大判例

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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)320号 判決

原告

斉藤弘昭

右訴訟代理人

村井勝美

吉田聰

被告

吉本キャビネット株式会社

右代表者

吉本定雄

右訴訟代理人

河合弘之

西村國彦

被告補助参加人

合資会社協栄鉄工所

右代表者

柴田宏己

右訴訟代理人

中尾成

主文

一  被告は原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年四月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、補助参加によつて生じた分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

「1 被告は原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年七月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。2 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに1項につき仮執行宣言。

二  被告・同補助参加人

「1 原告の請求を棄却する。2 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

一  原告・請求原因

1  当事者

被告は、肩書地に本店及び工場を有して、電気機器用キャビネットの製造販売等を業とする会社であり、原告は、中学校を卒業した後、昭和五三年三月二〇日、被告会社に工員として雇傭された者である。

2  本件事故の発生

(一) 原告は、昭和五三年三月二一日から被告会社に出社し、生産課加工班に配属され、当初キャビネット製造材料の運搬、積みおろし作業に従事させられていた。

(二) その後、他の作業員が休んだときなどに「四側面」と呼ばれる機械(以下「本件機械」という。)の助手をさせられることはあつたものの、一人で本件機械を操作することは一度もなかつた。

(三) 原告は、昭和五三年七月三日、田口保の助手として本件機械で木加工されたバッフル板の積みおろし作業などに従事していた。ところが工場内の他の場所でVカットと呼ばれる作業に従事していた中里好雄が、同日午後三時から早退することになつたため、被告会社生産課長関本元昭は、田口に対し中里にかわつてVカット作業に従事するよう命じるとともに原告に対し本件機械を一人で操作し作業するよう命じた。

(四) 本件機械は、バッフル板を所定の規格に切断する装置で、その操作及び作動の態様は、作業員が旋回テーブル(以下「テーブル」という。)上に原材料のバッフル板を乗せ、操作ペダルを踏むと、  テーブル上方に設置されたシリンダーが下降し、バッフル板を固定する、  テーブルが前面から後面に向つて約六メートル走行し、その走行中、左右両側に設置された鋸により、バッフル板の両側面が切断される、  テーブルは一旦走行を止め、左に九〇度回転した後元の方向に走行し、途中前記鋸よりバッフル板の残りの二側面が切断される、  テーブルが定位置まで走行して停止すると、シリンダーが上昇して当初の位置に戻る、というものであり、右ないしの作動は自動的、かつ連続的である。

(五) 原告は、関本の命令に従つて、本件機械を一人で操作して作業を継続していたところ、同日午後四時五〇分ころ、テーブルにバッフル板を乗せ操作ペダルを踏んだ際、下降してきたシリンダーとバッフル板との間に右手の手首から先の部分を挾まれ、身体ごと、走行を開始したテーブルに運ばれるという事態となつてしまつた。原告を乗せたテーブルは、前記鋸によりバッフル板の左右を切断した後、左に半回転して元の方向に走行を開始したが、このとき、原告の身体の位置はテーブルの左半回転と共に移動させられ、この結果、テーブルがそのまま進行すれば、進行方向左側に設置された鋸によつて身体を切断される危険が生じたため、原告は、必死に助けを呼んだが、近くに作業員が居なかつたことから救助が間に合わず、前記鋸によつて、右手前腕部が削られてしまつた(以下「本件事故」という。)。

3  責任原因

(一) 被告の安全保証義務

本件機械は、バッフル板とシリンダーの間に作業員の手等の異物が挾まれ、シリンダーによるバッフル板の固定が不充分な状態にあつても、自動停止することなく、連続的に次の工程に進む構造になつているが、この点は、本件機械の一つの欠陥である。

さらに、本件機械にはこれに付帯して、作業員が非常時には、その作動を全面的に停止しうる非常ボタンが設置されていたが、その位置が悪く、バッフル板とシリンダーの間に身体の一部を挾まれてその自由を失つた作業員が、これを押すことは不可能である。

したがつて、労働契約上の使用者たる被告は、被用者に本件機械を操作させる場合には、右のような欠陥を是正する措置をとつた上で、作業に従事させる注意義務があり、仮に何らの是正措置も講じないまま被用者に本件機械を操作させるときは、被用者に十分な安全教育を施したうえ、本件機械に熟練した者を配置し、かつ、万一被用者がシリンダーとバッフル板の間に身体を挾まれるという事態が生じても直ちに機械の作動を停止させることができるよう助手を配置することによつて、人身事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるというべきである。

