大判例

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横浜家庭裁判所 平成6年(少)727号 決定

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある果物ナイフ1本(平成6年押第72号の1)を没取する。

理由

(本件犯行に至る経緯)

少年は、平成6年1月22日(土曜日)、高校の授業が昼前に終わった後、友人と一緒に、下校し、ゲームセンターで遊び、古本屋に寄る等した後、更に、先に行ったのとは異なるゲームセンター(以下ゲームセンターという。)に寄った。少年は、高校2年の1学期ころに、ナイフを持っていると、漠然とした不安が解消されて安心した気持ちになれる等の理由で、ナイフを購入して、持ち歩くようになり、高校3年生の初めころからは、3本目のナイフである果物ナイフ(平成6年押第72号の1。以下ナイフともいう。)を、常時、制服の上着の右内ポケットに入れっぱなしにして携帯しており、その時もナイフを持っていた。少年が、ゲームセンターで友人のゲームをしているのを見ていると、そこへ、A(本件被害者、当時14歳、以下Aもしくは被害者という。)、B、C、D、E、F、G及びH(いずれも、当時、Aと同じ中学3年生。以下順に、B、C、D、E、F、G及びHという。)が入って来て、少年とAの目が合った。Aらは、当日、大学生らしい男の人に声を掛け、駐車場に連れて行って、みんなで殴ったり、蹴ったりして金をとるなど2件の恐喝行為を敢行して金員を得た後、恐喝する相手を物色するつもりで、そこへ来たものである。少年は、そのすぐ後に友人と一緒にゲームセンターを出たが、バス停まで行ったところ(Aらは、少年を恐喝の相手方とすることで、合意していたので)、少年に付いて来たAに、「お前、さっきガンつけたろ」等と因縁を付けられ、口論になり、「ちょっと来い」等と言われたので、友人と別れて、中学生らに一人で付いてゆくことにし、BとEが先頭になり、その後に少年と他の中学生らが付いてゆく形でバス停の所から、裏通りの、昼間は閉店している飲み屋が多く、その時天候が悪かったせいもあって、人気のない狭いビルの入口の通路(以下通路という。)の前に連れて行かれた。

(罪となるべき事実)

少年は、

一  通路の中に連れ込まれて、中学生に囲まれるように立ったが、再び口論となり、Aから頬を殴られ、その後、他の中学生らに、次々と暴行を加えられたので、身を屈めるように、中腰になって、両腕を顔の横に上げて、顔をガードする姿勢をとったが、そのような状態のまま、15回前後、背中を殴られたり、足を蹴られたりの暴行を受けたので、少年は、その場から脱出しようとして、身を屈めたまま、出入口方向に体をぶつけるようにして突っ込んで行ったが、出入口の方にいた中学生に捕まり、押し戻されてしまい、以前より回数は少なかったが、先程より強く、再び暴行を受けた。そこで、少年は、もう一度、通路の出入口の方に突っ込んでいって脱出を試みたところ、通路の外には出られたが、また、通路の中に押し戻されそうになったので、今度は、少年も通路の中に押し戻されまいと、通路の出入口付近である横浜市中区長者町8丁目124番地先路上で、踏ん張っていたところ、また、背中を殴られたため、自己の身体を防衛するため、着ていた制服の右内ポケットのボタンをはずして所携のナイフを鞘つきのまま、左手で持って出し、出したナイフの柄を右手に握って、鞘を抜き、右手に握ったナイフを、目の前にいた中学生の足目掛けて思い切り刺して、右から左に振り(結局、ズボンを損傷しただけで、相手の足にナイフは刺さらなかった)、その直後の同日午後1時50分ころ、右手にナイフを握ったまま、道路の方角へ半回転し、目の前の相手の顔を上目遣いに見たところ、その相手がAであり、同人が少年を拳骨で殴ろうという体勢をとっていたため、興奮と憤激の余り、防衛の程度を超え、ナイフがAの上半身に刺さって死んでしまうかも知れないが、それでも構わないという未必的殺意をもって、ナイフを突き出す形で構えたまま、同人の体にぶつかっていくようにして、ナイフで同人の左胸部を突き刺し、よって、同日午後3時9分ころ、同市南区浦舟町3丁目46番地横浜市立大学医学部付属浦舟病院救命救急センターにおいて、同人を心臓刺創により失血死させたものであるが、少年の前記の行為は、急迫不正の侵害に対し、自己の権利を防衛するためやむを得ず行ったもので、防衛の程度を超え

