大判例

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横浜地方裁判所 昭和59年(わ)2525号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中四五〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五九年八月末ころ、被告人の性的な問題行動等から、それまで在園していた精神薄弱者更生施設を退園させられ、その後は肩書住居で、父親の助けを得て、同園で覚えた木工技術により椅子を作ったりなどしていたものであるが、同年一〇月一日は、前日から神奈川県茅ヶ崎市内に居住する遠縁のB方に赴き、一泊して遊んでいたところ、同日(一〇月一日)午後一時四五分ころ、母親が迎えに来たため、二階ベランダから柱伝いに階下に降りて同家を裸足で逃げ出し、途中サンダルを拾って履き、自宅に帰れば両親に叱られるなどと考えながら徘徊し、同市《番地省略》所在の同市立甲野小学校校庭に至り、缶ビールを飲みながら同校庭で遊んでいた女子小学生を眺めているうちに劣情を催し、同日午後四時二〇分ころ、同級生二人と一緒にブランコに乗って遊んでいたA子(昭和四八年八月二三日生、当時一一歳)を強いて姦淫しようと決意し、同児に対し、「何でそんなに俺の方を見るんだ。」と言って、同児の手首を掴んでブランコから引き降ろし、同校庭東側塀際まで連れて行き、同所において、同児の腹部を右手拳で二回位殴打して「オマンコをさせろ。」と言い、なおも両手で同児の首を締めつける等の暴行を加え、さらに、同児の肩に手をかけて同児を同校庭南側便所裏に連れて行き、同所において、同便所南側コンクリート土台上に腰かけていた同児に対し、「オマンコをやらせろ。」と言って、いきなり同児を同土台上に押し倒して馬乗りになり、同児の腹部を右手拳で二回位殴打し、なおも「ぶっ殺すぞ。」などと言いながら両手で同児の首を締めつける等の暴行を加え、その反抗を抑圧して強いて同児を姦淫しようとしたが、同児の悲鳴を聞きつけた通行人から塀越しに制止されるや、右犯行を中断して、同人に対し「うるさい。」などと怒鳴り返し、その隙に同児が同所から逃げ去ったため、その目的を遂げず、その際、右暴行により、同児に対し、加療約五日間を要する頸部擦過創、腰部打撲の傷害を負わせたものである。

なお、右犯行当時、被告人は、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)《省略》

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件犯行当時、被告人は心神耗弱の状態にあった旨主張するので、この点について、以下検討する。