(二) 被告の債務不履行責任

然るに、被告は、前記のとおり、本件機械の前記欠陥を是正する措置を何ら講ずることのないまま、採用後日が浅く、本件機械の操作に習熟していない原告に対し、適切な安全教育を施すことなく、しかも、助手も付けずに、単独で本件機械の操作を命じたのであるから、前記注意義務に対する違反があることは明らかであり、かつ、それが本件事故発生の原因である。よつて、被告は、債務不履行責任に基づき、原告が本件事故により被つた損害を賠償すべきである。〈以下、省略〉

理由

一当事者

被告が、電気機器用キャビネットの製造販売を業とする会社であり、原告が昭和五三年三月二〇日、被告に工員として採用され、同年七月三日当時、引き続き被告から雇傭されていた者であることは、当事者間に争いがない。

二本件事故の発生

当事者間に争いがない事実に〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ〈る。〉

1  本件機械の操作手順及び作動の態様

本件機械の操作手順及び作動の態様は、次のとおりである。

(一)  作業員が本件機械の前面に立ち、原材料のバッフル板をテーブル上に置き、バッフル板の左側面と前面をストッパーに当てて位置決めをし、両手でバッフル板の両側面を押さえて位置ずれしないようにしたうえ、操作ペダルを足で踏む。

(二)  操作ペダルを踏むと、テーブルの上方に設置されているシリンダーが下降し、その下部の平板部分がテーブル上のバッフル板に密着してこれを固定するので、右板の側面を押さえていた両手を離す(なお、シリンダー下部の平板は原材料たるバッフル板に比して、四辺が各六〇ミリずつ短い板である。)。他方、ストッパーは左外に後退して、バッフル板から離れる。

(三)  次いで、テーブルを載せた台(以下「テーブル台」という。)がレール上を前面から後面に向かつて走行し(なお、右台はバッフル板がテーブル上になく、シリンダーとテーブルとの間に隙があつても、シリンダーに取り付けられたリミットスイッチとリングが密着すれば、右と同様に走行する。)、その走行中左右に設置されている四対の鋸でバッフル板の側面が切断される。

(四)  切断後、テーブル台はさらに前進して後面のつき当たりに達し(前面から後面までの走行距離は約六メートル)、そこで、一旦停止する。これと同時に四対の鋸は面外側に後退し、テーブルが左へ回転を始める。

(五)  テーブルが左へ九〇度回転すると、四対の鋸が再び内側に接近して、切断可能な状態になる。すると、テーブル台は、今度は、後面から前面の元の位置まで走行するが、途中バッフル板の残る二側面が右鋸で切断される。

(六)  右のようにしてテーブル台が元の位置に戻ると、シリンダーが上昇し、入れ替りに左側からストッパーが伸びて来て作動前の状態となる。

(七)  右の(二)ないし(六)の本件機械の作動は、すべて自動的、かつ、連続的であり(なお、作業員が操作ペダルを踏んでからシリンダーが下降してその下部の平板がテーブル上のバッフル板に密着するまでの時間は二秒、右(二)ないし(六)の作動に要する時間は二四秒である。)、これを中途で停止するには、非常停止ボタンを用いる。非常停止ボタンは、本件機械前面右側の柱に設置されており、原材料であるバッフル板をテーブル上に乗せる作業をする者の定位置からは、右手を使えば容易に届くが、左手を用いるとすれば、身体を右側に移動させながら左側に回転するという動作をしなければ届かない距離にある。

2  原告は、昭和五三年七月三日朝から、本件機械の操作をしていた田口の助手として、加工の終つたバッフル板を運搬する作業に従事していたところ、同日午後三時ころ、生産課長関本から、田口に代つて本件機械を一人で操作するよう指示され、助手のいない状態で、これを操作していた。同日午後四時五〇分ころ、原告は、原材料のバッフル板中央部に空けられた穴の部分(製品となる際、スピーカを入れるために開けられてあるもの。)に指をかけてこれをつかみ、本件機械のテーブル上に乗せ、左手でバッフル板の側面を押さえ、右手はバッフル板の上に置いたままの状態で、操作ペダルを踏んだところ、右手をバッフル板上から離す動作が遅れ、下降してきたシリンダーとテーブル上のバッフル板との間に右手の手首から先の部分を挾まれてしまつた(原告の右手が挾まれたことは、当事者間に争いがない。)。原告は、あわてて挾まれた右手首を引き抜こうとしたが、これが能わなかつたため、止むなく走行を開始したテーブル台の上に乗つてこれと共に移動し、まず、左右に設置されている前記四対の鋸の刃の間を通過し、その後、テーブルが左に九〇度回転するに伴つて、原告の身体も同様に回転し、次いでテーブル台が後下から前面へと走行する途中、前記鋸のいずれかの刃により、右腕及び左下肢を切られ、右前腕挫創、左下肢切創の傷害を負つた。

