代理人等は、本案前の答弁として訴却下の判決を求め、その理由を、本訴は行政事件訴訟特例法第二条地方税法第三二八条によつて異議の申立をなさないで提起されたものであるから不適法であると述べ、本案に対して請求棄却の判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張事実のうち、原告がもと松江市雑賀町一三区に居住していたこと、昭和三〇年一月二日以後原告がその主張の住居地に移転したこと、その後松江市長が原告に対し昭和三〇年度分の市民税並びに県民税として税額一、四七九円の賦課決定をなしたこと、その徴税令書によつて原告が被告に対し、同年六月二四日第一期分として金三七二円を納付したこと、右市民税並びに県民税の納期が同年六月、八月、一〇月、翌三一年一月の四回に別けられていること、松江市長が右決定に際し原告の前期税額の課税標準を金五四、〇〇〇円としたこと、原告がもと国立松江病院の雑役婦であつたこと、被告が原告主張の返還請求書を受領したこと、はいずれも認めるが、その余の事実は争う。

二、市民税、県民税の納税義務は納期にその住民であつたことを要件とするのではなく、地方税法第三九条、第三一八条に規定する賦課期日、すなわち当該年度の初日の属する年の一月一日に住民であつたことを要し、かつそれで足りる。

三、右のように解したとしても、納税者が納税義務に束縛せられて居住移転の自由を侵害せられることはあり得ない。

四、地方税法によると、原告に対する場合、昭和三〇年度の市民税県民税は昭和二九年中の所得がその課税標準となるところ、原告には昭和二九年中に金一四三、七三二円の収入があり、勤労控除、基礎控除をなすと差引課税標準は金五四、〇〇〇円となる。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は却下もしくは棄却されるべきである。

(立証省略)

理由

一、先ず訴の変更および被告の変更について判断する。

(一)  原告が当初被告に対し、昭和三〇年度市民税県民税の賦課徴収処分を無効であるとして、そのうち既に納付した金三六九円の返還を求めていることは、その主張自体において明白であるが、このように、実質的に行政処分の効力を争う訴は行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係に関する訴訟であると解すべきである。

(二)  果してそうであるならば、これに昭和三〇年度の市民税県民税の賦課処分の無効確認を求める行政訴訟を追加変更することは許されることになるが、その無効確認の訴の利益については別途の考察を試みなければならない。一般に過去の権利関係の無効確認を求めることは、現在の紛争を解決するうえにおいて迂遠の方法であるため、訴の利益を有しないからである。ところで、行政処分はそれが外形上存在する以上、正当な権限を有する行政庁もしくは裁判所によつて取消されるか、または裁判所において無効であると宣言されない限り人民を拘束する力があり、本件における市民税および県民税の賦課処分もこれを放置すれば原告はあるいは滞納処分を受けるおそれがないとはいえないから、原告がその処分の無効確認を求めることについては訴の利益があるものといわなければならない。ただ右に述べたところから、原告がすでに納付した第一期分についてはただちにその返還を求めるべきであつて、無効であることを確認する利益はないから、その部分に関する無効確認の訴については却下を免れない。

(三)  次に被告の変更について考究しよう。

原告が本訴において、市民税並びに県民税の賦課処分の無効確認とそれ等のうち既に納付した部分の返還を求めていることは既にみたとおりであるが、行政事件訴訟特例法第七条をさような訴に準用するとしても本訴において被告の変更は認め難い。けだし、行政事件訴訟特例法第三条がいわゆる抗告訴訟について処分をした行政庁に被告適格を認めたのは、主として訴訟の実施遂行に関する実際上の便宜を考慮したためであつて、さような趣旨から、本訴の如き窮局において行政処分の効果を争う訴訟について同条が準用される余地があるとしても、訴訟の当事者は本来、当該訴訟の結果によつて影響を受ける権利義務の帰属主体でなければならないから、本件においても、前記租税の賦課徴収の効果の帰属主体が被告とされるべきであり、従つてこれをあえて処分庁たる松江市長に変更しなければならないいわれはないからである。

二、なお、原告の本訴請求のうちには市民税に関するもののほか、県民税に関する部分が含まれていることはその主張自体おいて明白であるところ、さきに触れた被告適格の問題はこの県民税の部分について、より明白に現われてくる。たとえば、地方税法第四二条第四項によれば、市は県民税の納付があつた場合、その月の翌月一〇日までにこれを県に払い込むこととし、また同法第四八条は県税の滞納については県の徴税吏員が滞納処分をすることを認めている。かような点から本件の場合を考察すると、前記県民税を賦課徴収した利益の帰属主体が島根県であつて松江市でないことについて疑を残さないというべきであり、そうだとすれば、本訴請求のうち県民税に関する部分については松江市に被告の適格はないといわなければならない。この部分について訴を却下するゆえんである。

三、次に被告の本案前の抗弁について判断するに、なるほど地方税法第三二八条によれば市民税の賦課を受けたものがその決定に違法または錯誤があると認めた場合、徴税令書の交付を受けた日又は通知を受けた日から三〇日以内に市長に対し異議の申立をすることができるとされているが、この規定は本件の如き当該決定の無効を主張する請求については適用がないものというべきであるから、被告の右抗弁は採用できない。

四、次に本案について審究しよう。原告がもと松江市雑賀町一三区に居住していたこと、少くとも昭和三〇年一月二日以後に原告が肩書住居地に移転したこと、その後被告が原告に対して昭和三〇年度市民税県民税として税額一、四七九円の賦課処分をなし、その第一期分の徴税令書を原告に送付したこと、原告がこれにもとずいて同年六月二四日右第一期分として金三七二円を被告に納付したこと、右昭和三〇年度の市民税県民税の納期が同年六月、八月、一〇月、翌三一年一月の四回に別けられていることはいずれも当事者間に争いのないところである。

(一)  原告はまず、右の各納期に原告が松江市ないし島根県に居住しなかつたから、当該地方公共団体の住民であることを前提とする前記賦課処分は違法であるというのであるが、地方税法第三九条第三一八条によれば市民税ないし県民税の賦課期日は、当該年度の初日の属する年の一月一日とすると定められ、またその納期についても同法第四一条第三二〇条によつて前記のとおりとされているから本件において何等違法とするものはない。

(二)  次に、原告は、右のとおりに解した場合収入の少いものは納税義務に束縛せられて居住移転の自由を侵害されると主張するのであるが、さような納税義務が住居の移転を妨げる力を有することは考えられない。原告の右主張はそれ自体理由がない。

(三)  最後に、原告は昭和三〇年中に所得のなかつたことをもつて本件処分が無効であるというのであるが、地方税法は前年中所得を有しなかつたものに課税しないこととし、他方課税年度の前年における所得額をもつてその課税標準とする(ただし、所得割額に限る)こととしているところ、成立に争いのない乙第一号証によれば原告には課税標準となるべき昭和二九年中の所得があつたことが窺われるから、昭和三〇年中に所得の全くなかつたことを前提とする原告のこの点に関する主張は採用の限りでない。

以上のとおり、原告の主張はすべて理由がないから、さきに却下した部分を除き、その余の請求は棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎林 西俣信比古 飯原一乗)

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