大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)538号 判決

原告 有限会社 ビワコ

被告 株式会社 松喜屋 外一名

主文

被告等は原告に対し各自四〇万九、四七五円及びこれに対する昭和三三年七月一日以降右各完済迄年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告等の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り、被告等に対し各一〇万円の担保を供するときは、その担保の供与を受けた被告に対し仮りに執行することができる。

事実

第一、原告の申立及び主張事実

原告訴訟代理人等は、「被告等は原告に対し連帯して一五九万二、〇四四円、及びこれに対し昭和三三年七月一日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、次のとおり述べた。

一、原被告等相互の関係

原告は横浜市中区伊勢佐木町三丁目一〇六番地所在の建物(木造モルタル塗スレート葺二階建、建坪五三坪余、二階二五坪余、以下原告建物と言う)を所有者小田川合資会社より賃借しキヤバレー営業中のもの、被告松喜屋は原告建物の正面向つて右側(以下単に右側と言う)隣接地同町一〇五番地所在のビルデイングにおいて百貨店を経営中のもの、被告戸田組は建築業者で昭和三一年五月被告松喜屋より右ビルデイングの建築工事(以下本件工事と言う)を請負いその施工をなしたものである。

二、原告建物と本件工事との関係

本件工事の規模は鉄筋コンクリート造四階建ビルデイング(地下六米、地上一六米、地下一階六七三平方米、地上一階七六六平方米、同二階七六五平方米、同三階七七三平方米、同四階一〇八平方米)の新築で相当な大工事であり、工事の進捗状況は昭和三一年六月初旬基礎工事に着手し、土止め用シートパイルの打込み及び地下掘さくを同年八月一五日頃完了し、引続き基礎配筋、コンクリート打込み、シートパイル抜取りをなし、同年一一月頃竣工したものである。

原告建物はキヤバレー営業のため特別な内部造作を施したものであり、原告建物と本件工事現場のシートパイル打込み及び地下掘さく場所との間隔は僅かに一尺五寸で、双方敷地の境界線一二間全部に亘つていた。

三、本件工事による原告方被害事実

(一)  昭和三一年六月初旬着工よりシートパイルの打込み及び地下掘さく作業が進むにつれ、原告建物の敷地地盤が地下水の流出によつて次第に沈下し、同年八月頃には本件工事現場に接する部分が間口一〇間、奥行一間半、その面積約一五坪に亘つて建物中心部より工事現場に向つて傾斜状に沈下しその最深部は五寸から七寸に達した。

(二)  そのため原告建物は右側即ち工事現場方向に約一度五分傾斜し、敷地沈下部分の建物は浮動状態となつて床、造作、建物主体に多数の亀裂、破損、剥落及び軸組みのゆるみを生じ、そのままの状態では倒壊の危険を伴う程の損傷を受けた。

また沈下部分の床及びその上のボツクス二〇組(ボツクスは全部で四〇組)は著しく傾斜浮動し、顧客に不安定、不快、危険な感じを抱かせた。

そして右の状態は長く放置されていたが、昭和三一年九月一〇日、被告戸田組は折からの台風襲来による原告建物の倒壊をおそれて、同日と一一日の二日間に亘り応急の修理をなした(この間原告は休業した)が、右は単に建物内部の造作に対する応急修理及び建物倒壊の危険に対する臨時的予防措置をなしたに止まり、地盤沈下及び建物主体に対する根本的復旧工事はなされなかつた。

のみならず更にシートパイルの抜取り等に原因して再び地盤沈下が起り前同様な被害が原告方にもたらされた。

(三)  被告戸田組は昭和三一年六月中旬頃シートパイル打込み用モンケン(円筒状鉄製の錘約二〇〇貫)を原告建物に落下させ、屋根及び二階床を打抜いたためままます顧客に危険感を与えた。

(四)  本件工事は被告松喜屋において百貨店法の関係から一刻も早く工事を完成して既成事実を作る必要と歳末営業に間に合せる必要とから特に工事の進捗を急ぎ、所轄官庁の確認(昭和三一年八月末日になされた)を得る前に違法に着手されたもので、その施工は徹夜作業によつてなされ、基礎工事期間中原告方営業関係者及び顧客に著しい不快感を抱かせるような激しい騒音と振動を与えた。

(五)  以上のような本件工事に起因する原告建物の傾斜、浮動、損傷、モンケン落下、騒音並びに振動が原告方顧客に不快感、危険感を与えたことは言う迄もなく、その結果本件工事期間中原告方の顧客は激減し原告は得べかりし営業利益を失い、また建物修理費用の支出を余儀なくされ、後記(第五項)のような数額の損害を蒙つたのである。

四、被告等の有責事由

(一)  被告等の共同不法行為責任について

本件工事現場及び原告建物敷地一帯の地盤はいわゆる軟動帯に属し、このような地帯における鉄筋コンクリート高層建築の施工にあたつては、土止め用シートパイルの打込み、抜取り及び地下掘さくに伴う地下水流出による隣接地の沈下並びにそれに起因する地上建物の傾斜損傷倒壊等の被害発生は経験測上当然に予想されるところである。