三責任原因

〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ〈る。〉

1  被告は、加工班に配属された新入社員については、職場の雰囲気に馴れさせるため、まず、先取り作業(機械で加工された物を取つて台の上に乗せる作業)等の機械操作の補助的作業に従事させるのを常としており、加工班所属となつた原告についても、入社当初は、先取り作業、スピーカーボックスの側板の積みおろし、運搬等の作業に従事させ、その後入社から二か月余り経過した昭和五三年六月ころからは、他の作業員が休んだときなどに、本件機械を操作する田口の助手の作業をも命ずるようになつた。右助手の作業内容は、加工の終了したバッフル板をテーブルから取つて、本件機械の脇に置いてあるパレットの上に積み上げるというものであつて、直接機械操作に係るものではなかつた。原告は、田口の助手をつとめながら、本件機械は操作ペダルを踏むと、後は全自動で作動することを見覚え、また、本件機械前面右側の柱に設置された前記非常停止ボタンの存在は、その旨の表示があることから知つており、かつ、同ボタンが昼の休憩時や終業時に押されているのを現に目撃したことがあつたほか、関本から、本件機械に関する作業方法として、操作ペダルを踏んでシリンダーを下降させ、その下部の平板がテーブル上のバッフル板を固定するまでの間は、バッフル板の位置がずれないよう両手でその両側を押さえておくべき旨教示されたことがあり、現に他の作業者が右のような方法により作業しているのを見たことがあつた。しかし、本件事故の発生した日である昭和五三年七月三日までの間に、原告は、右関本の教示の外は、他から本件機械の構造・操作方法、事故(とくに、本件機械に身体の一部を挾まれた場合)に対する措置等について何ら教えられたことはなかつたし(なお、本件機械の操作担当であつた田口は、聾唖者であつたため、原告に対し、本件機械の操作方法等について口頭で説明することはできなかつた。)また、原告は、田口が、前記関本の教示内容と異なり、原材料のバッフル板に開けられている穴に右手指をかけてこれを把持し、本件機械のテーブルの上にのせ、ストッパーに当てて位置を定めたうえ、右手を離し、左手のみでバッフル板の左側面を押さえた状態で操作ペダルを踏むという作業方法を常時とつていたのを見て、この方法の方がバッフル板の側面を両手で押さえるよりも能率的であると認識しており、かかる作業方法が危険であるとは考えなかつた。

以上のような事情から、原告は、本件事故の直前田口が採つていた前記の作業方法をそのまま真似て作業していた(それが本件事故の直接の原因となつた)のであり、また、右手首を挾まれた際には、引張つて抜くことのみを考え、前記非常停止ボタンを押して本件機械の作動を停止させるということは、全く考えなかつた。

2  被告は、本件事故前においては、入社後数年以上を経た熟練者に本件機械を操作させ、かつ、一名の助手を付して、二名で作業にあたらせていた(現在もそうである。)。しかるに、本件事故当日、関本は、未だ本件機械の操作を一度も経験したことがなかつた原告に対し、助手を付することもなく、単独でこれを操作するよう指示した。

3  被告においては、本件事故前にも、本件機械の操作に際し、関本が指を負傷したことがあり、また工員の池田某が本件機械に左手を挾まれ、非常停止ボタンを押して大事を免れるという事故が発生したことがあつた。

4  更に、関本は、右のとおり原告に本件機械の単独操作を命じた際、原告に対し怪我をしないよう注意したに止まり、その後も、本件事故発生までの間、原告に残業を命ずるために本件機械の所在場所を一度訪れただけであつた。

