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浦和家庭裁判所川越支部 昭和61年(少)2322号 決定

少年 M・K(昭和44.7.7生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

本件送致事件中業務上過失致死の事実については、少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

少年は、公安委員会の運転免許を受けないで

第1昭和61年4月3日午後9時2分ころ、埼玉県飯能市○○××番地付近道路において、自動二輪車を運転し

第2同年10月18日午前零時40分ころ、同県川越市○○町××番地付近道路において、自動二輪車を運転し

たものである。

(適用法令)

両事実につき道路交通法64条、118条1項1号

(処遇の理由)

本件は、自動二輪車の無免許運転2件の事案であるが、その動機、態様及び結果、少年の資質、生育歴、非行歴及び保護環境、特に少年の自動二輪車の無免許運転は、常習的かつ日常化していたもので、非行第1の事実は免許停止中に行きつけのバイク屋に自己の自動二輪事で出掛け、帰宅途中に40キロメートル毎時の指定速度のところ、時速70ないし80キロメートルの高速度で走行し後記死亡事故を発生させたものであり、その事故後の免許取消処分後にも事故の自動二輪車を処分することもせず、非行第2の無免許運転を敢行したものであり、その再度の違反後もいわゆるモトクロス場において自動二輪車を運転しているものであって、少年には無免許運転に対する反省が殆ど見られず、後記のとおり少年にとってオートバイのみが孤独を慰める殆ど唯一の存在であることに鑑みると再非行の可能性は非常に高いこと、後記死亡事故に対する少年法上の責任の有無はともかくとして、本件審判に至るまで死亡事故に対する道義的覚醒が殆ど見られず、少年の人命軽視の姿勢が窺えること、少年は当庁から昭和59年6月に窃盗(バイク盗等)で、昭和60年10月に道路交通法違反(バイク無免許)でそれぞれ審判不開始決定を受けていること、少年は幼児期から両親が不和で、安定した家庭の雰囲気を殆ど体験したことがなく、父母が離婚後少年は父方に残ったが事実上孤児同然で放任され、たまたま中学1年の時に知ったオートバイ運転の興味が唯一少年の頼りになる対象となったこと、少年は中域の知能を有し、基本的な能力には問題はないが、嫌なことには目を向けまいとする姿勢があり、物事をじっくり考えることは少なく、その時の思いつきで行動する傾向があること、その結果自己の行動を制限する立場にある者に反感を抱きやすく、規範意識も希薄となりやすいこと等に鑑みると、少年については、とりわけ交通要保護性は極めて高いものがあるというべきであるから、少年の健全な育成のためには社会内処遇は不適当であって、この際交通短期処遇勧告を付した上で、中等少年院に送致して、少年に人命尊重の精神と正しい交通規範意識を身につけさせる必要がある。

(業務上過失致死の事実について)

上記事件の送致事実の要旨は、「少年は、業務として自動車運転に従事し、非行事実第1の日時・場所において、自動二輪車を運転し、入間市方面から秩父市方面に向け、時速70ないし80キロメートル位で進行するにあたり、同所は埼玉県公安委員会が最高速度を40キロメートル毎時以下と指定しているのであるから、指定速度を遵守することは勿論、前方左右を注視し、進路の安全を確認しつつ、他人に危害を加えない様な速度と方法で進行しなければならない業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然前記高速度のまま進行した過失により、進路前方を左方から右方に向け、自転車で斜め横断中のA(当時65歳)を直前で発見し、自車進路を右方に変更して衝突を避けようとするも間に合わず、自車左前部を同自転車右後部に衝突させ、同人を約20.85メートル跳ね飛ばし、その衝撃により同人に左硬膜下血腫、脳挫傷、脳内出血等の傷害を与え、よって同月5日午前10時24分ころ、埼玉県入間市○○×丁目×番×号○○病院において、右傷害に起因する脳浮腫及び心衰弱により死亡するに至らしめたものである。」というものである。

しかして、少年は、当審判廷においてこの事実を争う姿勢を見せないものの、本件事故による衝撃のために事故直前約200メートル手前の地点から、事故後救急車によって救護されるまでの記憶が欠落していて、少年の当審判廷及び捜査段階における少年の過失及び因果関係を認める供述の証明力は殆どないといわなければならない。よって検討するに、関係記録によれば以下の事実が認められる。