二  前同日午後1時50分ころ、同市中区長者町8丁目124番地先路上において、業務その他正当な理由がないのに、護身用として前記果物ナイフ(刃体の長さ約9.9センチメートル)1本を携帯し

たものである。

(法令の適用)

一の事実につき 刑法199条、36条2項

二の事実につき 銃砲刀剣類所持等取締法32条3号、22条

(少年及び付添人の主張に対する判断)

少年は、殺意を否認し、付添人は、少年の本件のうち殺人の点について、殺意の存在が認められず、また、同行為は、盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下盗犯等防止法という。)1条1項ないし刑法36条1項に該当する事案であって、正当防衛である旨主張するので、この点につき、検討する。

まず、殺意の点について、付添人は、少年は、本件当時、少年を取り囲んで暴行を振るっていたAら中学生から逃れようとしており、少年に覆いかかるような体勢で少年の逃げ道をふさいだAを威嚇してその場から逃げようと思い、同人の顔辺りに刃物を近づければ、同人がひるんで逃げることができると考えて、そうしたところ、ナイフが少年の予測に反して、Aの胸辺りに刺さってしまったものであって、あくまで偶発的な出来事であって、殺意は無かったとする。しかし、被害者の創傷の部位は心臓部であり、少年は、少年から極く近い距離にいた被害者に対して、反撃に出たものであり、被害者が、急激に上下左右に、それほど大きく動いたりして、少年が身体の枢要部分を避けて攻撃に出たのに、意外にも身体の枢要部分に刺さってしまったのではないかと思われるような事情は窺われないので、少なくとも、少年はもともと、被害者の胸、腹辺りを狙って攻撃に出たものと認められること、また、凶器は、鋭利な鋼質製の刃体の長さ約9.9センチメートルの果物ナイフで相手に致命傷を負わせるに足りるものであり、そのことは少年も熟知していたこと、創傷の程度は、前胸部左肋骨部を経て、心臓左心室心尖部から左心室の後壁へ刺通しており、刺創の深さは8から9センチメートルで、明らかに致命的な程度に達していること、凶器の用法は、〈1〉被害者が、トレーナーやシャツ等の着衣の上から刺されたことを考えると、刺創の深さが凶器の長さに比べて短いということもないこと、〈2〉ナイフの刃の根元近くまで血痕が付着していること、〈3〉刺したことにより刃が曲がっているが、その曲がり具合等からみて、かなり強い力が加わったものと思われること、〈4〉被害者は、少年を殴ろうとしていたということであるから、若干前に動いたということも考えられるが、それほど急激に、前方に動いたとは思われず、D、E等の中学生が、少年が、Aに、体当たりをするようにぶつかっていった等と供述していることに照らしても、ナイフが深く刺さったのは、少年の方の勢いによるところが大きいと思われ、少年の攻撃の強さ以外の要因が加わって、少年の予期しなかった程度に達したのではないかと思われるような事情は窺われないこと等から見て、少年が、勢いよく、被害者にぶつかるようにして、ナイフで突き刺したと考えられること等が認定できる。少年が攻撃した動機については、是非とも被害者を殺さなければならないほどの強い理由は認められないが、少年は、被害者をそれと認識して刺しており、中学生の中でもリーダー格に見えた被害者に対し、強い反感を持っていたと思われ、前記のとおりの創傷の部位・程度、凶器の種類・用法等を総合して考えれば、少なくとも未必的殺意のあったことを優に認定することができるから、殺意がなかったという少年及び付添人の主張は採用することができない。