5  原告は、前記のとおり右手首を挾まれ、止むなくテーブル台に乗つて移動を開始した際、大声で周囲に助けを求めたが、本件事故当時工場内で働いていた数名の作業者も、本件機械の集塵機、ブロアー、鋸等の発する騒音が激しいため、直ちに原告の助け声を耳にした者はなく、本件機械から七メートルないし八メートルの距離にいた関本が異様な叫び声に気づいて、走つてかけつけたときには、本件機械はすでに作動を停止し、負傷した原告が後面右側に倒れていた。

右のとおり認められる。

ところで一般に雇傭契約は労務提供と報酬支払を基本的要素とする双務契約であるが、右雇傭契約に含まれる使用者の義務は単に報酬支払義務に尽きるものではなく、労働者が使用者の指定する場所において、かつ、その提供する設置、機械、器具等を用いて稼働する場合、右設備等から生ずる労働災害全般を防止し、労働者を安全に就労せしむべき安全保証義務をも含むものといわなければならない。このことは、労働基準法、労働安全衛生法その他の労働保護法が、行政的監督と刑事罰をもつて使用者に対し、労働災害からの安全保証義務の履行を公法上強制している趣旨からも、肯認することができる。そして、前記認定事実によれば、本件機械に原告主張のような瑕疵があるか否かの判断は別としても、少なくとも本件事故は、被告において原告に対し、本件機械の構造・機能、作動方法は固より、その内包する危険性とこれに対処する措置を原告の身につくまで教示し、又は通常被告がそうしているように助手一名を付していれば(原告が手首を挾まれた時点で、その助手が直ちに本件機械を停止することができたはずであるから)、未然に防止することが可能であつたと思料されるのであつて、被告がこれらの措置を講じなかつたのは、労働災害防止のための安全保証義務に違背するものといわざるを得ない。

被告は、抗弁1のとおりその無過失を主張するけれども、被告が田口に対し、原告に本件機械の操作方法、安全のための注意事項、非常停止ボタンの位置及び停止方法等を良く説明するように指示した旨の事実を認めるに足りる証拠はなく(田口が原告に右のような説明をしたことを認め得る証拠もない。)、かえつて、前記認定のとおり、関本が原告に、テーブル上のバッフル板の位置ずれを防止する手段として、その両側を手で押さえることを教えた以外は、被告は、本件機械の操作及び作業方法に関する具体的事項を何ら教示していないものというべきであつて、被告の右無過失の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

したがつて、被告は、債務不履行責任に基づき、本件事故により原告が被つた損害を賠償すべき責任を負う。

四損害

(一)  後遺症による逸失利益 金二八五一万二七四三円

〈証拠〉によれば、原告は、本件事故による後遺症(昭和五六年一〇月五日以前に症状固定した。)として、右手関節に背屈マイナス一〇度、掌屈七〇度の可動域制限があり、右第三ないし第五指が屈曲拘縮強度で把握不能という機能障害(所轄労働基準監督署長から身体障害等級表第六級の認定があつた。)があり、しかも、右手は、原告にとつて利腕であることが認められる。

以上の事実を総合すれば、原告は、昭和五六年一〇月以降も終身、右機能障害によつて服することのできる労務の種類及び労務の能率が相当程度制約されるので、稼働可能と考えられる六七歳までの四九年間を通じて喪失した労働能力は五〇パーセントを下らないと認められる。

そして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、昭和三八年三月四日生まれの、本件事故まで健康な男子で、前記認定のとおり、昭和五三年三月、中学校卒業後、本件事故直前まで就労しており、その後も就労する予定であつたものであるから、本件事故に遭わなければ、同五六年一〇月から、六七歳時までの四九年間を通じていえば、当裁判所に顕著な、労働省発表昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計、学歴計、男子労働者全年齢平均の年間収入である金三六三万三四〇〇円を下らない所得を得ることができたものと推認されるので、右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じた額から、ライプニッツ方式により年五分の中間利息を控除して右四九年間の逸失利益の昭和五六年九月末日における現価を求めると、計数上その金額は二八五一万二七四三円となる。

被告は、原告の後遺症による逸失利益の算定にあたつては、原告が被告から賃金の支払いを受けていた実績があるのだから、その額を基礎として算定すべきである旨主張するが、そのように解すべき合理的根拠はないのみならず、原告が本件事故に遭遇したのは、原告が被告会社に入社してから一〇〇日余りしか経過していない時期であることに鑑みれば、この時期における賃金額(五パーセントの昇給分を考慮に入れるとしても)を、昭和五六年一〇月以降四九年間にわたる原告の予測収入の算定の基礎とするのは原告の収入増加の可能性を無視する逸失利益の算定方法であつて、きわめて不当というほかなく、被告の右主張は採用しえない。

