大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

横浜地方裁判所 昭和58年(ワ)137号 判決

原告

アンドレス・ロドリゲス・ビージャ・イ・ヒル

原告

テクニカ・イ・コメルシオ株式会社

右代表者代表取締役

アンドレス・ロドリゲス・ビージャ・イ・ヒル

原告

イスパーノ・ハポネサ株式会社

右代表者代表取締役

アンドレス・ロドリゲス・ビージャ・イ・ヒル

右原告ら訴訟代理人弁護士

大下慶郎

納谷広美

清水譲

鈴木銀治郎

被告

日産自動車株式会社

右代表者代表取締役

石原俊

右訴訟代理人弁護士

小倉隆志

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、金一八万米ドル及びこれに対する昭和五五年四月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告テクニカ・イ・コメルシオ株式会社(以下、「原告コメルシオ社」という。)並びに同イスパーノ・ハポネサ株式会社(以下、「原告ハポネサ社」という。)は、スペイン国マドリッドにおいて日本との貿易・通商・法律・文化の仲介・調査・相談・情報提供などを業とする株式会社であり、原告アンドレス・ロドリゲス・ビージャ・イ・ヒル(以下、「原告ロドリゲス」という。)は右各株式会社の代表者である。

(二)  被告は、自動車製造販売を業とする株式会社である。

2  被告は、昭和五三年ころスペインへの企業進出を計画し、同年一一月一日ないし三日、スペイン国マドリッドにおいて原告ロドリゲスとの間で、被告のスペインでの自動車生産・販売の拡大、特にスペイン領カナリア諸島(以下、「カナリア諸島」という。)での自動車の現地生産及びスペインの自動車産業について協議した。その結果被告は、カナリア諸島での現地生産方式について更に具体的な検討に入ることに決め、原告ロドリゲスに対して翌五四年一月二六日付テレックスをもって、被告がカナリア諸島に資本投下して自動車組立工場を設置し現地生産する場合に必要な事項の基礎調査並びに資料の提供を依頼し、原告ロドリゲスは前同日付テレックスをもってこれを承諾した。

右合意は、請負契約ないし有償委任契約あるいはこれらに類似する有償無名契約(以下、「本件契約」という。)に該当する。

3  原告らは、右依頼に基づき直ちに調査を開始し、「日産レポート」と題する書面(以下、「日産レポート」という。)としてこれをまとめ、昭和五四年三月二一日被告に報告した。

その後原告らは、本件契約に基づき、右「日産レポート」を補充するため、スペイン政府の自動車産業に関する方針とそれに関する補足意見を伝え、更に同年四月一一日被告がカナリア諸島におけるベンツ社の動向や、スペイン本土における四輪車の利用状況などについての追加調査を求めたのに対して、同年五月に原告らのスタッフの一人であるファン・ポーレス博士を東京に派遣して補足説明・報告を行った。原告らはその後も、被告からの依頼がある都度スペインにおける自動車産業に関する情報・資料を提供し、同年七月二七日以上の調査報告を踏まえスペインにおける法律・経済の専門知識に基づき、被告がカナリア諸島に企業進出するにあたっての総括的意見を提出した。

4  右日産レポートの作成及び追加調査の報酬及び費用は、左記算定に照らせば少なくとも一八万米ドルに相当する。

(一) タイムチャージ方式による評価・算定

(1) 調査に要した時間 合計 四九七〇時間

① データ収集 計 一二〇〇時間

昭和五三年一一月三日から約二か月半

一人一か月一二〇時間

調査に関与した者四名

(120×2.5×4=1,200)

② 日産レポート作成 計 二七二〇時間

イ 昭和五四年一月二六日から約二か月

一人一か月二四〇時間

作成に関与した者四名

(240×2×4=1,920)

ロ 右と同じ期間

一人一か月一〇〇時間

作成補助者四名

(100×2×4=800)

③ データ補充 計 一〇五〇時間

昭和五四年三月二四日から約三か月半

一人一か月一〇〇時間

調査に関与した者三名

(100×3.5×3=1,050)

(2) スペインにおける慣行及び本件契約内容(有益性、的確性、迅速性)に鑑み、その報酬は時給六五米ドルが相当である。

(3) 以上から計算すると合計金額は三二万三〇五〇米ドルとなる。

(65×4,970=323,050)

