大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

横浜地方裁判所 平成9年(ヨ)184号 決定

債権者

大野和子

右代理人弁護士

伊藤幹郎

債務者

株式会社葉山国際カンツリー倶楽部

右代表者代表取締役

片岡秀子

右代理人弁護士

赤澤俊一

主文

一  債務者は、債権者に対し、平成九年一月から本案の第一審判決の言渡しに至るまで、毎月二五日限り、一か月当たり二八万八一〇三円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由の要旨

第一本件申立て

債権者は、ゴルフ場を営む債務者にキャディとして雇用されていたところ、債務者は平成八年一二月一六日以降債権者の雇用契約上の地位を否認していると主張して、債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるとともに、債務者に対して、平成八年一二月一六日から本案判決確定まで毎月二五日限り賃金相当の月額二八万八一〇三円を仮に支払うことを求めている。

第二事案の概要

一 争いのない事実及び確実な疎明資料により疎明される事実

1 債務者は、ゴルフ場の経営等を目的とする株式会社であり、神奈川県三浦郡葉山町〈以下略〉において「葉山国際カンツリー倶楽部」を開設・営業している。

債務者は、平成元年三月一六日、期間を定めることなく、債権者をゴルフ場のパートキャディとして採用し、以降パートキャディ(「準ハウスキャディ」と呼称されることも「パートキャディ」と呼称されることもあったが、以下においては「パートキャディ」と統一することとする。)として雇用してきた。

2 債権者と債務者との雇用契約は、平成六年一月二日以降は、一年ごとの雇用契約となった。

債務者は、平成八年一一月一六日債権者に対し、同年一二月一五日をもって雇用契約が満了した後は雇用契約を更新しない旨告知した。

なお、債権者には、債務者の「準ハウスキャディ就業規則(平成六年一月一日施行)」(就業規則という。)が適用され、就業規則二二条によれば、パートキャディがその身分を失う場合として「雇用期間に定めがあって、その期間が満了したとき。」(五号)と定められている。

3 債権者の賃金については、毎月一五日締めで当月二五日に支払うこととされていたところ、債権者の平成八年九月一六日から同年一二月一五日までの三か月間の平均賃金は月額二八万八一〇三円であった。

4 債務者の就業規則は、その五八条において、懲戒の事由として、「越権又は専断の行為があったとき」(同条三号)、「会社の許可なく、会社施設への貼紙及び掲示、又はビラ類を配布したとき」(同条一五号)と定め、これらの一に該当するときは、その情状に応じ、譴責、減給、出勤停止または諭旨退職をもって処分するものとし、反則が軽微であるか、または改悛の情が明らかであり情状酌量の余地があると認めたときは訓戒にとどめることがあると規定している。

二 主要な争点及びこれに関する当事者の主張

債務者が雇用契約を更新せずに雇い止めしたことには正当な雇い止めの理由があるか。それとも正当な雇い止めの理由がなく、解雇権の濫用となるか。

1 債務者の主張

債権者と債務者との雇用契約は、パートの形態で、一年の期間が定められていたものであり、更新されない限り雇用契約は継続されない。債務者は、債権者に以下に述べるような事由が認められたことから、雇用契約を更新しなかったものであり、債務者には正当な雇い止めの理由が存する。

(一) 越権行為

債権者は、平成八年四月一三日の夕方、債務者の支配人である徳永邦弘(徳永という。)に対し、上司であるキャディマスターの小松崎英爾(小松崎という。)を批判して「小松崎部長は上司として全くふさわしくない。」「独断的でキャディ全体のためにならない小松崎部長をキャディマスターにしている会社はおかしい。」と主張した。この言動は、就業規則五八条三号に規定する越権行為に該当し、懲戒の事由となる。

(二) 専断行為

債権者は、自己の考えを強く主張したりして協調性に乏しい。パートキャディ三〇名の班長の立場で他の班長らと日常的に討議を行ってきたが、債権者は極端な意見主張が多く、自己の考えを一方的に主張して他の班長の意見を聞こうとしないなど協調性に乏しく、他の班長の意見を聞かずに自分の意見を通して単独行為をとっていた。この行為は、就業規則五八条三号に規定する専断行為に該当し、懲戒の事由となる。

(三) 専断行為及びビラの配布行為

債権者は、平成八年四月一七日、自己が班長を務める二班のミーティングにおいて、債務者の許可を受けることなく、以下に述べる内容の書面(本件文書という。)を二班のパートキャディ全員に配布し、かつキャディ控室のロッカー近くの左奥台所手前突き当たりの扉に貼って掲示し、その期間は二か月間に及んだ。

