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横浜地方裁判所 昭和59年(行ウ)21号 判決

原告

秋元房子

右訴訟代理人弁護士

高梨克彦

被告

川崎北税務署長

輿石恒夫

右指定代理人

藤宗和香

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五六年分所得税について被告が昭和五八年一月三一日付けでした更正処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、不動産所得を生ずべき不動産貸付業を営む青色申告者であるが、その昭和五六年分所得税について、租税特別措置法(昭和五八年法律第一一号による改正前のもの。以下「措置法」という。)二五条の二によるみなし法人課税を選択し、不動産所得一一六二万六二〇八円の損失、事業主報酬額一〇二〇万円、みなし法人所得二一八二万六二〇八円の損失、給与所得八一四万円、還付すべき税額九万六七二〇円として確定申告をした。これに対する被告の更正(以下「本件更正処分」という。)及びその後の不服申立ての経緯は、別表一のとおりである。

2  しかしながら、原告の昭和五六年分の不動産所得は、後記(一)から(二)及び(四)を控除した一一四一万七九〇二円(確定申告額を訂正する。)の損失であり、不動産所得を一八七九万二〇九八円とした上これを基礎としてなされた本件更正処分は、所得を過大に認定したものとして違法である。

なお、原告は、被告の算出方式を争うものではない。

(一) 総収入金額

三三七一万三六九〇円

右は、原告がその所有する不動産の貸付等による所得として被告に提出した「昭和五六年分所得税青色申告決算書(不動産所得用)」(以下「決算書」という。)に計上していた収入金額の合計であり、被告の是認したものである。

(二) 必要経費

一四九二万一五九二円

右は、被告が是認した原告の必要経費であり、これは、原告が決算書に必要経費として計上した四五三三万九八九八円から、次記(三)及び(四)の合計金額三〇四一万八三〇六円を控除した金額に等しい。

(三) 必要経費に該当しない借入金利子

二〇万八三〇六円

右は、原告が決算書の借入金利子中に含めていた昭和五七年一月分に係る借入金利子の支払いであり、昭和五六年分の必要経費とはならないものである。

すなわち、原告は、確定申告時の必要経費を本訴において右の分だけ改める。

(四) 立退料 三〇二一万円

右は、原告がその所有する神奈川県川崎市中原区北谷町五八番一、同番四、同五九番及び同六〇番の四筆の土地合計二〇〇四平方メートル(以下これらを併せて「本件土地」といい、各土地を個別に表示するときは地番のみで記載することもある。)を賃借人の訴外町田幸(以下「町田」という。)及び同柏木茂久(以下「柏木」という。)から返還を受けるに際し、同人らに対して支払つた立退料(以下「本件立退料」という。)であり、必要経費とすべきものである。

被告は、本件立退料を必要経費とした原告の申告を否認しているが、後記3の理由により本件立退料は必要経費と認められるべきであり、仮にそうでないとしても繰延資産と認められるべきである。

3  本件立退料は、次のとおり必要経費であり、仮にそうでないとしても繰延資産として五年間で均等償却されるべきものである。

(一) まず、本件立退料が支払われるまでの経緯は、次のとおりである。

(1) 原告の祖父である秋元源蔵は戦前から本件土地を所有し、原告はこれを承継したものであるが、祖父又は先代は、戦前に町田に対し本件土地のうち五八番一田(五七一平方メートル)、同番四雑種地(一一二平方メートル)、五九番田(四八二平方メートル)を、柏木の父である柏木房太郎に対し六〇番田一部雑種地(八三九平方メートル)をそれぞれ使用させ、同人らは本件土地で米作及び畑作をしていた。その後右柏木房太郎の使用分は、息子の柏木が引き継いだ。この利用関係については、期間の定めはない。

(2) その間の本件土地の使用料は、町田分が昭和四八年以降年額一万円、柏木分が昭和四〇年以降年額五〇〇〇円に増額され、昭和四九年以降は供託されているが、本件土地の固定資産税額(町田の使用する部分につき昭和四九年は三万七一九〇円、柏木の使用する部分につき同年は二万三三七〇円であり、昭和五〇年にはその金額の二倍ないし四倍になつている。)よりもはるかに低額である。

(3) ところで原告は、本件土地を賃貸駐車場として使用する目的で町田及び柏木に対しその立退きを要求し、その結果、昭和五六年一月一七日に、原告が町田に一七四九万円を、柏木に一二七二万円をそれぞれ支払い、同人らは同年三月三一日までに本件土地を明け渡す旨の合意が成立した。原告は、右合意に従い、町田に対し、同年一月一七日内金八六〇万円及び同年三月二七日残金八八九万円を、柏木に対し、同年一月一七日内金六〇〇万円及び同年三月二七日残金六七二万円をそれぞれ支払い、同人らは同年三月末までに本件土地を明け渡した。そして、原告は、現在本件土地を駐車場として他に貸し付けている。

(4) 本件立退料の金額(一〇アール当たり約一五〇〇万円)は、本件土地が所在する神奈川県川崎市中原区内の農地の昭和五六年一月ころの耕作権価格(一〇アール当たり約二一〇〇万円)の約七割に過ぎず、また更地の時価の五パーセント程度に過ぎない。