1  本件事故現場付近道路(国道299号線)は、市街地の直線路線の歩車道の区別があるアスファルト舗装で、幅員約7.6メートル、前方の見通し約100メートル、制限速度40キロメートル毎時で、事故現場の西方約35メートルの地点に横断歩道が存する。また本件事故現場付近に照明施設はなく、夜間は暗い。

2  少年は、本件事故の直前ころ、自動二輪車を運転して、本件事故現場の手前約200メートル地点の交差点を入間市方面から秩父市方面に向けて、本件国道299号線を時速70ないし80キロメートルの高速度で走行していた。

3  少年運転車両が、本件事故現場に差し掛かった際、被害者であるA(当時66歳)運転の自転車と衝突し、その衝撃で被害者は道路左側に投げだされ(衝突推定地点から約20.85メートル)、自転車は道路右側に投げだされ(同30.7メートル)、少年は道路右側前方に(同40.2メートル)、自動二輪車はそのさらに前方に(同63.7メートル)投げだされ金網に衝突して停止している(但し、上記衝突推定地点は必ずしも確定できるものではなく、事故後の車両及び被害者、加害者の転倒地点から逆算した一応の推定地点である。)。

4  この事故の衝撃により被害者は左硬膜下血腫、脳挫傷、脳内出血等の傷害を負い、同月5日午前10時24分ころ、埼玉県入間市○○×丁目×番×号○○病院において、右傷害に起因する脳浮腫及び心衰弱により死亡した。また、少年は、本件事故により、事故現場手前約200メートルを走行していた地点から救急車に救助されるまでの記憶を喪失している。

5  少年の運転していた自動二輪車のハンドルは曲がり、ライト計器類、ラジエター、前泥除前ホーク等が破損し、ラジエター左側に衝突痕跡があった。他方被害自転車は後部から119センチメートル地点の前輪とつながる横パイプ付近で完全に切損し、前輪は曲がり、サドルも左方に約90度曲がっている。また、被害自転車のライトは発電装置を含め、破損し前輪内に入っているため、点灯していたか否かの判明は困難である。なお、事故現場付近に存したスリップ痕は、少年運転車両のタイヤ模様とは一致せず、本件事故とは無関係である。

以上の事実が認められる。以上の事実より推論すれば、被害自転車と少年運転車両のラジエター左側とが衝突したこと、少年が事故当時相当な高速度で運転走行していたこと(両車両の損壊状況並びに推定衝突地点からの少年運転車両、少年、被害自転車及び被害者の飛ばされた距離等から推認することができる。)が認められ、抽象的な意味における少年の過失は極めて濃厚であるけれども、非行事実認定における具体的な少年の過失及び因果関係を肯認することは困難である。すなわち、以上の認定事実から明らかなように、本件事故の態様特に被害自転車の動向、少年の注意の程度、少年運転車両の正確な走行位置が判明せず、少年の過失の態様及び仮に過失があった場合の本件事故との因果関係が明らかではない。本件送致事実によれば、「指定速度を遵守することは勿論、前方左右を注視し、進路の安全を確認しつつ、他人に危害を加えない様な速度と方法で進行しなければならない業務上の注意義務がある」としているが、前方注視義務を怠っているとの証拠資料は十分とはいえず(衝突があったことである程度は推認できるがあくまでも推論の域を出ない。)、指定速度違反があったとしても被害自転車の動向が判明しなければ事故との因果関係を肯認する証拠資料として十分なものとはいえない(仮に安全速度保持義務違反があったとしても、被害者が自動車運転車の予期できない急速な進路変更等があれば、過失との因果関係は存在しないこともありうる。)というべきである。

要するに、本件は民事責任追及等の点においてはともかく、少年に保護処分を加えるための非行事実認定に耐える証拠資料がなく、「疑わしきは少年の利益に」の原則に従い、結局、少年の非行はないことに帰着するのである。

(まとめ)

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、少年を中等少年院に送致し、業務上過失致死の事実については、少年法23条2項により、少年を保護処分に付さないこととして、主文のとおり決定する。

(裁判官 小宮山茂樹)

〔参考〕 処遇勧告書

昭和61年少第2322号、8655号

少年審判規則第38条第2項に基づく少年院に対する処遇勧告書

少年 M・K 昭和44年7月7日生

決定少年院種別 中等

決定年月日 昭和62年3月9日

勧告事項 交通短期処遇

昭和62年3月9日

浦和家庭裁判所川越支部

裁判官 小宮山茂樹

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