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横浜地方裁判所 昭和55年(ワ)2096号 判決

原告

椎葉悦子

椎葉寅生

椎葉民生

椎葉かおり

原告ら訴訟代理人弁護士

日下部長作

外二八七名

被告

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

河村吉晃

外一一名

被告

ジョン・エドウィン・ミラー

ドニー・R・ダービン

主文

一  被告国は原告椎葉悦子に対し金三二九七万二四〇〇円及びこれに対する昭和五二年九月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員、原告椎葉寅生に対し金七四〇万七〇九一円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員、原告椎葉民生に対し金二六八万八八一三円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員、原告椎葉かおりに対し金二七三万一六九八円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員を支払え。

二  原告らの被告国に対するその余の請求及び被告ジョン・エドウィン・ミラー、同ドニー・R・ダービンに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らと被告国との間においてはこれを二分し、その一を原告ら、その余を被告国の負担とし、原告らと被告ジョン・エドウィン・ミラー、同ドニー・R・ダービンとの間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決の第一、第三項は仮に執行することができる。

事実

一  原告らが求める判決

1  被告らは各自原告椎葉悦子に対し金八二九九万八五七九円及びこれに対する昭和五二年九月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員、原告椎葉寅生に対し金三二三五万四二五〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員、原告椎葉民生に対し金一一九四万四五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員、原告椎葉かおりに対し金一二〇三万七五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで右同割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告国が求める判決

1  原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

三  被告ジョン・エドウィン・ミラー、同ドニー・R・ダービンが求める判決

1  原告らの被告ジョン・エドウィン・ミラー、同ドニー・R・ダービンに対する訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  請求原因

1  昭和五二年九月二七日午後一時二〇分ころ、当時、アメリカ合衆国(以下、合衆国という)海兵隊大尉であつた被告ジョン・エドウィン・ミラー(以下、被告ミラーという)が機長として操縦し、当時、合衆国海兵隊中尉であつた被告ドニー・R・ダービン(以下、被告ダービンという)が偵察員として同乗する合衆国海兵隊第三戦術偵察飛行隊第二分遣隊所属のRF―4Bファントム偵察機(航空母艦ミッドウェー艦載機・以下、本件飛行機という)が神奈川県横浜市緑区荏田町二三一〇番地付近に墜落して火災が発生し(以下、本件事故という)、この事故で原告椎葉悦子(以下、原告悦子という)は負傷し、同原告のほか、その夫である原告椎葉寅生(以下、原告寅生という)、その子である原告椎葉民生(以下、原告民生という)、原告椎葉かおり(以下、原告かおりという)が居住する家屋(以下、本件家屋という)及び同家屋内の原告ら共有、所有の動産が焼失した。

2の1 本件飛行機は本件事故直前、被告国が設置、管理する営造物である厚木航空基地(以下、厚木基地という)から発進離陸したが、厚木基地は神奈川県のほぼ中心に位置し、被告国が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約六号・以下、安保条約という)、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(同年条約七号・以下、地位協定という)に基づき合衆国に提供し、昭和四六年以降は同国海軍航空隊とわが国海上自衛隊との共同使用がなされている。

2の2 厚木基地の周辺は人口過密地帯であり、事故発生率の高い軍用飛行機の基地としてその存在は立地上、極めて危険、不適当であり、このことは度重なる本件事故と同種の墜落事故及び機体以外の落下物事件の発生が余すことなく示している。

また本件事故当時、被告国が軍用機の離陸後三分間の高度を二〇〇〇フィートに設定していたことも本件事故発生の一因となつた。

このように被告国の厚木基地の設置、管理には瑕疵があり、そのため本件事故が発生した。

2の3 従つて被告国は国家賠償法第二条第一項により、原告らが本件事故で受けた損害を賠償する義務がある。

3の1 本件飛行機は本件事故直前、厚木基地から発進離陸したが、この発進離陸に際し、被告国の公務員である同基地の航空管制官がその職務として、その発進離陸を許可した。

3の2 本件飛行機はエンジン始動後、エンジン付近から煙を発するなど異常な徴候を示していたから、厚木基地における航空管制官はこれを発見し、速やかにその発進離陸の停止を指示すべきなのに、同管制官はこれを看過し、本件飛行機の発進離陸を許可したのであるから、その点につき過失がある。

3の3 従つて被告国は国家賠償法第一条第一項により、原告らが本件事故で受けた損害を賠償する義務がある。

4の1 本件事故は本件飛行機の左エンジンアフターバーナー排気ダクト第三ライナーT型サポートの取り付け不良により、離陸直後、左エンジンが故障し、火災が発生したために、本件飛行機が墜落して発生したものであるが、本件飛行機の右排気ダクト第三ライナーT型サポートは合衆国軍隊の構成員である整備員がその職務として、それを組立、取り付けたものである。

4の2 右組立、取り付け不良はエンジン火災につながるものであるから、担当の整備員は細心の注意で組立、取り付けをしなければならないのに、それを怠つたため、右取り付け不良が生じ、またその上司である合衆国軍隊の構成員たる司令官も不注意にもそれを看過した結果、本件事故が発生した。

4の3 従つて被告国は日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法(以下、民事特別法という)第一条により、原告らが本件事故で受けた損害を賠償する義務がある。

5の1 本件飛行機は合衆国軍隊が占有、所有、管理する物件であるが、それには前記のような瑕疵(左エンジンアフターバーナー排気ダクト第三ライナーT型サポートの取り付け不良)があり、そのため本件事故が発生した。

5の2 従つて被告国は民事特別法第二条により、原告らが本件事故で受けた損害を賠償する義務がある。

6の1 被告ミラー、同ダービンは本件事故当時、合衆国軍隊の構成員たる軍人で、本件事故は右被告らがその職務の執行として本件飛行機に乗務中に発生したものである。

6の2 前記のように本件飛行機は発進離陸前にエンジン付近から煙を発するなど異常な徴候を示していたのであるから、本件飛行機の機長、操縦士である被告ミラー及び偵察員、同乗者である被告ダービンは発進離陸前に十分本件飛行機を点検して異常を発見すべきであり、また発進後も異常を発見して直ちに離陸を中止すべきなのにこれを怠つたため、異常を発見できずに漫然と本件飛行機を発進離陸させたばかりか、本件飛行機のエンジン火災を発見後は地上の人家、人命に対する加害を考慮して機体を無人地帯に誘導すべきなのにこれを怠り、性急に機体を放棄して脱出したため、本件飛行機は本件家屋付近に墜落し、本件事故が発生した。

6の3 従つて同被告らは民法第七〇九条、被告国は民事特別法第一条により、原告らが本件事故で受けた損害を賠償する義務がある。

7 原告悦子の損害(合計八三六九万一八二九円)