本件立退料の額が右のように低額に定められたのは本件土地の近隣が立退き合意時に既に市街化されており、本件土地だけが離島のようにとり残された農地となつていたばかりか、もはや本件土地が農耕不適地と化し、町田及び柏木にしても、離作料を取得する目的で本件土地の中央部分だけに若干の自家消費野菜を栽培していたに過ぎなかつたものであり、農業委員会も標準小作料を設定し得ないでいたからである。

(二) 以上の事情から明らかなとおり、本件土地をめぐる原告と町田及び柏木との権利関係は、仮に当初において賃貸借であつたとしても、昭和四〇年代以降は、その使用料が固定資産税額よりも極めて少額になつたことにより、使用貸借関係になつたというべきである。このように、町田及び柏木は本件土地の使用借権を有するに過ぎないところ、使用借権は譲渡しえず、客観的交換価値が零であつて資産性がない以上、本件立退料を資産の取得費と解すべき余地はない。

かえつて、前記(一)のとおり、原告は、町田及び柏木が本件土地を占有するため本件土地から相応の地代を取得できず、同人らの妨害行為を排除する必要から本件立退料を支払つたものである。これは毀損された資産を修繕する場合と変わりなく、しかも、立退後の本件土地からの駐車料収入との間に直接的な因果関係があり、かつ、その支出に合理性があるから、本件立退料は駐車料収入を得るための必要経賀である。

(三) 仮に、本件立退料が支払われた時点においてなお町田及び柏木が本件土地の賃借権を有していたとしても、次のとおり、それは客観的には消滅しているものであるから、本件立退料は右借地権の対価ではなく駐車料収入との間に因果関係のある支出であり、取得費ではなく必要経費と認めるべきものである。

(1) 前記(一)のとおり、本件土地についての利用関係は、期間を定めたものではなく、本件土地は、周囲を建物に囲まれ、これを宅地化して駐車場又は建物の敷地として利用するほかに高額化した公租公課に釣り合わないものである。したがつて、仮に本件土地の利用関係が立退時においても賃貸借であるとしても、原告がこの賃貸借契約の解約を申し入れたことは正当であり、本件は農地法二〇条一項本文所定の手続をとれば許可されたと思われる事例であつて(なお、本件は同項但書二号の要件も充足している。)、法律上は賃借権の存在しない場合と同じである。このように、本件立退料には、賃借権の対価という性格はなく、本件立退料は、裁判手続及びその執行を省略するために支出される和解金、解決金、補償金、示談金、立退料等と称されるもの、すなわち、土地の妨害排除のために支出された土地の保存、管理上必要な支出であり、かつ、その後の駐車場としての賃貸という土地機能の回復を目的とした必要経費である。このことは、前記(一)のとおり、町田及び柏木が客観的耕作権価格に比較して著しく低額な立退料金額によつて、立ち退きを納得したことからも明らかである。

(2) また、法人税法は、固定資産の修理、改良のための支出のうち、資産の使用期間を延長させるものと価額を増加させるものとを資本的支出として取得費に算入し、それ以外のものを修繕費として損金算入を認めながらも(法人税法施行令一三二条)、この両者を判然と分けることが困難なため修繕費と資本的支出とを、金額の多寡という形式的基準によつて区別するものとしている(同令一三三条、法人税基本通達七―八―三、七―八―五)。この理は、所得税法においても同じであるところ、前記(一)のとおり本件立退料は極めて低額であるから、土地保存、管理にかかる妨害排除費というべきものとして必要経費に該当する。

(3) さらに、農地の賃借権は、借地法の適用のある建物所有目的の借地権のように、地主の意思に反して譲渡しえない(借地法九条の二参照)ものであるから、本件土地の賃借権は、譲渡性がなく、資産とはいえない。したがつて、その対価たる本件立退料は取得費とはいえない。

むしろ、本件立退料は、本件土地の返還直後に開始された駐車場の駐車料というより有利な不動産収入を得ることと直接的な相当因果関係があり、かつその支出が目的との関係で合理性があるから、必要経費というべきである。

なお、新賃貸借に基づく権利金収入が不動産所得になるときは、その権利金を得るために旧賃借人に対して支払つた立退料がその必要経費になると一般に扱われているところ、賃料の一種である賃貸駐車料収入は、賃料の一括前払いという性質を有する権利金と同様の性格を有することになるので、賃貸駐車場収入を得るために支出した本件立退料は必要経費ということができる。

(四) のみならず、被告が本件の立退料を必要経費でないと否認することは、次のとおり信義誠実の原則に照らして許されない。

原告は、昭和五六年分の確定申告書提出に先立つて、昭和五六年一月八日、川崎北税務署に赴き、同署の職員である本田事務官に面会し、本件土地の地番、地積、使用者名、立退料額、明渡期限及び立退の念書草稿などを記載した書面を示して、事実関係を口頭で説明したうえ、本件立退料が必要経費になるかを質問したところ、必要経費になるとの教示を受けたので、これを信じて町田及び柏木との間で、本件土地の立退に関する念書を作成し、本件立退料を支払つて両名を立ち退かせて駐車場を開設し、右教示のとおり本件立退料を必要経費として申告したのである。したがつて、その後、被告がその経費性を否認して更正処分を行うことは信義誠実の原則に反して許されない。