従つて被告等としては本件工事施工について所轄官庁の確認を得、適切詳細な監督指導を受けた上、原告と被害発生の予防措置及び損害補償について協定をなし、少くとも原告建物について揚屋工事式根絡みの保護措置を講じた上で基礎工事に着手し、且つ右の根絡みはシートパイル抜取後地盤の安定が得られる迄これを保持すべきものであつた。

然るに被告松喜屋は前項(四)記載の事由から、また被告戸田組においても被告松喜屋の意を受けて、共々本件工事の進捗を急ぎ所轄官庁の確認をまたず違法に工事を開始し、原告建物に対する前記必要な予防措置を講ずることなく、単に土止め用シートパイルを打込んだだけで地下掘さく工事を進め、且つ徹夜作業によつてこれを行い、あまつさえモンケン落下事故を起すなど、不完全な工事管理のもとで本件工事を強行したため、原告方に前項記載の如き被害が生じたのである。

従つて被告等は共同不法行為者として本件工事により原告が蒙つた損害を賠償すべきものである。

(二)  被告松喜屋の工事注文者責任について

仮りに、被告松喜屋に共同不法行為者としての責任がないとしても、同被告は本件工事の注文書として所轄官庁の確認なきうちに、被告戸田組をして異常な突貫工事を強行せしめたのみならず、原告方に前記被害が発生するや、原告において被告松喜屋に対し被害予防措置を講ずるよう要請したにも拘らず、久しくこれを放置し、且つ被告戸田組に対してもその措置を講ぜしめることを怠り、よつて原告に後記損害を蒙らしめたものであるから、被告松喜屋は本件工事の注文または指図につき過失あるものとして原告の損害につき賠償の責に任ずべきものである。

(三)  被告等の工作物設置及び保存の瑕疵による責任について

建築工事現場において該工事のため掘さくされた土地、工事進行中の建築物、該工事に伴い設置された工事施設、これらの綜合一体的施設は民法第七一七条に言う「土地の工作物」に該当する。

そして本件工事のような市街中心地における大規模な高層建築にあつては、一般に隣接地居住者、建物所有者に対し地盤沈下、建物損壊、営業妨害等の被害を与える危険が常に内包されており、この被害の発生を予防するための適切な措置、保安設備は他の工事施設と一体をなすところの必要設備であつて施工にあたり当然に附置されねばならぬ性質のものである。

然るに本件工事においては適切な予防措置、保安設備がなされていなかつたのであるから工作物の設置保存に瑕疵があり、このため原告方に前項記載の被害が発生したのである。

被告戸田組は工事施工者であるから本件工事即ち工作物の占有者として、また被告松喜屋は本件工事の注文者、建築主であるから工作物の所有者としてそれぞれ責に任ずべきものである。

五、原告の蒙つた損害

(一)  得べかりし営業収益の喪失による損害

(1)  本位的主張

原告は本件工事当時従業員七七名を擁し多数の顧客を得て盛大にキヤバレー営業をしていたが、第三項(一)ないし(四)の事由により本件工事期間中(昭和三一年六月より同年一一月迄六カ月間)の営業荒利益(売上高より仕入高を控除したもの)は、前年度同期に比し別表(一)の如き減収となつて、その総額は一四一万二、三九四円に達した。

これは原告が被告等の本件工事によつて得べかりし利益を喪失した損害金である。

(2)  仮りに(1) の算出方法が適当でないとすれば原告は次のように計算する。

即ち一定規模の営業を維持するための経費(人件費等一般管理費)は特に営業規模を縮少または拡大しない限り概ね一定している。

そして営業純利益が前記荒利益より経費を控除した残額であるとして、これを原告の税務会計上の損益計算書に基き昭和三〇、三一の両年度につき計算すると次のようになる。

但し原告の属する同業組合の昭和三一年平均営業収益は対前年比二割増となつているから、もし本件工事による被害なくば原告においても当然同様の増収を得た筈である。よつて昭和三一年度の荒利益は昭和三〇年度荒利益の二割増として計算する。

なお原告方の会計年度は当年三月一日より翌年二月末日迄である。

(イ) 昭和三〇年度荒利益 九一二万四、三四六円

(ロ) 昭和三一年度荒利益見込み額 一、〇九六万一、一一八円

(ハ) 右両年度の経費合計 一、六五五万二、二六〇円

(ニ) 右両年度の一年平均経費((ハ)の1/2) 八二七万六、一三〇円

(ホ) 昭和三一年度の純利益見込み額((ロ)から(ニ)を引いた額) 二六八万四、九八八円

(ヘ) 本件工事六カ月分相当の純利益見込み額((ホ)の1/2) 一三四万二、四九四円

(ト) 昭和三一年度の原告純損金 一八万六、七四六円

(チ) (ヘ)期間中の純損金見込み額((ト)の1/2) 九万三、三七三円

(リ) 本件工事により原告の失つた営業純利益((ヘ)と(チ)の合計) 一四三万五、八〇〇円

本計算による右(リ)の金額は(1) の本位的主張の金額を上回つているから、なお(1) の損害額を主張する十分な根拠となし得るものである。

(3)  仮りに(1) 、(2) の算出方法が適当でないとすれば原告は更に次のように計算する。

即ち、原告が本件工事により直接顧客減少の影響を受けた最少限度の期間である昭和三一年六月より一一月迄とその前年である昭和三〇年度同期間との純益を比較すると別表(二)の如くである。