(二) 右金額はスペインにおける商慣習(新たに設立された会社・投下資本の五パーセントにあたる株式を仲介・コンサルタントの報酬とする。)に照らしても極めて合理的な額である。

(三) 諸経費 合計 二万五五九一米ドル

5  原告らは、昭和五五年四月二八日付文書で被告に対して一八万米ドルの支払を請求したが、被告はこれに応じない。

6(一)  本件契約成立当時、原告ロドリゲスは原告ハポネサ社の設立準備中であり、同原告会社の設立発起人として本件契約を締結した。そして、昭和五四年五月九日同原告会社は設立され、本件契約に基づく権利義務を原告ロドリゲスより重畳的に承継した。

原告ハポネサ社及び同コメルシオ社は、いずれも日産レポートの作成その他の調査報告業務に従事した。

(二)  原告ハポネサ社が原告ロドリゲスの権利業務を承継したとの主張が認められないとすれば、原告ハポネサ社及び同コメルシオ社は、被告に対し、予備的に、原告ロドリゲスと同一の報酬等請求権を有する旨主張する。

(三)  右の主張が認められないとすれば、原告らは、原告ら三名の組合契約に基づき、被告に対し、前項の報酬等請求権を有する旨主張する。

よって、原告らは被告に対し、本件契約(請負契約ないし有償委任契約あるいは有償無名契約)による報酬請求権及び費用償還請求権に基づき一八万米ドル及びこれに対する遅滞の日である昭和五五年四月二八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1(1)の事実は不知、同(二)の事実を認める。

2  同2の事実のうち、昭和五三年一一月一日ないし三日に原告ロドリゲスが被告と協議したこと、被告が同原告に対して同五四年一月二六日付文書をもって、来日の際にノックダウン部品及びスペア部品に課される輸入税等についての情報を持参するように通知したこと及び同原告がこれに同意したことは認めるが、右協議の内容が被告の出資によるスペインでの現地生産についてのものであること、前記通知の内容が、被告によるスペインへの資本投下のための基礎調査ないし資料の提供であることを否認し、右通知とこれに対する原告ロドリゲスの同意によって原告ら主張の有償契約が成立したことを争う。

現在、自動車会社の海外進出の形態には、技術提携方式と直接投資方式があり、被告が計画していたスペインへの進出形態は前者であった。スペイン(カナリア諸島)において自動車組立工場を設置する予定であったのは原告ロドリゲスであり、したがって、被告が右事業に必要な調査、資料収集を行う必要はない(ましてそのための費用ないし報酬を支払う必要もなく、その旨の約束もしていない。)のであって、被告が原告ロドリゲスに前記情報提供を依頼したのは、同原告が自動車生産について素人であったため、技術提携する側として協力する趣旨で行ったものにすぎない。

3  同3の事実のうち、原告ロドリゲスが昭和五四年三月二八日ころに日産レポートを被告に送付したこと、同年五月ころ被告の依頼に応じて同原告がスペインにおける自動車産業の規制基準を掲載した官報のコピーを送付したこと及び被告がポーレスと会見したことを認め、その余を否認する。

右の程度の履行では、仮に請求原因2において請負契約(ないしその類似有償無名契約)が成立していたとしても、右契約にいう「仕事の完成」には当たらない。

4  同4を否認ないし争う。

5  同5の事実のうち、原告らが被告に対し、その主張する日付の文書により一八万米ドルを請求したことを認め、その余は争う。

6  同6(一)のうち、原告ハポネサ社の設立時期は不知。被告の情報提供の依頼に同意したのは原告ロドリゲス個人であり、原告ハポネサ社及び原告コメルシオ社は関与していない。原告ハポネサ社の設立により同原告会社が原告ロドリゲスの権利義務を承継した旨の主張は争う。

同6(二)、(三)はいずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者について

1  請求原因1(一)の事実について判断する。

〈証拠〉によれば、原告コメルシオ社は、主たる業務としては軍事電気関係の製品部品の輸出・代理であるが、付随的業務として日本との取引代理、スペインの法律・経済・貿易などに関する調査・コンサルタントサービスを行っていたこと、原告ハポネサ社は、昭和五四年五月九日設立登記を経て設立された株式会社であり、その営業は原告コメルシオ社の業務を継承して日本企業のスペイン進出に際してのスペインの政治・経済・法律についてのコンサルタントサービス、スペイン・日本間の通商貿易に関する業務を行うものであること、原告ロドリゲスは右各株式会社の設立発起人・代表者であることが認められる。