(五) 仮に、本件立退料が必要経費でないとしても、次のとおり繰延資産(所得税法二条一項二〇号)に該当し、五年で均等償却すべきである。したがつて、本件立退料三〇二一万円の五分の一である六〇四万二〇〇〇円の範囲において、係争の昭和五六年分の必要経費に計上できるものである。

すなわち、原告は、本件立退料を支出して駐車場を開設し、駐車料収入を一年以上にわたつて収受するものであるから、本件立退料は「資産を使用するために支出する立退料」で、「支出の効果がその支出の日以後一年以上に及ぶもの」(所得税法施行令七条一項四号ロ)に該当する。したがつて、本件立退料は、繰延資産であつて、その償却方法は所得税法五〇条、同法施行令一三七条一項二号、所得税法基本通達五〇―三(表三)により、五年の償却期間を適用できるものである。

4  右のとおり、本件更正処分は、過大な不動産所得を基礎とするものとして違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2冒頭の主張のうち、原告の昭和五六年分の不動産所得が一一四一万七九〇二円の損失であることは否認し、本件更正処分に所得過大認定の違法があるとの主張は争い、その余の事実は認める。

(二)  同2(一)ないし(三)の事実は認める。

(三)  同2(四)のうち、本件立退料が必要経費又は繰延資産に該当するとの主張は争い、その余の事実は認める。

3(一)  同3(一)冒頭の主張は争う。

(二)  同3(一)(1)の事実は認める。但し、期間の定めがないとの点は不知。

(三)  同3(一)(2)の事実のうち、本件土地の使用料が原告主張の金額であつたことは認め、その余は不知。

(四)  同3(一)(3)の事実は認める。

(五)  同3(一)(4)の主張のうち、本件立退料の金額と川崎市中原区内の農地の耕作権価格が原告主張のとおりであることは認め、その余は争う。

(六)  同3(二)及び(三)の主張は争う。

(七)  同3(四)のうち事実は不知、主張は争う。

(八)  同3(五)の主張は争う。

4  同4の主張は争う。

三  被告の主張

原告の昭和五六年分のみなし法人所得額は別表二の番号⑤のとおり八五九万二〇〇〇円であり、その総所得金額は、同⑥の給与所得八一四万円と同⑦の配当所得五九三万七四四〇円との合計一四〇七万七四四〇円であるから、これと同内容の本件更正処分は適法である。

右金額の根拠は次のとおりである。

1  原告のみなし法人課税に係る計算の基礎たる不動産所得(別表二番号③)は、争いのない総収入三三七一万三六九〇円から必要経費一四九二万一五九二円を控除した一八七九万二〇九八円である。

原告は、不動産所得の必要経費としては、右の争いのない一四九二万一五九二円のほかに本件立退料三〇二一万円が存在すると主張するが、本件立退料は必要経費でも繰延資産でもない。その根拠は後記3に述べるとおりである。

2(一)  給与所得(別表二番号⑥)は、原告が措置法二五条の二を適用して、昭和五六年において不動産所得を生ずる所得から受ける報酬の額(以下「事業主報酬額」という。)として定めた一〇二〇万円を給与所得に係る収入金額とみなして、別表二番号⑥摘要欄のとおり算出したものである(措置法二五条の二第三項一号イ参照)。

(二)  配当所得は、措置法二五条の二第三項一号ロに基づき、1の不動産所得一八七九万二〇九八円から右(一)の事業主報酬額一〇二〇万円を控除した残額(みなし法人所得額)八五九万二〇〇〇円(一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)について、そのうち、八〇〇万円を超える部分たる五九万二〇〇〇円の五七パーセントに相当する三三万七四四〇円と八〇〇万円の七〇パーセントに相当する五六〇万円とを合計したものである。

3  本件立退料は、次に述べるとおり、原告が町田及び柏木に対し、同人らにおいて本件土地上に有していた耕作権を消滅させる対価として支払つたものである。したがつて、本件立退料は、本件土地の所有権を完全なものにするための資本的支出であり、取得費に該当し、不動産所得の計算上必要経費とすることはできないものである。

(一)(1) 町田は、昭和一〇年ころから本件土地のうち五八番一、同番四及び五九番の農地を借り受け、昭和五六年三月末原告に返還するまで耕作していたが、その小作料は、昭和二八年まで年貢として年一回玄米二俵程度であり、それ以降は現金で昭和二九年が九六〇円(年額、以下同じ。)、昭和三〇年ないし昭和三八年が各一八〇〇円(但し、昭和三三年は一六〇〇円)、昭和三九、同四〇年が各二〇〇〇円、昭和四一、同四二年が各二五〇〇円、昭和四三年ないし昭和四六年が各五〇〇〇円、昭和四七年が六〇〇〇円、昭和四八年ないし昭和五六年三月末が各一万円であつた。

(2) 次に柏木の父柏木房太郎は、昭和五年ころから本件土地のうち六〇番の農地を借り受け、耕作していたが、昭和四六年一月二四日死亡し、柏木がその地位を承継し、昭和五六年三月末原告に返還するまで引き続き耕作してきた。その小作料は、稲作をしていた当時(昭和四〇年ころまで)は年に玄米一ないし二俵であり、それ以降は現金で年額五〇〇〇円であつた。

