大判例

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熊本地方裁判所 昭和37年(レ)21号 判決

控訴人 国

訴訟代理人 樋口哲夫 外二名

被控訴人 旭金融合資会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

熊本地方裁判所が昭和三六年五月二四日被控訴人の申請により訴外古閑正が控訴人国に対して有する金九万八、二五〇円の退職手当債権につき、被控訴人の訴外古閑正に対する熊本地方法務局所属公証人岩下武揚作成第八五、〇〇四号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き被控訴人の右訴外人に対する金三万八、三二八円の債権取立の強制執行として、右債権額の差押命令を、ついで同年一〇月一〇日取立命令を各発し、右各命令は何れもその翌日熊本地方郵政局長宛送達されこれが確定したことは当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば、訴外古閑正は控訴人国に対し、国家公務員退職手当法による控訴人主張の退職手当金債権を有するものであることが認められる。

控訴人は右退職手当金債権の差押は民事訴訟法第六一八条第一項第五号の債権と同程度に右債権の四分の一しか差押はできない旨主張するから、その当否につき判断するに、右退職手当の支給の根拠である国家公務員等退職手当法の規定の内容をみると同法第一〇条で勤続期間六ヶ月以上で退職した職員が退職後一年内に失業している場合において退職手当の額が失業保険法により計算された失業保険の給付額に満たない場合はその差額を退職手当として支給する措置がとられていること、国家公務員等退職手当法第九条において労働基準法第二〇条、第二一条の規定に該当する場合の解雇予告手当は一般の退職手当に含まれているものとしていること、生計上の脅威が大きい国家公務員等退職手当法第五条の整理退職の場合と同法第三条の普通退職の場合のようにその脅威の程度が一般に低い場合とにより退職手当の額に差異を設けていること等退職者の退職後の生活維持を主眼とした条項が認められるし、一面同法第三条の普通退職の場合、同四条の長期勤続後の退職等の場合の退職手当においては退職者の退職時における俸給月額に勤続期間の区分によりそれが永ければより有利な割合で右俸給月額及び勤続期間に一定率を乗じて退職手当額を算出する方式をとつていること等むしろ報償的な要素が認められる規定がみられるのである。

以上の諸規定と国税徴収法第七六条第二、三、四項、同法第七七条第一項の規定の相互関係から認められる退職手当の取扱を参酌して考察すると、退職手当は生活保障的、賃金後払的、功労報償的性格を併用するものであつて、とうてい一元的性格を有するものと断定し得るものではなく、しかも職員の勤続年数が短期間の場合や下級職員の場合は退職手当の生活保障的性格は強度であるとみることが出来るのである。

そうだとすると全面的に差押を禁止することも又可とすることも退職手当金の不可分的な生活保障的、賃金後払的、功労報償的性格に反するものと言うべく、民事訴訟法第六一八条第一項第五号所定の官吏の職務上の収入に該当するものと解し、原則として退職手当金の四分の一の額につき差押を認め同条第二項、同第六一八条の二、同第五七〇条の二を活用し場合によつては差押えの範囲を拡張し或は縮少することが退職者の退職後の生活の安定を保護し、債権者の弁済の満足という相反した利益を右退職金の性格の程度に応じて調整することが可能となり同法第六一八条の差押制限の趣旨にも合致するものといわねばならない。

被控訴人は訴外古閑正は同人が退職した場合は退職手当金をもつて本件債務を支払うことを約し、右退職手当金につき強制執行を受けても異議ない旨受諾していたものであつて、しかも被控訴人は法定の手続を履んで差押及び取立命令を得ているものであるから右債権全額につき差押の効力を生ずる旨主張するが、公益的理由から法律で差押を制限された債権と解すること前叙の通りであるから、当事者の意思で任意にこれが規定の排除をなすことができず、又被控訴人が債権全額につき差押及び取立命令を得それが確定した事実は当事者間に争のないところであるが本来法律で許容せられた範囲を超えてなされた差押命令は、これが確定してもその効力は生じないものというべきであつて被控訴人の本件差押命令についても、退職手当金の四分の一である金二四、五六三円を超える部分については差押の効力は及ばないものと解するのが相当である。

次に被控訴人は同法第六一八条第一項第五号所定の官吏の職務上の収入とは現職の公務員の収入を指称するものであるところ、退職手当金は既に退職した退職者の収入であるからこれに該当しないと主張するが、公務員の職務に関した収入であれば現に収入を受ける時点において公務員たる身分を有しなくとも官吏の職務上の収入というに妨げとはならないものであつて右主張も又理由がない。

そして、本件退職手当金債権については被控訴人の本件債権差押の後、他の債権者の申請による差押がなされ、差押が競合することになつたので控訴人は民事訴訟法第六二一条第一項により被差押債権である本件退職手当金の四分の一金二万四、五六三円を熊本地方法務局に供託し、その旨の事情届を執行裁判所に提出したことは当事者間に争のない事実であり、被控訴人が右裁判所から本件債権に対する配当として金三、五八三円の弁済を受けたことは被控訴人の自認するところであるから、被控訴人は国に対しもはや何等の請求権をも有しないものというべきである。

よつて本件退職手当金全額につき差押が許されるとの解釈のもとに被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当であるからこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉 土井俊文 松島茂敏)

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