2  請求原因1(二)の事実は当事者間に争いがない。

二本件交渉の経緯について

1  被告が昭和五三年一一月一日ないし三日スペインのマドリッドにおいて原告ロドリゲスとの間で協議したこと、被告が同原告に対し同五四年一月二六日付文書をもって、来日の際輸入税等自動車生産に関する情報の持参を求め、同原告が右に同意したこと、同原告が同年三月二八日被告に対して日産レポートを送付したこと、同年五月ころ同原告は被告の求めに応じて更にスペインにおける自動車産業の規制基準に関する文書を送付したこと及びそのころポーレスが被告と会見したこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告会社の社員塩崎潤(以下、「塩崎」という。)は、昭和四四年四月に被告会社の太洋州アフリカ部部長代理に就任して以来主に自動車の輸出営業を担当し、同五三年ころには被告会社アフリカ部部長として右業務に携わっていた。塩崎はアフリカ諸国との間での自動車の生産販売に際しては従来専ら技術提携の方式により業務を進めてきており、そのうちケニア、ジンバブエ、南アフリカ共和国との間では技術提携契約を締結するまでに至っていた。

被告のいう技術提携方式とは、被告が進出先国の業者に自動車の製造に必要な技術を供与し、或いは部品を供給し、進出先国の業者は右供与を受けて事業主体として自動車を生産する方式であり、契約締結に至るまでの費用は契約の成否にかかわらず当事者各自の負担とするものである。

(二)  塩崎は昭和五一年ころ、同業のトヨタ自動車株式会社(以下、「トヨタ」という。)がカナリア諸島への進出を計画していることを聞き、日本スペイン協会の江崎桂子理事に右を問い合わせたところ、原告ロドリゲス(但し、当時は名前は知らなかった。)がスペイン政府の依頼を受けて日本スペイン協会に対し、スペインに進出する日本の自動車メーカーの推薦、紹介方を依頼していることを聞き及んだ。しかし、右情報は確実性に乏しく、その概要がカナリア諸島で年産二万台を予定しているものであることを知り、一旦断念した。

トヨタはその後イベリア半島への進出を決定したが、塩崎はなおカナリア諸島への進出を考え、その情勢に注目していた。

(三)  塩崎は外国出張の際にマドリッドに立寄り、昭和五三年一一月二日及び三日原告ロドリゲスと会見した。塩崎はトヨタの動向及び被告会社のスペイン進出の可能性について打診したところ、同原告は、カナリア諸島において四輪駆動自動車の組立工場を建設することが最も適切であること、カナリア諸島での工場建設・生産には政府より各種の特典が与えられる可能性が高いこと、被告の出資を期待していることを伝えた。これに対し塩崎は、カナリア諸島での自動車生産は月産一〇〇台位が限度であること、被告はアフリカ大陸の諸国においても直接出資は行っておらず、しかも右の程度の生産高では出資は考えられないこと、しかしなお本社に持ち帰り検討することを伝え、帰国した。

(四)  帰国後、塩崎は被告会社の技術協力部と協議検討のうえカナリア諸島への進出計画(以下、「本件計画」という。)を進めることとし、昭和五四年一月二六日付テレックス(甲第五号証)をもって原告ロドリゲスに対し、本件計画を検討するため来日を要請するとともに、参考として現地に建設が予定される自動車組立工場についての構想を記載し、併せて、来日の際には右計画を進展させるため後記情報を持参されたい旨を伝えた。

右テレックスに記載された被告の構想にかかる工場の概要は、

① 生産型 ニッサンパトロール

② 生産量 月産一〇〇台

③ 生産方式 CKD(コンプリート・ノック・ダウン、即ち完全分解部品を輸出して現地で組み立てる方式)