(3) そして、右(1)、(2)の地代金額は、昭和四五年一〇月一日改正前の農地法二一条に基づいて決定された小作料の最高金額よりも高額である。

(4) また、川崎市南部農業委員会が農地法八四条に基づいて作成した小作地等所有状況申告書には、本件土地が町田及び柏木の耕作している小作地であると記載されており、かつ、原告もこれを確認している。

(二) 右(一)のとおり、本件土地の利用関係が、農地法三条又は農地調整法四条のような農地に関する権利移動等の統制規定が設けられる以前に設定されたものであるにもかかわらず、町田及び柏木(柏木房太郎を含む。)は約五〇年間にわたつて本件土地を平穏かつ公然と使用収益し、原告に対して少なくとも昭和四五年一〇月一日改正前の農地法二一条に基づいて決定された小作料の最高額以上の小作料を支払つてきたのであり、さらに、原告が川崎市南部農業委員会作成の書類に町田及び柏木が小作している土地と記載されていることを確認していることからして、本件土地が農地法二条二項に規定する小作地であることは明らかである。したがつて、町田及び柏木は本件土地につき賃借権を有していたのであつて、それは使用借権にとどまるものではない。

そして、町田及び柏木が本件土地に有していた耕作権(賃借権)は、農地法一八条等により強く保護され、一種の財産権として経済的価値が認められるのであつて、それ故に原告は右耕作権(賃借権)を消滅させるため、農地法二〇条一項二号に基づき賃貸借契約を合意解除し、その代償として本件立退料を支払つたのである。

したがつて、原告は、本件土地の使用収益権を完全に回復するために本件立退料を支払つたのであつて、本件土地の価値は、町田及び柏木の有していた耕作権(賃借権)の消滅によりその対価相当額分だけ増加しているから、本件立退料は本件土地上の耕作権(賃借権)を買い戻すために支払われたもので、所得税法二条一項一八号、同法施行令五条一号に規定する土地の取得価額を構成する費用に該当する。

(三) 原告は、仮に町田及び柏木が当初本件土地に賃借権を有していたとしても、その使用料が固定資産税金額よりも著しく低額となつた昭和四〇年代以降においては、本件土地の利用関係が使用借権に変わつたと主張するが、固定資産税と小作料とが釣り合わなくなつたとしても、前述のとおり本件土地の使用料は、昭和四五年一〇月一日改正前の農地法二一条による小作料の最高額以上の金額であつたのであり、小作料と評価しうるものであるし、主張の事実をもつて、賃借権が使用借権に変るものでもない。

原告は、次に、本件立退料が周辺宅地の時価に比較して僅少であることを理由に借地権ないし耕作権の対価ではない旨を主張する。なるほど、本件立退料は、宅地の時価と比べた場合はもとよりのこと、耕作権価格と対比しても低額である(本件立退料は、一〇アール当たり約一五〇〇万円であるところ、本件土地の所在する神奈川県川崎市中原区内の耕作権価格が一〇アール当たり約二一〇〇万円と計算され、両者には一〇アール当たり約六〇〇万円の差がある。)が、本件立退料の決定は、原告及び甥の秋元ヒロシと町田及び柏木との長期の交渉により当事者間の力関係等によつて決しられたものであつて、その結果において低額に決定されたものであつても、その金額が賃借権(耕作権)の価格として認められない程不合理なものとはいえない。賃借権(耕作権)の存否が客観的に明らかでない場合においては、立退料の額の多寡が賃借権(耕作権)存否の判断基準になることがあるにしても、本件は賃借権(耕作権)の存在が、前記のとおり明らかな場合であるから、その賃借権(耕作権)の移転ないし消滅のために支払われた本件立退料は、その多寡にかかわらずその対価たる性質を有し、取得費を構成することが明らかである。

(四) 原告は、被告が本件立退料を必要経費でないと否認することは信義則に反して許されない旨を主張する。

しかし、所得税の確定申告は、納税者が自己の判断と責任において行ういわゆる私人の公法行為であるから、たとえその過程で税務署職員に相談し、誤つた指導・助言を受けたとしても、租税法律主義に反する信頼は租税法律主義及び租税負担の公平の原則の下では保護されないから、そのことの故をもつて右指導・助言と異なる更正又は決定が信義に反すると主張することは許されない。

すなわち、税務相談は、納税者の自主的な判断及び責任に基づく申告による納税を助成するために実施されているのであつて、課税要件の存否を確認する税務調査とは異なり、事実関係も専ら納税者の提供した資料あるいは申述に依拠せざるを得ず、その確実な認定が困難なため、税務相談における指導等は一般的・抽象的なものにとどまるばかりでなく、その回答も相談者の主観的・恣意的事実関係を前提にした税法適用上の単なる意見ないし意向に過ぎないのである。そして、仮に原告の主張を認めると、本件立退料が本件土地の取得価額を構成することが明らかであるのにかかわらず、それと異なる違法な結果を生ずることになつてしまうのである。