本件文書には、二班の班員であった大井幸子(大井という。)が発生させた事故の処理に関する小松崎の対応について、「今回の事故報告書の提出は、会社に対して当然にしなければならないことをしただけのことで、それを「蒸し返し」などといって非難するのはあたりません。むしろ、それをせずに不祥事をもみ消してしまったプロの方こそ問題があるといえます。ましてや、このことを根に持って言葉の暴力を繰り返し精神的に不安を与えるようなことは許されません。」「プロの処理については会社が考えてくださるとのことなので、円満に解決の道が開かれることを期待したいと思います。」と書かれているが、債権者は、大井の事故問題処理の内容を適切正確に判断することもなく、書面で上司である小松崎の批判を行い、また債権者の申出に対し徳永が債権者に回答した内容に反し、あたかも債務者が小松崎を処遇することを考えているような、全く事実に反する記述をしている。本件文書を配布・掲示したことにより、債権者は自己の正当性を同僚に強要したもので、事故処理に関する文書の内容は全く不当なものであった。債権者は、本件文書を一班、三班、四班の各班長にも配布した。これらの行為は、就業規則五八条三号にいう専断行為及び一五号にいう「会社の許可なく、会社施設への貼紙及び掲示、又はビラ類を配布したとき」に該当し、いずれも懲戒の事由となる。

(四) ビラの配布行為

債権者は、右(三)の後にも、会社の許可なく、会社批判や上司批判をした内容のビラを配布した。この行為は、就業規則五八条一五号にいう「会社の許可なく、会社施設への貼紙及び掲示、又はビラ類を配布したとき」に該当し、懲戒の事由となる。

2 債権者の主張

(一)(1) 債務者の主張(一)の事実は否認する。平成八年四月一三日に債権者が徳永と社長室で話をした事実はない。

(2) 債務者の主張(二)の事実は否認する。

(3) 債務者の主張(三)の事実のうち、本件文書を、債権者が班長を務める二班のパートキャディ全員に配布したことは認める。しかし、これは、ミーティングの際、班長である債権者が班員に短時間に正確に報告するために作成したものであって、もともと「ビラ類」には当たらない。内容としても、安全衛生委員でもある債権者が、業務の必要に応じて、事故が発生した場合の注意と心がまえを述べたものであって、その内容において小松崎を批判したととられる表現があるとしても、事実に基づく業務上必要な批判であって正当なものである。

また、本件文書を、パートキャディの一班、三班及び四班の班長に交付したことも認めるが、これは安全衛生委員会の場で渡したものである。

本件文書をキャディ控室に掲示したとの事実は否認する。

(4) 債務者の主張(四)の事実は否認する。平成九年五月一〇日に二班のミーティングに際して安全衛生委員会からの伝達事項を記載した書面を班員数人に配布したことはあるが、内容には上司の批判などはなく、何の問題もない。また、雇い止めの告知がなされた後に自己の雇い止め問題の質問書を出したことはあるが、内容に何の問題もない。

(二) 債権者は、平成元年三月一六日から七年九か月もの間雇用契約を継続してきており、あたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態が成立していたのであって、解雇事由と同等の事情がなければ雇い止めの理由とすることは許されないところ、債権者には、雇い止めの理由となるべき事情はないから、債務者による雇い止めは解雇権の濫用である。

第三争点に対する判断

一 債権者の雇用関係

1 疎明資料によると、債務者と債権者との雇用関係は次のとおりであると認められる。

(一) 債務者は、昭和六四年一月六日以下の条件でキャディを募集する旨の求人票を提出した。債権者は、これに応募し、平成元年三月一六日に債務者にパートキャディとして採用された(〈証拠略〉)。

雇用期間 長期常用

就業時間 午前九時から午後四時まで

賃金形態 日給月給

時間額 一一六〇円

通勤手当 全額支給

(二) 債務者は、平成六年一月一日パートキャディについての就業規則を定め、これを施行した。その結果、債権者と債務者との契約関係も、一年ごとの期間の定めある雇用契約となり、平成六年五月一六日に同年一月二日から一二月三〇日までを雇用期間とする雇用契約が締結され、続いて、平成六年一二月二五日に翌平成七年一月二日から一二月一五日までを雇用期間とする雇用契約が締結され、平成七年一二月一六日に同日から平成八年一二月一五日までを雇用期間とする雇用契約が締結された。(〈証拠略〉)