而して右純損益差額は昭和三〇、三一年度の営業実績が同一とした場合のものであるが、実際には前記の如くキヤバレー営業における昭和三一年度営業実績は一般に対前年比二割増となつており、若し本件工事による顧客減少がなければ原告においても当然に右二割の増収が得られた筈のものであるから、前記期間中原告の喪失した得べかりし営業利益は昭和三〇年度当該期間の純利益を二割増した額と昭和三一年当該期間の純損金との差額八二万八、〇四四円となる。

(二)  建物主体及び造作附属設備の補修による損害

被告戸田組は前記第三項(一)ないし(三)の被害につき同(二)記載の如き応急修理をなしたが、右修理のみでは爾後も、前同様の被害が継続的に発生し原告の完全な営業状態の回復は不可能であつた。

原告は建物所有者訴外小田川合資会社に対し賃貸借契約上建物及び造作につき修理義務を負担しているので、止むなく自己の出費で別表(三)記載の如き補修をなしたが、これは本件工事による原告方の損害である。

(三)  以上の理由により原告は被告両名に対し(一)により算出された得べかりし営業利益の喪失金と(二)の補修金及びこれらの合計額に対し本件不法行為の日の後である昭和三三年七月一日以降完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

第二、被告松喜屋の答弁

被告松喜屋訴訟代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。

一、請求原因第一項についてすべて認める。

二、同第二項について、本件工事の規模、着工及び竣工の時期を認める、原告建物と本件工事のシートパイル打込み、地下掘さく場所との間隔が一尺五寸しかなかつた点を争う、その余は不知。

三、同第三項について、

(一)は不知。

(二)のうち、昭和三一年九月一〇、一一の両日に亘り、その原因及び程度はさておき、被告戸田組が原告建物に修理を加えたことを認める、その余は不知。

(三)は不知。

(四)のうち、本件工事確認の日が昭和三一年八月三一日であること、被告戸田組が或る期間徹夜作業をしたことは認めるが、被告松喜屋が原告主張の如き理由によつて特に本件工事の進捗を急ぎ、被告戸田組をして違法な工事を強行せしめたとの点を争う。本件工事の確認通知書は着工より遅れて下付されたが、被告松喜屋は事前に所轄官庁の了解を得た上で本件工事に着手したのであるから何等の違法もなく、また本件工事の期間は近代の建築技術をもつてすれば十分にゆとりあるものである。また仮りに本件工事に原告主張の如き確認前着工の違法があつたとしても、それと本件損害の発生とは何等の因果関係もない。その余は不知。

(五)は不知。

四、同第四項について、

(一)の共同不法行為責任を争う。本件工事は専ら被告戸田組において施工したものであり、被告松喜屋は単なる注文者に過ぎない。従つて被告松喜屋には原告に対する何等の加害行為もないし、勿論被告戸田組と共同、共謀して加害行為をなした事実もない。

(二)の注文者責任を争う。被告松喜屋は本件工事に際し特に第三者に損害を加えることのないよう万全の注意を払い、そのため工事の請負契約において施工者たる被告戸田組と、第三者に対する損害発生の予防及び発生した損害の補償について詳細な取決めをなすと共に、専門家たる訴外創和建築事務所に工事の監理を委嘱した。従つて被告松喜屋は本件工事の注文について万全の注意を払つたものであり、また工事について指図をした事実は全くないから、注文者責任を負う理由はない。

(三)の工作物所有者責任を争う。本件工事による工作物はその完成引渡ある迄被告戸田組の所有に属するものである。従つて被告松喜屋は右工作物の所有者ではないから、完成引渡前の工事過程に発生した損害について何等の責任もない。

五、同第五項について、

(一)の得べかりし営業利益の喪失に関しては、原告がキヤバレー営業をしていたことを認める、本件工事期間中減収した点は不知、右減収が本件工事に起因する点は争う。

(二)の建物主体及び造作補修に関しては被告戸田組が昭和三一年九月一〇、一一の両日原告建物に修理を加えた点を認める、その余は不知。

第三、被告戸田組の答弁

被告戸田組訴訟代理人等は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。

一、請求原因第一項についてすべて認める。

二、同第二項について、原告建物と本件工事のシートパイル打込み、地下掘さく場所との間隔が一尺五寸しかなかつたとの点を争い、その余を認める。

原告建物の内部構造は〈1〉床はフローリング張り、〈2〉巾木は木製、〈3〉腰木製下地布貼、〈4〉壁ベニヤ板下地壁紙貼、〈5〉天井一部アコーステツクス、一部ベニヤ板下地ペンキ塗、〈6〉柱三寸角ベニヤ板(二・五粍)張紙貼、下は既に腐つていて、〈7〉土台は全然なく土の上にのせたままのバラツクである。