④ 建物 床面積二〇〇〇平方メートル

⑤ 敷地 四〇〇〇ないし六〇〇〇平方メートル

⑥ スタッフ 一五ないし二〇人

⑦ 作業員 五〇人

⑧ 生産機械

などであり、工場の図面は原告ロドリゲスが来日するまでに被告の方で準備することとした。

また、右テレックスにおいて被告が提供を求めた情報は、

① 状況データ 部品に関する関税、最低賃金と雇用条件、工場建設に関する制限等

② 企画データ 工場予定地の環境、現地調達部品の必要度、原材料取得方法と価格、財務リスク等

③ 市場調査

④ 生産価格見積もりに関する情報

⑤ 人件費

などであった。

(五)  被告は右テレックスを送信した段階においては、本件計画については技術提携方式を念頭においており、本来本件計画及びその前提となる調査は企業主である原告ロドリゲスが行うべきものと考えていたが、同原告が自動車産業に関しては素人であったので、被告としてはこの計画が失敗しないように同原告にアドバイスするという趣旨で、被告の側においてスペイン政府に受け入れられるような工場建設計画案を作成し、これを同原告に示して右計画に必要な情報の提供を求めたものである。

(六)  前記テレックスに対して原告ロドリゲスは、原告コメルシオ社の名を加えて昭和五四年一月二六日付テレックス(甲第二三号証)をもって、今後の協議のために調査することを約束し、同年三月二一日付のテレックスにより日産レポート(甲第六、第七号証)を作成して被告に送付した。

(七)  日産レポートは、原告ハポネサ社の作成名義による計二冊、二六一ページに及ぶものであり、その情報は主にスペイン政府高官から入手したもの及びカナリア諸島の現地調査によるものであり、その内容項目は大要次のとおりであった。

① 基礎工事に関するもの(カナリア諸島の立地条件等)

② 産工業法規に関するもの

③ 労働法規に関するもの

④ 国庫会計法規に関するもの

⑤ コスト見積もり及び市場調査に関するもの

そして、右レポートの結論として、カナリア諸島に対する投資の採算性、輸入部品価格が総価格の三〇パーセント(総価格の七〇パーセントは国産部品とするもの、いわゆる国産化率七〇パーセント)、場合によっては五〇パーセント(国産化率五〇パーセント)の場合の免税措置の可能性が述べられ、被告に対して直接投資の展望を示し、直接投資を要望する内容となっていた。

(八)  原告ロドリゲスはこの後も、昭和五四年三月二四日付及び同年四月六日付テレックス(甲第八、第九号証)をもってスペイン政府の自動車産業に関する方針(自動車製品の五五パーセントを国産とする旨の決定)及びスペインの自動車の需要状況においては被告がダットサンフェアレディを製造すべきであるとの意見を伝えた。

(九)  被告は、日産レポートに対して、被告による直接投資はあり得ないことから、原告ロドリゲスが来日した際その旨を伝える意向であったが、いずれにしても更に本件計画を検討するために、同原告に対して、日産レポートに記載のある原告ハポネサ社についての説明(甲第一〇号証)及びカナリア諸島における他社の生産状況、スペイン政府の保護措置、スペインによる自動車の海外輸出先とその車種などについての報告を求めた(甲第一二号証)。

これに対して原告ロドリゲスは原告ハポネサ社の概要を伝えた(甲第一一号証)。

(一〇)  原告ハポネサ社のスタッフであるポーレスは、昭和五四年五月一一日及び一四日来日して塩崎及び被告会社技術協力部と会見した。被告側はこの段階で、カナリア諸島への直接投資は極めて困難であること、従って技術提携契約の可能性しかないことを明らかにし、また、被告会社技術協力部が過去の被告のデータに基づいて作成した四輪駆動車月産一〇〇台を目標とする組立工場の付属設備図及び平面図(甲第一三号証、第一四号証の一及び二)について説明し、これを同人に交付した。その際、日産レポートには国産化率五〇パーセント或いは七〇パーセントとされているものの、実際にカナリア諸島で生産できる部品が特定されていないので、具体的計画にこれを盛込むことが不可能であったため、右図面は国産化率を〇パーセントとして作成したが、本件計画を検討するに当たっては国産化率の確定が必要不可欠であるので、国産化率について、特に現実に生産可能の部品について更に原告ロドリゲスの側で検討してもらいたい旨要請した。これに対してポーレスは強く被告の直接投資を要請しつつも、右検討につき約束した。