したがつて、本件において、信義則の法理を適用する余地は全くない。

(五) 原告は、仮に本件立退料が必要経費に当たらないとしても、繰延資産に該当する旨を主張する。

しかし、繰延資産は、当期に支出された必要経費を期間損益計算の立場から将来の収入に対応させるため、支出年分の必要経費として計上しないで、将来の収入に対応させる部分を資産として繰延経理するものであつて、いわゆる譲渡性・換金性のある本来的な資産とは明確に区別されるものである。したがつて、本件立退料が賃借権(耕作権)を買い戻す(消滅させる。)対価たる性格を有するものである以上、本件立退料がその後の駐車場に係る不動産所得の必要経費になる余地はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実(本件更正処分の経緯等)は、本件立退料が不動産所得に係る必要経費であるとの点を除いてすべて当事者間に争いがない。

二そこで、まず本件立退料の性質について検討する。

1  前項の事実中の争いのない事実に加えて、〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和一二年五月三一日実母の姉である秋元トハと養子縁組をし、昭和二〇年三月六日右養母の死亡により秋元家の財産であつた本件土地を家督相続により取得した。

(二)  町田は、昭和一〇年ころ秋元トハから本件土地のうち五八番一、同番四、同所五九番所在の農地合計一一六五平方メートル(課税台帳面積)を借受け、また、柏木の父である柏木房太郎(以下「房太郎」という。)は、昭和五年ころ、原告の先々代から本件土地のうち六〇番の農地八三九平方メートル(課税台帳面積)を借受け、それぞれ水田として昭和四〇年ころまで稲作を営んでおり、一反当たり米四俵程度を収獲していたところ、周辺の宅地化に伴つて用水路がなくなり、両名とも昭和四〇年ころ以降は畑として野菜を栽培していた。房太郎は昭和四六年一月二四日に死亡し、その後は柏木が引き続いて野菜を栽培していた。

(三)  町田は、本件土地のうち五八番一、同番四、及び五九番の土地の地代として、昭和二八年までは年一回、玄米で二俵強を納め、それ以降は現金で、昭和二九年に九六〇円、昭和三〇年から昭和三八年まで毎年各一八〇〇円(但し、昭和三三年は一六〇〇円)、昭和三九年から昭和四一年まで毎年各二〇〇〇円、昭和四二年に二五〇〇円、昭和四三年から昭和四五年まで毎年各三〇〇〇円、昭和四六年に五〇〇〇円、昭和四七年に六〇〇〇円、昭和四八年からは毎年各一万円をそれぞれ支払つたが、昭和四九年以降の地代は原告が受領を拒絶したため、供託するに至つた。

また、房太郎は、稲作を行つていた昭和四〇年ころまでは本件土地のうち六〇番の地代として、収獲した玄米のうちから一ないし二俵を納め、その後は現金で毎年五〇〇〇円ずつを支払つていた。しかし、昭和四六年に房太郎が死亡したため、柏木が地代を持参するようになつたが、そのころ以降原告は地代を受領せず、柏木が地代の増額について話合いを求めても原告はこれに応じようともしないため、柏木も昭和四九年分の地代から供託するようになつた。

(四)  原告は、昭和四九年ころから、町田及び柏木にそれとなく本件土地の返還を求めるようになり、昭和五五年四月ころに至り、原告の甥である秋元ヒロシが原告の代理人として町田及び柏木に対し、明確に本件土地の返還を要求した。

これに対し、同人らは一旦はこれを拒否したが、その後返還に応じるようになつたものの、その立退料については、秋元ヒロシが坪当たり四万円(本件土地は約六〇〇坪であるので合計約二四〇〇万円となる。)を提示したのに対し、町田は坪当たり三〇万円(町田分の土地は約三五〇坪であるので、総額一億円以上となる。)、柏木は坪当たり一〇万円(柏木分の土地は約二五〇坪であるので、総額約二五〇〇万円となる。)を要求した。

返還交渉において原告が終始過去の類似事例の立退料の金額にこだわり、加えて資金不足を理由に強硬な姿勢を崩さなかつたため、約八箇月にわたる交渉の上昭和五六年一月になつて、町田及び柏木が折れて、町田が一七四九万円、柏木が一二七二万円(いずれも坪当たり約五万円)の立退料で返還に応じる旨の合意が成立した。

(五)  右立退の合意が成立した昭和五六年一月当時、本件土地の周辺は宅地化されていて、本件土地のみが農地(野菜畑)として使用されていた。

(六)  原告は、同年三月に本件土地の返還を受けた後、これを有料駐車場として使用し、年額九〇〇万円以上の賃貸収入を得ている。

(七)  ところで、昭和四五年一〇月一日以前においては、昭和四五年法律第五六号による改正前の農地法二一条に基づき農地の統制小作料(小作料の最高額)が定められており、その金額は、川崎市南部地区農業委員会の場合にあつては神奈川県知事の認可を得て、昭和三〇年一二月二六日付けで平均一反(約一〇アール)当たり田において約一二〇〇円、畑において約八〇〇円と決められていた。そして、右改正により、統制小作料に代え、農業委員会は昭和四五年一〇月一日以降は、標準小作料を定めることができるようになつた(右改正後の農地法二四条の二)が、同日以降においても、同日以前からある小作地で、小作人が個人である場合には、一〇年間は従前の統制小作料制度によることとされており(右農地法改正附則八項)、これに基づき昭和五一年四月の統制小作料の改定において、農地等級一級の田において一〇アール当たり六八二六円、同等の畑において二六〇四円の統制小作料(最高小作料)が定められていた。