また原告建物(一部戸袋及び軒樋)は敷地境界線を越えて、被告松喜屋側に出ていた。被告戸田組はこの越境部分に迷惑にならぬようシートパイルを打込んだものであり、今となつてはその間隔は明らかでないが、地下室が境界より一米五〇以上離れているのであるからシートパイル打込み場所が境界より一尺五寸以上離れていること明らかである。

三、同第三項について、

(一)は最深部の深さを除きその余を認める。最深部は巾木一本位で三ないし四寸の沈下である。

(二)は原告建物に一部損傷があつたこと、被告戸田組が昭和三一年九月一〇、一一の両日これを修理したことを認め、その余を争う。

損傷の程度は建物の一部に亀裂、破損、剥落があつたのみで倒壊の危険はなく、また顧客に不安、不快、危険な感じを抱かせる程のものではなかつた。

予防措置については被告戸田組より事前にその旨申し入れたに拘らず、原告は裁判にするからと言つてこれを拒否し、昭和三一年九月に至り損傷が目立つようになつてからやつと修理を許可したのである。

なお被告戸田組は右九月の修理後においても更に二回原告建物について修理をしている。

(三)は争う。モンケン二〇〇貫が落下したらバラツクである原告建物の二階で止まる訳がない。床は損傷していない。

ただ昭和三一年六月下旬または七月下旬頃シートパイル打込みの二本子が支えのトラ綱がゆるんだため、原告建物の屋根にもたれかかり桁及び屋根の一部を破損したことはある。モンケンはワイヤーをゆるめて被告戸田組の根伐釜場に落下せしめ、右破損は即日修理した。

(四)のうち、着工当時に工事確認の有無は不知、徹夜作業は六月一五日から五〇日である。不快感を抱かせるような激しい騒音及び振動を与えた事実はない。

(五)は争う。

四、同第四項について、

(一)の共同不法行為責任を争う。

(1)  被告戸田組は本件工事の着工にあたり原告建物敷地の地盤沈下を虞れて、先ずシートパイルを敷地境界より約一米五〇離して打込み、更に掘さくに伴うシートパイルの傾斜を防止するため山留めをなした。これは現代建築における沈下防止の方法として唯一のものであり、他に方法はない。そしてこのようにするもなお掘さく工事の進捗に従つて隣地に地盤沈下が生ずるのは不可抗力である。

然し地盤沈下に伴う地上建物の傾斜損傷を喰い止めるためには養生、即ち鉄レールを地上建物の柱に結びつけこれを持ち上げておく方法、原告の言う揚屋工事式根絡みと同一の予防措置が残されている。そしてこの養生を施すためには地上建物が養生に適する堅固なものであることと共に地上建物の所有者及び使用者の協力が必要不可欠である。

然るに本件にあつては、原告建物がバラツクで土台を支える基礎工事が全然なく、三寸五分角程度の材木を直接地面に据付けてこれを土台としたため、この土台及びその上の柱が全部腐り果て養生が不可能であつた。そして強いて養生をなすためには少くとも原告の協力の下に、原告建物の内外から、且つ土台より三・四尺位の高さのところの全部を取毀した上これをなすの外なかつたのであるが、原告は建物が借家であること、営業上支障あることを理由にこれを拒絶した。

そこで被告戸田組としては被害の発生を最少限に喰い止めるため、右養生を原告建物の土台から三尺高位のところに外部からだけ施したのである。

次にシートパイル抜取後の沈下については最善の方法である砂水じめをもつて沈下防止の手段を尽した。

以上のように被告戸田組としては本件工事にあたり建築業者としてあらゆる被害発生の予防措置を講じ注意義務を完全に尽したもので何等の過失もない。従つてその敷地地盤が或る程度沈下したことに伴い原告建物が一部損傷したことは全く不可抗力の結果である。

(2)  仮りに被告戸田組に本件工事施工上の過失があるとしても、原告建物に生じた傾斜、損傷は、原告建物に基礎コンクリートがなく土台が腐蝕していたこと及び原告が被告戸田組の申入れを拒否し原告建物に養生をさせなかつたことに起因するから、右の事実は本件損害額の算定について斟酌されるべきものである。

(3)  また本件工事は被告松喜屋がその設計及び監理を訴外創和建築設計事務所に委嘱し、被告戸田組は右事務所の作成した設計図その他詳細な立案に基き且つ同事務所の監督の下に忠実に本件工事の施工をなしたものであり、被告戸田組には自己の計画に基きその裁量に従つて仕事を完成すると言う請負人としての独立性は全くなかつた。

従つて被告戸田組には工事請負人と言う名称はあつても、その実体は全く訴外創和建築事務所(従つてまた被告松喜屋)の指揮監督の下に仕事を進めたもので単なる被用者に過ぎず、若し本件工事施工に過失がありその結果原告方に被害が発生したとしても、その責はすべて本件工事の設計及び監督をなした使用者としての被告松喜屋において負うべきものである。

(三)の工作物占有者の責任を争う。既に述べたとおり被告戸田組としては本件工事につき可能な範囲の被害予防措置を講じていたから何等の瑕疵もなく、また損害の発生を防止するに必要な注意をなしたものであるから、たとえ瑕疵があつたとしても工作物占有者としての責任はない。

