大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

浦和地方裁判所 昭和59年(わ)701号 判決

会社員

甲野一郎

右の者に対する傷害被告事件につき、当裁判所は、検察官藤河征夫出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を罰金七万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(被告人の身上・経歴)

被告人は、福島県で出生し、同地の小・中学校を経て、同県立東白河農業商業高等学校を卒業し、製紙会社などに勤務した後、昭和四八年八月ころ、東武興業株式会社(以下、「会社」という。)に入社し、同年九月ころから、埼玉県越谷市にある同社の事業所である東武こしがや自動車教習所(以下、「こしがや教習所」という。)に技能指導員として勤務するようになったものであるが、そのころ、こしがや教習所の従業員で組織していた東武こしがや自動車教習所労働組合に加入し、同組合の執行委員、副執行委員長を経て、同組合が東京自動車教習所労働組合(以下、「東自教労組」という。)の傘下に入り、同組合東武こしがや自動車教習所支部となった後は、同組合東武こしがや自動車教習所支部副支部長となり、同五七年九月ころから、同支部支部長の地位にあったものである。

(本件犯行の背景及び本件犯行に至る経緯)

こしがや教習所においては、同四三年七月、同教習所の従業員によって組織する東武こしがや自動車教習所労働組合(以下、「組合」という。)が結成されて以来、組合は、賃金格差是正等の賃金問題や宿直制度の廃止あるいは残業を任意制にするなどの労働条件の改善に取り組むなどしてきたところ、同五三年四月、会社が、営業面での必要性から、教習所の校舎を建て替えることを決定し、これを公表したため、この問題について、会社との間で交渉がなされ、同年八月から、七回にわたる団体交渉を経て、同年一一月、新校舎建設・校舎移転につき、一旦合意に達した。しかし、同五四年八月ころになって、会社が、校舎移転に伴い、新館の指導員室(以下「新指導員室」という。)における班長を中心にした机の班別配置及び教務課長の同席の方針を打ち出してきたことから、従来指導員室においては、各指導員の席は定まっておらず、教務課長も同席していなかったという経緯もあって、組合は、会社の右方針に反発し、その撤回を求めて、再び労使交渉に入ったものの、会社がその方針を変えようとしなかったため、組合は、会社の右方針は、労務管理体制の強化を意図するものとして、いよいよ反発を強め、同年一〇月、ビラ及び掲示文の貼付、ストライキ、卒業検定の阻止等の争議行為に及んだところ、会社は、前記ビラ及び掲示文の貼付、卒業検定の阻止等が就業規則に違反するものとして、同年一一月二九日、当時、組合の執行委員長であった斉藤高を懲戒解雇、副執行委員長であった被告人を出勤停止五日間とする内容の懲戒処分を行うに至った。そこで組合は、同年一二月二八日、会社の右懲戒処分が不当労働行為であるとして、埼玉県地方労働委員会に救済の申立てをなすとともに、会社に対して、右懲戒処分の撤回を要求し、争議行為に出るなどした。

その後、こしがや教習所においては、前記懲戒処分等をめぐって、会社と組合との間で対立が続いていたところ、同五五年五月、戸張達男、中島壽郎らが組合を脱退し、右戸張を執行委員長、岩田光義を副執行委員長、右中島を書記長とする東武興業教習所労働組合(以下、「第二組合」という。)が結成され、以来、組合(以下「第一組合」という。)は、会社のみならず、第二組合との間でも確執が生ずるようになった。なお、第一組合は、同年九月、前記のように東京自動車教習所労働組合に加盟したことから、以後同組合東武こしがや自動車教習所支部と称している。