(一)  共有動産焼失による損害二一四万一五〇〇円

原告悦子と原告寅生は本件家屋内に別紙悦子、寅生共有動産表記載の動産を共有し、その共有持分は二分の一であつたから、本件事故によるその焼失により、その合計価額四二八万三〇〇〇円の二分の一である二一四万一五〇〇円相当の損害を受けた。

(二)  個人所有動産焼失による損害五三二万四〇〇〇円

原告悦子は本件家屋内に別紙悦子所有動産表記載の動産を所有していたから、本件事故によるその焼失により、その価額合計五三二万四〇〇〇円相当の損害を受けた。

(三)  慰謝料六八六八万一三二九円

本件事故当日、原告悦子はテレビをみていたところ、突然、そのテレビの裏から、火炎放射器が噴射する火炎のように、爆発炎上した本件飛行機のジェット燃料の火炎が吹き込み、同原告は全身に第三度の火傷を負い、当日から昭和五二年一二月三日までの間、青葉台病院において入院治療を受け(同病院では硝酸銀を皮膚に当て、かさぶたを作つて体液の侵出をとめるという苦痛に満ちた治療を受けた)、火傷の専門治療のため同年一二月六日から昭和五七年五月まで防衛医科大学校病院に通院して治療を受けたが、通院中の昭和五三年ごろから金属的な音に対し過敏な反応を示すようになり、全身に倦怠感を覚え、無気力になり、長時間の歩行ができなくなり、失神して倒れることもあつた。

昭和五七年五月から同年一〇月までの間、横浜市民病院に通院して火傷及び精神面の治療を受け、現在では熱傷瘢痕はかなり改善されたものの、左手の甲から上膊部及び左耳周辺にはそれが残つており、また精神的症状のうちの無表情、無気力という抑うつ状態及び心肥大、頭重感などは残つている。

原告悦子は右負傷、疾病により家事にも十分に従事できず、妻として、また母としての役割を果たせなくなり、性格も一変し、陰鬱な家庭生活を送るようになつた。

また原告悦子は前記のように本件事故で共有及び個人所有の動産のすべてを失い、過去の貴重な記録を喪失した。

更に本件事故後、被告国らは事故原因の究明、加害軍人に対する処罰を怠り、被害者の救済にも誠意ある態度をとつていない。

これら負傷、労働能力、家財の喪失その他の一切の事情及び本件事故におけるように加害者が強大な権力を有するか、もしくはそれを背景とし、加害行為が悪質で、再発が予想されるような場合には、その再発を抑制し、防止するためには制裁として少くとも慰謝料の額は通常の場合より大きくあるべきであるとの考え(制裁的損害論)によると、休業損害及び逸失利益喪失をも包括するものとしての原告悦子の慰謝料の額は六八六八万一三二九円を下回ることはない。

(四)  弁護士費用七五四万五〇〇〇円

8 原告寅生の損害(合計三三〇四万七五〇〇円)

(一)  共有動産焼失による損害二一四万一五〇〇円

原告寅生は原告悦子と共有(持分は二分の一)していた前記動産の焼失により、原告悦子と同額の損害を受けた。

(二)  個人所有動産焼失による損害七九六万五〇〇〇円

原告寅生は本件家屋内に別紙寅生所有動産表記載の動産を所有していたから、本件事故によるその焼失により、その価額合計七九六万五〇〇〇円相当の損害を受けた。

(三)  慰謝料二〇〇〇万円

原告寅生の妻である原告悦子は本件事故により、前記のように瀕死の重傷(火傷)を負い、原告寅生はそのこと自体により多大の精神的苦痛を味わつたばかりか、原告寅生自身、本件事故により一瞬のうちに住居、過去の記録を含む家財(動産)一切を失い、夢みていたパプア・ニューギニアへの移住計画も挫折し、本件事故によりその生活の軌道は大きく狂つてしまつた。

加えて前記のように本件事故後、被告国らは事故原因の究明、加害軍人の処罰を怠り、被害者の救済、事故の再発防止にも誠意ある態度をとつていない。

これらの事情及び前記制裁的損害論によると、原告寅生の慰謝料の額は二〇〇〇万円を下回ることはない。

(四)  弁護士費用二九四万一〇〇〇円

9 原告民生の損害(合計一一九四万四五〇〇円)

(一)  所有動産焼失による損害八五万九五〇〇円

原告民生は本件家屋内に別紙民生所有動産表記載の動産を所有していたから、本件事故によるその焼失により、その価額合計八五万九五〇〇円相当の損害を受けた。

(二)  慰謝料一〇〇〇万円

原告民生の母である原告悦子は本件事故により、前記のような重傷(火傷)を負い、原告民生はこのこと自体により多大の精神的苦痛を味わつたばかりか、原告民生自身、本件事故により一瞬のうちにその住居、過去の記録を含む家財(動産)一切を失い、その後も原告悦子の治療のため転居、転校を余儀なくされた。

これらの事情及び前記制裁的損害論によると、原告民生の慰謝料の額は一〇〇〇万円を下回ることはない。

(三)  弁護士費用一〇八万五〇〇〇円

10 原告かおりの損害(合計一二〇三万七五〇〇円)

(一)  所有動産焼失による損害九四万三五〇〇円

原告かおりは本件家屋内に別紙かおり所有動産表記載の動産を所有していたから、本件事故によるその焼失により、その価額合計九四万三五〇〇円相当の損害を受けた。

(二)  慰謝料一〇〇〇万円

原告民生に関する事情と同じ事情及び前記制裁的損害論によると、原告かおりの慰謝料の額は一〇〇〇万円を下回ることはない。

(三)  弁護士費用一〇九万四〇〇〇円

11 よつて被告国に対しては国家賠償法第二条第一項(請求原因2)、同法第一条第一項(請求原因3)、民事特別法第一条(請求原因4)、同法第二条(請求原因5)、同法第一条(請求原因6)に基づき(但し請求原因2に基づく請求と請求原因5に基づく請求は予備的または選択的併合としてではなく、単純併合として請求する)、被告ミラー、同ダービンに対しては民法第七〇九条(請求原因6)に基づき、原告悦子は前記損害合計八三六九万一八二九円の内金八二九九万八五七九円及びこれに対する本件事故の日である昭和五二年九月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金、原告寅生は前記損害合計三三〇四万七五〇〇円の内金三二三五万四二五〇円及びこれに対する右同遅滞損害金、原告民生は前記損害合計一一九四万四五〇〇円及びこれに対する右同遅延損害金、原告かおりは前記損害合計一二〇三万七五〇〇円及びこれに対する右同遅延損害金の連帯支払いを請求する。

