大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

横浜地方裁判所 昭和33年(わ)1183号 判決

被告人 田口明男

主文

被告人を無期懲役に処する。

領置にかかるフレンチナイフ一挺(昭和三三年地領第五一五号の九)及び青色サングラス一個(同号の一一)はこれを没収する。

領置にかかる女物白ダスターコート一着(同号の七)及び女物金色腕時計一個(同号の八)は被害者池谷梅子の相続人にこれを還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は横浜市保土ヶ谷郵便局員をしていた田口欣三の長男に生れ、両親に養育されて生長し、同市保土ヶ谷区星川小学校を経て昭和二八年三月同区宮田中学校を卒業したが、これより先、同二六年一一月頃父が病気のため失職してからは、母姉達の働きにより、ようやく家計を支えて来たため、被告人も同中学校卒業後は、直ちに同市西区藤棚町所在の堀田工業所に熔接工として雇われ、その後数ヶ所の鉄工所等を転々として替り、或は中華料理店の出前持をしたこともあつたが、いずれも永続きせず、その間二回にわたり雇主の金員を拐帯横領し、そのため同三〇年三月一四日横浜家庭裁判所において保護観察処分に付せられたこともあり、更に同三一年一〇月同市所在の一家商事会社に自動車運転手として雇われたが、同所も同三三年六月に辞め、その退職金を持つて一〇日間程関西方面に旅行してこれを費い果し、爾来失業保険の給付を受けながら無為の日を送り、生計の維持に日夜働く母姉達の手前、肩身のせまい毎日を過しているうち、偶々同年八月一日職を探しに川崎市へ出たが、その目的も果されなかつたところから、空巣を働いて金銭を得ようと考え、翌二日午前八時頃、前日川崎市役所前の金物店で買い求めた刃渡約一二糎のフレンチナイフ一挺(昭和三三年地領第五一五号の九)を施錠を破壊するに用いる目的で携え、肩書自宅を立ち出で、徒歩で空巣に入るに適当な家を物色しつつ横浜市内井土ヶ谷、弘明寺、日野町、笠間切通しを経て大船方面に向い同日正午近い頃同市戸塚笠間町に出で、附近のいたち川土手の藪中において空腹をいやすため、路傍の畑から手に入れたトマトを食べながら休んでいた際、偶々その前方約一五〇米位先の通称岩崎山の中腹に、ただ一軒建つている同町一六三六番地池谷国和方の新築家屋のあるのに気付いたが、同家は附近の人家より離れ且つ一見金もありそうで空巣に入るには格好の場所と思い、同家に忍び込んで金品を窃取しようと企て右いたち川の土手を伝つて同家北側崖下の田圃道に至り、更に高さ約九・七米の崖上によじのぼり、同家物干場裏の藪中に身をかくし屋内の様子を窺つたところ、人の気配がするので、昼食近くでもあり家人が買物にでも外出することを予期しながら、同所において約三〇分位同家の留守になるのを待つたが、家人が外出する模様もなく、遂に焦燥の感に堪えかねた結果、一層家人を脅かしてでも金品を奪取しようと決意するに至り、同日午後一時頃右藪中において所携の手拭(前同号の一)で覆面し、更にサングラス(前同号の一一)を掛け、前記フレンチナイフを右手に持ち右藪中より出で、勝手口より同家に忍び込もうとしてひそかに同家裏手に廻り、その勝手口に至りたるところ入口の戸は開いており、しかも直ぐ間近の勝手流し場で前記池谷国和の妻梅子(当時二五年)が入口に背を向け、立つて台所仕事をしているのを認めたため、被告人は突嗟に寧ろ金品を奪取するためには同女を殺害するもやむなしと決意し、直ちに右勝手口より土間に侵入するや、矢庭に同女の背後より前記フレンチナイフを以つて同女の背部を一回突き刺し、これに驚いて被告人の方を振り向いた同女の胸部を続けざまに三回突き刺し、同女が悲鳴をあげて倒れるや両手でその頸部を扼し、因つて同女の心臓を貫き大動脈を切截し胸椎に達する左胸部刺創等の傷害を与え、該刺創による大出血により即時同所において同女を死亡せしめたうえ、屋内を物色し、洋服箪笥等より右池谷国和等所有の背広服上下等五点(時価合計約金二八五〇〇円相当)を強取したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為中住居侵入の点は刑法第一三〇条、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号に、強盗殺人の点は刑法第二四〇条後段に該当するが、以上は手段結果の関係にあるから同法第五四条第一項後段、第一〇条に則り重い強盗殺人罪の刑に従つて処断すべきところ、その情状について案ずるに被告人は少年の頃横浜家庭裁判所において保護観察処分に付されたことが一回あるのみで未だ刑事上の処罰を受けたことはなく、その性格も平素は温和であり家庭にあつては無口な位で粗暴な振舞に出たこともなく本件犯行は被告人が少年の域を脱して間もない頃に行われたものでしかもその犯行特に本件被害者を殺害するに至つたのは必ずしも計画的のものと言い得ないのであつて、被告人は本件で逮捕されるや直ちにその犯行を自供し以来当公廷の取調に至るまで終始自己の犯行を認めて悔悟の情を示しているのであつて、その他被告人がその成長期及び本件犯行当時において家庭的、社会的環境に恵まれなかつたこと等諸般の情状を考慮して所定刑中無期懲役刑を選択して被告人を無期懲役に処し、領置にかかるフレンチナイフ一挺(昭和三三年地領第五一五号の九)及び青色サングラス一個(同号の一一)は判示強盗殺人の犯行の用に供せられたもので被告人以外の者に属しないから同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、刑事訴訟法第三四七条第一項に従い領置にかかる女物白ダスターコート一着(同号の七)及び女物金色腕時計一個(同号の八)はこれを被害者池谷梅子の相続人に還付することとし、訴訟費用は同法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 松本勝夫 三宅東一 神田正夫)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

本サイトは報道(不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること)を事業としており,掲載された全ての情報は報道等に活用することを目的としています。

©daihanrei.com