五、同第五項について、

(一)の得べかりし営業利益の喪失については原告がキヤバレー営業をしていたことを認めその余を争う。

本件工事が原告方に影響を及したのは昭和三一年六月より八月迄の間である。工事完成は同年一一月であるが九月以降はいわゆる仕上工事に属し原告の営業に何等の関係もない。

昭和三一年度の営業実績が対前年比二割増であるとの主張は仮りにそれが真実であるとしても被告戸田組の予見し得るところでない。

(二)の建物主体及び造作補修に関しては被告戸田組が原告建物を修理した点を認めその余を争う。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告戸田組が被告松喜屋より原告主張の如き規模のビル建築工事を請負い、昭和三一年六月初旬頃原告建物の正面向つて右側隣接地において工事を開始し同年一一月頃これを完成したことは当事者間に争いがない。

そして原告と作成者たる被告戸田組との間において成立に争いなく、その故被告松喜屋との間においても成立を認める甲第一四号証及び証人鈴木三郎の証言によると、本件工事は昭和三一年六・七月に地階根伐を、八月に地階コンクリート打を、九月に一・二・三階コンクリート打を、一〇月より一一月一五日迄仕上工事を行いもつて竣工に至つたこと、また証人馬場先俊雄の証言及びそれにより成立を認める甲第一号証の一によれば、右地階根伐工事は原告建物基礎線より約一尺五寸の箇所に双方敷地の境界線一二間全部に亘つてシートパイルを打込んだ上、地下三・三間(六米)の深さに迄掘り下げて行われたことが認められ(但し右事実のうち境界線一二間全部に亘つてシートパイル打込み、地下掘さくが行われたことは被告戸田組の認めるところである)、また原告建物が双方敷地の境界線を被告松喜屋側に越えていたと認むべき証拠は全くない。

次に証人小田川金之助の証言によれば、原告建物は昭和二一年焼跡整地に建てられたもので、原告と被告戸田組との間において成立に争いのない丙第一ないし第三、第六、第七、第一〇号証及び証人建部薫一の証言によると、本件工事開始当時における建物の状況は、基礎コンクリートが施されておらず布石を敷いた上に土台柱を置いたバラツク建で、土台及び主柱の下部並びに床板の一部は腐蝕し、内部はキヤバレー営業用の造作がなされているけれども、壁仕切りはベニヤ板に紙、布貼り、床は縁甲板で、天井は吸音テツクスを貼つたものであることが認められる。

二、ところで、その程度及び有責事由の有無についてはさておき、被告戸田組のなした本件工事の地下掘さく作業に起因して原告建物敷地の地盤が沈下しそのため原告建物に傾斜損傷を生じたことは被告戸田組の認めるところで、この事実と証人建部の証言により、本件現場及び原告建物敷地一帯は、工事関係者間でヘドロと称する軟弱な地盤であつたことからグラウトと言う土壌固定法がとれず、そのため掘さくに伴う地下水の漏出を防ぐセクシヨンの噛合つたシートパイルを打込み且つ土圧によるシートパイルの傾斜を防ぐため山留め工事をなしたが、シートパイルの下から生ずる湧水を防げず原告建物敷地の地盤が昭和三一年七月頃から次第に沈下し建物に傾斜損傷を生じた事実を認めることができる。

三、そして前掲甲第一号証の一及び証人馬場先の証言によると、昭和三一年八月一五日当時における右地盤沈下及び建物の傾斜損傷は次のとおりであつたと認める。

(1)  地盤沈下の状況は原告主張のとおりで、正面間口二間半の原告建物のうち約半分以上が沈下した(この認定に反する証人建部の証言は措信しない)。

(2)  右地盤沈下によつて建物右側側柱及び内部右側円柱が土台と共に不均等に沈下し、建物全体が右側に約一度五分傾斜し、建物のうち地盤沈下部分は浮動状態となり、前記認定した建物土台及び柱下部の腐蝕状況を併せ考慮すると、建物倒壊の危険を感ぜられたと推認される(この認定に反する証人建部の証言は措信しない)。

(3)  右傾斜に伴い建物全体に不均等なゆがみを生じ、そのため建物主体及び内部造作の多数箇所に種々の損傷を生じたであろうことは想像に難くないが、果して如何なる場所に如何なる損傷を生じたものかわ甲第一号証の一添付の写真(1) 、(2) 、(6) ないし(13)によつて、右側外壁モルタルの破損(右写真(1) 、(2) 以下単に数字のみを示す)、正面玄関内外部土間タイル張りの亀裂((6) 、(7) )、正服玄関出入口円柱とカウンター天板の離脱((8) )、客席附近床板の喰い違い((9) )、客席円柱及び中央円柱附近天井のゆがみ及び軸組みのゆるみ((10)、(11))、便所タイル張りの亀裂((12))、中央客席附近壁のひずみ((13))を確認し得るのみで証人高柳信子、伊藤秀雄の各証言並びに原告代表者尋問の結果によつてもその余の具体的な損傷の部位、程度を確認し得ない。