2 右認定の事実によると、債権者は一年間と期間を限定した雇用形態とされている(当事者間に争いがない。)が、債権者はもともと期間の定めなくパートキャディとして雇用されたものであり、平成六年一月二日から、期間を一年とする雇用形態に変更されたものの、期間の定めのある契約に変更する際も、パートキャディの雇用契約上の地位が特に不利益、不安定なものになるということは予定されておらず、債務者も雇用期間の更新を拒否する理由がなければ、更に一年間更新されるものであることを認めている(債務者の平成九年四月二五日付け準備書面)。

そして、債権者も実際に、平成七年一月及び同年一二月に雇用の更新がなされており、実質的には平成元年からの雇用が継続する結果となっていた。また、当時パートキャディは約一〇〇名在籍していたが、平成八年一二月一五日の期間満了時に雇用期間の更新をされなかったパートキャディは債権者の他に二名しかおらず、そのうちの一名については欠勤が多く、もう一名については無断欠勤が一か月間続いたというものであるから、これらの者について雇用契約が更新されなかったことにはそれなりの理由があるのであり、これ以外の者は雇用契約が更新されたのである(〈証拠略〉)。

右の事情に鑑みると、債権者は形式上は一年ごとの雇用契約となっていたものの、右契約は反復して更新されて従前の期間の定めのない雇用契約が継続するのと実質的に異ならない状態となっていたのであり、しかも、債権者は平成八年四月一日に任期を一年間とする班長に任命されている(債務者の平成九年三月二七日付け準備書面)ことを考慮すると、右雇用契約は更新を当然の前提とするものであって、債務(ママ)者が期間満了後も雇用を継続すべきものと期待することに合理的理由があると認められ、債務者の雇用契約の更新拒絶は、実質上解雇と同視されるから、本件の雇い止めについては、解雇が許される場合と同等の事由の存在が必要というべきであり、右の事由の存在が認められないときは、解雇権の濫用として、右雇い止めは無効というべきである。

二 そこで、債務者に、解雇が許される場合と同等の事由が存在するかどうかについて検討する。

1 疎明資料によれば、以下の事実が一応認められ、この認定を覆すに足りる的確な疎明資料はない。

(一) 債務者においては、パートキャディ一〇二名、ハウスキャディ三三名及び研修生一〇名をキャディマスターである小松崎が統括し、さらにこれを副支配人の八張高秀(八張という。)、支配人の徳永が順に統括する仕組みとなっていた。パートキャディは、四班に分かれ(一班三二名、二班三〇名、三班三一名、四班九名)、それぞれの班では班長が選出されて(任期一年)、上司である小松崎や、更には八張、徳永の指示を班員に伝えたり、または班員の要望を上司であるこれらの者に伝えることとされていた。(〈証拠略〉)

(二) 平成八年三月一二日午前一〇時ころ、パートキャディの第二班の班員である大井が、場内のエメラルド一五番ティーショット前において、客のゴルフバックをカートで運搬していたところ、左曲線にかかり、カートのスピードが出過ぎたまま急ハンドルを切ったため、路面段差によりカートが飛び上がって西村安広所有のゴルフバックを振り落としてしまい、右ゴルフバック及び右ゴルフバックに在中のクラブを破損する事故を起こした(〈証拠略〉)。

債務者社内では、キャディが客の所持物等を破損させてしまった場合は、まずキャディマスター室へ赴いてキャディマスターの小松崎に報告をし、「事故報告書」を記載して、上司である副支配人八張、支配人徳永に報告することとされており、これ以外に事故報告の手段はなかった(〈証拠略〉)。

そこで、大井は、同日、キャディマスター室の菊地紀美子を通して、キャディマスター室に事故発生届を提出し、その一報を入れた。同日は小松崎が出勤しない休場日で、翌一三日は大井が出勤しなかったため、大井が直接小松崎に口頭で右事故の報告をしたのは同月一四日になった。しかし、小松崎は、上司である八張及び徳永にこれを報告しなかったため、八張及び徳永は、右事故発生の事実を了知することができなかった。(〈証拠略〉)。