五  被告ミラー、同ダービンの本案前の主張

1の1 被告ミラー、同ダービンは本件事故当時、合衆国軍隊の構成員たる軍人で、本件事故は同被告らの公務の執行として本件飛行機に乗務中に発生したものである。

1の2 このような合衆国軍隊の構成員の公務執行中の不法行為に基づく日本国民からの損害賠償の請求については地位協定第一八条第五項により、日本国政府により処理されると規定されているから、右被告らは本件につき日本国の民事裁判権に服しない。

従つて本訴は不適法である。

2の1 被告ミラー、同ダービンは本件事故当時、合衆国軍隊の構成員たる軍人で、本件事故は同被告らの公務の執行として本件飛行機に乗務中に発生したものであるから、本件事故については民事特別法第一条により日本国が国家賠償法第一条第一項の場合の例により損害賠償の責に任ずる。

2の2 国家賠償法第一条第一項で国が損害賠償の責に任ずるときは、被害者は加害公務員個人に対して損害賠償を請求することができないから、本件においても原告らは右被告ら個人に対しては損害賠償の請求はできないと解すべきである。

従つて右被告らは被告適格を有せず、本訴は不適法である。

六  被告国の請求原因に対する認否

その1は認める。

その2の1は認めるが、2の2は否認する。

その3の1は認めるが、3の2は否認する。

その4の1のうち本件飛行機の墜落原因は認めるが、その余は知らない。4の2は否認する。

その5の1は認める。

その6の1は認めるが、6の2は否認する。

その7の(一)、(二)の動産焼失による損害のうち一九〇万円は認めるが、その余は否認する。(三)のうち原告悦子の負傷、入通院の経過及び慰謝料のうち一一三万一〇〇〇円は認めるが、その余は否認する。被告国は本件事故発生後、原告悦子の治療につき、付き添い婦の派遣、転医についての尽力をとおして協力を惜しまず、可能なかぎりの配慮をなし、住居の確保にも努力し、日常生活に必要な器具、道具(時価七〇万円余)、衣類、食料品(時価二三万円余)を供給、貸与し、また昭和五二年九月末日から昭和五三年五月末日までの間、家政婦を派遣し、原告悦子の治療費、付き添い婦、家政婦の費用も支払つている。損害賠償についても原告寅生と何度か交渉したが、同原告が事故原因の究明がなされないかぎり交渉に応じられないとの態度をとつたため、妥結に至らなかつたものである。(四)は否認する。原告らが本訴提起に至つたについては前記のように原告側に責任がある。

その8の(一)、(二)の動産焼失による損害のうち一九〇万円は認めるが、その余は否認する。(三)の慰謝料のうち動産焼失による一九万円は認めるが、その余は否認する。(四)は否認する。

その9の(一)の動産焼失による損害のうち二五万円は認めるが、その余は否認する。(二)の慰謝料のうち動産焼失による二万五〇〇〇円は認めるが、その余は否認する。(三)は否認する。

その10の(一)の動産焼失による損害のうち二五万円は認めるが、その余は否認する。(二)の慰謝料のうち動産焼失による二万五〇〇〇円は認めるが、その余は否認する。(三)は否認する。

七  被告国の抗弁

被告国は(1)昭和五二年一一月二八日、原告悦子に対し本件事故による財産損害賠償金として一〇〇万円を支払い、(2)同年一二月一三日、原告民生、同かおりの代理人兼本人としての原告寅生に本件事故による財産損害賠償金として二〇〇万円を支払い、(3)昭和五六年八月五日、原告民生、同かおりの代理人兼本人としての原告寅生に本件事故による財産損害賠償金として二〇〇万円を支払つた。

八  証拠〈省略〉

理由

一被告ミラー、同ダービンの本案前の申し立ての当否

1の1  弁論の全趣旨によると同被告らの本案前の主張1の1が認められる。

1の2  日本国の司法権は国際法上、治外法権を有する外国の元首、使節など及び条約により特別の定めがある場合を除き、原則的には日本国内の外国人にも及ぶ。

ところで安保条約第六条は、日本国における合衆国軍隊の地位は地位協定により規律される旨を規定し、地位協定第一八条第五項本文は、本件事故のような公務執行中の合衆国軍隊の構成員の作為もしくは不作為で日本国政府以外の第三者に損害を与えたものから生ずる請求権については日本国が次の規定((a)から(g)まで)に従つて処理する旨を規定するが、同項(f)は合衆国軍隊の構成員はその公務の執行から生ずる事項については日本国においてその者に対して与えられた判決の執行に服さない旨を規定し、同条第九項(a)は合衆国は日本国の裁判所の民事裁判権に関しては、第五項(f)に定める範囲を除くほか、合衆国軍隊の構成員に対する日本国の裁判所の裁判権からの免除を請求してはならない旨を規定するから、右地位協定は本件事故のような場合につき、加害者たる合衆国軍人の日本国民事司法権からの完全免除までは規定しておらず、単に執行からの免除を規定しているに止まると解すべきであり、他に右被告らの主張を裏付ける条約などの国際法規は存しない。

従つて被告ミラー、同ダービンら合衆国軍人も本件訴訟のような民事判決手続きに関しては、日本国民事司法権に服するものというべきであるから、右被告らの本案前の主張1は失当であり、採用することができない(なお、給付判決は請求権の存在を確定する効果をも有するから、強制執行ができないからといつて、その請求権について給付訴訟を提起する利益を欠くとはいえない)。

2の1  弁論の全趣旨によると同被告らの本案前の主張2の1が認められる。

2の2  本件訴訟のような給付訴訟においては原則として、訴訟物たる請求権の義務者として原告らから主張されている者がその訴訟の被告適格を有し、真に実体法上その者がその請求権の義務者であるかどうか(給付義務を負うかどうか)は請求の当否の問題であり、被告適格の問題ではない。

従つて被告ミラー、同ダービンが実体法上、原告らに対し本件事故に基づく損害賠償義務を負うかどうかは別として、同被告らは本件訴訟において原告らから本件事故に基づく損害賠償義務者として主張されているのであるから、被告適格を有するというべきであり、同被告らの本案前の主張2は失当であり、採用することができない。

二被告ミラー、同ダービンに対する請求の当否

原告らは被告ミラー、同ダービンに対しては民法第七〇九条に基づき、被告国に対しては民事特別法第一条に基づき本件事故に基づく損害賠償の請求をなすが(請求原因6)、民事特別法第一条は、被告ミラー、同ダービンのような安保条約に基づき日本国内にある合衆国軍隊の構成員がその職務を行うについて日本国内で違法に他人に損害を加えたときは、国の公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の例により、国がその損害を賠償する責に任ずる旨を規定し、国の公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合については国家賠償法第一条第一項が規定する。