(一一)  原告ロドリゲスは翌五月二九日付テレックス(乙第一号証)をもって前記ポーレスとの会見の趣旨に対して返事をし、被告の提案する技術提携方式について検討しているが、スペインの自動車産業の現状では実際の国産化率は大変低いこと、被告から購入することになる部品のコストが高いこと及び車両輸入自由化に関する法案によって状況が悪化していることを指摘して、原告ロドリゲスの側で出資することが困難であり、従って被告の提案には難点がある旨を伝えた。

(一二)  その後も被告と原告ロドリゲス或いはポーレスとの間では自動車生産の国産化率に関する法規についての情報交換がなされた(甲第一五ないし第一八号証)が、工業用車両について直接規定している法規を入手することはできなかった。

(一三)  塩崎は、同年七月一六日アフリカ出張の際マドリッドにおいて原告ロドリゲスと会見し、国産化率についての検討の結果を求めたが明確な結論を得られず、関係法規について更に調べるように要請した。その会見のあと、塩崎はスペイン来訪中に被告会社の原専務と相談したところ、同専務は、スペイン政府はEC加盟にあたり国内産業の強化を図っており、強大な自動車産業の育成を目指している現状においては、カナリア諸島の小規模の工場建設計画に対して保護政策をとることはありえないであろうから、本件計画は打ち切るべきであると指示した。この結果被告はカナリア諸島への進出を断念し、塩崎は翌日本件計画は実現性がないので調査を打切る旨を原告ロドリゲスに伝えた。

(一四)  原告ロドリゲスは同年七月二七日付テレックスをもって被告の資本投下による本件計画の推進を改めて要請したが(甲第一九号証)、被告は同年八月一六日付テレックスにより、EC加入を目前にしてスペイン政府の自動車工業政策が変更されたため本件計画を中止する旨を通知し(甲第二〇号証)、右要請を拒否した。

(一五)  同年一一月、被告はスペイン本土(イベリア半島)にあるモトル・イベリカ社に資本参加することを決定した。

(一六)  原告ロドリゲスは昭和五五年四月二八日付けの手紙とともに請求書(甲第二一号証)を日本スペイン協会江崎理事に託し、被告に対して一八万米ドルの報酬及び費用を請求したが、被告はこれを拒絶した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する甲第二九、第三一及び第三二号証の各記載部分は俄に措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三本件契約の成否について

以上の認定事実に基づいて本件契約の成否について判断する。

原告らは、被告の昭和五四年一月二六日付テレックス(甲第五号証、以下、「本件テレックス」という。)をもって本件契約の申込であるとし、原告ロドリゲスによる同日付テレックス(甲第二三号証)をもって右申込に対する承諾であると主張する。確かに、本件テレックスには、スペインにおいて自動車組立工場を設置するために必要と思料される基礎的事項全般についての情報提供の依頼が記載されている。

しかしながら、以下に述べるとおり、本件テレックスによる依頼(以下、「本件依頼」という。)を報酬の支払を内容とする契約の申込と判断することには疑義がある。

1 まず、本件依頼がなされた当時、両当事者の本件計画についての基本構想に根本的差異がある。前記認定事実によれば、原告ロドリゲスは当初から被告に対して直接投資を進言、要請しており、日産レポートを始めとする報告等もそれを前提としてなされている。従って、前記甲第三一号証によって認められるように原告ロドリゲス自身は工場設置の準備を行った形跡がない。しかしながら、他方、被告は当初からスペイン進出の方法を、費用を当事者各自が負担する技術提携方式によるものと考えており、事実塩崎は被告会社アフリカ部において技術提携方式による海外進出にのみ携わってきたのであるから、原告らが主張するように、被告が当初からスペイン(カナリア諸島)に直接投資する予定であったものとは認めることはできない。そして、この両者の基本構想の齟齬はその後の交渉を通じて解消せず、意見の一致を見ないまま具体的交渉に入ることなく本件計画は中止されている。

ところで、本件依頼がなされた時期は、被告が本件計画について検討を開始したばかりで原告ロドリゲスとの交渉準備の段階であり、基本方針、構想はあったとしてもその具体案は全くなく、爾後の調査交渉により右計画を具体化する意図であったことはその後の経過からも明らかである。