なお建物正面モルタル壁の剥落((5) )が本件工事によつて生じたものでないことは、原告と被告戸田組との間において成立に争いのない丙第八号証と対照すれば明らかである。

(4)  以上認定した被害事実は甲第一号証の一添付の写真(1) によつて明らかなようにシートパイル抜取り前に発生したものであるが、原告はシートパイル抜取り後においても更に右抜取りに起因して再び地盤沈下及び建物の傾斜損傷が生じた旨主張する。

然し、証人建部の証言によると被告戸田組はシートパイル抜取り後の地盤沈下を虞れて抜取り箇所に砂利及び砂を水と共に注入する砂水じめの方法をとつて沈下を防止していたことが認められるので、同証人の供述するように多少の沈下はあつたかも知れないが、それによつて原告主張の如く前同様の被害が生じたものとは認むべくもない。

四、更に本件工事による被害事実としては、証人伊藤、高柳の各証言及びそれによつて成立を認める甲第二号証の一、二並びに原告代表者尋問の結果を綜合すると、本件工事のシートパイル打込作業中は相当程度の振動及び騒音があり、六月一五日より五〇日間に及ぶ徹夜工事がなされたことは被告戸田組の認めるところであり、また六月中旬頃の或る朝(営業時間外)シートパイル打込みの二本子が労働者の過失によつて原告建物に倒れかかり、モンケンが屋根及び二階床を貫通し、更に七月頃から始つた地盤沈下によつて浮動状態となつた部分の床及び客席が傾斜したため営業のダンスに支障を生じ、所によつてはテーブル上のビールが横滑りし、また便所排水管の故障によつて汚水が滲み出るなど、顧客に不快な感情を与えるような出来事が連続して起り、顧客が減少した(この点については更に後述する)との事実を認めることができ、右認定に反する証人建部のモンケン落下に関する証言は措信できず、その余の認定事実についてはこれを覆えすにたりる証拠はない。

五、ところで第三項(3) において認定した建物被害について、それが臨時応急のものであつたかどうかについてはさておき、被告戸田組が昭和三一年九月一〇、一一の両日に亘つて修理を加えたことは当事者間に争いがない。

原告と被告戸田組との間で成立に争いがない丙第四、五号証、証人建部の証言及び原告代表者尋問の結果を綜合すると、被告戸田組は右の両日に亘り建物の傾斜を補修し倒壊を予防するため、建物の外から鉄レールを側柱に結びつけこれを持上げる措置を講じ、且つ正面玄関内外のタイル、便所のタイル等について修理をし、更にその後同年一一月から一二月頃迄の間二回に亘つて土台の取換、根継、大引ねだの取換、床の修理、天井全部の張換、正面外壁モルタル塗の修理、便所排水管の修理等を加えたが、建物主体の傾斜については原告建物が前認定の如きバラツク建であつたため完全に復旧することはできなかつたけれども、目測したところでは殆んど傾斜を感じない程度に修復したことを認めることができ、原告代表者尋問結果中右認定に反する部分は措信しない。

六、以上認定した原告方被害事実につき果して被告等に有責事由があるかどうかについて判断する。

一般に、顧客の来集を目的とするキヤバレー営業にあつては、営業建物の隣接地において相当規模の高層建築工事がなされた場合、その工事による騒音、振動、塵埃、土砂及び資材の搬出搬入、工事関係車輛の出入等が顧客の来集に好ましくない影響を与えるであろうことは容易に推認し得るところであり、更に被害の程度が進み営業建物自体が地盤沈下によつて傾斜損傷するに至つてはますます顧客の来集に甚大な悪影響を及ぼし、顧客の減少従つてまた営業利益の減少と言う営業上の大きな負因となるであろうことは、より一層大きな蓋然性をもつてこれを推認することができよう。

本件においても原告が前認定した騒音、振動、建物の傾斜損傷によつて、それが何程の額であるかはさておき、得べかりし営業利益の喪失及び建物補修費の支出と言う損害を蒙つたことは明らかであるが、被告等は右損害発生の有責事由についてその主張の如き事由をもつて争うので以下この点について検討する。

先ず騒音、振動の点についてみるに、本件工事現場である伊勢佐木町通り一帯が横浜市内においても屈指の繁華街であることは公知の事実であり、このような場所において本件規模の如き高層建築工事をなす者が、近隣の居住者営業者に迷惑をかけないよう万全の注意を払つて工事をなすべきことは勿論であるが、該工事の規模及び現場の状況に適した工事技術を駆使してもなお且つ避けることのできない騒音、振動が生ずるのもこれまた止むを得ないものであり、このような騒音、振動についてはそれが健全な社会通念に照らし、その期間及び程度からみて認容すべきものと認められる限度を越えない限り、附近の居住者営業者に影響を及ぼすことがあつても、ただちにこれを不法な侵害行為ということができないことは多言を要しない。

ところで本件にあつてはシートパイル打込み作業中相当程度の騒音、振動があつたことは前認定のとおりであるが、それが果して前示認容すべき限度を越えていたものかどうかについては確たる証拠がなく、不明と言うの外ない。単にうるさくて眠れないとか地震のようであつたとか言う漠然とした感じだけでは違法性存否の判定ができないのである。従つて原告は右騒音、振動による顧客減少を理由にその損害の賠償を請求し得ない。