ところで国が同法により損害賠償の責に任ずるときは、損害賠償法は損害の完全な填補賠償を目的とするものであり、国の賠償能力は十分であることなどに照らすと、加害公務員個人は故意、重過失ある場合でも被害者に対し賠償責任を負うものではないと解すべきであるから(同旨・最高裁判所第二小法廷昭和五三年一〇月二〇日判決民集三二・七・一三六七)、国の公務員がその職務を行うについて違法に他人に損害を加えた場合の例により、とされる民事特別法第一条の適用上も、被害者に対し損害賠償の責に任ずるのは日本国だけであつて、加害合衆国軍人個人は被害者に対し賠償責任を負わないと解するのが相当である。

従つて合衆国軍隊の構成員たる軍人である被告ミラー、同ダービンの職務の執行中の事故であることは弁論の全趣旨により明らかである本件事故に基づく損害賠償につき同被告らは賠償責任を負わないというべきであるから、原告らの同被告らに対する本訴請求は、他の点につき検討するまでもなく、失当といわざるをえない。

三被告国に対する請求について

1  請求原因1は当事者間に争いがない。

2 原告らは請求原因2に基づく請求と請求原因5に基づく請求を単純併合として請求するので以下、請求原因2について検討する。

(一)  請求原因2の1は当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によると

(1) 厚木基地は神奈川県のほぼ中心に位置し、大和市、綾瀬市、海老名市の三市にまたがり、その敷地面積は五一〇万四一九〇平方メートルで、基地の東側には横浜市、南側には藤沢市、茅ケ崎市、西側には伊勢原市、厚木市、北側には座間市、相模原市が存する。

(2) 昭和五五年二月、当時の内閣総理大臣大平正芳は衆議院議員岩垂寿喜男の質問に対し、昭和三五年の安保条約後昭和五五年まで厚木基地から離陸し、または同基地に着陸し、着陸しようとした合衆国飛行機の墜落事故は本件を含めて一七件、飛行機からの物の落下事件は一一件、昭和四六年の共同使用後の自衛隊飛行機による同基地関係の墜落事故は二件(物の落下事件はなし)である旨を回答している。

(3) 神奈川県大和市刊行の「大和市と厚木基地」と題する図書(昭和五五年版)によると、昭和二七年から昭和五五年までの神奈川県内で発生した軍用飛行機による事故は墜落事故は本件を含めて六四件、物の落下事件は四七件、不時着は三二件とされている。

(4) 神奈川県渉外部刊行の「神奈川の米軍基地」と題する図書(昭和六〇年版)によると、厚木基地は神奈川県における唯一の米軍航空基地であるが、昭和二七年四月から昭和五九年一二月までの間の米軍飛行機による墜落事故は六一件、物の落下事件は五〇件、不時着は四一件とされている。

(5) 安全確保を第一とする民間飛行機に比し、軍用飛行機はその用途上、安全対策が犠牲にされているから事故率は高く、前者のそれよりは二、三〇倍である。

(6) 被告ミラーは発進前、離陸後は三分間高度二〇〇〇フィート維持、の指示を受けて発進、離陸した。

(7) 本件事故後、日米合同委員会に対し事故分科委員会は厚木基地周辺の航空交通管制改善を勧告し、昭和五三年七月三日から出発(離陸)常用経路No.1ないし3のうち、No.2経路につき従前の「北向き離陸後、直ちに右旋回」を、「離陸後、三マイル(約五・四キロメートル)直進し、右旋回」に変更し、指定上昇高度も従来の二〇〇〇フィート(約六〇〇メートル)から六〇〇〇フィート(約一八〇〇メートル)に(但しNo.1コースは八〇〇〇フィート(約二四〇〇メートル)に)変更されたことが認められる。

しかし周辺に都市を擁する飛行場が国内外に多数存在していること(このことは当裁判所に顕著な事実である)に照らすと、離着陸する飛行機の墜落事故との関係において、右認定の事実から厚木基地の設置自体に瑕疵があるとはいえず、また瑕疵の存否とは別に、本件飛行機の墜落事故と厚木基地の設置、存在との間に不法行為の成立要件である、いわゆる相当因果関係があるかどうかを考えても、膨大な離着陸回数(成立に争いのない甲第二二号証の四、甲第三八号証によると、昭和五一年一月から昭和五二年八月までの同基地の交通量は政府発表のもので七万九八七〇回、昭和六〇年五月九日一晩の離着陸回数は新聞報道のもので二四五回であることが認められる)と事故の発生数(前記認定の事故報告数のいずれが正しいかは不明であるが、その多い方をとつたとしても)とを比較すると、それも(前記相当因果関係)否定せざるをえない。

また離陸時の高度設定についても、離陸時の高度設定は他の航空路(当時、厚木基地の上空はB14の航空路とされていた)との関連なしに設定できず、また離陸時の高度設定は周辺住民より、むしろ事故時に脱出する乗員の利害にかかわることが多い(高度が高いと脱出し易い。例えば高度五〇〇〇フィートでエンジンが停止すると一一キロメートルの範囲に飛行機は墜落するが、厚木基地の周囲一一キロメートルの範囲は陸地である)こと(以上は証人青木日出雄の証言で認定)に照らすと、前記認定の事実だけで、管理に瑕疵があるとはいえず、他にそれを認めるに足りる証拠はない。

従つて請求原因2の主張は失当であり、採用することができない。

3  請求原因5の1は当事者間に争いがない。

4  請求原因7の(一)、(二)のうち原告悦子が本件家屋内の共有動産、個人所有動産の焼失により合計一九〇万円の損害を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると

(1)  原告寅生は別府大学大学院国文科研究室に一年位在籍後、宮崎市の中学校の国語の教師になつたが、右研究室に在籍中、原告悦子と知り合つて結婚し、原告悦子も同市の中学校の家庭科の教師をしていた。

(2)  原告寅生は昭和四二年、学校を退職して原告悦子の父訴外木村が経営するホテルに勤務するようになつたが、昭和四八年からは訴外木村の義弟訴外城ケ滝がオーストラリア人と共同経営するパプア・ニューギニアのウエワクにあるホテル・ウエワクに訴外城ケ滝の代理人として時々赴くようになつた。

(3)  原告寅生はパプア・ニューギニアに行つている間に同国の自然の美しさや文化にひかれ、家族全員で移住する計画をたて、昭和五一年には宮崎市を引き払つて東京に出てきたが、その際、家具は処分し、その他の家財(動産)はパプア・ニューギニアに持つて行くものと持つて行かず日本で保管するものとにわけた。