(三) 債権者は、平成八年四月一日、第二班の班長に任命されたが、班長は同時に安全衛生委員会の委員を兼ねることになっていた。同月一一日に開催された安全衛生委員会において、同年三月中に発生した事故の報告がなされたが、大井の事故についての報告がなかった。そこで、債権者は、小松崎が大井から報告を受けたにもかかわらず徳永及び八張に報告しなかったという処理について発言し、議題に取り上げてもらった。支配人の徳永、副支配人の八張は、大井の事故を初めて聞知し、徳永は、その席上、「会社では今までこういうケースは一切ありませんでした。大井さんのことは会社には報告がないので知りませんでした。」と述べ、この時点で初めて八張が大井を呼んで事実を確認することとなった。そして、徳永は、「このための保険があるので事実確認の上善処します。」と述べて、この問題を結んだ。しかして、右安全衛生委員会の議事の結果は、「お客様のかかわる事故物損があった場合は、その場でお客様と話し合いをせず、必ず事故報告を行うこと。物損の場合は保険等の適用もありますので、処理については相談すること。」と議事録に記載された。(〈証拠略〉)。

(四) 右の後、安全衛生委員会での指摘を受け、大井が作成した事故発生届及び業務部所属の菊地紀美子が作成した事故報告書が支配人の徳永に提出された(〈証拠略〉)。

(五) 債権者は、同月一七日、二班でのミーティングに先立ち、本件文書を二班の班員に配布した。また、二班のミーティング内容を報告するため、安全衛生委員会に出席していた他の班長及び支配人の徳永にも本件文書を交付した(〈証拠・人証略〉)。

(六) 同月一八日、債務者から大井に対し、右事故について三井海上火災保険株式会社に対して保険金の請求をするよう指示がされ、保険金の請求手続がとられた(〈証拠略〉)。

なお、債務者は、債権者はキャディ控室内に本件文書を掲示したと主張するが、本件文書がキャディ室内に掲示されていた事実について疎明はあるものの、債権者がこれを掲示したとの事実についてはこれを疎明するに足りる資料はない。

2 以上の事実関係に基づいて判断する。

(一) 本来キャディが事故を発生させた場合、キャディは、統括する立場にある小松崎に報告をした上、小松崎が徳永及び八張に報告することとされており、これ以外に報告の手段がなかったことは前示のとおりであるところ、大井が小松崎に報告をした事実は明らかであるが(〈証拠略〉)、小松崎が徳永及び八張に対して報告をしなかったことも認められる(〈証拠略〉)。そうすると、小松崎の取った処理は上司に事故報告をしなかったという点で正当ではない(小松崎の陳述書(〈証拠略〉)によれば、「事故日に大井さんがお客様に対し取った処理に沿ってそれを手助けする格好で処理手配を行いました。」「交通事故などで警察に届け出ずその場で示談を行う場合と似通う意味があるところから行ったものです。」と記載されているが、小松崎の陳述書二通(〈証拠略〉)のいずれにも正当な事故処理報告をしたとの記載はなく、むしろ安全衛生委員会で債権者から指摘を受けるまで事故処理報告がされていなかったと認めるのが相当であり、小松崎はなすべき正当な処理を行わず、かえって、なすべきでない不当な処理をしたものといわざるを得ない。)から、債権者が小松崎の対応を批判することになったとしても、債権者がキャディの班長と安全衛生委員会の委員を兼ねていることを考慮すれば、それは正当な業務の遂行を行うためのものである限りにおいて、何ら非難すべきことではない。

(二) そこで、債務者が主張する債権者の個々の行為について検討する。

(1) 債務者の主張(一)(越権行為)について

(証拠略)(徳永の陳述書)及び(証拠略)(八張の陳述書)には債務者の右主張にそう記載がある。しかし、その記載内容は、(証拠略)には、債権者に他の従業員の事故の件について話したいことがあったので社長室で八張同席の上で債権者に会って話をすることになった旨の記載はあるものの、債権者がしたと主張する発言の前後の状況、特に右発言に至る経緯の記載がない。徳永は、債権者に話したいことがあって会ったといいながら、誰のどのような事故について何を話すために会ったのか、そして、実際にそのことについてどのような話をしたのかを明らかにしていない。(証拠略)についても、「面談」の内容は「小松崎部長は上司としてふさわしくない。」「キャディマスターにしている会社はおかしい。」と記載されていて、その前後の状況は不明である。一方、右主張事実を否定する債権者の陳述書(〈証拠略〉)には、当日の昼休みに小松崎と話したという内容が詳細に記載されているほか、当日は徳永とは話をしていないと記載されているところ、右説示の事情からすると、(証拠略)及び(証拠略)の各陳述書の記載を、債権者の右各陳述書の信用性を排斥してまで、そのとおりには採用することはできない。なお、仮に債務者主張のとおり債権者が徳永に直接小松崎に関して上申した事実が認められるとしても、債権者の直接の上司である小松崎がした措置についての上申であるから、事の性質上小松崎本人に対して述べることにも限界があり、小松崎の直接の上司である八張及び徳永に対して上申するということもやむを得ないものということができ、これをもって直ちに越権行為と評価することはできない。この点に関する債務者の主張は理由がない。