こうしたなかで、同五八年一二月八日、埼玉県地方労働委員会から、会社が斉藤及び被告人に対してなした前記懲戒処分の取消、斉藤の原職ないし原職相当職への復帰、斉藤及び被告人に対するいわゆるバック・ペイの支払いを内容とする命令が発せられ、翌五九年一月一〇日、右命令書が会社に交付された。しかし、会社が、右命令を不服として、同月一八日、中央労働委員会に再審査の申立てをしたところ、これに対し第一組合が争議行為の方針で臨んできたため、会社は、かかる状況においては、第一組合と和解協定を締結し、労使関係の早期安定化を図るのが適切であると判断し、第一組合に対し、話し合いによる解決を申し入れ、第一組合との間で和解協定のための交渉を重ねた結果、同年三月三〇日、労使関係の正常化に向けて、会社、第一組合及び東自教労組の間で、会社は、中央労働委員会に対してなした前記再審査の申し立てを取り上げた上、斉藤及び被告人に対する前記懲戒処分を撤回し、斉藤を原職に復帰させるとともに、東自教労組に対し、解決金として一五〇〇万円を支払うこと、懸案であった指導員室の机の配置について、第一組合が会社の第三案である机の班別配置に同意し、同月三一日に新指導員室に移転することなどを内容とする和解協定を締結した。ここにおいて、第一組合員は、新指導員室に移転し、同室において、第二組合員とともに就労することとなり、同月三〇日から同年四月二日にかけて新指導員室への移転が実施された。

ところで、会社は、右和解協定締結に先立ち、第二組合に対して、第一組合との間で締結予定の和解協定の内容を事前に説明した上、第一組合とともに新指導員室に移転して、就労することを要請し、第二組合員もその旨了解していたが、和解協定締結の当日である三月三〇日、第二組合員の新指導員室への入室をめぐって、第一組合員と第二組合員との間で諍いが生じたばかりか、同年四月二日には、第一組合員により、第二組合員の新指導員室への入室が妨害されるなどの事態が発生するに及んで、第一組合と第二組合との対立がいよいよ昂じていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同年四月三日午前九時すぎころ、一時限の教習を終えて、埼玉県越谷市蒲生寿町六番八二号所在の前記こしがや教習所新指導員室へ戻った際、第一組合員の植竹貞夫が、同室内の自席で書類を書いていた前記中島壽郎(当時五〇歳)に対して、右書類等を机上から払い落とすなどしているのを認めたことから、同人らに近付き、着席している右中島の背後に立ち、折から同所に来合わせた前記戸張らと、新指導員室に第二組合員が入ることについて、口論をしていたところ、右中島が、前記のように、右植竹に、書いていた書類等を机上から払い落とされたばかりか、「お前らのいるところではない。」「出ていけ。」などと罵声を浴びせられた上、顔面などに唾を吐きかけるなどされ、更に、右中島の両脇にいた、同じく第一組合員である市川利広及び小澤信三から「裏切り者。」、「出ていけ。」などと言われ、肘等で小突かれたりしたことに立腹し、座っていた椅子から立ち上がったところ、右椅子が背後に下がり、これがたまたま中島の背後にいた被告人の右足すねに当たったことから、被告人は憤激し、右中島に対して、「蹴ったな。」などといいがかりをつけた上、両手でその襟元付近を掴むや、同人をそのまま背後に約二メートル押し進め、同人の背後にあった机の縁にその腰付近を打ち付けた上、その机上に押し倒す暴行を加え、同人を右机上に仰向けに転倒させて、その後頭部を右机上に強打させ、よって、同人に対し、全治四日間を要する頭部外傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)……(略)

(争点に対する判断)

一  前掲各証拠を総合すれば、被告人が中島壽郎に対して、判示のとおりの暴行を加えて、同人を新指導員室内にある一班の机(以下、「一班の机」という。)の上に転倒させて、その後頭部を机上に強打させた結果、同人に対し、全治四日間を要する頭部外傷の傷害を負わせたことを認めることができるのであって、検察官申請の各証人のうち、弁護人において、とりわけその信用性を争う、被害者でかつ第二組合員である右中島、こしがや教習所の総支配人である青木武夫、同教習所副所長である川島文雄、第二組合員である戸張達男及び同細川信春の各証言並びに第一組合員である大戸憲悦及び岩崎義人の検察官に対する各供述調書は、その供述内容や供述調書の作成過程等に関して、弁護人が指摘する諸点を考慮してみても、前記の認定にそう範囲において、これを措信しうるものと考えられる。