(4)  ところがその後、パプア・ニューギニアが独立し、治安が悪くなつたので、移住を延期し、原告寅生は東京池袋のいわゆるサラ金会社の支店長に就職し、通勤などの便宜上、本件家屋(所有者は訴外椿七五三吉)を賃借して居住することになつたが、その際、家具を再び新たに買い求め、整理した前記家財のうち差し当たり不要なものは押し入れに積み重ねていた。

(5)  本件家屋は木造平家建スレート葺二軒長屋式アパートの東側で、床面積は三四・〇四平方メートルであり、畳の間は六畳と四・五畳が各一間、押し入れは二つあつた。

(6)  本件事故で本件家屋及び家屋内の動産は全て焼失したが、家屋内にあつた家族全員(本件事故当時、原告寅生は三九歳、原告悦子は三五歳、長男である原告民生は一三歳、長女である原告かおりは一〇歳で、全員本件家屋に同居していた)の動産については昭和五五年ごろ、原告寅生と同悦子が思いだし、意見を交換しながらその品名、数量、価額を記録し、この記録に基づいて昭和五九年、損害額一覧表(甲第四一号証・これによると共有動産の合計価額は四二八万三〇〇〇円、原告悦子の個人所有動産の合計価額は五三二万四〇〇〇円)が作成された(なお原告らの別紙各動産表は右一覧表の記載と全く同じである)。

(7)  火災保険における家財の評価につき社団法人日本損害保険協会は毎年「保険価額評価の手引き」(乙第六七号証・以下、手引きという)をだしているが、その昭和五二年版によると東京都に居住の夫四〇歳、妻三五歳、長男一三歳、長女八歳の、年収四七〇万円、居住家屋の面積六六ないし一一五平方メートルの標準家庭b(原告らの家庭はこれに最も近い)における共通家財は二九八万〇三〇〇円、妻の個人所有家財は一九五万三七〇〇円とされていることが認められる。

そして右認定事実を総合すると、原告悦子は本件事故当時、別紙悦子、寅生共有動産表記載の動産を寅生と共有(民法第七六二条第二項)し、別紙悦子所有動産表記載の動産を所有し、本件事故によりそれらをすべて焼失したとみることができるが、その価額については前記認定の価額評価の時期、評価方法、手引きに照らすと、いささか高額に過ぎるように思われるので、その八割、すなわち共有動産については三四二万六四〇〇円、個人所有動産については四二五万九二〇〇円をもつて正当価額とする。

従つて原告悦子の共有動産焼失による損害はその二分の一(民法第二五〇条)とみるべき一七一万三二〇〇円、個人所有動産焼失による損害は四二五万九二〇〇円ということになる。

5  請求原因7の(三)のうち原告悦子の負傷、入通院の経過及び慰謝料のうち一一三万一〇〇〇円については当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると

(1)  本件事故当時、本件家屋周辺は新しい宅地造成地で、本件飛行機墜落現場付近には本件家屋(及び西側居住の訴外金重方)の他には訴外林一久(以下、訴外林という)所有、居住家屋、訴外土志田安司(以下、訴外土志田という)所有、居住家屋があるだけで、本件家屋の前は公園であつた。

(2)  操縦士である被告ミラーは昭和五二年九月二七日、厚木基地を発進して同日一三時四五分に空母ミッドウェー号上空に到達し、一四時一五分に着艦すべし、との命を受け、偵察員である被告ダービンとともに本件飛行機に乗り込んだ。

(3)  被告ミラーは飛行経験五年、飛行時間九六三・六時間の合衆国海兵隊大尉(二八歳)で、被告ダービンは飛行経験三年、飛行時間五九二・五時間の同隊中尉(二七歳)であつた。

(4)  本件飛行機はマクダネル・ダグラス社昭和四〇年製造の前後式複座席、超音速ターボジェット戦術偵察機で全長約六二フィート、主翼面積五三〇平方フィート、重量四万四〇〇〇ポンドであつた。

(5)  被告ミラーは発進前、離陸後右旋回一八〇度、離陸後三分間二〇〇〇フィート維持という指示を受けたが、発進前の整備員、乗員による各点検には異常はなく、一三時一七分ごろ、〇一滑走路から発進した。離陸までにも機には異常がなく、離陸後、時速二〇〇ノットで脚とフラッグを上げ、三〇〇ノットに達したとき(厚木基地の北約二ないし三マイルの地点)アフターバーナーを切つた。その直後に左エンジンに火災が発生し、同エンジン用の火災警報灯が点灯したので、マニュアルに従つて同エンジンのスロットルをアイドリングに絞つて、右旋回を開始したとき、右エンジン用の火災警報灯が点灯した。被告ミラーは海上に出るため右旋回を続け、エンジン故障を知つた横田基地管制官も機を南方海上に誘導しようとしたが、被告ミラーは機の状況からみて海上に到達できないかも知れないと思い、機を北の森林地帯に向けた。しかし尾部の火災が前方に広がつてきたので、一三時一九分ごろ、同被告らは機から脱出し、機は一九分から二〇分までの間に墜落し、同被告らは間もなく無事着地し、救助された。

(6)  前記のように左エンジンに火災が発生したのは、左エンジンアフターバーナーの排気ダクト内に故障が生じたためであるが、その故障は排気ダクトの第三ライナーの不具合から生じた。この不具合はT型サポートの装着不良によつて生じ、このサポート装着は日本国外の場所でなされた公算が大きい。

(7)  原告悦子は昭和四四年ごろ、教員を辞め、その後は家事に従事し、健康であつた。

事故当日の昭和五二年九月二七日は歯の治療を受けに外出して午後一時ごろ帰宅し、厚手の半袖シャツ、スカート、エプロンを身につけ、本件家屋の東側六畳の間に座り、南を向いて、部屋の南西隅にあるテレビを見ていたところ、閉まつていた南側ガラス戸の外が真つ黒になり、家が激しく揺れ、暖かい空気に包まれたと思つた次の瞬間、テレビの後方から火炎放射器の火炎のように、火炎が吹き込み、原告悦子は吹き飛ばされるように裸足のまま、南側道路に飛び出し、近くの東急建設の作業員に助けられて青葉台病院に収容された。

(8)  本件飛行機は本件家屋の西方約三〇メートル辺に墜落し、搭載燃料が爆発炎上したため、墜落地点には深さ約四メートルの大きな穴があき、本件家屋及び西側の訴外金重方、墜落地点から約七〇メートル東の訴外林所有、居住家屋(母屋)が全焼し、その物置、土蔵が半焼し、墜落地点から約三二メートル南の訴外土志田所有、居住家屋が半壊し、訴外林の子である裕一郎(四歳)、康弘(一歳)兄弟は翌二八日相次いで死亡し、原告悦子の他、訴外林早苗、同和枝(裕一郎らの母)が重傷を負い(和枝は昭和五七年一月二六日死亡)、四名が軽傷を負つた。