ところが、本件土地についての昭和四八年以降の地代は、一〇アール当たりの額に換算すると、町田分が年当たり約八五〇〇円、柏木分が同約五九〇〇円となり、右一級の畑についての統制小作料を相当上回ることになる。なお、昭和四五年一〇月一日より後の新規の農地賃貸借分や右統制制度の延長適用期間満了後の分には原則として標準小作料が適用されるところ、本件土地の所在する川崎市中原区の場合は、市街化区域が主であるため標準小作料は設定されておらず、地主と小作人が近傍の同市多摩区について設定されている標準小作料を参考にして自主的に小作料を定めているのが通例である。

他方、本件土地の固定資産税額及び都市計画税の合計額(以下「固定資産税等」ということがある。)は、昭和四九年が六万〇五六〇円、昭和五〇年が一二万九〇七〇円、昭和五五年が四八万七七〇〇円であり、町田及び柏木の支払う地代の合計額よりも相当高額になつている。

(八)  本件立退料の額は、一〇アール当たりに換算すると約一五〇〇万円であり、これに対して、自作地の平均売却価格と貸付小作地の小作人に対する平均売却価格との差額を平均耕作権価格とすると、本件土地の所在する川崎市中原区の畑地に係る昭和五五年五月一日当時一〇アール当たりの平均耕作権価格は一八〇〇万円であり、昭和五六年五月一日当時で二三〇〇万円であつた。

以上のとおり認められる。なお、右各事実のうちの(一)のうち、原告が本件土地を取得していること、(二)のうち、町田及び房太郎が同欄記載の土地を借り受け、田又は畑として利用していたこと、柏木が父房太郎を引き継いで右土地を利用していたこと、(三)のうち、町田分の使用料が昭和四八年以降年一万円、柏木分が昭和四〇年以降年五〇〇〇円であつたこと、(四)のうち、原告と町田・柏木との間において、昭和五六年一月、町田が一七四九万円、柏木が一二七二万円の立退料の支払いを受けて本件土地を原告に返還する旨の合意が成立したこと、原告は昭和五六年三月に本件土地の返還を受け、これを有料駐車場として利用していること、(六)のうち、本件立退料の額が一〇アール当たりに換算すると約一五〇〇万円になること、川崎市中原区内の農地の昭和五六年一月ころの耕作権価格が一〇アール当たり一八〇〇万円ないし二三〇〇万円程度であることの各事実は当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果中には、本件土地の使用料の額について前記認定と異なる供述部分があるが、同尋問の結果中には柏木から受領した使用料の金額につき、昭和三五年に一八〇〇円であつたものが昭和三六年には一二〇〇円に減額され、さらに昭和三七年以降昭和四一年まで六〇〇円に減額されているなど不合理な供述がみられ原告の右供述部分は措信できない。また、本件土地の大半が耕作されないまま放置されていた旨の証人秋元ヒロシの証言部分は、供述内容において具体性を欠きかつ曖昧であつて信用し難い。

2  右1の認定事実によれば、本件土地についての原告側と町田及び柏木側との利用関係は、少なくとも田として利用されていた昭和四〇年ころまでは、有償による農地(田)の賃貸借であつたことが明らかである。

そして、昭和四〇年ころ以降は本件土地は畑として利用され、周辺も次第に宅地化され、使用料が固定資産税及び都市計画税よりも次第に低額となり、本件立退料の額も当時の周辺の平均的な耕作権の価格よりも低かつたわけであるが、本件立退料についての支払いの合意が成立した昭和五六年一月当時においても、本件土地は現に野菜畑として利用され、その使用料は、供託されてはいたものの、なお有償であつたものであり、しかも、前示のとおり、そのような利用関係は双方の先代ないし先々代からの承継分も含めて当初の賃貸借から五〇年近くも継続していたところ、なおその間に同一性ないし継続性が失われたといえる程の情況の激変を認めるに足りる証拠はない。そして、前認定のとおり昭和五五年に立退きを要求した原告の代理人である秋元ヒロシ自体、交渉当初から無条件明渡ではなく坪約四万円の割合による立退料(合計約二四〇〇万円)を提示していたのであつて、これらの事実によつてみると、本件立退料が支払われた昭和五六年三月当時における本件土地の利用関係については、農地の有償利用すなわち賃貸借関係がなお残存していたものといわなければならず、これを使用貸借と認めることはできない。

〈証拠〉によれば、町田及び柏木は、昭和五六年一月一七日原告に対し本件土地の返還を約し、その際にその内容を記載した「念書」と題する書面を作成したところ、それには、同人らが本件土地を使用貸借していた旨の記載のあることが認められるが、〈証拠〉によれば、使用料が固定資産税等の負担を償う額にも満たないために使用貸借という用語が用いられただけであることが認められ、右念書の記載も、前説示のとおり昭和五六年三月ころにおいても本件土地の利用関係がなお賃貸借であつたことを左右するものではない。