次に原告建物の傾斜損傷についてであるが、本件工事に基因する前認定の如き程度の傾斜損傷が生じた以上、それが原告の認容すべき限度を越えていたことは明らかであるから、以下その原因となつた本件工事施工について被告等に故意過失があつたかどうかを審究する。

およそ隣接建物に近接して高層建築工事に伴う相当規模の地下掘さくをする場合、地盤が特別に堅固であれば格別然らざる場合は、屡々隣接土地の地盤が沈下しそのため地上建物に傾斜損傷が生ずるであろうこと、また地盤沈下が生じても、地上建物について事前に適切な補強工事を施しておけば、地盤沈下に伴う建物の傾斜損傷を未然に防止し得るであろうことは、特に建築についての専問的知識経験をまつ迄もなく何人も容易に予見することができる。

本件にあつても、附近一帯の地盤が前認定のとおりの軟弱なものであつて、その工事規模及び原告建物と地下掘さく場所との位置関係よりして、地階根伐工事の進捗に伴い原告建物敷地に地盤沈下が生ずるであろうこと、その故に建物に対する事前の補強措置が必要であつたことは、被告等において当然これを予見していたものと言うべきであり、仮りに予見していなかつたとしたらその点において過失を免れない(被告等の答弁自体に徴しても被告戸田組が右予見を有していたことは明らかであり、被告松喜屋についても右予見ができなかつたと認められる事情は立証されていない。)

従つて被告等としては、仮りに本件の地盤沈下が不可避的なものであつたとしても、何故原告建物に対し事前の補強措置を講じなかつたのかについて自己に故意過失がなかつたことを主張立証しない限り、工事注文者、施工者として本件工事によつて生じた原告方被害についてその責を免れないものと言うべきである。

(一)  この点について被告戸田組は同被告の答弁第四項(一)の(1) 及び(2) 記載の如く事前に補強措置が講ぜられなかつたのは原告の責に帰すべきものと主張するが、証人建部の本件工事前建物所有者及び原告の双方に対し養生の申入れをなしたが拒否されたとの証言は証人小田川、伊藤の各証言並びに原告代表者尋問の結果に比照しにわかに措信し難く、他に被告戸田組の事前の養生申入れに関する主張を立証するにたりる証拠はない。

むしろ右各証言並びに原告代表者尋問の結果を綜合すると、被告戸田組が原告建物の養生について申入れをしたのは、前認定のように昭和三一年七月頃から生じた地盤沈下とそれに伴う建物の傾斜損傷が次第に顕著となつた八月中旬から九月初旬のことであり、右養生及び修理が九月一〇、一一日に至つて初めて行われたのはその間原告と被告戸田組との間において建物養生及び修理期間中の原告方営業補償について話合いがつかず、結局双方共成立に争いのない甲第二〇号証の一ないし三によつて明らかな台風襲来によつて原告建物に一層の被害が加わることを虞れ、右二日間に養生と共に暫定的補修をなし、その後も二回に亘つて前認定のような修理を加えたものと認定できる。

また建物がバラツク建で基礎コンクリートがなく土台及び柱下部に相当な腐触を生じていたことは前認定のとおりであるが、これをもつて当初の養生を不可能にするほどのものでないことはその後養生がなされたこと自体によつて明らかであり、また、それが原告建物の傾斜損傷の度をたかめる一因をなしていることは容易に推認できるが、前認定の如き建物被害は主として被告戸田組が当然なすべき事前の補強措置を怠つたことに起因するから、損害額の算定につき斟酌すべき筋合のものではない。

更に被告戸田組の答弁第四項(一)の(3) の主張は証人鈴木の証言とそれにより成立を認める乙第一号証の契約書によつて明らかなとおり、被告戸田組において被告松喜屋の委嘱を受けた訴外創和建築設計事務所の監理の下に工事を進めていたに違いはないが、第三者に対する被害予防につき具体的に如何なる措置をとるべきかは被告戸田組の裁量に委ねられており、然も同被告が原告建物に対する事前の補強措置を怠つたことは前認定のとおりであるから主張の如き理由によつてその責を免れ得るものではない。被告戸田組がその主張するように創和建築設計事務所の指揮監督の下に入つて全工事を行つたと認められる証拠はない。工事の監理をもつて工事の指揮監督と同視することは許されない。

(二)  次に被告松喜屋の共同不法行為責任については、原告主張の如き違法工事共謀の事実もなく、また被告松喜屋が工事施工それ自体を被告戸田組と共同して行つた事実もないので共同不法行為責任を負うべき理由はない。

注文者責任の点については前掲乙第一号証及び証人鈴木の証言によつて明らかなように、被告松喜屋と訴外創和事務所との関係は本件工事の設計監理を委任(準委任)したものであり、且つ右鈴木の証言によれば右事務所は本件ビルデイングの設計にあたり地下室左側の壁の中心線を原告建物敷地より一米四〇離すことによつて原告建物に対する影響は避けられるものと軽信し、施工者たる被告戸田組が地下掘さくにあたり原告建物について具体的に如何なる被害予防措置をとりまたは採ろうとしているかについて何等の注意をも払わなかつたことが明らかであるから、これはまさしく代理人たる訴外事務所の工事指図についての過失であり従つてまた本人たる被告松喜屋の過失である。