(9)  火傷の程度には第一ないし第四度があり、第四度が最も重症であるが、第三度とは皮膚、皮下組織あるいはそれ以下の組織が熱のため壊死に陥る壊死性熱傷であり、組織が炭化するものを第四度といい、体表面積の一〇ないし一五パーセントに火傷を負うと全身症状が現れ、四〇パーセント以上では第二度の火傷でも予後重篤であり、広範な熱傷では受傷一、二日間はショック期といい、ショック症状を呈して死亡率が最も高い。この期を耐過すると中間期(中毒期)に入り、次いで回復期に向かうとされている。

原告悦子は前記火炎、熱風に曝されたため、露出していた部分(半袖シャツとスカートの部分以外の箇所、なお頭髪の真中部分が焼けたので、二年位はかつらを使つた)全体にわたつて第三度の火傷を負い(前記熱傷の特徴、受傷の部位、範囲、後記受傷後の経過からすると原告悦子の火傷は極めて重篤な、いわゆる瀕死の重傷であつたといえる)、また逃げ出す際、右足の親指が脱臼し、外側に反転したので、事故同日から青葉台病院に入院治療を受けるようになつた。

当日の夜は全身が風船のようにはれあがり、その痛みと隣室の林兄弟が次々と死ぬ物音で一睡もできず、二、三日すると皮膚が破れ、臭い体液が出てきて、点滴をする場所がなく、足の指先に点滴用の針を刺した。

その後、治療の甲斐があつて体の右側はだんだん良くなつたが、左側が良くならず、特に左手の皮膚が固まらないので、硝酸銀を皮膚の無いところに押し付け、かさぶたを作るという治療を受けた。硝酸銀を押し付けると白い煙が上がり、大変な苦痛を味わつた。

原告悦子は昭和五二年一二月三日、青葉台病院を退院し、同月六日からジェット燃料による熱傷についての専門医のいる防衛医科大学校病院に通院治療を受けるようになつたが、その後まもなく、金属音に異常に敏感となり、動悸が激しく、生理不順(事故後半年は月経が無かつた)で、全身に倦怠感があるので、熱傷、右足親指外反に加えて、心臓などの治療も受けるようになつた。

しかしこの神経症状は余り好転せず、昭和五七年五月、防衛医科大学校病院での治療を打ち切り、同月から横浜市立市民病院に通院して熱傷瘢痕、全身倦怠、抑うつ状態で治療を受けるようになり、現在に至つている。

(10)  現在、原告悦子の右足親指は外観上は良くなつているが、違和感があり、長時間歩行は出来ず、ケロイドは左手の甲から上膊部にかけてと左耳辺に残つており、左手の握力は減退し、時々食器を落すことがある。

また左を下にして寝ると痛み、気分がすぐれない日があり、前記市民病院の主治医(渡辺久子)は原告悦子の現在の精神的症状(反応性抑うつ状態)は、本件事故で一瞬のうちに全身火傷を負い、家屋、家財、平穏な生活を失つたことによる対象喪失が要因となつたもので、この状態は負傷後の苦痛を伴う治療、身体的機能障害、事故処理をめぐる葛藤、生活上の苦労などの加重されたストレスのため改善されることなく現在に遷延し続けており、今後も相当期間の通院治療が必要、との意見である。

(11)  原告悦子は前記のように本件事故前は健康で、家族で旅行、キャンプなどに行つたりして生活を楽しんでいたが、現在ではそのようなことはなく、原告悦子の性格が事故前より暗くなつたこともあつて、家庭は暗く、パプア・ニューギニアへの移住計画も挫折し、原告悦子は夫や子らに良くしてやれないという焦燥感に苦しんでおり、また本件事故について事故原因の解明、説明、加害者の責任追求などが不十分であるとの不満を持つており、また訴外林は被告国と和解をしたが和解金が公表されていない点にも不信感を持つている。

(12)  原告悦子は前記のように本件事故で居住家屋のほか、原告寅生との共有動産、自己個人所有動産などをすべて焼失したが、それにより回復、調達不可能な事故前の種種の記録を喪失した。

(13)  本件事故当日、原告寅生は事故現場を見に行つたが、現場では米軍らの証拠収集や秘密保護のための厳重な警戒がなされており、原告寅生が本件家屋に近付くのも誰何され、また事故当夜は宿舎の手配もないので、原告民生、同かおりは親戚の家に泊り、翌日、原告寅生は横浜防衛施設局に医療団の充実を希望したが、容れられず、見舞いに来た防衛庁長官に直訴してやつとそれが実現し、二九日、アパートの斡旋があつたがみすぼらしいもので、また寝具の手配が遅れ、同日夜、中古の寝具が運びこまれ、翌三〇日ごろ、局が冷蔵庫、洗濯機を持つてきたがそれも中古のもので、原告寅生の怒りを買つた。

(14)  被告国(所管横浜防衛施設局)は昭和五二年九月末日から昭和五三年五月末日まで原告寅生の要求で家政婦一名を派遣、原告悦子が青葉台病院を退院するまで付き添い婦一名を派遣して、その費用を負担し、また同人の治療費も負担し(昭和五二年一一月から昭和五六年四月までの右支払い総額は六七八万五七八三円)、冷蔵庫、洗濯機、テレビ、寝具など多数を貸与し、また配線器具、学用品、下着類など多数を譲与したが、本件訴状送達後は右治療費などの支払いを中止し、また本件訴訟提起前、同局の要請で原告寅生は弁護士同伴で同局担当者と和解交渉したが、同原告が事故原因、責任の所在がはつきりしないかぎり和解に応じられないとの態度を崩さないため、交渉は不調に終わつた。

(15)  原告らは原告悦子が防衛医科大学校病院に通院治療を受けるため昭和五二年暮れごろ、埼玉県富士見市の公団住宅に転居し、翌年八月、昇り降りの容易な住宅に再転居し、昭和五七年春ごろ、横浜市内の公団住宅に転居したが、各転居は原告寅生の要求で横浜防衛施設局が公団に善処方を依頼して実現したことが認められる。