3 原告は、本件土地の使用料が本件土地の固定資産税等の額よりも低額であるから、右使用料が賃料ではない旨を主張する。しかし、農地法は、農業生産力の増強と耕作者の地位の安定を図ることを目的とし(一条)、小作料につき耕作者の地位ないし経営の安定に適うものであることを要し、その額は主として又は専ら当該農地の通常の収益を基準として定められるべきであるとしている(二三条一項本文、二四条)ものと解される。これに対し地方税法は、市町村の歳入を確保するための一環として固定資産税及び都市計画税の課税標準、税率を定めるものであり、右の税を小作料額以下にしなければならないという当然の要請があるわけではない。元来固定資産税及び都市計画税は、直接的には財産課税として所有者の負担であり、資産からもたらされる収益に対して課される所得課税ではないのである。のみならず、地方税法も附則二九条の四等で、右の税と小作料の関係の調整に配慮もしている。しかも、本件土地の場合には、前述のとおり統制による最高額以上の小作料が支払われているのである。したがつて、それにもかかわらず、本件土地の固定資産税及び都市計画税の支払いを小作料で賄えないの一事をもつて、町田及び柏木の賃借権が否定されるのであれば、農地法が小作料を一定額に押さえている制度の目的、趣旨に反する結果を招くことになるから、右のような解釈は到底許容しうるものではない。よつて、原告の前記主張は採用できない。

また、原告は、本件立退料が一〇アール当たり約一五〇〇万円であるのに対し、神奈川県川崎市中原区内の通常の耕作権価格が一〇アール当たり約二一〇〇万円であるから、本件土地に賃借権が存するとすることは不自然である旨主張する。しかし、前認定のとおり、原告側と町田・柏木側の長期にわたる交渉及びそこでの原告側の強硬姿勢等が影響して、本件立退料の額が決定されたのであるから、右金額が本件土地近隣の平均的耕作権価格よりも低額であつたとしても、そのことをもつて本件土地に対する使用権能が賃借権でないとはいえない。よつて、原告の右主張も採用できない。

4  以上のとおりであつて、本件立退料は、町田及び柏木の有していた賃借権(耕作権)を消滅させるための対価という性格を有するものというべきである。

もつとも、原告は、本件土地については農地法所定の手続を行えば無償で賃貸借契約の解約が認められる事案であり、本件立退料は賃借権(耕作権)消滅の対価ではなく、法律上の賃借権の存しないことを前提に裁判手続及びその執行を省略するために支出されたもので、土地機能の回復を目的とした必要経費である旨主張する。しかし、その使用の対価が低額であるにかかわらず、本件土地の利用関係が賃借権と認められることは既に説示したとおりであり、しかも、原告が本件土地の解約申入れをして農地法二〇条一項に基づく神奈川県知事の許可を得たわけではなく、また、農地法二〇条二項各号の許可事由に該当する事実があるかも必ずしも明らかではないし、立退料についても前記説示のとおり、原告と町田及び柏木との長期にわたる交渉の結果、原告の強硬な要求によつて、町田及び柏木が当初の要求額を大幅に減じて決定されたものであり、それとても、総額三〇二一万円というそれ自体として高額な立退料の支払いが合意されたことに照らすならば、本来無償解約ができる事案であり、賃借権消滅の対価として本件立退料が支払われたものではない旨の原告の主張は、到底採用することができない。

5  右4のとおり本件立退料は、耕作権(賃借権)を消滅させる対価として支払われたものというべきであつて、資産の取得費に該当し、必要経費に該当するものではない。

なお、原告は、農地たる本件土地の賃借権の場合には、法律上も事実上も譲渡性がなく資産とはいえない旨主張する。たしかに農地の賃借権の譲渡は法律上の制限を受けるものではあるが不可能というものではなく、それ自体資産的価値を有しないものということはできない。したがつて原告の右主張は採用できない。

また、原告は、法人税法施行令一三三条が修繕費と資本的支出との区別が判然としない場合の処理方針を定めているところ、この形式的基準によれば、更地価格又は借地権価格と比較して低額の本件立退料は必要経費に該当する旨主張する。しかし、前記説示のとおり、本件立退料は町田及び柏木の有していた賃借権消滅の対価であることが明らかな場合であつて、資本的支出と修繕費等の保全費用とが判然としない場合には当らないから右主張も採用できない。

さらに、原告は、本件立退料を支払つて本件土地の返還を受けた直後に駐車場を開設し、本件土地を賃貸して駐車料の収入を得たのであるから、本件立退料と駐車料収入との間に相当因果関係と合理性があり、本件立退料が右収入の必要経費である旨主張する。しかし、前認定のとおり、本件立退料は、資産性の明らかな耕作権(賃借権)を消滅させ、駐車場の開設、継続と関りなく原告に帰属する所有権の完全な権能を一般的に回復する資本的支出であり、個別の駐車料収入に対応する必要経費の慨念とは相容れないものである。よつて、原告の右主張も採用できない。

そして、原告のその他の主張も、本件立退料が必要経費でないことを左右するものではない。

6  次に、本件立退料を繰延資産として償却しうるか否かについて検討するに、所得税法二条一項二〇号、同法施行令七条一項によれば、「資産の取得に要した金額とされるべき費用」は繰延資産の範囲から除外されることが明らかであるところ、前項で説示したとおり、本件立退料は、本件土地上の賃借権を消滅させるための対価としての取得費であつて必要経費ではないから、繰延資産に該当しないことも明らかである。