(2) 債権(ママ)者の主張(二)(専断行為)について

「専断行為」とは、他の判断権者の意見を聞き入れず、自らの意見のみで勝手に物事をとりはからう行為を指すものであると解される。ところで、疎明資料中には、債権者は極端な意見主張が多く、一方的な意見を述べて他の班長の意見を聞こうとしないため話し合いとならないことが多かった等の内容の陳述書(〈証拠略〉)がある。しかし、そのうちの(証拠略)の陳述書は、極めて抽象的に述べるのみで具体的事実の記載がないし、(証拠略)の陳述書は課長の地位にある鈴木悟がキャディ班長やキャディから聴取した伝聞事項を記載したものであるところ、聴取した相手方の氏名も特定されていないし、その内容も平成八年四月一七日の件を除いては特定性を欠き、これをそのまま採用することができない。さらに、(証拠略)に記載された平成八年四月一七日の件が事実として存在したとしても、その点をとらえて、債権者に就業規則五八条三号所定の「専断の行為」ということはできない。この点に関する債務者の主張は理由がない。

(3) 債務者の主張(三)(専断行為及びビラの配布行為)について

債権者が配布した本件文書は、「4/17(水)2班ミーティング 場所・食堂」という標題の文書で、先ず「◎連絡網の件」の項目のもとに、連絡網を使って連絡する場合に連絡が途切れてしまわないようにするために工夫すべきことが記載され、次いで「◎無線連絡の際の注意」の項目のもとに、無線連絡をする場合に、客にも聞こえるから客に不愉快な思いをさせることもあるので不用意なことを言わないよう注意すべきことが記載されている。そして、最後に「◎事故発生の場合の対応の仕方(大井さんの件)」の項目のもとに、事故が起きた場合に、キャディが会社に事故の報告をしていないと会社としても対応ができず困るし、客にも迷惑をかけるので、安全衛生委員会の報告にもあるように、必ず事故報告をすべきこと、今回のように事故報告書の提出が妨げられるような場合は、直接総務に相談して欲しいとのことなので、会社や客に迷惑をかけないよう対処すべきこと、今回の大井の件については、事故報告書の提出は当然にしなければならないことなので「蒸し返し」などの非難は当たらず、大井の件は現在(保険金請求の)手続が進められていること、たとえ上司のしたことでも悪いことは悪いときちんと指摘すべきで、事故報告書を提出させずに不祥事をもみ消してしまったプロの態度は謙虚に改められるべきである旨が記載されている。本件文書の右記載内容からすると、本件文書は、パートキャディ二班のミーティングを行うに当たり、債権者がミーティングの内容の理解を容易にし、かつ、その趣旨を徹底させるために、債権者の創意工夫により私的に作成した業務執行のための補助文書ともいうべきものである。

ところで、使用者がその雇用する労働者に対して課する懲戒は、企業秩序を維持確保することにより、企業の円滑な運営を可能にするための制裁罰であるから、債務者の就業規則により、許可のない配布が懲戒事由とされる「ビラ類」とは、それを放置するときは企業秩序の維持確保を困難にする内容のものをいうと解するのが相当である。これを本件文書についてみるに、本件文書は債権者の業務執行のための補助文書というべきものであるから、就業規則五八条一五号所定の「ビラ類」に当たるとはいえない。

なお、本件文書中には小松崎のとった処置を批判する文言もないではないが、これは、二班の班員である大井の事故について小松崎により事故報告手続がとられなかったことが安全衛生委員会で議題とされ、その結果事故報告の必要性が再確認されたことから、あくまでも事故報告の徹底を図るために一つの例を挙げたものということができるのであって、しかも、「プロの処遇については会社が考えて下さるとのことなので、円満に解決の道が開かれることを期待したいと思います。」という件は、徳永が安全衛生委員会で述べた「このための保険があるので事実確認の上善処します。」ということを右のように表現したにすぎないと認められるから、これをもって小松崎個人に対する中傷であるとか、事実に反する記載であるとまではいえない。