そしてこれら認定の事情、特に本件事故の特徴、原因、原告悦子の受傷時の状況、傷の程度、治療方法、経過、その後の健康状態の推移、家庭の変化、家財の全部喪失、被害についての被告国の対応(一応のことはしているが、処理の仕方が事務的で、後手にまわることが多いという印象を受ける)及び本件事故に関しては地位協定により被告国は合衆国に相当額を求償できること(同協定第一八条第五項(e)の(i))、原告悦子の慰謝料が逸失利益喪失などを包括するものであることなどを総合考慮すると、同原告の慰謝料の額は二五〇〇万円とみるのが相当である(なおわが国における損害賠償法は被害の回復を目的とするもので、制裁を目的とするものではないから、原告ら主張の制裁的損害論は採らない)。

6  以下、請求原因7の(四)について検討する。

原告悦子らが日下部長作ほかの多数弁護士に本件訴訟提起を委任し、同弁護士らが本件訴訟を提起、遂行していることは当裁判所に顕著な事実であり、また原告寅生本人尋問の結果によると、原告らは本件訴訟に関し右弁護士らに対し、弁護士費用部分を除く認容損害賠償額の一割を報酬として支払うことを約していることが認められる。

右事実及び本件訴訟の内容、審理の経過などに照らすと、弁護士費用を除く認容損害賠償額の約一割に当たる三〇〇万円をもつて認容すべき弁護士費用損害と考える。

7  請求原因8の(一)、(二)のうち原告寅生が本件家屋内の共有動産、個人所有動産の焼失により合計一九〇万円の損害を受けたことは当事者間に争いがなく、共有動産については三四二万六四〇〇円をもつて正当価額とすべきことは前記のとおりであるから、原告寅生の共有動産焼失による損害はその二分の一の一七一万三二〇〇円ということになる。

そして〈証拠〉によると

(1)  原告寅生は前記のようにパプア・ニューギニアに行つている間に同地の民芸品に興味を持つようになり、石斧彫りの人形などの民芸品やオーム貝などの貝を収集し、本件事故当時、本件家屋内に置いていたが、これらを含めて、同原告の個人所有動産は本件事故ですべて焼失した。

(2)  前記損害一覧表(甲第四一号証)には焼失した原告寅生個人所有動産の品名、数量、価額が記載されているが、これによると同原告の個人所有動産の合計価額は七九六万五〇〇〇円とされ、そのうち前記民芸品、貝及び古銭、外国切手(パプア・ニューギニア独立記念切手を含む)の合計価額は五〇〇万円とされており、この五〇〇万円は取引価額ではなく、それらを今パプア・ニューギニアに行つて取得するに要する費用を見積つて算出したものである。

(3)  手引き(乙第六七号証)によると、昭和五二年における前記標準家庭bにおける夫の個人家財は一五六万五九〇〇円とされていることが認められる。

そして右認定事実を総合すると、原告寅生は本件事故当時、別紙寅生所有動産表記載の動産を所有し、本件事故でそれらをすべて焼失したとみることができるが、その価額については前記民芸品などの価額五〇〇万円は合理的でないのですべて控除し(但し慰謝料の算定につき考慮した)、さらに前記七九六万五〇〇〇円から五〇〇万円を控除した残額二九六万五〇〇〇円についても、前記原告悦子の動産焼失の損害算定に関して述べた理由のようにいささか高額に過ぎると思われるので、その八割、すなわち二三七万二〇〇〇円をもつて正当価額とする。

従つて原告寅生の個人所有動産焼失による損害は二三七万二〇〇〇円(前記共有動産焼失損害と合算すると、動産焼失による損害額は合計四〇八万五二〇〇円)ということになる。

8  請求原因8の(三)のうち動産焼失による慰謝料一九万円については当事者間に争いがなく、本件事故の特徴、原因、原告悦子の受傷の程度、その後の諸経過(被告国の対応を含む)、原告寅生の共有、個人所有動産焼失(その中には評価困難な前記パプア・ニューギニアの民芸品などがふくまれている)などはこれまでに認定したとおりであり、前掲甲第七三号証、原告寅生本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告寅生は本件事故後、原告悦子の看護、住居の確保、原告民生ら子の世話、被告国との諸交渉など、一家の柱としての努力、苦労、奔走を重ねていることが認められる。

妻が生命までは害されなくても、生命侵害に匹敵するような侵害を受けたことにより、夫が妻の生命侵害の場合に匹敵するような精神的苦痛を受けた場合は、夫は自己の権利として慰謝料を請求することができるが、前記認定の事実によると、原告悦子の受傷は生命侵害に匹敵するものであり、原告寅生はそれにより原告悦子の生命侵害の場合に匹敵するような精神的苦痛を受けたものとみることができる。

そして前記認定事実などを総合考慮すると、同原告の慰謝料の額は四〇〇万円とみるのが相当である(なお制裁的損害論を採用しないことは前記のとおりである)。

9  請求原因8の(四)の弁護士費用については原告悦子の同損害について述べたと同じ理由により、弁護士費用を除く認容損害賠償額の約一割に当たる八〇万円をもつて認容すべき弁護士費用損害と考える。

10  請求原因9の(一)のうち原告民生が本件家屋内の個人所有動産の焼失により二五万円の損害を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、原告民生は本件事故当時、別紙民生所有動産表記載の動産を所有していたが、本件事故でそれらをすべて焼失したこと及び前記損害一覧表(甲第四一号証)には焼失した原告民生の個人所有動産の合計価額が八五万九五〇〇円と記載されていることが認められるが、他方、〈証拠〉によると、前記標準家庭bにおける長男(一二歳)の個人家財は三二万八八〇〇円であることが認められる。

従つて前記原告悦子の動産焼失の損害算定に関して述べたと同じ理由で、右記載額の八割、すなわち六八万七六〇〇円をもつて正当価額とする。

11  請求原因9の(二)のうち動産焼失による慰謝料二万五〇〇〇円については当事者間に争いがなく、本件事故の特徴、原因、原告悦子の受傷の程度、その後の諸経過、原告民生所有動産の焼失などはこれまでに認定したとおりであり、〈証拠〉によると

(1)  本件事故当時、中学一年生であつた原告民生は原告悦子の負傷を聞き、青葉台病院に駆けつけ、包帯でぐるぐる巻きにされたベット上の原告悦子に会い、大きなショックを受けた。

当日は看護婦の手が足りなかつたので、原告悦子の排尿の世話をし、その夜は親戚の家に泊り、翌日から被告国が斡旋したみすぼらしいアパートでの母のいない生活が始まつた。

(2)  その後、原告悦子の治療のため前記のように転居するに伴つて転々と転校して友人を失い、また本件事故で大事にしていたアルバムや本を失つた。

(3)  現在の家庭は原告悦子の体調もあつて、本件事故前と違つて暗く、皆で旅行したりすることも無くなつたことが認められる。

原告民生は原告寅生についてと同じく、死に匹敵すべき原告悦子の受傷により、自己の権利として慰謝料を請求することができるとみられるが、前記認定事実などを総合考慮すると、同原告の慰謝料の額は二〇〇万円とみるのが相当である(なお制裁的損害論を採用しないことは前記のとおりである)。