ちなみに、右中島の証言、証人江川巖の証言及び同人作成の診療録写し二通(以下、単に「診療録写し」という。)によれば、中島が、本件直後である昭和五九年四月三日午後一時ころ、埼玉県越谷市にある江川整形外科医院に赴き、江川医師に頭部痛等を訴えた際、同医師は、中島の後頭部に約二ないし三センチメートルの皮下出血を伴い、やや赤みを呈する腫脹を認めたことから、頭部外傷と診断したこと、しかし、右頭部外傷については、何ら治療を施さず、以後の診療においても治療をしていないこと、同月六日、中島は頭部外傷に関わるものと考えられる頭部痛を訴えたことが認められ、加えて、江川作成の診療録中には、同年四月三日、同月六日の欄の記載のほか頭部外傷に関わると思われる中島の主訴ないしそれに関連する所見の記載がないことからなどからして、同月六日以降、中島のその旨の主訴はなく、他に頭部外傷に関わる所見もなかったと考えられることなどの事情を併せ考慮すると、本件頭部外傷の程度は全治四日間を要するものと認めるのが相当である。

加えて、検察官申請証人で、こしがや教習所長である中村心一の証言については、弁護人においても、概ねその信用性を争わないところ、右証言は、前記中島らの各証言と相反するのみならず、却って後記弁護人の主張にそうものである旨弁護人は主張するのであるが、右証言内容を仔細に検討すると、右中村は、同人及び第一組合員の吉田芳勝が被告人を制止し、中島から被告人を引き離した場所は、前記一班の机にかなり接近した地点であり、しかも、その際における被告人の姿勢は、相当前のめりになっていたという趣旨の供述をしているのであって、中村証言が前記認定事実と相容れない内容のものであるとまではいえないというべきである。

二  ところで、弁護人は、被告人が中島の襟元を掴んで詰め寄り、新指導員室中央通路(以下、「中央通路」という。)に向かって進んだものの、右中央通路に出た地点で、前記吉田が被告人と中島の間に割って入り、被告人を中島から引き離した旨主張し、被告人もこれにそう供述をしている。そして、弁護人申請の証人である小澤信三、市川利広、吉田芳勝、高橋和枝、黒須四一、横川孝行及び古橋幸一並びに検察官申請の証人である大戸憲悦及び岩崎義人はいずれも第一組合員であるが、右吉田はもとより、小澤、市川、高橋、古橋及び岩崎は、総じて、前記被告人の供述にそう証言をし、更に、小澤、市川、高橋、黒須、横川、古橋及び岩崎は、被告人が吉田及び前記中村に制止され、中島から引き離された後、中島が、自ら、前記一班の机の上に仰向けに横たわったという趣旨の証言をするところ、なかでも、市川は、中島が仰向けに横たわろうとした折、半ば冗談から、右手掌を上に向けて同人の頭の下に差し延べるなどした旨証言し、また古橋も、後で被告人の中島に対する前記所為が告訴問題になることを懸念して同人に対して、「皆見てるんだからな。」などと申し向けた旨証言するなど、被告人が制止された後の中島の挙動につき、具体的かつ詳細に供述している。しかしながら、中島が自ら机上に横たわった旨の各証言は、衆人環視の状況下において、中島がかかる挙動に及ぶこと自体が余りに奇妙であるという点で、不自然さを免れないばかりか、前記中島らの各証言に照らしても信用できない上、岩崎は、同人の検察官に対する供述調書の中では、同人の公判証言とは異なり、右中島らの証言にそう供述をしており、大戸も、中島が被告人に押されていくところは見ているが、前記中央通路に出たところからは見ていない旨証言するのに対して、同人の検察官に対する供述調書においては、岩崎同様前記中島らの証言にそう供述をしていること、また黒須も、同人の司法警察員に対する供述調書において、前記一班の机上に中島が仰向けになっていた際、そばに被告人がいた旨その公判証言と相反する供述をしていること、その他同人らの証言態度等を併せかんがみると、同人らの証言は、到底信用しえないばかりか、ひいては、右各証言と内容的に合致する小澤ら弁護人申請の証人の各証言もたやすく措信できないものといわなければならない。してみると、弁護人の主張にそう被告人の供述もまた信用できないというほかはない。