《証拠省略》によると、(1)被告人には、性染色体の数的異常があり、染色体数は四八、性染色体構成はXXYYであって、クラインフェルター症候群であると認められ、この性染色体異常(クラインフェルター症候群)に基因して、被告人は、精神薄弱痴愚級(中度)ないし重い軽愚級(軽度)の程度にある知能障害を有し(WAIS知能診断検査によると被告人のIQは、言語性IQ六〇以下、動作性IQ七二、全検査IQは六〇以下であり、面接所見をも加味すると、IQは五〇前後に相当する。)、かつ、同症候群の主徴候である性腺発育障害による内分泌障害が存在し、性腺―脳下垂体―視床下部系の機能的異常があり、そのため、原始的な欲動、とくに性欲に固着してこれが強化されるとともに、気分の変動、易刺激性の亢進、衝動性などが周期的に襲来し、情動的、爆発的行動に出やすいと認められること(ちなみに、被告人については、司法警察員作成の「判定書謄本の入手について」と題する書面添付の医学判定書謄本においても、周囲の状況によっては不穏な言動があり、短絡的、衝動的で抑制に欠ける面があると指摘されているし、また、弁護人提出の医学判定書写しにおいても、些細な刺激によって劣等感が拡大され、不穏な言動に及ぶ、短絡的、衝動的、抑制力に欠ける一面あり、と同様の指摘がなされていることが認められる。)、(2)被告人は、昭和五九年八月末ころ、それまで約一年一〇か月間にわたり在園していた精神薄弱者更生施設を同施設に入所中の一九歳の女性との付合いを咎められて退園させられ、いつになく激高したが、退園後は自宅で施設で覚えた木工技術を生かし、父の手伝も得てレジャー椅子を作っていたところ、同年九月三〇日親戚の葬儀で初めて知り合った遠縁のB方に遊びに行き、自分より少し年下の同人とゲームセンターに行ったり、映画のビデオを見せてもらったりして遊んだ後、さらに同人とその姉と連れ立ってボーリング場に遊びに出かけ夜遅くなったため、B方に泊めてもらい、本件当日の翌一〇月一日は、同人方で昼食を御馳走になり、映画のビデオを見せてもらったりして遊んでいた際、同日午後一時四五分ころ、突然母親が自分を迎えに来たため、B方の二階ベランダから柱伝いに階下に降りて裸足のまま外へ逃げ出したが、このような更生施設の退園とこれに伴う環境の変化のうえ、事件当日の従前全く交際のなかった遠縁の姉弟の思いがけない歓待に気分を高揚させていたところを突然母親に連れ戻されそうになったこととあいまって、本件犯行時には、被告人の精神状態は、右の知能障害に加えて、前記の周期的に襲来する気分の変動、易刺激性の亢進、衝動性などの渦中にあって、情動が理性より優位の状態にあり、右B方を逃げ出した後、家に帰れば両親に叱責されると考えながら歩くうち、判示の甲野小学校に至ったが、たまたま市制記念日で同校が休校日のため、遊んでいる小学生も少なく、鉄棒で遊んでいた小学三、四年生の女の子のパンツを見たりしているうちに、急激な情動爆発反応を起こしたものと認められること、(3)被告人は、犯行直前の本件当日午後一時四五分ころ、前記のとおり突然母親が迎えに来た際、二階ベランダから柱伝いに階下に降りて裸足のままで逃げ出していること、そして、被告人は、鉄棒で遊んでいた右の女の子二名の側に近付いて行ったが、同女らが帰ってしまったため、今度はブランコで遊んでいた小学五年生の被害者らの近くで同女らが遊ぶのを見ていたが、本件犯行に際しては、被害者が同級生二人と一緒に遊んでいたにも拘わらず、右同級生が被害者の両親らに危急を通報することなどは全く意に介することなく、被害者だけに対し、「何でそんなに俺の方を見るんだ。」と言って、被害者をブランコから引き降ろして塀際に連れて行って暴行を加えるなどしていること、加えて、被告人は、便所裏において、被害者の悲鳴を聞きつけた通行人から塀越しに、「何してんの。」などと言われて制止されるや、直ちに逃走を図るどころか、かえって、右通行人のいる塀際に行き、「うるさい。」と怒鳴り返すなどしていることが認められ、これらの被告人の犯行直前及び本件犯行中の行動は、異常な行動とみられること等の事実が認められる。これらの事実関係に照らすと、被告人は、本件犯行当時、精神薄弱痴愚級(中度)ないし重い軽愚級(軽度)の程度にある知能障害を有し、かつ、前記の周期的に襲来する気分の変動、衝動性、易刺激性の亢進する精神状態下にあって、情動爆発反応により本件犯行に及んだものであり、是非を弁別し、これに従って行動する能力が著しく減弱した心神耗弱状態にあったものと認めるのが相当であり、弁護人の主張は理由がある。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一八一条(一七七条)に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、右は心神耗弱者の行為であるから同法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四五〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、小学校五年生(当時一一歳)の女児に対し、暴行、脅迫を加えて強姦行為に及ぼうとし、その結果傷害を負わせたものであって、極めて自己中心的で、危険かつ悪質な犯行であり、被害者やその両親に与えた衝撃と恐怖感には深刻なものがあり、さらには被害者と同世代の女児を持つ世の親らに対し与えた不安感等社会的影響も軽視できないこと等にかんがみると、被告人の刑責は重大であるが、他方、被告人は、性染色体異常を有し、クラインフェルター症候群に罹患し、これに基因する知能障害と性腺発育障害による内分泌障害によって惹起される精神症状にその行動を規定されているものとみられ、そのため、本件犯行当時心神耗弱の状態にあって、衝動的、爆発的に本件犯行に及んだものであること、幸いに被害者を姦淫するまでには至ることなく、また傷害も軽微なものですんだこと、被告人の父親において、被害者に対し、治療費、見舞金を支払って示談が成立していること、被告人の両親は、被告人の治療並びに指導監督、更生等については並々ならぬ努力をする決意であることが認められるうえ、被告人もそれなりの反省をしているものと見受けられること、被告人に前科はなく、若年であること等の事情も認められるので、これら諸般の事情を総合考慮して、被告人に対し、主文程度の刑に処したうえ、その刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田耕生 裁判官 白神文弘 坂本宗一)

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