なお被告松喜屋が被告戸田組との間において第三者に対する被害の予防及び補償につき特約を結んでいたとしても、それは単に被告等間の内部関係に過ぎず、第三者たる原告との関係において被告松喜屋の注文者責任を免れしむるものではない。

七、よつて以下前認定の被害によつて原告方に生じた損害の額について検討する。

(一)  得べかりし営業利益の喪失について、

原告が本件工事の前後を通じ原告建物においてキヤバレー営業をしていたことは当事者間に争いがなく、原告の昭和三〇、三一年度(一年度は当年三月より翌年二月迄)における営業実績が原告主張のとおりであることは、証人山口延雄の証言によつて成立を認める甲第四号証の一ないし四、第一七号証の一ないし四、被告戸田組と原告との間において成立に争いのない丙第一二号証によつて明らかである。

ところで原告は本件工事の全期間即ち昭和三一年六月より同年一一月迄の顧客減少による得べかりし営業利益の喪失すべてについてその賠償を求めるものであるが、前項において述べたとおり騒音、振動による顧客減少については賠償を求め得ぬものであり、また営業時間外におけるモンケン落下事故が顧客減少について具体的に如何なる影響を及ぼしたか証拠上不明なので結局原告が被告等に対し賠償を求め得るのは前認定の如く地盤沈下、建物の傾斜損傷が生ずるに至つた昭和三一年七月以降右傾斜損傷が修理されたとき迄となる。

また右七月以降原告の主張する一一月迄の減収がすべて本件工事に起因するものかどうかは明らかでないが、営業建物に前認定の如き傾斜損傷が生じた場合顧客減少を来たすであろうことは相当高い蓋然性をもつて推認し得ること前項に述べたとおりであるから、被告等が特に反証を挙げて建物の傾斜損傷以外にも顧客減少の事由があつたことを立証しない限り、右期間中における減収は結局本件工事に起因する顧客減少の結果と認定する外ない。

この点について被告戸田組は、昭和三一年九月以降はいわゆる仕上工事に属し原告方の営業に関係ない旨主張するが、前認定のとおり仕上工事は一〇月以降のことであり、また原告方の顧客減少は建物の傾斜損傷に起因するもので、然も九月一〇、一一日の修理が応急的なもので更にその後一一月から一二月頃迄の間二回の修理を必要としたのであるから、結局被告等は昭和三一年七月から一一月迄の間における原告方の顧客減少による得べかりし利益の喪失額全部について損害賠償の責任があると言わねばならない。

そして右の得べかりし利益とは、昭和三一年七月より一一月迄の間、原告において若し本件工事による顧客減少がなければ得たであろう営業純利益予想額と、右期間内に現実に生じた営業損益との差額である。原告は右得べかりし営業利益の算出根拠としてその主張の如き(1) ないし(3) を挙げるが、(1) は経費を控除していない粗雑な点において、(2) は各月の売上、仕入、経費に具体的な差があることを無視している点において、(3) は純利益予想額として単に前年同期の数額を挙げるのみで、これが偶然の事情によつて影響をうけない、安定した純利益であるかどうか不明である点において、いずれも採用の限りでない。原告は本件被害当時は前年度より二割増の純利益を得ることができたと主張するが、この点に関する証人伊藤秀雄、原告代表者の各供述は信用するに足らないし、甲第三号証の一によつて認められる昭和三一年度とその前年度の原告売上高中、被害のなかつた三、四、五月分のそれを対照してみると、到底そのような増加を認めることはできない。

このように、原告の得べかりし営業純利益の全額が何程であるかについては本件全証拠によつてもこれを確定し得ないが、ただ原告代表者尋問の結果によると、原告方の前数年度における七月から一一月迄の平均営業実績が少くとも損金を計上するようなものでなかつたと認められるので、原告が右期間中に蒙つた得べかりし営業利益の喪失額としては、結局前掲甲、丙号証によつて明らかな右期間中の現実の純損金四〇万九、四七五円のみしかこれを確定し得ない。

(二)  建物主体及び造作附属設備の補修費について

別表(三)〈省略〉の支出についてはそれが果して本件工事に起因するものかどうか時期的に不明な点が多く、然も甲第一七号証の一ないし四に明らかな原告方の恒常的な修理費、装飾費から推測しても原告方には別表(三)記載の如き内容の造作附属設備の補修改造の必要は常に生じていたものと認められ、結局別表(三)の支出についてこれが被告等の責に帰すべきものとは認め難く、この認定に反する原告代表者尋問の結果は措信しない。

八、以上説示のとおり本訴請求は原告が得べかりし営業利益の喪失に対する損害賠償として被告等に対し各自四〇万九、四七五円及び右損害金発生の日の後である昭和三三年七月一日以降完済迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度において正当であるが、右限度を越える部分は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治 後藤文彦 井野場秀臣)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com