更に、弁護人は、検察官主張の各傷害を争い、頭部外傷の点に関しても、その部位についての中島証言と江川証言及び同人作成の診療録写しとの不一致や弁護人申請の証人芹沢憲一の証言等に基づき、右傷害が中島の自傷行為によるものであるかのような主張をするのであるが、受傷部位についての右江川証言は、同人の作成した診療録に記載された図に基づくものであるところ、右の図自体の正確性に疑問の余地があること、芹沢証言も中島証言を与件とした一般的判断にとどまることなどからすれば、弁護人指摘の諸点は、いずれも頭部外傷の認定を妨げるものではなく、また、証拠上、中島の自傷行為の存在を窺わせるような事情も認められない。

三  なお、検察官は、被告人は、机上に倒れた中島の上に覆いかぶさった上、左手でそのネクタイの結び目付近を掴んで同人の頸部を締め上げ、更に右手でも頸部を締め上げようとしたところ、同人に右手を掴まれたため、同人の左拇指を背後に強くねじ曲げた旨主張し、中島及び川島の各証言がこれにそうものであるけれども、中島証言には、被告人に頸部を締め上げられた状況につき、被告人の左手はネクタイの結び目のところを掴んでいたが、ネクタイの結び目付近を掴んでいる左手で引き付けられたり、押し付けられたりされた記憶はなく、また、右手も首のところにきて、両手で掴む形になったが、右手が首に付いたかどうかは分からない旨供述する部分があり、必ずしもこの点に関する検察官の右主張を裏付ける証言とはなっていない上、左拇指をねじ曲げられた状況についても、喉元付近にきた被告人の右手をその手首を掴んで外そうとしたところ、掴もうとする形になっている被告人の右手掌に自分の左拇指が入った状態で後ろにひねられた旨証言するところ、その証言に信用性を認めるに十分である前記中村の、被告人が両手を出して前のめりになって中島にかかろうとしたところを被告人の右腕に自分の右腕を上から絡めるようにして被告人を制止した旨の証言はもとより、その他関係証拠によって認められる客観的事実と必ずしも符合しているとはいえず、このまま直ちに信用することはできないものであり、また、川島は、被告人が、机上に倒れた中島のネクタイあたりを持って締め上げ、そして今度は飛びかかって襟首あたりを掴もうとし、その手が、襟元付近の約五センチメートル位手前までいった旨証言するところ、同人は、捜査段階においては、その旨供述していなかったことが窺われ、公判段階において初めて証言したと考えられる上、かかる証言をするに至った経緯・理由の説明も説得的でないことなどに加え、中島証言同様、前記中村証言等に照らすと、川島の右証言の信用性もまた疑わしいものといわざるをえない。してみると、前記中島及び川島の各証言のほか、検察官の前記主張にそうと考えられる証拠がない以上、この点の検察官の立証は十分でないというほかない。

ちなみに、検察官は、被告人が、机上に倒れた中島に覆いかぶさり、左手でネクタイの結び目付近を掴んで締め上げた暴行により頸部捻挫が、右手で、その手を掴んできた同人の左拇指を背後に強くねじ曲げた暴行により左拇指捻挫がそれぞれ生じたものである旨主張するが、右各暴行についての検察官立証が十分でないことは前記のとおりであるところ、加えて頸部捻挫の傷害の存在についての立証も十分でないというべきである。すなわち、中島は、前記のように、本件当日午後一時ころ、江川のところに赴いた際、同人に対して、首の状態がおかしい旨訴えたところ、レントゲン撮影を受けた上、頸部捻挫の診断を受け、あるいはその種の治療を受けた旨供述するのであるが、右江川作成の診療録写しによれば、右診療録中の同日欄には、中島から頸部に異常がある旨の訴えはもとより、頸部のレントゲン撮影の実施や頸部捻挫に対する治療等については、何ら記載されていないことが認められ、医師の診療録記載の常識からして、初診時において頸部異常の主訴があるにもかかわらず、あえて記載しなかったということは考えられず、したがって、初診時においては、中島から前記の如き訴えはなかったものと判断するのが相当であること、なるほど、江川証言及び同人作成の診療録写しによれば、初診の翌日である四月四日から同年五月三一日までの間、中島が五回にわたって頸部痛を訴えており、また、二回にわたって、頸部の運動制限の所見が見られたこと、これに対して介達牽引の治療等が施されていることなど本件頸部捻挫の存在を裏付けるかの如き事実が認められるものの、他方、頸部のレントゲン撮影が同年四月二七日実施されているところ、その結果判明した、上位における前