そして、本件文書が二班の班員のほか、一班、三班及び四班の各班長並びに徳永に配布されたことは前記のとおりであるが、二班の班員に配布したのは正当な業務行為であり、安全衛生委員会の委員を兼ねる他の班長や上司である徳永に対して配布した行為も注意喚起の実践例の報告というべきものであって、非難するに当たらない。

なお、債権者が本件文書をキャディ控室に貼った事実の疎明がないことは前記のとおりである。

更に、債務者は、本件文書の配布及び掲示をもって就業規則五八条三号にいう専断行為があったとも主張するが、前説示から明らかなとおり、採用の限りではない。

よって、この点に関する債務者の主張は理由がない。

(4) 債務者の主張(四)(ビラの配布行為)について

債務者は、債権者は平成八年四月一七日以降に会社批判や上司批判をしたビラを配布したと主張するが、配布の事実についての明確な疎明はなく、「ビラ」の内容も抽象的にとどまることに、債務者が雇い止めの事由を明らかにした債務者の債権者に対する平成八年一二月一六日付回答書(〈証拠略〉)には、右主張事実が雇い止めの事由として挙げられていないことを併せ考慮すると、右事実の存在についての疑問を払拭することができない。この点に関する債務者の主張は理由がない。

(三) 以上のとおり債権者に懲戒の事由に当たる行為があったとの債務者の主張は理由がない。なお、債務者は、本件において、雇い止めの正当な理由として、債権者にいわゆる通常解雇の事由があったとの主張をしていないが、この点について若干付言する。本件に顕れた事情によると、債権者は、正邪の区別をはっきりさせ、正しいことは正しい、悪いことは悪いとはっきり物をいう性格であることが窺える。したがって、それだけに、他の者の目には協調性に問題があると映ったり、他との融和に欠けると受け取られたり、感情的な言動があると評される場合もあるやもしれないところであるが、仮に、そのような事情が認められたとしても、そのことのみでは債務者の業務が阻害されたり、債権者がキャディとして不適格であると認むべき事情がない限り、普通解雇の事由ともなし得ないものである。

3 よって、債務者がした債権者に対する雇い止めは、その正当な理由を欠くものであって、解雇権の濫用というべく、無効である。したがって、債権者と債務者との間の雇用契約は、有効に存続しているものというべきである。

三 保全の必要性

債権者は、夫及び長男と同居し、三人で生計を一にしているが、長男(資格試験受験勉強中)及び二男(二二歳)は無職で、夫の月収も手取りで二五万円程度であることが認められる(〈証拠略〉)から、本案判決の確定を待っていては償うことのできない損失を被るおそれがあり、賃金の仮払いの必要性が認められる。

上来説示のとおり、債務者による本件雇い止めは無効であり、債権者と債務者との間の雇用契約は有効に存続していると認められるが、小松崎の陳述書(〈証拠略〉)に、「私はこのような部下は今後、就労上、又他の同僚にも良い影響を与えないものと考え、契約期間満了時に退職してもらおうと考え、その旨徳永支配人に報告したものであります。」と述べられていることを考慮すると、債務者による本件雇い止めは、債権者と小松崎との間の大井の事故の処理をめぐるトラブルを決定的動機としてなされたものと推認されるところ、小松崎が債権者の直接の上司であることを考えると、債権者が雇用契約上の権利を有することを仮に定める旨の仮処分命令を得て現実に就労するとなると、労働の現場に困難が生ずる虞を否定し難いこと、右仮処分命令はもともと債務者の任意の履行を期待するものにすぎないこと、労働者の最も重要な権利は賃金請求権であるところ、賃金相当額の仮払いが命ぜられてこれが保全されていること等の事情を考慮すると、労働契約上の権利を有することを仮に定める旨の仮処分については、その保全の必要性を否定するのが相当である。

第四結論

以上の認定及び判断の結果によると、債権者の本件申立ては、債務者に対し、平成九年一月から本案の第一審判決の言渡しに至るまで、毎月二五日限り、平均賃金相当の一か月当たり二八万八一〇三円の仮払いを求める限度で理由がある(なお、賃金計算期間の始期は平成八年一二月一六日であるから、同日以降の分を仮払いすべきことになる。)から、その限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを却下することとし、申立費用の負担について民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 森髙重久 裁判官 島戸純)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com