被告は、原告が被告会社入社時に被告より給与水準の高い会社に入社できなかつた、労働意欲がないなど、本件事故にあわなくても低賃金しか受けえなかつた旨主張するが、さきに述べたとおり、原告は中学校新卒者として被告に雇入れられたのであつて、特段の事由の認められない本件ではその年齢、経験に相応する給与が定められたものと推認され、低能力者としてやむなく低賃金の職場を選んだかにいうのは根拠がない。なお、中学校卒業後数ケ月を出ない少年の就労態度をもつてその将来を推測するのも当らないし、原告が本件事故後後遺症状固定後に事故の発生したその職場に就労しなかつたことをもつて就労意欲を云々するのも失当である。なお、被告は、原告の後遺症固定後の他社での日給が四〇〇〇円である旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告は塗装工として就労していることが認められるところ、右日給額が塗装(見習)工の通常賃金を著しく下回ることは公知の事実である。

(二)  入院雑費 金一八万円

〈証拠〉を総合すると、原告は、前記認定にかかる傷害を受けたため、本件事故当日の昭和五三年七月三日から同月六日ころまで斉藤外科病院に、同日から同年八月二七日ころまで前田外科病院に、同年九月二日から同年一二月二一日まで及び昭和五四年一月二七日から同年二月一五日まで国立病院医療センターにそれぞれ入院したこと(延べ入院日数約一八〇日間)が認められ、右入院期間中、諸雑費を支出したことが認められるところ、そのうち本件において損害賠償として請求しうる分は、入院一日当り金一〇〇〇円として算出した額と認めるのが相当である。

(三)  慰謝料 金一〇〇〇万円

前記認定の傷害の部位、程度、入院期間、ことに若年未婚の原告が重大かつ外見上顕著な後遺症を負つたことその他本件に顕われた諸般の事情を勘案すれば、本件事故により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇〇〇万円を下らない。

五損害填補

原告が被告主張のとおり労災保険法に基く給付を受けたことは、争いのないところであるが、看護費用、医療費については、これに対応する損害の請求がないので本訴請求にかかる損害から控除すべき限りではない。休業補償給付、障害補償年金については、既支給分に限り、損害填補とみるべきところ、その額は多くみても(本訴請求外、すなわち本件事故発生から原告主張の後遺症状固定時すなわち昭和五六年一〇月までの休業損害に充当すべき分及び休業特別支給金を含んで計算しても)、金三〇八万四四〇二円を超えるものといえない(休業特別支給金、障害特別支給金、福祉施設給付金、労災保険法に基く労働福祉事業の性格を有し、損害賠償と同視すべき性格のものではない。)。

六過失相殺について

原告が、関本から、本件機械に関する作業方法として、操作ペダルを踏んでシリンダーを下降させ、その下部の平板がテーブル上のバッフル板を固定するまでの間は、バッフル板の位置がずれないよう両手でその両側を押さえておくべき旨教示されたことがあり、現に他の作業者が右のような方法により作業をしているのを見たこともあつたこと、しかし、本件事故の直前、原告は、右関本の教示内容とは異なり、原材料のバッフル板に開けられている穴に右手指をかけてこれを把持し、本件機械のテーブルの上に載せ、ストッパーに当てて位置を定めたうえ、右手を離し、左手のみでバッフル板の左側面を押えた状態で操作ペダルを踏むという作業方法をとつていたこと、本件事故は、原告がテーブル上に置いた右手を引くのが遅れたことが直接の基因であることは前記認定のとおりである。しかしながら、これも前記認定のとおり、原告は、本件機械の操作責任者である田口の助手として、同人の作業方法を見ながら、右機械の操作を覚えたものであり、原告が、本件事故当時右のような作業方法をとつていたのは、田口が常時とつていた方法を真似したものであること、原告は、本件事故当日、初めて本件機械の操作を担当したものであることに鑑みれば、原告が関本の教示した方法と異なる作業方法を採つていたとしても、とりたてて非とするには当たらない。むしろ、本件機械のように、一サイクル二四秒の短い間隔で、連続的に同一の操作を繰り返す装置にあつては、仮に、労働者が、関本が原告に教示した内容の作業方法を遵守すべく心掛けていたとしても、シリンダー下部の平板とテーブル上のバッフル板との間に手又は指を挾まれる危険性が潜在しており、それが労働者の疲労や僅かな注意力の欠如等を理由として顕在化することが容易に予測できる(換言すれば、作業員が手指を挾まれるという事態は、本件機械においてはある程度不可避的なことというべき)であり、かつ、一たび右のような事態が発生した場合には、本件機械の性質上労働者の生命をも奪いかねない重大な結果を招く虞れのあることは見易い道理であるから、本件機械のような設備を用いる使用者としては、これを操作する労働者の生命、身体の安全を保護するため、少なくともシリンダー下部の平板とテーブル上のバッフル板との間に異物が存在して、右両者が完全に密着していない状態においては、テーブル台が前進しないこととするような装置を取りつけるべきであつたといわなければならない。したがつて、原告が本件事故当時、前記認定のような作業方法をとつていたことをもつて、原告の落度として過失相殺の事由とすることはできない。