このように両者の基本構想に齟齬があるうえ、計画が緒についたばかりの交渉準備段階においてなされた情報提供の要請を、被告の直接投資を前提とした報酬を伴う契約(被告のための調査事務委託ないし仕事の完成)の申込と解するのは合理的でない。

2 次に、本件テレックスの記載内容について検討する。本件テレックスは、まず、原告ロドリゲスに対し被告会社への来訪を要請しており、右要請の目的が本件計画の検討のための協議であることはその文書から明らかである。

次いで、協議の参加のため、カナリア諸島に建設されるべく組立工場の概要について被告の構想が記載され、第三に、本件計画を検討協議するために、かつ、スペイン政府に申請するために情報が必要であるとしてこれを網羅的に掲げ、可能な限り右情報の提供を求める旨を述べている。

右記載内容に照らすと、本件テレックスは、原告ら主張の調査及び資料提供の依頼というよりは、むしろ、本件計画について協議するための準備として情報が必要であることと、どのような情報が必要であるかを説明して来日を要請したものとみるのが妥当である。

従って、本件テレックスの文言自体から、これを本件契約の申込と解することには無理がある。

3 本件テレックスにより、原告ロドリゲスが提供を求められた情報は、前記認定のとおり、その内容が基礎的事項を含めて網羅的であり、原告ロドリゲスが来日するまでの短時日に(本件テレックスによると来日の予定は昭和五四年二月である。)そのすべてを調査し得るか甚だ疑問である。このことは、その後の経過に見られるように、日産レポート送付の後も断片的に調査が進められ、逐次その結果が報告されていること、国産化率については最後まで被告の求める情報が得られなかったことからもいい得るところであり、その故か、本件テレックスでは「できる限り」の情報の持参を求めているのである。従って、本件テレックスにおいて被告が入手を求めている情報を調査事項とするならば、その内容は無限定というべきであり、特定しているとは認められず、その履行期限も定まっているとはいい得ない。そうとすれば、原告らが主張する本件契約が成立したとされる時期には、まだ原告ロドリゲスのなすべき調査、情報収集業務は特定されていないのであり、このような場合に、本件依頼を承諾したことにより同原告に対し具体的権利義務を生じさせると考えることはできない。

4 自動車産業が海外に進出するに当たっては、国産化率についての調査、即ちどの程度進出先国で生産される部品が利用できるか、また、その国の国産化率に関する法制がどうなっているかについての調査が極めて重要であり、右調査には専門知識、技術を要し、その結果には高い確度が要求されるものと解されるが、原告ロドリゲス自身も認めているように同原告は自動車産業に関する専門知識、技術を持たなかったのであるから、原告らが主張する日産レポートの有益性・的確性・迅速性の当否はともかく、被告としては本件依頼時にどの程度の情報の収集が期待できるかは未知数であったと思われる。従って、このような状況のもとでなされた本件依頼をもって契約の申込とすることは相当でない。

5 本件の如く、企業が海外進出をする場合、進出する企業にとって進出先国の調査、情報収集が極めて重要であり、右調査等に相当の期間を要することは明らかであるが、原告ら主張の契約の申込は本件テレックスによるのみであって、契約書は存在せず、しかも右テレックスには報告の履行期限が明らかにされてなく、報酬については一切言及していないのであり、その後も両者の交渉の間にも報酬について触れられたことはない。調査の重要性に鑑みると、履行期限、報酬等に触れていない点からも、本件テレックスをもって本件契約の申込とは考えられない。

以上のとおり、本件テレックスによる原告ロドリゲスに対する情報提供の要請をもって本件契約の申込と認めることはできず、従ってまた、その契約が有償であることも認め難い。むしろ本件依頼は、海外進出計画の準備交渉段階における相互協力(債権債務を伴わない)の依頼の域を出ないものと解さざるを得ない。従って、本件要請に対し原告ロドリゲスが承諾したとしても、本件契約の成立を認めることはできない。

よって、請求原因2は理由がない。

四結論

以上の次第で、原告らの被告に対する本訴請求は、その余の請求原因を判断するまでもなく、いずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蘒原孟 裁判官樋口直 裁判官小西義博)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com