次に、本件が、盗犯等防止法1条1項ないし刑法36条1項に該当する事案であるかどうかを検討すると、被害者は、前記のとおり、他の中学生とともに、金員を奪い取る若しくは脅し取る目的で(少年は、結局、金員を要求されたということはなかったが、薄々その目的を感じとっていたと思われる)、少年を飲み屋の多い、昼間は人通りのない通路に連れ込み、少年を取り囲んで、多数で、喧嘩の際に、指に嵌めて、強く殴るための道具であるいわゆるメリケンサックを用いる等して、少年に対し、前記のとおり、一方的に殴る、蹴るの暴行を加えたものであり、犯行当時、少年は、通路からは一応出られてはいたが、依然として被害者やその仲間が周囲を取り巻いており、暴行が現に継続されていた状況であり、再び通路に連れ込まれて暴行を受ける、若しくは、例え、被害者らの手を逃れて、一旦は逃げ出せたとしても、中学生らに追いかけられて、人通りのある通りに出る前に捕まって、再び暴行を受ける可能性が強い状況であったと思われ、心理的にも、少年はその前に一度脱出に失敗していて、逃げられないという気持ちに追い込まれていたと思われるので、盗犯等防止法1条1項にいわゆる自己の身体に対する「現在の危難」、若しくは、刑法36条1項にいう「急迫不正の侵害」に当たると解される。そこで進んで、少年のAに対する反撃行為が、盗犯等防止法1条1項1号等に該当して正当防衛にあたるかどうかについて検討すると、同法1条1項は、刑法36条1項と対比して明らかなように、侵害を受ける対象である法益が生命、身体、貞操に限られ、急迫とされる場合も同条1項各号に規定される場合に限定されるものの、防衛の程度は、「已ムコトヲ得サルニ出デタル」ことまでを要しないで、殺傷の程度に至ることを許容する範囲での正当防衛を認めたものと解されるが、もとより、同法条は違法性阻却の一場合としてその行為に実質的な違法性がないことを、不処罰の根拠とするものであるから、同法条の適用については、当該行為が単に形式的に規定上の要件を充たすばかりでなく、その行為の際の具体的状況その他の諸般の事情を根拠に入れ、法秩序全体に照らしてみて許容されるべきものと認められる場合にそれが是認されるべきものと解するのが相当である。そこで、本件についてみると、少年は、前記のとおり、中学生らに人気のないところに連れ込まれ、多数の中学生に取り囲まれて、一方的に殴る蹴るの暴行を受けており、攻撃に出たときも暴行が現に継続されていた状況であり、少年が高校3年生であるのに対して、相手は中学3年生ではあるが、多勢に無勢であり、被害者らの中には少年に勝る体格の者もおり、実際に少年が、なかなか逃げられない状況に追い詰められていたことも前記のとおりである。しかし、被害者らは、多少不良っぽい感じはあったにせよ普通の中学生であり(少年も、攻撃をした時点では、中学生位ではないかと感じていたと思われる。)、暴行を振るうこと自体を楽しんでいた節もあるが、暴行によって相手を脅かして金員を取るいわゆる恐喝が最終的な目的であったこと、中学生のうち、二名がメリケンサックを所持していた(実際に使ったのはBだけのようである。)他は、素手であったこと、少年は、中学生から暴行を受けているが、その時間は、通して、数分間であり、この暴行によって、左側頭部、後頚部、両側大腿部挫傷の傷害を受けたが、特別な外傷等はなく、全治約5日間という診断(少年によれば、実際に、痛みが全く無くなるのには1週間程度かかった。)を受けていること、現場は前記のとおり、人通りのない場所だが、全く無人の場所という訳でもなく、2度目の脱出の後、少年は、周囲を中学生に囲まれてはいたが、通路の外に出た状態であったのだから、大声を上げるなどの手段を講ずれば、人に助けてもらうことも期待できたのではないかと思われる(実際に後から、駐車場の管理人が騒ぎを聞きつけて見に来ている。)こと等の事情からみると、未だ、少年が生命の危険を感じるほどの緊迫した状況にはなかったと思われ、それにもかかわらず、形勢次第では相手に対し、殺傷の結果を招くおそれのある前記ナイフを持ち出した行為の相当性には疑問を感じる。また、仮にナイフを持ち出すことが止むを得なかったとしても、言葉で相手の注意を喚起する等の威嚇行為もしないまま(少年は、ナイフを振り回したことで威嚇したし、普通なら相手もそれに気づいたはずである旨主張するが、実際の少年の行動は、前記のとおりで、威嚇行為と認められるような行為はなかったし、実際に、被害者らも少年の果物ナイフの所持に気づいていなかったものと思われる。)、いきなりナイフで反撃に及んだ行為については、少年が、既に通路の外に出た状態であったこと及び現場が、店や人通りのある大通りから、それほど離れてはいないことを考慮すると、もし威嚇行為があったならば、被害者らがひるみ、その隙に逃げきることのできた可能性が否定できないことからみて、その行為の相当性には更に大きな疑問があるし、仮に、ナイフで反撃したことが、盗犯等防止法に定められるような状況下では、過剰な防衛行為ということができないとしても、少なくとも、攻撃をする際に、手足を狙うなどして、被害者の生命に配慮することはできたと思われるのに、敢えて殺害行為に及んだことについては、防御しよう、逃亡しようという気持ちよりも、興奮と憤激の念によるところが大きかったものと思われ(犯行後、少年は、中学生達に対して、「おぼえていろよ」等と言い残しており、少年は、これを、追いかけられると困るので威嚇のつもりでいったと説明しているが、威嚇の意味があったことは否定できないにせよ、被害者の胸の辺りにナイフが深く突き刺さったことを認識していながら、被害者の安否を顧みないのみならず、本来悔しさや恨みを表す言葉を残して立ち去ったことは、興奮と憤激の念の強さを示すものと思われる。)、これらの具体的事情からみて、結局、少年の反撃行為は、少なくとも、殺害行為であった点において、相当な程度を超えたものと認めざるを得ない。なお、以上により、刑法上の正当防衛についても、相当性の無いことは明らかであるから、これも認めることはできず、結局刑法36条2項の過剰防衛と認めるほかはない。以上のとおりであり、盗犯等防止法1条1項ないし刑法36条1項に該当する事案であって、正当防衛である旨の付添人の主張についても、これを認めることはできない。