消失、頸椎狭少化あるいは項中隔石灰化症(いわゆるバルソニー)などといった所見にしても、いずれも長期間経過したものであり、少なくとも本件以前のものであること、更に、芹沢証言によれば、検察官が頸部捻挫の原因となったと主張する前記暴行の如き態様の行為から頸部捻挫が惹起される可能性は極めて低いと考えられること、その他関係証拠によって認められる中島の病歴等を併せ考慮すれば、弁護人の主張するような中島の詐病によるものとはいいえないにせよ、頸部捻挫の傷害がなかったとの疑いも存するので、この点についての検察官の立証は十分でないといわざるをえない。

左拇指捻挫の傷害については、この点についての中島証言、江川証言及び同人作成の診療録写しを総合すれば、その存在を争う弁護人指摘の諸点を考慮し、この点に関する前記芹沢の証言内容と比較検討してみても、右傷害の存在を認定することができるのであるが、前記のように、右傷害の原因となったと検察官が主張する暴行の存在が証拠上認められない以上、この点についての検察官の立証も不十分といわざるをえない。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は、中島の胸あたりに手を置きながら押すような形で約一メートル位移動したにすぎず、その動機も、要は、同人の下げた椅子によって負傷したことについて、同人に謝罪を求めることにあったのであるから、被告人の右行為の動機・目的及び態様等からすれば、社会的に相当な行為であり、違法性を欠くものであると主張するのであるが、被告人が中島に対して及んだ暴行及びその結果としての傷害は前記認定のとおりであるところ、そこにおける本件犯行に至る経緯及び本件犯行の動機・態様・結果、その他諸般の状況に照らすならば、被告人の所為が社会的相当性の認められる範囲内に属するものとして、罪責を免れ、あるいはこれに刑罰を科しえないものであるとは到底考えられないというべきである。

(公訴棄却の申立てに対する判断)

弁護人は、本件は、検察官が、労働組合の弾圧を目的として、しかも違憲・違法・不当な捜査に基づき、公訴権を濫用して起訴したものである上、本件起訴状自体も訴因が不特定であるばかりか、被告人の防御権及び弁護人の弁護権を侵害した状態での公訴追行であるから、これを棄却すべきである旨申し立てるのであるが、理論上、検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起自体を無効ならしめる場合があることは、弁護人所論のとおりであるとしても、本件審理の結果に徴すると、被告人に対する本件公訴の提起が、弁護人の指摘するような事情のもとに、検察官がその裁量権を逸脱してなしたものであるとは認められないので、弁護人の公訴棄却の申立ては理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金七万円に処し、右罰金を完納できないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に全部これを負担させることとする。

(量刑の事情)

本件は、長期間にわたる組合相互間における対立の過程の中で、偶発的に発生した事案であるところ、なるほど本件犯行の直接の誘因が、被害者の下げた椅子が被告人に当たったことにあるとはいえ、判示のとおり、本件は、もともと被害者に対する第一組合員の行き過ぎた言動に端を発するものであり、被告人もこうした経緯を十分承知していたばかりか、同組合の支部長の地位にありながら、殊更に「蹴った」といいがかりをつけた上で本件犯行に及んだものであることが認められ、その他、本件犯行の態様、結果等を併せ考慮すると、被告人の刑事責任は軽視できないものといわなければならない。

しかしながら、本件犯行は、前記認定のとおり、組合員の懲戒処分等をめぐる労使対立の最中に生じた組合分裂や会社を挾んでの組合相互間の対立といった経緯に絡んだ、それまでの被害者らとの感情的対立が殊更被告人を激昂させた結果であるといって差支えないこと、認定しうる被害者の受けた傷は軽いものであり、特に医師の治療を要するような程度のものではなかったことなどの諸点にかんがみると、検察官の指摘する被害者に対して何ら慰謝の措置が講じられていないことや被告人が本件に対して反省の態度を示していないことなどの事情を考慮してみても、主文掲記の罰金刑に処するのが相当であると思料したものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 和田啓一 裁判官 金野俊男 裁判官 河合裕行)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com