また、原告が、本件事故に遭遇する以前から前記非常停止ボタンの存在を知つており、昼の休憩時や終業時にはこのボタンが押されるのを見ていたこと、本件事故時、原告は、非常停止ボタンを押さなかつた(押すことを考えもしなかつた)ことは前記認定のとおりであるけれども、過去に本件機械を操作した経験、とくに何らかの事故が発生した際に右非常停止ボタンを用いてこれを停止させた経験を有する者であれば別として、本件事故当日、初めて本件機械を操作した原告が、右手首から先の部分を挾まれるという事態に立ち至つた際、直ちに右非常停止ボタンを用いて本件機械の作動を停止することを想起しえなかつたとしても無理からぬものというべきであるうえ(右のような異常事態の発生により原告が驚き、狼狽したことは推認するに難くなく、そのような心理状況の下で直ちに次善の行動を採ることを期待することは困難である。)。前記認定のとおり、右手を挾まれた場合に左手で非常停止ボタンを押すためには、身体を右側に移動させながら左側に回転するという動作をしなければならず、シリンダーが降り切つてからテーブル台が走行を開始するまでの時間いかん(この正確な時間を認めるに足りる証拠はない。)によつては、右手を挾まれた場合には、左手で右非常停止ボタンを押し得る時間的余裕がないと考えるべき余地も十分にあるといわなければならない。よつて、原告が、本件事故時に、非常停止ボタンを押さなかつたことをもつて、原告の過失と評価することはできない。

もとより、右条件下にあつても、原告が常に十分周到な注意を払いつつ本件機械を操作していたとすれば、本件事故は発生しなかつたといえるのである。しかし、労働者にとつてかかる緊張を持続することはそもそも不可能を強いることである一方、被告としては、本件機械の誤操作時における危険回避手段を講ずるなどにより人身の危険を未然に防止することは容易とさえいえるのである。かかる場合において、本件事故による損害につき過失相殺をするのは到底当を得ないものといわなければならない。

以上から、被告の過失相殺の主張は、理由がない。

七結論

以上によれば、原告が被告に対し、本件事故による損害賠償として、本訴請求の損害に充当すべき労災保険給付額を三〇八万四四〇二円とみてこれを差引いても、金三〇〇〇万円を超える金員の支払請求権を有することは明らかであるが、原告の本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求ではなく、原・被告間の雇傭契約上の安全保証義務違背を理由とする債務不履行に基づくそれであるところ、債務不履行に基づく損害賠償債務は期限の定めのない債務であり、民法四一二条三項によりその債務者は債権者からの履行の請求を受けた時にはじめて遅滞に陥るものというべきであるから、右損害賠償額に対する本件事故発生の日である昭和五三年七月三日から支払ずみまでの遅延損害金の支払を求める原告の附帯請求部分は理由がないといわなければならない。もつとも、本件訴状が昭和五七年四月二日被告に送達されたことは本件記録上明らかであるから、遅くとも右訴状送達の翌日から被告は本件損害賠償債務につき遅滞に陥つたものとみることを妨げない。そうすると、原告の本訴請求は、被告に対し、損害賠償として金三〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年四月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九四条後段を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(高山晨 小池信行 深見玲子)

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