12  請求原因9の(三)の弁護士費用については原告悦子の同損害について述べたと同じ理由により、弁護士費用を除く認容損害賠償額の約一割に当たる二五万円をもつて認容すべき弁護士費用損害と考える。

13  請求原因10の(一)のうち原告かおりが本件家屋内の個人所有動産の焼失により二五万円の損害を受けたことは当事者間に争いがなく、前掲甲第四一号証及び弁論の全趣旨によると、原告かおりは本件事故当時、別紙かおり所有動産表記載の動産を所有していたが、本件事故でそれらをすべて焼失したこと及び前記損害一覧表(甲第四一号証)には焼失した原告かおりの個人所有動産の合計価額が九四万三五〇〇円と記載されていることが認められるが、他方、〈証拠〉によると、前記標準家庭bにおける長女(八歳)の個人家財は四六万〇三〇〇円であることが認められる。

従つて前記原告悦子の動産焼失の損害算定に関して述べたと同じ理由で、右記載額の八割、すなわち七五万四八〇〇円をもつて正当価額とする。

14  請求原因10の(二)のうち動産焼失による慰謝料二万五〇〇〇円については当事者間に争いがなく、本件事故の特徴、原因、原告悦子の受傷の程度、その後の諸経過、原告かおり所有動産の焼失などはこれまでに認定したとおりであり、〈証拠〉によると

(1)  本件事故当時、小学生であつた原告かおりは原告悦子の負傷を聞き、青葉台病院に駆けつけ、包帯でぐるぐる巻きにされたベット上の原告悦子を見て、驚きと恐怖で泣きだした。その夜は親戚の家に泊り、翌日から被告国が斡旋したみすぼらしいアパートでの母のいない生活を送り、その後、原告悦子の治療のため前記のように転居するに伴つて転々と転校した。

(2)  現在の家庭は原告悦子の体調もあつて、本件事故前と違つて暗く、皆で旅行したりすることも無く、原告悦子の愚痴を聞くことや、本件事故のことで皆が口論することも多くなつたことが認められる。

原告かおりは原告寅生らについてと同じく、死に匹敵すべき原告悦子の受傷により、自己の権利として慰謝料を請求することができるとみられるが、前記認定事実などを総合考慮すると、同原告の慰謝料の額は二〇〇万円とみるのが相当である(なお制裁的損害論を採用しないことは前記のとおりである)。

15  請求原因10の(三)の弁護士費用については原告悦子の同損害について述べたと同じ理由により、弁護士費用を除く認容損害賠償額の約一割に当たる二五万円をもつて認容すべき弁護士費用損害と考える。

16  以下、被告国の抗弁について検討する。

〈証拠〉によると

(1)  原告悦子は昭和五二年一一月二四日付けで被告国に対し、本件事故による治療費二〇〇万円のほか、財産損害賠償金として一〇〇万円の支払いを請求し、被告国は同月末ごろ、右請求金全額の支払いをなした。

(2)  原告寅生は昭和五二年一二月六日付けで被告国に対し、原告民生と同かおりの法定代理人兼本人として、本件事故による財産損害賠償金として二〇〇万円の支払いを請求し、被告国は同月一三日ごろ、右請求金全額の支払いをなした。

(3)  被告国は本件事故後、原告悦子の治療費、交通費、家政婦費用の支払いをなしていたが、原告らの本件訴訟提起後、被告国は昭和五五年一〇月三〇日付け文書で右支払い打ち切りを通告したが、原告寅生らが激しく抗議したので、被告国は、訴状送達までの治療費、交通費などはその実費全額を支払い、訴状送達後の分については差し当たり二〇〇万円を原告ら全員を受取人として支払う旨を回答したので、原告寅生は被告国と、右二〇〇万円の支払いは原告悦子の心肥大などの現症状と本件事故の因果関係との存否の判断に影響を及ぼすものではないという趣旨の確認書を作成のうえ、右二〇〇万円の支払いを請求し、昭和五六年八月五日ごろ、その支払いがなされたことが認められる。

そして右認定事実によると被告国の抗弁(1)、(2)は理由があるが、(3)の二〇〇万円は形式的には原告ら全員に対する支払いのようにみえるが、実質は原告悦子の治療関係費用(これは本件訴訟では請求されていない)として請求され、支払われたとみるべきであるから失当であり、採用することができない。

17  そうすると被告国に対する原告悦子の請求は共有動産、個人所有動産焼失による損害合計五九七万二四〇〇円から被告国の抗弁(1)の一〇〇万円を控除した残額四九七万二四〇〇円に慰謝料二五〇〇万円、弁護士費用三〇〇万円を加算した三二九七万二四〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五二年九月二七日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める範囲において理由があり、その余は失当ということになり、原告寅生の請求は共有動産、個人所有動産焼失による損害合計四〇八万五二〇〇円から被告国の抗弁(2)の二〇〇万円を同原告と原告民生、同かおりの動産焼失損害金に按分充当(原告寅生の充当分は一四七万八一〇九円・円未満切捨て・以下、同じ)した残額二六〇万七〇九一円に慰謝料四〇〇万円、弁護士費用八〇万円を加算した七四〇万七〇九一円及びこれに対する前同遅延損害金の支払いを求める範囲において理由があり、その余は失当ということになり、原告民生の請求は所有動産焼失による損害六八万七六〇〇円から被告国の抗弁(2)の二〇〇万円を同原告と原告寅生、同かおりの動産焼失損害金に按分充当(原告民生の充当分は二四万八七八七円)した残額四三万八八一三円に慰謝料二〇〇万円、弁護士費用二五万円を加算した二六八万八八一三円及びこれに対する前同遅延損害金の支払いを求める範囲において理由があり、その余は失当ということになり、原告かおりの請求は所有動産焼失による損害合計七五万四八〇〇円から被告国の抗弁(2)の二〇〇万円を同原告と原告寅生、同民生の動産焼失損害金に按分充当(原告かおりの充当分は二七万三一〇二円)した残額四八万一六九八円に慰謝料二〇〇万円、弁護士費用二五万円を加算した二七三万一六九八円及びこれに対する前同遅延損害金の支払いを求める範囲において理由があり、その余は失当ということになる。

四よつて原告らの被告国に対する請求は右記理由がある範囲にかぎり認容し、同被告に対するその余の請求及び被告ミラー、同ダービンに対する請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用し、仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上杉晴一郎 裁判官田中 優 裁判官中村 哲)

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