三原告は、税務署職員が本件立退料を必要経費とし得る旨教示したから、本件立退料を支払つて本件土地の返還を受けたのであり、その後になつて、被告が必要経費でないとして本件更正処分を行うことは信義に反する旨主張するのでこの点について検討する。

租税法律関係については、法律の定める課税要件がなければ課税することができないとともに、法律の定めがない限り課税を減免することもできないという租税法律主義の要請が支配するのであり、私法分野で見られるように当事者間で任意に法律関係を処分するなどということは許されていない。したがつて、租税法律関係に信義則を適用し、その結果租税法規に反する状態を作出することが許されるかについては、対立する公益及び私益を慎重に衡量することが必要になるといわなければならない。そこで、このような見地からすれば、税務官庁がその責に帰すべき事由により、納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示し、納税者が、その表示を信頼し、その信頼に基づき何らかの行為をし、この信頼に反するその後の課税処分により重大な不利益を受けた場合であつて、かつ、納税者に何ら責に帰すべき事由がなく、課税の公平、平等を考慮に入れてもなお、納税者の信頼を保護すべき特別の事情がある場合に限つて、右信頼に反する課税庁の処分に信義則の法理を適用し得るものと解すべきである。このように解すると、実際問題としては、信義則の成立する場合は極めて限られてくるが、課税法律関係の公平を維持せざるを得ない以上、やむを得ないといわなければならない。

そこで、これを本件についてみると、〈証拠〉によれば、秋元ヒロシは、原告の代理人として町田及び柏木と交渉し、本件土地の返還及び立退料について合意ができた後の昭和五六年一月八日、右合意の内容を記載したノート(甲第一号証の二、三)を持参して、川崎北税務署を訪れ、所得税第一部門の本田事務官に本件土地の返還にともなう立退料の税務処理について相談し、まず右ノートを見せたうえ本件土地の返還及び本件立退料について説明したうえ、それが損金に算入されるかを尋ねたところ、同事務官は「昭和五五年版所得税実務問答集」と題する書物(甲第三号証の一、二)を秋元ヒロシに示して、本件立退料が損金に算入できる旨を説明したことが認められ、これに反する証拠はない。しかしながら、原告の代理人が税務相談に及んだのが、原告が本件立退料の負担行為をなした後のことであることは右認定のとおりであるから、右相談の結果如何によつて、原告の本件立退料の負担行為自体に変動が生ずる関係にはなく、これに対する税負担の結果に差異を生ずる筈のものでもない。したがつて、本件立退料の支出につき、右税務相談の結果によつて原告に重い税負担を生じたもの、とする余地はなく、たかだか、原告にいわれのない期待感を抱かせたというに過ぎないから、かかる事実をもつて、本来課税されるべき税の負担を免れしめる理由とすることは相当でない。したがつて、原告の信義則違反の主張は理由がない。

四以上説示したとおり、本件立退料は必要経費でも繰延資産でもないといわなければならない。そうすると、原告の昭和五六年分不動産所得に係る必要経費は、申告必要経費四五三三万九八九八円から、昭和五七年一月分の借入金利子で昭和五六年分の必要経費とならない二〇万八三〇六円(このことは争いがない。)及び本件立退料金額三〇二一万円を控除した一四九二万一五九二円となり、不動産所得は、争いのない原告の総収入金額三三七一万三六九〇円から右必要経費一四九二万一五九二円を控除した一八七九万二〇九八円となる。

そして、前述のとおり、原告が措置法二五条の二を適用して確定申告していること、昭和五六年分の事業主報酬金額を一〇二〇万円と定めていることは当事者間に争いがないから、原告の昭和五六年分のみなし法人所得、給与所得及び配当所得は別表二のとおりになる。したがつて、右と同内容の本件更正処分には、原告主張の所得過大認定の違法はない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川上正俊 裁判官岡光民雄 裁判官西田育代司)

別表一

(単位 円)

区分

年・月・日

総所得

納付すべき税額

給与所得

配当所得

確定申告

57. 3.12

八、一四〇、〇〇〇

八、一四〇、〇〇〇

△ 九六、七二〇

更正

58. 1.31

八、一四〇、〇〇〇

五、九三七、四四〇

一四、〇七七、四四〇

四、二九四、七〇〇

異議申立て

58. 3. 1

八、一四〇、〇〇〇

八、一四〇、〇〇〇

△ 九六、七二〇

異議決定

58. 5.30

棄却

審査請求

58. 6.16

八、一四〇、〇〇〇

八、一四〇、〇〇〇

△ 九六、七二〇

裁決

59. 4. 2

棄却

別表二

(単位 円)

区分

番号

金額

摘要

不動産所得の金額の計算

総収入額

33,713,690

必要経費

14,921,592

不動産所得の金額

(①-②)

18,792,098

みなし法人所得額の計算

事業主報酬額

10,200,000

措置法25条の2、4項

みなし法人所得額

(千円未満切捨て)

(③-④)

8,592,000

措置法25条の2、2項

総所得金額の計算

給与所得の金額

8,140,000

④×95%-1,550,000

配当所得の金額

5,937,440

(⑤の内800万円×70%)+

(⑤の内592,000円×57%)

総所得金額

(⑥+⑦)

14,077,440

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