(処遇の理由)

本件非行のうち、殺人の件については、事件の発端は、被害者らが、少年に対し、暴行し、あわよくば金員を脅し取ろうという目的から、少年にいわれのない因縁をつけ、少年を人気のない場所に連れ込んで、集団で一方的に暴行を加えたことにあり、被害者側の落度が多大であることはいうまでもないが、それでも、少年が、結果的に、過大な反撃に及び、将来のある中学生の貴重な生命を奪ったことに鑑みれば、事案として、やはり重いものであると言わざるをえない。また、銃砲刀剣類所持等取締法違反の事件については、少年は、2年近く、他人を殺傷するおそれのあるナイフを、外出時は殆ど常時携帯していたものであり、常習性が認められ、また、そのことが、本件殺人の大きな原因ともなっており、これも軽視できない。

少年は、家庭においては、中学生のときに、何度も、食事のテーブルをひっくり返したり、中学1年から高校2年生ころまでの間には、母親を殴る等の家庭内暴力があり、力でかなわない父に対しては、喧嘩のときに台所の包丁を持ち出し、このころ、家族から台所の包丁等を隠されていたほど不穏な状態であったし、学校においても、高校2年時には、少年の遅刻を指導した教諭と口論になり、掴まれた腕をふりほどこうとして脇腹を蹴ったことがあり、その他、外でのトラブルで、家から包丁を持ち出そうとしたこともあった。このように、少年には、人とトラブルを起こしやすく、しかもその際、時には刃物等の凶器を用いての暴力的な行為に及びやすいところが見られるが、その背景には、性格面の偏りから、円滑な対人関係が保ちにくい、孤立しやすい、社会生活に適応しにくい、視野が狭い、ものの見方が主観的で被害的な受け止め方をしやすい、共感性が乏しい、対人不信を抱いているといったことがあると思われる。少年が、ナイフを常時所持していたのは、護身用の目的はあったようだが、それほどはっきりしたものではなく、むしろ、弱小感や漠然とした不安な気持ちを解消して安心感を持つためであり、漠然とした不安を抱いた原因も同様の性格面の偏りによるものと思われ、ナイフに対する依存度は相当大きかったものと思われる。少年は、事件の数か月前から、学校への登校状態がよくなり、家族と一緒に食事をするようになる等改善の方向へ向かっていたようだが、それは、目前に大学受験を控えており、合格について、周囲から見れば、過剰と思われる程の自信を持つことによって、少年なりに自分の将来について、希望を持つことができた為の一時的なもので、相変わらずナイフを携帯していたことや、本件の経過等に鑑みれば、少年自身の性格の問題性が根本的に解決されたわけではないと思われる。

本件は、前述のとおり、過剰防衛にあたるような特殊な事情の下に起きた事件であり、その意味では偶発的な要素があることも否定できないが、前記のとおりの少年の資質や実際に長期間にわたってナイフを携帯していたこと等の事情からみれば、少年がナイフを凶器として用いて、人を殺傷したということは、それほど唐突な出来事とはいえず、今のままでは今後も同様の事件を起こす可能性を否定できないので、少年の要保護性は高いと思われ、少年に対しては保護処分をもってのぞむのが妥当と考えられるところ、人命を奪った事案の重さや、少年の資質面の問題の大きさを考慮すれば、少年を矯正施設へ収容し、気持ちの安定が得られる枠組みの中で、自分を見つめさせ、今後の社会生活に対応できるよう、指導・援助してゆく必要があるものと思われる。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、没取につき少年法24条の2第1項2号、2項本文を適用して、主文のとおり決定する。

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